日本保険学会平成25年度全国大会 共通論題「医療保障制度と官民の役割分担」
官民の役割分担に関する 情報の経済学からのアプローチ
福岡大学商学部 石坂元一
2013
年10
月27
日1
1.
はじめに(研究の背景・目的)2.
完全情報下での均衡3.
情報の非対称性が及ぼす影響と対応策4.
平均保険料を用いた強制保険5.
官民の役割分担6.
おわりに(考察と課題)報告の構成
市場の失敗(自然独占・外部性・公共財・不確実性・情報の非対称性)→政府による介入
情報の非対称性:(医療)保険市場→ 逆選択,モラルハザード
医療保険市場◦
医療に対する疾病リスクは誰もが有している(頻度・強度)◦
保険者(公法人・私法人),契約者(加入者),医師・医療提 供機関◦
医療サービスの高度な専門性
官民の役割分担◦
公的医療保障制度(公的医療保険)の導入意義◦
官と民のカバー範囲3
1.はじめに ~ 研究の背景 ~
1.はじめに ~ 研究の背景 ~
保険者
契約者・加入 者 被保険者
医師 医療機関
1.
情報の非対称性◦
逆選択およびモラルハザードの影響を示す◦
上記への対応諸策の効果を示す2.
公的医療保障制度(公的医療保険)の導入意義 と問題点◦
平均保険料を用いた強制保険3.
(ある基準の下での)官民の役割分担5
1.はじめに ~ 研究の目的 ~
<仮定>
契約者リスクタイプは 1 種類のみ 行動原理は期待効用最大化
リスク回避的,同じ効用関数 (
)
初期所得を
将来は健康と疾病の 2 状態,事後所得をそれぞれ
疾病率
疾病時のコスト(治療費)
2.完全情報下での均衡
u u ' 0 , u '' 0 , u ' '' 0
) 0 ( w
2 1 , W W
) 1 0
( p p
)
0
(
M
<仮定の続き>
保険契約疾病時の治療費に対して
割合のカバーを提供する契約
保険料はフルカバーの場合
として,カバー割 合に比例
よって,保険契約に加入した場合,契約者の事後
的所得は,
保険会社は競争的
保険数理的に公正な保険料,7
2.完全情報下での均衡
) 1 0
(
x
M x
M w
W x
w
W 1 , 2 pM
x
期待効用()の最大化
一階の条件より ,つまりフルカバーの保険が選択さ れる
次スライドの図1において,所得線( fair odds line ,
)と
無差別曲線が接する点 E が選択される
接点では, が成立する
よって, ,つまりフルカバーの保険が選択される
2.完全情報下での均衡
) (
) (
) 1
( p u W 1 pu W 2
EU
1
pM w
pW W
p
) 1 2 1
(
p p
W pu W
u
p ) ' ( ) /( ' ( )) ( 1 ) / 1
( 1 2
2
1 W
W
健康時所得(
W
1)疾病時所得
(W
2)
E
無差別曲線
傾き
1 p p
図1.完全情報下での均衡
O
45°
9
N
fair odds line
モラルハザード◦
契約締結後の情報の非対称から生じる現象◦
保険者が被保険者の行動を完全に監視できないことから生じ る現象
保険が存在することによる影響(存在しない場合と 比較)◦
保険事故の頻度および強度を大きくしてしまう誘因
頻度は疾病率,強度は治療費や医療サービス量
ここでは,契約者が頻度および強度をある程度コントロール可 能と仮定(=効用減少というコストを払ってコントロール可能 と仮定)◦
余剰の減少
契約者の自己負担が有効(リスクシェアリング)3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ モラルハザード ~
①
頻度に関するモラルハザードの影響<仮定>
頻度 を下げるために払う効用の減少分
(
)
保険料率を設定するための頻度は外生的に
保険未加入時(保険が存在しない場合)と加入時(存在)の
一階の条件を比較すると, より,
保険加入時により大きな疾病率が選択される
つまり,疾病率を抑える努力・投資が相対的に行われない
11
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ モラルハザード ~
p c p ( p )
0 '' , 0
' c c
p ˆ
0 )
( )
( w u w M
u
②
強度に関するモラルハザードの影響<仮定>
治療費
を下げるために払う効用の減少分
( )
保険未加入時と加入時の一階の条件は,
であり, より,
保険加入時の方がより大きな治療費が選択される
つまり,治療費を抑える努力・投資が相対的に行われない
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ モラルハザード ~
M c M ( M )
0 ''
, 0
' c
c
0 )
( ' )
( ' ,
0 )
( ' )
(
'
pu w M c M pu w pM c M
) (
' )
(
' w M u w pM
u
③
余剰の減少(厚生損失)13
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ モラルハザード ~
医療サービス量
E
図2. 医療サービスの需給と総
余剰
需要曲線
供給曲線
O D
A
Z X
C
医療サービス価格=限界費用 医療保険無し:△
AED
医療保険あり:△
OZD
-□ OZCA
ここまでは,保険加入時(フルカバー)と未加入時 を比較
ここからは,契約者に定率・定額の一部負担を課す ことによって改善が見られることを示すしたがって,フルカバー時と一部カバー時を比較す る
i.
定額負担契約者の負担を ,保険者の支
払
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策 ~ モラルハザード ~
) 0
( D M
D M D
①
頻度各場合の一階条件と,
より,
が成立
一部カバー時の方がフルカバー時よりも小さな頻度
(⇔疾病率を抑えるための努力・投資がより行われる)
②
強度同様に一階の条件を比較して,効用関数の仮定から,
が成立
よって治療費抑制のための努力・投資がより行われる
15
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策 ~ モラルハザード ~
M D
D M
p D
M
p
ˆ ( ) ˆ ( ) 0
) (
) ( )
) ˆ (
( ))
ˆ ( (
0 u w p M D u w p M D D u w u w M
) (
' )
) (
( ' ))
( (
' ) 1
( p u w p M D pu w p M D D u w pM
ii.
定率負担(契約者の負担割合)
①
頻度②
強度いずれも,前スライドの定額負担の場合と同様に,フ ルカバー時と比較することによって,影響が改善さ れることを示すことができる(略)
※
つまり,一部カバー時の方が,疾病率抑制に,そして 治療費抑制に努力・投資を行う
(
※
②強度における証明の際にの仮定を利 用)
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策 ~ モラルハザード ~
) 1 0
(
0 ''
'
u
③
余剰の改善(厚生損失の減少)17
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策 ~ モラルハザード ~
価格
E
図
3.
医療サービスの需給と総余剰 需要曲線供給曲線
O D
A
A’
Z
X Y
E’
B C
A’
の水準まで契約者自己負担 フルカバー:△OZD
-□ OZCA
一部カバー:△A’E’D
-□ A’E’BA
=△
AED
-△EBE’
需要の価格弾力性 に大きく依存
医療需要の 価格弾力性 の検証
医療サービス量
逆選択◦
契約締結前の情報の非対称性から生じる現象◦
保険者が被保険者のリスクタイプを識別することができ ないことから生じる現象
リスクタイプ 2 種類(タイプ L とタイプ H )疾病率:タイプ L は
,タイプ H は
(
)
タイプ L と H の存在割合は知られている,
(
)
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ 逆選択 ~
p L p H 0 p L p H 1
: 1
1
0
保険者がタイプL
とH
を完全に識別できる(完全情報)→ それぞれフルカバーの保険を提供,保険料もそれぞれ
19
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ 逆選択 ~
疾病時所得
(W
2)
E H
O
E L
タイプ
L
の所得線(fair odds line
)タイプ
L
の無差別曲線健康時所得(
W
1) 図4. 完全情報の下での(分離)均衡N
傾き
L L
p
p
1
保険者がリスクタイプを識別できない例えば,加重平均保険料(プーリング保険料)を設定
→ 各タイプの限界代替率について,
→ 効用を引き上げるべくタイプ L はカバー減, H はカ バー増
→ 平均保険料の引き上げ
・・・
→ タイプ L が保険に加入する条件を満たさない状態
→ 市場にはタイプ H ばかり,市場の崩壊(レモンの原
理)
※2 種のリスクタイプを同時に満たすプーリング均衡 は存在しないことが知られている
20
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ 逆選択 ~
H
L p
p
p ( 1 )
L
H MRS
p
MRS 1 p
スクリーニング(自己選抜)による分離均衡21
3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ 逆選択 ~
疾病時所得
(W
2)
E H
O
E’ L
健康時所得(
W
1) 図5. 分離均衡N
Cont.
タイプ H はフルカバーであるが, L は一部カバー
分離均衡がいつも存在するわけではない(例えば,タイプ L の比率が十分に高い場合)
逆選択への対処としては,スクリーニング以外に もシグナリングや強制保険もある(次節)3.情報の非対称性が及ぼす影響と対応策
~ 逆選択 ~
公的医療保障制度の導入意義
逆選択の解消や社会的厚生の増加を理由として,政府の介入や公的医療保障制度が正当化される場 合がある
公的医療保険の第一義的な特徴は強制保険(第二 は公定価格の適用,西村編( 2006 ))
医療アクセスの公平性に有効ただし,
強制保険の保険者が政府である根拠は明らかではない
リスクが高いほど低所得者であるとするならば,逆選択 とリスク選択を根拠とする強制保険の導入意義は異なる23
4.平均保険料による強制保険
前述の平均保険料
を用いた 強制保険(⇔強制加入によってプーリング均衡を安定)4.平均保険料による強制保険
H
L
p
p
p ( 1 )
疾病時所得
(W
2)
図6.平均保険料による強制保険
O
E C
平均保険料による
fair odds line
,傾き は健康時所得(
W
1)N
p
p
1
モラルハザードの問題は依然として残る
タイプ L から H へ内部補助が生じている→非効率
「強制」保険でないならば, EC
の右下かつ 2 つ の無差別曲線の間で保険契約を提示すれば,タ イプ L のみ引きつけられる(利潤はプラス)
保険者の収支が均衡し,かつタイプ L の効用を上 げるには(次スライド図7参照)25
4.平均保険料による強制保険
前述の平均保険料
を用いた 強制保険4.平均保険料による強制保険
H
L
p
p
p ( 1 )
疾病時所得
(W
2)
図7.平均保険料による強制保険
(2) O
E’
C平均保険料による
fair odds line
,傾き は健康時所得(
W
1)N
p
p
1
ここまでは,「民」のみ or 「官」のみの議論
医療保障制度における官民の望ましい役割分担と は?→ 何らか基準が必要
キーワードは「効率性」と「公平性」の 2 つ◦
効率性:資源の有効配分◦
公平性:経済的な意味での平等(?)◦
2 つはしばしばトレードオフの関係
ここでは,パレート改善( Pareto improvement )や 社会的厚生関数( Social welfare function )を通 じて官民の役割分担を探る27
5.官民の役割分担
パレート改善の一例( Dahlby
( 1981 ),Zweifel ( 200 0
))28
5.官民の役割分担①
疾病時所得
E H
O
E’ L
図8. 官民の役割分
E’ H
健康時所得
N’ N
例えば, N’ までを官が強制保険としてカバー( NN’ はプーリング保険料による fair odds lin e )
それ以上を民が提供,したがってここでは民は補 完の役割
官と民の役割分担によってパレート改善◦
官だけの平均保険料を用いた強制保険(図7)◦
民だけの分離均衡(図5)いずれよりも( E’
H ,
E’L
)の組み合わせは,タイプ L とタイプ H ともに効用が増加(あるいは等しい)◦
どの保険者の収支も均衡29
5.官民の役割分担①
<公平性> 医療アクセス
効率性→公平性
社会的厚生関数:社会構成員の効用を用いて表現(厚生経済学)
ベンサム型の功利主義的社会的厚生関数:
ロールズ型の社会的厚生関数:
その他,バーグソン=サミュエルソン型など
社会的厚生関数の推定に関する研究( Dolan(1998) 他)5.官民の役割分担②
U
NU U
SW
1
2 } ,
, ,
min{ U
1U
2U
NSW
0 ),
, , ,
(
1 2
i
n
U
U f U
U f
SW
社会的厚生関数に官民の医療保険(医療保障制度)を組み込むには
◦
期待効用を用いて表現し,リスクタイプの存在比率( λ )で 加重した上で,社会的厚生の最大化を図る◦
例えば,◦
これまでのモデルに沿って,健康時所得と疾病時所得を表し,社会的厚生を最大にするような公的医療保険のカバー範囲 を求める。しかし
…
根本的な問題して,政策決定のために,どのような 社会的厚生関数を選択するか?◦
社会構成員の効用の測定◦
社会の価値観,公平観,倫理観,政治的要素…
etc.31
5.官民の役割分担②
H
L
EU
EU
SW ( 1 )
モラルハザードの影響の抑制は制度設計に依存
官による民へのクラウド・アウトの懸念
官の介入手段としては,課税や補助金も→所得再分配◦
公的医療保険を通じた場合と 実質‘ ’
同様の効果を得ることも可能(次ス ライド図9参照)
医師,医療機関の行動を含めた分析◦
医師 - 患者間の情報の非対称性◦
診療報酬体系の設計
医療サービス,医療技術
理論を補強する実証分析・シミュレーションを援用した研究6.おわりに(考察と課題)
33
6.おわりに(考察と課題)
疾病時所得
E H
O
E L
図9. 課税と補助金がある場合の分離均衡(の一
例)
E’ L
E’ H
補助
健康時所得
課税
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