書 評 ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの
2行の余白をカットしないこと山本冴里著
戦後の国家と日本語教育
くろしお出版、2014年発行、358p. ISBN:978-4874246214原 伸太郎
1
.はじめに:日本語教師はいかにして歴史・社会的視野を持ちえるか
私自身も含め、ほぼすべての日本語教師は、日々の授業や雑務に追われ、目の前のこと をこなすのに精一杯である。むしろ、余分なことを考えず、自分に課せられた仕事を確実 にこなすことが、プロフェッショナルな教師としての条件であるかのような風潮さえ感じ られる。しかし、当然ながら、日本語教師も社会の一員であり、その職務は過去の歴史を 受け継ぎ、現在や将来の社会に影響を与えるはずのものである。だとすれば日本語教師は、 日々の仕事を遅滞なくこなせば、それでよいわけではない。自らの行為が、歴史の中でど のように形作られてきたのか、そして今の社会の中でどのような意味を持つのかに意識的 になり、その行為がもたらす結果について責任を持ってこそ、真に社会的役割を果たしえ ると考えるべきであろう。 本書は、個々の日本語教師がそのように考えるための歴史・社会的視野の土台を提供す る。これまでも、日本語教育と日本の国策に関する研究はなされてきたが、その多くは戦 前を対象にしており、本書のように現在の我々に直接つながる、戦後日本の政治・政策と 日本語教育について書かれた研究書は未だ少ない。本書は研究書としては比較的コンパク トな部類だが、参照された資料は、戦後約60 年間の国会の発言記録とそれに関連する記 録という膨大な量であり、それがこの一冊にまとめられたこと自体が、本書著者の並々な らぬ力量を示している。 本書のおかげで、私たち日本語教師は、今の自分の仕事が、どのような意味を持たされ ているかを考えるための、時間と空間のパースペクティブを持つことができる。その意味 で本書は日本語教師必読の書であり、ぜひ多くの人に読まれることを願って、以下にその 概要を説明する。本稿が、読書への導きの一助となれば幸いである。2
.本書の概要
本書は序章、第一~七章、結論の全九章からなる。書 評 ページ上部に印刷業者が飾りを入れるのでこの
2行の余白をカットしないこと山本冴里著
戦後の国家と日本語教育
くろしお出版、2014年発行、358p. ISBN:978-4874246214原 伸太郎
1
.はじめに:日本語教師はいかにして歴史・社会的視野を持ちえるか
私自身も含め、ほぼすべての日本語教師は、日々の授業や雑務に追われ、目の前のこと をこなすのに精一杯である。むしろ、余分なことを考えず、自分に課せられた仕事を確実 にこなすことが、プロフェッショナルな教師としての条件であるかのような風潮さえ感じ られる。しかし、当然ながら、日本語教師も社会の一員であり、その職務は過去の歴史を 受け継ぎ、現在や将来の社会に影響を与えるはずのものである。だとすれば日本語教師は、 日々の仕事を遅滞なくこなせば、それでよいわけではない。自らの行為が、歴史の中でど のように形作られてきたのか、そして今の社会の中でどのような意味を持つのかに意識的 になり、その行為がもたらす結果について責任を持ってこそ、真に社会的役割を果たしえ ると考えるべきであろう。 本書は、個々の日本語教師がそのように考えるための歴史・社会的視野の土台を提供す る。これまでも、日本語教育と日本の国策に関する研究はなされてきたが、その多くは戦 前を対象にしており、本書のように現在の我々に直接つながる、戦後日本の政治・政策と 日本語教育について書かれた研究書は未だ少ない。本書は研究書としては比較的コンパク トな部類だが、参照された資料は、戦後約60 年間の国会の発言記録とそれに関連する記 録という膨大な量であり、それがこの一冊にまとめられたこと自体が、本書著者の並々な らぬ力量を示している。 本書のおかげで、私たち日本語教師は、今の自分の仕事が、どのような意味を持たされ ているかを考えるための、時間と空間のパースペクティブを持つことができる。その意味 で本書は日本語教師必読の書であり、ぜひ多くの人に読まれることを願って、以下にその 概要を説明する。本稿が、読書への導きの一助となれば幸いである。2
.本書の概要
本書は序章、第一~七章、結論の全九章からなる。書 評
序章では、まず「本書の目的は、戦後の国家政策の中で、日本語教育がどのような意味 を持たされてきたのかという問いに答えることである。」(p.9)ことが示される。そして、 この目的のため、「国会(衆参両院本会議および外務委員会・文教委員会をはじめとする各 種委員会、調査会)の発言記録」(p.12)を、基本的資料として分析すること、これに加え て関係省庁の公文書類や新聞、関係者の自伝や手記なども参照することが説明される。分 析方法は質的分析であり、基本的な視点として、「国」という概念への注目、そして「デー タを見ていくときに、『その主張の前提になっている考え方はどういうものか』『その言葉 は、誰が誰に向けて発したものなのか』『その主張の目的は何なのか』という点に留意する」 (p.14)ことが述べられている。著者はこのような視点からデータを読み込み、「相互理解」 「国際化」「多文化共生」「同化」「適応」という語が、繰り返し目的として言及されている ことに気づいた。著者はこれらの五つを「称揚理念」(p.16)と名付け、本書全体を通じた 分析と考察のキーワードとしている。 第一章は「戦前・戦中への参照および戦後の体制整備の中での日本語教育」というタイ トルで、1945年の終戦後から1970年までが対象となっている。敗戦後しばらくした1954 年には戦後初の留学生受け入れが始まり、50~60年代の国会では、留学生の受け入れ態勢 の不備を指摘し、それによる留学生の対日観の悪化を懸念する発言が見られた(p.31~36)。 1960年代には南米の日系移民子孫に対する日本語教育が国会で議題となり、日本語が現地 への「同化」の妨げになるので教育をしない方がいいという考えに対し、戦前から移民へ の関心が高かった社会党議員の田原春次は「海外に日本の『理解者』を育てるために日本 語教育が必要だ」と主張し、その論理は1970年代には日系移民という限定を超えて広が ることになる。60年代後半には国外での日本語普及に関する言及も出始め、1968年版外 交青書では、「日本語普及」の理由について、「『日本語学習熱』の『高まり』に『こたえ』 る」ことと、「日本語の普及が『日本文化の紹介』に資するから」という二つが述べられて いる(p.46)。著者はここで特に後者に注目し、1970~80年代にかけて継続する「日本は 『独特の文化的伝統と言語の障壁』のため、『外国との意思疎通が困難』な状況に置かれて いる」ゆえに「『文化交流』の重要な一部として日本語教育を位置付ける」(p.47)という 論調の萌芽を見ている。そして、本章の終盤では、1968年に日本領に復帰した小笠原諸島 の欧米系住民への日本語教育に関する言及や、復帰が迫った沖縄に関して、本土との一体 性を強調する目的で、アメリカ占領下での日本語教育を称賛した大臣の発言を取り上げて いる。 第二章は「日本語の対外的な普及へ」と題し、1972年の国際交流基金法の成立に焦点を 当てている。この時期は、「日本の経済成長を背景に、国際社会における日本の位置につい て自意識が高ま」った(p.72)。1972年に外務政務次官は、日本が「経済的に非常に世界 の注目を浴びるような地位にのぼ」ると同時に、「風当たりも非常に強く」なってきたため、 「諸外国の深い対日理解を得てもらうような方策」として国際交流基金法を提案していると 発言している。著者はこのような論理構造が、戦前に日本が海外進出を強めた1934年に 国際文化振興会が設立された際用いられた発言と同型であると指摘している。著者はここ で称揚理念の一つ「相互理解」を軸に、国際交流基金法成立にまつわる発言を分析し、「日 本の理解者」と「日本批判家」が対置されて、日本を「正しく理解」するものが「日本の
理解者」であり、「日本を批判する者は日本の理解者ではないという前提」(p.86)がある としている。ここで「理解」の対象とされているのは「非物的」な「日本人の本質」(p.89) であり、「相互理解」が掲げられながらも、実際には「日本」が相手方に理解されることが 重視されていた。この時期は日本特殊論に結びつけて日本語が語られ、日本語は「対日理 解をさまたげる越えがたい『障害』」と同時に「『非常に特殊な立場』である日本の心髄を 好意的に理解してもらうために、ある程度は必要なもの」であり、「一見矛盾するようなこ の二つの側面は、しかし、日本と日本語の本質的なつながりを自明視する点においては共 通している」(p.96)と著者は述べている。 第三章は1970~1980年代の、インドシナ難民と中国「引き揚げ者」を対象とする日本 語教育への言及が分析の対象である。ここで繰り返し表明された教育の目的は「『円滑』に 『早急』に『日本社会に溶け込んでいただ』くこと」であり、彼らが日本で就労し、「国に 経済的な負担をかけずに暮らしていけるようになる」(p.103)ことが目指されていた。1970 年代には、国会で「引き揚げ者」に関する議論はあったものの、具体的な支援策はほぼな く、「引き揚げ者」の多くは日本語を学ぶために夜間中学に通っていた。その後日中国交正 常化による「引き揚げ者」の急増を受け、1984年に「中国帰国孤児定着支援センター」が 設置される。また1975年以降、インドシナ難民がボートで日本にたどり着く事例が増え、 彼らをどう受け入れるかも国会で議論されたが、彼らに関しては比較的早くから定住希望 者に日本語教育を提供することが決定された。インドシナ難民と中国「引き揚げ者」のい ずれにも、「『円滑』に『早急』に『日本社会に溶け込んでいただ』くこと」が日本語教育 の目的とされたが、著者は、特に「引き揚げ者」に関して「敬意を示されるべき一個の独 立した人格としてではなく、『気の毒』『可哀想』という側面が強調された」(p.133)こと を指摘し、受け入れ側の態度を「傲慢で想像力を欠いたもの」だったと断じている。 第四章の主題は留学生受け入れ十万人計画の始動であり、1970~85 年を範囲としてい る。70年代から80年代初頭までは、「日本語は難しい。ゆえに日本が嫌われる。」(p.150) ことから留学生への日本語教育が必要とされていたが、80 年代に入ってからは「『日本を よく理解していただく』ためには、日本語は欠かせない」(p.151)とする声が強くなった。 この動きを背景とし、さらに1983年に中曽根首相がASEAN歴訪で日本から帰国した元 留学生らと懇談した際、彼らの多くが自らの子女を日本に留学させることに否定的であっ たことが引き金となり、「二一世紀の留学生政策懇談会」が発足する。同懇談会は「提言」 の中で日本への留学生が少ない理由として7つの問題点を挙げたが、著者は同懇談会の調 査結果と「提言」の内容を比較し、調査結果にあった「日本人が白人を尊敬するがアジア 人を軽蔑する傾向がある」といった「日本あるいは日本人に不名誉な情報」(p.172)が「提 言」では排除されていることを指摘している。 第五章のタイトルは「就学生と日本語学校の表面化、スティグマ化」であり、1986~1991 年を範囲とする。留学生受け入れと日本語学校が急増したこの時期に、著者は「好ましい 外国人/好ましくない外国人の区別」が進んだとする。バブル景気に沸く日本に、就学生 査証で入国しながら不法に就労する外国人が「弱い立場の外国人労働者」に、またそうい った「偽装学生」の「温床」として「悪徳日本語学校」がスティグマ化されたのである。 さらにこの論調に大きな影響を与えたものとして、著者は1986年に上海の日本総領事館
前でビザの早期発給を求める千人規模のデモが起きた事件を取り上げる。これ以降、国会 でも「真に日本語の学習を行おうとする外国人」という趣旨の発言が増え、そのような「ま じめ」な人たちと「専ら就労活動に従事しようとする」外国人を区別するための査証審査 の厳格化や、「まじめ」な日本語学校に対するお墨付き(例:日本語教育振興協会への加盟) を与えるといった動きが現れている。しかしながら著者は、査証審査も結局は銀行口座の 残高証明を確認するにすぎず、「『まじめ』な人・『真に日本語の学習に励もう』という人と いう言葉は」、「いわば政府による選別と排除の行為のあざとさを、個人の気概や意思とい っ た 、 自 覚 的 な 変 更 を 加 え や す い 基 準 を 現 す 言 葉 で 覆 い 隠 す 機 能 を 持 っ て い た 」 (pp.204-205)と述べている。 第六章は「子供たちのための日本語教育―「国際化」から「多文化共生」へ」と題し、 1990年代以降の、「ブラジル日系人」に代表される来日外国人子女への教育をめぐる動き を追っている。ここで考察の中心となるのは称揚理念の「多文化共生」である。それは、 それまで多く使われていた「国際化」にかわる言葉であり、著者は「『共生』の名のもとに、 何が行われているのかが重要」としながらも、「『多文化共生』はそこにあらゆる主体が含 まれ得ることから、マイノリティによる読み替えと戦略的使用のしやすい言葉である」 (p.232)ことを評価する。とはいえ、実際には「『多文化共生』の対象となるのは、」「ル ールを守って我が国に入国し在留する外国人の方々」(p.254)である。著者はこうした姿 勢の背景に、「基本的には、国の境界を越えて移動しない状態が、子供にとっては望ましい という考え方」(p.254)があると指摘する。そして、外国人子女を学校に受け入れる際、 変わるべきは外国人のほうであり、日本籍児童にとってのメリットについての言及がほと んど見られないことを著者は資料から明るみにしている。また、2000年代中期以降から国 会で強まったものとして、外国人への日本語教育が治安維持のため必要であるという論調 があり、これについて著者は「社会参加のために日本語能力が必要という議論は成り立つ が、その社会参加は、(中略)治安維持の側面とイコールで結ばれるべき概念ではないはず だ」(p.258)と述べている。 第七章は結論として、今の私たちがどのような流れの先にいるのかのまとめ、称揚理念 の意味付けと変化の流れ、そして「これからの日本語教育へ」の提言が述べられている。 まず現在の流れとしては、第一の「十全なる日本人性達成/回復のための日本語教育」が 弱まり、第二の「外国人とされた人々に、好意的な対日理解を持ってもらうための教育」 が政府の後押しによって強まる時点にいるという(p.318)。そして、第三の流れとして、 「外国人として意識されながら、なおかつ中長期的な日本滞在が考えられる人々のための日 本語教育」の兆しが見えつつあり、これは日本人を対象として構想された教育の中身を変 えていく可能性もある、と著者は述べる。称揚理念については、「同化」「適応」など、同 じ言葉であっても時代によって違った意味が盛り込まれており、「このことは、使っている 用語の表面のみから、非難したり評価したりすることの無意味さを示している」(p.320) という。「これからの日本語教育への提言」としては、第一に、日本語教育施策を考案する 際、その称揚理念が妥当かということより、目的や目的達成のための手段の妥当性の検討 が重要であることを挙げる(例えば、「多文化共生」のための日本語教育というとき、「多 文化共生」という目的と、そのために行われる日本語教育との両方の中身が問われる)。第
二に、称揚理念について、欧州評議会の例を参考にし、複数の理念を設定することにより お互いに制限しあうことができる状態で掲げることを提案している。第三に、日本語教育 の新たな用語として「外語」「境界」の二つを提出し、これらにより今後増えていくであろ う「外国人と日本人と、きちんと分けられない」人々についても思考できるようにしてい くことが必要だとしている。