はじめに
樹木は幹という巨大な炭素の蓄積組織(シンク)をも つ,地球上の炭素循環を考えるうえで重要な植物グルー プである.光合成作用の結果,固定した炭素から幹を造 り光合成器官である葉(ソース)をより光環境の良い場 所へ押し上げていく生き方によって,自ら環境を変えて いく.長命であり,急上昇している大気CO2濃度など,
さまざまな環境変化に順応して生き抜いている.イース ター島の悲劇やレバノンスギに象徴される森林消失とそ の後の文化の衰退・消失は,生存基盤としての森林の意 味が史実としても語られる.樹木とその集団である森林 の環境応答を知ることは,われわれが生存し続ける方法 を知ることにつながるであろう.環境変化に伴う森林樹 木の環境応答能の解明は急務である.
このような考えは文部科学省の「人・自然・共生プロ ジェクト」に採択され,2003年から札幌市に落葉樹を 対象にした開放系大気CO2増加 (FACE : Free Air CO2 Enrichment) 実験(1) を開始した(2).さらに「分子生物 学から個体生理,そして地球モデルへとスケールを変え てCO2への応答を探る」という新学術領域研究に採択さ れたことによって,成果の普遍性を与えることができつ つある.これは5 〜 10年程度継続した研究の結果でな ければ,変動の大きい野外での傾向を論じることはでき
ないからである.野外環境における樹木の高CO2応答 を解析し,虫害の発生と共生菌類の役割との関係にも注 目した成果もでてきた.従来の研究は,制御環境で得ら れたデータを基礎に予測値を与えてきた.しかし,本研 究は野外環境で実施することに意義がある.なぜ, ノ イズ が多く膨大な予算を必要とする野外での操作実験 を行う必要があるのかを(3),本論に入る前に述べたい.
野外でのCO2付加実験の必要性:FACEの登場 十分な環境管理のもとで得られる成果は,モデル実験 として優れている.しかし,森林をはじめ多くの植物生 産は自然環境下で営まれるため,成果の活用には自ずか ら限界がある.後述するが,植物群集の成長や生産力を 予測する指標である葉面積指数(LAI:単位土地面積当 たりの葉面積)の変化は,日陰や乾燥といった無機的な 環境だけではなく,病虫害によっても大きく変化する.
森林での物質生産は,当然,野外で行われるから変動環 境の影響を加味した予測データを取り込まなくてはなら ない.しかし,植物の環境応答を抽出するためには,生 育環境の均質性を優先せねばならないため,多くの研究 は制御環境で行われてきた(3).そのなかで,一定期間,
高CO2環境で植物を育成すると光合成や成長が停滞す る例(負の制御*1)のあることがアラスカのスゲ属植物 を対象にした研究で指摘された(4).その後,同じような
セミナー室
植物の高CO2応答-3高CO 2 環境に対する落葉樹の応答
小池孝良 *1,渡辺 誠 *1,渡邊陽子 *2,江口則和 *2,高木健太郎 *2, 佐藤冬樹 *2,船田 良 *3
,渡邊陽子 *2,江口則和 *2,高木健太郎 *2, 佐藤冬樹 *2,船田 良 *3
,高木健太郎 *2, 佐藤冬樹 *2,船田 良 *3
,船田 良 *3
*1北海道大学大学院農学研究院,*2北海道大学北方生物圏フィールド科学センター,*3東京農工大学大学院農学研究院
所属は研究が行われたときのものである.
事例が数多く報告された(2).
一方,1991年までの多くの実験結果から,オースト ラリアの研究者Arpは,負の制御が生じる原因として,
根の制限あるいはソース‒シンクのバランスが崩れるた めに生じる実験のエラーであると指摘した(5).この総説 をきっかけに,世界中のCO2付加実験の方法が一変し た.従来の制御環境での実験の多くは,ポット苗で行わ れてきたため,地植えで野外でのCO2付加実験と比較 するとポット試験では「負の制御」が見られる.これ は,ポット容量が5 L以下で行われた研究で顕著であっ た.そこでFACE実験が1993年から北半球を中心に導 入された(1).FACEはCO2が空気より重いことを利用し て,対象の植物よりやや高い風上の位置からCO2を付 加する.このためCO2以外は自然条件での実験が可能 になった.
欧米諸国では16基のFACEによってすでに10年分の データがそろったので,日本はそのパラメータを利用す ればよい,という考えもある.しかし,気候の大きく異 なる欧州では,広く見ると黒ボク土,北米は貧栄養のカ ナディアンシールド,日本は火山灰土壌と土壌も大きく 異なることから,やはり独自データを得る必要がある.
事実,オーストラリア・シドニーではユーカリ樹を対象 にFACE研究が2012年から開始された(図1).私たち も2003年から落葉樹11種を対象に実験に取り組んでい
る.強光利用のカラマツ(針葉樹),散孔材のカンバ類,
ケヤマハンノキ(遷移前期種),弱光利用のブナやイタ ヤカエデ(遷移後期種),中間種のシナノキ,環孔材で あるハリギリ,ヤチダモ,ミズナラ,ハルニレである.
野外でのCO2付加実験では,樹木の応答に関して何 がわかるのであろうか.その過程は極めて複雑である が,実験結果からは成長の速い樹木では枝葉が増加する ことがわかった.世界中で行われているCO2濃度を現 在の約1.5倍上げたFACE研究の結果からは(6),樹木の 成長量は28(±25)%増加する傾向が示された.成長は 土壌環境に大きく影響されるため,富栄養とされるわが 国では一般的な褐色森林土を対照として,北海道をはじ め日本では特徴的な未成熟火山灰土壌との混合土壌処理 区を設けた.苗高30 〜 50 cmの稚樹を,先駆樹種の更 新初期状況も考慮して約11万本/haの密度で植えた.対 照 区 は 大 気CO2濃 度 (370 〜 390 ppm) でFACEで は 2040年頃を想定した500 ppmであり各3反復で行った.
私たちのFACEでは,落葉樹混交林の葉の動態と機能 を5年間追跡したが,まず,LAIに注目したい(図2).
LAIの変化とその生理生態
CO2付加2年目まではFACE区での LAI (m2/m2) は 土壌にかかわらず対照区の1.3 〜1.5倍で推移した.落葉 樹 林 のLAIは1960 〜 70年 代 の 国 際 生 物 学 事 業 計 画
(IBP)での調査では,強光利用種では約3,弱光利用種 で約5とされたが,FACEでは最大値,約7まで上昇し た.これまでの報告にあるが(7),LAIは高CO2では通常 のCO2環境に比べて1.0 〜 1.5倍に達する(図3).しか し,CO2付加3年目,LAIが最大値に達するはずの夏に 低下した.この低下は樹木個体間の相互被陰が始まる前 に見られ,特に火山灰土壌区で顕著であった(図2).
このLAI低下の原因は虫害であった.野外での観察 からは,落葉樹の幼木・成木では2年連続で葉の食害に あっても枯死することは珍しい.さらに食害が2年も続 けば,誘導防御によって食われにくくなるが(8),FACE 区では丸裸になるまで食われた.CO2付加3年目で上層 を占めていたケヤマハンノキは枯死し,周辺のシラカン バも虫害に遭いLAIは低下した.この傾向が明瞭に見 られた理由を光合成機能から次のように考察した.
根の成長抑制がないFACEで2生育期間育成したシラ カンバとケヤマハンノキのCO2に対する光合成速度を 調べたところ,「負の制御」がシラカンバでは見られた
(図4).しかし,ケヤマハンノキではその傾向は見られ なかった(9).これは,高CO2では宿主の光合成活性が上 図1■オーストラリア・ウエスタンシドニー大学に設けられた
ユーカリFACE 2012年に実験を開始した (http://www.uws.
edu.au/hie/hie)
*1負の制御の原因:CO2施肥技術も定着し,北国でも冬に生野菜 が食卓に上がる.CO2は肥料のような働きをするので栄養のバラ ンスが大切である.一般に,野生植物へは施肥はしない.どのよ うな植物でも根を無限に伸ばすことはなく,生育環境が高CO2に なると,1) 急速な成長によって主に樹体内の窒素が欠乏しやすく 植物体の栄養バランスが崩れること,2) 光合成速度が上昇し大量 の光合成産物ができるが,メロンのように大量に貯まる器官(シ ンク)がない.このため,いわば「腹一杯現象」が生じるために,
光合成を主に担う葉緑体の活動に制限が加わる,3) 光合成に関連 する酵素の生産と活動が遺伝的に調節される.
昇し,根に共生する菌類であるフランキア属菌類のシン クとしての働きが高まり,その結果,窒素固定が進み葉 の窒素濃度が高まったと考えられる(10).フランキア属 菌類は,ケヤマハンノキは共生し,シラカンバには共生 しない.貧栄養土壌でフランキアは活発に窒素を取り込 むため,葉の窒素濃度が高まった.この高い窒素を含む ケヤマハンノキの葉が,落ち葉となって分解されること でケヤマハンノキの周囲に成育しているシラカンバへも 高い濃度の窒素が供給され,結果として虫害が広がった とも考えられる.
さて,昆虫の幼虫は高CO2環境であっても一定量の 窒素を摂取して成長する(11).一般に,FACE区では光 合成の基質であるCO2が十分あるので,気孔が閉じ気 味になり,酵素の量も少なくても済むことから,個葉レ ベ ル で の 水 や 窒 素 利 用 効 率 が 上 昇 す る(2, 12).事 実,
FACE区のケヤマハンノキ以外の樹種では,窒素濃度の 低い葉が生産されていた.このため,窒素濃度が上がっ たケヤマハンノキとその落葉の影響を受けたシラカンバ は,ハンノキハムシなどの虫害にあったと考えられ る(13).
つぎに病害に注目しよう.高CO2環境では,イネの病 害であるイモチ病が多発することが実験的に確認され た(14).高CO2環境では気孔が閉じ気味になって蒸散が 抑制されるため,蒸散流とともに運ばれるケイ素が不足 して抵抗性が低下し,病気にかかりやすくなるという.
また,ミズナラに典型的に見られる病害である「うどん こ病」に注目すると,萌芽枝ではこの病気にかかる割合 がFACEでは低下した(図5).これは,高CO2環境で は光合成産物が増加し,このために抗菌作用のある物質 が生産できたためだと考えている.
さて,LAIには気象も短長期的に大きく影響する.
CO2付加4年目には,LAIは褐色森林土壌ではCO2付加 の影響は不明瞭であったが,FACE区が対照区に比べ 7 〜8月頃には火山灰土壌はLAIが1以上高かった.4年 目の気象的な特徴としては,7月頃から記録的な高温・
乾燥がFACEを襲った.気温は2℃程度高く,降水量は 36.5 mmで対前年比では,わずか27%にとどまった.先 図2■異なる土壌を利用した対照区 とFACE区の葉面積指数 (LAI) の 季節・年変化(江口:未発表)
LAI (m2/m2)
Poplars Aspen-birch
Aspen
Pine Sweetgum
Hardwoods FACE LAI
CO2
図3■葉面積指数 (LAI) の増加率
Norby and Zak (2011) のデータ(7) に北大FACEのデータ(白抜 きのデータ,江口,原,渡辺ら:未発表)を追記した.種名:As- pen:ヤマナラシ類,birch:カンバ類,Pine:テーダマツ,Hard- wood:広葉樹林,Sweetgum:モミジバフウ,poplar:ポプラ
述したように,高CO2条件では気孔が閉鎖気味になっ て水利用効率が上昇する.乾燥年でもFACE火山灰土 壌でのLAIが低下しなかった理由として以下を考えて いる.1) 7月上旬にはFACE火山灰土壌でケヤマハン ノキが枯死したため,木の密度が低下して養水分の競争 が低下したこと.2) 高CO2では光合成産物が集積し,
リンが欠乏しやすいために葉緑体からの転流が阻害され るため,葉の浸透ポテンシャルも高くなっていた可能性 がある(15).
木部の構造への影響
上述のように高CO2条件では,気孔が閉じ気味にな るため個葉の蒸散は抑制され,水利用効率が上がる.し たがって,水分通道組織に影響がでると考えてきた(16). すなわち水流はパイプの半径の4乗に比例する (Hagen‒
Poiseulleの法則)ので,FACE区では道管直径が減少 するか,あるいは道管数が減ると考えた.そこで,細い 道管が木部内部に散らばる散孔材(強光利用:ウダイカ ンバ,弱光利用:イタヤカエデ)と太い道管が年輪に 沿って分布する環孔材(中間:ハリギリ,弱光利用:ミ ズナラ)を調べた.予想では散孔材では道管数が減少 し,環孔材の道管直径が減少すると考えた.詳細な解剖 学的研究からは,ハリギリの幹の木部以外ではFACE と対照での明瞭な差は見られなかった.ハリギリでは当 年に形成された早材道管の平均内こう面積の増加や,よ り面積の大きな道管の増加が予想に反して見られた.こ の理由として,ハリギリはCO2付加により幹の伸長成長 が有意に増加し,その分葉面積が増え,ほとんどの水分 通道を担う当年の早材部の道管がその影響を受けたと考 えられる(16).また,本種のみほとんど分枝せず,葉柄 を備えた大きな葉をもつ樹形面の特徴(17) も影響すると 思われる.
一方,事前に調査した散孔材シラカンバの葉柄と当年 生枝では,FACEでは道管の本数減少と直径の減少が確 認された(18).しかし,幹の木部では,この傾向は見ら れなかった.この理由として,個葉とシュート(枝+
葉)では,予想どおり蒸散の抑制に伴う木部構造の変化 が見られた.つまり高CO2 環境下では,個葉・当年枝 の蒸散が抑制されることにより構造の変化が見られた.
しかし,シラカンバの個体として全体で見ると,シュー トが増加したために(19, 20),個葉・当年枝の蒸散抑制の 図5■ミズナラ萌芽シュートのうどんこ病罹病率(Watanabe
: 未発表)
罹病率0:健全,1:うどんこ病の兆候,2:明確なスポットが見 られる,3:葉脈に沿った罹病,4:葉身全体に罹病.
図4■対 照 区 とFACE区 で 生 育 し たシラカンバとケヤマハンノキの CO2−光合成関係
CO2濃度:対照区−約380 ppm, FACE区−約500 ppm.
シラカンバの図中の△は生育時の CO2濃度であり,両者をつなぐと光 合 成 速 度 に は,Tissue & Oechel
(1987) の言う「負の制御」(恒常性 維持)機能が働く(4).
FACE
(µ mol m
-2s
-1)
CO 2 (ppm)
FACE
影響が相殺されるため,幹の構造には大きな変化が見ら れなかった.この増加したシュートの影響は幹の構造だ けではなく,森林の群落構造にも影響を与える.
群落構造への影響
上層木の枝葉の繁茂のために林床へ届く光が減少し,
更新した稚樹が利用できる光は減少することが熱帯林で のデータを用いたシミュレーションからも予測され た(21).大気CO2 濃度が550 ppmを超えると,密度にも よるが,林床の相対照度が5%以下に達するので,更新 稚樹の生存は困難になる.暗いところに生育する稚樹な どの光利用特性は,高CO2環境でどのように変化する のであろうか.生化学モデルでは,高CO2では稚樹の 光補償点は暗いほうへ移動することが予測された(22). まだ,研究結果は断片的であるが,FACEで生育した多 くの落葉広葉樹では,わずかに光量子収率の増加するこ と が 確 認 さ れ た(広 く 用 い ら れ るLI-6440は 単 色 光
(680 nm) なのでやや過大評価になる点は注意する必要 がある).これは弱光域での利用能力が上がることを意 味する.したがって,光を集め,運ぶ働きをする葉のク ロロフィルの機能に注目する必要がある.クロロフィル は植物体内の窒素の量に影響を受けるので,この点を,
今後さらに検討する必要がある.落葉広葉樹の葉では,
クロロフィル含量が一般に不足気味であり,これは窒素 の影響を受けるので,増加し続ける窒素沈着の効果も検 討せねばならない.
もう一つ無視できない現象を紹介する.質量ベースで CO2の 約25倍 の 温 室 効 果 を も つ ガ ス で あ る メ タ ン
(CH4) の動態である.メタンは酸素がないか乏しい嫌 気性条件で活動するメタン酸化菌が生産する.このため 沼地,水田や湿原などがメタンの主な発生源であるが,
哺乳類の消化管にも細菌は生息するので,ウシの げっ ぷ からも大量に放出される.このためメタン生成を抑 制できる家畜飼料も考案されている.
これまでの調査からは,日本の森林の林床にはリター
(落葉落枝)が積もっていて,好気的環境のためメタン の吸収源と考えられている.事実,平均すると6.9 kg ha−1yr−1のメタンが吸収されていることがわかった(23). 欧米などの報告と比べると日本の森林土壌は単位面積当 たりのメタン吸収量は約2倍大きい傾向がある.この理 由は,日本に火山灰由来土壌が広く分布し,空気がたく さん含まれる構造をしていることから,通常の土壌に比 べるとメタン吸収量が多いと考えられている.
し か し,私 た ち のFACE実 験 か ら は,高CO2 (500
ppm) に設定された2040年頃の林床におけるメタンの 吸収量は,対照区 (380 〜 390 ppm) の半分程度になる ことがわかった.さらに,土壌は不均質でもあることか ら,FACE内部の土壌のところどころにメタンを放出し ている場所が見られた(24).この理由として,高CO2で は植物は葉面の気孔を閉じ気味にする(閉じた気孔の割 合が大きい)ため,上述のように樹木からの蒸散が減 る.また,上層木の葉が繁茂するため林床へ届く光量も 減るため地面からの蒸発も減少し,リターは湿気を帯び たままになる.これらの変化によって林床が嫌気条件に なるため,メタンの吸収源から放出源へ転じると予測さ れた.以上のことから,今後CO2濃度が上昇し続ける と強力な温室効果ガスであるメタンの森林からの放出量 が増加すると考えられる.
越境大気汚染の影響
最後に,国境を超えてやってくる大気汚染物質とされ るオゾン (O3) の影響に注目する.混同されやすいの は,成層圏(地上20 〜 60 km)に存在するオゾンであ る.太 陽 か ら の 有 害 な 紫 外 線(UV-C, 部 分 的 に は UV-B)をDNAが吸収すると破壊されてしまい,生命 は生存できなくなる.この紫外線を成層圏のオゾンが吸 収して,現在のように地球上に生き物が生活できるよう になった.オゾン・ホールで問題視されるのはこちらの オゾンである.これに対して濃度が急激に増えてきたの が対流圏(地表面:0 〜約11 km)のオゾンである.オ ゾ ン はNO な ど 窒 素 酸 化 物 や 揮 発 性 の 有 機 化 合 物
(VOC) などと太陽光の紫外線が作用して局所的にも生 産されるが,偏西風に乗って経済発展を急ぐ風上の国々 からもかなりの量がわが国へ到達し始めた.
強力な酸化剤でもあるオゾンは気孔を通じて体内へ取 り込まれ,植物を痛めつける.北米と欧州では森林の衰 退の主な原因として注目されてきたが,最近,わが国で も60 ppbを超える高濃度オゾンが検出されている.観 光地としても有名な北海道東部の摩周湖外輪山の森林衰 退に関連して,その影響評価が急がれている(25).全球 レベルでの調査を基礎に行われた研究から,対流圏オゾ ンの増加によって,植物のCO2固定機能が最大30%以 上抑制されることも予測されている(26).約80年生のオ ウシュウブナ成木に低濃度(約60 ppb)のオゾン付加 を8年間行った結果,樹冠部分での幹の肥大成長が著し く抑制され,対照区と比べ約40% の成長低下が見られ た(27).オ ゾ ン に 対 す る 感 受 性 に は 樹 種 間 差 が あ る が(28),光合成生産が高CO2環境で若干増加しても,そ
の効果は相殺されるが減少する.制御環境の実験では,
たとえば東京都府中市で低濃度のオゾン暴露の実験を行 うときは,オゾンを除去してそこへオゾンを付加すると いう状況で,都市部周辺ではすでに比較的高濃度のオゾ ン環境にある.さらに例を紹介しよう.
米国ニューヨーク周辺での調査であるが,都心から郊 外まで土壌条件をそろえてポプラ・クローンの成長に対 するオゾンの影響を調べた(29).その結果,予期しな かった結果がでた.交通量が多く汚染されているはずの 都心での成長に比べて,空気もきれいだと思われていた 郊外でのクローンの成長が抑制されていた.郊外のオゾ ン濃度のほうが高かったのである.これは,大気の逆転 層が存在することと,都心ではディーゼルエンジン車か らの排ガスとオゾンが反応した結果,オゾン濃度が低い 現象が見られたのである.なんという皮肉な現象であろ うか.
上記のように高CO2環境では気孔が閉鎖気味になっ て,O3の取り込みは抑制されると予想した(30).そこで 北東アジアの成長の速い造林種グイマツ雑種F1を高 CO2 (600 ppm) と低濃度オゾン(60 ppb:日中7時間)
で育成したところ,オゾン単独処理で肥大成長が約40%
抑制された.一方,高CO2とO3の複合処理では,20%
にとどまった.この傾向は追試でも確認された.しか し,気孔コンダクタンスには処理の明瞭な差がなく,今 後はオゾン吸収量に注目する必要性がある.
今後の展望
制御環境では,教科書的な反応が見られた高CO2へ の植物の応答であったが(19),野外では予期以上の病虫 害の影響が見られた.特に,FACEの火山灰土壌では虫 害のためにLAIの低下が著しかった.また,記録的な 乾燥のために落葉が生じLAIも低下した.このように,
制御環境では問題にならなかった各種障害が野外では見 られた.このような ノイズ を除いてみると,私たち のFACEのLAIの増加割合は,世界各地で得られた値 よりやや低かった.この割合には土壌条件が影響してい る可能性は否定できない.メタン吸収源であった森林林 床が放出源に変わる可能性も指摘された.木部構造の変 化は,予想に反して4年間という短期間のCO2付加調査 では明確ではなかった.今後,情報が極めて限られてい るシンク器官でもある木部の構造と機能に注目し,10 年間FACEで育成した日本の冷温帯を代表するブナの 木部構造や化学的組成などを対象に解析を目指したい.
謝辞:本稿は,文部科学省科学研究費補助金(新学術領域,基盤研究A, B, C, 若手B, 住友財団)の支援を得た.記して感謝する.
文献
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プロフィル
小池 孝良(Takayoshi KOIKE)
<略歴>1977年京都府立大学農学部林学 科(造林学)卒業/1981年名古屋大学大 学院農学研究科中退/同年林野庁採用・
林業試験場(現 森林総合研究所)勤務/
1988年スイス連邦工科大学林業研究所森 林・環境部門生態生理分野博士研究員/
1990年ヨエンスウ大学(現 東フィンラン ド大学)生物学科客員研究員/1994年か ら5年間,筑波大学地球環境変化特別プロ ジェクト研究員併任/1995年東京農工大 学農学部環境・資源学科/1998年北海道 大学農学部演習林/2006年から同大学北 方生物圏フィールド科学センター管理部を 経て大学院農学研究院森林資源科学分野教 授<研究テーマと抱負>対流圏オゾンや窒 素沈着が森林に及ぼす影響の解明,森林保 護学と森林美学の継承<趣味>版画作成,
野草栽培
渡 辺 誠(Makoto WATANABE)
<略歴>1999年東京農工大学農学部環境 資源科学科(土壌環境保全学)卒業/2001 年同大学大学院農学研究科修士課程修了/
2007年同大学大学院連合農学研究科博士 課程修了,博士(農学)/2007年同大学女 性キャリア支援開発センター(現 女性未 来育成機構)特任助手/2008年日本学術 振興会特別研究員PD/2011年北海道大学 大学院農学研究院博士研究員,現在に至る
<研究テーマと抱負>変動環境下における 植物バイオマス資源の持続的生産<趣味>
音楽演奏,モータースポーツ観賞 渡邊 陽子(Yoko WATANABE)
<略歴>1991年北海道大学農学部林産学 科(木材理学)卒業/1993年同大学大学 院農学研究科修士課程修了/2001年同博 士後期課程単位取得退学(博士(農学))/
2002年北海道大学において博士号(農学)
取得/同年同大学北方生物圏フィールド科 学センター研究員/2009年同学術研究員,
現在に至る<研究テーマと抱負>組織化学 的手法による虫害に対する樹木の応答の解 明<趣味>生け花,ガーデニング 江口 則和(Norikazu EGUCHI)
<略歴>2003年北海道大学農学部森林科 学科(木材生物学)卒業/2005年同大学 大学院農学研究科修士課程修了/2008年 同博士課程修了,博士(農学)/2005 〜 2008年日本学術振興会特別研究員DC1/
2008年北海道大学北方生物圏フィールド 科学センター研究員/2009年愛知県庁森 林保全課/2011年愛知県森林・林業技術 センター研究員<研究テーマと抱負>皆伐 後未植栽地の植生回復に関する研究,ニホ ンジカによる森林被害の防除研究,ナラ枯 れ被害地における植生回復に関する研究
<趣味>おかし作り,温泉めぐり
高木健太郎 (Kentaro TAKAGI)
<略歴>1992年北海道大学農学部農学科
(花卉造園学)卒業/1994年同大学大学院 環境科学研究科修士課程修了/1997年同 大学大学院地球環境科学研究科博士後期 課程単位修得退学(1998年博士(地球環 境科学)修得)/1997年科学技術振興事業 団博士研究員/1999年米国サンディエゴ 大学客員研究員/2000年北海道大学農学 部演習林助手/2011年同大学北方生物圏 フィールド科学センター准教授,天塩研究 林長<研究テーマと抱負>森林の二酸化炭 素吸収量の評価,森林の炭素循環への温暖 化の影響評価<趣味>山スキー,釣り 佐藤 冬樹(Fuyuki SATOH)
<略歴>1979年北海道大学農学部農芸化 学科(土壌学)卒業/1981年同大学大学 院農学研究科修士課程,1984年同博士課 程 修 了(農 学 博 士)/1986年 同 大 学 農 学 部演習林採用/2000年同大学北方生物圏 フィールド科学センター教授/2008年森 林圏ステーション長<研究テーマと抱負>
森林の水源涵養能および水質調整機能,森 と海のつながり(森・海連環)<趣味>ラ イブハウス巡り,山菜採り
船 田 良(Ryo FUNADA)
<略歴>1983年東京農工大学農学部林産 学科卒業/1985年同大学大学院農学研究 科林産学専攻修士課程修了/1988年同大 学大学院連合農学研究科環境・資源学専 攻博士課程修了/1987年日本学術振興会 特別研究員/1989年北海道大学農学部助 手/1989年パリ高等師範学校仏国給費博 士研究員/1995年北海道大学農学部助教 授/2003年東京農工大学農学部助教授/
2007年同大学大学院共生科学技術研究院 教授/2010年同大学大学院農学研究院教 授/2011年同大学大学院連合農学研究科 研究科長<研究テーマと抱負>木材科学,
樹木生理学,植物細胞生物学<趣味>美味 しい食事とお酒