Levi 平坦実超曲面の幾何への関数論的アプローチ
足立真訓
(名大・多元数理)
∗概 要
複素多様体内の特殊な実超曲面である
Levi
平坦面は,
多変数関数論・葉層構 造論・微分幾何学のいずれからもアプローチ可能な研究対象である. 20
年来,
未解決の予想「複素射影平面CP2内に滑らかなLevi
平坦面は存在しない」を
1
つの動機とし,
発表者はLevi
平坦面の幾何学を多変数関数論の手法で研 究してきた.
本発表では, Judith Brinkschulte
氏(ライプツィヒ大)との共 同研究を含め, [1], [2], [3], [4]
で得られた結果を報告する.
第1
節で, Levi
平 坦面の定義・典型例と本研究の背景を紹介する.
第2
節で, Levi
平坦面の正 則法束の幾何に関する局所的な公式を報告する.
第3
節で, Levi
平坦面のあ る種の曲率に関わる大域的な評価を報告する.
1. Levi 平坦面とは
1.1. Levi
平坦面の定義本稿を通し,
X
をn( ≥ 2)
次元複素多様体とし,その複素構造をJ
Xで表す.X
内の実超 曲面M
を考える. 特に断らない限り,M
はC
∞級,コンパクト,境界なしで,相対コンパ クト領域Ω ⋐ X
の境界として向き付けられていると仮定する.M
の定義関数r
とは,M
の近傍で定義された実数値関数r
で, 0を正則値に持ち,M = r
−1(0)
と表すものをい う. 今,M = ∂ Ω
なので, Ωの側でr < 0
と仮定する.M
の定義関数r
を1
つ固定しておこう.M
の接束T M
内のJ
X 不変な最大の部分 束T M ∩ J
XT M
をM
のLevi
分布と呼ぶ. 同一視T X ≃ T
1,0X
の元で, Levi 分布はT
1,0M := Ker∂r ⊂ T
1,0X
に対応し, これをM
の正則接束と呼ぶ. 実(1, 1)
形式i∂∂r
がT
1,0M
上定める二次形式をM
の(r
に関する)Levi
形式と呼ぶ.M
のLevi
形式の符号はr
の取り方によらず定まる. Levi 形式がM
上常に半正定値 のとき,M
は(Ω
から見て)擬凸であるという. 特に, 常に正定値のときには,M
のLevi
分布はM
上の接触構造を定め,M
は強擬凸であるという. これに対し, Levi 形式がM
上常に消えることは,M
のLevi
分布がM
上の非特異葉層構造F
を定めることと同値 であり, このときM
をLevi
平坦面と呼ぶ.F
の葉はX
の複素超曲面からなる.F
をLevi
葉層と呼ぶ. Levi 葉層F
を尊重するとき,M
の正則接束をT
1,0F , M
のLevi
分 布をτ F
と表すことにする.1.2. Levi
平坦面の典型例非コンパクトな
Levi
平坦面の最も基本的な例は, 直積M = C
n−1× R ⊂ X = C
nであ り, Levi 葉層F
は⊔
t∈R
C
n−1× { t }
で与えられる.コンパクトな
Levi
平坦面の基本的な例は, 直積の商, いわゆる懸垂により作ること ができる. 具体的な構成を1
つ見ておこう. Σを種数2
以上の閉Riemann
面とする.D = { z ∈ C | | z | < 1 }
で単位円板,S
1で単位円周,CP
1でRiemann
球面を表す. Fuchs 群模型Σ = D /π
1(Σ)
を固定し, 非自明な擬等角変形ρ : π
1(Σ) → Aut( D )
を選ぶ. Σ上の第61回幾何学シンポジウム(2014年8月,於 名城大学)の予稿. 本研究発表は科研費(課題番号: 26800057) の助成を受けたものである.
∗e-mail:[email protected]
web: http://www.math.nagoya-u.ac.jp/~m08002z/
平坦
CP
1束Σ ×
ρCP
1:= D × CP
1/ ∼
ρ に埋め込まれた平坦S
1束Σ ×
ρS
1:= D × S
1/ ∼
ρは
Levi
平坦面である. ここで,∼
ρは, (z, ζ) ∼
ρ(γz, ρ(γ)ζ) (γ ∈ π
1(Σ))
による同値関 係である. 被覆D × CP
1の直積葉層⊔
t∈CP1
D × { t }
が平坦CP
1束の非特異正則葉層を 定め, 平坦S
1束は, その不変実超曲面となっていることに注意されたい.1.3.
複素射影空間内の滑らかなLevi
平坦面の非存在予想Levi
平坦面は,先の例で見たように,正則葉層の不変実超曲面として現われることが多 い. この観点からのLevi
平坦面に関わる主要な問題として, 複素射影空間CP
n内の滑 らかなLevi
平坦面の非存在予想が知られる. この予想は, Camacho–Lins Neto–Sad [7]による
Poincar´ e–Bendixson
の定理の複素化の研究から見出された.RP
2内のフローの極小不変集合は特異点かリミットサイクルであるが,
CP
2の正則葉層の極小不変集合は 葉層の特異集合のみであると予想されている. Cerveau [8]は, 特異集合以外の極小不変 集合の可能性を2
つの場合に絞り込んだが, その片方がLevi
平坦面なのである.CP
n(n ≥ 3)
内のLevi
平坦面の非存在については,実解析的な場合をLins Neto [12]
が, 滑らかな場合を
Siu [14]
が証明している. 残るCP
2 内のLevi
平坦面の非存在につ いては,証明を主張する論文・プレプリントが複数存在するが, そのいずれにも深刻な ギャップが後に見つかり, 現在もopen
であると見なされている.2. Levi 平坦面の正則法束の幾何
さて,「Levi 平坦面の幾何学」として, 発表者が研究を行なっているのは,正確には,
Levi
平坦面の正則法束の幾何学である.M
をLevi
平坦面とするとき,次の平坦なCR C -直線束を, M
の正則法束N
1,0と呼ぶ:N
1,0= C ⊗ T M/τ F ≃ (T
1,0X | M )/T
1,0F
N
1,0は,X
内の実超曲面M
の法束(T X | M )/T M
とは直接関係しないことに注意された い. 定義中の同型が示すように,N
1,0はLevi
葉層F
のM
内での横断構造と,F
の葉の 複素多様体X
内での正則横断構造を同時に記述し,それらを関係づけている. 以下に見 るように,N
1,0がLevi
平坦面への3
つのアプローチを橋渡しするのである.2.1. Brunella
の対応とその定量化Brunella [6]
は,正則法束N
1,0に着目し, 次の2
つの正値性の間の対応を見出した.定理
2.1 (Brunella [6], cf.
足立[1], [3]). M
がLevi
平坦面のとき,以下は同値.• M
の正則法束N
1,0 のHermite
計量1h
2 が存在し,F
に沿う曲率形式iΘ
h= i∂
F∂
F( − log h)
の定める二次形式がT
1,0F
上, 正定値となること.• M
の定義関数r
であって,X
の適当なHermite
計量ω
に対し,i∂∂ ( − log | r | ) ≥ ω
がΩ
上, あるコンパクト集合を除いて成立すること.ただし,
∂
F, ∂
FはF
の葉に沿う正則・反正則微分作用素を表す.このように, Levi 葉層
F
の力学系的複雑さを横断測度(脚注 1
参照)により測るiΘ
h の正値性と,多変数関数論の研究対象である補集合上の特別な強多重劣調和ポテンシャ1{Uα,(zα, tα)}をFの foliated atlasとするとき, h2 ={h2α}と与えられ,|∂t∂α|2 =h2αと測る. 2乗を つけているのは,µ=hαdtαがFの横断測度(Lebesgue測度に対し絶対連続. ホロノミー不変とは限 らない)を定めるからであり,葉層構造論の文脈では{hα}の方が考えやすいためである.
ル
− log | r |
の存在が, 正則法束N
1,0を通してつながるのである. この特別なポテンシャ ルを定める定義関数r
の性質の良さは, 大沢–Sibony の定理[13]
に基づき, 定義関数r
のDiederich–Fornaess
指数(以下, DF
指数と略記) で測ることができる.定義
2.2 (DF
指数).M
の定義関数r
について, 各点p ∈ M
におけるr
の局所DF
指 数η(r, p)
を, 点p
のある近傍U
に対し, Ω∩ U
上,i∂∂ ( −| r |
η) > 0
となるη ∈ (0, 1)
の上 限値として定める. そのようなη
が存在しない場合は,η(r, p) := 0
と定める. また,η
のDF
指数η(r)
をp ∈ M
に対するη(r, p)
の下限値により定める.発表者は
Brunella
の対応を定量化し, 次の公式を得た.定理
2.3 (足立 [1]). M
がLevi
平坦面のとき, 定理2.1
における正則法束のHermite
計 量h
2とM
の定義関数r
を考える. このとき,p ∈ M
におけるr
の局所DF
指数はη(r, p) = sup { η ∈ (0, 1) | iΘ
h(p) − η
1 − η iA
h(p) > 0 }
と
M
上で計算することができる.iA
h:= i∂
Flog h ∧ ∂
Flog h
はFrankel [10]
で導入さ れたT
1,0F
上の二次形式であり,F
の無限小ホロノミーの大きさを測っている.証明は, 直接計算による. ただし, Levi 平坦面
M
を局所的にC
n内の実超曲面として 表す局所座標系を十分に正規化されたように選び,その上で計算を行なう必要がある.2.2. Levi
平坦面の随伴公式前小節の議論は, ambientの複素多様体の幾何学とは関係していない. K¨
ahler
曲面内のLevi
平坦面については, いわゆる随伴公式を通して,X
の幾何をLevi
平坦面の正則法 束の幾何に関係付けることができる.複素曲面
X (n = 2)
内のLevi
平坦面M
の随伴公式とは,同型( ∧
2(T
1,0X)
∗| M ) ⊗ N
1,0≃ (T
1,0F )
∗を指す
(cf. [9]). X
のK¨ ahler
計量ω
は,標準束∧
2(T
1,0X)
∗にHermite
計量(det ω)
−1を 誘導し, また,F
に沿うHermite
計量も制限ω | T
1,0F
により誘導する. したがって, 随 伴公式により, 正則法束N
1,0のHermite
計量h
2ωが定まる. なお, この時,h
2ωに対応す るM
の定義関数は,ω
によるM
までの符号付測地距離である.正則法束の
Hermite
計量h
2ω はX
の幾何を反映するはずだが, 実際,その曲率・無限 小ホロノミーの大きさを外在的な曲率量で計算することができる.定理
2.4 (足立–Brinkschulte [4]). K¨ ahler
曲面(X, ω)
内のLevi
平坦面M
を考える.ξ
で直交補束τ F
⊥⊂ T M
の向き付けに整合した単位切断を,ν F
で{ ξ, J
Xξ }
が定めるT X
の部分束を表す. このとき,T
1,0F
上の二次形式として, 以下が成り立つ2:
4iA
hω= (H
X(τ F , ν F ) − Ric
M(ξ, ξ)) ω | T
1,0F , 4iΘ
hω= (
H
X(τ F , ν F ) − 2G
F/M)
ω | T
1,0F .
ここで
H
X は正則双断面曲率,G
F/MはF
の葉のM
内でのGauss–Kronecker
曲率,
つまり型作用素の行列式を表す. RicM(ξ, ξ)
をM
の総実Ricci
曲率と呼ぶ.証明は, Gaussの公式を用いた直接計算によりなされる. なお, K¨
ahler
多様体内の複 素部分多様体は極小であることから,G
F/M≤ 0
に注意されたい. Brunella 型の対応を 経由すると, 後者の公式は, 武内型の定理(cf. [15])
を導く.2印刷版は誤っています. Lipschitz–Killing曲率よりも, Gauss–Kronecker曲率と呼ぶべきのようです.
3. Levi 平坦面の幾何に関する 2 つの大域評価
前節で述べた局所的な公式を,多変数関数論による大域的な考察と組み合わせること で, Levi 平坦面の幾何に関して, 非自明な大域評価を得ることができる.
3.1. DF
指数η(r)
に関わる大域評価まず
Levi
平坦面を含む,一般の擬凸実超曲面M
に対する主張として述べよう.定理
3.1 (足立–Brinkschulte [3], Fu–Shaw [11]).
自然数0 ≤ ℓ ≤ n − 1
に対し,M
のLevi
形式が至る所ℓ
次元以上退化する時,M
のどんな定義関数r
に対してもη(r) ≤ 1 − ℓ/n.
我々の証明は,領域Ω上の
top form
に対する∂-方程式の重み付き L
2可解性(Donnelly–
Fefferman
型定理)に基づく.L
2可解となる重みがDF
指数により統制されるが, DF指数が境界の
Levi
形式の退化次数と比して大きすぎると, Ω上のbump form
がΩ
に 台を持つカレントとしてexact
になり, 矛盾が生ずる. なお, Siqi Fu氏, Mei-Chi Shaw 氏による証明は,M
のLevi
分布の接触近似列の曲率積分のオーダー評価を用いる.定理
3.1
は, Levi平坦面に関しては, 次の一般的な曲率制約を含意する.系
3.2 (cf.
足立[2]). M
をLevi
平坦面とする. このとき,M
のどんな定義関数r
に対 してもη(r) ≤ 1/n
である. 従って,M
の正則法束N
1,0のどんなHermite
計量h
2に対 しても,M
上の不等式iA
h< (n − 1)iΘ
hは成立し得ない.最終段は, 定理
2.3
により, この不等式がη(r) > 1/n
と同値であることに基づく.3.2.
総実Ricci
曲率Ric
M(ξ, ξ)
に関わる大域評価CP
2内のLevi
平坦面の非存在予想への部分的結果として, 次のBejancu–Deshmukh
の 曲率制約が知られている.定理
3.3 (Bejancu–Deshmukh [5]). Fubini–Study
計量を与えたCP
n(n ≥ 2)
内のLevi
平坦面M
を考える. このとき,M
上の不等式Ric
M(ξ, ξ) ≥ 0
は成立しない.彼らの証明のポイントは, いわゆる
Bochner
テクニックであり,コンパクトリーマン 多様体M
上のベクトル場X
とその双対1
形式α
に対する次の積分公式を用いる:∫
M
{
Ric
M(X, X ) − 1
2 | dα |
2+ |∇ X |
2− (δα)
2}
dVol = 0.
発表者らは, Bejancu–Deshmukh の定理の別証明を与え, その評価を改善した.
定理
3.4 (足立–Brinkschulte [4]).
ある負定数C
CP2< 0
が存在し, Fubini–Study計量を 与えたCP
2 内のどんなLevi
平坦面M
に対しても,M
上の不等式Ric
M(ξ, ξ) ≥ C
CP2 は成立しない.証明は,
M
の囲む領域Ω上の L
2正則2
形式の空間の無限次元性(武内の定理 [15]
に基 づく補間定理)に着目して行なわれる. 総実Ricci
曲率に関する不等式が成立してしま うと, 無限次元であるべき空間が有限次元となってしまうのである. 議論は以下のよう に進む: 総実Ricci
曲率に関する不等式を仮定すると,定理2.4
から, Fubini–Study 距離 が定めるM
の定義関数について,M
の近傍でのある不等式が得られる. Stokes の定理 を巧妙に適用すると,この不等式からΩ
上, コンパクト集合を除いて成立するBochner–
小平–中野–Kohn–Morrey–H¨
ormander
型のL
2評価式が得られ,L
2正則2
形式の空間の 有限次元性を示すことができる.参考文献
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