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分野融合型の合成化学に関して、2005年に名古屋大学に着任した当初から、合成化学とナノカーボンをつなげた「分子ナノカーボン科学」を進めてきました。さらに2012年からは合成化 学と植物科学、さらに体内時計を組み合わせて「植物ケミカルバイオロジー」と「ケミカル時間生物学」という新たな研究領域を開拓しています。 分子ナノカーボン科学とは、ベンゼンを使って 私の夢、それはスーパー分子を作ることです。スーパー分子の定義は二つあり、一つは世の中の問題を解決する分子です。健康医療や食糧、エネルギーから水の問題まで世界は問題に満ちています。こうした問題を解決できる画期的な機能を持つ分子を作ってみたい。 もう一つのスーパー分子とは、とにかくカタチが美しい分子です。機能はさておき、圧倒的に美しい分子を作りたい。「美しいものには優れた機能が宿る」は、歴史が証明している真理。美しさを追求していけば、何らかの問題解決につながるは 分子は言語と似ていて、分子を構成する原子一つひとつは、アルファベットの一文字に相当します。一つでは意味を成さないけれども、原子がいくつか集まると分子になる、アルファベットが適切な順番でいくつか並べられると意味のある単語になるのと同じです。さらに分子の集合体ができると、いろいろな機能を持つようになる。これは単語を集めて適切に並べると文章が成立して、価値が生まれるのと同じです。 新しい分子の開発とは、新しい単語を作ることであり、それは「無」から「価値」を紡ぎ出す行為です。ベンゼンや分子のチカラを信じている私には一つ、とてつもない夢があります。 れる人が1人いることに気づきました。それはアップルの創業者、スティーブ・ジョブズです。彼が残したことばの中でも、次の二つが私を支えてくれています。“stay hungry, stay foolish”を私は、前例にとらわれず、人にどう思われようと自分の信じた道を突き進めと受け止めています。もう一つは“Creativity is just connectingthings” 創造性とは何かと何かをつなげることだと。これこそは分子と分子をつなげて新たな価値を創造する合成化学そのものです。 原理的に可能です。ざっと
10ぐらい。ちなみに人
体の細胞の数が3・7×
10、宇宙に存在する恒星
の数が
ゼンを私は 質であり、その中でもベン は桁外れに種類の多い物 10ですから、分子
ずっと愛し続けています。 10代の頃から
ベンゼンが発見されたのは1800年代、その構造が炭素6個からなる美しい六角形と判明したのが1865年です。医農薬、香料、染料、プラスチック、液晶、電子材料などにベンゼンは用いられていて、私たちの生活はベンゼンなしでは成り立たないといっても過言ではありません。
身の回りにもベンゼンはたくさんあります。例えばベンゼン環に酸素と水素が付いたベンズアルデヒドはアーモンドの香り、これにさらに酸素原子を加えるとバニラの香りになります。バニラの香りをフラスコの中で一瞬の内に、とうがらしの辛味成分カプサイシンに変えることも可能です(資料1)。分子のかたちが変わると性質と機能は大きく変わります。自由自在に分子を作る方法が合成化学なのです。 合成化学で分子を作る方法を「分子レゴ法」(資料2)と呼びます。自然界にある石油や石炭、植物からはさまざまな有機分子が得られます。これらの分子を部品として組み立て、必要な分子を作るのです。 例えば鎮痛薬のアスピリンは、ベンゼンに水と酢酸、二酸化炭素を加えて作ります。レゴと同じように部品が揃えば、目的とするものを作り出せる。あるいは同じ部品を使いながら、多様なものを作り分けることも可能です。最終製品の機能を調整したい場合には部品の構造を少し変えればいいのです。 合成化学とは「無」から「価値」を生む学問とも言えます。例えるなら 分子とは、複数の原子が化学的に結合した物質です。その大きさは1億~
10億分の
1メートルほど、例えるなら地球の約1億分の1がサッカーボールで、さらにその約1億分の1がフラーレンと呼ばれる分子になります。フラーレンの直径は1ナノメートル、つまり
10億分の1メートルです。
分子といっても原子の組み合わせによって天文学的な数の種類の分子が
ワークショップ REPORT EVENT2021.6.19
@ナガセ西新宿ビル
Learn with a Top leader
リーダー トップ と 学ぶ
研究やビジネスの最前線を走る“現代の偉 人”を講師に迎える「トップリーダーと学ぶワー クショップ」。今回は名古屋大学理学研究科で 教授を務める化学者、伊丹健一郎先生をお 招きして「価値を創造する合成化学と異分野 融合のチカラ」をテーマにご講演いただいた。
講演タイトル
価 値 を 創 造 す る 合 成 化 学 と 異 分 野 融 合 の チ カ ラ
伊丹先生は、高校3年生のときに有機化学を学び始めてベンゼンに魅せられ、それ以来ずっとその魅力に惹きつけられてきました。“ベンゼンで世界を変える分子を作る”――高校生のときに抱いた夢を、今も追い続けているのです。世界にはエネルギー、食糧、環境、医療など数多くの問題が存在します。その解決策を分子で見出すのが、伊丹先生の変わらないスタンスです。 画期的な機能を持つ分子や構造的に美しい分子を開発し、世に送り出す。そのゴールは世の中の問題を解決し、新しい価値を創造すること。分子が秘める無限の可能性とはどのようなものなのでしょうか。未来を担う高校生に向けての問題提起となったオンライン講演とワークショップの様子をお伝えします。 ずです。 研究室では「新反応・新触媒」「最先端生物学」「炭素材料」と三つの方向性で研究を進めています。いずれも基本的なプロセスは同じで、まず作りたいものをデザインし、分子を合成して、その機能を確認していきます。
こうした研究の進め方は、分野融合型合成化学と呼ばれています。興味の赴くまま、目の前の課題に一所懸命に取り組んでいたら、結果的に新しい研究領域の開拓につながりました。
これまでを振り返ってみて、私を後押ししてく ◆ご講演内容◆
ス ー パ ー 分 子 が 世 界 を 変 え る
[プロフィール]
1971年生まれ。1994年京都大学工学部卒業。1998年京都 大学大学院工学研究科博士後期課程修了。1998年京都大学 大学院工学研究科助手、2005年名古屋大学物質科学国際研 究センター助教授を経て2008年名古屋大学大学院理学研究 科教授。2012年より名古屋大学トランスフォーマティブ生命 分子研究所 (ITbM)拠点長・主任研究者、2013~2020年 JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト研究総括、
2019年より台湾・中央研究院化学研究所研究フェローなどを 兼任。アメリカ化学会賞、永瀬賞、中日文化賞、Mukaiyama Award、英国王立化学会フェロー、ドイツイノベーション賞、
クラリベイト・アナリティクス高被引用研究者賞など多数受賞。
伊
い丹
たみ健
けん
一
いち郎
ろう先 生
名古屋大学大学院
理学研究科
第 物質理学専攻教授
6回 フ
ロンティアサロン永瀬賞最優秀賞
世界 は分子 で で き て い る レ ゴ の よう に 自由自在 に 分子 を組 み 立 て る
美 し い も の に は 優 れ た 機 能 が 宿 る 歴 史 が 証 明 し て い る 真 理
世 界 初 、半 世 紀 以 上 に 及 ぶ 化 学 者 の 憧 れ を つ い に 実 現
どうやって分子を作るのか?
資料2合成化学ってなに?
C C C CCCC
O O
O O O O
O
O O
O
O O
OH O
O O O
H C
C C
C C
アスピリン 炭素などの原子からの超段階的組み立て法?
分子レゴ法
石油・石炭・植物など自然界 から得られる小さな有機分子 を部品に用いて組み立てる
O O
O O
H HOH OH O
HOH O C O ベンゼン
酢酸 水
水
二酸化炭素
+ O + C
+ C
+ O + C
+ O
+ H + O
どうやって分子を作るのか?
合成化学ってなに?
C C C CCC C
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C C
アスピリン
炭素などの原子からの超段階的組み立て法? 分子レゴ法
石油・石炭・植物など自然界 から得られる小さな有機分子 を部品に用いて組み立てる
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HOH O C O ベンゼン
酢酸 水
水
二酸化炭素
+ O + C
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アーモンドの⾹り バニラの⾹り しょうがの⾹り とうがらしの⾟味
分子のかたちが変わると 性質と機能は大きく変わる !
資料1 分子のかたちが変わると性質と機能は大きく変化する
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どうやって分子を作るのか?
合成化学ってなに?
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アスピリン 炭素などの原子からの超段階的組み立て法?
分子レゴ法
石油・石炭・植物など自然界 から得られる小さな有機分子 を部品に用いて組み立てる
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HOH O C O ベンゼン
酢酸 水
水
二酸化炭素
+ O + C
+ C + O + C
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+ H + O
Keni chir o It
ami
08
TOSHIN TIMES 2021
どうなんですか!? 本当は
もっと知 りたい! 4 つの
参加した生徒から伊丹先生へ質問
研究に関する4つの疑問 質問 Questions
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---
素晴らしいアイデアで、個人的にもめちゃくちゃ好き なタイプの考えです。世の中に溢れていてしかも問題を 引き起こしているCO2を、ごく身近なシャープペンシル で解消できる。技術的には難しいところがあるけれど、
原理的には絶対できるはずで、だからこそ実現すればノ ーベル賞もの。もう一点、地球温暖化という地球レベル の問題の壮大さと、高校生らしく勉強に集中するという 身近さの組み合わせが最高だと思いました。
【ドラえもんの新しい秘密道具を考え、それを実現させるには】
ワークショップ テーマ
優勝したチームのプレゼン内容:二酸化炭素からシャープペンシルの芯を作る
伊丹先生からのコメント
ワークショップ決勝大会Report
二酸化炭素から炭素を取り除く技術、炭素で シャープペンシルの芯を作る技術は、合成化学 につながります。しかも、この二つのプロセス を小さなシャープペンシルの内部で完結させる のです。
実現すればCO2削減による地球温暖化防止に つながり、芯を入れるケースに使われているプ ラスチックの削減にもつながります。しかも勉 強している途中で、シャープペンシルの芯がな くなることもないので、芯の残りを気にするこ となく勉強に集中できると考えました。
夢の実現を 考えることは人生で
必ず役に立つ!
Zoom
で実施!
先生の想像力の源は 何ですか
研究室で分子模型を使いながら、学生たちとディスカッ ションしているときにひらめくことがありますね。原子を つなげてつくる分子模型はレゴのようなもの、手を動かしている と想像力が刺激されるのかもしれません。また六角形があまりに 好きなので、普段生活しているとき、町を歩いているときなども 六角形が目に飛び込んできます。建物やいろいろな構造物を見 て、これを分子でつくれるのかなどと考えたりするのも想像力に つながっているようです。
A
Q
2
長い年月をかけた研究が成功すると そこで燃え尽きたりはしませんか
Q3
研究は明確な目標を持って 始めるのでしょうか、 それとも何か 着想を得た段階で始めるのでしょうか
Q4
それはまったくなくて、研究には終わりがないと思って います。研究室には学生が30人ぐらいいて、一人ひと りが違う分子を追い求めています。
だから仮に一個がうまくいっても、いくらでも次が控えてい ます。研究はおそらく永遠に終わらないので、燃え尽きたりは しないと思います。
A
実際には両方のパターンがあります。もちろん研究を 始める段階では、ゴールを明確に設定しています。け れどもやっている途中でいろいろなアイデアを思いつきま す。ゴールに直結するアイデアではないかもしれないけれ ど、なんとなくおもしろそうなので、そっちを深掘りする こともあります。始めるときにはゴールを明確に持ちなが らも、動き始めたら考えながら走る。走りながら遊ぶ、そ んな感じでしょうか。
ベンゼンは六角形の構造でとても安定した分子であ
A
り、簡単には壊れないため部品として便利で使いやす いのです。
またレゴにポツポツがついていて組み立てやすいのと同 じで、ベンゼンにもレゴのポツポツのようなものがあるた め、思いどおりのカタチに組み立てやすいのも多用される 理由です。
A
なぜベンゼンは多様なものに 応用しやすいのでしょうか
Q1
新しい炭素のカタチを作る取り組みです。カーボンは炭素の並び方(カタチ)が違うだけで、黒鉛にもなればダイヤモンドにもなる。カタチが違うと機能がまったく変わります。その一例が材料科学の分野に革命をもたらした材料ナノカーボン、つまりナノメートルサイズの炭素材料です。
ベンゼンを集めればサッカーボール状のフラーレン、筒状のカーボンナノチューブ、さらにはシート状のグラフェンなどができます。いずれも革命をもたらした物質ですが、二つ大きな問題を抱えています。それは混合物としてしか合成できないという問題と、いまだ合成できていない炭素のカタチが存在することです。
そこで私たちは分子レゴ法を使い、カーボンナノベルトやワープド・ナノグラフェンなどこれまで存在しなかった新しい炭素のカタチを作り出しました。なかでもカーボ ンナノベルトは、理論的には美しいカタチの分子として半世紀以上も前から知られていながら、これまで誰も作れませんでした。そのカーボンナノベルトの合成に私たちは世界で初めて成功したのです(資料3)。その構造をX線結晶構造解析によって確かめたときは、あまりに嬉しくて思わず研究室の中で飛び跳ねてしまいました。 カーボンナノベルトが、何の役に立つのか。今のところまだわかっていません。けれどもフラーレンがそうだったように、美しいものには必ず機能が宿ります。カーボンナノベルトもおそらく同じ道をたどると信じています。美しい炭素を求める取り組みでは、オールベンゼンカテナンやオールベンゼンノットなどの新しい幾何学構造を実現しています(資料4)。美術館で展示されるほど美しい分子を作る夢を、いつか叶えたいと日々研究を重ねています。
分子 で 世界 を変 え る
もう一点、ベンゼンを使って健康医療問題や食糧問題の解決に挑んでいるのが、ITbM(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所)です。研究所のスローガンは「分子で世界を変える」、そのために合成化学、植物科学、動物科学と理論化学が、フルスケールでコラボレーションしています。
いくつもの取り組みの中で成果を出し始めているのが「ストライガ問題」の解決です。ストライガとはイネやトウモロコシの寄生植物で、アフリカの耕作地の3分の2ほどが、この植物に侵されています。その結果、年間1・3兆円もの損害をもたらして、1億人の生活を脅かしている。このストライガ問題を解決する分子を、ITbMの若手 研究者のグループが開発し、現在はケニアでの実験を進めているところです。ほかにもITbMでは、気孔の数を増やす分子や体内時計を制御する分子、時差ボケを解消する分子などを続々と開発しています。 分子にはまだ無限の可能性があります。美しい分子には必ず機能が宿るのです。私は
人生を歩んでください。 見つけて、ワクワクする なさんもぜひ自分の夢を クラスの研究になる。み 実現できればノーベル賞 は研究のネタになるし、 に描かれている秘密道具 が先生です。ドラえもん とっては『ドラえもん』 戦する、その意味で私に た。夢を忘れず果敢に挑 る夢を追いかけてきまし ずっと、美しい分子を作 10代から
科学者が追い求めたカーボンナノベルト
資料3
科学者感動の瞬間
Video taken secretly by Dr. Hideto Ito (now in YouTube)
カーボンナノベルトのX線結晶構造解析に成功 (2016年9月28日)
G. Povie, Y. Segawa, T. Nishihara, Y. Miyauchi, K. Itami, Science 2017, 356, 172-175.
8.324Å
美しいものには必ず 機能が宿る
物性や機能などは後からついてくる(歴史が証明している)
カーボンナノベルト
フラーレン 理論的研究 (1970s) 合成の試み (1980s) 発見 (1985)
大量合成法 (1990s) 様々な機能の発見と応用 ノーベル化学賞 (1996)
理論的研究 (1950s) 合成の試み (1980s)
「長尺の長男」ナノチューブの発見 (1991) ナノベルト合成の達成 (2017)
大量合成法?
さまざまな機能の発見と応用?
美しいものには必ず 機能が宿る
物性や機能などは後からついてくる(歴史が証明している)
カーボンナノベルト
フラーレン 理論的研究 (1970s) 合成の試み (1980s) 発見 (1985) 大量合成法 (1990s) 様々な機能の発見と応用 ノーベル化学賞 (1996) 理論的研究 (1950s) 合成の試み (1980s)
「長尺の長男」ナノチューブの発見 (1991) ナノベルト合成の達成 (2017)
大量合成法?
さまざまな機能の発見と応用?
科学者が60年以上追い求めていた夢の分子。伊丹先生は2016年に カーボンナノベルトの合成とX線結晶構造解析に世界で初めて成功した。
資料4 新しい幾何学構造をナノカーボンに導入する
・ベンゼンは剛直で曲がりにくい
・ベンゼンのみでリングを作るのに70年(2008-2009年 Jasti, 伊丹ら)
・ベンゼンのみで絡み目・結び目を作るのは最難関とされていた オールベンゼン
(絡み目)カテナン オールベンゼン
ノット
(結び目)