1
岡
岡山 山理 理科 科大 大学 学初 初年 年次 次教 教育 育に にお おけ ける る ア
アカ カデ デミ ミッ ック ク・ ・ラ ライ イテ ティ ィン ング グの の教 教育 育改 改革 革
-「フレッシュマンセミナー」 「探求ゼミⅠ」におけるライティングの指導-
荻原桂子
岡山理科大学教育学部中等教育学科
1.ライティング教育の現状
若者の活字離れが進む現代社会においては、大学生の読解力・思考力・表現力が低下して いると言われている。北村弘明は「現代の若者は「どうせ自分のことなど、だれもわかって くれない」というような自閉的なあきらめや居直りを口にする者も多くなっているが、皮肉 にも現代の「情報社会」はそのような態度を許さない方向に発展しつつある。「他者」がど のような情報をもっているのか、その情報と「自分」とはどのように関わりがあるのか、「他 者」と「自分」とはどのような点で結びついていればよいのか、などを刻々と判断していか なければならない時代なのである。「自分のことなど、だれもわかってはくれない」という
「ぼやき」はある意味ではあたりまえのことであり、「自分」が自分のことを適切に相手に 表現して伝える努力をしなければ相手には自分のことなどはわかるはずもない。また、それ は「他者」への自分の判断についても同様である」1と現代社会の社会のあり方と情報伝達 の実際を検証している。大学生として学術的な文章を書くと同時に、人間として自分の考え を相手に伝える論理的な言語表現を身につけることは生涯学習として重要である。
岡山理科大学1年を対象とした「フレッシュマンセミナー」(全学)「探求ゼミⅠ」(学部)
における「初年次教育としてのアカデミック・ライティングの教育改革」について考察した。
全学での「フレッシュマンセミナー」において論理的文章作成を中心としたライティングの 指導に取り組み、学部での「探求ゼミⅠ」においてに学術的文章作成の大きな成長を遂げる ことを目指す。「フレッシュマンセミナー」15回の授業の中で論理的な文章を作成するため の基礎を学ぶライティングの授業を 3 週間にわたって実施する。岡山理科大学に入学した 1年全員が同じ内容をオンデマンド式で学修し、学問をする姿勢や言語を使って論理的思考 を深めることを目標とする。
情報化社会とはよく言われるが、情報とは何かについて言語表現という立場から考える。
インターネットの普及で、私たちの生活はここ数十年で激変した。携帯電話、パーソナルコ ンピュータの使用が一般化することで誰もが情報を簡単に入手できる時代がやってきたの である。情報が得にくかった時代に比べて、私たちの生活は確かに格段に進歩した。その一 方で不適切な情報によって混乱や障害をもたらす事件も増えている。情報(information)
に依存せず、人間の人間たる根拠である知性(intelligence)を研くことが大切である。情 報を扱う技術に長ずるのも大切であるが、それよりも情報を知性に変える技術を養成する ことが、情報化時代を生き抜く重要な鍵となるにちがいない。また、情報を受け取るだけで はなく、問題について自分で考えることが重要であり、発信することが大事なのである。
岡山理科大学教育実践研究 第6号 pp.125-128(2022)
2 2
2..「「フフレレッッシシュュママンンセセミミナナーー」」ににおおけけるるラライイテティィンンググのの指指導導
大学の学びのなかでの重要なのは、自ら問題をみつけ、その問題を解き明かすための資料 を調べ、整理分類し、自分なりに考えて答えを導くことである。大学での知的生産技術は、
アカデミック・スキルといい、初年次教育のなかでもライティング技術は重要な能力となる。
学生一人一人が自ら課題を設定し、自ら調査し、分析し、結果をレポート・論文にまとめる ことができる、思考し表現する学生を育てるライティング指導は基盤教育の要と言える。
言語表現法の授業は、主として基盤教育科目「フレッシュマンセミナー」と専門教育科目
「探求ゼミ」で実施することが望ましい。中等教育における作文や感想文とは異なる形式と 内容をもつレポート・論文といった学術的文章を作成する指導が高等教育では必要である。
戸田山和久は論文の本体には「問い」「主張」「論証」の三つの柱があり、「与えられた問い、
あるいは自分で立てた問いに対して、一つの明確な答えを主張し、その主張を論理的に裏づ けるための事実的・理論的な根拠を提示して主張を論証する」2 ことが論文の定義であると 述べている。主張を根拠で支えるアカデミック・ライティングの基礎を全学で学修するには
「フレッシュマンセミナー」第2・3回の各学科で実施するのが人数的に考えて適当である。
日本語表記には仮名(平仮名・片仮名)と漢字に加えて、ローマ字、アラビア数字があり、
それらの複合語まである。こうした多種の表記が混在することに、日本語の習得の難しさが ある。しかし、この多種の表記のバランスが、日本語の美しさの秘密でもある。分かち書き をしない日本語は仮名ばかりだと読みづらい。逆に、漢字ばかりの表記には硬質ではあるが、
とっつきにくい感じがする。仮名と漢字をバランスよく書き分けることで読みやすさを備 えることになる。読みやすさを確認するのには、自分の文章を音読することが効果的である。
ディスプレイ上ではなくプリントアウトした文章を以下の項目に注意しながらブラッシュ アップすることで明晰な文章となる。高等学校では大学受験の小論文対策しか添削指導を 受けていないという現状3を受け、授業ではオンデマンドの講義と合わせて、Google
Classroom で添削指導を実施するが、添削指導する前に各自で以下のチェックリストを用
いて推敲する。
① 誤字・脱字がないか、無意味な空白はないか。
② 符号の使い方は適切か、改行のとき、行頭を一マス空けているか。
③ 語句の誤用(決まり文句や外来語など)、不適当な表現や差別的な表現はないか。
④ 文体は統一されているか(文末表現は適切か)。
⑤ 仮名と漢字の書き分けはできているか(形式名詞・補助動詞は仮名表記にしているか)。
⑥ 専門用語は正しく表記し、話しことばを使用していないか。
⑦ 呼応は正しいか、ねじれや句読法による誤読の可能性はないか。
⑧ 引用文は正しいか(引用文は原典の表記が原則であるが、改める場合は註がいる)。
⑨ 送り仮名・現代仮名遣いは正しく使用されているか。
⑩ 算用数字やアルファベットが全角文字になっていないか(これらはすべて半角文字)。 レポートと論文の違いは字数や枚数の違いではなく、文章の形態の違いである。レポート と違って、論文に要求されるオリジナリティーやプライオリティーに加えて、課題に対する 理解の正確さや使用する資料の的確さが重要である。初年度教育ではリメディアル教育の 観点からも「フィードバックは、学生の文章作成力向上に有効であると報告されている」4 ことから、添削は一人一人の学生に対して学習意欲を喚起させるためにも必須条件である。
荻原 桂子 126
3 3
3..「「探探求求ゼゼミミⅠⅠ」」ににおおけけるるラライイテティィンンググのの指指導導
インターネットは、図書と違って検索して出てくる情報には注意が必要である。図書では 内容に責任が持てる著者が書き、編集者のチェックを受けているのに比べ、インターネット の情報は一般に信頼性が低いといえる。信頼性の高い情報の収集・分析・考察により客観的 根拠に基づいた論理的主張にとって信頼できる情報を得るには、信頼できる資料を利用す ることが必須となる。信頼できる資料を得ることができるのが図書館であり、得られる資料 は大きく分けて一次資料と二次資料となる。一次資料とは調べたい情報について著作者が 直接書いているもので、書籍、雑誌、学術論文などである。二次資料とは多くの一次資料の 内容をまとめて解説し、どの一次資料にどのような情報がのっているかをまとめている資 料である。情報の信頼性を考慮して二次資料をそのまま引用することは避け、情報の利用や 引用する場合には一次資料に基づくものである必要があり、二次資料は一次資料を知るた めの手がかりとして利用する。信頼性の高いインターネットの二次資料としてCiNii(学術 論文データベース)などのデータベースがある。また、図書館の所蔵を調べる方法として、
OPAC(Online Public Access Catalog)がある。本学では図書館のリファレンスサービス を利用して蔵書検索や文献複写などの方法も有効である。
論文は構造化された文章である。論文にはタイトル・著者名のあとに、アブストラクト、
本体、まとめがあり、注や引用・参考文献一覧が添付される。論理的文章を書く場合、アウ トラインを使ってパラグラフ構造で書くことが大切である。パラグラフで書くとき最も重 要なのは、一つのパラグラフには一つの結論または主張しか書いてはいけないということ である。また、論理的文章を読むクリティカル・リーディングに関して、福澤一吉が「トゥ ールミンモデルを使用して、①対象となるテキストに含まれる論証の構造を取り出し、論証 図を作ります。②根拠の背景をチェックします。③明示されていない論拠を推定します。④ 論証が反駁される可能性のある根拠を推定します。」5と述べる。トゥールミンモデルは文章 作成だけでなく、文章を論理的に読み解くためにも有効な技法となる。論証の推測力や関連 性を評価することで、新たな問いが生まれる。初年次導入科目から専門科目・卒業論文指導 にいたるまで理系・文系にも応用可能なジェネリックスキルであるアカデミック・ライティ ング指導は汎用性の高い教育であるといえる。学部での専門性によって、「探求ゼミⅠ」で の論文のアウトラインを以下の項目で指導する。
① 問題意識を整理しながら、題材をいくつか書き出す。
② 問題を設定する。いくつかの題材から、主題を決める。主題から、自分で書ける具体的 な課題を選び出し、問題として課題を提起する。ここで、ゆるめのタイトルを決めておく。
③ 自分のその課題に対する立場を表明する。提起した課題に対して、自分の意見を示す。
④ その意見の具体的な根拠を提示し、自分が提起した意見について、具体的な資料をもっ て、論証していく。そのとき、先行研究における調査・資料も明記する。
⑤ 結論として論証の結果をまとめ、最初に提起した課題に対する自分の意見を再確認する。
青山学院大学「日本語表現開発プロジェクト」では、日本語校正推敲ツール「Tomarigi」 などの ICTを活用した学習支援ツールを提供している。稲積宏誠は「テキストマイニング を、テキストデータを対象としたデータ解析の機能と同時に、テキストの内容を理解するた めの支援環境というとらえ方」からフリーツール「KHCoder」の使用を推奨している6。
岡山理科大学初年次教育におけるアカデミック・ライティングの教育改革 127
4 4
4..共共通通ルルーーブブリリッッククにによよるる GGooooggllee CCllaassssrroooomm ででののラライイテティィンンググ指指導導
受講者数が少ない場合は添削指導に関しても個別に対面指導することも可能であるが、
本学のように理系文系を抱える総合大学においては、個別指導を加えたオンデマンド方式 が有効であると考える。アカデミック・ライティングの指導には1クラス20名程度の課題 レポートの添削指導を数名の教員で実施するのは15回授業で 8回が限度であると考える。
課題の設定にあたっては共通ルーブリックを作成し、複数の教員が「学生がどのレベルまで 到達しているかを測れる客観的な尺度」を共有することで、一貫性のある評価を行うことが できる。課題のレポート評価について、①知識・理解、②問題発見、③情報検索、④論理的 思考と問題解決、⑤文章表現の 5 つの観点からレポート評価におけるルーブリックが有効 である7。薄井道正はルーブリックが効果的であった点について「学生自身が自分の位置を 客観的に把握でき、より高いレベルを目指そうとする「書くこと」へのモチベーションや「ど のような問題をどのようにクリアにすればよいのか」といった目標意識を高められた」8と 指摘する。少人数でのセミナー形式の授業で他分野にまたがる複数の教員が担当すること が理想である。教員間で指導方法の相違や評価基準にぶれがあっては、初年次教育における アカデミック・スキルの育成というプロジェクトの達成はおぼつかない。Google Chatでの 質問対応などオンラインでの授業はライティングの授業の特性ともマッチしている。
5
5..キキャャリリアア形形成成をを視視野野にに入入れれたたラライイテティィンンググ支支援援
これからの学生に求められる重要なスキルは、コミュニケーションにかかわる言語能力 である。価値観や人間関係が多様化し、情報が氾濫する現代の社会生活においては、主体性 を持った個人として物事を的確にとらえ、自分自身の考えを論理的にまとめ、相手に応じて 適切に表現し、必要な場合に建設的な議論をして結論を得るといったコミュニケーション にかかわる言語能力は必須条件である。こうした言語能力を活きた力として働かせるには、
相手を理解したり相手に働き掛けたりする意識や行動が不可欠である。このような能力と 行動は、異文化を背景とする人とコミュニケーションをとるために必要な能力、意識、行動 とも共通する。近年、成人した大学生や社会人に、明晰な発話や明快な言語表現を行う力が 付いていないという批判が度々聞かれるが、日本語を基礎とした言語表現力を十分に養う ことなしに国際化に対応する言語能力の伸長は望めないと考える。
*本論は、2022年度岡山理科大学教育改革推進事業の助成を受けた研究成果の一部である。
注 注
1 北村弘明:『情報』から得るもの 北村弘明・真野須美子・川井章弘・清水眞澄・宇留田初実編:情報と表現―日本 語の表現と技法―, 双文社出版 (2008) pp.11-12
2 戸田山和久:新版 論文の教室 レポートから卒論まで, NHK ブックス (2012) p.42
3 薄井道正:初年次アカデミック・リテラシー科目「日本語の技法」関西地区 FD 連絡協議会京都大学高等教育研究開 発推進センター編:思考し表現する学生を育てるライティング指導のヒント, ミネルヴァ書房(2013)p85
4 坂本麻裕子他:ライティング授業で課題文章に付与されたコメントに対する学生の反応-実験とインタビューによ る調査-, リメディアル教育研究第 12 集(2018)p.40
5 福澤一吉:文章を論理で読み解くためのクリティカル・リーディング, NHK 出版新書(2012)p.192
6 稲積宏誠他:日本語文章作成支援環境の構築, 青山社会情報研究 Vol.10 (2018)p.90
7 松下佳代・小野和宏・高橋雄介「レポート評価におけるルーブリックの開発とその信頼性の検討」:大学教育学 会誌 35(1) (2013) p.111
8 薄井道正 前掲書 p.83
荻原 桂子 128