今日の話題
361
化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013
生きているマウスで酸化ストレスを見えるように
ホタルの発光機構と酸化ストレス応答反応を巧みに組み合わせたマウスの誕生
今回の話題は,酸化ストレスを「光」で検出するマウ スである(1).地球を取り巻く大気には約21%の酸素が 含まれている.多くの生物は,その酸素を取り込むこと で呼吸しており,酸素は生命を維持するうえで必要不可 欠なものと考えられている.その一方,酸素には有害な 一面がある.体内に取り込まれた酸素の一部は,不安定 で多くの物質と反応しやすい活性酸素に変化する.この 活性酸素は,DNAやタンパク質,脂質などの生体分子 を酸化し,それらの機能を奪うことが知られている.
最近の研究から,このような酸化による生体分子の機 能障害(酸化ストレス)は,われわれの生活と非常に密 接にかかわっており,老化やがん,さらには生活習慣病 などのさまざまな疾患をもたらす重要な要因であること がわかってきた(2).たとえば,糖尿病では酸化された糖 と結合した異常な糖化タンパク質が増加している.ま た,動脈硬化を起こした血管では酸化脂質がたまること により血管の内径が狭くなった結果,血液の流れが悪く なると言われている.よって,これらの疾患に対する予 防・診断,あるいは治療法を開発するうえで,生体内の 酸化ストレスを評価することが必要になる.
これまで,酸化ストレスの評価には,血液や組織のサ ンプルを用いたマーカー分子の測定が行われてきた.し かしながら,このような方法には煩雑な操作が必要で,
また,結果が判明するまで多くの手間と時間が必要だっ た.さらに,抽出したサンプルを用いるため,実際の生 き物レベルで,酸化ストレスが「いつ」,「どこで」生じ ているかを評価することはできなかった.今回紹介する 論文(1) では,このような問題を克服し,生きたマウス の酸化ストレスを直接計測する,新たな検出方法の確立 を開発している.
それまでの研究から,体内で生じる酸化ストレスとそ の解消メカニズムについて,酸化ストレス状態の細胞で は,Keap1やNrf2という因子を介して抗酸化作用をも つ遺伝子が活性化されることが知られていた.詳細は成 書(3) に記載されているが,ポイントの一つは,Nrf2と 呼ばれる分子が抗酸化応答性エレメント(ARE:抗酸 化作用遺伝子の多くが共通にもつDNA配列)に結合し て抗酸化作用をもつ遺伝子を活性化することすること,
もう一つは,通常,酸化ストレスにさらされていないと きは,このNrf2がKeap1という分子によって恒常的に 分解され,酸化ストレス時にはその分解を免れる仕組み が存在することである.
研究グループでは,このKeap1およびNrf2による酸 化ストレス応答反応を上手く活用した人工遺伝子を作成 することで,生きているマウスで簡便に酸化ストレスを 検出できると考えた.実際の人工遺伝子(図1左)は,
ヒト由来のNrf2遺伝子とホタル由来のルシフェラーゼ 遺伝子を融合し,それをAREの制御下におくことで作 成されている.この人工遺伝子を導入した細胞や動物で は,酸化ストレスにさらされていないとき,人工遺伝子 のAREに結合するNrf2が少ないため,融合ルシフェ ラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化作用遺伝子と同様 に低く抑えられる.またNrf2と融合したルシフェラー ゼが合成されたとしても,それはKeap1の働きにより 分解されることになる.逆に酸化ストレスにさらされて いるときは,人工遺伝子のAREに結合するNrf2が増加 し,融合ルシフェラーゼ遺伝子の活性化は本来の抗酸化 作用遺伝子と同様に強く促される.もちろん,この状態 では融合ルシフェラーゼのKeap1による分解は起こら ない.このような,酸化ストレスに応じてルシフェラー ゼが作り出される仕組みと,酸化ストレスによってルシ フェラーゼが分解されにくくなる仕組みの二段構成を利 用することで,この人工遺伝子の発現は厳密にコント ロールされる(図1左).研究グループでは,この人工 遺伝子を Keap1-dependent Oxidative stress Detector, No. 48 に ち な ん で「OKD48」 遺 伝 子 と 呼 び,ま た OKD48遺伝子を導入したマウスを「OKD48マウス」と 呼んでいる(研究員のイニシャルが含まれていたり,ア イドルグループをもじっていたりと,さらにいくつか由 来があるようだ).
ルシフェラーゼは,生物発光反応を触媒する代表的な 酵素として知られている(4).最近では,遺伝子やタンパ ク質の発現および活性化レベルを測定するための指標
(レポーター)としていろいろな生命科学研究の場で利 用されている(4).たとえば,ルシフェラーゼ遺伝子を導 入したがん細胞をマウスに移植し,発光基質のルシフェ
今日の話題
362 化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013
リンを同じマウスに注射すれば,がん細胞の増殖および 転移の様子が発光シグナルとして観察できる.このよう な知見を活かし,実際OKD48マウスにルシフェリンを 注射したところ,何のストレス処理も施していないもの では,ほとんど発光シグナルをとらえることができな かったが,全身性の酸化ストレスを引き起こすことが知 られている薬剤を事前に処理したものでは,体の広い範 囲から強い発光シグナルが得られた(図1右).このよ うに,酸化ストレスに対する遺伝子発現制御機構とルシ フェリンによる生物発光をうまく組み合わせることで,
生きているマウスで酸化ストレスを簡便に検出できる手 法を確立している(1).
また,この論文では,生体イメージング技術の利用に より新たな利点も見いだしている.OKD48マウスを用 いた実験では,マウスを犠牲にすることなく,麻酔下で 発光シグナルの観察を行える.これにより,従来は困難 だった,同一検体(マウス)を用いた連続的な酸化スト レスの評価も容易になった(1).さらに,OKD48マウス は実験室で用いられるような強力な人為的酸化ストレス
だけでなく,ヒトが通常生活環境下でさらされるような 酸化ストレスをも検出可能であった.紫外線,特に UVA波は,酸化ストレス源であることが知られており,
先に用いた薬剤は通常一般の人が入手できないが,紫外 線にはほとんどの人がさらされている.OKD48マウス に紫外線を照射した場合,非日常的な強度の紫外線はも ちろん,低緯度地帯で実際に測定される強度の紫外線照 射 (5 mW/cm2) によっても,有意な発光シグナルが検 出できた.このことは,OKD48マウスが日常生活で生 じるような微弱な酸化ストレスをも検出可能であること を意味している(1).
今後,このOKD48マウスを用いることで,疾患や老 化などの健康障害に伴われる酸化ストレスの状態や,抗 酸化物質による酸化ストレスの抑制作用などが,発光シ グナルを観察するだけで容易に調べられるようになると 期待される.そのような解析は,将来,ある種の疾患の 原因究明につながったり,疾患治療薬や高機能性食品,
化粧品の開発に発展したりと広く社会に貢献できるかも しれない.
図1■酸化ストレスレポーター遺伝子「OKD48」の作用機序(左)とOKD48マウスの発光シグナル解析(右)
Neh(Nrf2-ECH-homologyの略称で,ECHはニワトリNrf2の別名)はマウスとニワトリのNrf2で保存されたドメインを示す.Neh1‒6ま で存在し,特にNeh2はKeap1との結合やユビキチン化による分解制御に関与する.
今日の話題
363
化学と生物 Vol. 51, No. 6, 2013
1) D. Oikawa, R. Akai, M. Tokuda & T. Iwawaki : , 2, 229 (2012).
2) 吉川敏一,野原一子,河野雅弘: 活性酸素・フリーラジ カルのすべて―健康から環境汚染まで ,丸善,2000.
3) 山本雅之,赤池孝章,一條秀憲,森 泰生: 活性酸素・
ガス状分子による恒常性制御と疾患〜酸化ストレス応答 と低酸素センシングの最新知見からがん,免疫,代謝・
呼吸・循環異常,神経変性との関わりまで ,羊土社,
2012, p. 42.
4) 近江谷克裕: 発光生物のふしぎ 光るしくみの解明から 生命科学最前線まで ,ソフトバンククリエイティブ,
2009.
(及川大輔,岩脇隆夫,群馬大学先端科学研究指導者 育成ユニット)
プロフィル
及川 大輔(Daisuke OIKAWA)
<略歴>2007年奈良先端科学技術大学院 大学バイオサイエンス研究科博士後期課程 修了/同年理化学研究所研究員/2009年 日本学術振興会特別研究員 (PD)/2012年 群馬大学先端科学研究指導者育成ユニット 研究員/2013年群馬大学生体調節研究所 分子細胞制御分野特任助教,現在に至る<
研究テーマと抱負>直鎖状ポリユビキチン 鎖形成の分子機構とその生理機能に関する 研究<趣味>スキューバダイビング(アシ スタントインストラクター)
岩脇 隆夫(Takao IWAWAKI)
<略歴>2001年奈良先端科学技術大学院 大学バイオサイエンス研究科修了/同年理 科学研究所脳科学総合研究センター基礎科 学特別研究員/2003年科学技術振興機構
「情報と細胞機能」さきがけ研究員/2005 年理化学研究所基幹研究所 独立主幹研究 員/2011年群馬大学先端科学研究指導者 育成ユニット講師<研究テーマと抱負>細 胞ストレス応答,生体イメージング<趣 味>スポーツ観戦(ほとんどテレビですけ ど…)