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728 化学と生物 Vol. 51, No. 11, 2013
サリチル酸受容体の発見
NPR1 と同パラログによる植物免疫応答機構
サリチル酸 (SA : salicylic acid) は,発芽,呼吸,低 温応答や老化などの多様な生理作用を制御する植物ホル モンの一種であり,特に免疫応答において中心的な役割 を担っている.現在までに,9種類の低分子化合物が植 物ホルモンとして知られており,そのうちストリゴラク トンを除く8種類の植物ホルモン受容体はすでに同定さ れ,その制御機構が明らかになりつつある.本稿では,
昨年デューク大学のDongらにより同定されたSA受容 体の分子機能を解説し,SAシグナル伝達系の全体像に ついて議論したい.
これまで,SAによる植物免疫系の活性化は,転写補 助因子である NPR1 (nonexpressor of pathogenesis-re- lated genes 1) を中心として説明されてきた.NPR1は SA依存的な遺伝子発現の99%以上を直接制御するこ と,またNPR1突然変異体は,寄生菌に対する病害抵抗 性を完全に失うことより,同因子はSAシグナルにおけ る鍵制御因子であることが明らかになっている(1, 2). NPR1遺伝子は恒常的に発現しており,SA認識時にも 特に顕著な発現誘導が認められるわけではない.このこ とは,NPR1の活性制御が遺伝子発現レベルではなく,
タンパク質翻訳後レベルで生じることを示唆するもので あり,実際,NPR1は細胞質と核内において異なるタン パク質翻訳後修飾により活性調節を受ける.
まず,細胞質ではSA蓄積に伴い細胞内酸化還元(レ ドックス)状態が変動し,NPR1は -ニトロソ化と呼ば れる酸化修飾を受けオリゴマー化する(3).本オリゴマー は,ジスルフィド結合を介した4量体分子であると推定 されている.SAにより誘導される細胞内レドックス状 態は,後にチオレドキシンの活性化により還元状態へと 向かい,NPR1オリゴマーから大量のモノマーを遊離さ せる.SA依存的な免疫応答では,このオリゴマー/モ ノマー交換反応はレドックス変動に伴い繰り返し生じる が,なぜNPR1は細胞質で不活性型オリゴマーとして蓄 積したうえでモノマー化に至る必要があるのか.Spoel らは,NPR1は健常葉において恒常的に核内へ移行し,
プロテアソームにより速やかに分解されることを見いだ した(4).つまり,NPR1のオリゴマー化は,自身の分解 を一時的に回避し,タンパク質レベルを飛躍的に上昇さ
せるためであると解釈できる.Dongらは,オリゴマー 形成に関与するアミノ酸残基に変異を導入すると,植物 個体におけるNPR1の蓄積が著しく抑制され,SA低感 受性を示すことを報告している(5).
SA依存的に核内に流入したNPR1は,TGA転写因子 と相互作用することにより標的遺伝子群の発現誘導を行 うが,同時にNPR1のSer11/15は,未同定のリン酸化 酵素によりリン酸化される.その後,NPR1はリン酸化 依存的に Cullin3 (CUL3) 型E3ユビキチンリガーゼ複 合体によりユビキチン化され,プロテアソームにより除 去される.Spoelらは,このNPR1の分解はSA誘導性の 防御応答に必須の過程であり,転写サイクルごとの転写 開始複合体の刷新に寄与し,転写活性の亢進あるいは持 続的誘導を担うと推論している.
NPR1のリン酸化はSA依存的に生じるため,健常葉 においてリン酸化NPR1は極めて微量である.しかし,
非リン酸化NPR1もCUL3複合体により分解へと導かれ ること,またNPR1はBTBドメインを有しているもの のCUL3と直接結合しないことより,少なくとも2種類 のアダプタータンパク質によりCUL3複合体にリクルー トされると考えられていた.Fuらは,このアダプター
図1■NPR1パラログによるサリチル酸シグナル伝達機構模式 図
サリチル酸は,NPR3およびNPR4を介してNPR1の転写活性を調 節する.サリチル酸依存的なレドックス変化は,未知の受容体を 介して誘導される可能性がある.
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としてNPR1パラログであるNPR3およびNPR4を同定 した(6).NPR3/4はNPR1と同様にBTBドメインとan- kyrinリピートを有し,CUL3およびNPR1の両者と相 互作用する.驚くべきことに,NPR3とNPR1の相互作 用はSA存在下で促進され,逆にNPR4とNPR1の結合 はSAにより乖離することが示された.このことは,SA 濃度が低い健常葉において,NPR4がアダプター分子と して機能しNPR1をユビキチン化すること,病原菌感染 に伴いSAレベルが上昇するとNPR3を介したNPR1の 分解が生じることを示唆している.実際, 植物で は構成的にNPR1量が増加し,SAを処理した 植物 では野生型と比べ,迅速なNPR1の蓄積が認められる.
また,NPR3およびNPR4のSAに対する親和性は,そ れぞれ解離定数で981 nMと46 nMと顕著な差異があ り,上述の結果とも矛盾しない.
NPR3とNPR4によるSA濃度依存的なNPR1分解制御 の生物学的意義は,以下のように説明できる.宿主植物 が非病原菌を認識すると,同菌の感染部位においてSA 濃度は顕著に上昇し,過敏感反応 (HR) と呼ばれる宿 主細胞死を伴う疾病防御機構を活性化する.NPR1は HRを負に調節するため,高レベルのSAに応答する NPR3を介してこれを除去し,HRを適切に誘導する.
一方,HRの周縁細胞から遠隔領域において,SA濃度 がNPR3に認識されるほど高濃度ではなく,かつNPR4- NPR1複合体を乖離させるには十分な濃度で存在する場 合,同領域においてNPR1は分解を免れ,結果として感 染葉における基礎的抵抗力は向上する.
SA受容体同定は,不明な点が多いSAシグナル伝達 系における最も重要な発見であるが,同時にさらなる疑 問を提示する.先述のように,SAシグナルは細胞質と 細胞核の少なくとも2段階の制御により成り立っている が,NPR3/4は核内制御,特にNPR1を介した遺伝子発
現調節を担っている.極めて興味深いことに,
植物においてもSA誘導性の細胞内レドックス変動 およびそれに付随するNPR1のオリゴマー/モノマー交 換反応は認められる.このことは,SAシグナル伝達系 にはNPR1パラログ以外のSA受容体が存在することを 示唆するものであり,本系の全容解明には,このレドッ クス制御に関与する新奇SA認識システムを明らかにす る必要がある.筆者らは,それこそがSAシグナルの開 始点ではないかと考えている.
1) H. Cao : , 88, 57 (1997).
2) D. Wang : , 2, e123 (2006).
3) Y. Tada : , 321, 952 (2008).
4) S. H. Spoel : , 137, 860 (2009).
5) Z. Mou : , 113, 935 (2003).
6) Z. Q. Fu : , 486, 228 (2012).
(野元美佳*1,多田安臣*2,*1愛媛大学連合農学研究 科,*2香川大学総合生命科学研究センター)
プロフィル
野元 美佳(Mika NOMOTO)
<略歴>2011年香川大学農学部応用生物 科学科卒業/2013年同大学農学研究科生 物資源利用学専攻修士課程修了/同年愛媛 大学大学院連合農学研究科生物環境保全学 専攻入学/同年日本学術振興会特別研究員
(DC1), 現在に至る<研究テーマと抱負>
環境ストレスを感知する転写因子群の網羅 的解析<趣味>アルトサックス演奏,旅行 多田 安臣(Yasuomi TADA)
<略歴>1995年神戸大学農学部植物防疫 学科卒業/2000年同大学自然科学研究科 博士後期課程修了/同年同大学農学部特 別研究員/2004年Duke大学ポストドク ター/2009年香川大学総合生命科学研究 センター准教授,現在に至る<研究テーマ と抱負>植物ホルモンシグナル及びレドッ クスシグナルの分子機構の解明<趣味>読 書,卓球