InsurTech と保険規制のあり方
2019/07/20 根本篤司
(九州産業大学商学部)
日本保険学会九州部会 25 周年記念大会シンポジウム
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1. はじめに
( 1 )構成
1. はじめに
2. FinTech と InsurTech の展開
3. InsurTech と保険事業のアンバンドリング・リ
バンドリング
4. InsurTech と保険規制のあり方
( 2 )報告の概要
本報告の概要は、次の通りである。
① FinTech との比較を通じて InsurTech の現状を確認す ること
② InsurTech が保険事業に及ぼす影響について、保険
事業のアンバンドリング・リバンドリングを想定しな がら検討する。
③ その結果、 1 )保険料負担の増大により保険の加入 機会が減少すること、 2 )過度な保険料率引下げ競 争が展開すること、 3 )取引コストの増大により適正 な保険料水準が不明になること、 4 )保険利用者に 関する情報漏洩の対応が問題として挙げられる。
④ 結論として、上記の問題点にかかる規制の強化あ るいは緩和の方向性をめぐる議論を行った。
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2. FinTech と InsurTech の展開
(1)FinTechとInsurTechの特徴
FinTech
(フィンテック):Finance
(金融)×Technology
(テクノロジー)① 高度な情報技術、先端技術、デ ジタル・テクノロジーを活用した 金融サービスを提供する機会
オンラインレンディング、P2P
、ロボ アドバイザー、仮想通貨、クラウド・ファンディングなど
② 金融機関と利害関係者のネット ワーク化が進む機会
③ 金融サービス業の付加価値を転 換する機会
安全性重視から安全性重視+利 便性重視へ④ 金融機関のビジネス・モデルを 変革する機会
金融機能のアンバンドリング・リバ ンドリングInsurTech
(インシュアテック):InsurTech
(保険)×Technology
(テクノロジー)(あるいは保険分野における
FinTech
)① 保険契約管理や保険金支払い に伴う事務処理の効率化の機会
ペーパーレス化、AI
② 損害調査や逆選択抑制を実行 化する機会
③ ユニークな保険商品を開発・販 売する機会
ウェアラブル端末と健康増進型保 険
スマートカーとテレマティクス保険 P2P
保険④ 保険会社のビジネスモデルの変 革機会
保険事業の(バリューチェーンに 基づく)アンバンドリングのリバンドリング 6
( 2 ) FinTech と InsurTech の内容
商品・手段 機能 特徴・備考
モバイル決済 送金・決済
8.7
億人)、Alipay
(4.5
億円)仮想通貨 送金・決済 ビットコイン、アルトコイン 電子レシート 会計管理 購買履歴データの利活用
ロボアドバイザー 資産運用 自動的な資産運用(ポートフォリオ)の 提案
クラウド会計 企業会計 企業会計の合理化
トランザクション・レンディング 資金調達 過去の取引履歴に基づく融資
クラウド・ファンディング 資金調達
WEB
経由での資金調達の呼びかけに 対する不特定多数の者の資金提供 テレマティクス保険 保険 テレマティクス技術を活用した自動車保険
健康増進型保険 保険 ウェアブル端末を活用した生命保険
出所:経済産業省(2017)を参考に報告者作成。
( 3 ) FinTech 、 InsurTech への投資
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出所:Accenture HP(https://www.accenture.com/jp-ja/insight-fintech-2018)より報告者作成。
1,889 2,548 3,231 4,819
13,337
21,170 23,255
27,445
338 476 638 812 949
1194
1805
2694
0 500 1000 1500 2000 2500 3000
0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000
2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年
(件数)(百万ドル)
347 275 869
2,715
1,699 2,245
4,152
37
62
79
111
162
196
235
0 50 100 150 200 250
0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 4,500
2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年 2018年
(件)
(100万ドル)
出所:Willis Towers Watson(2019)「The Quarterly InsurTech Briefing Q4 2019」より報告者作成。
図表1 FinTechにかかる資金調達額と取引件数
図表2 InsurTechにかかる資金調達額と取引件数
• InsurTech への投資は
FinTech の投資先の一
つ。 2012 年より本格化。
• InsurTech の資金調達額 の水準は FinTech の 0.14 倍(平均値)程度。
• InsurTech への資金調達 額は基本的に増加基 調。
• ( 2014 年以降) FinTech と 比して InsurTech の資金 調達額は急伸した年が ある( 2015 年、 2018
年)。
( 4 ) FinTech ・ InsurTech がもたらすもの
FinTech
① 消費生活の高度化(フロー面)
キャッシュレス決済による購買の利便 性向上
消費・取引データの活用→
信用付与 の機会② 資産形成の推進(ストック面)
資産内容を即時的に可視化→
資産管理③ 企業の生産性向上
前提:バックオフィス業務のクラウド化(経理面)
④ 企業の資金調達の円滑化(財務 面)
担保によらない融資(条件:取引実績、在庫量)
資金調達手段、決済手段、運用手段の 多様化
取引コストの低下
指標:サプライチェーン全体の資金循環 の効率化InsurTech
① 健康寿命・平均寿命の延伸
健康増進型保険の活用② シャアリング・エコノミーの推進
自家用車の商用利用時(例:uber
)の リスク担保③ 自動運転社会の実現の支援
交通事故のビッグデータの活用
テレマティクス保険の高度化④ 安全社会の実現
住宅利用へのテレマティクスの活用⑤ 社会的紐帯・相互扶助の明確化
P2P
保険の活用によるコミュニティの 活性化経済活動の活性化・高度化
( FinTech 社会の実現)
経済的安定と安心感の付与
( FinTech 社会の安定化)
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3. InsurTech と保険事業の
アンバンドリング・リバンドリング
( 1 ) InsurTech が保険事業に及ぼす影響
• IAIS ( 2017 )の予測
• Scenario 1 :商品開発、流通、保険引受け、契約管理
と消費者との相互作用は保険会社に残るか、アウト ソーシングされる。
→ 保険事業のアンバンドリング
• Scenario 2 :テクノロジー企業が複数のプラットフォー
ムを介して消費者と良好な関係の構築に成功する。
保険会社はリスクキャリアーとして残る。
→ 保険事業のリバンドリング
• Scenario 3 :大手テクノロジー企業が技術と分析の優
位性を活かして、伝統的な保険会社を市場より退出さ
せる。
( 2 )保険事業のアンバンドリング・リバンドリング
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①保険商品
開発 ②保険募集 ③保険引
受・管理
④保険金
支払い ⑤資産運用
保険商品開発事業者
・InsurTech商品開発
保険仲介業者
・プラットフォーマー
・アリゲータ業者
保険引受・管理 事業者
保険金支払事業者
・不正請求の発見
・査定業務自動化
⑤InsurTech商品を 求める消費者の ニーズ
③FinTech・InsurTech 開発企業(非金融機 関)の参入圧力
④FinTech社会 の実現を促す政 府規制
①社会・経済環境の 変化(少子高齢化、
人口減少、低金利)
②デジタル・テ クノロジーの発 展・普及
資産運用会社
・既存金融機関
バリューチェーンに基づく保険の機能分離(保険事業のアンバンドリング)
テクノロジー企業、他産業からの参入
分離した機能の組成・複合化(保険事業のリバンドリング)
出所:大和総研(2018)、p.324-p.326より報告者作成。
( 3 )保険事業のアンバンドリング分類
• A
:機能別分離型:各機能に分離、事業化• B
:製販分離型:主として商品開発にかかる機能と保険販売機能に 分離、事業化
保険開発事業者=保険商品開発(①)+保険引受・管理(③)+保険金支払(④)+資産運用(⑤)
保険仲介業者=保険販売(②)
(例)既存の保険代理店、ブローカー、ネット販売、アグリゲーター事業 者、プラットフォーム事業者などにアウトソーシング• C
:特定機能分離型:分類B
より資産運用業務を独立
保険開発事業者=保険商品開発(①)+(保険引受・管理)(③)+保険 金支払(④)
資産運用事業者=資産運用(⑤)
(例)既存の金融機関
保険販売事業者(②)13
( 4 ) InsurTech と保険事業のアンバンドリング・リ バンドリングにかかる問題①
( 1 )保険料負担と保険の利用可能性
① 健康増進型保険は、被保険者による予防の取り組みの 成果を保険契約者の保険料負担に反映する。
② 被保険者の予防の取り組みは、保険会社の保険金支 払いリスクを軽減する。また比較的リスクの小さい被保 険者を囲い込むことが可能である。
③ しかしながら、予防の成果を見込めない被保険者の保 険料負担は大きくなり、健康増進型保険に加入できな い、あるいは健康増進型保険より脱退する可能性があ る。
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( 4 ) InsurTech と保険事業のアンバンドリング・リ バンドリングにかかる問題②
( 2 )過度な保険料率引下げ競争の展開
① テクノロジー企業のサービス提供により保険利用者が 自身のリスクを把握できるようになると、保険会社が提 示する保険料率との比較が容易になる。
② 保険利用者は他社と比して低水準の保険料率を提示す る保険会社から保険商品を購入する。
③ 保険引受能力に見合わない水準まで保険料率を引き下 げ、新規保険契約者を獲得しようとする料率競争が展 開する可能性がある
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( 4 ) InsurTech と保険事業のアンバンドリング・リ バンドリングにかかる問題③
( 3 )取引コストの増大にともなう保険料の適正水準の問題
① 保険料率は保険会社が設定する危険率、予定利率、予定費 率に基づき算出される。よって、保険会社が提示する保険料 率の水準は保険会社のアンダーライティング能力や資産運 用のパフォーマンス、経営効率などの影響を受ける。
② 資産運用の機能と保険引受・管理の機能がアンバンドリング している状況では、保険資金の運用をめぐって金融機関・資 産運用会社を探索・検証するコスト、また手数料が生じる。
③ 保険利用者が支払う保険料に、これらの取引コストが上乗せ されるならば、アンバンドリング前の状況と比して範囲の経済 性が損なわれる可能性がある。
④ 取引コストの上乗せにより、保険利用者が本来負担すべき保 険金の対価である保険の経済的価値の情報をかえって撹乱 させてしまうかもしれない。
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( 4 ) InsurTech と保険事業のアンバンドリング・リ バンドリングにかかる問題④
( 4 )被保険者にかかる情報管理の問題
① 機能別にアンバンドリングされ、かつ機能別事業者間の 取引が広範囲に及ぶ場合、当該事業者が被保険者のリ スクに関する情報を閲覧する頻度は増加すると考えら れる。
② 情報管理・セキュリティにかかる費用を当該事業者は負 担しなければならない。保険料水準の引き上げ要因とな るおそれがある。
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4. InsurTech と保険規制のあり方
InsurTech と保険規制のあり方①
( 1 )保険の利用機会の担保・残余市場の設置
①
InsurTech
保険の保険引受条件について、保険の利用機会を担保できるよう制限なく厳格化しないような取り組みが必要で ある。
② あわせて、
InsurTech
保険に加入できない消費者を対象とした、いわゆる残余市場の設置に関する規制を検討する必要があ ると思われる。
( 2 )保険料率規制の強化
① 市場での過度な保険料率引下げ競争の抑制を目的に
InsurTech
保険の保険料率の設定について認可制あるいは届出制とするべきかもしれない。しかしながら、テクノロジーによ るリスク評価の精緻化により、リスクのコモディティ化が実現 する場合は、保険利用の適正水準が問題となる。
② 取引コストの増加にともなう料率設定の透明性を高めるため に、保険料率の設定をめぐる情報公開を求める規制が必要 である。
InsurTech と保険規制のあり方②
( 3 )被保険者にかかる情報管理の規制
① 被保険者のリスクに関する情報は個人情報であること、また
FinTech
社会において消費者の情報は経済的な価値をもった情報財である。
② それゆえ、アンバンドリング・リバンドリングに関連する事業者 に対して、一定水準以上の情報セキュリティの構築を義務付 けることが必要である。
③ また被保険者が情報漏えいに遭った場合の補償について、個 別企業での対応か、関連事業者全体で対応するべきか議論 は残る。
④ さらには、セキュリティ構築のコストを加入者に価格移転する べきかについても別途検討が必要と思われる。
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参考文献・資料
• OECD, Technology and innovation in the insurance sector (https://www.oecd.org/pensions/Technology-and- innovation-in-the-insurance-sector.pdf)
• IAIS, (2017) FinTech Developments in the Insurance Industry(https://www.iaisweb.org/page/supervisory- material/other-supervisory-papers-and-reports/file/65440/report-on-fintech-developments-in-the-insurance- industry)
• BIS(2017) Fintech developments in the insurance industry – Executive Summary(https://www.bis.org/fsi/fsisummaries/fintech.pdf)
• Wllis Towers watson (2019) quarterly-insurtech-briefing-q4-2018, (https://www.willistowerswatson.com/- /media/WTW/PDF/Insights/2019/02/quarterly-insurtech-briefing-q4-2018.pdf)最終閲覧日:2019年3月14日。
• 井上俊剛(2018)「FinTech革命が保険監督、保険業界に与える影響」『保険学雑誌』
• 片山ゆき(2016)「保険・年金フォーカス Fintech(フィンテック)100、1位の衆安保険を知っていますか?」
(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/53184_ext_18_0.pdf?site=nli)最終閲覧日:2019年3月14日。
• 金融庁(2018)「「FIN/SUM 2018」議事要旨」(https://www.fsa.go.jp/singi/finsum2018/finsum2018.html)
• 熊沢由弘(2018)「「健康増進型保険」の個別商品の特徴とJA共済の「健康分野」の取組みについての考察」『共 済総研レポート
• 鈴木久子(2015)「保険業界のデジタル化の現状と取り組みー行動特性データにリンクする医療保険ー」『損保 ジャパン日本興亜総研レポート』vol67
• 大和総研(2018)『FinTechと金融の未来』日経BP社。
• 大和総研フロンティアテクノロジー本部(2019)『エンジニアが学ぶ金融システムの「知識」と「技術」』翔泳社。
• デロイトトーマツコンサルティング合同会社(2015)「トレンドから読み解く保険業界の新しい将来像」
(https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/financial-services/ins/jp-ins-digital-disruption- 070116.pdf)
• 松岡博司(2018)「保険・年金フォーカス インシュアテック「スタートアップ」に対する「既成保険会社」の対応」
(https://www.nli-research.co.jp/files/topics/59349_ext_18_0.pdf?site=nli)最終閲覧日:2019年3月14日。
• 松岡博司(2018)「保険・年金フォーカス インシュアテック スタートアップの資金調達」( https://www.nli- research.co.jp/files/topics/58600_ext_18_0.pdf?site=nli )最終閲覧日:2019年3月14日。
• ボストンコンサルティンググループ(2018)『デジタル革命時代における保険会社経営』金融財政事情研究会。