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化学と生物 Vol. 53, No. 7, 2015
培養に炭素 ・ 窒素 ・ 硫黄源の添加を必要としない超低栄養性細菌
希薄?な栄養源をどのように利用しているのか?
極めて低い栄養条件で生育可能な細菌群を低栄養性細 菌(オリゴトローフ)と呼ぶことがある.その栄養条件 に明確な定義はないが,筆者らは生育に必要な炭素源濃 度1 mg/Lを一つの基準としている.ただし,培養に光 などのエネルギーの添加を必要とする独立栄養性細菌
(オートトローフ)はオリゴトロフィックな環境に多数 存在しているが,オリゴトローフの範疇に入れない.そ の意味においては,「低エネルギー性細菌」と呼んだほ うがよいかもしれない.そもそも微生物の生育(培養)
に最適な炭素源濃度などは人間が考えたものであるか ら,自然界に存在する微生物に対して「低栄養性」や
「低エネルギー性」という言葉をつけるのはおかしい気 もする.言葉の定義はさて置き,オリゴトローフはそれ だけ低栄養条件で生育するわけであるから,培養に際し て低コストな宿主としての利用など産業応用の可能性を 秘めていると考え,筆者らは自然界からのオリゴトロー フの単離を試みている.単離には一般に使用される濃度 の1/100〜1/1,000に相当する濃度のニュートリエントブ ロスなどを用いているが,炭素源を全く含まない無機塩 培地を用いても,簡単に微生物を単離できることに驚い ている(1).それらの微生物は培養環境中からCO2を除去 すると生育を示さない場合が多く,大気中のCO2を固 定していることは確かであるが,独立栄養細菌の培養に は必須である光や金属などのエネルギー源を添加しなく ても生育する.このような「超低栄養性細菌」のうち,現 在,最もよい生育を示す N9T-4 株について詳細に研究を進めている(2).
低栄養条件で特異的に発現する遺伝子を同定するため に,低栄養条件として炭素源無添加の最少培地(BM培 地)を,一方,富栄養条件としてLB培地を用いて,
N9T-4株のマイクロアレイ解析を行った.その結果,顕 著な発現を示したのがNAD依存性ホルムアルデヒド脱 水素酵素(nFADH)と ′-ジメチル-4-ニトロソアニ リン(NDMA)依存性メタノール脱水素酵素(MDH)
をコードする各遺伝子で,富栄養条件に比べて低栄養条 件でそれぞれ350倍程度の発現上昇が認められた.これ らの酵素は微生物のメタノール資化に関与する酵素であ るが,N9T-4株はメタノールを炭素源として利用するこ
とができない.それではなぜ低栄養条件でこのような酵 素遺伝子の発現上昇が認められるのか? このうち MDHはNDMAという人工電子受容体を添加するとメ タノールの酸化を触媒するが,高いホルムアルデヒド ディスムターゼ活性(ホルムアルデヒドを酢酸とエタ ノールに不均化)も示すことがわかっている.つまり,
両酵素ともホルムアルデヒドに作用する酵素であり,低 栄養生育とホルムアルデヒド代謝がリンクしている可能 性が示唆された(3).これらのほかに,酢酸にCoAを付 加するアセチル-CoAシンテターゼ,アセチル-CoA/プ ロピオニル-CoAカルボキシラーゼの
β
サブユニットの 各遺伝子が低栄養条件で特異的に高発現していた.生化 学的な検討でnFADHおよびMDHはホルムアルデヒド 以外にも,アセトアルデヒド,プロピオンアルデヒドな ど低級アルデヒドをそれぞれNAD依存的な酸化や不均 化反応を触媒することがわかっている.これらの結果よ り,N9T-4株は,大気中のアルデヒドを酢酸へと酸化す ることによりエネルギーを得るのと同時に,アセチ ル-CoAに変換しC2代謝を進行させているものと予想し ている.また,アセチル-CoAカルボキシラーゼはアセ チル-CoAに炭酸水素イオン由来の炭素を付加し,マロ ニル-CoAを合成する酵素であるので,本菌のCO2要求 性は脂質の生合成に関係するものと考えられる.さらに驚いたことに,N9T-4株は窒素源も除いた培地
(BM-N培地)においてもBM培地とほぼ同程度の生育 を示した(4)(図1).低栄養条件における窒素代謝関連遺 伝子の発現を見てみると,低濃度特異的アンモニウムト ランスポーターをコードする の発現が富栄養条件 に比べ44倍に上昇していた.したがって,BM-N培地 においては,AmtBによって大気中のアンモニアを取り 込み窒素源として利用しているものと予想できた.
BM-N培地における生育は密閉系(パウチ袋に入れて シールする)で極端に悪くなるが,アンモニアをガスと して添加するとその濃度依存的によい生育を示した.非 常に低いアンモニア濃度で生育が促進され,大気中のア ンモニア濃度でも十分生育可能であることを示してい る.また,硫黄源についても同様の低栄養性が示唆され ており(図1),これについても大気中の硫黄酸化物を
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資化していると考えられる.
もう一つN9T-4株の低栄養生育に関して興味深い知 見がある.低栄養生育させた菌体を電子顕微鏡観察して みると,内部に比較的大きく綺麗な球形をした構造体を 形成させていることがわかった(図2).この構造体は LB培地で生育させた細胞では見られないか,非常に小 さいものとなっていた.筆者らはこの構造体を「オリゴ ボディー」と名づけ,低栄養生育との関連性を調べてい る.エネルギー分散型X線分析により,このオリゴボ ディー内部にはリンを示す顕著なピークが検出された.
その後の生化学的解析により,オリゴボディーには無機
ポリリン酸が蓄積していることが明らかとなった.無機 ポリリン酸の顆粒が細胞内に形成されることは珍しいこ とではなく,アシドカルシソームとして古くから知られ ており,バクテリアからヒトまで存在する唯一のオルガ ネラだとされている(これは議論の対象となるが…). しかしながら,それらの場合は細胞内における顆粒の 数,大きさはまちまちである.ところが,N9T-4株のオ リゴボディーは細胞内に一つだけ形成され,細胞分裂が 起こっている細胞にはその両極に一つずつ存在してい た.つまり,オリゴボディーも複製されていることが予 想されるが,その詳細なメカニズムは不明である.無機 ポリリン酸の生理機能で一番クリアに解明されているの が大腸菌の緊縮応答に関するものである(5).大腸菌がア ミノ酸などの栄養飢餓に陥ると無機ポリリン酸を蓄積 し,無機ポリリン酸はLonプロテアーゼを活性化してリ ボソームタンパク質の分解を促進する.N9T-4株におい ても無機ポリリン酸の蓄積は栄養状態に関連するので,
大腸菌と同じような機構が存在するのかもしれないが,
N9T-4株においてはBM培地での継代培養を行ってもオ リゴボディーが存在し続ける.これらの知見は無機ポリ リン酸が低栄養条件の細胞生理に何か重要な役割を果た していることを示唆しているものと考え,現在研究を進 めているところである.
以上紹介したように,本菌は炭素,窒素,硫黄という 生物にとっての重要な三元素,およびエネルギー源をす べて大気中から取り入れて生育することができる,大気 資化菌? であると言える.その生育には珍しい代謝,
新しい代謝が関与しているのではなく,微生物が一般的 にもつ機能を存分に使って超低栄養性を発揮しているよ 図1■N9T-4株の炭素・窒素・硫黄に関す る低栄養性
基本となるBM培地の組成は,0.1% NaNO3, 0.1% KH2PO4, 0.1% KH2PO4, 0.05% MgSO4・ 7H2O, 0.01% CaCl2・2H2O, 1 μg/Lチ ア ミ ン
(pH 7.0)である.硫黄源を除いた場合は,
MgSO4の代わりにMgCl2を使用した.
図2■N9T-4株のオリゴボディー
A: BM培地で生育させたもの,B: LB培地で生育させたもの.矢 印がオリゴボディーを示している.写真中のバーは0.5 μmを表す.
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うである.生態系における超低栄養性の役割を探ってみ るのも面白いかもしれない.
1) N. Yoshida, N. Ohhata, Y. Yoshino, T. Katsuragi, Y. Tani
& H. Takagi: , 71, 2830
(2007).
2) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani
& H. Takagi: , 189, 6824 (2007).
3) N. Yoshida, T. Hayasaki & H. Takagi:
, 75, 123 (2011).
4) N. Yoshida, S. Inaba & H. Takagi: , 117, 28 (2014).
5) 本村 圭,黒田章夫:化学と生物,46, 173 (2008).
(吉田信行,静岡大学大学院工学研究科)
プロフィル
吉田 信行(Nobuyuki YOSHIDA)
<略歴>1990年鳥取大学農学部農芸化学 科卒業/1992年同大学大学院農学研究科 農芸化学専攻修了/1995年京都大学大学 院農学研究科農芸化学専攻単位取得退学/
同年奈良先端科学技術大学院大学バイオサ イエンス研究科助手/2007年同助教/2013 年静岡大学大学院工学研究科准教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>低栄養性細菌 の単離と応用.新機能をもつ微生物の自然 界からの単離.資源・エネルギー問題は応 用微生物学を研究する私たちが解決しなけ ればばらない最重要の課題だと思ってい る.バイオ燃料・エネルギー生産にはまだ まだ高いハードルがあるが,低栄養性細菌 とともにチャレンジしていきたい<趣味>
甲子園に行くこと<所属研究室ホームペー ジ>http://www.ipc.shizuoka.ac.jp/
~tnyoshi/
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.423