外国語学部 国際文化交流学科3年
萩 原 愛 実 音 楽 家 た ち の 現 実 と 理 想
■私と音楽
私は音楽が好きだ︒聴くこともあれば︑演奏側
にまわることもある︒自慢するほどでもないが︑
家にあるCDの枚数は200枚を超える程度だ︒
コレクション癖があるからと言えばそれまでだ
が︑私は音楽を〝CDで聴くこと〟にこだわって
いたいと思っていて︑楽曲をダウンロードするこ
とは一度も試したことがない︒その好きが高じて︑
最近︑CDショップでバイトを始めた︒普段当た
り前のようにCDを買って︑聴いてと繰り返して
いたが︑バイトを始めてから現実を味わうことに
なった︒
■CDの現状
現在の音楽業界は不振だ︒と言うのも︑今まで
メインコンテンツであったCDの売り上げが減少
傾向にあるからだ︒私自身がバイトをしていても︑
売り上げの不振を感じる︒有名なアーティスト︑ 所謂︑大御所のCDであればそこそこの売り上げ
を発揮するが︑それもあまりいい数字をたたき出
しているとは言えない︒バイトをする前の私の印
象としては︑以前の様には売れないものの︑そこ
まで落ちてはいないのではないか︑と言ったもの
だ︒と言うのも︑ライブコンサートは以前よりも
人が入るようになっているのだ︒音楽への関心度
と言うのは年々高まっているとも考えられるだろ
う︒しかし︑実際に私が店で観察してみると︑見
に来る人はいても買う人は少ないといった傾向
にある︒勧めてみてもなかなか食いつかないのが
印象だ︒
全体的な数字を見てみると︑CDの売り上げ
は減少傾向にある様だ︒日本レコード協会の統計
を見てみると︑ここ十年で売り上げは︑はっきり
と右肩下がりになっている︒ちなみに︑十年前の
2003年に流行した曲を見てみるとSMAPの
﹃世界に一つだけの花﹄がある︒こうした日本全体
に浸透するような曲が多く︑他には一青窈の﹃も
らい泣き﹄︑森山直太朗の﹃さくら︵独唱︶﹄がある︒
私の専門であるバンド系を見てみると︑175R
やORANGE
RANGE︑ROAD
OF
MA
JORなど︑学生に人気を博したバンドが健在の
時期であった︒
グラフによると︑2007年から2008年あ
たりから減少が激しい︒2008年のシーンは
ジャニーズの独壇場といった印象が強く︑嵐やK
AT
TUNといった面々の曲が年間売り上げの
−
トップ10を占めている︒しかし︑現在まで印象
に残るような曲は少なく︑GreeeeeNの﹃キ
セキ﹄ぐらいが印象強いのではないかといったと
ころだ︒ちなみに︑この時期︑様々なバンドのメ
ジャーデビューが相次いだ年なのだが︑バンド好
きが注目する程度で︑お茶の間に浸透するような
ルーキーは台頭しなかった︒
CDの売り上げは曲の注目度や流行度によっ
て左右される︒そのことはもちろんだが︑もっと
重要な要因には﹁音楽ダウンロード﹂というもの
の台頭があるだろう︒最も有名な音楽配信サービ
スのiTunesが立ち上がったのは2003
年︒2007年あたりからは着うたなどのコンテ
ンツが確立し︑欲しい曲だけを︑CDを買うより
安く︑手頃に︑手に入れることが出来︑MP3な
どで音楽を持ち歩くことを前提にすると︑CDか ら取り込む手間もダウンロードによって省くこと
が可能という事であった︒気軽なダウンロードと
MP3の普及は︑CDを買う事の意味をなくして
しまったかのように見える︒
■特典の存在
CDの売り上げの減少が見え始めたころを見
計らったかのように目立ったことがある︒﹁特典付
CD﹂というものだ︒特典DVDのついたCDと
言うのが最も見られるものではないだろうか︒収
録曲のプロモーションビデオなどを収録したDV
Dを初回限定盤と言う形で売り込む形態が増え
た︒その名称通り︑特典が付くのは初回の生産分
のみであり︑発売から一ヶ月以内に特典付のもの
がなくなっていく仕組みだ︒
今までこうした形態が全くなかったわけではな
い︒例えばジャニーズアイドルたちのCDは︑同
じ曲のものでも︑内容の違う特典DVDや別バー
ジョンのジャケットなど三枚程同時に発売するこ
とがあった︒そして︑通常盤と差別するために︑
別バージョンの限定盤は出荷枚数が限られてお
り︑発売二週間以内に買い求めなければ入手の手
段を失ってしまう︒だだ︑こうした形式が︑かつ
てはアイドルグループによく見られたものだった
ところ︑最近はどのアーティストも取り入れてい るといったところである︒
曲だけ手に入れるならダウンロードで済むが︑
こうして特典になる映像やジャケットは配信され
ない︒この付加価値はCDが完全に売れなくなっ
てしまう事態を防いでいる要因として︑重要視さ
れていく︒
ダウンロードする楽曲との差別化として進めら
れていく特典付CDたちは︑DVDという形の特
典にはとどまらなくなっていく︒と言うのも︑映
像を座って見る時間がないのである︒音楽と違い︑
DVDから携帯プレイヤーへの変換が簡単にでき
ないため︑持ち運ぶことも出来ない︒特典として
は魅力に感じないというお客さんもいるのだ︒し
かし︑付加価値がないとCDは出ていかない︒そ
の付加価値はDVD以外のものも担っていくこと
になった︒
最近の例としては︑サザンオールスターズの
﹃ピースとハイライト﹄の初回限定盤だ︒これの特
典はポンチョ︑サザンのロゴの入った雨具であっ
た︒CDの購入者限定の色で︑特典でありながら
もしっかりした素材でできているので実用性も高
い︑といったところであった︒
しかし︑私のバイト先ではこの特典付﹃ピース
とハイライト﹄の売り上げは︑通常盤の半分とい
音楽家たちの現実と理想
う結果となった︒限定という事もあって食い付く
人もいるのだが︑この﹃ピースとハイライト﹄の場
合︑雨具を入れるためパッケージが通常のCDよ
り大きい︒ふらっと立ち寄ったお客さんがちょっ
とCDを買おう︑と思って手に取るサイズではな
いのだ︒更に︑もちろん︑CDだけのものと違って︑
付属するぶん若干値段が上がる︒お客さんを惹き
つけるために考えた工夫のせいで︑お客さんに負
担をかけ︑さらに遠ざけるといった結果になって
しまっているように感じた︒
一方︑特別なグッズやDVDを付けなくても大
きな売り上げを示すCDもある︒初回生産分に
のみ﹁ライブチケット先行予約﹂の行えるCDだ︒
主にバンドのCDに見られる形式だ︒ 初回盤の様にパッケージが変わったり︑何か特
別なおまけがついているわけではない︒値段にも
変わりない︒しかし︑初回生産分を求めてお店に
急ぐ人々︒その理由は︑ライブの先行予約に必要
なシリアルコード︑もしくはそれ専用のURLを
手に入れるためだ︒時に︑CD購入者のみ入手可
能なライブチケットもあったりする︒一般発売の
チケットは即完売してしまうこの頃︑この先行予
約はチケットを手に入れられるチャンスの内の一
つとして︑ファンたちに求められることになる︒
■﹁CD﹂として
CDは音楽を聴くためのものではあるが︑アー
ティストたちにとって︑そのCD自体が作品であ
り︑その一枚丸ごとを楽しんでほしいと思う人も
多い︒収録される音楽だけでなく︑ジャケットや
歌詞カードなどに︑楽曲の世界観を見せ︑その一
枚丸ごとでメッセージを詰め込む︒私がどうして
サザンオールスターズ
『ピースとハイライト』
MONOBRIGHT
『three』初回封入 チケット予約 URL
もCDにこだわりたいのも︑こうしたこだわりの
あるCDに心惹かれるからである︒
最近︑バンドシーンの最前を行っているバンド︑
andropのCDは特にCD一枚という形への
こだわりが強いように思う︒彼らが2012年の
末に出したアルバム﹃one
an
d
zero﹄初
回盤のパッケージを見ていただこう︒
まず︑プラケースは珍しい色付きのものだ︒白︑
もしくは黒のトレイケース︵CDのディスクが収
まっている場所︶が見受けられる程度で普通は透
明である︒そして︑もう一つ目を惹くのは︑歌詞
カードが見当たらない点だ︒
写真ではCD帯を残していたため︑このCDの
タイトルロゴを添えられたが︑この帯を抜くと
ケースとCDのみがこのアルバムのパッケージと
いう事になる︒
見た目からして普通の
CDとは違う面白さがあ
るが︑買って開けてからも
大発見だ︒CDを聴くの
にトレイからディスクを外
すとその下に何やら紙が
見つかる︒﹁zero﹂と書
かれたこの紙をトレイから
取り出し開くと︑なんと︑
歌詞が出てくるのだ︒ないと思われたメッセージ
は実は奥の奥に潜んでいたと言わんばかりの演出
に︑聴く前から世界観を楽しんでしまう︒そして︑
彼らがひっそりと伝えようとしていることの中に
﹁0から広がる無限﹂というメッセージが︑歌詞
カードを開くことで達成されるという︒
andropはCDのリリースを始めて以来︑
CDのジャケットやパッケージの演出に力を入れ
ており︑今回紹介したアルバム以外にも︑という
よりもリリースしたCDの九割がそれぞれのテー
マにそった趣向が凝らされているのだ︒ ■需要と理想
音楽のみでいいのか︑それともCDを買うのか︑
と言うのは︑消費者側としてはどんな利点が存在
するのかと言う点が判断基準となり︑楽曲自体の
内容にこだわりはない︒また︑アルバム形式で買っ
ても︑2︑3曲しか好きになれないと言った曲の
好みによる問題が︑ダウンロードによって好きな
ものだけ集めることのできる利点を発揮してい
る︒流行りの曲をダウンロードして︑飽きたら簡
単に削除できる︒
一方で︑アーティストたちはやはり︑アルバム
を1枚として聴いてほしいと願う︒そのために工
夫を凝らすアーティストもいる︒アルバムの中の
楽曲と言うのは︑それらが集結して初めて意味を
成す︒それを見せられればとCDに思いを込める
のだ︒
私も︑﹁CDを売る側﹂である︒CD1枚を楽
しむ︑それで魅力があると思っているので︑やはり︑
アーティストたちが聴いてほしいと感じる世界観
を大事に伝えて︑CDを手に取ってもらえる機会
作りたいのだ︒しかし︑現実として︑それだけで
はお客さんは食い付かない︒何かプラスになるも
の︑音楽︑楽曲だけでなくCDを買う事でお得に
なることと言うのを︑うまく前面に出していかな ければ︑お客さんの目を惹くことは難しいのだ︒
曲をダウンロードするだけでは得られないも
の︒それはお得なおまけなのか︑それともより深
い世界観なのか︒理想の売り方と現実の売れ方
のなかで︑今日も何か伝えようと︑音楽が産声を
上げる︒
■参考資料
2000年代のヒット曲 http://nendai-ryuukou.com/2000/song.html#03 CDの生産推移 http://www.riaj.or.jp/data/cd̲all/cd̲all̲m.html androp 公式ホームページ http://www.androp.jp/discography/
(andropと MONOBRIGHTの図は筆者の私物の写真)
音楽家たちの現実と理想