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第2次世界大戦直後から始まった欧州統合の一環であり

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はじめに

ユーロの導入は、第2次世界大戦直後から始まった欧州統合の一環であり、ひとつの重要 な到達点であった。そして2002年1月に欧州連合

(EU)

加盟国のうち

12

ヵ国で流通し始め て以来、ユーロ安の時期もあったものの、この単一通貨の国際的信用は高まり、近年では 世界の外貨準備の

30%

近くがユーロで保有されるまでになっていた。これと比較して米ド ルは60%近く、日本円は

5%

くらいである。また、国際債券発行残高のおよそ25%がユーロ 建てで発行されている。

2008年 9月にリーマン・ブラザーズが破綻したのをきっかけに世界の金融市場が大混乱に

陥ったときも、ユーロゾーンは比較的軽症のようにみえた。2009年1月

1日には、スロバキ

アが新たに加わってユーロ加盟国数は

17ヵ国になり、エストニア、デンマーク、ラトビア、

リトアニアは、ユーロに入る前段階の欧州為替相場メカニズム

(ERM: Exchange Rate Mechanism)

に加盟している。

ユーロに危機が訪れたのは、2009年末からである。リーマン危機への対応で各国の財政 が悪化していたところに、ギリシャのパパンドレウ新政権が

2009

12月、前政権の公表し

ていた数値を否定して財政赤字の国内総生産

(GDP)

比率が

12.7%、政府債務残高 GDP

比が

113%

に達したと発表した。これが引き金となってギリシャの債務返済能力が疑われ、借り 入れコストが上昇し、実際に返済が困難になり危機に発展する。やがて危機は、アイルラ ンド、ポルトガル、スペイン、イタリアにも感染していった。

ユーロ危機開始以降、アジアはじめ世界各地域は通貨同盟に懐疑的になっている。しか し、単一通貨を手放せば、それだけで経済が安定するわけではない。また単一通貨さえな ければ、必ず経済が安定していたわけでもない。本稿ではこのことを指摘しながらユーロ の行方を分析し、欧州の課題としてガバナンス改革の重要性を強調する。これによって、

東アジアなど他の地域に対する示唆についても考えたい。

1

単一通貨導入の理由

すべての通貨体制にはコストとベネフィットがある。通貨体制を選択することは、どの コストとベネフィットの組み合わせを選ぶかについての選択になる。単一通貨には、為替 レート変動から解放されるというベネフィットとともに、政策の自由度を奪われるという

(2)

コストがある。しかしこのコストは、ベネフィットにもなりうる。政策の自由度を奪われ るということは、政策が節度あるものになりうることを意味するからである。ユーロに参 加した国々は、政策自由度を奪われることのマイナス面でなくプラス面を期待していた。

その意味で加盟国にとって、単一通貨という選択は合理的であった。危機を迎えているの に合理的であったと言えるのは、ユーロ導入には重要な目的があり、その目的が達成され なかったがゆえに危機を迎えているからである。

ユーロ導入の重要な目的とは、金融財政政策の自由度を奪い、価格・コストの比較を容 易にすることによる合理化・構造改革の促進であった。ユーロは基本的に政治的な企画で あって、「ドイツ的欧州でなく欧州的ドイツ」のために実現したと言われる。しかし、経済 的理由もなかったわけではない。安易な拡張的政策という選択肢を取り去り、国内的に不 人気な改革を実行せざるをえない状態を作り出すことが、重要な経済的理由だったのであ る。

ユーロ導入によって改革が進み、加盟国の経済指標が「望ましい方向」に収斂する形で 共通通貨域内の非対称性が減少することが期待された。すなわち、高い生産性、高い競争 力、高い成長率、低い失業率、低いインフレ率である。短期的な景気変動に対処するため には、構造改革という手段は即効性を欠く。しかし、欧州の経済問題は、短期的に景気が 回復しても残る、あるいはむしろ、短期の景気回復で覆ってしまうとより悪化するような、

長期的な問題なのである。社会保障を充実させ、生産者や消費者を保護した結果、人々の 生活は安定した。しかし、そのためにできた制度の多くが、経済の活力をそぐような硬直 性となってしまった。これらを取り除かなければ、欧州の長期的安定と繁栄はない。欧州 統合を支持し推進する人々は、このことを知っている。

ひとたび出来上がった制度には、既得権益がつきものであり、改革は困難である。とく に民主主義のもとでは、投票者の大多数が賛成しないかぎり、長期的には望ましい改革も なかなか実現が難しい。これは日本をはじめ、多くの国に共通の問題である。

欧州において改革を推進する試みは、単一通貨導入と同時並行的に行なわれていた。ユ ーロはこれを手助けすることが期待された。しかし、ユーロ導入後、構造改革が進んだ加 盟国と進まない加盟国があった。罰則がなく、ピア・プレッシャー(同調圧力)だけに頼っ ていたからである。投票者が自ら改革の必要性を自覚し、推進することに合意する国以外 では、硬直性が依然として残ることになった。

その結果、ユーロ加盟国の間で、一方の国にあって他方にはないという意味の「非対称 性(asymmetry)」が生じた。すなわち、加盟国間で生産性や競争力が異なる結果、マクロ経 済指標も違うまま、ユーロが存在する結果となった。この非対称性はユーロ導入前からあ って、これをなくすための改革を容易にするためにユーロを導入したにもかかわらず、改 革の進み具合に応じてむしろ、この非対称性が大きくなったとも言える。

単一通貨を導入するということは、為替レートが存在しなくなるということである。そ の意味で、単一通貨は究極の固定相場制度である。一方、為替レートは「非対称性」に反 応して変動する。為替レートは一方の通貨を売って他方の通貨を買うときに変動する。両

(3)

方の国を比較して何も違いがなければ、一方の通貨を売って他方の通貨に換える理由はな い。違いは、金融政策の違いでも財政政策の違いでもよいし、一方の国から何かを輸入し たいという動機、あるいは他方の国へ旅行したいという動機でもよい。為替レートは非対 称性に反応して動くのである。ということは、非対称性があるときに為替レートを固定す るのは困難だということになる。単一通貨は究極の固定相場制度なので、非対称性がある ときに単一通貨を安定的に運営するのは困難となる。為替レートはもはや存在しないので、

ひずみは為替レートの乱高下という形では顕在化しない。為替レートが調整しない分、た まったマグマ(調整の必要性)がほかの形で噴出する。今日のユーロ危機の場合、それは国 債金利(政府の資金調達コスト)の形で噴出している。

加盟国の間で非対称性が残る以上、為替レートの調整を必要とする状態が継続し、共通 通貨が危機を迎えた。危機は、この意味では起こるべくして起こっている。

2

欧州における改革促進の試み

欧州における改革促進の試みとして、2000年3月の

EU

首脳会議で打ち上げられた「リス ボン計画(The Lisbon Agenda)」ないし「リスボン戦略(The Lisbon Strategy)」(包括的経済・社 会政策)がある。これは欧州以外ではあまり知られていないが、10年間で「欧州連合を世界 で最も競争力が高くダイナミックな、知識に基礎をもつ経済にし、より良い仕事を増やし 社会的連帯を強めること」(‘to make the EU the most competitive and dynamic knowledge-based econ-

omy in the world with more and better jobs and greater social cohesion’)

を目標としていた(1)。10年後、

目標が達成されなかったため、「Europe 2020」という新戦略に受け継がれている。

リスボン戦略は2000年のリスボン首脳会議以後、欧州理事会が開催されるたびに議題に 上ってきた。たとえば2000年

12

月のニース理事会では毎年春の理事会で実施条項を審査す ることが決まり、2001年

3月のストックホルム特別理事会では雇用対策に関する目標を設定

した。2002年

3月のバルセロナ理事会では、リスボン戦略の進展が遅い分野もあることを認

めたうえで、2010年までに定年の平均年齢を5年引き上げることなどを含む新しい目標も導 入された。

2003年 7

月のブリュッセル理事会では、既加盟国が提出する「包括経済政策指針(Broad

Economic Policy Guidelines)

」について、新規加盟国も、2004年からはアップデートの形、2005

年からは「実施報告書(Implementation Report)」の形で提出すべきとされた。さらに、財・サ ービス資本市場のカーディフ構造改革レポート(Cardiff reports)について、2003年

10月から

自主的に提出することを勧めると結論づけている。

同じ2003年7月には、ブリュッセル自由大学のサピール教授率いるグループが欧州委員会 の依頼によって作成したレポート(2)を発表し、EU予算増額のための税導入と農業から投資 への支出振り替えを提唱したほか、以下で論ずる「開かれた政策協調手法」(OMC: Open

Method of Coordination)

だけでリスボン戦略の目標が達成できるかどうかに疑問を呈した。

実際、事態は大きく進展せず、2004年

3

月のブリュッセル理事会は、リスボン戦略見直し の議論のたたき台を作成することを、ヴィム・コック元オランダ首相率いるグループに要
(4)

請した。こうして

2004

11

月に欧州委員会に提出されたのが、加盟国の政治的意思が希薄 であることを批判したコック・レポート(Kok Report)(3)である。

このように、リスボン戦略を前進させ、硬直性除去の目標に近づくことの重要性は、少 なくとも欧州統合を支持し進める立場にある人たちの間では強く認識されていた。そして 進展がみられないため、2005年3月のルクセンブルク首脳会議では欧州委員会の提案(4)に従 って成長と雇用に焦点をあて、リスボン戦略を「再出発」(relaunch)させることになった。

この「再出発」がこれまでの政策と違うのは、「統合」と「循環」という

2

つの点において であるとされた。この2点は、EUと加盟国市民の協調のあり方を問い直すために導入され、

今日の「ガバナンス改革」の先駆けとも言える。加盟国の当事者意識(sense of ownership)を 増大させ、リスボン戦略を前進させるのが狙いだった。しかし、加盟国政府の当事者意識 は増大したとしても、投票者の当事者意識を増大させないと改革が実現困難であることは、

当時から明らかだったはずである(5)。大多数の有権者が痛みを伴う改革に反対する限り、改 革は実現しない。

3

リスボン戦略が成功しなかった理由

EUにおける政策決定は、

「補完性の原理」(principle of subsidiarity)に従うことになっている。

「可能なかぎり市民に近い場で決定を行なう」という原理である。

EUが決定を行なう場合もあり、その場合は「単一政策」と呼ばれる。EU

のみが法的権限

をもっている場合と、加盟国・地域・現場における決定よりEUによる決定のほうが有効だ と判断される場合とがある。いずれにしても、加盟国の意見が各国代表の発言を通じて反 映されることはあっても、政策決定はEUのレベルで行なわれる。加盟国は最終的にはEU 機関が決める政策を受動的に受け入れ、単一政策と整合的な政策をとることになる。目標 設定・政策決定・政策実行のすべて(競争政策の場合はそのほとんど)を、EU機関が行なっ ている。

この単一政策の対極に位置しているのは、「弱い協調」と呼ばれ、目標設定の主体と、政 策決定・政策実行の主体が異なる政策分野である。政策決定と政策実行は加盟国や加盟国 の構成主体(地域・現場・社会的パートナー)の仕事である。ここでの

EU

の役割は、共通目 標を設定する、加盟国からの情報を評価する、ガイドラインを出す、対話・情報交換・ピ アレヴューの場を設ける等、EUと加盟国の、また加盟国同士の協調の場を提供することに ある。ただし政策の決定は、EU機関や他の加盟国との情報交換の結果を勘案しながら共通 目標に照らして行なわれるから、加盟国なりその構成主体なりが単独で決定するわけでは ない。交換した情報や共通目標をどの程度まで意識するのかは、政策によっても国によっ ても異なる。

目標設定、政策決定、政策実行のすべてを単一の主体が行なうときには、目標達成の責 任はすべてその主体にあることが明らかである。だが「弱い協調」の分野の政策は、この ような状態になっていない。目標を設定するのは(加盟国とその構成主体の意見を聞くとはい

え)

EUであり、目標達成のために政策を決定し実行するのは、EU

および他の加盟国からの
(5)

フィードバックを勘案する加盟国とその構成主体である。つまり目標設定の主体と政策決 定・実行の主体が異なっており、各主体が相互に意見交換を行なっているうえ、政策決 定・実行の主体は国・地方・現場・社会的パートナーとさまざまなのである。これでは目 標を達成するにあたって責任の所在が不明確になっても不思議ではない。これは実は大変 重要なことである。責任の所在が明確でないことは、目標達成を困難にするからである。

リスボン戦略はこの「弱い協調」の分野に属しており、OMCに基づいていていた。この ことは、次の2つの意味で目標達成を困難にしてしまった。第

1

に、すでに述べた理由から、

目標達成にあたって責任の所在が明確でない。第

2に、加盟国共通の目標はあっても目標を

達成できないことに対する公式な制裁はなく、達成はピア・プレッシャーや劣等生と言わ れたくないという意識に依存していた。明らかに、制裁がある場合と比べて目標を達成す る力学は働きにくい(6)。このように考えれば、リスボン戦略の達成が困難であったのも不思 議ではない。

4

履行

(implementation)

とガバナンス

リスボン戦略が進展しなかった原因は、計画の履行(implementation)が不十分だったこと にあった。では履行を改善するには、どうしたらよいのか。欧州の政策担当者たちは、2005 年3月の理事会でリスボン戦略を「再出発」(relaunch)させるにあたって、この問いに対す る答えを模索した。

前節で述べたように、計画履行のための政策は「弱い協調」の分野に属し、公式制裁も ないし責任の所在が曖昧になる。そうである以上、履行を改善する方法は

2つしかない。

ひとつは、リスボン戦略関連の政策を「弱い協調」の分野に残し

OMC

を適用したまま、

政策をよりわかりやすく整合的なものとして、目標達成のための責任の所在を継続的に明 確にするという方法であった。2005年時点の

EUはこの方法を選択し、責任の所在が現場に

あるという認識を徹底しフォローアップを強化する政策を打ち出して、加盟国の当事者意 識を高めようとした。

履行を改善するもうひとつの方法は、リスボン戦略関連の政策を「弱い協調」の分野か ら外し、より「単一政策」に近い形にして制裁も導入することである。しかし少なくとも ユーロ危機以前の欧州では、これは非生産的で非現実的だと考えられていた。非生産的で ある理由は、個々の加盟国、個々の地域、個々の産業における人的資本の質を改善しよう とするときに、現場から遠いところで政策の詳細を決定しても結果が出にくいからである。

これは危機の後にも変わっていない。しかし非現実的だという認識は、危機が起こってか ら変わってきている。危機前は、EUが加盟国の決めるべき政策を勝手に決めているという 認識が(誤った認識だとしても)反

EU

感情を生むことが危惧された。「民主主義の赤字」の 問題である。

危機は、2つの変化をもたらした。ひとつは、現状を維持し改革を受け入れないと言い続 けても危機が収束しない、むしろより危なくなることを目の当たりにした投票者の認識の 変化である。もうひとつは、投票者からの批判だけを気にして短期的に人気の高い政策を

(6)

実行していると、やはり危ないことがわかった政策担当者の認識の変化である。この結果、

欧州はガバナンス改革の必要性を実感し、「内政干渉」とも言えるような政策を実行できる 形にガバナンスを変えていこうとしている。

5

ガバナンス改革

(governance overhaul)

欧州にとって喫緊の課題は、市場を安定させ、ユーロゾーン加盟国国債と欧州の民間銀 行に対する不信感を払拭することである。しかし、市場が安定し不信感が払拭されること と、欧州の安定的繁栄を長期的に持続可能にする環境を整えることは別である。ユーロか ら離脱する国があるかどうかが話題になっているが、そのような国があるにせよないにせ よ、ユーロに残る国も残らない国も、経済を活性化できなければ長期的な安定はない。欧 州の長期的目標は、欧州の平和的繁栄を実現するための統合を可能にすることであり、そ のためにはガバナンスを変えなくてはならない。

2010

10月、ヘルマン・ファン・ロンパイ欧州理事会議長が率いるタスク・フォースが

レポートを発表した(7)。「安定・成長協定(Stability and Growth Pact)」を通じて財政規律を強化 する、加盟国間の競争力格差を減少させる、金融危機への対応を有効なものにする、そし て経済ガバナンスと協調方法を改善する必要性を訴えている。ユーロ導入は冷戦終焉、東 西ドイツ統一と時期が重なり、財政規律をもたらすはずの安定・成長協定に実効性をもた せることができなかった。これを強化することが、ガバナンス改革のひとつの主眼になっ ている。

まず「シックスパック」と呼ばれる安定・成長協定を強化する

6

本の法律が

2011

12月 13日に発効した。これと並行して「安定、協調とガバナンスに関する協定

(TSCG: Treaty on

Stability, Coordination and Governance)

」が決まった。このTSCGのうち、財政に関係する部分が、

「財政コンパクト(fiscal compact)」と呼ばれる。シックスパックの定めるところより、さら に強化されている。

そしてシックスパックとTSCGには、マクロ経済指標についても、相互に監視して干渉す る条項が盛り込まれた。まず、シックスパックの「マクロ経済不均衡手続き(MIP:

Macroeconomic Imbalance Procedure)

」に基づくマクロ経済サーベイランスがある。この

MIPを

強化するものとして、2011年3月

24

25日の欧州理事会でユーロプラスパクトが採択され

た。正式名は「ユーロプラスパクト:競争力と収斂のための経済政策協調の強化(The Euro

Plus Pact: Stronger Economic Policy Coordination for Competitiveness and Convergence)

」である。競争力 の強化、雇用の促進、財政の持続可能性の強化、金融の安定性の強化の4分野で共通目標を 設定し、相互に監視することになった。

他方、TSCGは財政に関する規律をシックスパックに追加するだけでなく、経済政策のサ ーベイランスと協調も強化する。過剰財政赤字を効果的、持続的に解消するために必要な 構造改革を示し、債券発行計画の事前調整、過剰財政赤字手続きが始まった加盟国間の経 済パートナーシッププログラムを含んでいる。

以上のほかに、本稿執筆時点で、予算案のモニター・評価と過剰財政赤字の修正に関す

(7)

る法律と、金融財政危機に瀕したユーロ加盟国のサーベイランス強化に関する法律を、欧 州委員会、欧州理事会と欧州議会が2012年夏の合意をめざして準備している。

6

日本およびアジアに対する示唆

欧州のガバナンス改革が成功するかどうかは、不透明である。ドイツはガバナンス改革が 必要であることを強く認識する国のひとつであるが、提案されている改革はドイツの憲法裁 判所を説得しなくてはならない要素も含んでおり、フランスも説得できるかなど、難関が待 ち受けている。フランスはドイツと並び欧州統合の中枢にあるが、最も国家主権を重視する 国のひとつである。

また仮にいま進められているガバナンス改革が加盟国に受け入れられたとしても、危機後 の政策の舵取りという難しい問題が残っている。危機後の政策は、さまざまな矛盾を孕んで いる。

他の加盟国の構造改革を外から促進するためには、内政に干渉し、その国の財政金融政策 の自由度を減らす必要もあるが、過度の引き締めで経済が大恐慌に陥っては元も子もない。

改革を可能にする程度の景気を維持するためには政策を緩和せざるをえない。金融機関への 資本注入は経済活動を支える金融仲介機能を回復するために必要だが、税金を使った援助を 得られない産業に従事する投票者にとっては納得がいかない。そして市場の動きが経済活動 に大きな打撃を与えないようにするためには、ある程度市場取引を規制しなければならない が、やり方を間違えれば自由闊達な市場取引の障害になりえる。

さらに、投票者や市場の表明する意見は、必ずしも間違いでない。ドイツ、フィンランド、

オランダ、オーストリアの有権者が「周辺国(periphery)」への貸し付けに反対し、貸し付け るなら担保をとってほしいという意見を政治に反映させようとするとき、彼らはモラルハザ ードの悪を指摘しているにすぎない。市場が、スピードが早すぎるとしても、財政秩序を失 った国の国債発行費用をつり上げていくとき、必要な財政規律を回復することを求めている にすぎないのである。

このような矛盾がある以上、危機後の政策は「細い線の上を歩く」技術を必要とする。一 歩間違えば市場が過剰に反応するかもしれない。しかし、ガバナンスを強化できなければ欧 州の安定的繁栄はない。欧州のように相互依存が高まった地域の平和的繁栄のためには統合 しか選択肢はなく、その論理的帰結として共通通貨がある。統合を持続可能なものにするに は、国家主権を今までよりも広い範囲で譲渡して内政干渉を受け入れるしかない。それを好 まない程度に応じて「オプトアウト」(選択的離脱)を求めることになるが、これが全体の安 定性に及ぼす影響には注意すべきである。

「相互依存の強まる国同士の間で、平和的繁栄を維持するためには、どれほど国家主権を 譲渡しなければならないか」というのは、人類共通の課題である。そして欧州はこの問題に 正面から取り組む、世界で最初の地域である。民主主義のもとで、いかにして「経済全体を よくするが投票者に不人気な政策」を実行するか。欧州は、統合を通じてこの問題に答えを 出そうとしている。批判するのは容易だが、批判するなら代案を出さなければ建設的な批判

(8)

にならない。ユーロはその重要な目的を達成できず、危機を迎えたという意味では失敗であ った。しかし、ユーロ危機の結果として必要なガバナンス改革と構造改革が実現すれば、ユ ーロは成功だったと言えよう。

ひるがえって日本では、公的債務のGDP比率がいわゆる先進国で最悪の状態にあり、社会 保障を現在の制度のままで維持するのには年間1兆円ずつコストが膨らんでいく状態にある。

それにもかかわらず、新産業の発展や子育て・介護に対する不安軽減に必要な改革の歩みは 遅い。「財政を統一せずに金融だけ統一したのは誤り」と言ってユーロを批判するよりも、ユ ーロゾーンにはあって日本にはない改革のインセンティヴとして統合を認識すべきである。

単一通貨が「安易な逃げ道」を取り去ったために改革を実現させた国もあれば、それにもか かわらず改革を実現できず市場の力で改革せざるをえない緊急事態を迎えた国がある。日本 は、どうやって「安易な逃げ道」をふさぎ、危機を防ぐのだろうか。

日本を除くアジア諸国のように経済成長率が高い国では、改革の必要性は目立たない。し かし高い成長率はいつまでも続くわけではない。すでに一部の国では、「中所得(国)の罠

(middle income trap)」が問題とされ始めている。改革の必要性が高まったとき、アジアは、必要 な改革を進める手段として何を選ぶのか。民主主義のもとで、あるいは、特定の既得権益が 存在する政治体制のもとで、どうやって痛みを伴う改革を進めるのか。固定相場制度や共通 通貨を選ばないなら、ひとつの選択肢は、経済連携協定(EPA)などの協定になろう。いず れにしても、自国民が選ばない政策を実行するためには、程度の差はあれ、外からの干渉が 有力な手段になりうる。必要な改革を実現し経済の安定的繁栄を維持するために、どの手段 を選ぶのか、どの程度に強力な「経済統合」に参加する必要があるのか、真剣に考える必要 がある。

1)「リスボン戦略」ないし「リスボン計画」は、リスボン条約(2007年)とはまったく別のもので ある。EU首脳会議開催地が同じリスボンであったため同じ名前がついているにすぎない。リスボ ン戦略としてEU首脳会議のために欧州委員会が準備した文書がEuropean Commission(2000)であ り、リスボン首脳会議の採択文書はhttp://ue.eu.int/ueDocs/cms_Data/docs/pressData/en/ec/00100- r1.en0.htmで読むことができる。

2 Sapir(2003).

3 High Level Group chaired by Wim Kok(2004).

4 European Commission(2005).

5) 嘉治(2006)参照。

6) 目標設定・政策決定・政策実行を超国家機関が行なう場合、責任の所在は明確になるが、これは 目標が達成されるための十分条件ではない。複数の国が単一政策に従う場合に公式な制裁を設定 することは、各国が超国家機関によって定められた政策に従うインセンティヴを高めるための手 段だと言うことができる。

7 van Rompuy Task Force(2010).

■参考文献

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(9)

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かじ・さほこ 慶應義塾大学教授/PCPコーディネーター http://www.econ.keio.ac.jp/lecture/pcp/

Referensi

Dokumen terkait