20種 類 の ア ミ ノ 酸 の ポ リ マ ー で あ る ペ プ チ ド は,短 鎖 で も 多くの配列多様性をもち,ヘキサマー(6-mer)でも6,400万 種類に及ぶ.リガンドタンパク質に代わって受容体に結合で きるペプチドなど,タンパク質の機能を代替するペプチドも 探索されており,タンパク質の多様な機能が代替できる.わ れわれは短鎖ペプチドをアレイ状フォーマットで固相合成し たペプチドライブラリー(ペプチドアレイ)で種々の機能性 ペプチドを探索している.さらに,配列機能相関を解析する ことで高機能ペプチドの配列特異性を抽出可能である.これ は 創 薬 リ ー ド 化 合 物 の 探 索 に も 使 え る ケ ミ カ ル ラ イ ブ ラ リーと捉えることができる.
はじめに
1. ケミカルライブラリーとしてのペプチドの多様性 ペプチドはアミノ酸のポリマーである.その配列は極 めて重要であり,その配列を最適化することでさまざま な機能をもつペプチドがデザインでき,ペプチドは配列 置換によって改良・改変が可能である.われわれは,ペ プチド固相合成法という手法で,ペプチドをアレイ状に
スポット合成する装置を使っている(図
1
).これで数 百種類のペプチドを合成し,機能性ペプチドを精力的に 探索している.ペプチドはアミノ酸20種類の組み合わ せであることから6-merであっても6,400万種類にも及 ぶ多様性をもつ.19-merでは20の19乗種類になる.こ れらの種類の分子が,すべて1分子ずつ合成できたとす ると,約40 kg, 37-merでは6×1027 gとなり,地球と同 じ重量となる.また単分子膜が形成できるとすれば1g で1,000 m2に達し,17-merのワールド(約45 g)で,野 球場のグラウンドの面積(13,000 m2)の3倍に達する.このような膨大なバリエーションをもつペプチドワール ドは,医薬品原薬や機能性食品素材のリード化合物探索 のためのライブラリーにふさわしいと考えられる.
後述するように,私たちはタンパク質などの生体分子 と結合して機能するペプチドを多数探索した.細胞に結 合して細胞死や増殖分化シグナルを伝えるペプチドも探 索した.たとえば,コレステロールの吸収は,腸管内で コレステロールを巻き込んだ胆汁酸ミセルを形成し吸収 される.われわれが探索したコレステロール吸収阻害ペ プチド(たとえばPWWWMY)は,疎水性分子である 胆汁酸の一種,タウロコール酸(log 値=2.2の疎水性
【解説】
Screening of Short Length Functional Peptide by Peptide Array Hiroyuki HONDA, 名古屋大学大学院工学研究科
ペプチドアレイによる短鎖機能性ペプチドのスクリーニング
本多裕之
分子)に結合できる(1),比較的疎水性の高い分子であ る.アミラーゼ阻害ペプチド(RHWYYRYW)は
α
アミ ラーゼの多糖結合ポケットに先回りして結合できる(2), 多糖構造を模倣できるペプチドである.タンパク質分子 を形成するL型のアミノ酸に限ってみても,その疎水度 は,log =−4.2(アルギニン)から−1.05(トリプト ファン),等電点は,10.76(アルギニン)から2.77(ア スパラギン酸)である.さらにペプチド結合でポリマー になれば,疎水性は増し,等電点は変更可能である.ケ ミカルライブラリーとしての可能性が感じられる.特に 生体内分子と結合して機能を発揮するリード化合物を 探索する という現場においてはよりいっそう魅力的で ある.実際に,ペプチドは短鎖でも機能性をもつものが知ら れている.血圧安定化作用を示すペプチド(ラクトトリ ペプチド)や細胞接着ペプチド(RGD)はその好例で ある.われわれは,この魅力的な,そして非常に膨大な ワールドを探索フィールドにするため,①まず数百種類 の短鎖ペプチドをペプチドアレイにより合成し,機能性 ペプチドを探索する,②次にそれらの機能性ペプチドの 特徴を,特定位置のアミノ酸の特徴で説明するという探 索法を提案している.この方法をPeptide informaticsと 呼んでいる(3, 4).光解裂するフォトリンカーを使った遊 離ペプチド探索系や細胞を使った評価系も構築してい る.本稿では,これらのペプチド探索法を使った ペプ チドケミカルライブラリー の可能性に関して紹介す る.
2. ファージディスプレイとの比較
機能性ペプチドの探索では,多くの研究者がファージ ディスプレイ法を試みている.この方法はキット化され
ていて利用しやすい.しかし,一方で,ファージディス プレイ法でのスクリーニングに不安を感じている研究者 は少なくない.確かに結合するペプチドは得られたけれ ど,果たして本当にこれが最良のペプチドなのか(検出 漏れの危険性),これ以外に同様の活性をもつペプチド 配列はないのか(類似性の危険性)という不安である.
われわれは,ファージディスプレイ法で得られた金属微 粒子ZnOを認識するペプチドEAHVMHKVAPRPをシー ド配列にして,組成が同じで配列の異なる類縁体ペプチド をペプチドアレイに合成し,ZnOとの認識能を評価した.
その結 果,HPVPRHMVAEAKやKAEAHVPMHVPRが シード配列より高い認識能をもつことを発見した(5).ま た,シード配列を元にして6-merのペプチドを探索した ところ,2種類の重要部位HVMHKV, HKVAPRの特定 に成功し,さらにHKVAPRの残基置換によりHCVAPR という非常に高結合を有するペプチドの探索に成功し た.これは,(i)ファージディスプレイ法による探索が 万能ではなく,スクリーニング漏れがあり,また(ii)
同程度の機能をもつ短鎖ペプチドが実際に存在すること を示している.検出漏れは,発現困難なペプチドであっ たためかもしれないし,ファージ表面タンパク質と発現 ペプチドとの相互作用が無視できないためかもしれな い.短鎖でも良いものがあるのは,酵素‒基質の認識が 3から4個のアミノ酸残基で起きることにつながると考 えている.
3. 受容体ライブラリーによる探索
注目するタンパク質に結合して機能を発揮するペプチ ドをどのように探索するかは重要である.受容体(レセ プター)が知られているタンパク質では,そのリガンド 機能を代替するペプチドを探索するため,受容体のアミ 図1■ペプチドアレイ作製装置(a)と作 製原理(b)
作製装置はシリンジポンプにつながった X-Yスポッターであり,コンピュータ制御 で目的の位置にアミノ酸をスポッティング で き る.具 体 的 な ペ プ チ ド 合 成 原 理 は Fmoc固相合成法である.
ノ酸配列から探索するのが適切であろう.
われわれは,アンジオテンシン結合ペプチドの探索の ためにアンジオテンシン受容体のアミノ酸配列を網羅し た8-merのペプチドライブラリーを作製した.アンジオテ ンシンをFITCで蛍光ラベルし,結合するペプチドを探索 した結果,46から56残基目までの領域,NSLVVIVIYFY が特に強く結合した.さらに絞り込んだ結果,6残基の VVIVIYで十分であり,ラット大動脈組織を使った血管 収縮作用を84%抑制できることを明らかにした(6).
抗体は生化学検査だけでなく,抗体医薬として注目さ れる重要な生体分子である.われわれはそのFc領域に 結合するペプチドをFc
γ
受容体配列から探索することを 試みた.細胞表面に存在するFcγ
受容体はI, II, IIIの3種 類があるため,それらの配列を網羅した全740種類の 6-merペプチド受容体ライブラリーを作製し,IgG-Fc認 識ペプチドを探索した.その結果,図2
に示すように,3種類の高結合配列が探索できた(7).
4. ペプチドアレイ細胞機能アッセイ法
上記のように,リガンドの結合を で評価する ことが可能な場合は,蛍光ラベルしたリガンドが利用で きるため探索しやすい.しかし,単離精製が困難なレセ プターで容易に アッセイ系が構築できない場合 や,ターゲットになるレセプターが特定されていない場 合は,細胞を使って直接評価する方法が必要である.そ こでわれわれは,アレイ表面のペプチドと細胞表面上の 受容体( . インテグリン)を直接相互作用させること で,シグナル伝達に伴って引き起こされる細胞の変化
(ペプチドの機能)を直接検出できる “Peptide array- cell assay system” を開発した(8).これは,合成したペ プチドアレイを十分に乾かした後,Biopsy Punchを用 いて直径6 mmのディスク状にくり抜き,96穴の培養プ レートに沈め,細胞を播種した後一定時間後の生細胞数 をカルセインAMで検出する方法である.
がん細胞を選択的にアポトーシス(周囲の正常な組織 に影響を与えない細胞死)に誘導するタンパク質として TRAIL(TNF related apoptosis inducing ligand)が知 られている.TRAIL配列ライブラリーを作製し,上記 の方法で探索を行ったところ,TRAILと同様な機能を もったペプチドとしてRNSCWSKD配列を発見した(9). これ以外に,FASリガンドを代替する細胞死誘導ペプ チドCNNLPの探索にも成功している(10).
間葉系幹細胞(MSC: mesenchymal stem cell)は骨 芽細胞・脂肪細胞・軟骨細胞・筋細胞などに分化するこ とができる分化能と自己複製能を併せ持つ細胞で,再生
医療に有効な細胞である.しかし,MSCは骨髄中にわ ずかしか存在しないため少量の細胞を効率良く接着・増 殖させることが重要である.われわれはフィブロネクチ ンのアミノ酸配列をもとに6残基ペプチドライブラリー を作製し,MSC接着ペプチドの探索を行った.その結 果,細胞接着ペプチドとして知られているRGDと同な どの活性をもった配列ALNGRを探索することに成功し た(11).
コラーゲンタイプIV(Col IV)は動物の組織におい て上皮細胞層と間質細胞層を分ける基底膜に存在する主 要な細胞外マトリックスである.そこで,血管内皮細胞
(Endothelial cell; EC)と平滑筋細胞(Smooth muscle cell; SMCs)に選択的に接着するペプチドを探索するた め,Col IVに存在するトリペプチドのペプチドライブ ラリーを作製し,細胞の接着評価を行った.フィブロネ クチン中に存在し,細胞選択性を示さない細胞接着トリ ペプチド,RGDを比較のため同時に評価した.その 結果,配列CAGのトリペプチドが最もEC選択性が 高 い こ と が わ か り,CAGを 含 浸 さ せ たPCL(poly-
ε
- caprolactone)のシートを作製したところ,EC接着性 が非常に高いシートであることがわかった(12)(図3
).これらの結果からペプチドアレイを用いた細胞アッセ イ法が機能性ペプチド探索手法として有用であることが 確認された.
5. アミノ酸配列の残基置換
上述の機能性ペプチドはいずれも生体内に存在するタ ンパク質由来のアミノ酸配列である.ペプチドのバリ エーションから考えると生体内に存在しない機能未知の ペプチドは無数にあると考えられる.そこで,探索した 実在のタンパク質上のアミノ酸配列を置換して,全く新 規の機能性ペプチドの探索を試みた.
図2■6-merからなるFcγ受容体ペプチドライブラリーの作製 とIgG-Fc認識ペプチドの探索
上述のIgG‒Fc結合ペプチドとして探索した配列に関し て,アミノ酸組成を変えずに配列置換したペプチドを合成し て結合活性を評価した.Fc
γ
RI由来のYRNGKAFKFFHW と い う12-merの 高 結 合 配 列 か ら は8-merペ プ チ ド NARKFYKGが,またFcγ
RIII由来のNGKGRKYFから はNKFRGKYKという高結合活性を示すペプチドが得 ら れ た.NKFRGKYKお よ びNARKFYKGのIgGへ の 結合定数は,8.9×106および6.5×106 M−1と非常に高く,IgGの精製に使えるだけでなく(7),その相補配列と組み 合わせることでIgG検出に使えることを明らかにし た(13).
上述の細胞死誘導ペプチドRNSCWSKDも改変ペプ チドを合成し,評価した.各アミノ酸残基をそれぞれほ かの19種類に置換した配列(たとえばANSCWSKDな ど),全152配列を作製した(19種類×8カ所=152種類). 細胞死活性を評価した結果,さらに高い活性をもつ配列 CNSCWSKDを得た.この配列は元の配列RNSCWSKD より5倍程度活性が高かった(14).
配列‒機能相関
われわれのペプチドアレイを使うと上記のようにさま ざまな機能性ペプチドが得られる.また合成したすべて の配列が,どれくらいの活性を示すのかがすべて定量的 に明らかになる.配列と機能の特長を明示的に明らかに することが 機能性ペプチド を理解するうえで極めて 重要であろう.そこでわれわれは,情報解析の方法を用 いて,ペプチド配列とその機能の相関を調べ,さらにそ の結果を探索に活用することを想起した.
1. コレステロール吸収抑制ペプチドのルール
コレステロールは胆汁酸ミセルに取り込まれて小腸壁 から吸収される.大豆由来のペプチドVAWWMYは,
胆汁酸に結合し,ミセル崩壊を促すことでコレステロー ルの吸収を抑制できる.この原理に基づき,2,212種類 のペプチドライブラリーを作製し,胆汁酸との結合活性 を調べた.またアミノ酸の性質(特徴量と呼ぶ)とし て,疎水度,電荷,サイズを選択し,結合実験の結果を 解析した.その結果,胆汁酸結合ペプチドでは,「N末
図3■細胞選択性ペプチドの探索 a)Col IV特異的ペプチドに対する血管内 皮細胞(EC)選択性,b), c), d)走査電子 顕微鏡写真(b: PCLシート上のEC細胞,
c: CAG含 浸PCLシ ー ト 上 のEC細 胞 お よ び,d: CAG含 浸PCLシ ー ト 上 のSMC細 胞),EC細胞はCAG含浸PCLシート上で 高い接着性を示しSMC細胞はあまり接着 していない.
図4■コレステロール吸収阻害ペプチドの配列‒機能相関 1stルール:「N末端3残基目のアミノ酸のサイズが大きく,4残基 目のタンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」に 合致するものを作製して評価.2ndルール:「1stルールにさらに 加えて,N末端2残基目のアミノ酸のタンパク質安定化指標が大 きいと胆汁酸結合活性が高い」に合致するものを作製して評価.
端3残基目のアミノ酸のサイズが大きく,4残基目のタ ンパク質安定化指標が大きいと胆汁酸結合活性が高い」
という1stルールが得られた.さらに解析し「N末端2 残基目のアミノ酸のタンパク質安定化指標が大きいと胆 汁酸結合活性が高い」という2ndルールまで加えて,
ルールに合致したライブラリーを作製して評価したとこ ろ,約45%が高活性のペプチドであった(ランダムラ イブラリーでは僅か6%)(1)(図
4
).また,既知の大豆グ リシニンタンパク質由来VAWWMYペプチドよりも高結 合性を示す28配列が得られた.VIWWFKやPWWWMY という高活性ペプチドをラットに投与したところ,血 清,肝臓,小腸でのコレステロール吸収量が1/2から 1/3に低下することがわかった.2. 細胞接着ペプチドのルール
上述の “Peptide array-cell assay system” を使って
線維芽細胞接着ペプチドを探索した.643種類の5-mer ランダムペプチドライブラリーを作製して評価した結 果,「N末端アミノ酸のサイズが小さく,2残基目の電荷 が大きく,3残基目のサイズと電荷が大きく,4残基目 のサイズが小さければ細胞接着ペプチドとして機能す る」というルールが発見でき,さらに270種類の4-mer ペプチドで解析したところ「3残基目のサイズと電荷が 大きければ細胞接着ペプチドになる」という追加ルール が得られた.このルールにしたがってペプチドを作製し たところ,活性の高い配列は84%と約4倍以上含まれる ことがわかり,線維芽細胞の接着に重要なルールである ことが実証できた(3).このペプチドは,再狭窄を防ぐ人 工血管表面修飾分子として使える可能性がある.
このように配列‒機能相関(ルール)を組み合わせれ ば,最初からライブラリーが網羅されていなくても高機 能性ペプチドが探索できることがわかる.一部を探索す ることで,6-merでは6,400万種類のペプチドを掌中に 収めた探索が可能になるのである.
そのほかの機能性ペプチド探索
上述の結果以外に最近われわれが挑戦している研究内 容について少し紹介する.
1. 遊離ペプチドライブラリー
ペプチドアレイは固相合成法でありC末端で拘束され ている.遊離のペプチドに比べるとタンパク質との結合 に不利に働く.多くのペプチドは遊離で使用されるの で,最初から遊離で探索できたほうが良い.このため
紫外線照射で解裂・遊離できるフォトリンカー(4-[4-
(1-(Fmoc amino)ethyl)-2-methoxy-5-nitrophenoxy]bu- tanoic acid)を合成し(2),紫外線照射でペプチドが遊離 できるライブラリーを作製した.対象として,糖尿病の 症状を改善するため実用化されているアミラーゼ阻害剤 の探索を試みた.ペプチドアレイを合成した後,光解裂 させ,96穴プレートにパンチアウトし,緩衝液を加え て遊離ペプチドとした.このライブラリーに膵液アミ ラーゼを添加し,合成基質を用いた酵素活性測定で,ペ プチドの阻害活性を評価した.その結果,RHWYYRYW という8-merペプチドが探索できた(2).このペプチドの 阻害様式は拮抗阻害であり,その阻害定数は4.65
μ
Mで あり,アカルボースの阻害定数8.9μ
Mより高い阻害活 性を示した.消化管での加水分解の問題が解決できれば 糖尿病治療薬として可能性が高い.2. 分岐鎖ペプチドライブラリー
タンパク質分子が2種類組み合わせることでシグナル が伝わることがある.アレルギー反応の2量体化もその 一つである.そこで,2種類のペプチドを組み合わせて 合成する分岐鎖ペプチドライブラリーの合成を試みた.
これは主鎖をFmoc基,側鎖をivDde基で保護したリジ ンを用い,主鎖と側鎖に別々のアミノ酸を合成すること で実現できる.この方法により,2種類のIgEエピトー プを1リジン残基に合成し,RBL-2H3細胞によるヒスタ ミン放出が検出できた.この方法はヘテロ2分子でもホ モ2分子でも可能であり,ペプチドの組み合わせ効果を 検証するためにユニークなツールになるものと期待でき る(15).
3. 細胞内機能性ペプチドライブラリー
これまでのペプチドはいずれもタンパク質との結合や 細胞外から細胞に作用するペプチドであった.細胞内で 機能するペプチドの探索は,ペプチドの機能を水平展開 するうえで重要である.すでに多くの研究者により細胞 内導入ペプチド(Cell Penetrating Peptide; CPP)の研 究が進められている.特にアルギニン8残基からなる R8ペプチドは有名である.われわれは,上記のフォト リンカーとR8ペプチドを組み合わせ,さらにライブラ リーペプチドを連結して,細胞内で機能するペプチドが 探索できるライブラリーの構築を目指した.ライブラ リーペプチドとして31種類のトリペプチドを取り上げ,
N末端にFITCを連結し,細胞内導入量を蛍光顕微鏡で 調べた.ペプチドアレイでスポット合成したFITC付き R8連結トリペプチドをUV照射で遊離し,96穴プレー
トにパンチアウトしたところ,遊離ペプチド量はどのペ プチドも約7 nmol/spotであった.蛍光観察を妨害する 夾雑物をろ過排除し,HeLa細胞を播種し,細胞内導入 実験を試みた.その結果,18種類はCPPのみでの細胞 内導入量より高い導入量を示し,5種類は同等,残り8 種類は導入量が有意に減少した.トリペプチドを疎水度
(Hydrophobicity; H) と 等 電 点(Isoelectric point; p ) で整理した結果を図
5
に示す.トリペプチド全8,000種 類を図中に小さいドットで示し,試験した31種類のペ プチドはダイヤ印で示す.負電荷をもつ親水性のペプチ ドで導入効率が低下することがわかった(未発表デー タ).この現象は,5-merのペプチドでも再現しており,汎用性が確認できた.R8は正電荷ペプチドである.こ のため負電荷をもつペプチドを連結するとR8でも細胞 内導入しにくくなることが確かめられた.図中の式,
1.5 p+H>−0.6で示される領域に含まれるペプチド は,R8を連結することで細胞内に導入されるペプチド である.このグラフを使えば,目的ペプチドがCPPを 連結することで細胞内導入可能かどうかを事前に知るこ とができるだけでなく,この領域のペプチドだけで細胞 内導入ペプチドライブラリーを構築することで,細胞内 機能性ペプチドの探索が可能になる.負電荷をもつ親水 性のペプチドに関しては負電荷をもつCPPが開発され ているので,そのCPPを使えば導入可能と考えられる.
また,現在,細胞内に導入した後で解裂することができ るリンカーを作製しており,このリンカーでCPPと探 索ペプチドを連結した細胞内導入ペプチドライブラリー の構築と実際に細胞内で機能するペプチドの探索を目指
している.
おわりに
スポッティング方法の技術革新は目覚しい.われわれ はある国内メーカーと協働で,600種類のペプチドを,
約2,000スポット打ち込んだ高集密ガラスアレイの準工 業生産に成功した(16, 17)(図
6
).これには,このメー カーが開発したセラミックアクチュエーターのスポッ ティング技術(pLオーダーの液滴吐出を可能)を活用 されている.作成したスライドガラスには16-merのミ ルクタンパク質(6種類)が網羅してあり,ミルクアレ ルギー患者のIgEエピトープの解析に成功した.さらに その正診率は80%を超え,小児科の先生にも高く評価 されている.しかし,それでも探索したいペプチドのバリエーショ ン(化合物数)は膨大であり,その探索は大きく深い山 に分け入る行為である.しかし,その膨大なペプチド ワールドであっても,数百から1,000個程度のペプチド を合成し,実験データを集積して配列‒機能相関を決定 すれば,計画的かつ志向性をもって探索を進めることが でき,深い山に分け入るための羅針盤を手に入れること ができる.ペプチドライブラリーは広範な探索を可能に し,創薬のリード化合物の発見にも強力なツールにな る.ペプチドが多くの研究者の対象分子になることを期 待したい.
図5■細胞内導入可能な3残基ペプチドの 特長
等電点(横軸)と疎水度(縦軸)のグラフ にすべてのトリペプチドをドットで示す.
ダイヤは評価した31種類のトリペプチドを 示し,それぞれ導入効率によって色を変え てある.点線より上の領域のペプチドはR8 の付加で導入できるトリペプチドである.
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プロフィル
本多 裕之(Hiroyuki HONDA)
<略歴>1983年名古屋大学工学部化学工 学科卒業/1988年同大学大学院工学研究 科博士課程後期課程修了/同年同大学工学 部助手/1990年東京工業大学生命理工学 部 助 手/1992年 名 古 屋 大 学 工 学 部 助 教 授/2004年 同 教 授,現 在 に 至 る<研 究 テーマと抱負>機能性ペプチド探索,1細 胞機能解析,分子認識とその多様性<趣 味>小説の乱読
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.503 図6■ミルクタンパク質由来全網羅ペプ チドアレイ
患者血清中のIgEおよびIgG4が認識するペ プチドエピトープが分析できる.下段はス ライドガラスアレイである患者血清を解析 した全体像.上段:ある患者血清の解析結 果,赤がIgE認識部位で緑はIgG4認識部 位.上段左は両者を重ね合わせて表示し た.