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化学と生物 Vol. 55, No. 12, 2017
天然テトラミン酸誘導体の全合成
構造の多様性と興味ある生物活性
テトラミン酸とはその名のとおり酸性を示す化合物で あるが,一見酸性を示す部位が見当たらないように思え るかもしれない.窒素を含む5員環に2つのカルボニル 基が存在し,さまざまな互変異性体を生じることが可能 で,その互変異性体の構造を見ればなるほど酸性を示し そうだとわかる(図1a).その構造的モチーフをもつ化 合物群が天然から多数見いだされてきており,置換基の 多様性や酸化段階,炭素鎖の修飾などバラエティに富ん でいる.ユニークな生物活性を示すものも多く,有機合 成化学分野において格好の標的化合物群として認識され ている.一方,天然由来テトラミン酸の生合成に視点を 移してみると,アミノ酸をスターターとするポリケチド 合成酵素による炭素鎖の伸張や,分子内Claisen型反応 による5員環の形成が主要な役割を果たしている(図 1b).テトラミン酸類の構造的多様性の一部がこのアミ ノ酸にあることは明らかで,1位の側鎖部位はそのアミ ノ酸に由来し,なかには非タンパク質性アミノ酸のもの もある.また,生合成の観点からも明らかなように,3 位にアシル基が置換しているもの(ただし互変異性によ りエノール型が優先している)が多数存在する.
このようにバラエティに富む構造を有するテトラミン 酸類を合成するためには,柔軟性をもった合成戦略が求 められる.最も合理的と思われる合成法としては,生合 成を模倣したもので,Lacey‒Dieckman環化と呼ばれる 分子内Claisen型反応を用いるものである.たとえば Westwoodらによるタンパク質相互作用阻害活性を有す るJBIR-22合成では,デカリン環部位は先に構築してお
き
β
-ケトアミドへ変換後,合成の最終盤で -BuOKを塩 基として用いたLacey‒Dieckman環化によりテトラミン 酸骨格を構築している(1)(図1c).Westwoodらは同様 の合成戦略によって,植物の生育を促進する活性を有す るharzianic acidの合成にも成功している(2).このよう な戦略は比較的扱いが難しく,互変異性によりNMRス ペクトルが複雑化し,構造解析に苦労することになるテ トラミン酸構造をなるべく避けるには都合が良いため多 用されてきた.しかし一方でこのLacey‒Dieckman環化 は反応条件として強塩基を要求するため,その条件に耐 えない化合物の合成には適さないという制約がある.た とえばカルボニル基のα
位に不斉中心をもつような化合 物を合成する場合は,エノール化を経由するエピメリ化 を避けるために強塩基性条件を用いることは避けなければならない. に対する抗菌活性
を有するepicoccarine Aはその一例であり,依田らの合 成では,まず脂肪鎖とチロシンから誘導したテトラミン 酸部位を縮合剤EDCIにより -アシル化した後,塩基お よび添加剤として塩化カルシウムを用いて -アシル化 体への転位を鍵段階としている(3)(図2a).この方法論 によれば,脂肪鎖部位とテトラミン酸部位を別個に合成 しておき組み合わせればよいことになるので,多様な3- アシルテトラミン酸類の合成に展開が期待できる.実際 依田らはHL-60に対する細胞毒性を有するpenicillenol の合成も報告している(4).
一方,本転位反応をテトラミン酸の5位窒素をカルバ マート系保護基で保護した基質を用いると -アシル化,
図1■テトラミン酸の構造と合成
a: テトラミン酸の互変異性,b: テトラミン酸類 生合成の一部,c: Lacey‒Dieckman環化を用い たJBIR-22合成.
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続く -アシル化体への転位が連続的に進行し,3-アシル テトラミン酸を得ることができる.筆者らはこの反応を 利用することにより,特異な抗菌スペクトルを示すvir- gineoneのアグリコンやHeLa細胞に対する細胞毒性を 示すepicoccamide類の合成を達成した(図2b, 2c).こ れらの化合物群は分子の両端にテトラミン酸部,配糖体 部が位置し,それらが長鎖のアルキル鎖で結ばれている というユニークな構造的特徴を有する.筆者らは糖結合 部位とアシル基部位にあらかじめ末端二重結合を導入し ておき,合成の終盤で交差メタセシス反応によってそれ ぞれの部位を連結することが可能であれば,さまざまな テトラミン酸類の合成に適用可能な柔軟な合成法となり うると考えた.実際には不斉を有するカルボン酸セグメ ントとチロシンより誘導したテトラミン酸セグメントを 縮合剤としてDCC,塩基にDMAPを用いることによ り,最も効果的に -アシル化,続く -アシル化体への 転位を進行させることが可能であり,つづくエノンとの 交差メタセシス反応はGrubbs第二世代触媒を用いるこ とで円滑に進行しカップリング体を与えた.繰り返しに なるが,テトラミン酸類は酸性を示すような化合物であ
り,いかにも金属に配位しそうな部位を有するが,その ような基質を用いてもメタセシス反応を行うことができ ることを示すことができた.数段階の変換を経てvir- gineoneアグリコンを合成し,天然物の立体化学を決定 することができた(5).また,ほぼ同様の手法を用いて epicoccamide類の全合成を通じて天然物の立体化学を 決定し,本方法論の柔軟性を示すことができた(6).
以上のように多様な構造を有するテトラミン酸類を合 成する手法はさまざまであり,完全な一般性をもつ手法 は存在しないと思われる.紙面の都合上テトラミン酸部 位がさらに修飾を受けたような複雑な骨格を有する化合 物については紹介できなかったが,それらの化合物の合 成のためにはさらなる工夫が必要になろう.残念ながら テトラミン酸をモチーフとして有する医薬品や農薬で実 用化されているものは僅少である.ユニークな生物活性 を有する化合物が数多く見いだされてきていることか ら,医薬,農薬への応用が期待される.
1) A. R. Healy, M. Izumikawa, A. M. Z. Slawin, K. Shin-ya &
N. J. Westwood: , 54, 4046 (2015).
2) A. R. Healy, F. Vinale, M. Lorito & N. J. Westwood:
, 17, 692 (2015).
3) Y. Ujihara, K. Nakayama, T. Sengoku, M. Takahashi &
H. Yoda: , 14, 5142 (2012).
4) T. Sengoku, J. Wierzejska, M. Takahashi & H. Yoda:
, 2944 (2010).
5) A. Yajima, C. Ida, K. Taniguchi, S. Murata, R. Katsuta &
T. Nukada: , 54, 2497 (2013).
6) A. Yajima, A. Kawajiri, A. Mori, R. Katsuta & T. Nuka-
da: , 55, 4350 (2014).
(矢島 新,勝田 亮,額田恭郎,東京農業大学生命科 学部分子生命化学科)
プロフィール
矢 島 新(Arata YAJIMA)
<略歴>1995年東京理科大学理学部化学 科卒業/2000年同大学理学研究科博士課 程修了/同年東京農業大学応用生物科学部 醸造科学科助手/2009年同准教授/2017 年東京農業大学生命科学部分子生命化学科 准教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
有機合成化学の力で生物の営みを垣間見る
<趣味>古いカードのコレクション,SF 映画
図2■縮合‒転位を鍵段階とするテトラミン酸合成
a: Epicoccarineの合成,b: Virgineoneアグリコンの合成,c: Epi- coccamide類の合成.
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勝 田 亮(Ryo KATSUTA)
<略歴>2004年千葉大学園芸学部生物生 産科学科卒業/2009年東京大学大学院農 学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課 程修了/同年東京農業大学応用生物科学部 醸造科学科助教/2015年同准教授/2017 年東京農業大学生命科学部分子生命化学科 准教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
生物活性有機化合物の合成研究<趣味>い けばな(古流松庭派花道家元),トンボの 観察と採集,ダーツ
額田 恭郎(Tomoo NUKADA)
<略歴>1978年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1980年同大学大学院農学研究科 修士課程修了/2004年東京農業大学応用 生物科学部醸造科学科准教授/2005年同 教授/2017年東京農業大学生命科学部分 子生命化学科教授,現在に至る<研究テー マと抱負>糖質化学,計算化学<趣味>黒 鯛釣り,フリークライミング
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.795
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