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化学と生物 Vol. 52, No. 12, 2014
アミノ基結合型キャリアタンパク質を介したリジン ・ アルギニン生合成の発見
リジン ・ アルギニン生合成の進化
リジンは必須アミノ酸の一つであり,人間などの高等 生物は生合成することはできないが,植物,微生物はリ ジンを生合成するシステムを有している.リジンの生合 成経路は2種類に大別される.一つはアスパラギン酸を 初発の化合物としてジアミノピメリン酸(DAP)を経 由するDAP経路,そしてもう一つは
α
-ケトグルタル酸 を出発物質としてα
-アミノアジピン酸(AAA)を経由 するAAA経路である.DAP経路は植物,微生物に見 られるリジン生合成経路として,AAA経路は微生物の 中でもカビだけに見られるリジン生合成経路として知ら れており,この両経路は全く独立した起源をもち,独自 に進化してきたと考えられてきた.筆者らは,高度好熱性細菌 が,細菌として初めて
AAAを生合成中間体としてリジンを生合成することを 発見した(1). のリジン生合成経路は,
カビに見られるAAA経路とはAAA合成までの前半部 分は同一であるが,興味深いことに生合成経路後半部分 にあたるAAAからリジンへの変換過程はサッカロピン を経由するカビの経路(I型AAA経路)とは全く異 なっており,アルギニン生合成におけるグルタミン酸か らオルニチンへの変換に類似した機構によって行われ る(2).最近,筆者らは同様なシステムが,好熱性アーキ アのリジン生合成やアルギニン生合成でも働いているこ とを見いだした.本稿では,それらについて紹介すると ともに,リジンとアルギニン生合成の進化についての私 見を述べたい.
のリジン生合成経路(II型AAA経 路)のAAAからリジンへの変換はアルギニン生合成に 類似した反応系によって行われる.アルギニン生合成で はグルタミン酸のアミノ基が最初にアセチル化される.
このアセチル化はフリーのアミノ基が生合成の中間体の 一つであるセミアルデヒド基と分子内環化することを防 ぐためであるとされている.II型AAA経路ではAAA のアミノ基がアセチル基ではなくLysWというタンパク 質によって保護修飾を受け,生合成反応はLysWが付加 したまま進行する(3).このタンパク質による修飾の意味 は,アルギニン生合成と同様にアミノ基とセミアルデヒ ド基による分子内環化を避けることと考えられるが,そ
れだけであれば修飾はアセチル化で十分である.した がって,II型AAA経路によるリジン生合成において,
タンパク質による修飾に何らかのメリットがあるはずで ある.リジン生合成酵素群のいくつかは,酵素単体の結 晶構造が決定されており,活性中心を取り囲む領域が正 に帯電していることが明らかにされている.一方,
LysWは強く負に帯電したタンパク質である.これらか ら,LysWは,基質のアミノ基を保護すると同時に,基 質の担体(キャリア)として機能し,自身が静電的相互 作用により生合成酵素に認識されることで効率良くリジ ンが生合成されるのを助ける機能をもつと推測される.
現在筆者らは,リジン生合成酵素とLysW複合体の結晶 構造解析を行っており,この推測が正しいことが証明さ れつつある.生合成におけるキャリアタンパク質として は,脂肪酸生合成,ポリケチド生合成,非リボソーム型 ペプチド合成におけるアシルキャリアタンパク質やペプ チジルキャリアタンパク質がよく知られている.これら の両キャリアタンパク質は自身の特定のセリン残基がホ スホパンテテイニル化され,その末端のチオール基が基 質のカルボキシル基とチオエステル結合することで機能 する.LysWは,自身のC末端アミノ酸のグルタミン酸 残基の
γ
カルボキシル基が基質のアミノ基と直接結合す る新しいタイプのキャリアタンパク質であると言える.II型AAA経路によるリジン生合成は好熱菌,特に好 熱性アーキアに多く見られる.筆者らは遺伝子破壊の系 が確立している超好熱好酸性アーキア
に着目した.ゲノム情報から,このアーキア はII型AAA経路でリジンを生合成していると推測され た. はアンモニアを窒素源とする最少 培地での生育が可能である.したがってすべてのアミノ 酸を生合成する能力を有していることになるが,不思議 なことに同菌にはグルタミン酸のアミノ基をアセチル化 する酵素ばかりかII型AAA経路ホモログとして存在す るべきアルギニン生合成酵素遺伝子群が存在しない.そ の一方で, のゲノムには2つの ホ モログが存在している.これらの情報から以下の仮説が たてられた.それは,片方のLysXホモログ(SaLysX)
はAAAに,もう一方のLysXホモログ(SaArgX)はグ
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ルタミン酸にLysWを付加する反応を触媒し,引き続く 4つの酵素はAAAとグルタミン酸の側鎖の長さの違い を認識せず,LysWを付加したAAAからはリジンが,
LysWを付加したグルタミン酸からはオルニチンが生合 成されるというものである.そこでLysXホモログの活 性を測定したところ,予想どおりSaLysXはAAAに,
SaArgXはグルタミン酸に高い基質特異性を示した.さ らに,その次の反応を触媒する酵素もまた,推測どおり にLysWが付加したAAAとLysWが付加したグルタミ ン酸の両方を区別せずに反応を行った.こうした
での活性に加えて, , , の遺伝 子破壊株の栄養要求性を調べることで各遺伝子の
での機能を解析したところ, 破壊株はリジン 要 求 性 を, 破 壊 株 は ア ル ギ ニ ン 要 求 性 を,
破壊株はリジンとアルギニンの両方に対して要 求性を示し,筆者らの仮説が正しいことが証明すること ができた(4).
DAP経路によるリジン生合成とII型AAA経路によ るリジン生合成を比べると,DAP経路を構成する酵素 のいくつかはII型AAA経路のホモログであり,DAP経 路は共通のホモログにいくつかの酵素が加わることで形 成されていることがわかる.また,I型AAA経路はII 型AAA経路の後半部分がサッカロピンを経る変換シス テムに取って代わられることにより形成したと考えるこ とができる.冒頭に,I型AAA経路とDAP経路が異な る起源をもつと考えられてきたと述べたが,このように 考えればリジン生合成に見られるAAA経路とDAP経 路は共通の起源をもつ生合成システムであると考えたほ 図1■リジン生合成経路とアルギニン生合成経路の比較
各段階にかかわる酵素を遺伝子名で楕円に示した.大腸菌はDAP経路で, はⅡ型AAA経路でリジンを生合成する.
はⅡ型AAA経路でリジンを生合成する. では,アルギニン生合成はLysXのホモログであるArgXがグル タミン酸のアミノ基にLysWタンパク質を付加することで開始するが,その後の4つ反応はリジン生合成と共通に用いられる4つの多機能 酵素により触媒される.
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うが良さそうである.さらに,基質のアミノ基を保護す るのがLysWというタンパク質かアセチル基かの違いが あるが,II型AAA経路の後半部分の反応はアルギニン 生合成と類似しており,同生合成経路を構成する酵素も またアルギニン生合成酵素のホモログである.これらの 事実からII型AAA経路およびDAP経路の両方のリジ ン生合成とアルギニン生合成が共通の進化的な起源をも つことが示唆される(5).代謝系の進化に関してパッチ ワーク仮説という考え方が知られている.この仮説によ れば,原始生命体は所有する遺伝子のレパートリーが現 在よりはるかに少なく,数少ない酵素で生命活動を行っ ており,そうした原始型酵素は基質特異性が寛容でさま ざまな化合物を基質として反応を行うことができたとさ れる.さらに,そうした酵素をコードする遺伝子が重複 したのち,どちらか一方に,コードする酵素が特定の基 質に対して高い特異性を示すようなアミノ酸置換を与え る変異が導入,蓄積され,しだいに特定の機能を担う物 質変換経路として進化・独立していったとされる(6).
においてリジンとアルギニンの生合成の 一部を共通の酵素群が担っていることが明らかとなっ た.アーキアは16S rRNAを対象にした系統解析におい てルートに近い位置に存在し,初期生命に近い性質をい まだにとどめている可能性があり,初期代謝系の性質を うかがい知るものとして興味深い.
ここまで,II型AAAリジン生合成経路,キャリアタ ンパク質を介したアルギニン生合成経路を例として,筆 者らの研究を紹介してきた.リジン,アルギニン生合成 システムはパッチワーク仮説を実証する格好の事例の一 つであるのは間違いない.最近の技術発展は目を見張る ものがあり,最先端の構造生物学やバイオインフォマ
ティクスなどを駆使することで,これまで不可能と考え られてきた分子進化を実験室内で解析することが可能と なってきている.これらの酵素群において詳細な解析を 行うことで,寛容な基質特異性がどのように特定の基質 に対して特異性を発揮するよう進化してきたか解明でき ると期待している.
1) N. Kobashi, M. Nishiyama & M. Tanokura: , 181, 1713 (1999).
2) H. Nishida, M. Nishiyama, N. Kobashi, T. Kosuge, T.
Hoshino & H. Yamane: , 9, 1175 (1999).
3) A. Horie, T. Tomita, A. Saiki, H. Kono, H. Taka, R. Mine- ki, T. Fujimura, C. Nishiyama, T. Kuzuyama & M. Nishi-
yama: , 5, 673 (2009).
4) T. Ouchi, T. Tomita, A. Horie, A. Yoshida, K. Takahashi, H. Nishida, K. Lassak, H. Taka, R. Mineki, T. Fujimura
: , 9, 277 (2013).
5) M. Fondi, M. Brilli, G. Emiliani, D. Paffetti & R. Fani:
, 7(Suppl. 2), S3 (2007).
6) R. A. Jensen: , 30, 409 (1976).
(西山 真,東京大学生物生産工学研究センター)
プロフィル
西 山 真(Makoto NISHIYAMA)
<略歴>1984年東京大学農学部農芸化学 科卒業/1986年同大学大学院農学系研究 科農芸化学専門課程修士課程修了/1988 年同大学大学院農学系研究科農芸化学専門 課程博士課程中退/同年同大学農学部農芸 化学科助手/1994年同大学生物生産工学 研究センター助教授/2003年同大学生物 生産工学研究センター教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>生合成酵素の構造生 物学,代謝システムの進化,二次代謝産物 生合成多様性獲得機構<趣味>スポーツ,
ギター,飲食
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