揺れるアイデンティティ
-日本在住日系人へのインタビューナラティブの談話分析-
村田和代(龍谷大学)
1. はじめに
日本国内の在留外国人数は 2018 年 6 月には 263 万人超で過去最高を更新し続けている.人口減少や少子高齢化が加速す ることは必至で,さらなる外国人労働者の受け入れ拡大の方針も示され,今後ますます増加することが予想される.一方,
外国人受け入れをめぐる体制は整っているとは言えないというのが実情で,まずは,実際に在住しているひとびとがどのよ うに暮らしどのように考えているのかについての彼らの声を伝えることが重要であろう.
本研究は,日本国内に在住する外国人や海外に在住する日本人へのナラティブインタビュー談話の収集・分析というミク ロアプローチを,マクロレベルの多文化共生政策へのインプットにつなげることをめざす共同研究の一部である.ケースス タディとして,南米出身の日系 3 世・4 世の若者 3 名(20 代 2 名,30 代 1 名)へのインタビューナラティブ(移住や現在の 暮らしについての自由な語り)の談話分析を通して,彼らのアイデンティティが語りの中でどのように表出するかを考察す る.
リサーチクエスチョンは以下の 3 つである.
1. 話し手は,語りを通して,どのような自分自身(他者)のアイデンティティを構築しているのか.
2. 複数のアイデンティティが,語りの中でどのように構築されているのか.
3. 話し手は,語りの中で,複数のアイデンティティや他者についてどのように評価しているのか.
2. アイデンティティ
学問分野や研究領域によって,アイデンティティの定義は多岐にわたる.一般的には,国籍・人種・民族・世代・職業な どのカテゴリーをもとに「個人を識別するもの」として捉えられる(Woodword, 2002).相互行為的社会言語学においては,
アイデンティティを話者の語りにあらわれる他者との関係性に基づいた話者の「立ち位置」としてとらえる(Marra &
Angouri, 2011).所与のものとしてではなく,談話の中で動的・相互行為的に構築されるもの,産物(product)ではなくプ ロセスとしてとらえるのである(De Fine, Schiffrin, & Bamberg, 2006).さらに,Bucholtz & Hall(2005)は,アイデンテ ィティの表出について,直接カテゴリーに言及したり,その他のアイデンティティを暗示したり,あるグループや人物像を 彷彿させるような言葉遣いをしたりするなど,複数の指標を通してあらわれてくる点を指摘している.
日系南米人のアイデンティティについては,これまで主として社会学(社会心理学,社会家族学等)からのアプローチに よる研究が多かった.集住地域や学校へのフィールドワークやステークホルダーへの聞き取り調査やアンケート調査といっ た方法を用いて,教育環境や生活状況の実態をあぶりだし,それらの結果をもとに彼らがどのようなアイデンティティを形 成するのかといった研究が行われてきた(例:関口,2007, 永田・藤本,2007).一方,当事者の語りを社会言語学的にミク ロに考察する研究はこれまでにまだまだ積極的に行われてきたとは言えない.
3. データ
本稿で考察対象とするのは,3 名のインタビューナラティブである.それぞれ約 1 時間にわたり移住や現在の暮らしにつ いて自由に語ってもらった.調査協力者のプロフィールは以下の表 1 のとおりである.
表 1.インタビュー協力者のプロフィール 氏名1
(仮名)
年代 来日時期 国籍 言語 家族について
Erika 20代 生後2か月 ブラジル
日系4世
日本語 ポルトガル語
(日常会話レベル)
父(日) 母(日) ポルトガル語, 日本語(初級)
姉 日本語,ポルトガル語(中級,Erikaより上)
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John 30代 20歳 ペルー 日系3世
日本語 スペイン語
(バイリンガル)
父(日) スペイン語のみ
(母(ペルー) スペイン語のみ)
妻(ブラジル,日系3世)ポルトガル語のみ 長女(中学生),長男(1歳),次男(0歳)
Marco 20代 3歳 ペルー
日系4世
日本語
(より自信がある)
スペイン語
父(ペルー) スペイン語,日本語(初級レベル)
母(ペルー,日系2世) スペイン語,日本語(中級)
弟(日本で生まれる) 日本語,スペイン語(初級)
4. 考察
語りの中で表出したアイデンティティは以下のようにまとめられる.
4.1 出身国(国籍)人
(1) 1. Erika: わりかし,こう,私は,まー,その,幼いときとか,両親からブラジル人と言われていたから,
2. I: うん.
3. Erika: 自己紹介するとなったら,
4. I: うんうん.
5. Erika: 「私はブラジル人です」って,何の疑問もなく周りの友だちに言ったから.
(1)では,両親からブラジル人だと言われて育てられたことがわかる.発話 5「何の疑問もなく」からわかるように,Erika にとってブラジル人であることは当然のことだと受け止めている.Marco も,両親からペルー人だと言われて育ち「それは 変えられないと思っている」と語っている.
4.2 家族のメンバー
(2) 1. Erika: で,まー,姉たちも,まー,それなりにポルトガル語ができるし,
2. I: うーん.
3. Erika: 両親とポルトガル語をしゃべったり/してて\でも,私はそのポルトガル語の会話の中には入れないんで
すよ.
4. I: /うんうん\ ああ,なるほど.
5. Erika: そういうのとかが,全部がつながって.
6. I: あー.
7. Erika: 「ああ,私は家族とも違うんだ.ブラジル人のコミュニティの中にも入れないんだ」っていう気持ちにな
って.
Erika 自身家族同様ブラジル人であると考えているものの,ポルトガル語の運用レベルが両親や姉と異なるため,自分は
(ブラジル人ではあるものの)家族やブラジル人コミュニティとは「異なるブラジル人」で,家族の中でも異質であること にとまどい苦しんだという.言語運用レベルが異なる点で家族というコミュニティ内のメンバー間に断絶があるという点は John や Marco の語りにもみられた.
4.3 外国人
(3) 1. Marco: やっぱり,でもたぶん外国籍の子ども,結構いじめられたりするんで.やっぱり外国人なので,顔立ちが
はっきりしてたので.
2. I: でも,すごい格好いいからもてたんだろうなとか思うけど.
3. Marco: いやいやいや,そんなことない/です\やっぱりちっちゃいときは,いじめ,言い方は悪いですけど,
4. I へー.うんうん.
5. Marco: 小学校のときは,結構,何か差別じゃないですけど,そこまではいかないんですけど,いじめ的なのはた
ぶん外国籍の子とかやったら,1回ぐらいはあるかもしれない.
Marco が小学校時代の思い出について語っている場面である.小中学校の思い出の語りでは,クラスメイトから外国人と してみなされ,とりわけ外見の「違い」からいじめられたことが繰り返し語られた.語りの中で繰り返し用いられる「やっ ぱり」にみられるように,外国人がいじめられるという命題は一般性が高いという話者のスタンスことが読み取れる.Erika も,外見ではいじめられることはなかったものの,名前が長い(ブラジルの名前)ためにその「違い」から外国人としてか らかわれたことを語っている.
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興味深いのは,John の語りである.(4)では「一般的な外国人」(工場で働く外国人,日常生活で日本語を話す必要もない し日本人との交流もない)について否定的評価(単純な人生)をしていることがわかる.
(4) 1. John: 日本に,日本に来てる,ま,工場とか働いてる外国人は /もう\日本語使わなくてもいいっていうふうに
設定されてるんですね.
2. I: /うんうん\ あ,そうなんですか.
3. John: はい,もう,日本語はまったくゼロで大丈夫なんで,単純労働.
(中略)
4. John: すごい,ほんとに単純な人生なんですね.
5. I: あ,じゃあ,まあ,あんまり,こう,い,いわゆる日本の人と交流とかもしなくても?
6. John: しない,しないですね,とか.
7. I: あー,そうなんや.
8. John: い,一般の,い,あの,外国人,僕は今ちょっとお父さんイメージして話してるんですけど.
4.4 日本人
(5) 1. Erika: だから,なおさら,すごい,私とは,こう,違うっていう扱いを/受けたという\
2. I: /あー\
3. Erika: とか「Erika は日本人だからね」みたいな.
4. I: あー.
5. Erika: 一応,私もブラジル人なん/だけど\,あの子は日本,日本語も得意だし,
6. I: /うんうんうん\.うーん.
7. Erika: 逆に,ポルトガル語は話せないから,
8. I: うーん.
9. Erika: 日本人みたいな感じで,逆に,その,母語教室でちょっと仲間外れにされた
ブラジル人コミュニティ(母語教室)で,ポルトガル語が(うまく)話せないのに対して日本語が上手に話せるという理 由で「日本人」とみなされるが,「日本の学校」では,ともだちから「ルマはブラジル人だよね」と言われる.さらに例(2)
の語りでみられたように,家族とは「異なるブラジル人」でもある.Erika が複数のアイデンティティで悩む様子が語りか ら読み取れる.
(6) 1. Marco: 自分自身は外国人の子.回りからは「おまえは日本人や」って言われますけど,でも,日本人としては,
話す部分でもそうですけど,振る舞いとかもたぶん日本人っぽいとは思うんですけど,自分がどこかと言 われたらペルーですし,それは変われないんで.ほぼ見た目ですし,日本で通らないじゃないですか,こ んな見た目では.見た目だけでいえば.
Marco は,回り(親しい友人たち)から食べ物の指向や振る舞いから「日本人や」とみなされているものの,外見(見た 目)では異なるため,日本人とはみなされないと自認している.
4.5 母語(継承語)話者
(7) 1. Marco: なんていうんですかね,その学校に行って,日本語を勉強して帰ってきてからスペイン語の勉強をしてた みたいな.
2. I: じゃあ,お父さん,お母さんはやっぱりスペイン語でずっと生活,
3. Marco: 通信教育で,家ではスペイン語.
4. I: そうなんや.
5. Marco: で,しゃべりながら,遊ぶ時間もなかったですし,
6. I: そうか,/そうか\
7. Marco: /それで\親とずっとけんかして.今では感謝していますけど.
Marco は,小中学校の放課後や休日に通信教育でスペイン語の読み書きを勉強したが,遊びの時間が削られるため嫌だっ た.しかし,高校に入って,友人からスペイン語もできるのはかっこいいと言われるようになり,その頃からスペイン語を 学習させてもらったことに感謝するようになった.Erika も語りの中で,中学校後半から両方の言語を学ぶことを肯定的に 受け止めるようになり,二人とも複数の言語(文化)を有することを強みにした職業に就く(目指す)ようになる.
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4.6 職業人,地域住民
(8) 1. John: ちゃんとした言語を使って,/ちゃんとした\,こう,ね,いろんな人と調整,コーディネートしながら,
2. I: /うんうん\ うんうん.
3. John: するような仕事ができることに,私は,あ/のー\満足じゃないんですけど,まあ.
4. I: /うーん\ うーん.
5. John: いいんかなという( ).
工場で働いていた John は,日本人との交流もなく日本の制度も知らないままで社会保険や雇用保険の未払いという経験 を経て,新しい職業を探すようになり,現職の交流協会での仕事を得た.日本語を全く話さない仕事(例 4)ではなく,「ちゃ んとした言語」を使う仕事を肯定的に受け止めている.
(9) 1. 小田原: 何か,こう,一緒にまちづくりしてるみたいな.
2. John: [笑]そやな,ま,ちょっと,こう,意識の行き違いとかあったりするから.
3. I: [笑]
4. John: 何て言うの,ま,僕的には,僕は,その,あの,あのー,あの,住んでるところに,
5. I: うん.
6. John: きちんと何か,あのー,ま,貢献したいという考えもあるし.
John は仕事以外にも,自身が住む地域の国際交流センターで,まちづくりの活動に積極的に参加している.インタビュー 中に同じ部屋にいたセンタースタッフの小田原もときおりインタビュー談話に参加しているが、小田原の発言の「わたしら の活動」「一緒に」という表現からも John のコミュニティでのメンバーシップがうかがえる.(9)は,John の地域住民とし てのアイデンティティが表出し,積極的・主体的住民になりたいというスタンスが読み取れる.
5. おわりに
インタビューナラティブの談話分析の結果,日系 3 世・4 世の若者たちは,複数のアイデンティティ(例:日本人,ブラ ジル人,外国人)に立ち向かい悩んできたことが明らかとなった.そしてこれらは,インタビュイー本人の意識に反して,
彼らの周りの人たちによって(主として「異なる者」として)ラベル付けされていることもわかった.本稿ではスペースの 制限上割愛したが,彼らの語りの中で,それぞれが,自身の職業を通して複数の言語運用能力や複数のアイデンティティを 強みに変えている(変えようとする)プロセスがみてとれる.日本在住の外国人には日本語教育が重要であるという点は指 摘されるが,彼らの語りから,文化も含めた母語(継承語)教育の役割も考えていく必要があるという示唆がみえてくる.
加えて,受け入れ側が共に生活するメンバーであることを認識することが重要であり,共生をめざした多様性受容のための 学習(学びや気づき)が必要である点も主張したい.
謝辞 インタビュー調査にご協力いただいたみなさまにお礼申し上げます.本研究は,龍谷大学国際社会文化研究所指定研 究「異文化理解と多文化共生―人口減少社会を見据えたミクロ・マクロからのアプローチ」(研究代表者:村田和代,2017
~2019 年)の研究成果の一部である.共同研究者の秦かおり氏,山口征孝氏に感謝いたします.
参考文献
Bucholtz, M., & Hall, K. (2005). Identity and interaction: A sociocultural linguistic approach. Discourse Studies, 7(4-5), 585-614.
De Fina, A., Schiffrin, D., & Bamberg, M. (2006). Introduction. In A. De Fina, D. Schiffrin, & M. Bamberg (eds.) Discourse and Identity, 1–23. Cambridge: Cambridge University Press.
Marra, M. and Angouri J. (2011). Investigating the negotiation of identity: A view from the field of workplace discourse. In M. Marra and J. Angouri (eds.) Constructing Identities at Work, 1-14, Basingstoke: Palgrave Macmillan.
永田素彦・藤本久司 (2007).日系南米人の若者のアイデンティティと生活経験の関係:三重県でのアンケート調査をもとに 三重大学人文学部文化学科研究紀要 24, 69-84
関口知子 (2007).在日日系ブラジル家族と第二世代のアイデンティティ形成過程:CK/TCK の視点から 家族社会学研究 18(2), 66-81
Woodword, K. (2002). Understanding Identity. London: Arnold.
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