総合研究所・都市減災研究センター(UDM)研究報告書(平成22年度)
テーマ1 小課題番号1.3
学校体育館の耐震性と補強法に関する研究
-限界耐力計算を用いた補強後応答変形の推定-
学校体育館 応答変形 限界耐力計算 山下哲郎* 米田良祐**
2層ブレース構造 耐震壁 深川裕志***
1.はじめに
現在の学校体育館の耐震診 断、耐震改修の目的は 建物自体の倒壊・大破を避 けることであり、 耐震診 断では主に構造体の耐力と 変形性能を評価している
1)。 し か し 、 倒 壊 ・ 破 壊 を 避 け る こ と が 出 来 て も 、 構造体の変形により外装材 や内装材などが損傷して は地震後に避難所として機 能しない。従って応答変 形も耐震性評価の上では重要である。
一般的な学校体育館の構造 は、梁間方向がラーメ ン構造、桁行方向がブレー ス構造となっている。近 年の大きな地震では、梁間 方向のラーメン構造に被 害はほとんど見られないが 、桁行き方向に設置され ているX型ブレースが損傷 するケース が多く見られ る 2)。本研究では、実際の 学校体育館の調査データ を用い、限界耐力計算 3)を 適用して補強後の体育館 について桁行方向応答変位 と層間変形角を 試算する。
2.対象構造物とモデル化
本研究では、限界耐力計算 を適用して 実際の学校 体育館の桁行方向の層間変形角を推定し、Is値との 関係を調べる。大半の体育館では桁行方向は2層構 造で、図1に示すように 2層ともにS造ブレース構 造である場合と、第1層が RCの耐震壁 、第2層が S 造ブレース構造である場 合がある。このような 2 層の構造を2質点系せん断バネモデルに置き換える。
まずS造層の荷重変形関係を求める(図2)。桁行
方向のブレース軸部降伏耐力Ny2、ブレースによる剛 性K2を算出する。
Ny2=a・Ag2・F・n2・cosθ2
ここで、a:降伏強度のばら つきを考慮した耐力上昇
係 数(=1.2)、Ag2: ブ レ ー ス 断 面 積 、F: ブ レ ー ス の 基 準 強 度 、E: ヤ ン グ 係 数 、L2: ブ レ ー ス の 長 さ 、 cosθ2:水平面に対するブレ ース設置角度、n2:2 層 のブレース設置構面数、である。
次に RC耐震壁層の荷重変 形関係をトリリニア型 に仮定する。ひび割れ耐力QA、弾性せん断剛性 DS、 せん断終局強度QSUを計算 すれば荷重変形関係が定 められる(図 3)。強度がQSUに達するときの層間変 形角は1/250とする4)。
① ひび割れ耐力
ひび割れ耐力 QAは短期許 容水平せん断力 5)とし、
開口による低減率を考慮する。
② せん断終局強度
耐震診断基準 4)を用いて 計算した無開口壁のせん 断強度に、開口による低減 率γを乗じてせん断終局 強度 Qsuを得る。
③ 弾性せん断剛性
無開口壁のせん断弾性剛 性に 開口による低減率γ を乗じて壁のせん断剛性を得る 5)。
* :工学院大学工学部建築学科准教授,**:工学院大学大学院建築学専攻,
***:工学院大学工学部建築学科4年生
L ・n θ E・・A ・cos K
2 2 2 2
2 (2)
(1)
第 1 層 RC 造、第 2 層 S 造
第 1 層、第 2 層 S 造
図 1 桁行方向の構造 図 2 荷重変形関係(ブレース) 図 3 荷重変形関係(耐震壁)
変位 δ 荷重 P
K2
Ny2
剛性低減率 α=0.001 ブレース降伏耐力
初期剛性
荷重 P
④せん断終局強 度時層間変形角 Γ=1/250
変位 δ
Qsu
Df
δsn QA
δA
③せん断終局強度
①ひび割れ強度
f A sn
A sn
D δ δ
Q
α Q 1
- ・
= -
②初期剛性
総合研究所・都市減災研究センター(UDM)研究報告書(平成22年度)
テーマ1 小課題番号1.3 3.限界耐力計算による応答変形の算出
入力地震動は告示波レベル23)とし(図 4)、以下 のプロセスにより応答を求める3)。
①各層の荷重変形関係を計算し、2質点系モデルを 作成する。
②2質点系モデルの静的増分解析を行う。外力分布 はAi分布を用いる。
③増分解析の釣合経路に沿って、変位ベクトルから 等価1自由度系の等価質量を計算し、耐力スペク トル曲線を描く。
④耐力スペクトル上の各点で等価1自由度系の等価 粘性減衰、等価周期を計算する。
⑤応答スペクトルに適用して耐力スペクトル上の各 点に対応する応答点を刻々求め、耐力スペクトル と同じ座標上に応答点を結んで連続した曲線(応 答移行曲線)をつくる。応答移行曲線と耐力スペ クトルの交点を等価1自由度系 の応答値とする。
⑥等価1自由度系の応答値に相当する増分解析ステ ップの2質点系の変位を各層の高さで除す ことで 応答層間変形角を算出する。
4.算出結果
図 5 に塑性化する層の応 答層間変形角と Is 値の関 係を示す。2 層ともに S 造 ブレース構造の場合 、層 間変形角は 1/100~1/20 程度で、Is 値と明確な負の 相関を示す。診断基準 1)の Iso=0.7 付近では変形が 大きく、一般に外装材が健 全 な状態を保つ限界とさ れる層間変形角 1/100 を大きく上回る。
一方、第1層が RC 耐震壁で第 2 層が S 造ブレース 構造の場合、層間変形角は Is 値と負の相関を示すも のの、第 2 層の応答は最大 1/100 程度と、2 層とも S 造ブレース構造の場合と比 較して半分以下となって いる。このような差が生じ た理由として、限界耐力 計算の計算方法自体に問題 があると考えられる。限 界耐力計算では多質点系の モデルを1質点系に縮約 する際に有効質量を算出す るが、その有効質量比の 値が2層ともにS造のタイ プに比べ 半分以下になる。
さらに、1層が RC造の場 合は1層にかかるせん断 力が大きい為、耐力スペク トルの加速度の値が大き くなり、応答変位が小さい 値で出てくることになる。
従って、正確な応答評価の ためには RC 壁の非線形 挙動を正確にモデル化した 動的解析を行い、今回の 計算を確認する必要がある。
5.おわりに
告示レベル 2 地震動に対する補強後の体育館の桁 行方向の応答層間変形角を 限界耐力計算により試算 した。2 層ともに S 造ブレ ース構造の体育館では 、 耐 震 性 指 標 の 基 準 値 で あ る Is=0.7 付 近 で も 最 大 1/20 程度の層間変形が生じるが、第 1 層が RC 造耐 震壁で 2 層目が S 造ブレース構造の体育館の 2 層目 の変形は最大 1/100 程度となり両者にかなりの差が 生じた。動的解析を用いて検証する必要がある。
謝 辞
本 研 究 で は,工 学院 大 学名 誉 教授 廣 澤 雅 也博 士 の提 供 に よ る 既 存 体育 館 の耐 震 診断・補 強 計 算 書 を利 用 致し ま した。
参 考 文 献
1) 文 部 科 学省:屋 内 運動 場 の耐震 診 断 基 準平 成18年 度 版 2)日 本 建 築 学会:日 本 建 築学 会 大会 学 術 講 演梗 概 集新 潟 中
越 沖 地 震 にお け る鉄 骨 造体 育館 被 害 調 査
3)建 築 物 の 構造 関 係技 術 基準 解説 書 編 集 委員 会 :2007 年 版 建 築 物 の構 造 関係 技 術基 準解 説 書
4)国 土 交 通 省住 宅 局建 築 指導 課:既 存 鉄 筋 コン ク リー ト 造 建 築 物 の 耐震 診 断基 準2001年 改 訂 版
5)日 本 建 築 学会:鉄 筋コ ン ク リート 構 造 計 算基 準・同解 説 -許 容 応 力 度 設 計法-
0 1/100 2/100 3/100 4/100 5/100 6/100 7/100
0.50 0.60 0.70 0.80 0.90 1.00 1.10 1.20 1.30 1.40 1.50 1.60 1.70 RC造、S造限界耐力計算
1層、2層共にS造限界耐 力計算
図 4 入力地震動(告示波)
図 5 応答層間変形角