今日の話題
590 化学と生物 Vol. 51, No. 9, 2013
O 6 - メチルグアニンに誘導されるアポトーシスの分子機構
修復せずに殺してしまうしくみ
DNAは紫外線,化学物質,通常の代謝によって生じ る活性酸素など,さまざまな内的,外的要因によって絶 えず損傷を受けており,それらは修復されないと遺伝病 や,がんといった疾病を引き起こす原因となる.DNA のアルキル化塩基損傷はアルキル化剤による処理や,生 体内代謝産物である -アデノシルメチオニン,食物に含 まれる硝酸化物から生じるニトロソ化合物などによって 引き起こされる.アルキル化損傷のほとんどは -メチ ル化で,これらはDNA複製を阻害するため,塩基除去 修復によって素早く発見され除かれる.一方,グアニン の6位の酸素原子のアルキル化によって生じるO6-メチ ルグアニン (O6MeG) は,DNA複製を阻害しない.そ してこれがDNA複製の鋳型となるとき,DNAポリメ ラーゼがシトシンと同程度の割合でチミンを挿入してし まうためO6MeG : T誤対合を生じる.この誤対合は二度 目のDNA複製のあとG : CからA : Tへの変異として固 定され,細胞のがん化や疾病の原因となりうる(図1). このような状況を回避するために,細胞はO6-メチルグ アニンDNAメチルトランスフェラーゼ (MGMT) を備 えている.この酵素は大腸菌からヒトまで高度に保存さ れており,O6MeGのメチル基を自身のシステイン残基 に移すことでO6MeGからメチル基を特異的に除去して 元のグアニンに戻す(1).一方,MGMTのサーベイラン スをくぐり抜けDNA複製で生じたO6MeG : T誤対合に はミスマッチ修復 (MMR : Mismatch repair) 複合体が 特異的に結合する.O6MeG : T誤対合に結合したMMR 複合体は,損傷応答チェックポイントキナーゼATRを 活性化し細胞周期チェックポイントを発動して細胞周期 をG2/M期で止め,さらに,アポトーシスを誘導するこ とによってO6MeG : T誤対合を細胞ごと除いてしまう.
このようにして,MGMTによる修復とMMRによるア ポトーシス誘導という二重の防御システムは,O6MeG に起因する突然変異から生体を守り発がん抑制に重要な 役割を果たしている.実際に,MSH2, MLH1をはじめ としたMMR遺伝子は遺伝性非ポリポーシス大腸がんを 発症する HNPCC (Hereditary nonpolyposis colorectal cancer) の原因遺伝子として同定されており,がん抑制 遺伝子である.また,多くのがん細胞において
遺伝子のプロモーター領域のメチル化による発現抑制が 見いだされている.
MMR複 合 体 に よ るO6MeG : T誤 対 合 の 認 識 に は MutS
α
(MSH2-MSH6複合体)とMutLα
(MLH1-PMS2 複合体)が重要な役割を果たしている.このとき,ATRとその結合タンパク質ATRIPがO6MeG : T誤対合 複合体に特異的に結合して活性化し,下流のチェックポ イントキナーゼCHK1をリン酸化する.興味深いこと に,G : Tミ ス マ ッ チ 部 位 に 結 合 し たMMRで は こ の ATRの結合とCHK1のリン酸化は起こらない(2).した がって,MMRによるO6MeG : T誤対合認識の分子機構 は複製エラーによって生じた誤対合を切り出して修復す る,いわゆる「ミスマッチ修復」の場合と異なる.一方 で,O6MeG : T,もしくはG : T誤対合に結合したヒト MutS
α
の結晶構造解析から,両者の構造に顕著な違い が見られないことが示された(3).MutSα
,もしくはそれ に結合するATRがどのようにこれらの誤対合を区別し ているのかの詳細はいまだ不明で,さらなる解析が待た れる.近年,DNA損傷部位におけるエピジェネティッ クな変化に伴うクロマチンの動態変化(クロマチンリモ デリング)とDNA修復やチェックポイント応答が密接 にかかわっていることがわかってきている.G : T誤対 合の場合ではMutSα
がATP結合に依存して誤対合部位 に結合し,そのクロマチンリモデリング活性によりヒス トンコアタンパク質複合体をDNA上から引きはがす.G C CHG C G
3 CH3
MGMT T A T
アルキル化剤
DNA複製 DNA複製
MMR
アポトーシス
?
がん化
(G:C→A:T)突然変異
図1■O6-メチルグアニンに対する応答
アルキル化剤で生じたO6-メチルグアニンは2回の複製の後G : Cか らA : Tのトランジションを起こし,突然変異の原因となる.細胞 内ではO6-メチルグアニンはMGMTによって直接除かれるか,ま たはミスマッチ修復依存のアポトーシスで細胞ごと除かれる.
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化学と生物 Vol. 51, No. 9, 2013
このとき,ヒストンH3のリジン115および122のアセチ ル化は,MutS
α
のクロマチンリモデリング活性を促進 する(4).一方,O6MeG : Tを基質とした実験結果はまだ 報告されておらず,MutSα
のO6MeG : T誤対合におけ るクロマチンリモデリング活性と,O6MeG : T誤対合に 依存したチェックポイント応答とアポトーシス発動の関 連については興味がもたれる.S期に生じたO6MeG : TにはMutS
α
が結合し,ATR, CHK1のリン酸化が起こるが,この段階ではチェックポ イントの応答は起こらずに細胞周期は停止することなく 次の細胞周期のラウンドに突入する.そして,O6MeG に起因するMMRが誘導するアポトーシスは,二度目の S期を経て停止したG2/M期で起こる.この時期には チェックポイントキナーゼATM, CHK2のリン酸化,さ らにはヒストンH2AX, 一本鎖結合タンパク質RPAのリ ン酸化も観察される(5).これらのことから,MMRが O6MeG : T誤対合を修復できずに反応を繰り返すfutile repairが起こり,この際生じたssDNAギャップや二本 鎖切断などがアポトーシスの引き金になる可能性が示唆 される(6).一方で,前述のようにMMRがATRを直接 活性化することや,修復能を欠いたMSH2の特定の変 異体がアルキル化損傷に応答してアポトーシスを誘導で きることから,O6MeG : Tに結合したMMRによる直接 的なアポトーシスシグナルの誘導の可能性も考えられて いる.われわれの研究グループでは,O6MeGに誘導される アポトーシスの分子機構を明らかにするため,ジーント ラップ法を用いて変異導入したマウス線維芽細胞より網 羅的なスクリーニングを行いアポトーシス関連遺伝子の 同定を試みている.その結果,新規に (O6- Methylguanine-induced apoptosis 1) お よ び
(O6-Methylguanine-induced apoptosis 2) を同定した.
そして,MAPO1は常染色体優性遺伝子疾患で皮膚病変 や腎腫瘍などを引き起こすBirt-Hogg-Dubé症候群の責 任遺伝子産物であるFLCN,細胞内エネルギーセンサー として働くAMPK複合体と相互作用してMMR依存の アポトーシス制御を行っていることを示した(7, 8).ま た, を発現抑制した細胞ではアルキル化剤で引 き起こされる種々のアポトーシスのイベントが抑制され ることから,MAPO2はアポトーシス誘導過程で重要な 役割を果たしていることを示した(9).しかしながら,こ れらの解析は複雑に入り組んだアポトーシス経路の一部
のみを観察していると考えられ,MMR依存のアポトー シス制御のメカニズムを把握するためには,MMRによ る損傷認識後にMAPO1ならびにMAPO2の活性化にか かわる新規因子の同定がブレイクスルーになると思われ る.
われわれの体はDNAをアルキル化するさまざまな物 質に常に暴露されている.また,テモゾロミドなどのア ルキル化剤はその特性から神経膠腫治療の有効な手段と して利用されている.このようにアルキル化損傷に応答 したMMRが誘導するアポトーシスは身近な場所でも常 に働いており,この経路を明らかにすることは,発がん 抑制とがん治療を考えるうえで重要であると考えてい る.
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(藤兼亮輔,福岡歯科大学細胞分子生物学講座)
プロフィル
藤兼 亮輔(Ryosuke FUJIKANE)
<略歴>2005年大阪大学大学院理学研究 科生物科学専攻修了,博士(理学)/九 州大学農学研究院学術研究員 (〜 2006), キ ャ ノ ン ヨ ー ロ ッ パ 財 団 フ ェ ロ ー (〜
2007),パリ第11大学ポスドク (〜2008), アンリポワンカレナンシー第1大学ポスド ク (〜 2010),2010年4月より現職<研究 テーマと抱負>ミスマッチ修復タンパク質 に誘導されるアポトーシスの分子機構の解 明<趣味>猫,テニス,家庭菜園