プロダクト イノベーション
地域資源の有効活用による魚醤類の開発と商品化
古典発酵に学び新商品を創る : 「温故創新」
* 1 福井県食品加工研究所,* 2 株式会社室次,
* 3 有限会社もりやま,* 4 有限会社片口屋
宇多川 隆 *
1,白﨑裕嗣 *
2,森山外志夫 *
3,片口敏昭 *
4日本は有数の海洋国で,漁獲高は年間約3〜4百万ト ン(1)で,そのうち可食部分は約50%といわれており多 くの加工残渣が副生している.副生する内臓には良好な タンパク質が含まれており,その有効活用を図ることは 多くのタンパク源を輸入に依存するわが国においては重 要な課題である.北陸地区には多くの魚加工場があり,
さまざまな副産物が生成している.これらの副生物は有 償で廃棄処分されているものが多く,事業者にとっての 課題でもあった.今回新たに開発した新魚醤製法(速醸 法)は,コンパクトな設備で相当量の魚醤を生産するこ とができ中小企業者には有利な方法である.速醸法を利 用し福井県のサバ,ニシン,石川県のメギス,富山県の ブリの加工副生物を原料とする魚醤類およびその関連製 品を開発し,地域の特徴ある商品を提供するに至ったの で紹介する.
魚醤は魚を原料とするアミノ酸系の調味料で,タイの ナンプラーやベトナムのヌックマムなど東南アジアでは 広く使われている.魚を飽和に近い塩に漬け込み長期間 発酵させることによって生産されている.発酵期間中 に,主に魚の自己消化酵素によってタンパク質を分解し てアミノ酸やペプチドを遊離してうま味や風味を呈する ようになる.醤油もアミノ酸系の調味料であるが原料は 大豆と小麦であり,添加する麹菌の酵素によってタンパ ク質が分解されアミノ酸を遊離する.両者とも旨みの主 役はグルタミン酸などのアミノ酸であるが,約20種類 のアミノ酸は醤油と魚醤では異なった比率で含まれてお り異なる風味を呈する.図
1
に示すように醤油にはうま 味成分であるグルタミン酸などの酸性アミノ酸が多く含 まれているが,サバ魚醤には塩基性アミノ酸であるリジ ンやアルギニンが多く含まれている.バリンやロイシ ン,イソロイシンなどの必須アミノ酸も魚醤には多い.魚醤の歴史は古く,古代ローマ時代にはサバやカツオ
などの内臓を原料とした「ガルム」と呼ばれた魚醤が生 産され調味料として使用されていたことが知られてい る.現在ではイタリアのチェターラという小さな漁村で
「コラトーラ」と呼ばれる魚醤がアンチョビを原料にし て作られている.
東南アジアでは主にカタクチイワシ(アンチョビ)が 原料として用いられ,温暖な気候を利用して一年を通じ て生産されている.韓国の魚醤(チョッカル)は小エビ やカタクチイワシを原料として生産されており,キムチ をつける際の重要な調味料となっている.
日本ではハタハタなどを原料とする秋田県の「しょっ つる」やイカの内臓やイワシを原料とする石川県の「い しる」
,香川県のイカナゴの魚醤が古くから調味料とし
て使われており,それぞれの地域の食文化を形成してい る.最近は地域で容易に入手できる原料を発酵して新た な地域特産の魚醤が生産されている(2).しかしながら塩
分濃度が高いことや魚醤特有の臭いなどから一般家庭に はあまり普及していない.一方,東南アジアからは数千 トンとも言われる魚醤が輸入されており(3),さまざまな
調味料原料として使われている.魚醤生産には各地域で豊富に捕獲される魚類が原料と して使われ,発酵期間は数カ月から1年以上かけるもの までさまざまで,長時間発酵したほうが質の良い魚醤が 得られると言われている.
【2018年農芸化学技術賞】
図1■醤油と魚醤のアミノ酸比較
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
1. 速醸魚醤製造法の開発
福井県には,魚を糠につけて保存する方法が江戸時代 から伝わっている.サバを塩漬け処理した後,糠に漬け 込んで数カ月以上発酵して作られる「へしこ」は伝統的 な発酵食品である.糠漬け期間中にペプチドやアミノ酸 などが生成され(4)独特の風味と旨みが醸し出される.
「へしこ」生産の最初の工程は内臓を取り除くことで,
その多くは廃棄されている.われわれはこの副生するサ バ内臓の有効利用を目的に魚醤開発に取り組んだ.
1.1 魚醤生成に関与する酵素の性質
魚醤生産の重要なプロセスであるアミノ酸生成の仕組 みを知るために酵素的な検討を行った.魚の酵素分泌器 官として知られている幽門垂を集め,破砕して酵素を抽 出した.30〜80%硫安分画にて得たタンパク質を透析し て得られた画分を粗酵素液とし,カゼインを基質として タンパク質分解活性を測定した.同時に原料のサバ内臓 に存在する雑菌類の挙動も観察した.
①食塩濃度の影響
カゼインを含む反応液の食塩濃度を0〜20%になるよ うに調製し,30 Cで反応した.図
2
に示すようにタンパ ク質分解活性は食塩濃度が高くなるにしたがって急激に 低下し,食塩濃度20%においては,無添加の場合の 20%程度しか活性を示さなかった.伝統的な製法では発 酵期間中の食塩は飽和(25%以上)の状態にあり,活性図2■タンパク質分解・雑菌増殖に対する食塩・温度の影響
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
魚醤は魚が自己消化することによって得られるア ミノ酸系の調味料で,タイのナンプラーやベトナムの ヌックマムで代表されるように東南アジアでは日本 の醤油のようにさまざまな料理に使われている伝統 的な発酵食品である.魚を高濃度の塩に漬け込み1 〜 2年間発酵させて作られているが,塩分が強いことお よび特有の匂いが受け入れがたく,日本ではあまり 普及していない.今回実用化に成功した「速醸法」
は,魚加工場から出る内臓を原料として,塩を入れ ないで55℃で発酵させることにより,極めて短期間 で発酵を完結させる方法である.サバは1日,ブリで は3日間で発酵は終了する.腐敗防止のための食塩は 生産工程の最後に添加するので,その濃度は自由に変 えることができる.塩を添加しないで生成すると無 塩魚醤ができる.無塩魚醤と醤油を等量ブレンドす ると塩分8 〜9%の減塩魚醤油ができる.また,工程 途中で油を除去することにより油の酸化による不快 臭の生成が抑えられる.
速醸法には上述の減塩および不快臭が少ないこと のほかいくつかの利点がある.①発酵生産性が高く,
コンパクトな設備で相当量の魚醤が生産できる.② 商品化に至ったサバ,ブリ,メギス,ニシンの内臓以 外にも,イワシ,マグロなどさまざまな魚類の加工副 生物が原料になる.また,カタクチイワシなどの小魚 は魚全体を原料とすることができる.③発酵時間が
短いので,発酵中のヒスタミン生成は認められず,
安心安全な魚醤が提供できる.④発酵時には酵母の 生育は認めずアルコールは全く生成しないので,アル コールを口にできないイスラムの方への調味料として 使用できる.⑤魚醤生産副生物には塩が含まれず,塩 分を好まない肥料や飼料として有効利用ができる.
今回確立した速醸法は,主に魚加工場の副生物が 原料であり,従来廃棄されていたものが多く,タン パク質の有効利用という点においても意義のある方 法と考えている.
今回確立した速醸法で得られた魚醤は伝統的な魚 醤と拮抗するものではなく,両者が共に魚を原料と する調味料として利用されることが望まれる.古典 に学び,新たな技術や商品を生み出す工夫が大事で ある.これを「温故創新」と呼んでいる.
コ ラ ム
は極めて弱い状態にあると考えられる.これが魚醤発酵 に長時間を要する一つの要因となっている.しかしなが ら,破線で示したように食塩の添加は魚醤の腐敗(雑菌 の増殖)を防ぐためには必要である.雑菌類は食塩濃度 が低下するに従い急激に増殖するが,10%以上の食塩添 加では抑えられた.ただし,長時間培養すると10%食 塩添加区でも菌の増殖が観察されたので,雑菌の増殖を 抑えるためには15%以上の食塩濃度は必要であった.
②温度の影響
食塩を含まない反応液を30〜60 Cで反応させたとこ ろ,図2で示したように反応温度の上昇と共にタンパク 質分解は活性化され,55 Cの活性は30 Cの場合と比べ ると約3倍強くなることがわかった.さらに破線で示し たように,反応温度を高くすると雑菌類の増殖が抑えら れ,温度上昇と共に死滅することもわかった.すなわ ち,55 Cで発酵すると食塩無添加でも雑菌の増殖が抑 えられ,かつ分解速度が速くなることがわかった.
1.2 無塩高温条件下における魚醤生産
粗酵素を用いて検討した結果に基づき,サバの内臓を 原料とする魚醤の実生産を試みた.すなわち,無塩条件 下でサバ内臓を速やかに55 Cに加温した後に発酵を開 始し,遊離してくるグルタミン酸を分析することによっ て発酵の進捗を確認した.
食塩を添加しないで55 Cで発酵すると速やかにグル タミン酸が遊離し,僅か一日で,従来法では約1カ月間 かけて蓄積したグルタミン酸濃度と同等の濃度に達し た.雑菌の増殖も確認されなかった.
1.3 魚醤の精製
発酵終了後,荒いメッシュにてろ過し,混入している エラや骨などの未分解物を除去した.ろ液を120 Cで20 分間加熱し殺菌と未分解タンパク質を不溶化した後,遠 心操作によって油分を含む軽液部分と未分解沈殿物を除 去して褐色透明な液を分取した.得られた液重量に対し 15%となるように食塩を添加してサバの速醸魚醤を得 た.これらの一連の操作によって,塩分は従来の魚醤よ りも少なく,油の除去によって不快臭の少ない魚醤が調 製できるようになった.本法よって魚醤の生産性は大幅 に向上し,「速醸法」として確立することができた(5〜7)
.
1.4 新旧魚醤生産プロセス比較
図
3
に今まで実施してきたサバ魚醤の従来型生産法 と,新たに開発した速醸法のプロセスの比較を示した.異なる点は発酵時の温度と発酵時間,食塩を添加するタ
イミングおよび油除去の有無である.食塩は最終工程で 添加するので,使用目的に応じて自由に濃度調整するこ とができる.サバ魚醤の場合,食塩濃度を15%として 調製しているが腐敗の心配がない用途においては,食塩 10%以下の魚醤を提供することも可能である.食塩無添 加で精製すると無塩魚醤が得られる.なお,ナンプラー などの伝統的な魚醤生産では高濃度の食塩(25%以上)
存在下,1〜2年の発酵を行っている.また,魚醤分離 後の発酵残差に食塩水を添加して魚醤を抽出する,いわ ゆる2番絞りを行うところもある.
魚醤の味と風味を決定すると考えられているアミノ酸 について,従来法と速醸法で得られたサバ魚醤について 比較した.両者のアミノ酸パターンはほとんど変らない が,速醸法の方が高い濃度を示すアミノ酸が多かった.
従来型の長時間発酵では,いったん生成したアミノ酸が 分解しているのではないかと考えられる.
2. 速醸法の特徴 2.1 高い生産性
発酵速度が早いので,小さな発酵槽を繰り返し使用し ながら相当量の魚醤生産が可能である.このことは設備 投資において有利である.また,発酵速度が速いので生 産条件などの検討結果が短時間で得られ,開発速度を速 めることができた.発酵後のプロセスは図3に示したと おりである.サバ内臓を原料として55 Cで1日発酵し,
塩分15%に調整した魚醤「鯖しょうゆ」は,福井県の 醤油老舗(株)室次により生産販売され,麺つゆやおでん のだし用などに提供されている.
2.2 原料展開
サバ内臓を原料として確立した速醸魚醤生産プロセス をほかの魚類に展開した.
図3■サバ魚醤新旧製法比較
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
〈ブリ魚醤〉
富山湾のブリの内臓を原料とする魚醤開発において は,発酵が完結するまでに55 Cで3日間を要した.内臓 が大きいためと思われたが,ミンチにしてもほとんど速 度は変わらなかった.分離・精製工程はサバに準じる が,ブリの場合分離操作によって得られる油の量が多く その処理に苦労した.原料の40〜50%に達することも あった.濃度15%となるように食塩を添加し滓引きを した後に瓶詰したものが,富山県の醤油老舗(有)片口屋 より商品名「鰤醤」として販売されている.「鰤醤」は 2015年のニッポンブランド名品100に選ばれた.
〈メギス魚醤〉
日本海で捕獲されるメギスは,体調20 cmほどの小さ な魚であるために,メギス加工場で副生するアラから内 臓だけを取り出すことは難しく,すべてのアラを原料と した.したがって,発酵直後のろ過工程においては多く の小骨が分離される.
静置条件で発酵すると18時間目頃から不快な臭が発 生し製品化は困難を極めた.しかし,この不快臭は発酵 時に攪拌することによって消失することを見いだし,メ ギス魚醤発酵には攪拌機付きの発酵槽を用いることとし た.石川県七尾市の(有)もりやまで生産し,「メギス魚 醤こいくち」として販売している.
24時間の静置発酵と撹拌発酵にて得たメギス魚醤の 臭いの分析結果を図
4
に示した.図に示したように,静 置発酵して得た標品からは,トリメチルアミン,プロピ オン酸,酪酸,メチルブタン酸,インドールなど多くの 不快臭成分が検出されたが,撹拌発酵で得た標品からはほとんど検出されなかった.撹拌によって,不快臭成分 が酸化的に分解されたためではないかと考えている.一 方,24時間静置発酵して得たサバ魚醤の分析では,不 快臭成分は検出されず,むしろ香気成分として知られて いるブタナール類の生成が認められた.このように魚種 によって臭気成分の生成に大きな差異のあることが明ら かになった.
〈ニシン魚醤〉
福井の越前海岸には江戸時代より北前舟によって,北 海道から大量のニシンが運び込まれていた.今も産地は 異なるがニシンが導入されており,身欠きにしんなどの 干物が作られている.同時に大量の内臓が副生しており その有効利用が課題であった.ニシンの内臓を原料とし た場合,発酵速度が遅く55 Cで3日間を要した.
精製して得られたニシン魚醤の特徴は,塩基性アミノ 酸アルギニン量が高濃度含まれていることであり,特有 の風味を有している.一方,うま味アミノ酸であるグル タミン酸含量が少なく,製品化工程では醤油をブレンド してグルタミン酸を補強することとした.塩分を11%
に抑えた口当たりの良いニシン魚醤は福井県のカネタツ 数馬(株)が「北前にしん魚醤」として販売している.
〈そのほかの魚醤〉
上述の魚醤および試作した速醸魚醤サンプルのアミノ 酸比較を表
1
に示した.アユ,カタクチイワシ,アジは 魚全体を使用しそれ以外は内臓を原料とした.表に示す ように,最もアミノ酸濃度が高いのはイワシの内臓を原 料とした魚醤であり,重量の約10%がアミノ酸であっ た.ナンプラーはカタクチイワシを原料として長期間の図4■メギス魚醤発酵における匂い分析
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
発酵によって生産されているが,われわれはカセサート 大学の協力によって4日間の発酵で速醸ナンプラーを調 製した.伝統的方法で作られたナンプラーは塩基性アミ ノ酸であるアルギニン濃度が極めて低いが,速醸法では アルギニン濃度の高い魚醤を得ることができた.表に示 した魚醤はそれぞれ異なったアミノ酸組成を有してお り,それぞれ特有の味を有している.
2.3 減塩
既述のごとく速醸法では発酵時に食塩を添加しない.
食塩は生産工程の最後に添加するが,その量は必要に応 じて加減することができる.サバ魚醤は15%の食塩を 添加したものを生産しているが食塩無添加で製品化する と無塩サバ魚醤ができる.無塩サバ魚醤と醤油を等量で ブレンドすると,醤油の食塩濃度が半分に低減された減 塩魚醤油ができ(8)
,
「旨醤」という商品名で販売してい る.一般に醤油の減塩化には電気透析などの高価な装置 が必要であるが,本法ではそのような装置を必要としな い点が有利である.醤油にはグルタミン酸が,サバ魚醤 にはリジンやアルギニン多く含まれている.「旨醤」に はこれらが平均化した濃度で含まれており,醤油やサバ 魚醤とは異なる特有の味を感じることができる.また,「旨醤」には魚由来のペプチドやタウリンも含まれており
,
健康的な調味料と考えている.「旨醤」を噴霧乾燥して 作られる粉末魚醤油「黄金ソルト」は味が濃厚であり,もち運びなどの利便性に優れていることから好評を得て いる.さらに「黄金ソルト」を原料として造られたメレ
ンゲ「ピュアロッシェ」は香ばしい味が特徴である.
2.4 少ない不快臭
新たに提案したプロセスでは,強制的に油を除去する 工程を入れており,魚醤保存中においても油の酸化に起 因する不快な臭は少ない.したがって,さまざまな食材 にブレンドすることにより,新たな商品を生み出すこと ができる.サバ魚醤に麹を添加し,再発酵することに よって旨みを強化した商品「鯖こうじ」は食べる魚醤と して味噌のように使われている.また,「鰤醤」を利用 した「炊き込みご飯の素」はブリの風味を生かした特徴 ある商品として好評を得ている.
2.5 アルコールゼロ
近年,イスラム圏からの観光客が増えているが,イス ラムの世界では原則アルコールを口にすることが禁じら れており,アルコールを含む醤油を口にすることができ ない人がいる.醤油には醸造中に生育する酵母によって 2〜3%のアルコールが生成するが,高温短時間発酵の速 醸法においては酵母の生育は認められず,アルコールは 全く検出されない.したがって,イスラムの方も安心し て口にできる醤油代替調味料として使用できる.速醸サ バ魚醤に大豆分解エキスを添加して調製された醤油風魚 醤調味料はハラールの認証を得て「福むらさき」として 販売されている.すでに中東への輸出実績を有してい る.和食の調理にも利用でき,今後増加が予想されてい るイスラム圏からの来日観光客向けの調味料として期待 表1■各種速醸魚醤のアミノ酸比較
mg/100 g
加工副生物利用 魚全体利用
カツオ ビンナガマグロ 本マグロ イワシ サバ タイ ニシン メギス ブリ アジ アユ アンチョビ
速醸法 従来法 Asp 860 730 570 590 824 730 500 320 830 695 550 920 610 Thr 510 460 320 540 431 410 370 180 500 360 25 390 430
Ser 540 460 320 580 495 440 430 51 480 345 35 21 300
Glu 980 860 570 900 810 820 710 700 890 855 1000 1100 900
Pro 260 190 120 420 163 240 160 110 110 99 10 120 150
Gly 310 430 370 430 348 320 290 190 340 205 200 310 250
Ala 780 740 5 840 669 610 590 410 830 545 600 750 690
Val 700 590 430 770 623 550 470 340 660 490 390 600 570 Met 320 300 200 350 281 270 180 220 280 240 195 250 250 Ile 520 490 340 580 513 450 320 290 460 385 230 460 400 Leu 710 770 570 1030 851 790 590 530 700 365 500 650 550
Tyr 73 99 150 200 141 230 270 120 170 205 135 73 87
Phe 410 390 300 530 418 370 210 270 420 320 170 400 320
His 320 210 160 390 228 190 90 130 280 455 90 280 380
Lys 970 600 550 990 816 750 760 570 990 485 900 590 900 Arg 850 480 410 660 716 700 1700 500 910 670 210 120 48 計 9,113 7,799 5,385 9,800 8,327 7,870 7,640 4,931 8,850 6,719 5,240 7,034 6,835
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
されている.
2.6 低濃度ヒスタミン
魚介類の加工食品で注意しなければならないのは,ア ミノ酸の一つであるヒスチジンがヒスチジン脱炭酸酵素 をもつ微生物によって生成されるヒスタミンの蓄積であ る.多量摂取するとアレルギーや食中毒を起こすと言わ れ,低減化のためにさまざまな対策がとられている(9)
.
輸入されている魚醤には国際基準値(10)400 ppmを超える 商品の混在が知られており,わが国においても対策が急 がれている.われわれが調製したサバ魚醤も,従来の長 時間発酵した場合のヒスタミン濃度は30〜150 ppmと ロット毎に大きく変動したが,速醸法の場合は20〜30 ppmと安定的に低濃度であり,食品安全上全く問題 にならない数値が得られている.また,タイのカセサー ト大学の協力で調製した速醸ナンプラーのヒスタミン濃 度は28 ppmで現地で購入した市販品の1/10以下であっ た.速醸法では高温短期間で発酵が完結するためにヒス タミン生成菌が生育できない環境にあると思われる.こ のように発酵の速醸化は魚醤の品質向上にも貢献できる 方法であると考えられる.
2.7 無塩副生物
一般に,肥料や飼料では高濃度の塩分は好まれない.
速醸魚醤の生産では食塩の添加が最終工程であり,発酵 後ろ過して得られる無塩魚醤や副生する魚醤粕には食塩 がほとんど含まれていない.われわれは無塩魚醤の植物 に対する影響を検討し,100倍希釈液を花壇に散布する と花付きが良くなることを観察している.トウモロコシ では根の成長が著しく,実の重量,数ともに大きく増加
することを確認している.また,トマトへの散布では,
植物の病原菌抵抗指標であるグルカナーゼ活性が向上 し,病虫害から植物を守ることが期待されており,すで に無塩魚醤入りの植物活性化剤が商品「植物剛健プラ ス」として市販されている(11)
.
おわりに
魚醤は魚を塩漬けにして発酵する伝統的な調味料であ り,その製法は長年守られてきた.近年,タンパク質分 解酵素製剤や麹を添加したり加温する方法(12〜16)が開発 されているが,微生物汚染を避けるために食塩の添加は 必須であった.今回,魚醤生産条件を見直し,高温条件
(55 C)にて雑菌増殖を回避しつつタンパク質分解活性 を高め,食塩無添加によって食塩によるタンパク質分解 活性阻害を解除し,発酵時間を大幅に短縮することがで きた.アミノ酸組成は長期間発酵したものとほとんど同 じであったが総アミノ酸量は速醸法のほうが多い傾向に あった.発酵時間の短縮により,アミノ酸の分解が起こ らないこと,およびヒスタミンの生成がほとんど認めら れないことなど,品質面で改善されたと考えている.
今回ここに紹介した速醸魚醤は従来法で造られた伝統 的な魚醤と拮抗するものではなく,魚を原料とする新し いタイプの発酵調味液として共存して利用されることを 願っている.
今回の速醸魚醤の開発過程で,いくつかの科学的に興 味を引く現象を観察している.一つは,カタクチイワシ を原料に発酵した場合,発酵直後には相当量含まれてい たアミノ酸のアルギニンが急速に減少することである.
したがって市販のナンプラーに含まれるアルギニン量は 図5■速醸法にて生産される魚醤および関 連商品
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● 化学 と 生物
極めて少ない(17)
.サバやブリではこのような現象は認
められず,カタクチイワシにはアルギニンを分解する強 力な酵素の存在が示唆されている.また,カタクチイワ シの速醸発酵におけるアミノ酸の生成を経時的に分析す ると,発酵初期に生成するフェニルアラニンやヒスチジ ンなどと,アスパラギン酸やグルタミン酸のように後か ら増加してくるアミノ酸が認められ,アミノ酸の生成は 一律に増加するのではないことを確認している.魚醤生 産過程で遊離するアミノ酸の生成や分解に関与する酵素 に興味がもたれる.われわれは古典的な魚醤生産プロセスを解析すること によって,効率的な魚醤生産法を開発し実用化に結びつけ ることができた.ものづくり研究者は,過去に学びつつ 新しいことを知ることも大切であるが,新しいものを創 る 温故創新 的な考え方が大切であると考えている(18)
.
ここで紹介した速醸魚醤の開発においては,地域の企 業と大学,公的機関との連携,いわゆる産学官連携が必 須であった.(株)室次(福井県,サバ魚醤)
,
(有)もり やま(石川県,めぎす魚醤),
(有)片口屋(富山県,ブ リ魚醤)においてはそれぞれ公的なファンドの支援を得 ることによって速醸魚醬の生産設備を整えることができ た.支援事業機関に深く御礼申し上げます.各社はそれ ぞれの地域で活躍する企業であるが,新技術開発の知見 や設備が十分ではなかった.その不足を大学や公設研究 所が補い,共に力を合わせて 創新 に至ったことは地 域における産学官連携の成果と考えている.地域産業の 活性化に地域の大学や公的機関が果たすべき役割には大 きいものがある.共に開発してきた3社と筆者に対して,2018年度日本 農芸化学技術賞が授与された.地方の地道な活動を評価 いただいた先生方に深謝申し上げます.
文献
1) 農水省:平成28年〜29年北陸農林水産統計年報,210.
2) 吉川修司:月刊フードケミカル,33, 78 (2017).
3) 石田賢吾:JAS情報ピックアップ2013,http://www.jas- net.or.jp/4-shuppanbutu/pickup/13.03.pdf, 2013.
4) 小阪康之,木下由佳,大泉 徹,赤羽義章:日本水産学 会誌,76, 392 (2010).
5) 福井県立大学:特開2011-182663 (2011).
6) 岩田淑子,飯田 優,漆間 創,宇多川 隆:日本農芸 化学会講演要旨集,240 (2011).
7) 宇多川 隆:日本醸造協会誌,107, 477 (2012).
8) 福井県立大学:特開2013-138654 (2013).
9) 里見正隆:日本醸造協会誌,107, 842 (2012).
10) Standard for fish sauce, CODEX STAN 302-2011.
11) 福井シード株式会社ホームページ,http://www.fukui- seeds.co.jp/lineup/meterials.html.
12) 塚本研一,杉本勇人:秋田県総合食品研究センター報告,
19, 49 (2017).
13) 吉川修司,田中 彰,錦織孝史,太田智樹:日本食品科 学会誌,53, 281 (2006).
14) 中野智夫,渡辺 宏,秦 満夫,Duong van Qua, 三浦ト シ:日本水産学会誌,52, 1581 (1986).
15) 道畠俊英,佐渡康夫,矢野俊博,榎本俊樹:日本食品科 学工学会誌,47,369 (2000).
16) 堂本信彦,王 鰹智,森 徹,木村郁夫,郡山 剛,阿 部宏喜:日本水産学会誌,67, 1103 (2001).
17) 三枝弘育:東京都立食品技術センター,9,33 (2000).
18) 宇多川 隆:温古知新,54, 29 (2017).
プロフィール
宇多川 隆(Takashi UTAGAWA)
<略歴>1971年山口大学農学部農芸化学 科卒業/1974年京都大学大学院農学研究 科修了,味の素株式会社入社/2001年同 取締役発酵技術研究所長/2005年クノー ル食品(株)代表取締役社長/2008年福井 県立大学生物資源学部教授/2013年同特 任教授・理事・副学長/2016年同名誉教 授,福井県食品加工研究所特別研究員,現 在に至る<研究テーマと抱負>温故創新:
古典発酵に学び新商品を開発すること<趣 味>家庭菜園,落語,ゴルフ<所属研究室 ホームページ>http://www.fukui-e.com 白﨑 裕嗣(Hirotsugu SHIRASAKI)
<略歴>1982年慶應義塾大学工学部機械 学科卒業/三井物産石油(株)入社,1986 年退社/(株)室次入社,現在に至る<研究 テーマと抱負>伝統を生かしつつ,次世代 の味を創造し,世界に発信する<趣味>日 曜大工,旅行
森山 外志夫(Toshio MORIYAMA)
<略歴>1971年東洋大学経営学部経営学 科卒/(株)森山建設入社,1979年同取締 役,1996年 同 代 表 取 締 役 専 務,1986年
(有)もりやま代表取締役,1999年(株)御 祓川代表取締役,2007年同会長,2018年 七尾自動車教習所代表取締役会長<研究 テーマと抱負>まちづくりを長年に亘って 行っている関係上,速醸魚醤を次世代へ繋 げていき,日本三大魚醤の一つである「能 登のいしり魚醤」を発展させていきたい
<趣味>読書・ゴルフ・水泳・篠笛 片口 敏昭(Toshiaki KATAGUCHI)
<略歴>1977年石川県立和島高校卒,現 在に至る<研究テーマと抱負>老舗の看板 を守り,安心と安全な商品を提供し続ける
<趣味>料理,読書
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.826
日本農芸化学会