エリスロマイシンやテトラサイクリンに代表されるポ リケチド抗生物質は,化学構造と生理活性の多様性に最 も富んだ抗生物質の一群である.主に放線菌などの微生 物が生産することが知られており,脂肪酸生合成と類似 した機構で生合成されることが知られている.脂肪酸生 合成では,アセチルACP(アシルキャリアープロテイ ン)とマロニルACP間のクライゼン型縮合反応により アセトアセチルACPが生成し,次いで
β
位のカルボニル 基が水酸基に還元され,さらに脱水反応によりα
,β
-不飽 和エステルに変換される.そして,さらに二重結合が還 元されることで酢酸ユニット(二炭素)が伸長したブタ ノイルACPに変換される.この鎖伸長反応サイクルを 繰り返すことで長鎖脂肪酸は生合成される.ポリケチド 生合成では,結果的に還元段階の異なる酢酸ユニットが 連結していくことにより,さまざまな組み合わせの炭素 鎖が形成されることになる.また,伸長鎖ユニットはマ ロニルCoAに加えて,メチルマロニルCoAやメトキシ マロニルACPなども存在し,ポリケチド化合物の多様 性創出の一端を担っている.鎖状構造か環状構造,また 芳香族ポリケチド化合物のようにポリケチド鎖が芳香環 化するなど,ポリケチド鎖の折り畳まれ方によっても多 様な化合物が形成される.さらには,ポリケチド合成酵 素反応以後のポストPKS修飾と言われる水酸化や配糖 化を受けることで活性型の化合物へと変換されることが 多い.そのようなポリケチド化合物の構造多様性を拡げるも う一つの要因として,ポリケチド鎖伸長における開始基 質の多様性が挙げられる(1).酢酸やプロピオン酸などの 低級脂肪酸が開始基質になる場合が多いが,エバーメク チン生合成におけるイソブタン酸や2-メチルブタン酸,
FK506生合成における3,4-ジヒドロキシシクロヘキサン カルボン酸,リファマイシン生合成における3-アミノ-5- ヒドロキシ安息香酸など,さまざまな開始基質が知られ ている(図1).本稿では,アミノ基を含有する開始基 質から形成されるポリケチド化合物,なかでもそのアミ ノ基を利用してラクタム環となった化合物(マクロラク タム)の生合成系に焦点を当てる.マクロラクタム抗生 物質は,環状アミド構造を有する点で特徴的であり,独 特な抗菌性や抗腫瘍性を有する化合物が多数知られてい る.このようなアミノ基を有する開始基質を生合成工学 手法により改変させることで,活性向上や類縁体創製も 期待できる化合物群である(2).
図2にはこれまで単離同定されたマクロラクタム化合 物をいくつか示してある.リファマイシンやレイナマイ シンの例を除いて,いずれも
β
位にアミノ基を有するβ
- アミノ酸が開始基質として生合成されていることが推察 できる.β
-アミノ酸を含むペプチド化合物は,通常のタ ンパク質加水分解酵素には認識されくいと想像される.しかしながら,なぜ多くのマクロラクタム抗生物質が
β
- アミノ酸を開始基質に用いるのかはいまだに不明であセミナー室
天然化合物の探索と創製-8β -アミノ酸含有マクロラクタム抗生物質の生合成
工藤史貴,宮永顕正,江口 正
東京工業大学大学院理工学研究科
第二部:天然物の創製
る.抗生物質としての構造と機能を獲得するために利用 しているかもしれない.
このような
β
-アミノ酸はどの生物にも存在しているわ けではなく,抗生物質など二次代謝産物を生産する生物 が独自に生合成している(図3).これまでにさまざま なβ
-アミノ酸含有型天然物が単離構造決定されており,それぞれに特徴的な生物活性を有している.たとえば,
イチイの木が産生する抗がん剤としても有名なタキソー ルは,特徴的なジテルペン骨格に
α
-L-フェニルアラニン から生合成される( )-β
-フェニルアラニン誘導体が結 合している.α
-L-フェニルアラニンをβ
-フェニルアラニ ンへと変換するフェニルアラニンアミノムターゼもイチ イから単離,クローニングされている(3).微生物が産生 するマクロラクタム化合物に話を戻すと,ヒタチマイシンは( )-
β
-フェニルアラニンを開始基質として生合成 されることが容易に想像されるが,この部位には標識L- フェニルアラニンが効率良く取り込まれることが報告さ れており(4),フェニルアラニンアミノムターゼが( )-β
-フェニルアラニンを形成して生合成されると推定でき る.ほかにも,インセドニン生合成系では標識グルタミン 酸,
β
-グルタミン酸,3-アミノ酪酸が効率良く取り込ま れたことから,グルタミン酸2,3-アミノムターゼによりβ
-グルタミン酸が生じ,さらに脱炭酸反応により3-アミ ノ酪酸が生じることが明らかになっている(5).これらの 例のようにα
-L-アミノ酸のアミノ基 転位 反応によりβ
-アミノ酸が生じることが多いが,クレミマイシンなど の3-アミノ脂肪酸はそのような転位反応を伴わないことO O CH3
CH3CH3 OH OH
CH3
CH3 O
NH O O
OH OH H3C
O O CH3 HO H3C O H3C
O
rifamycin B erythromycin A
O O
O
O O
OH OH OH
O CH3OH OCH3
CH3 O
N(CH3)2 HO Me
FK-506
O OCH3
OH O
OH H3CO
N
O O OOH O H3CO
H
avermectin
O O
O
O OH OH O
O H
O H3CO H3C O H3C O
H3CO HO O
OH
O H
OH OH
OH HO
O NH2
OH HO
O
図1■ポリケチド生合成における開始基質(スターター)の多様性
O HN
H3C
CH3 CH3
CH3 O
vicenistatin H3C O
NH OH
NH CH3 O
OCH3
CH3 CH3
CH3 O
NH N O
H H3C
OHO OHO CH3
incednine salinilactam
HN CH3
O O H3C O
cremimycin OCH3
HO
CH3
O
OH OH
O HN
ML-449 O CH3 CH3
HO OH HN
O CH3 CH3
HO OH
BE-14106
HN
H3CO O
hitachimycin CH3
O
OH OH H3C
H3C
H3C NH
HO
OH OH
OH CH3
O CH3
CH3 NH
O
fluvirucin A1 O
OOH NHOH2 CH3
NH
OH O
HO
CH3 CH3
HO CH3
OH
micromonolactam
図2■β-アミノ酸をポリケチドスターター部位に有するマクロラクタム抗生物質
O O CH3
CH3 CH3 OH OH
CH3
CH3 O
NH O O
OH OH H3C
O O CH3 HO H3C O H3C
O
rifamycin B erythromycin A
O O
O
O O
OH OH OH
O CH3OH OCH3
CH3 O
N(CH3)2 HO Me
FK-506
O OCH3
OH O
OH H3CO
N
O O OOH O H3CO
H
avermectin
O O
O
O OH OH O
O H
O H3CO H3C O H3C O
H3CO HO O
OH
O H
OH OH
OH HO
O NH2
OH HO
O
O H
N
H3C
CH3 CH3
CH3 O
vicenistatin H3C O
NH OH
NH CH3 O
OCH3
CH3 CH3
CH3 O
NH N O
H H3C
OHO OHO CH3
incednine salinilactam
HN CH3
O O
H3C O
cremimycin OCH3
HO
CH3
O
OH OH
O HN
ML-449 O CH3 CH3
HO OH HN
O CH3 CH3
HO OH
BE-14106
HN
H3CO O
hitachimycin CH3
O
OH OH H3C
H3C
H3C N
HO H
OH OH
OH CH3
O CH3
CH3 NH
O
fluvirucin A1 O
OOH NHOH2 CH3
NH
OH O
HO
CH3 CH3
HO
CH3 OH
micromonolactam
が明らかとなった(6)(図3).3-アミノ脂肪酸の炭素骨格 から容易に想像されるのは,脂肪酸生合成中間体の
β
位 がアミノ化される経路である.β
-ケトエステルがアミノ 基転移酵素によりアミノ化される機構は,ミクロシスチ ンのようなラン藻由来環状ペプチドの生合成系に見られ る戦略である.一方,クレミマイシンにおける3-アミノ ノナン酸は,α
,β
-不飽和脂肪酸エステルへのグリシンの 共役付加,引き続いてFADによる酸化反応により生じ ることがわかった.これはβ
-アミノ酸の新たな生合成経 路である.このように生成した
β
-アミノ酸が天然物に取り込まれ るので,何らかの生合成酵素がβ
-アミノ酸を認識してポ リケチド合成酵素(PKS)へと受け渡す経路が容易に想 像できる.非リボソーム性ペプチド生合成系(NRPS)においては,
α
-L-アミノ酸がアデニレーション(A)ド メインによりアデニル化されることで活性化され,隣の ペプチジルキャリアープロテイン(PCP)ドメインのホ スホパンテテイニル基にロードされる.このように生じ たアミノアシル-PCPと,生合成されてきたペプチジ ル-PCPの間でアミド結合が形成され,ペプチド鎖が伸 長していく.これと同じロジックがβ
-アミノ酸の活性化 と運搬に当てはまると予想したが,もう一手間かかる独 特な生合成ロジックが存在することが明らかとなった.ビセニスタチン生合成では,安定同位体標識化合物を 用いた取り込み実験において,グルタミン酸から変換さ れる(2 ,3 )-3-メチルアスパラギン酸(3-MeAsp)が取 り込まれ,3-アミノイソブタン酸(3-AIB)は取り込ま れなかったことから,遊離の3-MeAspがアデニル化酵 素による活性化を受けPCP(もしくはACP)へと受け 渡される経路が予想された(図4).実際に,NRPSのA ドメインと相同性を有するアデニル化酵素VinNは,天 然のL-
α
-アミノ酸を認識しないのに対し,3-MeAspを高 選択的に認識しアデニル化することがわかった.その後 はACPにロードされると考えられたが,PKSのロー ディングドメインにあるACPではなく,遺伝子クラス ター中にコードされるスタンドアローンACPである VinLに受け渡されることが明らかとなった(7).ビセニスタチン生合成系では,
β
位のカルボン酸が生 合成過程で除去されなければならないが,PLP依存型酵 素VinOにより,β
位のアミノ基を起点とした脱炭酸反 応が進行すると考えられ,実際に3-MeAsp-VinLを基質 とする脱炭酸反応がスムーズに進行することが明らかと なった.すなわち,この段階でようやくポリケチド骨格 のスターター部位に相当する3-AIBが形成されることが わかった.この結果は,遊離の3-MeAspはVinOの基質 にならず,遊離の3-AIBがビセニスタチンに取り込まれO OH NH2 O HO
O OH O HO
NH2 O
OH NH2
IdnL4 IdnL3
NH2 O
OH
O OH
O OH NH2 phenylalanine
aminomutase
incednine
cremimycin O NH
OH O
OH O OHO
H O O
O O
O
taxol O
O
hitachimycin
CmiS2 OH O NH OH O
OH O NH2
FAD
+
HO O
O H
OH O N OH O
H2O S
O CmiS1
glycine 1)
2)
3)
KS C C
CM ACP
AT AMT A PCP
McyE
S O
NH2
O
O
NH
HN N
O O O OH
O NH
O
HN
NH NH2 HN
O HN
HO OO HN O
microcystin-LR 4)
ACP
図3■さまざまなβ-アミノ酸生合成経路
O OH NH2 O HO
O OH O HO
NH2 O
OH NH2
IdnL4 IdnL3
NH2 O
OH
O OH
O OH NH2 phenylalanine
aminomutase
incednine
cremimycin O NH
OH O
OH O OHO
H O O
O O
O
taxol O
O
hitachimycin
CmiS2 OH O NH OH O
OH O NH2
FAD
+
HO O
O H
OH O N OH O
H2O S
O CmiS1
glycine 1)
2)
3)
KS C C
CM ACP
AT AMT A PCP
McyE
S O
NH2
O
O
NH
HN N
O O O OH
O NH O
HN
NH NH2 HN
O HN
HO OO HN O
microcystin-LR 4)
ACP
ないことと矛盾せず,ほかの実験の結果とよく一致して いる.
このようにして生じた3-AIB-VinLがPKSにロードさ れると考えるのが通常ではあるが,生合成遺伝子クラス ター中に生合成に関与しなくなってしまう機能未知の余 剰の遺伝子が存在するため,それらの遺伝子産物が何ら かの形で生合成に関与すると考えられた.一つはVinN と相同性のあるアデニル化酵素VinMであり,何らかの カルボン酸を活性化して,アシル化を触媒すると推定さ れた.もう一つはペプチダーゼと相同性を有するVinJ で,何らかのアミノアシル部位を加水分解する活性を有 すると推定された.そこで,VinMが3-AIB-VinLをア シル化し,VinJがマクロラクタム化前にアシル基を加 水分解する経路が想定された.このなんとも無駄な変換 反応の意義としては,PKS上での鎖伸長の際,特にモ ジュール1による鎖伸長時に生じる中間体は末端のアシ ル基がないと熱力学的に安定な六員環ラクタムとなると 考えられ,このアシル化反応はそれを回避するための保 護基として働くためのものと考えられた.
実際にVinMの酵素反応解析を行うと,VinMは低級 脂肪酸を認識せず,L-
α
-アミノ酸の中でも,グリシン,アラニン,セリンといった比較的小さなアミノ酸をアデ ニル化する活性を有することがわかった.さらに,
ATP存在下で3-AIB-VinLとVinMとアラニンを混合す ると3-AIB-VinLがアラニル化された分子由来と考えら れるマススペクトルが得られた.興味深いことにVinM
はVinLを直接アミノアシル化する活性をもっていな かった.さらにVinN, VinM, VinO, VinL, 3-MeAsp, ア ラニン,ATPが同時に存在する条件下ではAla-3-AIB- VinLだけが選択的に生成することから,VinMは3-AIB- VinLを受容体として選択的に認識してアミノアシル化 する酵素であることがわかった.
ビセニスタチン生合成に関与するPKSの特徴として,
ローディングモジュールに単独のACPドメインが存在 することが挙げられる.このACPドメイン(VinP1-Ld- ACP) に,先 に 述 べ たAla-3-AIB-VinLか らAla-3-AIB が転移されると推定した.またこの反応は遺伝子クラス ター中の単独のアシル基転移酵素VinKが触媒すると予 想された.実際にVinP1-Ld-ACPを単独発現させて,酵 素反応解析してみると,予想したとおりにAla-3-AIB- VinLのジペプチド部位がVinP1-Ld-ACPに転移される こ と が わ か っ た.ま た,Ala-3-AIB-VinL, 3-AIB-VinL, 3-MeAsp-VinLの三者を等モル混合してアシル基転移反 応を行った場合,Ala-3-AIBだけが選択的に転移された 生成物が検出されたため,VinKはAla-3-AIB-VinLを選 択的に認識することも明らかとなった.すなわち,末端 のアラニル基の存在はVinKによる基質認識能にも関与 することがわかった.一方,VinKがどのように受容体 であるVinP1-Ld-ACPを認識するかは不明で,現在,酵 素の結晶構造解析研究を進めている.
Ala-3-AIBを開始基質としてPKSにより鎖伸長が触媒 され,マクロラクタム化される前に末端のアラニル基が
L-Glu
VinN
holo VinL O
OH NH2
VinH, VinI NH2 CH3
NH2 CH3
O O
AMP
ACP KS MT
DH ER
ACP KR VinP1 mod1
S S
O CH3
NH O
CH3 NH
H2N O
O H2N
VinO
L-Ala VinMATP
NH2 CH3
S O
VinL H2N
CH3
S O
VinL
NH CH3 S O
VinL O
CH3
VinK ATP
H2N
CH3
CH3
VinP1, 2, 3, 4
HO S
H3C
CH3 CH3
CH3 O KS
MT DH
ACP KR VinP4 mod8
TE HN NH2
O CH3 VinL : acyl carrier protein (ACP)
MeAsp-VinL 3-AIB-VinL
M
HO H
N
H3C
CH3
CH3
CH3 O VinJ
HO S
H3C
CH3
CH3
CH3 O KS
MT DH
ACP KR
TE NH2
TE O
HO
O HO
O OH
O HO
O HO
O H
N
H3C
CH3
CH3
CH3 O
vicenistatin H3C O
NH OH H3C VinC VinP1 Ld
Ala-3-AIB-VinL
図4■Vicenistatinのβ-アミノ酸(3-アミノイソブタン酸)の取り込み機構と生合成
L-Glu
VinN
holo VinL O
OH NH2
VinH, VinI NH2 CH3
NH2 CH3
O O
AMP
ACP KS MT
DH ER
ACP KR VinP1 mod1
S S
O CH3
NH O
CH3 NH
H2N O
O H2N
VinO
L-Ala VinMATP
NH2 CH3
S O
VinL H2N
CH3
S O
VinL
NH CH3 S O
VinL O
CH3
VinK ATP
H2N
CH3
CH3
VinP1, 2, 3, 4
HO S
H3C
CH3 CH3
CH3 O KS
MT DH
ACP KR VinP4 mod8
TE HN NH2
O CH3 VinL : acyl carrier protein (ACP)
MeAsp-VinL 3-AIB-VinL
M
HO H
N
H3C
CH3
CH3
CH3 O VinJ
HO S
H3C
CH3
CH3
CH3 O KS
MT DH
ACP KR
TE NH2
TE O
HO
O HO
O OH
O HO
O HO
O H
N
H3C
CH3
CH3
CH3 O
vicenistatin H3C O
NH OH H3C VinC VinP1 Ld
Ala-3-AIB-VinL
除去される機構を証明するために,セコビセニラクタム の -アラニル-エチルエステル体を基質類縁体として合 成し,VinJの酵素活性を検証した.その結果,予想し たとおり効率良くアミドの加水分解反応が進行し,生じ たセコビセニラクタムエチルエステルはPKSのチオエ ステラーゼドメインによりマクロラクタム化された.以 上,推定した保護‒脱保護が含まれる生合成経路の存在 が証明された.なお,ビセニスタチンの3-AIB部位の立 体化学は,生合成過程においてエピメリ化されなければ ならないが,どの段階でエピメリ化するかについては現 在検討中である.
微生物二次代謝産物の中には,ここで示した保護・脱 保護反応のように,生合成過程では存在していたアミノ 酸やペプチドが取り除かれることで,活性型の天然物が 生合成される経路が存在することが最近認識されるよう になってきた(8).Xenocoumacin生合成では,N末端側 のアシルアミノ酸がペプチダーゼ様酵素XcnGによって 除去され,活性型の天然物が生合成される.Caerulo- mycin生合成も同様であるが,こちらはC末端側のアミ ノ酸が除去されて,活性型の天然物への生合成が進んで いく.天然物に含まれるアミノ酸のアミノ基やカルボキ シ基の(保護‒)脱保護の機構は,広く天然物生合成マシ ナリーに組み込まれていると推定され,新たな活性型天 然物探索で考慮すべき生合成機構である.
また,われわれは
β
-アミノ酸含有型マクロラクタム抗 生物質であるクレミマイシンとインセドニン生合成遺伝 子クラスターも特定し,両者にビセニスタチン生合成に おける3-AIBの運搬にかかわる酵素VinJ, VinK, VinL, VinM, VinNと相同性を有する5つの酵素遺伝子が保存 されていることを明らかにしている(6, 9).これらは現在 までに報告されているほかのβ
-アミノ酸含有型マクロラ ク タ ム 生 合 成 遺 伝 子(salinilactam(10),BE-14106,(11)ML-449,(12) micromonolactam(13))クラスターにも保存 されている.さらに,いくつかの解読された微生物ゲノ ム中にも,これら5つの酵素遺伝子が群をなして保存さ れており,それぞれ
β
-アミノ酸含有型マクロラクタム化 合物の生合成に関与すると推定される.実際,ノボビオシン生産菌として知られている に
はBE-14106生合成遺伝子クラスターがコードされてお り(14),その生産性が確かめられている.これら5つの 酵素遺伝子をクエリーとすることで,新規な
β
-アミノ酸 含有型マクロラクタム生合成遺伝子を発見できると期待 される.β
-アミノ酸を運搬する酵素のうち,VinNホモログが,各天然物の生合成経路に特異的な
β
-アミノ酸を認識しゲートキーパーの役割を果たしているのは容易に想像で きる(図4).この酵素の基質認識を改変することがで きれば,天然型とは異なった
β
-アミノ酸を取り込ませ て,新たなマクロラクタム化合物の創製も期待できる.現在,基質認識機構を解明すべく結晶構造解析を進めて おり,それを基にした基質認識改変を検討している.こ れら生合成系を利用した新規マクロラクタム化合物の創 製も,近い将来報告できるときがくるだろう.
文献
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Apel: , 2, e01146 (2014).
プロフィル
工藤 史貴(Fumitaka KUDO)
<略歴>1994年東京工業大学理学部化学 科卒業/1999年同大学大学院理工学研究 科化学専攻博士後期課程修了,博士(理 学)/同年米国ブラウン大学化学科博士研 究員/2001年米国ジョンンズホプキンス 大学化学科博士研究員/2003年東京工業 大学大学院理工学研究科化学専攻助手
(2007年,助教に職名変更)/2010年同准 教授,現在に至る<研究テーマと抱負>天 然物生合成研究<趣味>ジョギング
宮永 顕正(Akimasa MIYANAGA)
<略歴>2001年東京大学農学部生命工学 専修卒業/2006年同大学大学院農学生命 科学科応用生命工学専攻博士課程修了,博 士(農学)/同年同大学大学院農学生命科学 科博士研究員/2009年米国カリフォルニ ア大学サンディエゴ校スクリプス海洋研究 所博士研究員/2011年東京理科大学理工 学部助教/2012年東京工業大学大学院理 工学研究科化学専攻助教,現在に至る<研 究テーマと抱負>天然物生合成研究,構造 生物学<趣味>旅行
江 口 正(Tadashi EGUCHI)
<略歴>1980年横浜市立大学文理学部理 科化学課程卒業/1982年東京工業大学大 学院総合理工学研究科生命化学専攻修士課 程修了/同年大正製薬総合研究所研究員/
1987年 い わ き 明 星 大 学 理 工 学 部 助 手/
1990年東京工業大学理学部化学科助手/
同年学位取得(理学博士)/1995年東京工 業大学理学部化学科助教授/1998年同大 学大学院理工学研究科物質科学専攻助教授
(配置換え)/2005年同大学大学院理工学 研究科物質科学専攻教授,現在に至る<研 究テーマと抱負>専門分野は,生物有機化 学,天然物有機化学,生化学.本分野の大 海の1滴を知ろうと牛歩の歩みながら,さ まざまな視点から研究を進めている<趣 味>夜な夜なお酒を飲むこと
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