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(1)

書 館 化学 生物

C‒P化合物とはC‒P結合を有する化合物群の総称であ

(1〜4).生体内に普遍的に存在するリン酸エステルでは,リ

ン原子が酸素を介して炭素と結合しているが,C‒P化合物は 炭素とリンが直接結合した官能基を有しているため,その性 質はリン酸エステル化合物とは大きく異なり,特異的な生物 活性を示すものが多い.

代表的な化合物を図

1

に示す.2-アミノエチルホスホン酸

(AEPn, 旧名シリアチン)は農芸化学の大先輩である神立,

堀口により1959年に から最初に発見された(5). 以後少数ながら,C‒P結合を有する化合物が主として微生物 の生産する生物活性物質として報告されている.

本稿で説明するビアラホス (BA) は(6)

によって生産される化合物であり,最近まで除 草剤として使用されていた

*

1(商品名ハービエース,写真

1

.本化合物はC‒P‒C結合を有するホスフィノトリシン 

(PT) というユニークなアミノ酸と2個のアラニンから構成 されており,C‒P化合物の中では最も特徴的な構造を有して いる.なおアラニルアラニン部分は活性に無関係であること が判明している.植物は肥料として与えられた硝酸イオンを アンモニアに還元するが,直ちにグルタミン酸に付加してグ ルタミンに変換し,アンモニアの毒性を中和している.PT はその構造がグルタミン酸に類似しているため,グルタミン 合成酵素によるアンモニア付加反応を阻害,植物に毒性を示 す.

ホスミドマイシンは,1980年に抗菌性抗生物質として報 告されたが,筆者のグループが近年イソプレノイド生合成の 出発物質であるイソペンテニル二リン酸 (IPP) の新しい生 合成経路である MEP (2- -methy-d-erythritol 4-phosphate) 

経路(非メバロン酸経路)の鍵酵素の DXP (1-deoxy-d-xy- lurose 5-phosphate) reductoisomerase の特異的な阻害活性 を有することを見いだした(7).現在MEP経路の研究者に よって広範に利用されている.ホスホマイシンは,抗菌性抗 生物質として実用化されている化合物である.

筆者がBAの生合成研究を開始したのは,当時本化合物の 商業生産を目指し,生産性の向上に迫られていた明治製菓

(株)からの共同研究の申込みがあったからである(1982

年).それまで数多くの微生物代謝産物の生合成を手がけ,

常に独創的な研究を指向してきた筆者にとって,BAの特異 的なC‒P‒C結合の生成機構の解明は,極めて魅力的なテー マであり,直ちに共同研究を開始することになった.

本稿は筆者の東大時代(2000年まで)におけるBA生合成 研究での苦労や,研究をいかに進めたかを説明し,その結果 をまとめたものである.図

2

に示す生合成経路には,いまだ 解明されていない反応や仮想中間体も示してある(カギ括弧 内の化合物).したがってBAの生合成経路は20段階程度の 反応からなっていると考えられる.この研究は主として遺伝 子工学が初期段階にあった状態において行われたものであっ たため,現時点で振り返ると効率の悪いものであったが,ユ ニークな反応が多く含まれ,天然物化学の観点から興味ある 結果が得られたと自負している.なお,最近の遺伝子解析に 基づく研究により,提出した生合成経路の一部が訂正されて いるが,図2には修正を加えていないので,最新の結果につ いては総説(4)を参照されたい.

BAのリン原子はリン酸由来と考えられるが,リン酸の2 個の酸素が炭素で置換されており,BAの生合成ではリン酸 の2回の還元反応が関与しているはずである.硝酸や硫酸の 還元機構については詳細な研究がなされているが,調べた限 りでは生物によるリン酸の還元反応機構は全く知られておら ず,極めて興味をそそる研究対象であった.

なお本研究は東大側では日高智美博士,明治製菓側では 故 今井 敏博士を中心として遂行されたが,両氏による大 きな貢献に最初に感謝の意を表しておきたい.

本研究を行うにあたって考慮したもう一つの点は,当時筆 者が所属する東京大学応用微生物研究所に日本で初めての超 伝導NMR装置(プロトンの共鳴周波数は400 MHz, リンの 共鳴周波数は160 MHz)が1980年に導入されていたことで ある.本装置は天然物の構造研究に絶大な威力を発揮してい たが,筆者はこれ以外の領域でこの装置をもっと活用できな いかと考えていた.C‒P化合物のリンの化学シフトを調べて みると,リン酸エステルとは大きく異なっており,NMRを 利用すれば培養液中のC‒P化合物の存在を容易に検出する ことが可能であることが推察された.また高磁場化および大 口径試料管 (15 mm) の使用による測定感度の向上も期待さ れたので,微量に存在する培養液中あるいは酵素反応液中の

*1現在は活性本体であるPTのみを化学合成により廉価に生産し ており,「ザクサ」という商品名で販売されている.

C–P結合の研究

ビアラホスを中心として

瀬戸治男

東京大学名誉教授

(2)

新規C‒P化合物の検出が効率良く行えると考えた

*

2. 当時C‒P化合物の特異的な検出には良い方法がなく,共 存するリン酸エステル化合物と区別するために,測定試料を 強酸処理してリン酸エステルをリン酸にまで分解し,次いで この条件下では安定なC‒P化合物をリン酸から分離後,定 量するという極めて非効率的な手段が用いられていた(1)

31P-NMRをリンの検出に応用してみると,精製操作する ことなく,培養液中,あるいは酵素反応液中のリン化合物を 短時間で検出することが可能であることが判明した.本方法 は,後述するように培養液中の生合成中間体の検出に絶大な 威力を発揮しており,NMRの利用なくしては,本研究の効 率良い遂行は不可能であったと思われる.

研究者にとって,最新鋭の装置の使用が可能になるという 機会は(しかも他の研究者は利用できない)滅多にあるもの

ではないが,そのアドバンテージを最大限に利用できたとい うことは,独創的な研究を進めるうえで極めて幸運であっ た.

  リン化合物の名称

リン酸類縁体はその酸化状態によって図

3

に示すように,

ホスフィン酸型,ホスホン酸型(亜リン酸型),リン酸エス テル型に分類することができる.化学的に見るとホスホン酸 では,リン酸エステルのOHがCによって置換されており,

1度の還元が,ホスフィン酸では2個のOHがC(あるいは H)で置換されており,2度の還元が行われていることにな る.ではこのリン酸の還元反応はどのような機構で行われる のであろうか.

  炭素骨格の由来

この謎の解明に挑戦するべく,まずBAの炭素骨格の由来 を解明することとした.BAはC‒P‒C結合を有するホスフィ ノトリシン (PT) と呼ばれるユニークなアミノ酸と2個のア ラニンから構成されている(図1).生合成的に興味のある のはPT部分のみであり,まずその炭素骨格の由来を検討し た.種々の13C-化合物を用いて標識実験を行った結果,PT には酢酸,ホスホエノールピルビン酸 (PEP) およびメチオ ニンのメチル基が図

4

のように取り込まれることが判明し た(8).ここで重要なポイントは,リン原子に隣接するC2単 位がグルコースからPEPを経由して取り込まれたことであ

*2現在では超伝導NMR装置は広く普及しており,400 MHzの装 る.

置は普及機に過ぎないが,当時はNMR装置のほとんどが100  MHzの電磁石を用いる装置であった.筆者の研究所に導入された のは,日本電子製の1号機であった.

図1代表的なC‒P化合物

写真1ハービー液剤750 mL

(3)

  31P-NMRの利用による生合成中間体の検出 P-デメチルビアラホスの単離

BAの詳細な生合成経路の解明には,生合成中間体の同定 が不可欠である.そこで種々の条件下で蓄積するC‒P化合 物の検出を検討した.

BAの高生産には,ビタミンB12が必要であることがそれ までの研究で明らかになっていた.そこでビタミンB12無添 加の培地で生産菌を培養し,その培養ろ液を31P-NMRで測 定した.その結果BA(42.2 ppm, 無機リンを0 ppmとする)

とは明らかに異なる位置にリンに由来する数本のシグナルが 認められた (27.4 〜 29.7 ppm)(9).このことより,ビタミン B12欠損条件下では数種類の新規化合物が蓄積していること が判明した.これらピークの化学シフトより蓄積した化合物 はホスホン酸と考えられ(実際にはこの化合物はH‒P‒C結 合を有するホスフィン酸であった),生合成中間体であるこ とが強く示唆された.なおビタミンB12はメチル化に関与す ることから,この条件下で蓄積した化合物は,メチル化が阻 害されたBAのデメチル体であることが推察された.また培

養経過に伴い,蓄積するリン化合物の種類が変化しているこ とも判明した.強調しておきたいことは,これらの情報は,

培養ろ液をわずか10分程度のNMRの測定により,何ら精製 操作を行うことなく得られたことである.このことからこの 培養ろ液には,求める中間体といういわば「宝物」が含まれ ていることがあらかじめ判明しているわけで,精製操作担当 者のやる気を十分に盛り上げるものであった.

この蓄積化合物の主成分は,単離,精製後,構造決定する ことにより,デメチルBAおよびアラニルアラニル基が脱離 したデメチルホスホノトリシン(DMPT,  図2の段階9の化 合物)であることが判明した.両化合物は,天然から初めて 単離されたH‒P‒C結合という非常にユニークな構造を有し ており,筆者らはこの発見に大きな興奮を覚えた.このこと はリン原子へのメチル基の導入に先立って,リン原子の還元 が起こっていることを示しているからである.

  リン酸の還元反応―C‒P結合の生成

最 初 のC‒P化 合 物 で あ る2-ア ミ ノ エ チ ル ホ ス ホ ン 酸 

(AEPn) が発見され,その特異的な構造の生成機構として,

5

(a) に示すようにPEPにおけるリン酸基の分子内転位説 が提唱されていた(1).この説は化学的な見地から極めて妥当 であると思われていた.なぜならば出発物質であるPEPは 高エネルギーリン酸化合物であり,安定な生成物であるC‒P 結合を有するホスホノピルビン酸 (PnPy) への変換が容易 に,かつ不可逆的に進行すると信じられていたからである.

しかしながら,いくつかのグループがその酵素活性の検出 を試みたが,全く成功せず,この反応機構は20年以上にわ 図2ビアラホスの生合成経路(NP番号は,その反応段階の突然変異株を示す)

略名中のPnはホスホン酸を意味する.

BA=ビアラホス,CPEP=カルボキシホスホノエノールピルビン酸,DKDMPT=デアミノケトデメチルホスフィノトリシン,DMBA= デメチルビアラホス,DMPT=デメチルホスフィノトリシン,HEPn=ヒドロキシエチルホスホン酸,HMPn=ヒドロキシメチルホスホン 酸,MFA=モノフロロ酢酸,PEP=ホスホエノールピルビン酸,PMM=ホスフィノメチルリンゴ酸,PnAA=ホスホノアセトアルデヒ ド,PnF=ホスホノギ酸,PnPy=ホスホノピルビン酸,PPA=ホスフィノピルビン酸

図3ホスフィン酸 1), ホスホン酸 2), リン酸 3 誘導体の 構造

(4)

図4ホスフィノトリシン PT 部 分への前駆体の取り込み

たって大きな謎として残されていた.

最初は筆者のグループでも,それまでに他のグループが試 みてきたのと同様に,PEPを反応基質とするC‒P結合生成 を触媒する酵素活性を検出することを試みようとした.使用 したBAの生産菌は高度に菌株改良がなされているため,C‒

P結合生成の酵素活性が強力になっており,その検出が容易 になっているはずと判断したからである.

この実験は,技術補佐員として採用した森 道子博士に担 当してもらうことにした.同博士は,味の素株式会社で代謝 調節の酵素的研究に従事していたが,個人的な理由で退社し ていた.研究の開始にあたり,同博士から「PEPからの PnPyの生成を検出する方法によるC‒P結合生成酵素の精製 は不可能である」との反対意見が出された.

その理由は以下のとおりである.「C‒P結合の生成を観測 する従来の方法(煩雑かつ定量性がない)では,定量的な酵 素活性の測定が不可能である.そのような状況では酵素の精 製に際して必須であるタンパク質の収率の計算ができないた め,精製を進めることができない.これを解決するために,

PnPyからPEPが生成する逆反応を利用して酵素の精製を行 うことを提案する.逆反応が進行すれば,生成するPEPの 定量法はすでに確立されているので,それを利用すれば効率 的な酵素の精製が可能となる.」

しかし筆者は,従来知られていたC‒P化合物の安定性を 考慮すれば,「逆反応の進行は全く起こらないはず」と確信 していたため,森博士の方針に反対したが,「酵素反応は必

ず逆方向にも進行すると考えるのが,酵素研究者の常識であ る」との森博士の強い主張を聞き入れ,その方針で研究を行 うこととした.蛇足ながら筆者は,学生あるいは共同研究者 の意見あるいは意向を尊重するという研究方針をもってお り,これがこのケースでは幸いした.

実験を行った森博士より,「逆反応が速やかに進行する」

という報告を受けたとき,その結果が全く信じられず3回の やり直しを命じたが,結果はすべて同じであった.すなわち PnPyは,ほぼ完全に定量的にPEPに変換され,この反応

(図5の段階a)は逆反応側に平衡が著しく偏っていることが 確認された.この結果,逆反応を観測することにより酵素の 精製が可能となったが,残念ながらBA生産菌の酵素は不安 定であり,精製が上手く進行しなかった.そこでやむをえ ず,当時 でC‒P化合物の生成機構を研究して いたHarvard大学のグループと共同研究を行い,その結果 を 誌に発表した(10)

また,この結果をC‒P化合物研究会でも発表したが,そ の主要メンバーで,AEPnの最初の発見者である堀口雅昭教 授(東北大学)には大きな衝撃を与えた様子であった.同教 授はAEPnの発見以来ずっとその酵素の精製に挑戦していた が成功せず,後からC‒P化合物の研究に参画したわれわれ のグループに,先を越されたからである.なおC‒P化合物 研究会は,その後リン化合物討論会と改称して存続してい る.

20年近くにわたって残されていたC‒P結合生成酵素につ いての大きな謎は,このような発想の転換によりあっけなく 解明されたが,これはまさにコロンブスの卵である.「C‒P 結合は非常に安定であり,PnPyのそれが切断されてPEPに 変換するということなどはありえない」という有機化学者の 先入観,固定観念がこれまでの研究の失敗の原因であったの である.このとき,研究者にとっての先入観の恐ろしさ,ま た他の分野の研究者との共同研究の必要性を痛感した.

なお,このC‒P結合生成反応のエネルギーを故 柿沼勝己 教授(東京工業大学)に依頼して計算してもらったところ,

図5C‒P結合の生成機構(略号は図2を参照)

(5)

逆反応側に進行するほうが妥当であるとの結果が得られ た(11).後から考えると,この反応においては,リンが3価 であるホスホン酸から5価であるリン酸に変化する酸化反応 であり,先入観がなければこの反応が進行して当然と判断で きたかもしれない.しかしながら,「C‒P結合は極めて安定 である」との固定観念から抜け出ることが,すべてのC‒P 研究者にとって不可能であったのである.

  C-P結合生成反応後の反応

それならば,なぜ極めて起こりにくいPEPからのC‒P結 合反応は進行するのだろうか.ここでポイントになるのは,

(a) BAのPT部分のリンに隣接する2個の炭素はPEPに由 来する,(b) AEPnにはリンに結合する炭素は2個しか存在 しない,(c) ほぼ同時期に生合成研究していたホスホマイシ ン(図1)でも,リンに隣接する2個の炭素はPEPに由来す る,という事実である.このことは,PnPyが生成した後,

脱炭酸によりリンと直結する2個の炭素からなる化合物(お

そらくはホスホノアルデヒド,PnAA,図5)に変換される ことを示している.この脱炭酸反応は不可逆的であり,

PnPyが反応系から除去されるため,極めて反応し難いPEP からのPnPyの生成が進行すると結論した.この脱炭酸反応 は,BA生産菌の突然変異株を用いて証明した(12)

  突然変異株の利用

生合成中間体の単離,同定には突然変異株の利用が不可欠 である.われわれの研究にとって実に幸運だったことは,こ の時期明治製菓(株)足柄工場では生産性向上のため,ほぼ毎 日BA高単位生産菌を取得する試みが行われていたことであ る.この作業はアガーピース法を用いて,1日あたり約8,000 株の生産性のチェックが行われていた.当然のことながら,

BA非生産性の突然変異株は無用の産物として廃棄されてい たが,われわれが目的としたのはまさにこの菌株であったの で,これを利用することとした.突然変異株の単離は,単調 な作業の繰り返しであり,研究者にとってかなりの苦痛を伴 瀬戸治男さんの死を悼む

瀬戸治男さんが今年の4月12日に急逝されました.瀬戸 さんの遺稿が本誌に掲載されるのに合わせ,追悼の言葉を 述べさせていただきます.

瀬戸さんは昭和33年(1958年)4月に東京大学理科II類 に入学しましたが,そこで私と同じクラス(理II8B)に なり,そのときから永いお付き合いをいただいたことにな りました.2年生後半の進学振り分けの時期に,彼は一時 的に体調を崩し,1年遅れになりましたが,私が進学した 農学部農芸化学科に進学し,さらに大学院でも同じ応用微 生物研究所(現在の分子細胞生物学研究所)で修士・博士 課程を過ごしました.私は第5研究部の丸尾先生の下で当 時勃興期にあった微生物の分子生物学,特に蛋白質生合成 のメカニズムを学びましたが,瀬戸さんは第6研究部の米 原先生の下で抗生物質生産菌の探索,抗生物質の精製,構 造決定,後にはそれらの生合成経路やそれに関与する遺伝 子の解析などの研究を行いました.その後,ともに大学院 農学研究科の教授として委員会や大学院の論文発表会など でよく顔を合わせ,時にはお酒を酌み交わしたものでし た.

彼の生物有機化学者としての研究成果は専門を異にする 私がここで述べるまでもなく華々しいもので,1997年日 本農芸化学会賞,2001年紫綬褒章など枚挙に暇がありま せん.東大で多くの仕事を成し遂げ,優秀なお弟子さん達 を多数育ててから定年退官した後には,東京農業大学に移 り,そこでも研究と教育を続けられ,確実な成果を挙がら れました.瀬戸さんのご逝去の報は,奇しくも本誌の

2010年のVol. 48, No. 12のp. 856に坂口健二氏への惜別の 辞の中で高橋信孝先生が述べておられます 此の花会

(農芸化学OBのわれわれが,現在の科学の最前線のお話 をそれぞれ専門の講師の方々からお聞きする会)の4月の 例会において,瀬戸さんの愛弟子である東大の葛山智久博 士を講師として瀬戸さんの晩年の仕事の成果の一端をお聞 きしてすぐのことでした.

彼の逝去の後,6月2日にはご遺族,お弟子さんや友人 達を中心にお別れ会が開催されましたが,そこには彼の研 究や交流の幅の広さを物語るように,生物有機化学者,合 成化学者,生化学者,微生物学者など多くの方々が参集 し,彼の人柄を偲びながら生前のエピソードなどが披露さ れました.

二十歳前からの永い間のお付き合いをいただきました私 の目から見て,彼は優秀な学者であったのみならず,朗ら かなスポーツマンであり,何事にも真摯に前向きに取り組 む快男児でした.今春,彼からいただいた年賀状によりま すと,東京農業大学を定年退職後には,近くの中学校でボ ランティア活動として英語と数学の講義を手伝っていると のことでした.彼の性格から拝察すると,おそらく一生懸 命に子供達の教育に取り組み始めたばかりで,しかもまだ 70才台前半での急逝で,心残りがなかったとは考えられ ません.しかし全力で生きてきた瀬戸さんには本当にご苦 労様でしたと声をかけたい気持ちで一杯です.

瀬戸さんのご冥福を心からお祈り申し上げます.

  (高木正道,新潟薬科大学 学長)

(6)

う作業であるが,これを省略できたのは研究の遂行上極めて 幸運であった.

こうして得られた数多くのBA非生産性の突然変異株が蓄 積する代謝産物の解析により,BA生合成の初期段階につい ての貴重な情報が得られた(13).図2に示す化合物のうち,

ヒドロキシエチルホスホン酸 (HEPn) は2個の炭素からな るホスホン酸で,その生合成上の役割はすぐに推測できたが

(標識実験の結果は,リンに隣接する2個の炭素はPEPに由 来することが判明している.図4参照),ヒドロキシメチル ホスホン酸(HMPn,図2の段階3により生成)については 1個の炭素しか含まぬためその意義が全く不明であり,単離 直後は主経路から分岐した側路化合物 (shunt product) と して無視することとした.

しかし,その直後にホスホノ蟻酸(PnF,  図2の段階4に より生成)が単離された(13).この化合物は酸性条件下で容 易に脱炭酸し,亜リン酸に変化する.この化合物はヒドロキ シメチルホスホン酸 (HMPn) の酸化によって生ずると考え るのが妥当であり,その存在意義が不明だったHMPnの役 割を明らかにしただけでなく,以後の生合成経路を推察する うえで重要な役割を果たした.なお,HEPnからHMPnへの 変換機構についての実験的な証明には成功していない.

これまでの初期の数段階の反応をまとめると,次のように なる.図2の段階1でまずC‒P結合が生成し(このときリン 酸が亜リン酸型のホスホン酸に還元される),つづく段階2,  3, 4の反応によりホスホノ蟻酸 (PnF) が生成し,PnPyに由 来する2個の炭素が除去される.後の反応(図2の段階5c)

でさらに1個の炭素が失われるため,最終的にはPEPに由来 する3個すべての炭素が失われてしまうことになる.物質生 産における炭素源の利用性という観点からは,非常に無駄の 多い経路ではあるが,高エネルギーを必要とするリン酸の還 元にはそれだけの犠牲が必要なのであろう.

  相補実験(コシンセシス実験)

31P-NMRを指標として単離したC‒P化合物が生合成中間 体であることの証明には,異なる2種類の突然変異株を組み 合わせた変換実験を行う.その原理は以下のとおりである

(図

6

.いま突然変異株M1(変異点a)と突然変異株M2

(変異点b)があり,変異点aが変異点bよりも初期段階にあ るとする.M2株で蓄積する中間体Bを31P-NMRを指標とし て単離する.これをM1株の培養液に添加すると,Bは最終 産物に変換される.最終産物の生成は抗菌活性により簡単に

検出できる.一方,M1株が蓄積する中間体Aは,M2株に よって変換されない.なぜならばM2株の変異点は中間体A の生成段階よりも後にあるからである.この方法は相補実験

(コシンセシス実験)と呼ばれる.BA生合成研究の初期の 段階では,突然変異株が揃っていなかったため,中間体の単 離には 31P-NMRを利用せざるをえなかったが,研究後期に なって多数の変異株が揃うと(図2で示すNP番号),変換実 験だけで中間体の単離が可能になり効率良く研究が進行し た.

  ホスフィノアラニンの単離

別の突然変異株から,炭素3個からなるホスフィノアラニ ン (PAla) が得られた [H2O2P‒CH2-CH(NH2)‒COOH](14). この化合物は,突然変異株を用いた変換実験によりBAに変 換されることから,生合成中間体であることが証明された が,その役割はすぐには判明しなかった.上述した標識実験 の結果より,BAのリンに隣接する2個の炭素単位はPEPに 由来することが判明しており(図4),3個の炭素骨格を有す るPAlaが生合成中間体であることの説明がつかなかった.

ここではまずPAlaの生成機構について説明する.本化合 物の構造は,アミノ基をケトンに置換するとホスフィノピル ビン酸(PPA,  図2の段階 5cで生成)となり,PnPyとの相 違はリン部分の酸化度の相違のみである.このことから,

PPAはPnPy形成と類似したリンの転位反応により生成する と考えるのが妥当であった.ただし転位するリン官能基は,

リン酸よりも酸化度の低い亜リン酸型でなければならない.

このとき候補として浮かんだのは,前述したホスホノ蟻酸 

(PnF) である(図2の段階4で生成).PEPのリン酸部分を PnFで置換するとカルボキシホスフィノエノールピルビン 酸(CPEP,  図5の段階5aで生成)になり,この転位反応と それに続く脱炭酸によりPPAが生成すると考えられる.な おCPEPはPEPのリン酸部分がPnFによるエステル交換で 生成すると仮定した(図2, 段階5aで生成).

  C4炭素骨格の生成

最終産物のBAのホスフィノトリシン (PT) 部分はC4骨 格からなるのに対して,PAla(およびPPA)の炭素骨格は C3からなっており,C3骨格からC4骨格への変換機構を解 明する必要があった.

図6相補実験の原理

(7)

そこで初期生合成過程の解明に有効であった突然変異株の 利用を検討したが,非常に多くの突然変異株をテストしたも のの,このC3骨格からC4骨格への変換反応に関係する突然 変異株を得ることができず,その答えは全く見いだせなかっ た.そのため長い間苦吟を重ねていたが,あるときホスフィ ン酸部分HO‒P(=O)(H)‒CのPに直結するH‒ は他の原子 に比較してそのボリュームが極めて小さいので,これを無視 すれば,カルボン酸HO‒C(=O)‒Cと同等とみなせること に気がついた.そうだとすれば,PAlaはアスパラギン酸の アナログであり,そのデアミノケト体はオキザロ酢酸のアナ ログのホスフィノピルビン酸(PPA,  図2の段階5cで生成)

になる.この脱アミノ反応は生体内において普遍的な反応で ある.

同様の考えに立てば,デメチルホスフィノトリシンのデア ミノケト体であるデアミノケトデメチルホスフィノトリシン

(DKDMPT, 図2の段階8で生成)は 

α

-ケトグルタール酸と 同等になる(図2の段階8).この仮定が正しければ,PPA か らDKDMPTへ の 変 換 反 応(図2の 段 階6か ら8) は,

TCAサイクルの反応と酷似していることになる.この仮説 を証明するには,TCAサイクルの中間体であるクエン酸型 のC‒P化合物を単離すれば良いことになる.

ここでTCAサイクルの阻害剤を利用することを思いつい た.TCAサ イ ク ル の 阻 害 剤 と し て,モ ノ フ ル オ ロ 酢 酸 

(MFA) がよく知られている.MFAは体内に取り込まれた 後,TCAサイクルに入ってモノフルオロクエン酸に変換さ れ,TCAサイクルを強く阻害するので,この変換反応にお いてMFAは同様の作用を示し,ホスフィノピルビン酸

(PPA,オキザロ酢酸のアナログ)からデアミノケトデメチ ルホスフィノトリシン(DKDMPT, 

α

-ケトグルタール酸の アナログ)への変換を阻害し,新しい中間体が蓄積すること が期待された.そこでBA生産菌の培養液にMFAを添加し たところ,31P-NMRにより新規ピーク(ホスフィン酸)の 出現が確認された.そこで 31P-NMRを指標として,この新 規蓄積化合物を精製したところ,クエン酸の末端カルボン酸 がホスフィン酸に置換されたホスフィノメチルリンゴ酸

(PMM, 図2の段階6で生成)であることが判明した(15).こ の結果から,予想どおりC3骨格からC4骨格への変換は TCAサイクルに酷似した(あるいは同一の)反応経路を経 ることが確認された.

ここで新たに生じた問題は,PMMの立体化学である.ク エン酸と異なりPMMは上下非対象であるため,不斉炭素が 存在する(図2のPMMの

*

で示した炭素).

もし生成したPMMが ( ) であれば以後の反応は,TCA サイクルの酵素そのもの(あるいは類似した酵素)で進行し て 

α

-ケトグルタール酸のアナログであるDKDMPTを与え ることとなる(図2の段階8).一方,もしPMMが ( ) 型で あり,以後の反応がTCAサイクルの酵素で進行すると,図 2のDKDMPT(段階8で生成)のホスフィン酸とカルボン 酸の位置が入れ替わった別の化合X(図2の右上の化合物)

を与えることになる.そのためPMMの立体化学の決定が必

須となった.

その手段として化学合成が考えられたが,非常な困難を伴 いわれわれの手に負える方法とは思えなかった.そこでクエ ン酸合成酵素を利用して,PMMの立体配置を決定すること とした.クエン酸合成酵素の反応の立体化学は詳細に研究さ れており,オキザロ酢酸と酢酸との縮合によって ( )-型の クエン酸が生成されることが判明している

*

3

同様な反応によって,PPAと酢酸をクエン酸合成酵素で 処理すればPMMが生成すると期待したが,残念ながら通常 の条件下では全く反応の進行が認められなかった.この時点 で,どのように研究を進めるべきか考えが及ばず,途方に暮 れていた.ただクエン酸合成酵素が手元に多量に余っていた ので,そのまま捨てるのはもったいないと思い,最後の手段 として全部の酵素を使用して(通常の使用量の数百倍)反応 を試みたが,反応の進行はほとんど認められなかった.落胆 して反応液を半日放置していたが,そのあと念のため測定し てみるとわずかながら反応が進行していることが判明した.

この結果に勇気づけられ,次に超大過剰量の酵素を使用し て,生成したPMMの調製を行った.この酵素によって生成 したPMMは,クエン酸合成酵素の反応機構を考慮すれば 

( )-型の立体配置をもっていることになる.この酵素調製し た試料はBA生産菌によってBAに変換されなかったことか ら,BAの生合成中間体は ( )-PMMであると結論した(16). なお当然のことながら,MFの添加によって培養液から得ら れたPMMはBAに変換された.

以後の段階であるが,( )-PMMはTCAサイクルの酵素 そのものによってDKDMPTを経由してDPMTに変換され るのではないかと推測した(図2の段階7から9).そこで味 の素株式会社から,グルタミン酸生産能の高い(当然TCA サイクルの酵素活性が強い)

の提供を受け,PMMの変換実験を行ったところ,この 菌は効率良くPMMからDMPTへの変換を行うことが判明 した(17).したがって,BA生産菌でも上記の変換はTCAサ イクルの酵素によって行われている可能性があるが,BAの ような二次代謝産物では,その生合成に関与する酵素は「す べてその経路に固有のものである」ということが広く知られ ていたため,一次代謝であるTCAサイクルの酵素のBA生 合成への流用には,疑問が抱かれていた.最近のBA生合成 遺伝子の研究により,やはりBAの生合成に関連する酵素 は,TCA酵素とは異なっており,BA固有のTCAサイクル 型の酵素が存在することが判明している(4)

興味あることに通常のクエン酸合成酵素と異なり,嫌気性 菌のクエン酸合成酵素は ( )-型の化合物を生成する.ここ でPMM合成酵素と ( )-クエン酸合成酵素のアミノ酸配列 の比較が興味ある対象となったが,残念ながら嫌気性菌のク エン酸合成酵素に関する研究は,1960年代に行われた古い 研究であったため,当時アミノ酸配列の決定は困難であり,

*3クエン酸の合成反応において,13CH3CO2Hを使用すると,生成 するクエン酸は上下非対称になり,触媒するクエン酸合成酵素の 種類によって,( ) あるいは ( ) 型のクエン酸が生ずる.

(8)

不明のまま残されていた.そこで筆者のグループで嫌気性菌 のクエン酸合成酵素の精製を計画したが,当該研究者から,

「この酵素の精製は絶対嫌気性条件下で行わなければならず,

不慣れな研究者には無理である」との助言があり,計画を放 棄せざるをえなかったのは心残りであった.

  P-メチル化反応

最後に残ったC‒P結合の生成であるホスフィン酸のメチ ル化反応は,突然変異株の利用によって解明した.興味ある ことに,この反応はデメチルホスフィノトリシン (DMPT) 

そのものではなく,その -アセチル体に変換後,アラニル アラニル化されてデメチルBAになってから進行することが 判明した(図2の段階10から12)(18).PT自体は生産菌に強 い毒性を示すため,生産菌はまずDMPTの -アセチル化を 行い,アラニルアラニル化によって -アセチルデメチルBA を生成する.次いでメチル化を行い,無毒な -アセチルBA を生産し,菌体外に放出するときに脱アセチル化(図2の段 階13)を行っていることが判明した.この過程は抗生物質 生産菌に普遍的に見いだされる自己耐性機構である.

  最後に

以上の研究結果により,BA生合成経路の概略が判明し た.BAの生合成には3回ものC‒P結合生成反応が関与して いることは驚きであった.

本研究遂行当時はまだ遺伝子の解析技術が発達しておら ず,酵素の精製などは酵素活性に基づく古典的なタンパク質 精製の手法に頼らざるをえなかった.そのため,多くの段階 での酵素反応解析については,本研究ではやり残したままに なっていた.

筆者の引退後,他のグループによるBA遺伝子の解析結果 が最近報告された(4).しかし他の既知遺伝子との比較による 機能の推定などがなされただけで,図2の仮想中間体の確認 や酵素反応を含めた反応経路の完全解明には至っていない.

今後,有機化学者や酵素化学者との連携によりBA生合成経 路の完全な解明がなされることを願っている.

文献

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Referensi

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