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中東情勢―新たな地域秩序を巡る覇権争いの激化

中東情勢―新たな地域秩序を巡る覇権争いの激化

中東では、「アラブの春」以降、国家、地域、国際レベルの三層からなる「力の真空」が依然として継 続している。国家レベルでは、シリアやイエメン、リビア、さらにイラクなどが、国民国家としての凝 集性の脆弱さと統治能力の喪失により内戦状態に陥り、他国の介入を許し、武装非国家主体の跳梁跋扈 などを引き起こした。他方、内戦を免れた中東各国は、「アラブの春」によって提起された諸問題への 根本的な解決を怠り、いっそう権威主義化し、自国の利益を優先させて地域全体の秩序形成の責を果た しておらず、地域レベルでも「力の真空」が生じている。これらの危機をさらに深刻にしているのが、

国内支持基盤強化を最優先にした米国のドナルド・トランプ大統領の中東政策である。

トランプ政権の対中東政策の特徴は、オバマ政権時代に悪化し た親米国たるサウジアラビア及びイスラエルとの関係を改善さ せ、この2か国を柱に「対イラン封じ込め連合」を形成し、中東 の安定を図るというものである。その根底には、いずれ中東か ら米軍を撤退させ、中東の安全保障を地域の親米国に肩代わり させたいとの思惑が見える。2017年5月に就任後初の外遊先と して中東を選んだトランプ大統領は、サウジアラビアに1100億 ドル(約12兆円)規模に上る兵器売却で合意し、イスラエルで はエルサレムのユダヤ教の聖地「嘆きの壁」を現職米大統領と して初めて訪問した。12月にはトランプ政権はエルサレムをイ スラエルの首都として正式に認め、自らの支持基盤である米国 内のキリスト教福音派と、イスラエルのネタニヤフ政権を喜ば せた。

2018年5月には、トランプ政権はイラン核合意から離脱し、さらに2019年5月からイラン石油全面禁 輸措置を発動、中東に空母及び爆撃部隊を派遣した。6月20日にイランの革命防衛隊がペルシャ湾上空 で米国の無人偵察機を撃墜するに至って、アメリカとイランが一触即発の状態になった。アメリカ政府 は、ペルシャ湾の航行の安全を図るための「海洋安全保障イニシアチブ(有志連合)」を各国に呼びか けたが、国際的な同調は広がっていない。他方、アメリカによる軍事攻撃の可能性を低いと判断したイ ランは、トランプ大統領との対話を拒否し、経済的な見返りが得られていないことを理由にイラン核合 意に規定された義務を縮小し、核開発を再開する動きを見せている。

トランプ政権による「対イラン最大限の圧力政策」は、イランの行動(近隣諸国のシーア派を中心とす る親イラン組織への支援やミサイル開発など)を変えられないばかりか、核開発を主張するイラン国内 の強硬派を勢いづかせ、また、国際的な支持が十分に得られていない点において成功していないとの見

エルサレム旧市街の「嘆きの壁」

(撮影:2017年9月 貫井 万里)

方が強い。オバマ政権とトランプ政権は、中東からの撤退の志向性やイランの影響力拡大への脅威認識 において共通点を有するものの、戦術(オバマ政権による関与策とトランプ政権による封じ込め策)に おいて相違している。米政権が中東からの撤退を模索しても、エネルギー供給やテロ問題を含む中東の 戦略的な重要性、さらにイスラエルとの「特別な関係」への配慮から、「反イラン政策」を放棄するこ とができず、中東の紛争に関わらざるを得ないという矛盾を抱えている。

トランプ米大統領によるシリア駐留米軍撤兵とトルコによるシリア越境攻撃黙認の方針は、域内の関係 諸国や国際社会を困惑させる一方で、アサド政権とこれを支え続けてきたロシア、およびイランの両国 を利する結果となっている。米国内でもトランプ大統領の判断は、「イスラーム国(IS)」掃討戦で米 軍と連携してきたクルド系民兵(YPG)を「見殺し」にし、ISの復活を許す行為であるとして反対意見 が強い。トランプ大統領にとって石油もなく、兵器ビジネスのチャンスも少ないシリアへの関心は低い とみられる。10月27日にトランプ大統領は、米軍特殊作戦部隊がシリア北西部イドリブ県でIS最高指 導者のアブー・バクル・アル=バクダーディー殺害に成功したと発表した。同作戦は、クルド人組織及 びイラク政府からの情報を基に、米軍に空域を解放したロシアや、シリアのアサド政権及びトルコから の協力を得て実施されたと報道されている。バグダーディー殺害は、シリアからの米軍撤退に対する国 内外の批判を封じ込め、「IS掃討作戦の終結」を印象づける上で一定の効果はあると考えられる。しか し、約600万人の難民を出し、内戦で荒廃したシリアへの関与を米政府が放棄し、その将来をロシアと トルコ、そしてイランに実質的に委ねたことには変わりはない。イランの軍事的定着と兵站補給や増援 派遣のルートの地中海方面への拡大を警戒するイスラエルは、シリア国内のイランの軍事拠点とみなさ れた場所への攻撃を繰り返している。両国の間でいったん大規模な軍事衝突が勃発すれば、イスラエル がイラン本土に攻撃をかけ、イランとの間に相互に弾道弾を撃ち合う戦略的遠隔戦という最悪の展開を 視野に入れざるを得なくなる可能性がある。

パレスチナ問題解決を目指すとするトランプ大統領の

「世紀のディール」は、2019年6月には、経済分野だ けが発表されたが、イスラエルと親米アラブ諸国の関係 促進の意図が前面に出され、イスラエル・パレスチナ紛 争の政治的な解決を棚上げし、パレスチナ側の意向を無 視するものであった。そのため、パレスチナ住民の間で は、国際社会による二国家解決案の放棄として失望が広 がっている。日本政府は、イスラエルと将来の独立した パレスチナ国家が共存共栄する二国家解決を支援すると

いう目的で、1993年以降、19億ドルの支援をパレスチナ自治政府に対して行ってきた。ジェリコ農 産加工団地(JAIP)の開発や観光開発プロジェクト、パレスチナ難民キャンプ改善などの日本のプロ ジェクトは、いずれも住民の自治能力の向上や中小企業の育成などグラスルーツでの支援を通してパレ スチナ自治政府のガヴァナンス機能を高めることを目指してきた。同時に、日本が調整役となってパレ

テヘランの旧米国大使館(撮影:2014年2月 貫井 万里)

スチナ自治政府に、イスラエルやヨルダンなどの近隣国、さらには国連機関やアジアのドナー国ととも に協力してプロジェクトを進める機会を提供することで、域内連携、経済自立支援、信頼醸成を促進す るという狙いも込められている。地域住民の参加を大切にする日本型支援は、「世紀のディール」のよ うな派手さはないが、弱者のエンパワーメントの面で高い評価を得てきた。日本は、パレスチナの政治 的・経済的閉塞状況に絶望した若者の過激化を防ぐためにも、関係国・機関に加え、社会貢献に関心の ある企業や個人を巻き込んで地道な支援を継続させていくことが望ましい。

中東への関与を縮小させようとしているアメリカに代わって、ロシアが影響力を拡大させつつある。イ ランやシリアなどの反米国のみならず、サウジアラビアやイスラエル、エジプト、トルコといった伝統 的な親米国までもが、トランプ政権の迷走や中東への関与縮小姿勢を不安視して、ロシアとの関係構築 を図っている。NATOの一員であるトルコは、アメリカの反対にもかかわらず、ロシアから地対空ミサ イルシステム「S400」の購入を決断し、2019年に配備が始まった。サウジアラビアやUAEもアメリ カから大量の武器を購入すると同時に、ロシアからも新たに武器調達を開始した。イスラエルとの国境 に位置するゴラン高原を含め、シリア領内で基地建設を行うイランの動きを懸念するイスラエルも、ロ シアの力を借りてイランを牽制しようとしている。ロシアは中東におけるアメリカの退潮に乗じて国際 的な存在感を高め、中東カードをアメリカに対抗する手段として利用しようとしているとみられる。し かし、その政策は、依然として本質的には機会主義的であり、必ずしも、中東の安定化や秩序形成の任 を積極的に担う姿勢は見せていない。

中東のパワーゲームの中で、サウジアラビアとイランの対立軸と並び立つ形で、トルコ・カタル対サウ ジアラビア・UAE・エジプトの対立軸が中東の域内関係を規定しつつある。2010年頃から、紅海及び

「アフリカの角」を舞台にした両者の覇権争いが顕在化し始めた。その背景には、近年、ペルシャ湾に おけるイランとアメリカ及びその同盟国(特にサウジアラビアとUAE)の対立がエスカレートするに 従い、安全なエネルギー輸送ルートとして「紅海シフト」の動きが加速している点が挙げられる。

2015年からイエメン内戦に軍事介入を開始したサウジアラビアとUAEは、ジブチ、続いてエリトリア やソマリランドを拠点として対岸のイエメンへの軍事行動を実施するようになった。こうした動きに対 し、アフリカ諸国の中には域外勢力の進出に警戒する動きもあれば、各国の競争を利用しつつ、援助を 引き出すために積極的に関係構築を模索する国もある。中国、サウジアラビア、UAEとエチオピアの 思惑が一致し、2018年にエチオピアとエリトリアが劇的に国交回復をするなど平和に一定の貢献をし ている例もある。紅海と「アフリカの角」はアジア、中東、ヨーロッパ、アフリカを結ぶ交通・物流の 結節点であり、世界経済の海上通商、エネルギー輸送にとって重要なチョークポイントである。その地 政学的重要性にもかかわらず、この地域の安全保障を管理する多国間の枠組みが不在であるため、覇権 競争をエスカレートさせている側面がある。今後、日本政府は「自由で開かれたインド太平洋」コンセ プトにペルシャ湾、さらには紅海をつなげる包括的な視野をもって、エネルギー補給ルートと「航行の 自由」を守るための戦略と国際的な協力の枠組みを構想していく必要があるだろう。■