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・保険料の安さまたは公平性を謳える

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Academic year: 2023

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明治期の生命保険会社の新聞広告

-保険銀行時報を中心にして-

姜 英英1

1.研究目的

・創成期の生命保険会社は、新聞紙を広告媒体として積極的に利用していた。

→開業広告、株式募集広告、役員就任広告、出張広告など

・生命保険会社の社史においては、新聞広告の利用に関する記述が少ない。

・生命保険の販売活動における新聞広告の利用に関する研究は、管見のかぎりでは少ない。

→ Stalson(1942)、Zelizer(1979)、Keneley(2015)

→ 生命保険のマーケティングについて、佐藤(1996)

・本報告は、生命保険業の発展期、すなわち日清戦争後に創刊された国内初の保険業界誌 である保険銀行時報に掲載された広告資料を用いて、生命保険商品の販売活動にあたって、

生命保険会社は消費者にどのようなメッセージを発信してきたのかを明らかにする。

2.保険銀行時報について

・明治31年(1898年)10月30日「保険及海事」という名前で大阪にて発行

・明治32年(1899年)6月17日発行の第13号より、「保険時報」と改題

・明治35年(1902年)8月5日発行の第125号より、「保険銀行時報」と改題

・業界誌としての使命

一 保険思想の普及に努むる事

一 善悪邪正を表明して斯業の圓満なる発達を画策する事 一 国民の保険的教育を期成する事

一 法令の不備を改め、監督官庁の拡張を企図する事 一 保険集会所の設立を計画する事

(出典:明治34年11月25日 第100号より転載。)

・最大の読者層:保険会社代理店

・広告掲載の会社数の推移

1898年15社、1899年32社、1900年31社、1901年31社、1902年30社、

1903年19社、1904年23社、1905年23社、1906年25社、1907年30社、

1908年30社、1909年30社、1910年30社、1911年30社、1912年32社

・大手五社の利用頻度も非常に高い。

明治学院大学経済学部非常勤講師。

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3.宣伝ポイントのまとめ

(1)1898年~1901年

→ 基本的営業情報案内を掲載する会社が多い一方、保険の効用または必要性を謳えるもの が少ない。

・法令順守の強調。

・積立金額又は資本金額の掲載、あるいは「確実」「着実」などの言葉を用いて、事業の確 実性をアピールする。

・保険料の安さまたは公平性を謳える。

・宗教系生保:宗教色を帯びた広告。

・生存保険:無診査。

(2)1902年~1904年

→ 相互会社の登場、利益配当付商品宣伝の登場

・第一生命

「相互保険会社は保険契約者の自治團體なり。我社は我邦唯一の相互保険会社なり。」

・帝国生命

「今般主務省の認可を得利益配当附保険種類を増加し……普通生命保険の長所に加ふるに 普通預金以上の利益あるを以て被保険人にとり至極便利なる斬新の方法」

・明治生命

堅実経営方針、責任準備金や剰用準備金、利益配当附き保険契約者への利益配当

・積立金額又は資本金額を掲載する会社

・生存保険:無診査。

・基本的営業情報案内を掲載する会社が依然として多数。

(3)1904年~1912年

・利益配当付商品

・保険証券の貸付機能

・保険料の安さ

・保険金支払の迅速さ、確実さ

・会社規模の大きさ

・会社組織上の相違

・基本的営業情報案内を掲載する会社

(4)共済生命

・「我社は非射利主義にして保険料より生する残益は悉く保険契約人へ配当す。」

(1899年~1901年)

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・「當会社の保険は保険金の受取期限を定めて契約する者の一種なれば生死に拘はらず保険 金を受取る事を得べし。 當会社の保険は養老保険と終身保険とを兼ね併せて其他の短期保 険にも代用することを得べし。 當会社の被保険人は如何なる職業を執るも保険料の割増を なさず又保険金の割引をもなさず。 當会社は金一万円までを契約す。 當会社は利益金を 被保険人に分配する故に保険料は割合上最も低廉なり。社長安田善四郎。監督安田善次郎。

支配役森村金造。」(1901年~1902年)

4.将来の研究課題

生命保険のマーケティングの歴史的変遷を時系列に沿って分析を行った研究としては、

Stalson(1942)、Zelizer(1979)、Keneley(2015)などがある。今後はこれらの先行研究 との国際比較を行い、生命保険のマーケティングにおける日本的特徴を明らかにしたい。

参考文献

宇佐見憲治(1984)『生命保険業一〇〇年史論』有斐閣出版。

佐藤保久(1996)『資本主義と生命保険マーケティング』千倉書房出版。

杉山和雄, 志村嘉一(1981)『明治生命百年史』明治生命保険相互会社出版。

保険銀行時報社(1933)『本邦生命保険業史』。

Keneley, Monica J. (2015) “Marketing the Message: The Making of the Market for Life Insurance in Australia, 1850-1940.” Enterprise & Society, Vol. 16, pp.929-956.

Stalson, J. Owen. (1942) Marketing Life Insurance: Its History in America. Cambridge Mass:

Harvard University Press.

Zelizer, Viviana A. (1979) Morals and Markets: The Development of Life Insurance in the United States. New York: Columbia University Press. (和訳:田村祐一郎(1994)『モラルとマーケ ット:生命保険と死の文化』千倉書房出版)

新聞紙 保険及海事。

保険銀行時報。

保険時報。

Referensi

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般的である4。ただし、一定範囲内の親族以外の者が保険金受取人となるというだけでモ ラル・ハザードが格段に高まるわけではなく、あまりにも限定的な運用は、多様化する家 族関係などに応じた生命保険の利用の機会を奪うことにもなりかねない5。現行法の規定 は、モラル・ハザードの配慮しながらも、経済制度としての保険の効用を広げる規定であ ると評価できよう。