第一章 はじめに
本稿は、仮処分の方法及び立担保と処分権主義の関係についての手続法的考 察の端緒として、生活妨害 及び知的財産権侵害差止め の仮処分手続を中心
金 炳 学
第一章 はじめに
第二章 仮処分の方法及び立担保に関する従前の議論 第一節 仮処分の方法総論
第二節 学説の概要 第三節 判例及び実務
第四節 諸説についての若干の検討 (以上、本号)
第三章 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めにおける申立ての特定と仮処分 の方法について
第一節 ドイツ法における議論
第二節 生活妨害及び知的財産権侵害の差止めを求める民事保全手続におけ る申立ての特定と裁判所の裁量権
第四章 結びに代えて
仮処分の方法及び立担保と 処分権主義の関係について
-生活妨害・知財侵害差止仮処分を素材として-
「生活妨害」という用語は、ロ-マ法における immissio、ドイツ法における Immission、英米法における nuisance の訳語である。通常、「公害」とも呼ば れているが、「公害」には日照妨害、眺望侵害等が含まれないおそれがある(旧
に考察を行う。
いままでの抽象的及び包括的差止請求(der globale Antrag) をめぐる手続
公害対策防止法二条、環境基本法二条三項参照)。それ故、事業活動その他の人 の活動に伴って生ずる大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染、騒音、振動、地 盤沈下、日照妨害、眺望侵害及び悪臭等人の健康又は生活環境などに被害を生 ぜしめる妨害すべてを含む意味で用いることにしたい。この点、大塚直「生活 妨害の差止に関する裁判例の分析 」判タ645号(1987)19頁註 、猪俣孝史
「差止請求・執行論の素描」中川良延編『日本民法学の形成と課題(下)』(有斐 閣、1996)968頁註 参照。本稿においては、いたずらにその適用範囲が拡がり 過ぎぬよう、種々の侵害行為について一定の範囲で枠付けを行うという観点と、
筆者の一連の論説との概念的整合性を維持するという観点から、大塚教授の概 念と同一の範囲で生活妨害という概念を用いたい。
知的財産権侵害差止請求の今日的課題については、金炳学「知的財産権侵害 差止請求における訴訟物の特定と執行手続について―生活妨害訴訟における抽 象的差止請求との比較検討を中心として―」法政72巻3号607頁以下を参照され たい。
丹野教授は、民事手続法上、抽象的差止請求という概念が用いられてきた経 緯について、以下のように指摘される。すなわち、生活妨害などにおける騒音 の差止めにしてもその差止めの目的である行為自体が不特定なものとはいえな いし、義務者自身にとっても禁止される行為がわからないわけではない。その 特徴的な態様とみられるのは、違背行為が有形的ないしは具体的な結果を残さ ぬこと(したがって、妨害物の除去という作為義務を残さないこと)が多いこ とと不作為に代わる禁止の結果の発生の防止行為が技術的に複雑困難なもので あること(したがって、その作為義務の特定が困難であること)である。前者 から抽象的という形容語が生まれ、後者から具体的な防止行為を策定すること が困難であることにより、執行裁判所において執行方法として将来のための適 当な処分を定めることを避け、これを本案訴訟手続に委ねることとし、そのた めには、請求の特定が具体的になされるべきことが要求されることになり、そ の反対概念として「抽象的差止請求」という表現が用いられるようになったの ではないかと憶測する、と(丹野達「抽象的差止判決の執行」『民事法拾遺』(酒 井書店、2004)330頁註 (初出:東洋法学39巻1号77頁以下)。
法上の判例及び学説の到達点は以下のとおりである。
すなわち、判例においては、抽象的・包括的差止請求の訴訟物の特定につい て、横田基地訴訟判決 以降、近年、適法説を採用する判例が多数を占めてい る。また、学説において主張される内容の到達点は、その理論構成を異にする ものの抽象的・ 包括的差止請求を適法であると解している 。
判例及び学説において指摘されているこれらの主張は、生活妨害の防止を求 める差止めの実効性を高めることに貢献してきたといえる。
しかし、これらの主張は、主に本案手続における抽象的・ 包括的差止請求を その考察の対象としており、暫定的な権利保護手続である民事保全手続につい ては論じられてこなかったという一定の限界を有する。
「保全を制する者は、本案を制する」といわれているように、今日において は、生活妨害及び知的財産権侵害訴訟の差止め事例においても、緊急を要する 事例については民事保全手続が多用されており 、今後、この手続における生
本稿が企図する生活妨害及び知財侵害の差止めについて考察を加える抽象的・
包括的差止めは、権利者が自らに帰属する権利法益以上のものを与えたり、そ の者が保護を求める範囲を超える権利を認めるという「過剰」な保護を認める
「過剰差止め」と一線を画する。なお、知財侵害訴訟における抽象的・包括的差 止めと過剰差止めの関係については、田村善之「知的財産侵害訴訟における過 剰差止めと抽象的差止め」『競争法の思考形式』(有斐閣、1999)150頁註 を参 照されたい。
最一小判平成5年2月25日判タ816号137頁。
詳しくは、金炳学「生活妨害における抽象的差止請求に関する訴訟物の特定 と執行方法について ~ 」早研99号(117)頁、100号(75)頁、101号(51)頁以下 及び原強「請求の特定―東海道新幹線騒音事件」高橋宏志・ 高田裕成・畑瑞穂編
『民事訴訟法判例百選』(有斐閣、第4版、2010)掲載文献を参照されたい。
生活妨害の差止めを求める仮処分に関する文献としては、松浦馨「日照権紛 争における建築禁止の仮処分」ジュリ493号116頁、同「差止請求と仮処分―日 照権、会社事件等を中心として―」ジュリ500号368頁、三宅弘人ほか編「建築 禁止・建築妨害禁止の仮処分」東京地裁保全研究会『民事保全実務の諸問題』
活妨害及び知財侵害の差止めに関する理論的研究を深化・ 体系化させ、実務と の連携を密にする必要があると考える 。
また、講学上、立担保については、裁判所の裁量に服するとされているが、
その具体的な基準や範囲に関しては、実務的な側面からのみ検討がなされてお り、理論的考察が充分におこなわれてきたとはいえず、この点、さらなる検討 の必要があろうと考える。
このような問題意識のもとに、本稿においては、民事保全手続における生活 妨害及び知的財産権侵害の差止仮処分手続について考察を加えたい 。
(判例時報社、1988)297頁、山本博「日照妨害を理由とする建築禁止仮処分」
丹野達・ 青山善充編『裁判実務大系 民事保全法』(青林書院、1999)287頁、宮 田桂子「日照・ 眺望の侵害と救済」塩崎勤・安藤一郎編『新・ 裁判実務大系 』
(青林書院、1999)380頁、長瀬有三郎「建設騒音・ 振動の規制」塩崎勤・ 安藤一 郎編『新・裁判実務大系 』(青林書院、1999)392頁、深見玲子「建築禁止の 仮処分の被保全権利―日照妨害、眺望妨害や圧迫感等―」判タ1078号143頁、東 京地裁保全研究会編『民事保全の実務』〔平木正洋〕(きんざい、1992)206頁、
甲良充一郎「場外馬券売場、産業廃棄物処理施設等いわゆる迷惑施設の建設禁 止の仮処分」判タ1078号146頁、同「騒音などによるディスカウント・ ショップ の深夜営業禁止を求める仮処分」判タ1078号159頁、谷有恒「騒音や排気ガスを 理由に隣地の立体駐車場の使用差止め等を求める仮処分」判タ1078号157頁、深 見敏正「日照妨害に基づく建築禁止の仮処分」東京地裁保全研究会編『民事保 全の実務〔新版〕(上)』(きんざい、2003)311頁等がある。
実体法上、生活妨害の差止めの法的根拠については、従来の物権的構成から 始まり、近年、人格権構成、不法行為構成、環境権構成などが激しく争われてい る(潮見佳男『不法行為法』(信山社、2002)489頁以下、藤岡康宏『損害賠償 法の構造』(成文堂、2002)124頁以下、大塚直「生活妨害の差止に関する基礎 的考察 ~ 」法協103巻4号595頁以下、平井宜雄『債権各論Ⅱ不法行為』(弘 文堂、1992年)107頁以下など)。これに対し、知的財産権の差止めについては 法的根拠についての争いはなく、不正競争1条、3条1項、特許100条1項、商標 36条、著作112条1項、意匠37条1項、半導体集積回路配置法22条1項など明文 規定が定められている(渋谷達紀『知的財産法講義Ⅰ~Ⅲ』(有斐閣、2004)参照)。
特に、生活妨害の差止めをめぐっては、本案手続に関する議論においても、
その請求の特定について激しく議論が重ねられており、知的財産権侵害の差止 めをめぐっては一定の行為を禁止する仮処分命令若しくは判決が言い渡された のちに、その侵害行為に些細な変更をくわえることにより、先の仮処分命令若 しくは判決を潜脱することが許されるのかという点を中心に、論じられてきた。
また、旧法時代から仮処分手続一般の問題としては、債権者の申立てをめぐっ て、処分権主義を定めた民事訴訟法(以下、民訴)246条と裁判所の裁量権を 定めた民事保全法(以下、民保)24条との関係について議論が重ねられてきた。
これらの議論は、民事保全手続における生活妨害の差止めと密接に関わってく る問題である。あわせて、知的財産権侵害の差止め事例のうち、抽象的・包括 的差止めを求める仮処分事例についても、生活妨害の差止めを求める事例との 共通性を有しており、その点で、生活妨害の差止めをめぐる議論を応用するこ とができると考える。
考察の順序としては、まず、仮処分の方法に関する従前の判例・学説を整理 するとともに、立担保の算定にあたってその考慮要素と併せて、仮処分の方法 と処分権主義の関係に関する学説について検討する。次に、生活妨害及び知的 財産権侵害の差止めにおける申立ての特定及び仮処分の方法について、ドイツ 法における取扱いの概要を参照した後、生活妨害及び知的財産権侵害差止仮処 分における仮処分の方法と立担保に関し試論を提示するとともに、これらの問 題に関する今後の手続規範の課題をまとめたい。
なお、本稿が、その考察対象を、生活妨害及び知的財産権侵害の差止仮処分 とする意図は、これらの類型の事案に限定してのみ検討を加えるのではなく、
その考察の結果を、これらと類似する事案、たとえば、隣人間の迷惑行為の差 止めを求める仮処分、ストーカー行為の差止めを求める仮処分、各種ハラスメ ントの防止を求める差止仮処分、類似商号の使用の差止仮処分等に対して、応 用するための理論的な起点を構築したいと考えたからである。紙幅との関係か ら、これら類似の事案に関する差止め請求についての考察は、他日を期したい。
そこで、これらの問題について考察するにあたり、まず、次章において仮処 分の方法に関する民訴246条と民保24条の関係について重ねられてきた議論の 概略をみることにする。
第二章 仮処分の方法及び立担保に関する従前の議論
民事保全手続においても、民事訴訟法の規定が準用されるため(民保7条)、 民訴246条の処分権主義の規定は仮処分手続に準用されるという点は、判例・
通説 ともに、これを認めている。
他方、民保24条は、仮処分の方法につき、「裁判所は、仮処分命令の申立て の目的を達するため、債務者に対し一定の行為を命じ、若しくは禁止し、若し くは給付を命じ、又は保管人に目的物を保管させる処分その他の必要な処分を することができる」と規定し、仮処分の方法を定めるにあたって裁判所の広範 な裁量権を認めている。
最判昭和28年1月30日最判集民8号127頁、兼子一『条解民事訴訟法(上)』
(弘文堂、1955)463頁、吉川大二郎『判例保全処分』(法律文化社、1959)65頁、
奈良次郎「仮処分命令と民事訴訟法186条-758条1項と関連して-」吉川大二 郎博士還暦記念『保全処分の体系(上)』(法律文化社、1965)304頁、同「仮処 分につき裁判所のなしうる処分の限度(申立事項との関係)」保全判例百選58頁、
鈴木忠一・三ヶ月章・宮脇幸彦『注解強制執行法 』〔奈良次郎〕(第一法規出 版、1978)451頁、鈴木忠一・三ヶ月章編『注解民事執行法 』〔奈良次郎〕(第 一法規出版、1984)192頁、中川善之助・兼子一監修『実務法律大系第8巻仮差 押、仮処分』〔太田豊〕(青林書院、1972)74頁、柳川眞佐夫『保全訴訟』(判例 タイムズ社、補訂版、1976)287頁、西山俊彦『保全処分概論』(一粒社、新版、
1985)152頁、栂善夫「仮処分の内容・方法決定の基準」丹野達・青山善充編
『裁判実務大系4民事保全法』(青林書院、1999)146頁。
第一節 仮処分の方法総論
旧法下においても、仮の地位を定める仮処分の方法については、「裁判所ハ ソノ意見ヲ以テ申立ノ目的ヲ達スルニ必要ナル処分ヲ定ム」(旧々民訴758条1 項)、「仮処分ハ保管人ヲ置キ又ハ相手方ニ行為ヲ命シ若クハ之ヲ禁止シ又ハ給 付ヲ命スルコトヲ以テ之ヲ為スコトヲ得」(同条2項)と規定しており、民事保 全法成立によって定められた新規定はこれら旧々規定の1項と2項をあわせた ものであり、新旧規定に内容上の相違点はない 。
このようにみると、仮処分の方法、すなわち、仮処分の具体的内容を定める にあたっては、処分権主義を定めた民訴246条と裁判所の裁量権を定めた民保
24条との関係をいかに解するべきであるのかという問題があり、旧法下から議
論が一貫して争われてきたといえる。そこで、旧法下からなされてきた議論の概要についてみることにする。
第二節 学説の概要
まず、立法者の意思について、確認したい。
民保24条の旧規定である明治23年の旧々民訴758条の規定について、立法者 は、「仮処分に必要なる方法を定めるのは、裁判所の意見にあり。すなわち、
仮処分は当事者の申立てによって為すものであるが、すでに申立てた後は申立 人の指定した処分方法に拘束されることなく自由な意見を以って必要な処分方 法を定めることができる」として、仮処分の方法については、全く裁判所の裁 量に服するものと解していたといえる 。
しかし、他方で、立法者の説明によると、「この処分の方法は裁判所の意見
山崎潮『新民事保全法の解説』(きんざい、増補改訂版、1991)172頁、栂・
前掲142頁、原井龍一郎・河合伸一『新訂版実務民事保全法』(商事法務、2002)
179頁。
井上操『民事訴訟法〔明治23年〕述義日本立法資料集別巻78』(信山社、2000)
2226頁。同じく、「…仮処分の方法を定めることは全く裁判所の意見に存するこ とにて仮処分請求者が為そうとする目的を達成するため必要な処分を裁判所の
に委ねられるものであり仮処分申立ての目的物の範囲を超えない限りにおいて 債権者の申立てていない処分を命ずることもひとつに裁判所の権内にある」と し、裁判所の裁量は無制限に認められるのではなく、当事者による仮処分の申 立ての範囲を超えない限りにおいてという一定の枠付けもなされていたことが 窺える 。
このように、旧々民訴758条における仮処分の方法については、立法者の理 解をまとめると、一方で、裁判所の裁量権を広く捉えていた反面、他方でその 方法も仮処分の申立ての趣旨を超えない限り可能であるとしていた、といえよ う。
すなわち、裁判所の裁量権と当事者の処分権主義の限界・ 境界線についての 問題は、立法当初から内包されていたものと考えられる。
―学説の概要
つぎに、従前の学説をみたい。これらは、民訴246条の適用を厳格に主張す る説、民保24条の規定を重視し裁判所の裁量権を広くとらえる説、そして、折 衷説に大別することができる。
申立制限説
まず、申立制限説であるが、この説は、民訴246条の適用を最も強く認める 見解である。
意見によって定めるべきである。第一項において裁判所はその意見を以って申 立ての目的を達成するため必要な処分を為すのは、すなわち、その意にして処 分の方法に至っては申請者の申立てに拘束されずということである」とする見 解もある(亀山貞義『民事訴訟法〔明治23年〕正義(下-Ⅱ)日本立法資料全 集別巻68』(信山社、1996)933頁)。
本多康直・今村信行『民事訴訟法〔明治23年〕注解日本立法資料集別巻155』
(信山社、2000)2284頁。
同説は、債権者が主張する保全すべき権利又は権利関係、仮処分の必要性及 び仮処分の具体的内容が一体となって民訴246条にいう当事者の申立てにあた り、裁判所は、債権者が求めた仮処分の具体的内容を越える内容の仮処分を発 令することは許されず、債権者の求める具体的内容の範囲内においてのみ、民 保24条による裁量権を行使し、仮処分の申立ての目的を達するのに必要な具体 的内容を定めることができるとする 。
この説は、その根拠として、仮処分命令も私権保護の手続の一環をなすもの
松岡義正『保全訴訟仮差押及仮処分要論』(清水書店、1925)360頁、兼子一
『強制執行法』(酒井書店、増補版、1974)327頁、菊井維大・村松俊夫『実務法 律講座18巻仮差押・仮処分』(青林書院、1955)213頁、沢栄三『保全訴訟研究』
(弘文堂、1960)318頁、奈良・前掲吉川還暦311頁、同・前掲注解強制執行法452 頁、同・前掲注解民事執行法193頁、澤田直也『保全執行法試釈』(布井書房、
1972)337頁、柳川・前掲保全訴訟287頁、菊井維大・村松俊夫・西山俊彦『仮 差押・ 仮処分』(青林書院、三訂版、1982)231頁、野村秀敏「保全処分に対する 不服申立ての方法」丹野達・青山善充編『裁判実務大系 (保全訴訟法)』(青 林書院、1985)343頁、同「保全命令申立ての一部認容一部却下の決定に対する 不服申立て(再論)」白川和雄先生古稀記念論文集『民事紛争をめぐる法的諸問 題』(信山社、1999)512頁、三谷忠之『民事執行法講義』(成文堂、2004)249 頁、松浦馨・三宅弘人『基本法コンメンタール民事保全法』〔田近年則〕(日本 評論社、1993)142頁、竹下守夫・藤田耕三・『注解民事保全法(上)』〔藤田耕三〕
(青林書院、1996)265頁、同「仮処分の方法とその許容性」竹下守夫・鈴木正裕 編『民事保全法の基本構造』(西神田編集室、1995)214頁、同「仮処分の方法」
中野貞一郎・原井龍一郎、鈴木正裕『民事保全講座2』(法律文化社、1996)138 頁、川畑公美「申立書の記載事項、添付書面」塚原朋一・羽成守『現代裁判法 大系14巻(民事保全)』(新日本法規出版、1999)76頁、山崎潮編『民事保全の 基礎知識』〔長谷部幸弥〕(青林書院、2002)115頁、山崎潮監修『注釈民事保全 法上』〔園部秀穂〕(きんざい、2001)329頁、東京地裁保全研究会編『民事保全 の実務』〔岩崎邦夫〕(きんざい、新版、2003)157頁、三谷忠之『民事執行法講 義』(成文堂、2004)249頁、上原敏夫・長谷部由起子・山本和彦『民事執行・
であって、仮処分命令の具体的内容を債権者が選択・決定する権限を認めず、
裁判所が社会秩序維持の観点から後見的立場に立って債権者の意思の如何にか かわらず自由裁量権を行使しなければならないような公益性は認められないし、
また、実際の運用の面からしても、仮処分の具体的運用に際して、債権者は債 務者との間の紛争の実情に照らし、将来の解決に向けての見込みに応じて、被 保全権利と保全の必要性についての主張を構成し、申立ての具体的内容を選択 決定しているのであって、債権者の意向を充分に斟酌する必要がある旨を主張 する 。
同説によると、債権者は、自ら構成した保全すべき権利または権利関係及び 仮処分の必要性に基づいて、どのような具体的内容の仮処分を求めるのかを選 択・ 決定する権限を有し、かつ、責務を負うことになる。裁判所は、債権者が 右のように選択・決定した範囲内においてのみ裁量権を行使し、必要と認める 処分を定めることができるにすぎない。したがって、債権者は、仮処分命令の 申立てにあたり、申立ての趣旨として、目的を達するに必要な処分を求めるな どという抽象的な申立てをすることは許されず、むしろ、どのような具体的内 容の仮処分を求めるのかを明らかにしなければならないことになる 。
保全法』(有斐閣、第2版、2006)260頁、飯倉一郎・ 西川佳代『やさしい民事執 行法・民事保全法』(法学書院、第5版、2006)205頁、井上治典・中島弘雅
『新民事救済手続法』〔中村芳彦〕(法律文化社、2006)73頁、佐藤歳二『実務保 全・執行法講座〔債権法編〕』(民事法研究会、2006)102頁、中島弘雅ほか『民 事執行・保全法』〔中西正〕(有斐閣、2010)337頁。
藤田・前掲注解民事保全法265頁、同・前掲民事保全法の基本構造214頁、同・
前掲民事保全講座138頁。
菊井・村松・前掲『実務法律講座18巻仮差押・ 仮処分』231頁、藤田・ 前掲注解 民事保全法262頁、同・前掲民事保全法の基本構造211頁。
提 案 説
つぎに、提案説であるが、この説は、民保24条の規定に基づいて裁判所の裁 量権を最も広くとらえる見解である 。
同説は、民保24条を民訴246条の特別規定であると解し、裁判所は、仮処分 命令の内容を構成する個々の具体的処分については、債権者の主張に拘束され ることなく、裁量によってこれを定めることができるとする。したがって、債 権者は、仮処分命令を申し立てるにあたって、「申立ての趣旨」として仮処分 の具体的内容を明示する必要はなく、仮にこれを明示したとしても、それは単 なる提案にすぎず、裁判所を拘束するものではない。この説は、保全手続にお ける裁判所の裁量権が広く認められる点について、保全訴訟の目的が保全状態 形成の当否について本案訴訟におけるように権利または法律関係の存否の確定 にあるのではないという相違に基づくものであると説明する 。
しかし、この説も、仮処分によって保全される権利又は権利関係が債権者の 申立てたそれよりも量的に多く、質的に異なってはならないという限度で民訴
246条の準用を認める 。したがって、この説によれば、債権者は、仮処分命
令の申立てに際し、保全すべき権利または権利関係及び仮処分の必要性をどの加藤正治『強制執行法要論』(有斐閣、1935)373頁、小川保男「仮処分命令 に於ける裁判所の自由裁量に対する制限 」法曹会雑誌14巻2号46頁、吉川・
前掲判例保全処分63頁、同「保全訴訟における裁判の既判力」『保全訴訟の基本 問題』(有斐閣、増補版、1977)43頁及び44頁注 、石川明編『民事執行法』
(青林書院、1981)〔石渡哲〕459頁、丹野達『民事保全手続の実務』(酒井書店、
1999)248頁、萩屋昌志「仮処分の方法と民事訴訟法二四六条」福永有利先生古 稀記念『企業紛争と民事手続法理論』(商事法務、2005)583頁、福永有利『民 事執行法・保全法』(有斐閣、2007)268頁。
吉川・前掲保全訴訟の基本問題43頁。
このように解すると、実質上、申立制限説との距離は縮まり、提案説独自の 意義は減少し、具体的処分の特定をしない申立てを認めるという点にのみ相違 が認められよう(栂・前掲148頁)。
ように構成し、主張するかという点及び係争物に関する仮処分と仮の地位を定 める仮処分のいずれかを求めるかという仮処分の種類について、これを選択、
決定する権限を有するが、その範囲内で仮処分の具体的内容をどのように定め るかは、すべて裁判所の裁量判断に委ねることとなる。
上述した申立制限説と提案説を折衷するものとして、修正提案説と修正申立 制限説がある。
修正提案説
修正提案説は、仮処分命令の申立ての趣旨について、拘束力を認める「仮処 分によって達しようとする目的」と拘束力のない債権者の提案とに区別し、前 者については民訴246条の適用があるが、後者については民保24条に基づいて 裁判所の裁量に委ねられるとする説である 。
この説によれば、債権者は、仮処分命令の申立てにおいて具体的内容を明ら かにする必要はなく、仮に示しても、それは債権者の一つの提案にすぎないか ら裁判所を拘束しないが、債権者は申立てに際して、仮処分によって達しよう とする目的を要望するかを表示しなければならず、裁判所も債権者にその目的 としないところのものを帰せしめることはできないし、また、その目的以上の ものを与えることもできないと解すべきで、この範囲で処分権主義の適用を認 める 。
丹野達『保全訴訟の実務』(酒井書店、1986)200頁、同『民事保全手続の実 務』(酒井書店、1999)270頁、西山・前掲保全処分概論152頁、瀬木比呂志『民 事保全法』(判例タイムズ社、第3版、2009)〔318〕355頁。なお、瀬木判事は、
債権者は仮処分命令の申立てに当たって必ずしもその求める処分の内容を具体 的に特定する必要はないが、少なくとも仮処分によって達成しようとする目的 を明らかにする必要はあり、裁判所はこの目的の範囲内で必要な処分をなしう るという目的拘束説として捉えられこの説に賛成されている(瀬木・ 前掲357頁)。
瀬木判事は、債権者が、被保全権利の保全のために選択すべき適切な仮処分
修正申立制限説
修正申立制限説は、原則として、申立制限説と方向性を一にするが、被保全 権利とこれについてどのような保全の方法が必要であるかが明らかである限り、
仮処分の具体的方法の提示は必要ではないが、被保全権利と保全の必要性から 客観的に判断されるよりも弱い仮処分の方法が提示され、債権者においてそれ 以上の仮処分を求めない趣旨が明らかである場合には、裁判所もこれに拘束さ れるとする見解である 。
この説は、債権者が仮処分の具体的な方法を提示してきた場合には、それ以 上の仮処分を求めない意思であるし、提示してこない場合には、自己の主張す る被保全権利と保全の必要性の範囲において仮処分の目的を達するに必要な具 体的処分を裁判所の裁量に委ねたものであるとする。その理由付けとして、こ の説は、仮処分の方法は、これを構成する被保全権利と保全の必要性に基づい てその種類、内容が相関的に定まらざるをえない関係にあるから、被保全権利 と保全の必要性が明らかである限り裁判所において保全の目的を達するのに必 要な具体的処分を定めることは不可能ではないし、また、債権者としては、被 保全権利と保全の必要性についての処分の自由を有し、これによって裁判所の 定める具体的処分に影響を与えることができることにかんがみれば、被保全権 利と保全の必要性をそのままにして仮処分の方法を特定して提示することも否
の種類を誤っている場合等、実務上、申立ての趣旨には縛られないが、目的に は拘束される場合があるとする。その具体例として、債権者が不動産の占有使 用妨害禁止の仮処分命令の申立てにおいて、実際には債務者が既に占有を侵奪 していたり、あるいは債権者ではなく債務者が占有者であるとみるべき場合、
裁判所は申立ての趣旨にとらわれずに明渡断行の仮処分を発することが可能で あるとされる(瀬木・前掲357頁)。
太田・ 前掲実務法律大系74頁、栂・前掲148頁、松浦馨・日比野泰久「保全命 令と民事訴訟法186条」松浦馨・三宅弘人『基本法コンメンタール民事保全法』
(日本評論社、1993)160頁。
定すべき理由はないと指摘している 。
また、同説は、債権者があらかじめ仮処分の具体的内容を特定することが困 難である場合もあり、そのような場合に申立ての目的の範囲内で裁判所が裁量 をもって保全命令を定めるとする 。
上記の説と趣を異にする説として、つぎの説が主張されている。
当事者による救済創造保障説
これら申立制限説、提案説、折衷説は、旧法時代から激しく議論されてきた のであるが、近年、これらの説に対し、「救済法の視座」から民事訴訟法246条 と民事保全法24条の相互関係を捉えなおす「当事者による救済創造保障説」が 主張されている 。
この説は、他説が当然の前提としている民事保全手続における民事訴訟法246 条の適用について、これを直接介在させるべきではないとする。その理由とし て、民訴246条の準用といっても民事保全手続の性格からくる変容を必然的に 受けているのであり、実質的にみた場合に民訴246条の果たしている役割は必 ずしも大きくないので、「救済法の視座」に基づく民事保全手続独自の観点か ら、直接的に当事者による仮の救済形成過程へのかかわり方のルールを考える ほうが妥当ではないかと指摘する。
この説は、以上のような視点から、まず、仮処分手続の特質について、仮処 分事例の無限の多様性、救済方法の多様性、最適な救済方法の緊急的状況に対 する依存性、及び、最適な仮処分内容の時の経過に従った可変性を有する手続 であると指摘する。
太田・前掲実務法律大系74頁。
松浦・日比野・前掲保全命令と民事訴訟法186条160頁。
川嶋四郎「仮処分の方法についての覚書」竹下守夫先生古稀記念論文集『権 利実現過程の基本構造』(有斐閣、2002)396頁以下参照。
仮処分の特質についてこのように捉えたうえで、同説は、まず、仮処分の方 法の選定に際して、裁判所は、事件を知悉している当事者に仮処分の方法を提 示できる機会を保障しなければならないとする。すなわち、柔軟な審理手続で ある仮処分決定手続において、書面審理、審尋(債権者審尋、債務者審尋、簡 易な証拠調べとしての審尋)、任意的口頭弁論などの手続を活用して、仮処分 の方法の形成を行わなければならない。その際に、「救済法の視座」からは、
特に、単に結果すなわち命じられた具体的な仮処分の方法だけではなく、手続 過程自体もまた救済の過程であることに留意しなければならないとする。また、
他説において提示された当事者の申立てを超える仮処分の方法を決定してはな らないという、いわば申立主義の「消極的な救済制限機能」にとらわれるので はなく、裁判所がいかなる手続運営を行うべきであるのかを手続課題として位 置づけ、手続過程の一齣一齣が手続結果の満足をもたらすように民保24条を活 用すべきであるという「事件依存的な最適手続を通じた積極的な救済拡張機能」
を考えるとする。特に、この説は、この「事件依存的な最適手続を通じた積極 的な救済拡張機能」によって、例えば、申立ての趣旨として全く具体的な仮処 分の方法を記載せず手続過程を通じた仮の救済内容の段階的特定を可能にする 手続や、いわゆる抽象的差止請求を記載した申立ての趣旨を、手続過程を経て 徐々に具体化できる手続等でさえ、従前からの債権者債務者関係の状況如何で 許され、ただ、その場合には、債権者が個別事件類型において、通常考えられ る具体的な仮処分の方法とは異なる申立ての趣旨を提示した(あるいは全く提 示しなかった)場合には、なぜそのような方法を選定したかについて、債権者 は、説明責任を果たさねばならず、この説明責任を果たすことができなかった 場合には、裁判長は補正を命じ、補正がなされないときは、その申立てを却下 することができるとする。さらに、この説は、「救済法の視座」から考察する と、民保24条の前提的な含意として、同条は、基本的には、個別具体的な事件 において、裁判所が最適な仮の救済を可能にするために、当事者に対する不意 打ちの防止・ 手続保障を確保するためのプロセス創造義務を課した規定である
と考えることができ、裁判所がその義務を果たした場合にはじめて、裁判所に よる状況適合的な仮の救済決定を行うことが正当化されることになり、立法者 が、仮処分命令手続においてわざわざ同条の規定を設けた趣旨に即応し、かつ、
結果的には、民訴246条を民事保全手続に準用した以上に強く当事者の手続自 治・ 救済自治を保障するものといえるであろうと指摘する。
以上のように、当事者による救済創造保障説は、他説と異なり、民保24条に 仮処分事件の特質に即して個別事件の具体的救済を形成すべき裁判所の責務を みいだす点にその最大の特徴があろう。
第三節 判例及び実務
つぎに、判例及び実務の取扱いについてみたい。
1 判例(旧々民訴法758条1項に関するもの) 提案説?
リーディングケースとされるものに、大判大正14年4月23日 がある。
本件は、被上告人(被控訴人、債権者)が自己の所有する田地を上告人に賃 貸したところ、上告人が大正11年度の賃料を支払わなかったため契約を解除し た。その後、被上告人は自己耕作の目的を持って農夫を雇い入れ米作の準備を して鋤耕をなしたのであるが、上告人が当該土地に侵入し耕作をなそうとした。
そこで、被上告人は、旧々民訴第760条に基づいて本件土地に対し耕作をなす ことを禁止する旨の仮の地位を定める仮処分を求めた。これに対し、神戸地裁 洲本支部は、保証を立てさせた上で、「本件土地に対し耕作その他一切の使用 収益をなすことを禁止し、かつ、当該土地を現状のまま当庁執達吏に占有させ、
債権者にこれを使用収益させる」旨の仮処分を命じた。上告人は、本件仮処分 の申請の趣旨は上告人の耕作禁止を求めるものであり、それ以上の命令を裁判 所に求めるものでないところ、この申請に対しては耕作禁止のみの決定を下す
民集4巻188頁。
ことが可能であるにもかかわらず、受訴裁判所はなぜか更にすすんで多くのほ かの積極的措置を各関係者になすべきことを命じたことは、申立ての目的を達 するに必要なる処分ではなく、必要以上過度の処置を命じたる不当な決定であ り、明らかに旧々民訴758条第1項に反するとして上告した。
これに対し大審院は、「仮処分申請人の申請の趣旨に反しない範囲において、
その自由な意見を以って申請の目的を達するに必要な処分をなすことを得べき ことは、民訴758条1項の規定から明らかである」と論じた上で、神戸地裁洲 本支部が、債権者らの所有権に対する妨害行為の継続を理由として、保証を立 てさせた上で「本件土地に対し耕作その他一切の使用収益をなすことを禁止し、
かつ、当該土地を現状のまま当庁執達吏に占有させ、債権者にこれを使用収益 させる」旨の仮処分を命じたが、これは「被上告人の申請の目的を達するため 必要な処分としてなしたものというべきであり、その申請の趣旨に反するもの ではなく、その一定の申立てと符合しない点があっても不法ではない」と判示 し、「裁判所ハ仮処分申請ノ趣旨ニ反セサル範囲内ニ於テ其ノ目的ヲ達スルニ 必要ナル処分ヲ為スコトヲ得ルモノニシテ申請人ノ申立ニ覊束セラルルモノニ 非ス」として提案説に立つことを明らかにしたといわれている 。
その他の判例(長崎控判大正5年6月3日 、大判昭和12年11月25日 及び 最判昭和28年1月30日 )は、仮処分申請の趣旨に反しない範囲内において自 由な意見に基づき仮処分の目的を達成するのに必要な処分をすることができる としており、提案説と採れる表現をとっているが、具体的事案に即してみると、
ほとんどは発令された仮処分の具体的内容が債権者の申立ての範囲内にあると 見うるものであるか、あるいは、これを越えて発令された仮処分をなんらかの
奈良・前掲注解民事執行法193頁、藤田・前掲注解民事保全法264頁、栂・前 掲147頁。
新聞1136号25頁。
新聞4221号11頁。
最判集民8号1頁。
事由で取り消すものであり、確定的な先例としての意義を持つものとはおもわ れないとする指摘がある 。
したがって、現在、判例が提案説に立っているとは一概にはいえない状況に ある。
2 実際の裁判実務 申立制限説(?)
仮処分の申請については、「裁判所において適切かつ迅速な審理を行うため には債権者が求める具体的な処分内容が提示される必要があるという理由から、
具体的に申請の趣旨を明らかにさせていた」とされる 。また、仮処分命令を 決定で発する場合には、債権者に面接して、仮処分の申立ての趣旨を裁判の主 文と一致するように訂正させる取扱いが行なわれているといわれる 。
申し立てられる仮処分の具体的内容よりも量的により少ないか、あるいは質 的により弱い内容の仮処分命令を発令する場合には、債権者の申立てを一部却 下する旨を主文に表示するのが一般的な取扱いである 。
このような実務の取扱いは、提案説によっては説明できないものであり基本
奈良・前掲注解民事執行法264頁。
山崎潮『新民事保全法の解説』(金融財政事情研究会、増補改訂版、1991)225 頁。
栂・前掲147頁、奈良・前掲吉川還暦317頁注 、西山・前掲保全処分概論158 頁注 、柳川・前掲保全訴訟287頁、藤田・前掲注解民事保全法264頁、田近・
前掲143頁、東京地裁保全研究会編『民事保全の実務』〔山本剛史〕(社団法人民 事法情報センター、1992)108頁、丹野・前掲249頁、奈良・前掲注解民事執行
法 193頁、野村・前掲裁判実務大系393頁、同・前掲白川古稀512頁。佐藤・
前掲102頁、瀬木比呂志監修『エッセンシャルコンメンタール民事保全法』〔柴 田義明〕(判例タイムズ社、2008)198頁。
野村・前掲裁判実務大系393頁、同・前掲白川古稀512頁。
的には申立制限説の立場にそった運用がされてきたとする指摘もある 。 以上のことから、判例及び実務の取扱いも、申立制限説、提案説のいずれか に立脚しているとは、明確にはいいきれないといえよう。
3 立担保(民保4条、14条)
立担保について、旧法は、保全すべき権利あるいは権利関係又は保全の必要 性について疎明がないときでも、裁判所は、裁量により、担保を立てさせて仮 差押命令ないし仮処分命令を発令することができると定めるとともに(旧々民 訴541条2項、同756条)、これらの疎明がある場合でも、担保を立てさせて発 令することができると定めていた(旧々民訴741条3項、同756条)。しかし、
疎明を担保で補うという考え方は、不当であり、仮処分命令の発令にあたって 要件の疎明さえも不要とするのは、債権者に担保を立てさせるとしても不適切 であることから、疎明のない申立ては却下すべきであるとの考え方が実務の大 勢であった。他方、被保全権利や保全の必要性の疎明があったとしても、将来、
保全命令が取り消されるなどにより債権者が債務者に対し、損害を賠償すべき 事態が生ずることは自明のこととされていた。
そこで、民事保全法は、このような旧法下の実務を明文化し、保全命令の発 令に当たって、被保全権利と保全の必要性の疎明があることを要件とした上で
(民保13条2項)、担保を立てさせるか否かの判断を、旧法下と同様、裁判所の 裁量に委ねることとしたものである 。
まず、担保額の決定についてであるが、これについては、裁判所の裁量に任
竹下・藤田・前掲注解民事保全法264~265頁、山本(剛)・前掲民事保全の実 務106頁、特に108頁。
瀬木比呂志監修『エッセンシャルコンメンタール民事保全法』〔倉地真寿実〕
(判例タイムズ社、2008)118頁。
せられている(同14条1項)、 。担保を立てさせないで保全命令を発するこ とは、交通事故における損害賠償のいわゆる仮払仮処分の例を除けば、実務上、
ほとんどないといわれている。
つぎに、損害額算定の基準と方法についてであるが、保全命令の担保は、違 法・不当な保全処分の執行によって債務者が被るであろう損害を担保するもの である。ここでいう違法・不当な保全処分の執行とは、被保全権利や保全の必 要性がなかったのに保全命令が発令・執行された場合のほか、執行手続に違法 があった場合も含む。また、債務者の損害には、保全命令の執行により債務者 の権利行使や管理処分が妨げられたことにより生ずる損害のほか、債務者が違 法・不当な保全処分を避けるために仮差押解放金額を供託したり、保全異議・
取消し等の手続をとったために生ずる費用も含む。さらに、違法・不当な保全
西山・前掲110頁、東京地裁保全研究会編『民事保全の実務[新版]下』〔齋 木教朗〕(きんざい、2003)3頁、山崎潮監修『注釈民事保全法』〔瀬木比呂志・
倉地真寿美〕(きんざい、1999)219頁、原井龍一郎・河合伸一『新訂版実務民 事保全法』(商事法務、2002)190頁、内田武吉『民事執行・保全法要説』〔出口 雅久〕(成文堂、1995)194頁、中田淳一編『保全処分の体系〔上巻〕』〔宮崎福 二〕(法律文化社、1965)、佐藤歳二『実務保全・執行法講座〔債権法編〕』(民 事法研究会、2006)104頁、生熊長幸『わかりやすい民事執行法・民事保全法』
(成文堂、2006)317頁、倉地・前掲エッセンシャルコンメンタール民事保全法 118頁、上原敏夫・長谷部由起子・山本和彦『民事執行・保全法』(有斐閣、第 2版、2006)271頁、中野貞一郎『民事執行・保全入門』(有斐閣、2010)291頁、
土屋文昭「民事保全における担保」中野貞一郎・原井龍一郎・鈴木正裕編『民 事保全講座第2巻』(法律文化社、1996)88頁。
大判昭和12年11月25日大審院判決全集4輯22号28頁は、「仮処分ニ於テ、裁判 所ガ申請人ニ立ツルコトヲ命ズル補償ノ額ハ、事件ニ於ケル諸般ノ事情ヲ斟酌 シタル上之ヲ定ムルモノニシテ、専ラ裁判所ノ自由裁量ニ任サレタルトコロト ス。従テ其ノ額ノ確定ガ実験則ニ反シ不当ナリト認メラレルガ如キ場合ニ非ザ ル限リ、担保額ノ高低ヲ批議スルハ上告適法ノ理由ト為ラザルモノトス」と、
判示する。
処分が発令されたことにより債務者がその信用を毀損されたり、精神的苦痛を 受けたことによる損害も含まれると解される。
保全命令の担保は、濫用的な保全命令の申立てを抑止したり、債務者無審尋 での迅速な発令を正当化する機能をも有しているといえる。
特に、―損害額算定の一般基準 については、前述したとおり、損害額は、
裁判所の裁量によって定めれるが、その際には、①保全命令の種類 、②保全 目的物の種類、価額 、③被保全権利の種類、価額 、④債務者の職業・財産・
名古屋地判昭42年5月12日判時491号66頁は、保全処分における保証は、保全 処分によって債務者に生ずるであろう損害を担保する性質を有し、その額は、
被保全権利の価額、保全の対象物の価額、疎明の程度、債務者が蒙ることの予 想される苦痛の程度、その他諸般の事情を斟酌して決定されるものであると判 示する。
現状の変更を生じない仮差押え、処分禁止の仮処分の場合よりも、現状の変 更を生ずる仮の地位を定める仮処分の方が、違法・不当な民事保全により債務 者が被る損害額が大きくなると考えられるから、担保額が高額となる(東京地 裁保全研究会編『民事保全の実務[新版]下』〔齋木教朗〕(きんざい、2003)
3頁)。なぜなら、現状凍結がその目的であるものに比べ、現状を変更する仮の 地位を定める仮処分は、一般的に債務者に与える影響が大きく、また、(可能で あるとしても)原状回復に費用と時間がかかることから、一般的には、担保の 額をより高くせざるを得ないと考えられ、事案毎に設定される(山崎潮編『民 事保全の基礎知識』〔高瀬順久〕(青林書院、2002)151頁)。不動産の占有移転 禁止を命じる仮処分では、原則的には、他に賃貸できないことで失う利益を基 準として担保額を算定することになるが、特に、債務者の使用を許さない旨を 命じる場合には、この損害のほか、債務者自身が目的不動産を使用できないこ とによる損害をも考慮して、担保額を決めることになる(丹野達・青山善充編
『裁判実務大系第4版民事保全法』〔大竹たかし〕(青林書院、1999)65頁)。
仮差押えの目的物が、不動産等である場合には、債務者は任意処分を禁止さ れてその転売利益(目的物価額の2割前後)を喪失するから、担保額は2割前 後を中心としつつ、他の諸要素によって増減される。仮差押えの目的物が、営 業用動産、給与債権、預金債権であるような場合には、取引中止、解雇、期限
信用状態その他の具体的事情に即した予想損害 、⑤被保全権利や保全の必要 性の疎明の程度 、などが総合的に考慮される 。
なお、裁判実務においては、上記①~③の定型的要素の組合せによって、担 保額の基準表(一定の幅をもたせたもの)を作成している庁が多く、裁判官は、
それらの基準表を参考にしながら、事案毎に、④及び⑤を総合考慮して、裁量 により担保額を決定している 。
の利益喪失など深刻な影響を受けるので、被保全権利や保全の必要性が慎重に 検討され、不動産の場合よりも担保額が高額となる(齋木・前掲3頁)。
例えば、手形・小切手債権のように、累計的に疎明が容易で、その存在の蓋 然性が高い権利を被保全権利とする民事保全命令の担保額は、低い。他方、類 型的に疎明が容易ではなく、その存在の確実性に劣る権利(たとえば、特殊不 法行為による損害賠償請求権)を被保全権利とする民事保全命令の担保額は、
高くなる(齋木・前掲4頁)。
同じ預金仮差押えや動産仮差押えであっても、債務者が営業主である場合に は、取引金融機関に対して期限の利益を喪失する等して致命的な打撃を受ける から、担保額は高くなる(齋木・前掲4頁)。
被保全権利が同じ貸金債権であっても、債務承認文書があったり、内容証明 郵便による催告がされているのに、債務者が、なんら異義を述べていないよう な場合には、被保全権利の疎明の程度が高く、担保額が低くなる。他方、過払 利息の元本充当の抗弁が高度に予想される高利の継続的な貸金債権であるよう な場合には、担保額も高額になる(齋木・前掲5頁)。
齋木・前掲 3頁。
長井澄・山口和男・前田絢一「東京地裁保全部の事件処理の現況」判タ238号 2頁、藤原弘道・香山高秀・奥林潔「最近における大阪地方裁判所保全部の事 件処理の実情1」判タ341号39頁など参照。不動産の占有移転禁止を求める仮処 分事例において、債務者使用の場合には、月額賃料の3~6%、借地権価格ま たは借家権価格の5%、執行官保管の場合には、月額賃料の24%、借地権価格 または借家権価格の10~20%、債権者使用の場合には、月額賃料の36%、借地 権価格または借家権価格の20%~30%、明渡しの場合には、月額賃料の36%、
借地権または借家権価格の30%以上が、その担保額となるとされる(塚原朋一・
仮処分の方法との相関関係から考察すると、提供されるべき担保の額は、② 保全目的物の種類、価額、③被保全権利の種類、④債務者の職業・ 財産・信用 状態その他の具体的事情に即した予想損害、⑤被保全権利や保全の必要性の疎 明の程度が、同程度であると仮定した場合、当事者が申し立ててきた、①保全 命令の種類との関係で決せられるものと考えられる。
4 生活妨害の差止め及び知的財産権侵害の差止めを求める仮処分に関する判 例
以上の学説、判例及び実務の取扱いをふまえて、生活妨害及び知的財産権侵 害の差止仮処分を求めた具体的事例の検討をおこなう。
―生活妨害の差止めを求める仮処分に関する判例
・熊本地決平成7年10月31日
債権者が、「債務者は、別紙物件目録(一)記載の各土地上において、産業 廃棄物の最終処分場を建設し、使用、操業してはならない」とする処分場建設 禁止等の全面禁止を求める申立てをしたのに対し、裁判所は、「債務者は、埋 立予定地内に保有水及び雨水等の埋立地からの浸出を防止することができるしゃ 水工を設置しない限り、別紙物件目録(一)記載の各土地上において、産業廃 棄物の最終処分場を建設し、使用、操業してはならない」とする仮処分命令を 発令した。
羽成守『民事保全の申立手続と審理・執行』〔羽成守〕(ぎょうせい、1994)118 頁以下)。
判タ903号241頁・判時1569号101頁。その他、生活妨害の差止めを求める仮処 分手続において旧758条を適用した判例として、横浜地決昭和47年3月17日判時 674号94頁(日照権に基づく建設差止仮処分事例において、5階以上の建設工事 を中止することを命じた事例)、水戸地決平成11年3月15日判タ1053号274頁
(産業廃棄物の処分場の建設禁止を全面認容)等がある。
本決定は、債権者の申立てに対し、埋立予定地内におけるしゃ水工の設置を 処分場建設の条件として、これを仮処分申立ての認容主文において明示してい る。この決定も、従前の判例と同じく、債権者の申立ての範囲内で仮処分命令 を発令しており、債権者の申立てを一部認容、一部却下するという取り扱いを 行なっている点で、申立制限説に立つようにも解せられる 。
しかし、本決定における債権者の申立てにおける具体的内容は、産業廃棄物 の最終処分場を建設、使用、操業してはならないとする全面禁止という強い仮 処分を求めるものであり、侵害の防止措置について具体的な方法を特定して申 立てたものではない。
したがって、本決定に際しては、債権者が申し立てた具体的な仮処分の内容 と裁判所が考える最適な仮処分の方法との間の齟齬という問題は生じず、申立 てと主文を一致するように訂正するという実務上の取扱いは行なわれていない と推測しうるが、本決定が、結論として提案説を採用したものか、申立制限説 を採用したものかは明らかではなく、本決定における民保24条の適用の射程な どについても依然として不明確なままである 。
立担保に関して、裁判所は、本件については、結論として、その事案に照ら
本決定において、裁判所が具体的措置を命じるのではなく、侵害防止措置に 対する債務者の選択権を尊重し、しゃ水工の設置という条件を提示するにとど まっている点については、生活妨害の特徴と実体法上の構造を考慮したものと して評価することができよう。
さらに、本決定については、民保24条を適用したのではなく裁判所の裁量に よって具体的な防止措置が命じられていないところから、申立てに対し単に一 部認容する決定を下したに過ぎないと解することもできる。前述した判タ903号 241頁においては、参照条文として民保24条が挙げられていたが、判時1569号101 頁では民保24条が参照条文として挙げられていない。このような判例集におけ る異なる取り扱いは、本決定における民保24条の適用如何についての見解の相 違をあらわしているとも考えられきわめて興味深い。
し、担保を立てさせないで、認容すると判断する。その他の事例(横浜地決昭 和47年3月17日判時674号94頁。水戸地決平成11年3月15日判タ1053号274頁)
に掲載されている生活妨害の差止仮処分は、いずれも担保を立てさせないで発 令されている。
―知的財産権侵害の差止めを求める仮処分に関する判例
・東京地決平成14年4月11日
同事件の事案を簡略にまとめるならば、被告が提供する電子ファイル交換サー ビスにおいて、利用者が、それぞれクライアントソフトをダウンロードし、こ れを利用することによって、利用者のパソコンの共有フォルダ内の電子ファイ
判時1780号25頁。本件サービスの具体的内容については、牧野利秋「ファイ ル・ローグ事件仮処分決定と複数関与者による著作権侵害(上)」NBL750号19 頁以下、牧野利秋・飯村敏明『新・裁判実務大系著作権関係訴訟法』〔牧野利秋〕
(青林書院、2004)352頁、和久田道雄「最近の著作権判例について」コピ502号 20頁以下、岡邦俊「続・著作権の事件簿 音楽CDの複製ファイルをピア・ツー・
ピア方式によって交換させるネットサービスは違法-「ファイルローグ」事件・
東京地裁平成14.4.11仮処分決定(上)」JCA ジャーナル第49巻12号70頁以下、
金炳学「判例研究・音楽ファイル事件第一審判決」法政72巻1号163頁、大渕哲 也編『知的財産法判例集』〔横山久芳〕(有斐閣、2005)287頁、岡村久道「間接 侵害 -P2P ファイル交換」中山信弘ほか編『著作権法判例百選』(有斐閣、
第4版、2010)192頁、紋谷暢男編『JASRAC 概論』(日本評論社、2009)185頁 を参照されたい。P2P と関連する論稿は、多岐にわたるが、さしあたり、田村 善之『知的財産法』(有斐閣、第5版、2010)473頁、角田政芳・辰巳直彦『知 的財産法』(有斐閣、第5版、2010)342頁、中山信弘『著作権法』(有斐閣、
2008)221頁、茶園成樹「違法配信からの録音・録画」ジュリ1405号85頁、佐藤 義幸『知財デューデリジェンス』(商事法務、2010)552頁、作花文雄『詳解著 作権法』(ぎょうせい、第4版、2010)633頁、河野俊行編『知的財産権と渉外 民事訴訟』〔櫻井成一郎〕(弘文堂、2010)379頁、高林龍編『著作権ビジネスの 理論と実践』(成文堂、2010)329頁以下等を参照されたい。
ルが送信可能化状態におかれた後に、同ファイルが利用者間で交換され、各著 作権者から音楽著作物の管理の信託を受けた原告の管理著作権が侵害されたと いう事案である。
本件において、債権者は「債務者は、「別紙楽曲リスト記載の各音楽著作物 につき、自己が運営する「ファイルローグ」(File Rogue)という名称の電子 ファイル交換サービスにおいて、MP3形式によって複製された電子ファイル を送受信の対象としてはならない。」とする申立てをしたのに対し、裁判所は、
「債務者は、債務者が「ファイルローグ」(File Rogue)という名称で運営す る電子ファイル交換サービスにおいて、MP3形式によって複製され、かつ、
送受信可能の状態にされた電子ファイルの存在及び内容等を示す、利用者のた めのファイル情報のうち、ファイル名及びフォルダ名のいずれかに別紙楽曲リ ストの「原題名」欄記載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベッ トの大文字及び小文字等の表記方法を問わない。)及び「アーティスト」欄記 載の文字(漢字、ひらがな、片仮名並びにアルファベットの大文字及び小文字 等の表記方法を問わない。姓又は名のいずれか一方のみの表記を含む。)の双 方が表記されたファイル情報を、利用者に送信してはならない」という仮処分 命令を下した 、 。
50 その後、本件については、本案訴訟として、東京地判平成15年1月29日判タ 1113号113(中間判決)、東京地判平成15年12月17日判タ1145号102頁、東京高判 平成17年3月31日岡村・前掲192頁において、いずれも、差止請求が認められて いる。詳しくは、金・前掲判研163頁以下参照。
51 知的財産権侵害訴訟の判決主文については、高林龍「工業所有権関係の主文 例」『裁判実務大系第九巻工業所有訴訟法』(青林書院、1985)17頁以下、沖中 康人「知的財産権侵害訴訟の請求の趣旨及び主文」牧野利秋・飯村敏明編『新・
裁判実務大系第4巻知的財産関係訴訟法』(有斐閣、2001)40頁以下、櫻林正巳
「著作権訴訟の主文例と差止対象の特定」斉藤博・牧野敏秋編『裁判実務大系第 27巻知的財産関係訴訟法』(青林書院、1997)17頁参照。また、商標権に基づく
本決定は、本件ファイル交換サービスに対して、債権者が管理を信託された 音楽ファイルの送受信の全面的差止めを求める債権者の仮処分の申立てに対し、
裁判所が、債権者の申立ての範囲内において一定の条件を付して音楽ファイル の送受信の差止めを認めたものであり、提案説を採るものではないと推測され るが、申立制限説、修正提案説、修正申立制限説のいずれを採用しているのか という点については、明確でない。
しかしながら、本件は、その事案の特徴として、被告が、直接、原告の管理 下にある各著作権を侵害するのではなく、利用者間だけの電子ファイルの送受 信によって各著作権が侵害されており、このような著作権侵害行為を防止する ためには、被告による利用者へのクライアントソフトの提供の差止め、被告サ イトへのインターネット接続の差止め、フィルタリングによる著作権該当ファ イルの逐次削除など、その防止方法が複数存在しているという事情がみてとれ る。
ここでは、被侵害者は、侵害発生のメカニズムについて関知することができ ず、どのような侵害防止措置が有効であるのかという点について特定して請求 することが困難であり、侵害者側の防止措置に対する選択権を保障しなければ ならないという点で、生活妨害の抽象的・ 包括的差止めとの共通性を有してい る 。
差止めの特定については、塩月秀平「商標権に基づく差止請求権」判タ1062号 96頁、著作権に関する特定については、富岡英次「著作権侵害による差止請求 権」判タ1062号127頁。知的財産権の差止仮処分の主文については、小坂志磨夫
「無体財産権等に関する仮処分」『保全処分主文の実務的研究』(第一東京弁護士 会司法研究基金運営委員会、1975)737頁以下を参照されたい。
同事件においては、両当事者がともに生活妨害の抽象的差止請求を適法と解 した横田基地訴訟を引用しつつ、本件サービスにおける侵害結果の防止措置の 選択義務・選択権は、当事者のいずれに帰属するのかという点が、差止請求の 対象確定の主たる争点として争われたものであり、知的財産権侵害訴訟におい
立担保に関して、裁判所は、本件については、担保額の算定基準に関する判 断を示すことなく、結論として、債権者が本決定送達後7日以内に金5000万円 の担保を立てることを条件として、本件仮処分命令を認容している 。
なお、音楽レコード会社18社が、同様の仮処分を申請について申し立てた事 案において、裁判所は、一律に、本決定送達後7日以内に金100万円の担保を立 てることを条件として、仮処分申請を認めているが、それぞれの担保額の算定 方法については、示されていない 。
立担保の額に関しても、その根拠とされる考慮要素及び金額の算定に当たる 説示が仮処分発令の理由において明示される必要があるのではなかろうか。特 に、債務者側が、仮処分命令の発令に際し、それに供されるべき担保の額が著 しく低額である場合、または、担保を立てさせないで発令された場合、これに 対し、保全異議(民保26条) を申し立てようとする際に、裁判所が下した立
ても、この点を考慮する必要があることを示したはじめての判例であるといえ る。
なお、後に提起された本件本案訴訟における損害賠償の額について、裁判所 は、本件サービスが運営されていた期間である平成13年11月1日から平成14年 4月16日までに同サービスによって JASRAC が被った使用料相当の損害額を、
2億7932万8000円とし、著作権法114条の5〔相当な損害額の認定〕を適用して、
概ね、10分の1に相当する3000万円をもって使用料相当損害額と認めるのが相 当であると判示した(東京地判平15年12月17日判時1845号36頁)。
東京地決平14年4月9日判時1780号71頁。本件に関しては、各音楽レコード 会社の楽曲保有数、市場占有率等を考慮することなく、一律に同額の担保を立 てさせる旨を命じているが、その算定方法については、著しく不透明であるた め、おおいに疑問があり、また、これら音楽レコード会社に対して命じられた 担保額の総額は、JASRAC に対して命じられた担保額と大きな隔たりがあるた め、これら担保額間の相関関係も合理的に説明することができない点、理論上、
問題点があると考える。
保全異議の理由として、保全命令がその形式的要件または実体的要件を欠い ていることがあてはまる。すなわち、管轄違い、担保額が低すぎること、解放
担保の金額の根拠及び金額の算定基準が不明であるとすれば、債務者側に、担 保の根拠及び担保額に対する合理的な異議事由を要求することは、難しいと考 えられる 。
第四節 諸説についての若干の検討
以上を前提とした上で、諸説について検討をくわえたい。
申立制限説
申立制限説は、民訴246条の適用を最も強く認めることにより、仮処分の方 法について、当事者にイニシアチブを与えることにより民事保全手続における 当事者権の確立を促す反面、裁判所に対しその裁量権の限界を課すことによっ て無制限な裁量を認めずその制限を課す説として評価できよう。
しかし、申立制限説に対しては、裁判所が当事者の提示してきた仮処分の具 体的方法に拘束されるとすると民保24条の意味はほとんど失われるか、債権者 が用いた形式的な文言には拘束されないというだけの意味に変容することにな り、裁判所の裁量権が実質的な意味を失うとの批判がなされている 。
金の金額が高すぎること、保全命令の内容の不当性、被保全権利または保全の 必要性の不存在、仮差押えの目的物が差押禁止財産であることなどが、異議事 由となる(佐藤歳二『実務保全・執行法講義〔債権法編〕』(民事法研究会、2006)
472頁)。
保全異議の審理についても処分権主義が妥当し、債務者が保全命令の一部に ついて異義を申し立てているときは、審理もこの部分に限られるとされる(山 崎潮監修『注釈民事保全法』〔中山幾次郎〕(きんざい、1999)373頁)。
太田・前掲実務法律大系75頁、瀬木・前掲357頁。申立制限説に対するこのよ うな批判について、藤田裁判官は、申立制限説の立場にたっても仮処分の具体 的内容を定めるについて、裁判所の裁量権が作用し機能する場面があると反論 される。すなわち、仮差押えと異なり仮処分には極めて多くの類型があり、そ れぞれの類型ごとの仮処分の具体的内容も複雑且つ多様である。したがって、