マスメディアの政治経済学的分析
A1041623 矢作健
1
目次
はじめに ... 2
1 政治経済学について ... 3
2 マスメディアについて ... 4
3 政治経済学的アプローチ ... 5
4 結論 ... 17
5 参考文献 ... 18
2
はじめに
ゲーム理論やそれと関連した情報と不確実性の経済学、またコンピュータの普及やその 進化による高度な計量分析が可能なるなど経済学の分析ツールが日々発展してきている。
そのような中で新政治経済学や政治の経済学的分析といった、経済学特有であった分析ツ ールを用いて政治学と経済学の混合領域分野の分析や研究が進められている。新政治経済 学で取り扱われている主要なアクターというのは官僚、政党組織や政治家個人、利益集団、
有権者といった主体を想定している。これまでの政治の経済学的分析というのは上記のよ うなアクターを中心にして研究を拡大してきた経緯を持つが、現実の民主主義社会におい てはマスメディアというのは「第四階級」や「監視犬」といった呼称で呼ばれるなど非常 に大きな影響力を持つと考えられている。しかし、マスメディアの存在を明示的に考慮し モデルに加えて分析を進めていく研究というのはここ十数年の間に特に取り組まれている。
政治経済学におけるマスメディアの役割というのは簡単に述べると、有権者に対して有権 者自身の政治的意思決定や日常生活における意思決定の情報的基礎を提供する役割を持っ ている。また、政治家の行動や政策についてもどのような政治報道をするかによって、人々 の意思決定に影響を及ぼし中期的もしくは長期的な公共政策や厚生水準の変化といった政 治経済学的帰結になんらかの影響力を及ぼすものと考えられる。以上の問題意識をもとに 以下ではこれまでのマスメディアの政治経済学的分析というものについて先行研究をもと に理解を深めていきたい。
章の構成としては、章1では政治経済学とはどのような研究をおこなっているのか、ま たどういった考え方に基づいているのかについて記述している。また、章2ではマスメデ ィアという存在を明示的に取り上げるといったことでマスメディアについて主に政治学や 社会学といった他の社会科学の分野に依拠しつつ大枠をとらえていきたい。
章3では経済学の分野でこれまで貢献されてきた分析をそれぞれ注目するべき点に注意 しながら先行研究をまとめている。前半部ではマスメディアのもたらす政治経済学的帰結、
後半部ではメディアバイアスを取り扱った論文が主である。また章の最後で、近年インタ ーネットのような新しいマスメディアのもたらす効果というのはだんだんと大きくなって いるという認識から、とくに最近の研究動向を中心に据えて新しいメディアと政治経済学 についてどのように分析が進められているのか経済学のみならず政治学の分野にも依拠し つつかんたんに明らかにしていく。そうして最後に結論といった構成となっている。
3
1 政治経済学について
経済学的分析の一分野として「公共選択論」というものがある。加藤 (2005)では、「公 共選択論」とは「非市場的決定のシステムとメカニズムの経済学的研究」と一般的に定義 しており、これは政治と経済、市場が関わり合う混合領域を研究対象としている。具体的 にはどのように政策決定が行われるのかその過程を分析しその帰結について焦点を当てて 研究が進められている。最近では「政治の経済学」や「新政治経済学」といった呼称で呼 ばれることもある。ここでは、経済学に関する知見ばかりではなく、政治学やときには他 の社会科学の知見に基づきながら経済学の分析手法を用いて進められており通常の政治経 済学の場合、主要な行動主体として政治家や政党組織、有権者、利益集団、官僚などを想 定している。政治経済学的分析とは、これらの主要な政治的アクターの行動原理を経済理 論の文脈に置き換えて分析を進めるが、どのような行動原理を採用しそれを定式化するの かといったことも大切な要因となる。たとえば政治家の場合を考えてみても、ただ政権の 奪取や維持だけを考えて行動する政権志向型といったモデルもある一方で、政権の座より もどのような政策が実施されるかに関心を持つ政策志向型の政治家モデルを前提とする場 合もある。さらに、人々の経済厚生を最大化させる政策を選択する場合や、利益集団に所 得を移転することを目的とする場合など、何を分析したいかによってその内容は大きく変 わるとされている。この政治の経済学的分析のひとつの関心事というのは、経済学がこれ まで取り組んできたようにどのように「市場の失敗」を政府の介入によって是正すること ができるのかという問題意識を、為政者による意思決定によって市場の失敗や政府に失敗 が起きてしまう、といった問題意識へ視点を変えて取り組むことにある。たとえ市場の失 敗が起きていたとしても政府の失敗によって適切な解決策が実施されていないような現状 というのは想像に難くない。
政府の役割や目的というのは、独占や寡占、公共財の供給や外部性などの「市場の失敗」
や所得再分配のような、市場では解決できない問題に対処することである。先ほども述べ たように政府の活動というものがそのような諸問題の解決に現実的に貢献しているかとい えば必ずしもそうとは言えないことが多い。政府の市場介入が効率的な成果を上げられな いような状況について、「政府の失敗」や「政治の失敗」と呼ばれている。たとえば、政治 家や官僚、利益集団といったアクターが戦略的な行動を選択する結果公共財の拠出が過大 となるなど結果として財政赤字がおこりやすい環境になってしまい、本来の最適水準から 乖離してしまうことなどが挙げられる。これまでの新政治経済学では政治的競争のもと有 権者はどのように政治家が選ばれるのか、利益集団はどのように政治家に自らに都合のよ い政策を実現させることができるのかなど分析を進めており多角的な視点から政府の失敗 が生じるメカニズムを分析している。以上の説明については 小西(2009)や加藤他 (2005) に大部分依拠しており、政府の失敗の厳密な取り扱いや公共選択や新政治経済学の歴史的 な経緯については小西(2009)を参照していただきたい。
4
2 マスメディアについて
マスメディアに関する研究や分析というのは経済学のみならず、政治学や社会学、心理 学をはじめ多くの社会科学の分野でおこなわれている。それぞれの分野が独自の研究手法 を用いて分析を進めており、それぞれを包括するのは非常に困難である。この章では、マ スメディアの特徴について主に政治学の観点から政治経済学の分析に関係があると思われ る内容をいくつか取り上げていく。
(1) マスメディアの果たす役割
健全な民主主義社会においてマスメディアの果たす役割というのは非常に大きい。とく に先進民主義国では、人々の識字率というのは高く、高等教育を修了している人々の割合 というのも非常に高い。そういった人たちが政治にかかわらず普段の生活で用いる情報獲 得の手段として利用するのがマスメディアであり、それらによって提供されているニュー スやそこで得られた情報をもとにある政治的な行動をとり日々の生活の意思決定を行って いる。ここでいうマスメディアというのはラジオ、新聞、テレビやインターネットといっ た人々がごく普通に利用しているものを想定している。龍円 (2003)ではマスメディアの機 能として(a)市民の直接体験できない政治的事実を報道する機能 (b)権威付与機能 (c)政 治の監視機能 (d)世論扇動機能 という4点を挙げている。以下では、蒲島他 (2010) の 説明に基づいて簡単な説明を行う。
(c)については、政治家や官僚の行動がある社会的規範から逸脱しているような場合、
マスメディアによって報道され何らかの社会的制裁を受ける。近年の日本においても、田 中角栄元首相に代表される金権政治といわれるような汚職事件を扱った事例などメディア の存在が政治家の失脚まで影響を及ぼした例は日本のみならず世界的にも事例は多い。ま たメディアと権力集団との関係について、ジャーナリズムの最も理想とされるのが「監視 犬」(watch-dog)としての役割である。これは支配的権力が公衆全体の利益に反した行動を とらないように、かれらの活動を監視し批判する存在としてメディアとしての役割を形容 したものである。ほかには「第四階級」や「第四府」といった呼称で呼ばれることもある。
(d)について、人々の世論の形成に大きな影響力を行使するということであるが、政治 学に基づいた理論では「属性型議題設定」(issue selection/agenda setting)が代表的な 理論のうちの一つである。これは、ある争点についてどの側面を選択して伝え、どの側面 を無視するかによってその争点に対する受け手の印象に影響を及ぼしうる可能性について 言及した理論である。
この他にも「誘発効果」(priming effect) や「フレーミング効果」(framing effect)と いった理論が存在する。前者はメディアが強調し設定した議題が受け手に重要と認知され その争点が政治家の評価基準となることを述べたものであり、後者はメディアが争点を描
5
写する際の枠付けの方法が、同じ争点に対する受け手の解釈や評価を規定するというもの である。この他にもマスメディアが世論形成過程に影響をもたらすことについて言及した 理論は多くある。
(2) マスメディアの市場
ここではマスメディア市場について理論的な分析は後の章に譲るとして、一般的にどの ような特徴を持ち、どのような問題点が挙げられているのかについてみていく。
政治学の分野における広告型ビジネスモデルという考え方に着目すると、メディア企業 というのは「一般市民の注意」を広告主企業に売ることで収入を得ていると解釈する。こ のモデルによると、メディア企業というのは情報を伝えることよりも、人々の注意を引き 付けておくかが最大の目的となり本来の社会的役割からは乖離したものとなることを問題 点として挙げている。
親会社と株主の影響も考慮しなくてはならない。日本の場合、いくつかの法的な規制 によって巨大メディアの資本形成や海外事業者の参入がある程度規制されている。一方海 外のメディアは合併や買収が進み、比較的少数の巨大資本のもとに多数のメディアが系列 化するといった事例がみられる(蒲島他 (2010))。もし親会社や株主が大きな影響力を行 使できる場合には、親会社自身にとっての都合の悪い報道というのは意図的に改ざんする ことで損失を事前に防ぐことができるかもしれない。またそういった報道によって株主の 株価が下がることによる損害もメディア企業というのは考慮に入れなくてはならない。
以上のように非常におおまかにではあったが、マスメディアの役割や特徴についてみて きた。このような留意点に基づきつつ、マスメディアの政治経済学的分析ではどのように 研究が進められているのかについて次章でみていくことにする。
3 政治経済学的アプローチ
政治経済学的なアプローチをとることによって、マスメディアはどのような行動をとり、
それが結果的にどのような政治経済学帰結をもたらし、他のアクターにどのように影響を 与えるのか主に経済学の分析手法をもとにして明らかにしていくのが目的である。多くの 先行研究では、これらの分析によって示唆された内容をもとに政治の失敗や市場に失敗と いった問題をどのように改善できるのかについても議論している。
それでは、ここからは政治経済学的アプローチによるマスメディアの分析はどのように 行われているのかについてこれまでの研究成果の貢献について代表的な文献をとりあげて まとめていきたい。この章では大きく3つの構成をとっている。まずはじめでは、政治経 済学的アプローチではどのような方法をとっており、またどのように他の社会科学の分野 と異なっているのかについて包括的にまとめていく。第2ではマスメディアのもたらす政 治経済学的帰結への影響についてまとめていくいが、これまでの研究の方向性に基づいて
6
おおきく2つの方向性に大別する。ひとつは有権者の投票行動への影響、もうひとつは公 共政策に関する影響である。それぞれについて具体的にどのような研究が行われており、
今の段階で何が明らかになっているのかについて代表的な文献とともに要点をおさえてお きたい。第3では、インターネットといった新しいマスメディアと政治経済学の関連に注 目した研究をとりあげ、それらの研究がどのように進められているのかについていくつか の先行研究をまとめていく。しかし、新しいメディアの文献というのは政治学に由来する ものが多く経済学のアプローチからの研究・発展を期待したい。
(1)政治経済学的アプローチの方法
ここでは、政治経済学的分析ではどのようなアプローチに基づいて研究が進められてい るのかについてその特異な点に着目しながらまとめていきたい。政治経済学的分析のかん たんな方法論については経済学と同じ方法論に基づき「方法論的演繹主義」と「方法論的 個人主義」の立場をとっている。そのような中で、マスメディアの分析を政治経済学の立 場からおこなう際にどのようにこれまでの研究と異なることになるのか、どのようなアク ターが登場するのか、分析手法はなにか、これまでの研究の蓄積はどういった方向で進め られているのか等について論点を狭めて考えていく。また、これから私が後述する先行研 究のおさらいについては Sobbrio (2013)や Prat and Stromberg (2011)といった政治経済 学の専門家が著した包括的なサーベイ研究に大きく依拠したものであり、さらに詳細な情 報が必要となる場合はそれらの文献または原著にあたっていただきたい。
(ⅰ)分析手法
政治について経済学的な分析手法を用いる場合にはゲーム理論、特に非協力ゲーム理論 がモデルに取りいれられる場合が多い。今回のマスメディア分析においてもその立場は変 わらず、基本的な手法はゲーム理論となっている。後の後述するように、政治家や一般市 民、有権者とメディア産業というのは相互に戦略的依存的な関係であるとし、そういった 状況を想定することで分析が容易になっている。とくに情報と契約の経済理論といったよ うなアクター間の情報の非対称性を取り入れたモデルを用いることでより現実的な分析が 可能になっている。また、これまでの政治経済学の分析と異なる点はマスメディアの産業 を想定することで、マスメディアがアクターとなる市場を想定する必要が出てくる。メデ ィア産業の分析を明示的に取り上げることによって、マスメディアのもたらす政治経済学 的帰結について簡単に、かつ説得的な研究成果を提示することが可能になる。これまでの 経済学では様々な産業に関する産業組織論的な研究の蓄積は膨大にあり、多くの知見はそ れらの分析に依拠している。
また、これまでの先行研究に関する論文の構成は主に前半は理論的分析、後半はその実 証的分析というかたちで展開されている。つまり、理論と実践という二つの側面に基づい ている論文が主流であり、実証的側面もおおきく重視されている。このような実証的側面
7
に関する分析は計量経済学や、計量政治学の分析手法や研究の蓄積に大きく由来しており、
マスメディアの分析のみならず政治経済学の分析全般にこのような取組がみられる。また、
マスメディアの政治経済学的分析ではこれまで普遍的な理論を構築しその理論的分析の示 唆する内容が果たして実際に観察されるのかについて、世界中のさまざまな国や地域の政 治機構や政治制度からその政治的帰結に関するデータを集め、実証的にそれらを分析して いる。
(ⅱ)主要な政治アクター、アクター
ここでは、マスメディアの分析に必要不可欠なアクターを取り上げて、それらの特徴に ついて簡単にまとめていきたいと考えている。
これまでの政治経済学の分析では主要なアクターとして、政党や政治家、有権者、官僚、
利益集団などを想定しており、それらのアクターはそれぞれの目的行動に則して行動を選 択するようモデルは定式化されている。しかし、今回のマスメディアの分析にでは官僚は 登場せず、かわりにメディア産業といったアクターが取り入れられている。今後の研究次 第では官僚も分析の中に取り込まれるかもしれないが、本論文では取り扱わない。繰り返 しではあるが、マスメディアの分析ではこれらのアクターが他の主体と相互に戦略的な依 存関係であり自らの行動が他者の利得に影響を与える場合、どのような均衡点が帰結とし て達成されるのかゲーム理論の枠組みを用いて分析される。それでは、それぞれのアクタ ーの特徴について見ていきたい。
まずは有権者についてである。政治経済学における有権者の行動原理は論文によって異 なるのが一般的ではあるが、基本的には投票行動を通じて政治家や政党に影響力を行使す るという行動原理が根本にある。マスメディアの分析ではなく公共選択一般の有権者の行 動については 小西 (2009)を参考にされたい。とくに今回のマスメディアを考慮した分析 の場合、有権者は投票行動の意思決定をする際の情報をマスメディアから提供されたニュ ースや政治報道を通じて獲得し、それを投票行動に反映させる。つまり、マスメディアが 精確な情報を提供し、有権者がそれを投票行動に反映させることができれば能力のある政 治家と能力のない政治家を見分けることができ、その結果有権者の経済厚生水準を高める ことができる。また、有権者は最初から独自の政治的選好を抱いているようなモデルを構 築して分析を行っている論文も存在する (Bernhardt, Krasa and Polborn (2008)).この 論文では、実現する政治的帰結が自らの政治的選好に近ければ近いほどおおきな効用を得 るようなモデルが定式化されている。また、有権者が合理的であるという仮定の場合、ベ イズルールによって自らの信念をアップデートし、ニュースや政治報道を能動的に需要し その結果より高い情報水準を獲得するという一連の情報獲得行動を内生的に決定し、その もとで自らの意思決定をおこなうといったモデルを定式化している論文もある (Baron (2006)).以上のようにそれぞれの論文が何を明らかにしたいかによって、有権者の行動原 理も細部において異なってくる.最後に、人々は何故政治に関するニュースを需要するの
8
かについて考えてみる。というのも、人々が国政選挙や地方選挙においてもある有権者が その選挙結果を左右するような pivotal な有権者であるという確率は限りなくゼロに等し いため情報収集からの限界便益は非常に低い水準でると考えられる (Downs (1957)).ここ では、人々がニュースや政治報道を需要している理由について単に投票行動の観点からで はなく、 private action という観点から Prat Stromberg (2011) や Baron(2006)では以下 のように考察している。(ⅰ)政治家に関するスキャンダルや私的な情報を娯楽として楽し むために需要している (ⅱ)ニュースの報道内容によって日常生活において人々はより望 ましい行動を選択することができる。たとえば、個人資産、公共医療、環境汚染や労働市 場などに関する政策や問題についてニュースを通じて知り、これまでの行動を最善な方向 に改める、というような点から考えられる。以上の観点から人々は政治的な情報といった ニュースを需要し消費すると考えられている。
政治家の行動原理について小西 (2009)では、政治家の目的は選挙で勝利して議席もしく は政権の座を維持することであり、またそのほかには自らの信条やイデオロギーを公に訴 えることにもあるとしている。多くの政治経済学の研究でもそのような立場が取られてい る.政治家と有権者の間の相互的な依存関係では選挙を通じたものであり、政治家はメデ ィアの存在を考慮した行動をとることで間接的に有権者の投票行動に影響を行使すること が考えられる。たとえば政策決定や実際に政策が施行された後の行動もマスメディアの行 動次第で政治パフォーマンスの度合いも影響を受けるだろう。
マスメディアの行動原理では大きな前提として利潤最大化行動を考える。しかし、他の 産業とは異なるような収益構造を持っているため他の一般的な企業とは異なるようなモデ ルを構築しなくてはならない。とくに、主要な収益部分を占めるのは広告主からの広告収 入であり、また規模の経済がはたらくような購読料収入などは他の企業とは異なる点であ る。さらに、メディア産業を構成する主体として先ほどの広告主や読者層のほかに、ジャ ーナリスト、企業所有者や利益集団も考えられる。とくに、ジャーナリストや企業所有者 についてはある特定の政治的選好を持つ場合純粋な利潤最大化行動に則らない行動をとる 場合も考えられるため、特別なモデルの構築が必要となってくる.再度繰り返しとなるが、
マスメディアというのは情報を「加工」して読者へと伝達すると考えられる。どのように 加工するかというのは基本的に作り手側の裁量によるものである。
以上のように主要なアクターの特徴についてかんたんに見てきたが、後にくわしくみる ように論文によってその特徴やモデルの定式化の方法は多岐にわたる。そのため、何を目 的として分析を進めているのかについて注意深く確認する必要があるように思われる。
(ⅲ)これまでの研究の方向性
ここ十数年の間に大きく発展してきている政治経済学的なマスメディアの分析におい て,Sobbrio (2013)では主に以下の3点の方向に研究が進められてきたとまとめている。
9
(a) ニュースメディアの存在によって政治的、公共的な政策がどのように影響を受けてい るのか
(b)メディアバイアスのようなメディア産業のもたらす特徴をとらえ、それがどのように生 起するのか
(c)もしメディアバイアスが存在するのであればそれはどのように、またどの程度影響をも たらすのか
という3つの観点にまとめられると述べている。私もこのような分類に依拠しながら、
これまでの先行研究を以下の2つの点に注目してまとめていく。一つは政治経済学的帰結 について、二つ目はメディアバイアスが生じる要因やその影響について簡単に取り扱って いく。
(2)政治経済学的帰結について
ここでは、これまでの先行研究でのマスメディアのもたらす政治経済学的帰結への影響 についてまとめていく。とくにここでは、有権者の投票行動への帰結に関する影響と、公 共財の拠出や公共政策の内容やその帰結への影響に大別して考えていく。
(ⅰ)マスメディアと政治参加
直接投票行動とは関係は無いが、政府の transparency に関する問題について Prat (2005)が分析を行っている。ここでは、有権者にとってどのような情報がどのように有益 なのかについて principal-agent モデルの枠組みを用いている。principal が agent に関 する情報を多く持てば持つほど、agent に対して規律付けを行うことができるのかについて 分析しており、それを政治経済学的なモデル、つまり有権者と政治家の間の関係性に応用 させて議論している。ここでは、帰結に関する情報とそのとき取られた行動に関する情報 を区別している。帰結に関する情報は agent の能力を判断する材料となりスクリーニング や規律付けが可能になるとして、有権者にとって有益な情報となると結論付けている。一 方で、どんな行動をとるのかについて情報として公開してしまう場合、agent が principal の期待に沿うように行動を選択し本来望ましいと考えている行動の水準から外れてしまう 可能性がある。その結果有権者にとって望ましくない厚生水準が達成されてしまう可能性 を示唆している。
また、Synder and Stromberg(2010)では、政治に関する報道が有権者の持つ情報の水準 や政治家の行動、政策の内容にどのように影響が及ぶのかについて新聞と議員の選挙区の 間の congruence に基づいて分析されている。ここで congruence とは、選挙区に住む読者 の割合やマーケットシェアを考慮した指標であり、アメリカのデータが用いられている。
ある地域の代表者としての議員に関する有権者が所有する情報は、congruence という指標 が大きいほど高い水準となる。その結果、その地区の代表者は有権者の利害を反映させる ような行動を選択するような規律付けが達成される。また、新聞による政治報道と政策の
10
間の関係についても、より多くの報道がなされる代表者はそうでない代表者よりもその地 区の有権者の利害を反映するよう行動し財政の予算も多くなることが実証的に明らかにな っている。ここでは、ある地域の代表者への政治報道が多くなればなるほど、その代表者 の accountability に対する責務の大きさについて正の相関がみられることも明らかにして いる。
また、メスメディアの導入、特にテレビの導入や普及によって政治経済学的帰結はどの よ う に 影 響 を 受 け た の か に つ い て 分 析 を 行 っ た の が Gentzkow(2006) で あ る 。 Gentzkow(2006)では、テレビの普及によって人々の投票行動やその他の政治的要因にどの ように影響をもたらしたのかについて 1940 年代から 1970 年代までのアメリカでのデータ をもとに実証的に分析している。この論文では、テレビの導入により、ニュースを獲得す るための費用が格段に落ちる一方で、娯楽を獲得するための費用も格段に落ちたため、消 費者はニュースよりも娯楽への高い感応度を示し代替的な効果としてニュースの消費を減 らした。その結果として人々の政治に関する情報や知識が低くなっている。また、人々の 投票行動に関しては、それまで以上に投票率が低い水準へと落ち込むことを明らかにして いる。
Drago and Nannicin and Sobbrio(2013)では、イタリアの地方紙のデータを用いてニュ ース産業に新規参入が起きた場合、人々の要求に対する政治的感応性や人々の政治的行動 についてどのような影響を与えるのかについて分析している。彼らが実証分析において明 らかにしたのは、イタリアのある地方において新聞社が新規にその地域の市場に参入した 場合、人々の投票行動や、選挙結果、当選した市長の行動にどのような変化がもたらされ るのかについてである。新規参入がおこることによって、人々の投票参加率は上昇し、現 職政治家の再選率も上昇している。つまり、新聞社のようなメディアの存在が政治家の行 動を監視することで行動を規律付けすることが達成できていることを表している。また政 治の効率性、ここでは歳入の徴収などに費やされた時間的スピードをもとに計測された効 率性について、それが改善していることも明らかになっており当選した政治家が何をする のかについて accountability の責務を負うよう行動しているといえる。しかし、新聞社か ら提供されるニュースの量が増えるからといって当選する人物の特徴(年齢や性別、教育 水準や職歴など)には影響がないことも示している。
(ⅱ) マスメディアと政党行動と公共政策
Besley and Prat(2006) では、政府とメディア産業間の相互依存な関係を想定し media capture についてモデルを用いて分析を行っている。ここで扱われている内容は、報道の自 由が確立しているからとはいえマスメディアは一部の政治的権力を持った人々に支配され ており、政治報道に関する内容の変更を余儀なくされていることに着目している。どのよ うな状況で media capture が発生し、政治経済学的帰結に影響をもたらすのかについてマ スメディアと政治家の相互依存的な関係をもとにモデルが構築されている。これまでのモ
11
デルに比べて特異な点としてマスメディアの収益構造に政治家からの共謀金(賄賂や間接 的な優遇)を得て収益を上げるように定式化されている。主な結論は、メディア産業の所 有者の独立性が保たれ、メディア産業が多元的になれば capture は起こりにくくなるが、
一方で media capture が存在すればその場合は帰結に影響をもたらしてしまうといった点 である。以上の観点からメディア産業に対する最適な政府規制についても述べられている。
Stromberg and Prat(2011) では、メディア産業の行動原理をもとにどのようなタイプの 報道がなされるのかについて理論的に分析がなされている。メディア産業、ここでは新聞 の産業構造に注目した利潤関数をモデル化している。ここから得られる帰結として、(ⅰ) 所属する人々が多く規模が大きいグループが関心を抱き、(ⅱ)ニュースとして報道する価 値が高い内容であり、(ⅲ)また広告主にとって好ましい読者層や発行物の運搬費用が低い グループを対象とした内容の政治報道をすすんで行うようにメディアは行動すると結論付 けている。これまでの議論をもとに、情報へのアクセスが良い有権者はメディアを通じて 代表者への規律付けをすることが可能であり、より良い帰結を受け取ることができる。一 方で、マスメディアが進んで報道しないようなグループに所属している人々は好ましくな い経済厚生の水準が達成されてしまう。
理論的、実証的側面についての分析は Besley and Burgess(2002)で展開されている。こ の論文では、政府の感応性について理論的分析の他にインドで集められたデータをもとに 実証的な分析も展開されている。理論的にはメディアの行動が活発になれば、現職の政治 家による努力がメディアを通じて有権者に届きやすくなり、政治家は自身の努力水準を高 めるような誘因がはたらく。また、この理論的側面の分析の妥当性を実際に判断するため にインド政府による災害に対する救済援助に費やされる予算と食糧の分配についてのデー タ分析が行われている。なかでも、新聞の普及率や政治的アカウンタビリティが高い地域 ほど食糧分配や予算分配について好ましい結果が実現している。
Stromberg(2004)では、ラジオというメディアがもたらす政治経済学的影響についてアメ リカのニューディール政策時のデータをもとに実証的に分析をしている。この論文でも理 論的、実証的分析それぞれ扱われている。理論的分析において政府は再選を果たす確率を 最大にするように行動し、各地域の集団に救援予算の配分を決定し、結果として多くの有 権者が多い地区や swing voter が多い地区へと予算が多く流れるとしている。実証的な分 析では、ラジオの普及率が高いほど投票率は上がっている。これは、ラジオを通じてより 情報を持っている市民が投票行動へ移るからである。また、ラジオを所有する割合が高い 地域への救援予算の配分も高くなっている。つまり、情報を所有している人とそうでない 人との間には政治経済学的な帰結において差が生じていることが明らかになっている。
(3)メディアバイアスについて
本来、マスメディアが報道するニュースの内容というのはある偏った見方や情報を操作 して提供されるべきではない。最も望ましいニュース報道というのは公平でつり合いが取
12
れているような内容であるべきである。このような考えかたの多くのマスメディアに共有 されている。しかし、多くの場合現実がそのような理想に合致しているかと問われれば、
必ずしもそうとは言い切れない。
ここではそのような現実を考慮して、メディアバイアスが生じる要因について主にメデ ィア産業にかかわるアクターの行動原理に着目し、さらにその経済学的帰結についてもこ れまでの先行研究をもとにまとめていく。
まずは、他の学際的な知見をもとになぜ、どのようにしてメディアバイアスが生じるの かについて Sobbrio (2013)が大きく4つに分けて分析している。
(a)Selective omission of information (b)Issue selection/Agenda setting (c)Framing
(d)Slanted endogenous information acquisition
これまでの章で (b),(c)についてはかんたんに扱ったため (a),(d)についてみていく。(a) というのは、あまりに複雑な政治的事柄や出来事の場合でもその詳細を新聞紙上やテレビ 放映などのサイズに合わせて報道しなくてはいけないために、どうしてもその大部分を意 図的に編集しなくてはいけない。その結果としてメディアバイアスが生じるとする考え方 である。(d)では、情報を最初に得た場所や状況によって情報の質が大きく依存する。とく にジャーナリストや編集者に特別な政治的選好があり、それに則って記述しようとすれば 偏った情報しか獲得せずその結果メディアバイアスが生じてしまうという考え方である。
以上のような要因がいくつも複雑に絡み合うことで最終的にバイアスのかかったニュース が供給される。ちなみにメディアバイアスの定義について Stromberg (2004)では、政党や 政治家の計画した公共政策の分配プログラムと、社会的計画者が想起した最適点との差異 として定義されている。そもそもの問題点としてどのようにメディアバイアスを定義する かによって分析の内容も異なってしまう。
以下ではメディア産業の特徴に依拠しつつ、どのようなメカニズムによってニュースバ イアスという現象が生じるのかモデルを用いた理論的分析についてこれまでの先行研究を み て い く 。 ま た メ デ ィ ア バ イ ア ス が 生 じ る 要 因 と し て 大 き く 二 つ に 大 別 す る と 、 Supply-side と Demand-side の二つに分けられる。Supply-side ではニュースの供給側の行 動によってバイアスが生じるとする考え方で、Demand-side ではニュースを受容する側の行 動や条件によってバイアスが生じるとする見方である。以下ではそれぞれの観点からまと めていく。
まずは supply-side に着目した論文を見ていく。メディアバイアスが生じるニュース供 給側の要因として挙げられるのは、マスメディアに直接的、間接的に影響を行使できるア クターの行動である。とくに以下でとりあげるアクターとして、ある特定の政治的選好を 持ったジャーナリストや、編集者のようなニュースを実際に作る人々が考えられる。また、
新聞社やテレビを放映する企業の所有者が何らかの政治的選好や、ある特定の団体に幅を
13
利かせるような行動をとることでメディアの報道する内容に影響力を行使できる。また、
広告主である企業の自らの製品にとって好ましくない報道内容を何らかの形で変更させる ことも考えられる。直接的または間接的に報道内容に影響力を行使できるのは利益集団や 政党、政治家も同様に考えることができる。特に Sobbrio (2009)には利益集団によるロビ ー活動は advocacy groups,issue advertising,think tank などによって投票者に影響を与 えているとしている。Advocacy groups の活動によって 600 ドル以上もの大金が動いている 調査も存在しているという。以下では、それぞれのアクターに着目して取り上げている論 文を取り上げる。
政治家とメディア産業の関わりについては先述した Beslay and Prat (2006)があり、や はりこの論文でも競争や多元化が進めば政治家や政党がメディア産業をコントロールする ことが困難になり不正や汚職といった行動をとる動機付けが低下する。その結果人々の厚 生水準はより望ましくなる。
Sobbrio (2009) では利益集団の存在を考慮したモデルを構築している。これまでの政治 経済学では利益集団のロビー活動によって政治家の行動に影響与えて政治経済学的帰結に 直接変化をもたらすような研究が主になされていた。これらの研究は小西(2009)などに記 載されている。しかし、このような場合だけを考えるのはあまりにも限定的なため、この 論文では利益集団の行動が間接的に政治経済学的帰結に変化をもたらす場合の分析を行っ ている。ここでは、利益集団の活動がマスメディアの獲得する情報に影響を与えて、その 得られた情報をもとにメディアはニュースの内容を決定し投票者に提供する。このような 経緯をふまえてニュースの作り手は、真実の状態に関する情報、利益集団によって都合の よいようにもたらされた情報、ニュースの作りである編集者やジャーナリストの政治的見 地に基づいてニュースを作成する。そのようなニュースをもとに政党や政治家は公約を定 めて選挙行動をとり、政治経済学的帰結が決定される。ここで、投票者の投票行動にロビ ー活動が影響を与えることができれば、本来の最適点から乖離してしまう可能性を示唆し ている。以上のモデルの定式化により間接的に利益集団が経済学的帰結に影響力を行使し ている分析が可能になっている。さらに、情報の提供側によるバイアスと、ニュースの作 り手側のバイアスがともに考慮されているが重要である。
また、先進国のメディア産業の特徴として多くの収益が広告収入から得られているとい う事実に着目すると、広告主の意向がメディアの供給するニュースの内容に反映されると 考えるのは当然のように思われる。ここではメディア産業は精確な情報を提供することで 消費者の評判を獲得しようとする一方で、広告主の製品に関する報道内容如何では売り上 げにも影響してしまい、その結果広告収入というのが減少するというトレードオフに迫ら れている。これらの要因によって生じるメディアバイアスを具体的にコマーシャルメディ アバイアスといい、広告主がニュースの報道内容に影響をもたらすことによって生じうる メディアバイアスを取り扱う。Germano and Meier(2013)では、メディア産業が広告主の商 品に関係のある報道内容を考慮し、さらにその結果得られる広告収入についても内部化し
14
たモデルを定式化している。消費者の選好は他の論文と基本的に同じであり精確で偏りの ない情報を選好し、広告主(ここでは、スポンサーや所有者など)は自らの利害に関係の ある記事に関しては感応的である。この論文では、(1)広告主の関係のあるトピックは過小 に取り扱われ、(2)メディア企業の所有権がある所有者に集中的な場合バイアスのかかった 報道がなされる、といったことが示されている。
Bernhardt, Krasa and Polborn(2008) では、マスメディアの行動によって世論や選挙結 果において分極化するメカニズムを理論的に分析している。メディア産業の行動原理とし て、有権者の政治的選好の分布をもとに利潤最大化をとり、その結果メディアバイアスが 生じるとしている。特に、もともと消費者の政治的選好があまり分極化していない場合だ とあまり分極化されないが、政治的選好が分極化している場合だとメディア産業は一方の 党派的な報道をすることでより高い利潤を実現できる。そのようにしてメディアバイアス が生じると、たとえ有権者がニュースはバイアスがかかっていると合理的に判断したとし ても真実にかかわる部分の情報を得ることができないため選挙を通じて本来望ましい選挙 結果が実現しない可能性も高くなってしまう。
Baron (2006)では、バイアスが生じる要因の一つとしてジャーナリストのもつ政治的選 好に由来している、という考え方に基づいてモデルを構築している。とくにこの論文では ジャーナリストの持つ career prospect に注目しており、ジャーナリストはメディア企業 から支払われる賃金と自らの career prospect をもとに自身の効用を最大化するような行 動を選択する。また、メディア企業は利潤最大化を目的として行動するが、ジャーナリス トに支払賃金が低いほどジャーナリストの政治的選好に基づいた政治報道に関する裁量を 認め、高い賃金を払う場合はジャーナリストの政治報道はメディア企業によってある程度 コントロールされるような費用関数が考慮されている。以上のようなモデルを定式化して 分析を進めていくと、二社の競争を想定した場合により多くのメディアバイアスを許容し ている企業、つまり質の低いニュースを提供している企業の方が高い利潤を獲得できるこ とが明らかになっている。競争的な市場になるほど平均的なメディアバイアスの程度は大 きくなる
Anderson and Mclaren (2012)では、メディアバイアスとメディア企業の merger につい ての分析が進められている。この論文ではメディア企業の行動目的として利潤最大化の他 に、所有者がある特定の政治的選好を持ち自らの所有するメディアを用いて政治的影響力 を行使するようなモデルを構築している。つまり、自企業の発行物を通じて自分の政治的 選好の実現に近づくように情報や内容を操作して報道することが考えられる。この論文で 示された結果は、メディア産業がより競争市場になれば、メディアバイアスは減少すると している。その結果社会的な厚生水準も改善する。また、メディア産業が他の産業と異な る点として以下の点にまとめられている。1つはメディアが提供する情報をもとに人々は 私的な行動や公的な行動についての意思決定を行うが、その情報について操作や内容を変 更をして報道することができ、直接市場の失敗、政府の失敗に加担することができる。2
15
つ目は、メディア企業の人に政治的動機も備わっていれば他の産業と違いなかなか合併が 起こりにくいということである。政治的影響力を持つ人々が、自らの政治的選好に企業の 運営を行うことで自身の利得を高めることができる。このような機会を合併によって放棄 するということはあまり考えられない。
以上のように、マスメディアを取り巻く様々なアクターがニュース報道の内容について 間接的、直接的に影響力を行使できるモデルを用いることでなんらかの帰結が生じる。こ の帰結によって示唆される内容をどのように政策へ反映させることができるのかこれから 期待される貢献である。
後半部では demand-side に着目した分析をみていく。これまで見てきたニュースを供給 する側の要因ではなくニュースを受容する側の要因、とくに有権者や購買者層の政治的選 好をモデルに組み込んだ分析を取り扱う。
Gentzkow and Shaprino(2006) では、メディアバイアスというのは利潤最大化の動機と ともに、読者の評判を通じて将来的にも収益を上げようとするモデルを構築し理論的に分 析を行っている。ここでは、ある出来事について個人は事前になんらかの期待を抱いてい る。このような設定のもと、個人の持つ事前的期待と整合的なニュースや報道を提供した メディアに対して評判を確立するものとしており、これは心理学的な知見に基づいている。
ここで示されている主要な結論では、企業は将来的な収益の増加を見越して消費者による 評判を築こうとし行動する。つまり、消費者の事前期待に応じてそれに沿うようにニュー スを歪曲して提供する。しかし、消費者がそのニュースについての真実をフィードバック できる機会にアクセスできる場合は、ニュースを曲解して提供する誘因は少なくなる。フ ィードバックする機会があったとしても、真実が明らかになるまで時間がかかってしまう 場合や、事後の結果の観察が困難な場合はメディアバイアスが生じやすいとしている。ま た、他の論文とも共通にメディア産業における競争の促進とともにメディアバイアスは減 少することも述べられている。
(4)新しいメディアと政治経済学
これまで見てきた分析というのはほとんどがこれまで支配的であったメディア、つまり 新聞やラジオ、テレビといったメディアを想定し分析した論文であった。しかし、現実的 な政治状況を見る限りインターネットのもたらすメディアとしての役割は決して無視でき る範囲の規模ではない。とくに、2013 年に日本国内でもインターネット上での選挙活動の 解禁を受けて政治家によるインターネットを用いた政治活動がみられるようになった。ま た、ニュースや政治に関する情報を有権者へと供給する役割としてのインターネットにつ いては、行政の領域においても官公庁や自治体は有益な情報をウェブ上に公開し市民と共 有することで、何らかの形で政策形成にも影響を及ぼしている。さらに、アメリカなどに おいてもメディア企業に匹敵するほどのアクセス数を誇る政治ニュースを扱ったブログや SNS もいくつか存在している。このようにして新しいメディアを考慮した場合、政治経済学
16
的な帰結にどのような変化が起きるのであろうか。この分野に関する論文はあまり存在せ ず、理論的な分析というのが比較的少ない現状である。後述する論文については経済学の 分野のみではなく政治学の分野の論文もおおいに参考になる。
インターネットがもたらす影響として サミュエルポプキン,谷口,蒲島(2008)の中では 平準化仮説というのを上げている。平準化仮説とはインターネット上での各候補者の情報 発信機会の均等化が達成されているため、与野党間やベテランと新人議員などの差は縮小 するという議論である。しかし、現実の力関係がそのまま反映される通常化仮説のほうを 支持する文献も見られる。上記の他に、人々がインターネットを利用することで2種類の 分極化が進むという議論もなされている。蒲島他(2010)では、一つの分極化現象として政 治的関与度の低い人と高い人の間での分極化である。インターネットの利用というのは他 のメディア以上に能動性を前提としているため、政治に関心がある層は好んで政治ニュー スを消費すると考えられるが、そうでない人々は娯楽を目的とした消費を第一に考える。
その結果政治参加や政治知識量の格差が生じてしまう。またもう一つの分極化は、政治的 関与度の高い人々の間での分極化である。政治的関与度の高い人々は自らの選好する政治 観に基づいてニュースを消費するため、自らの信条や政治観を改めて確認する場としては たらいてしまう。しかし、この分極化に関する議論はあくまでも仮説に過ぎないため客観 的な分析が必要であると著者は述べている。
この分極化に関して一つの論文を紹介する。インターネットのもたらす政治的影響につ いて人々の政治的選好がどのように変わるのか、特にインターネットによる分極化の深化 について Gentzkow and Shapiro(2011)では、人々のニュース消費に関するデータをもとに インターネットがどれほど人々のイデオロギーや政治的選好を変容させるのかについて実 証的に分析をおこなっている。集められたデータのいうのは、オンラインメディアとして インターネット、オフラインメディアとしてテレビや新聞、さらに社会的ネットワークレ ベルのもたらす影響についての調査も利用されている。ここで示されているのは、インタ ーネットによるイデオロギー分極化の影響はテレビなどによるオフラインメディアよりは 高い水準であるが、face-to-face の社会的ネットワーク水準のもたらす影響よりは低いと している。これらの要素は(1)ニュースサイトは水平的に差別化が進んでおり、(2)ニュー スの消費者は複数のサイトを訪れるような行動をとっている、という 2 つの消費行動の特 徴にたどることができる。特に、ニュースサイトの大半は穏健的な内容であり、政治的関 心の低い人々は中庸的なニュースサイトを 1 つや 2 つほど閲覧し、極化している政治的選 好を持つ人というのは政治的関心がもともと高く幅広い複数のサイトを閲覧する。以上の ことから、インターネットメディアの発達が続く限り、低い分極化の水準を保ち続けるで あろうと著者はまとめている。実際に人々がどのようにニュースサイトを選択し消費して いるのかといった消費行動の観点からも深い分析が求められている。
つぎに、人々の投票行動とインターネットの影響についていくつかの論文を見ていく。
Miner(21012)では、インターネットの広がりと民主的政治の広がりの関係性を研究してお
17
り、マレーシアのデータを用いてその影響について分析が行われている。ここでは、イン ターネットの浸透がより高い投票参加につながり、活発な候補者間の入れ替えにもつなが ると明らかにしており、インターネットの持つ政治的影響力について明らかにされている。
Czernich(2012)では、ブロードバンドインターネットと選挙における政治参加の関係性 についてドイツのデータをもとに分析している。この論文では、接続環境の整っている人々 と投票の参加率には正の相関がみられることを述べている。しかし、この論文でも著者が 繰り返し述べているのが、この結果はなんらかの因果関係を表しているのではない。なの で、インターネットのようにこれまでのメディアにない特質を考慮したモデルを定式化し、
人々の投票行動を明らかにするメカニズムを明らかにする必要があると述べている。
清原、前嶋 (2013)では韓国のデータをもとにネット選挙運動と投票行動の分析が行われ ている。ネット選挙の完全な自由化と韓国の政治家の積極的な SNS 利用もあり、20 代や 30 代の投票参加を促したと分析している
以上で見たようにインターネットの浸透が政治経済学的帰結についてなんらかの影響力 を持っていることはわかる。これからの課題として、インターネットの影響力を考慮した 政治経済学的帰結、とくに公共財の拠出や政策の影響など理論的または実証的観点から分 析を行うことが課題である。
4 結論
以上のようにこれまでの先行研究についてごくごくかんたんにではあるが大まかに概観 をつかむことができた。マスメディアの存在を考慮することにより何らかの政治経済学的 帰結に影響が及んでしまうことが理論的に明らかになっており、一部の実証分析において もその結果が認められている。また、多くの論文において偏向のかかったメディアのニュ ースというのは有権者が自身の意思決定に用いる情報が精確でなくなりより望ましい政治 家を選択できることができなくなり、その結果厚生水準の損失が生じてしまうことも示唆 されている。またメディア産業における競争の影響について述べている論文も少なくは無 く、政府による介入がどのようにメディア産業市場に影響を及ぼすことができるかなど政 策的インプリケーションを含意した研究も今後の学問的貢献が期待される。最後に、この 論文では最近の研究動向としてインターネットがもたらす政治経済学的影響について主に 政治学の分野からの先行研究をまとめたが、経済学的見地からどのように学問的貢献が可 能なのか、インターネットがモデルに組み込まれる場合どのような変更点が存在するのか などこれまでのモデルの拡張方向性についてこれからの研究課題のひとつとして取り組ん でいけたらと考えている。
18
5 参考文献
[1] 加藤寛(2005)『入門公共選択‐政治の経済学』勁草書房 [2] 蒲島,竹下,芹川(2010)『メディアと政治』有斐閣
[3] 清原,前嶋(2013) 『ネット選挙が変える政治と社会‐日米韓に見る新たな「公共圏」
の姿』慶応義塾大学出版会
[4] 小西秀樹 (2009)『公共政策の経済分析』 東京大学出版会
[5] サミュエル・ポプキン、谷口将紀、蒲島郁夫『メディアが変える政治(政治空間の変容 と政策革新)』東京大学出版会
[6] 龍円恵善二(2003)『政治学原論』北樹出版
[7] Anderson, McLaren(2012) "Media Mergers and Media Bias with Rational Consumers", Journal of the European Economic Association,10(4):831-859
[8] Baron(2006). Persistent Media Bias. Journal of Public Economics 90: 1—36.
[9] Bernhardt, Krasa, Polborn.(2008) Political Polarization and the Electoral Effects of Media Bias. Journal of Public Economics. 98(5-6): 1092-1104.
[10]Besley , Burgess.(2002) The Political Economy of Government Responsiveness:
Theory and Evidence from India. Quarterly Journal of Economics 117(4):1415—51 [11]Besley and Prat.(2006) Handcuffs for the Grabbing Hand? The Role of the Media
in Political Accountability. American Economic Review, 96(3): 720-736, [12]Czenrich(2012) Broadband Internet and Political Participation: Evidence for
Germany KYKLOS 65(1):31-52
[13]Downs (1957) An Economic Theory of Democracy, New York: Harper Collins [14]Drago, Nannicini, Sobbrio,(2013) Meet the press: How voters and politicians
respond to newspaper entry and exit, Working paper
[15]Gentzkow,( 2006). “Television and Voter Turnout.” Quarterly Journal of Economics 121(3): 931-972.
[16]Gentzkow, Shapiro(2006). Media Bias and Reputation. Journal of Political Economy, 114, 280—316.
[17]Gentzkow, Shapiro (2011). Ideological segregation online and offline.19 Quarterly Journal of Economics 126(4): 1799-1839.
[18]Germano, Meier (2013) Concentration and self-censorship in commercial Media ,Journal of Public Economics,97:117-130
[19]Miner,L.(2011) The Unintented Consequences of Internet Diffusion: Evidence from Malaysia, Working paper
[20]Prat.(2005) The Wrong Kind of Transparency. American Economic Review 95(3):862-877,
19
[21]Prat, Strömberg (2011) “The Political Economy of Mass Media,” Paper presented at the Econometric Society World Congress
[22]Snyder ,Strömberg.(2010) Press Coverage and Political Accountability.Journal of Political Economy. 118(2).
[23]Sobbrio (2009) Indirect Lobbying and Media Bias, Working paper
[24]Sobbrio (2013) “The Political Economy of News Media: Theory, Evidence and Open Issues”Unpublished Manuscript
[25]Strömberg(2004). Radios Impact on Public Spending Quarterly Journal of Economics 119(1):189-221.