ア ブ シ シ ン 酸(ABA) は 種 子 休 眠 や 耐 乾 燥 性・耐 塩 性 な ど の環境ストレス応答に必須の植物ホルモンである.その生理 作用を誘導するコアシグナル経路は細胞質受容体PYLを起 点としているが,多くの植物でPYL遺伝子が多重に重複し ているため,個々のサブタイプの機能や植物の非生物的スト レス応答における役割を遺伝学的に探求あるいは調節するこ とは難しく,化合物による選択的あるいは非選択的な制御技 術の開発が望まれている.これまでに,化合物スクリーニン グならびにABAの構造改変によって,PYLの機能を正ある いは負に制御する化合物が見いだされているので,本稿で紹 介する.
はじめに
植物ホルモンの一つであるアブシシン酸(abscisic acid; ABA)は,ワタの実の落果を促進する物質とし て,またカエデの芽の休眠にかかわる成長阻害物質とし て1960年代に単離,構造決定された(1〜5)
.ABAの主要
な役割は,非生物的なストレス下において,植物の成長を一時的に休止させるとともにストレス耐性を付与して 生命を維持することである.ABAを処理すると発芽や 成長が阻害されるが,ABA内生量やABA感受性が極端 に低下すると,成長は促進されるよりもむしろ阻害され ることのほうが多い.植物は常に何らかのストレスを環 境から受けているため,ストレス耐性の欠如が健全な生 育を損なうと考えられる.
このようにABAは植物の生命維持に必須の物質であ るが,その効果が強く出すぎる環境下では,種子発芽や 花粉の形成不良,気孔閉鎖による光合成阻害,病傷害抵 抗性の低下などを引き起こすため,農作物の生産という 観点から見ると,その作用は必ずしも良いことばかりで はない.遺伝子組換え技術によってABAの内生量を下 げることは可能だが,こうした植物はストレスに弱く生 育不良を起こしてしまう.このような遺伝子組換えでは なく化合物を使って,必要なときに必要な強度でABA の機能を調節するほうが望ましい.正負いずれの方向で あっても,ABA応答を制御する低分子は,化学ツール として有用であるだけでなく,乾燥耐性を増強したり発 芽不良や不稔を改善する植物成長調節剤としての活用も 期待できる.ABA応答を低分子で制御することは,
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【解説】
Artificial Molecules Controlling Abscisic Acid Receptors:
Chemical Control of Plant Stress Tolerance
Yasushi TODOROKI, Jun TAKEUCHI, 静岡大学農学部
アブシシン酸受容体を制御する人工分子
植物のストレス耐性を化学的に調節する
轟 泰司,竹内 純
ABA応答にかかわるタンパク質の機能を制御すること とほぼ同義である.標的となるタンパク質は,生合成お よび代謝酵素,輸送担体(トランスポーター)
,ならび
に受容体とシグナル伝達因子である.これらのうち,本 稿ではABA受容体に焦点を絞り,その機能を調節可能 な人工分子の探索と創出の現状について解説する.ABA受容体の同定
2006年から2009年末までの4年間で5種類ものABA 受容体(として機能するとされるタンパク質)が報告さ れたが,現時点でコンセンサスが得られているのは 2009年に報告されたPYR/PYL/RCARタンパク質だけ である.このタンパク質は2つの研究グループによっ て,それぞれ異なる手法を用いてモデル植物のシロイヌ ナズナ( )から見いだされ,14種 類からなる遺伝子ファミリーを形成していることが明ら かにされた.これらを,MaらはRCAR1(REGULATO- RY COMPONENT OF ABA RECEPTOR 1)〜
RACR14, Park ら は PYR1(PYRABACTIN RESIS- TANCE 1)およびPYL1(PYR1-Like 1)〜PYL13と命 名 し た(6, 7)
.
フ ァ ミ リ ー の 表 記 はPYR/PYL/RCAR,PYR/PYL, PYL,あるいはRCARなど論文によって異 なっているが,本稿ではPYLを用いる.
ParkらがPYLを同定した経緯は本稿の内容ともかか わってくるので,少し説明しておく.彼らを成功に導い た鍵はpyrabactin(図
1
)という人工の種子発芽阻害物 質であり,ABA非感受性ではなくpyrabactin耐性を指 標にして原因遺伝子を探索したことが功を奏した.ABA非感受性の種子からABA受容体の原因遺伝子を同 定するのが極めて困難であることは,遺伝子が同定され た後から振り返れば容易に理解できる.PYL遺伝子は 14種類あり,かつ機能重複しているため,1つや2つの PYL遺伝子が変異していたとしても,ABA非感受性に はならないからである.一方,pyrabactinは,これも後 からわかったことであるが,PYR1にのみABAに匹敵 する親和性を示してこれを活性化する(PYL1にも結合 するが弱い.またPYL2にも結合するが活性化ではなく 不活性化する(8))
.そのため,
ただ一つの遺伝子 が変異した種子であってもpyrabactin耐性を示す.PYLの構造
PYL, PYL‒ABA複合体,ならびにPYL‒ABA‒PP2C
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今世紀半ばには世界人口が90億人を超えると予想 され,そこから派生する食糧問題,安定した農作物の 生産による食糧の確保が重要な課題の一つとなって います.国連食糧農業機関の報告では,2050年には 食糧生産を現在の1.7倍に増やす必要があるとしてい ますが,耕地面積の増加は見込めず,土壌浸食や塩 分による土地自体の劣化や気候変動などによって減 少する懸念すらあり,単位面積当たりの生産率の向 上が求められています.すでに飢餓で苦しんでいる 人々は全人口の11%に当たる8億1,500万人もいると 言われており,近い将来に起こりうる(すでに一部起 こっている)地球規模での食糧問題に対して,食糧生 産技術の向上が必要不可欠となっています.
この問題の解決策として真っ先に思い浮かぶこと は遺伝子組換え(GM)作物の導入ではないでしょう か.実際に,GM作物は世界26カ国(発展途上国19 カ国と先進国7カ国)で栽培され,その総面積は1億 8510万ヘクタール,世界の栽培面積の約10%に達し ています.今後も増加することが予測されており,
農業生産の持続可能性,生産性の向上などの点から 重要な研究課題として位置づけ,戦略的に取り組ん でいる国も多くあります.しかし,わが国において
は,GM作物に対する消費者の強い抵抗感・忌避感 に加えて,野外圃場試験地の整備・運営コストなど の問題から,国内でGM作物を栽培することは容易で はありません.これまでに国内で商業栽培まで進ん だものは青いバラだけです.
このような状況において,近年,植物成長調整剤
(Plant Growth Regulator; PGR)の利用が注目される ようになってきています.PGRとは農作物の成長や 発育をコントロールして品質を高めたり,収量を増 加させたり,不良環境でも収量を安定させたりする ために用いる薬剤を指し,植物ホルモンやそれと類 似した活性を有する低分子化合物がこれに含まれま す.種なしブドウの生産にジベレリンが利用されて いるのは有名な実用例です.国内の農薬市場に占め るPGRの割合は約3%といまだ低いのが現状ですが,
今後4年間の年平均成長率は6.7%と予測されており,
成長が期待されている分野です.本稿では,植物の 環境ストレス耐性を誘導する植物ホルモン,アブシ ジン酸(ABA)に焦点を当て,その受容体活性を制 御する人工化合物の開発状況などを紹介します.な かには,将来PGRとして農業利用につながるものも あり,それらはGM技術に続く,農作物の安定生産技 術へと発展する可能性を秘めています.
コ ラ ム
複合体の結晶構造に基づくと,ABAはPYLのペプチド 鎖間の疎水性相互作用を仲介することで,PYLがPP2C と結合できるようにPYLの配座を変化させる(9)(図
2
).
PYLの役割は,ABA応答の負の制御因子であるPP2C と結合してその機能を阻害し,PP2Cによって不活性化 されていたSnRK2を開放することである(SnRK2はタ
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図1■PYLのアゴニストとアンタゴニスト の名称と化学構造
括弧内は標的になることが実験的に証明され たシロイヌナズナPYLサブタイプ.R: PYR, L: PYL, m: mutated, 太字:ABAと同等かそ れ以上の強さでアゴニスト/アンタゴニスト に結合するPYLサブタイプ.なお図中には 示していないが,pyrabactinはPYL2に対し てはアンタゴニストとして作用する.
図2■低分子によるABA受容体PYLの制御機構
ABAなどアゴニストがPYLに結合すると,PYLのゲートが閉じる.PYL‒ABA複合体には外に通じる2つのトンネルがあり,その出口は PP2Cと相互作用する領域にある.特に4′トンネルには,PP2CのTrp残基側鎖インドール環が差し込まれ,ABAの4′位カルボニル酸素と水を 介した水素結合を形成するとともに,トンネル内のPhe側鎖フェニル基とπ‒π相互作用して複合体を安定化する.筆者らが創出したアンタゴ ニストもPYLをゲートクローズド型に誘導するが,3′または4′トンネルから置換基が付きだし,これがPYL‒PP2C間の相互作用を妨害する.
ンパク質リン酸化酵素で,ABA応答の正の制御因子と して下流の転写因子やイオンチャネルを活性化する)(10)
.
PYLには2つの安定配座があり,ABAが結合していな いときには,リガンドポケット入口に位置するループ構 造(ゲート)が開いたゲートオープン型配座に平衡が傾 いている.ABAがPYLのリガンドポケットに結合する とゲートが閉じる.ABAの側鎖カルボキシレート基は PYLリガンドポケット奥に延びているリシン側鎖ε
アン モニウム基と塩橋を形成して固定され,ABAの疎水的 な部位がゲート閉鎖を誘導する.ゲート閉鎖によってABAがPYLに完全に包み込まれ た後,PP2Cがゲートを含む領域に結合する.ABAは PYLリガンドポケットにほぼすき間なく収まっており,
せいぜいメチル基をあと一つ付け加える程度の空間的余 裕しかない.PYL‒ABA複合体のABAの3′位と4′位近 辺にはそれぞれ外に通じる小さなトンネルがあるため
(図2)
,これらの部位にはより長い置換基の導入が可能
である.しかし,2つのトンネルの出口はいずれも PP2Cとの接触面に存在するため,せいぜいブチル基程 度の長さが限界である.つまり,ABAのどの部位であ れ,ブチル基よりも長い置換基を導入してしまうと,安 定なPYL‒PP2C複合体の形成を誘導する能力が失われ てしまうことになる.これは,PYL同定以前に得られ ていたABA構造活性相関の知見ともおおむね一致して いる.な お,い く つ か のPYL(PYR1, PYL1〜PYL3) は ゲートオープン型配座のときに二量体を形成しており,
ABAの結合に伴ってゲートクローズド型の単量体にな る.ABAに対する結合親和性はこれら二量体型PYLの 方が他のPYL(単量体型PYL)よりも低いが,その生 理的意義についてはよくわかっていない.
PYLリガンドの探索と構造基盤設計
既知受容体の人工リガンドを探索する理由はさまざま である.複数のサブタイプが存在する場合には,サブタ イプ選択性をもつリガンドを入手できれば,これを用い てサブタイプの役割を追求できる.人工リガンドは内生 リガンドよりも安価に入手できたり,構造修飾も容易か もしれない.内生リガンドと同じ代謝を受けないのであ れば,効果がより持続するかもしれない.受容体を正で はなく負に制御することも可能かもしれない.これまで に報告された人工のPYLリガンドは,化合物スクリー ニングによって見いだされた非ABAアナログ型とPYL 結晶構造に基づいて設計されたABAアナログ型の2種 類に大別される(図1)
.
1. 非ABAアナログ型のPYLリガンド
2013年にOkamotoらは,PYL‒PP2C間相互作用を誘 導する化合物を酵母ツーハイブリッド法を用いて57,000 化合物からスクリーニングし,主として二量体型の PYLサブタイプに結合してABA活性を誘導するquina- bactinを見いだした(11)
.同じ時期にCaoらも,PP2Cの
一つであるHAB1とPYR1との分子間相互作用を検出す る系(AlphaScreen)を用いて12,000化合物からquina- bactin(CaoらはAM1と呼称)を見いだしている(12).
Quinabactin/AM1はpyrabactinと同様にスルホンアミ ド基を分子中央にもつ化合物である.両者ともスルホン アミド基がヒンジのような役割を果たし,2つに折り畳 まれてPYLに結合する(図3
).ABAの場合は,側鎖末
端のカルボキシレート基がPYLのLys側鎖ε
アンモニウ ム基と塩橋を形成することでPYLに固定されるが,quinabactin/AM1とPYLの間にはそのような強い相互 作用は存在しておらず,代わりにスルホンアミド基が水 を介して間接的に水素結合している.折り畳まれて向か い合った2つの疎水性部位が,ABAの側鎖と環部の疎
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図3■PYL‒PYLリガンド複合体の結晶構造 Quinabactinは2つに折り畳まれた形でABAを 模倣している.AS6の3′- -ヘキシル基は3′トン ネルを,PANMeの4′- -トリルプロピニル基 は3′または4′トンネルをくぐり抜けて外に突き だしている.いずれの場合も,PYLはゲート クローズド型になっている.
水性部位をそれぞれ模倣し,ABAと同様の機構でゲー ト閉鎖を誘導する.また,quinabactin/AM1の環部カ ルボニル基はABAの環部カルボニル基とほぼ同じ位置 を占めており,PP2CのTrp側鎖インドール環と水を介 して水素結合する.Quinabactin/AM1がABAを模倣で きるのは,二量体型のPYL(PYR1, PYL1〜PYL3)と PYL5およびPYL7だけであるが,この選択性の構造的 要因についてはよくわかっていない.塩橋によって強く 固定されるABAとは異なり,quinabactin/AM1は弱い 相互作用の集積によってPYLに結合するため,形が僅 かに合わないだけでも親和性が大きく低下するのかもし れない.
Quinabactin/AM1を構造改変して,選択性や親和性 を 向 上 さ せ る 研 究 も 行 わ れ て い る.Vaidiyaら は,
quinabactin/AM1の環部カルボニル基をシアノ基で置 換したcyanabactinを2017年に報告した(13)
.Cyanabac-
tinはquinabactin/AM1よりもサブタイプ選択性が高 く,特にPYR1とPYL1を強く活性化する.またCaoら も,quinabactin/AM1の芳香環にフッ素原子を導入し た化合物AMFsを報告している(14).AMFsはAM1と同
様のサブタイプ選択性を示すが,より低濃度でPYL‒PP2C複合体を誘導し,PP2C活性を阻害する.
Parkらは,野生型のPYLには結合せず,変異を導入 したPYR1にのみ結合してABA応答を誘導する化合物 mandipropamidを 既 知 農 薬 か ら 見 い だ し て い る(15)
.
Mandipropamidを使えば,ほかの植物には影響を与え ず,変異PYR1をもつ植物に対してのみ乾燥耐性を付与 することが可能になる.以上はABAと同様に作用するPYLアゴニストである が,PYLと相互作用しながらもPYL‒PP2C間相互作用 は誘導しない化合物(PYLアンタゴニスト)もスク リーニングによって見いだされている.Itoらは,24,275 化合物からPYR1と相互作用する化合物をスクリーニン グし,PYR1‒ABAによるPP2Cの阻害を抑制する化合 物RK460を2015年に報告した(16)
.しかし,RK460は植
物体内で容易に分解してしまうようだ.さらに2017年 にYeらは,ABAによるシロイヌナズナ種子発芽阻害を 抑制する化合物を12,000化合物からスクリーニングし,AA1を見いだした(17)
.この化合物は,試験していない
PYL13を除くすべてのシロイヌナズナPYLの機能を抑 制し,植物に対してもABA生物活性を効果的に抑制す ると報告されている.しかしながら,筆者らが追試した ところ,少なくともシロイヌナズナに対してはタンパク 質レベルでも植物個体レベルでも再現性を得ることがで きなかった.2. ABAアナログ型のPYLリガンド
ABA生物活性の弱いpyrabactinが主にPYR1だけを 強く活性化したように,ABA生物活性の弱いABAアナ ログもサブタイプ選択性を有する可能性がある.筆者ら は,ゲート閉鎖を誘導するのに必要な疎水性官能基を一 つ欠いている6-nor-ABAと7′-nor-ABAが,3〜5種類の PYLサブタイプだけを活性化することを明らかにし た(18)
.PYL同定以前に合成されたABAアナログのなか
には,サブタイプ選択性を有するものがほかにも存在す ると思われる.さらに筆者らは,PYL‒ABAおよびPYL‒ABA‒PP2C 複合体の結晶構造に基づいて,ABAに適切な置換基を 導入することで,PYLをゲートクローズド型配座に誘 導しつつもPP2Cとの複合体形成を阻害するPYLリガン ドを創出した(19, 20)
.なお,一般的に,アンタゴニスト
とは受容体の活性型配座と不活性型配座の両方に結合し て両者間の平衡には影響を与えないリガンドとして定義 されているが,本稿では筆者らが創出したタイプの PYLリガンドも便宜上PYLアンタゴニストと呼ぶこと にする.先に述べたように,ABAはPYLにすっぽりと包み込 まれてしまうが,ABAの3′位と4′位近辺には外に通じ る小さなトンネルがあり,その出口はPP2Cとの接触面 に存在する(図2)
.したがって,ここから置換基を外
に突き出すようなリガンドはPYLを活性型配座に導き ながらもPP2Cとの相互作用を妨害してPYLの機能を阻 害すると考えられる.そこで,まずはじめに3′位近辺の トンネル(3′トンネル)に着目し,次に4′位近辺のそれ(4′トンネル)に着目して,ぞれぞれPYLアンタゴニス トを設計した.
3′トンネルは,疎水性アミノ酸側鎖に囲まれたシンプ ルな短い構造であるため,シンプルな直鎖アルキルをそ のままABAの3′位に導入すれば,アルキル鎖がうまく トンネルをくぐり抜けそうに思われた.合成の都合か ら,接続部に硫黄原子を用いてチオエーテルの形でアル キル鎖を導入し,この化合物をAS ( はアルキル基の 炭 素 数) と 命 名 しAS2〜AS12ま で11種 類 を 合 成 し た(19)
.分子モデルを用いた事前の解析により,AS4を
境にしてアゴニストとアンタゴニストに分かれると予想 していたが,実際にそのとおりになった.AS6に絞っ てその機能を詳細に調べたところ,AS6はABAよりも 少しだけ強くPYLに結合し,試験したすべてのPYLサ ブタイプ(PYR1, PYL1〜PYL6, PYL8〜PYL12)のABA を介したPP2C阻害活性を顕著に抑制した.植物に外か らABAを与えた場合だけでなく,植物にストレスを与日本農芸化学会
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えて内生ABA量を増加させた場合でも,AS6はABA 応答性遺伝子の発現量を抑えたり,蒸散を促進すること がわかった.PYR1‒AS6複合体の結晶構造の解析にも 成功し,AS6は確かにPYLをゲートクローズド型配座 に誘導し,そのアルキル鎖を3′位側トンネルから外に突 きだしていることが明らかになった(図3)
.加えて,
アルキル鎖の短いAS2が,quinabactin/AM1に似たサ ブタイプ選択性をもつPYLアゴニストであることも明 らかにしたが,選択性の要因についてはよくわかってい ない.筆者らはさらに,AS の3′位アルキル鎖の一部を 固定することによって,受容体結合時の配座自由度の低 下によるエネルギー損失(エントロピー損失)の低減を 狙ったPAO を創出した(20)
.PAO の機能はAS と同
様にアルキル鎖の長さに依存して変化し,PAO1はAS2 と同様のサブタイプ選択性をもつPYLアゴニスト,PAO4はAS6よりも強くPYLに結合するPYLアンタゴ ニストとして機能することを明らかにした.
筆者らは最近,4′トンネルを標的にしたPYLアンタゴ ニストの創出にも成功した(21)
.PYL‒ABA‒PP2C複合
体において,4′トンネルに差し込まれたPP2CのTrp側 鎖インドール環は,トンネルを形成しているPYLの Phe側鎖ベンゼン環と相対してπ
‒π
相互作用するととも に,水分子を介してABAの4′位カルボニル酸素と水素 結合を形成する(図2).インドール環‒水‒カルボニル
酸素をつなげたような側鎖をABAに付加すれば,PP2C のTrp側鎖がトンネルに侵入するのを妨害できるとと もに,PYL‒ABA間には存在しない新たな相互作用を付 与することができると考え,ABAの4′位カルボニル基 を還元してヒドロキシ基とし,これに三重結合を介して ベンゼン環を結合させた一連の化合物PAN(PYL an- tagonist)を設計・合成した.ベンゼン環のパラ位にメ チル基をもつPANMeに絞ってその機能を紹介すると,この化合物はPYL‒ABAによるPP2C阻害を完全に抑制 し,PYLに対する解離定数はABAのそれの約1/10と,
目論見どおりABAやAS6よりも高いPYL親和性をも つ.PANMeは,ABAによるシロイヌナズナ種子発芽 阻害をAS6よりも強く抑制し,二次休眠の症状が出る 高温条件下でのシロイヌナズナ種子の発芽不良を著しく 回復した.PYR1‒PANMeの結晶構造解析と複合体形成 の熱力学的解析から,PANMeの4′位側鎖は4′トンネル に固定されずに3′トンネル方向と4′トンネル方向の間で 揺らいでおり,これがPYR1のアミノ酸側鎖の揺らぎも 増大させていることが示唆された.お互いの動きを束縛 し合うようなタイトな相互作用ではなく,局所的な揺ら ぎを増大させるような相互作用であっても複合体の安定
化につながることはたいへん興味深い.
おわりに
植物のABA応答が主としてPYLタンパク質を介して 行われているのは間違いなさそうである.しかしなが ら,多くの植物でPYL遺伝子が多重に重複している理 由についても,またそれぞれの遺伝子の役割の違いにつ いてもよくわかっていない.これらを解明するのに,サ ブタイプ選択性の高いアゴニストやアンタゴニストが役 立つに違いない.本稿では述べなかったが,人工リガン ドの効き方が植物種によって大きく異なることがわかっ てきた.たとえば,シロイヌナズナとイネでは,PYL の構造に特に大きな違いは認められないにもかかわら ず,またタンパク質レベルでもリガンドの親和性や機能 に大きな違いが認められないにもかかわらず,植物個体 に対するリガンドの効果が著しく異なるケースが存在す る.これが単に植物体内での代謝の違いによるのでなけ れば,pyrabactinを用いた研究がABA受容体遺伝子を 明らかにしたように,さまざまな特性をもつ人工リガン ドを活用することで,ABA応答に関する新たな知見が 得られ,植物の環境応答をより深いレベルで理解できる ようになるかもしれない.化合物を用いたABA受容体 の人工制御技術の進展と,これを活用した研究の可能性 に期待したい.
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プロフィール
轟 泰 司(Yasushi TODOROKI)
<略歴>1991年京都大学農学部食品工学 科卒業/1993年同大学大学院農学研究科 食品工学専攻修士課程修了/1996年同博 士後期課程修了/2000年静岡大学農学部 応用生物化学科助教授/2011年同教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>植物ホル モン制御剤の創出と応用<趣味>お酒を美 味しく飲むこと
竹 内 純(Jun TAKEUCHI)
<略歴>2007年静岡大学農学部応用生物 化学科卒業/2009年同大学院農学研究科 修了/2009〜2011年三洋化成工業(株)/
2014年静岡大学創造科学技術大学院博士 課程修了/同年静岡大学農学部学術研究 員/2015年学術振興会特別研究員(PD)/
2016年静岡大学農学部テニュアトラック 助教,現在に至る<研究テーマと抱負>低 分子化合物によるタンパク質間相互作用の 機能制御<趣味>ドライブ
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.388
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