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アンチフロリゲンの発見と光周性花成を基礎とした キクの周年生産

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はじめに

多くの植物は季節を感知して適切な時期に花を咲かせ ることで,自らの生存・繁栄を最適化している.また,

特定の季節に咲く花は人々を楽しませ,人々に豊かな実 りをもたらす.植物の営みの理解は,自然を理解しよう とする立場のみならず,農業など産業の発展の側面から も重要であり, 植物が花を咲かせる仕組みはどうなっ ているのか? という疑問に対して古くから多くの研究 が行われてきた.2007年に存在の提唱から70年もの間

「幻の植物ホルモン」と呼ばれていた花成促進物質(フ ロリゲン)の分子実体が明らかになり(1, 2),2013年には キクを実験材料に花成に不適当な光周期条件の葉で合成 されて花成を抑制する情報伝達物質(アンチフロリゲ ン)の分子実体が明らかになった(3).1930年代以降,膨 大な生理学的研究の成果を基礎とした日長調節,温度処 理,植物成長調節剤を利用した開花調節技術が開発さ れ,花き生産などの場面において実用化されてきた.生 産技術の発達と生産施設の高度化によって,出荷期の拡 大と生産の効率化,安定化が図られ,安定的に高品質な 花き類を手頃な価格帯で消費者に供給できるようになっ た.開花生理の研究成果を社会実装し,その恩恵を存分 に享受している産業が花き産業であろう.なお,われわ れが対象としている「花き」とは,「観賞の用に供され る植物」,「花き産業」とは,「花きの生産,流通,販売

または新品種の育成の事業」と定義(花きの振興に関す る法律)されている.

花芽分化と花成

種子が発芽して,茎頂の成長点で茎葉の分化を続ける のが栄養成長期である.その茎頂の成長点が変化し,形 態的に認識できる花の原基(花芽)ができることを花芽 分化という.花成とは花芽形成の略語であり,花芽をつ くりはじめることを指す.植物は花芽分化・発達の特性 から,①ある程度の大きさに成長すると花芽分化するも の,②日の長さが短くなる(短日)あるいは長くなる

(長日)と花芽分化するもの,③一定期間低温や高温に あうことで花芽分化するものに大別できる.植物は光,

温度,湿度,栄養条件など,さまざまな外界の環境に適 応して進化してきたので,花芽分化・発達を制御する要 因も多様である.これら環境要因の中で日長の変化は年 次変動のない環境要因であり,植物が日長で季節の変化 を感知するのは理にかなった選択である.植物が日長の 変化を感知して季節を判断し,開花時期や休眠の導入時 期などを決定する反応を光周性という.

フロリゲンとアンチフロリゲンの存在

100年以上も前から多くの研究者によって植物の花を

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

セミナー室

フロリゲンと光周性花成-4

アンチフロリゲンの発見と光周性花成を基礎とした キクの周年生産

久松 完

農業・食品産業技術総合研究機構野菜花き研究部門

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咲かせる仕組みについて,膨大な研究が行われてきた.

多くの研究成果のうちGarnerとAllard(1920)による光 周性の発見(4)とエレガントな接ぎ木実験の結果提唱され たChailakhyan(1937)のフロリゲン説(5)はメルクマー ルであろう.フロリゲン説とは,花成の起こる光周期条 件において植物が葉で日長を感知して花成を誘導するホ ルモン様物質(フロリゲン)を合成し,それが茎頂部へ と長距離移動して花芽分化を誘導するという仮説であ る.フロリゲンを同定しようとする膨大な生理学的研究 の成果と近年の分子遺伝学的研究の進展によってフロリ ゲン説から70年後の2007年,長日植物シロイヌナズナ

の ( )遺伝子,短日植物

イ ネ の ( ) 遺 伝 子 の 翻 訳 産 物,

FTタンパク質とHd3aタンパク質が実際の情報伝達物 質の正体であることが明らかにされた(1, 2)

フロリゲン説の提唱と同時期から,ヒヨス(6),イチ ゴ(7),ドクムギ(8),キク(9, 10),タバコ(11),アサガオ(12)な どさまざまな植物で花成に不適当な光周期条件の葉で花 成を抑制する物質が合成されていることを示唆する結果 が次々と示された.たとえば,キクの場合,茎先端部の 日長条件にかかわらず,すべての葉を短日条件におくと 花芽分化するが,上位葉を暗期中断すると花芽分化が抑 制される(図1.また,タバコでは,短日条件でも花 芽分化する中性系統に長日条件でのみ花芽分化する長日 系統を接ぎ木して短日条件で栽培すると中性系統の花芽 分化が抑制された(11).これらのことから,花成非誘導 条件の葉で花成抑制物質(アンチフロリゲン)が合成さ れると想定された.しかし,アンチフロリゲンの正体は フロリゲンの正体と同様,長い間謎のままだった.

ア ン チ フ ロ リ ゲ ン の 存 在 を 巡 る 逸 話 にEvans博 士(1927〜2015)とLang博士(1913〜1996)の議論があ る.1930〜60年代,フロリゲンの存在と正体を明らか にしようと膨大な生理学的な研究が行われた.Evans博

士は長日植物のドクムギを用いた研究から長日条件で合 成される開花促進物質の存在とともに,短日条件で合成 される阻害物質の存在を示唆した(8).これに対して親交 の深かったLang博士は批判的であったそうである.15 年後,Evans博士にLang博士から届いたカードには

“In  hindsight  I  should  have  done  the  anti-florigen  grafts  at  the  same  time  as  we  did  the  pro-florigen  grafts.” と記されていたそうだ.その後,接ぎ木実験に よって花成非誘導条件の葉で合成され,長距離移動して 花芽分化を抑制するアンチフロリゲンの存在を示唆した Lang博士の論文が発表された(11)

花成抑制因子:TFL1はアンチフロリゲンか?

1990年代にシロイヌナズナのFTと同じフォスファチ ジルエタノールアミン結合タンパク質(PEBP)ファミ リーに属するTERMINAL FLOWER1(TFL1)が花成 抑制的に機能することが示された(13).また,TFL1は FTと同様にbZIP型の転写制御因子FDと複合体を形成 することからFTと拮抗的に働くと考えられた(14〜16). これらの結果からTFL1をアンチフロリゲンと呼ぶ機運 があったが,近距離の細胞間移動を示す(17)ものの,多 くの生理学的研究成果で示唆された日長応答や葉から茎 頂部への長距離移動といったアンチフロリゲンの条件を 満たすものではなかった.シロイヌナズナでは,

遺伝子が生殖成長期の花序分裂組織で強く発現している こと, 変異体の表現型が有限花序を示すことから,

総状花序(無限花序)の分裂組織維持に重要な役割を担 い花序分裂組織がすべて花芽に転換することを抑制し,

花序構造を司っていると考えられている(18)

シロイヌナズナのTFL1はアンチフロリゲンの条件を 満たさないものの, 遺伝子のホモログが多年生植 物の開花の季節性や幼若期間の決定における重要な因子 図1日長感受部位と開花促進物質と抑制物質の 存在

(Higuchiら,2013を改変)

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であることが示されている.ノイバラの開花が春にのみ 見られるようにバラの野生種の多くは一季咲き性を示す が,現代のバラ園芸品種の多くは四季咲き性を示す.現 代の栽培バラの四季咲き性は,中国古来の四季咲き性の コウシンバラの形質が導入されたものとされている.こ のコウシンバラの四季咲き性の原因が, 相同遺伝 子( )にトランスポゾンが挿入し,KSNの機能が 欠損したためであることが示された(19).また,同じバ ラ科の一季咲き性を示す野生イチゴ( ) の四季咲き性を示す変異体でも 相同遺伝子のコー ディング領域に2bpの欠損によるフレームシフトが見つ かっている(19).果樹などの木本生植物では「桃栗三年 柿八年」といわれるように発芽から数年間は開花しない ことが知られている.このいかなる条件でも花芽分化が 誘起されない生育段階を幼若相という.草本,木本にか かわらずTFL1が幼若期間に影響することが示されてい る.リンゴの事例では対照の非形質転換体培養植物由来 の芽は台木に接ぎ木して温室移動後,6年近く経っても 開花しないものの, 遺伝子の発現を抑制した形質 転換体培養植物由来の芽は台木に接ぎ木して温室移動 後,早い系統では温室移動後8カ月程度で開花すること が示された(20).シロイヌナズナは発芽直後から花成に 必要な低温に感応するが,近縁種の多年生草本

は,は種後5週齢まで花成に必要な低温に感応し ない.この幼若期の維持にTFL1が重要な役割を担って いることが示された(21).このように多年生植物の花成 にTFL1が重要な役割を担うことが示されている.

アンチフロリゲンの発見

栽培ギクは同質6倍体(2 =6 =54)で高次倍数性を 有し,また自家不和合性が強く遺伝的なヘテロ性が高 い.そのため,われわれはキク2倍体野生種,キクタニ

ギク(  f.  )を実験材料

として,発現遺伝子情報の集積,マイクロアレイの整 備,形質転換体作出効率の向上などキクの分子生物学的

解析の基盤を整備し,これらの基盤と生理学的解析を駆 使して質的な短日性を示すキクの光周性花成の仕組みの 解明を目指した.まず,フロリゲンをコードするFT相 同 遺 伝 子 に 注 目 し,3種 類 のFT相 同 遺 伝 子(

)を単離した.なかでも の発現は短日 条件の葉で高く,また,この遺伝子を過剰発現する形質 転換体は長日条件でも開花すること(図2,さらに,

過剰発現体と野生型の接ぎ木実験から 遺伝子 産物がキクのフロリゲンであることを示した(22)

の発現は1回の短日処理では速やかな発現上昇が みられず繰り返しの短日処理によって徐々に発現が高 まった(23).この の発現パターンは,キクが花 芽分化・発達するために繰り返しの短日処理を必要とす ることと一致した.さらなる解析を進めると,

の発現は長日条件においても比較的多量に発現している こと,FTパラログの一つ の発現が,

と反対に花成非誘導日長条件(長日あるいは暗期中断条 件)の葉において発現が高まり,その遺伝子産物は弱い 花成誘導活性をもつことが明らかになった(3).これらの ことから, と の発現動態のみでは質 的なキクの花成反応を説明できず,花成非誘導条件で栄 養成長を維持する積極的な花成抑制のしくみを想定する 必要があると考えられた.前述のとおり,キクを使った 局所的な光処理実験から,花成非誘導日長条件(長日あ るいは暗期中断条件)の葉で花成抑制物質が合成されて いることが示唆されていた(9, 10).そこで,花成誘導条件 と花成非誘導条件の葉における遺伝子発現をマイクロア レイによって網羅的に解析した.結果,FTと類似の遺 伝子配列をもちながら花成抑制活性をもつTFL1とよく 似たタンパク質をコードする遺伝子が花成非誘導条件で 特異的に発現が高くなることを見いだした.この遺伝子

を ( ) と

名づけ,さらなる機能解析を進めた.キクタニギク 遺伝子( )を過剰発現するキク形質転換体 は短日条件でも開花せず(図2),反対に の機能 を抑制した形質転換体は暗期中断条件でも発らいが確認 図2キクのフロリゲンとアンチフロリゲン 遺伝子の発見

Odaら(2012),Higuchiら(2013) を 改 変 フ ロ リゲン遺伝子( )を過剰発現する遺伝子 組換え体は,長日条件でも開花する.一方,

アンチフロリゲン遺伝子( )を過剰発現 する遺伝子組換え体は,短日条件でも開花し ない.

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された.そして,過剰発現体と野生型の接ぎ木実験から 遺伝子産物が長距離移動して花成を抑制するこ とを示すとともに,キクと異なる日長反応を示す長日植 物シロイヌナズナの花成も抑制する機能をもつことを示 した(3).シロイヌナズナにおいてFT(フロリゲン)は 茎頂で発現するbZIP転写因子であるFDと相互作用し,

花芽分裂組織遺伝子である ( )遺 伝子や ( )遺伝子といった下流の遺伝 子 発 現 を 誘 導 す る こ と が 知 ら れ て い る.そ こ で,

CsAFTがCsFTL3と拮抗的に花成抑制に作用するかを 調べるため,まず,キクタニギクから2種類のFD様遺 伝 子( ,  ) を 単 離 し た.そ の う ち CsFDL1機能抑制体は短日条件で不開花となり,花成に 関与する機能をもつことが示された.さらに,CsFDL1 とCsFTL3およびCsAFTのタンパク質間相互作用を解 析した結果,CsFTL3およびCsAFTは共にCsFDL1と 複合体を形成することが示された(図3.また,キク タニギクのプロトプラストにおける一過的遺伝子発現系 を用いた解析から,CsFTL3‒CsFDL1複合体形成によ りキクタニギクの花芽分裂組織遺伝子である / 様遺伝子の発現が誘導されること,CsAFTはCs- FTL3‒CsFDL1複合体形成を阻害して / 様遺 伝子の発現を抑制することが示された.これらの結果か ら,キクタニギクから発見されたCsAFTタンパク質が 花成非誘導条件の葉で合成され,葉から茎頂部への長距 離移行性をもつ花成抑制物質「アンチフロリゲン」の分 子実体であることが明らかになった.

キクタニギクでは, 遺伝子以外に花成抑制的 に機能する の存在が確認されている.

の発現は日長条件にかかわらず茎先端部で高く,葉では 非常に低い.さらに,過剰発現体は短日条件で開花遅延 を 示 す.CsTFL1もCsAFT同 様,CsFTL3‒CsFDL1複 合体形成を阻害して / 様遺伝子の発現を抑制 することが示された(24).これらのことから,キクは日 長 に 応 答 し て 葉 で 合 成 さ れ る ア ン チ フ ロ リ ゲ ン

(CsAFT)と茎頂近傍で恒常的に合成される花成抑制因

子(CsTFL1)による二重の開花抑制機構をもつことが 示された.

日本人の生活とキク

キクはわれわれ日本人にとって非常に馴染み深いもの である.キクの栽培の歴史は,2千年以上前に中国で薬 用として栽培されたのが最初と考えられている.明確で はないものの栽培ギクの原型は唐代に中国で生まれ,日 本への渡来は,奈良時代末から平安時代とされている.

平安時代には重陽の節句を祝うため,キクを観賞し,菊 酒を楽しんだとの記録がある.菊紋「十六弁八重表菊 紋」が公式に皇室の御紋とされたのは明治2(1869)年の 太政官布告195号によるが,鎌倉時代に後鳥羽天皇がこ とのほか菊を愛し,菊紋をお使いになったのがはじまり とされている.江戸時代には庶民の間でもキク栽培が流 行し新花を競う品評会も盛んに行われていた.こうした 長い歴史を経て現在の栽培品種がある.

キクの生態的特性

わが国のキク品種は休眠や開花について幅広い生態的 特性を示す.1950年代に,まず日長,温度に対する開 花反応に基づいた秋ギク,寒ギク,夏ギク,8月咲きギ ク,9月咲きギクおよび岡山平和型の6群の生態的分類 が岡田によって提唱された(25).この分類はわが国独自 のキク切り花周年供給体制を支える基礎となった.1980 年代に,これまで日長に対して中性であるとされていた 7〜9月に開花する品種のうち,7月咲き品種の約半数と 8月,9月咲き品種の大部分が限界日長をもち,秋ギク 同様,質的短日植物であることが明らかにされ,夏ギ ク,夏秋ギク,秋ギクおよび寒ギクの4群とする新しい 生態的分類が川田と船越によって提唱された(26).この 分類では,日長反応について,質的,量的反応という概 念が導入され,限界日長と適日長限界によって品種が区 分された.適日長限界とは切り花生産を想定した開花が 図3キクのフロリゲンとアンチフロリゲン による花成のしくみ

(Higuchiら,2013を改変)短日(SD)条件で は, (フロリゲン)遺伝子の発現誘導お よびAFT(アンチフロリゲン)遺伝子の発現 抑制によって花成誘導される.一方,長日

(LD)あるいは暗期中断(NB)条件では,短 日条件とは逆に 遺伝子の発現抑制およ 遺伝子の発現誘導によって栄養成長が 維持される.

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著しく促進あるいは抑制される限界の日長を指す.ま た,温度反応についても,従来の花芽分化温度の違いを 示すのではなく,相的発育の概念を新たに導入した特性 が分類の指標とされた.新しく提唱された分類は,日 長,温度に対する反応と自然開花期との関係を理解しや すくしたばかりでなく,日本独自の秋ギクと夏秋ギクを 用いた同一施設での周年生産体系の確立に大きく貢献し た.

キクの周年生産

キクは世界三大花きの一つであり,光周性花成の理解 をベースに人為的な日長調節が最も広く普及している経 済品目である.日本では切り花生産量の約40%を占め る最も重要な品目である.キクは短日植物であるため,

切り花生産では開花時期の調節と草丈確保のために定植 からしばらくの間は長日条件で栽培され,その後,短日 条件において開花させることが基本となっている.現 在,日本では長日処理として夜間に暗期を分断するよう に人工光を照射(電照)する暗期中断が行われている.

キクの電照栽培では午前0時を中心に4〜5時間程度の電 照が行われているケースが多い.1940年代に欧米では 秋ギクの日長操作による周年生産体系が確立され,わが 国にも導入されたが,夏季に高温による開花遅延と切り 花品質の低下が起こり,同一施設における周年生産体系 は確立できなかった.そこで,11〜4月の生産は暖地で の季咲きあるいは電照(暗期中断)栽培,7〜10月の生 産は冷涼地でのシェード(短日処理)栽培,4〜7月は 夏ギクの促成あるいは季咲き栽培というように地域によ る出荷時期の季節分担と生態特性の異なる品種の利用に より周年供給体系が確立された.しかし,年次変動が大 きく計画出荷のうえで問題が残されていた.1970年代 になって社会的基盤の充実とともに本格的な周年生産体 系の確立を目指した技術開発が進展した.まず,1968 年に豊川用水が通水し渥美半島に大規模な生産基盤の整 備が進み,温室団地などが造成され,加温栽培が可能な 施設が普及して電照栽培による冬季の生産が増加した.

夏の課題克服に前述の自然開花期の異なる品種の日長,

温度反応の解析(27)によって明らかにされた夏秋ギクと 称される品種群が貢献した.夏秋ギクは,高温下でも開 花遅延や切り花品質の低下が小さい特性をもつとともに その限界日長が日本の夏至の日長より長いため,短日処 理なしに電照による花芽分化抑制のみで開花調節が可能 である.これらの知見をベースとして1980年代後半に,

暗期中断処理により花成を抑制できる夏秋ギク品種を選

定することで7〜9月に電照によって開花調節できるこ とが示され(28),秋ギクと夏秋ギクを組み合わせた日本 独自の同一施設での周年生産体系が確立された.周年生 産の安定化とともにキク類は,葬儀などの仏花需要が急 速に拡大し,現在では年間20億本近い切り花が国内で 消費されている.

暗期中断を認識する光センサー

キクの周年生産では暗期中断による開花調節が鍵の一 つであるが,この暗期中断の光はどう認識されているの だろうか.キクの花成抑制は赤色(R)光による抑制効 果が高く,その効果はR光照射直後の遠赤色(FR)光 照射によって部分的に打ち消される(29)ことから,II型 フィトクロムの関与が示唆されてきた.そこで,キクタ ニギクのPHYB遺伝子( )に着目して解析に 取り組んだ. の発現を抑制した形質転換体は 暗期中断に低感受となり早期開花した.鍵になる2つの 遺伝子の発現を調べると,暗期中断条件下で

発現抑制体は野生型に比較して の発現が高く,

の発現が低くなっていた.このことからCs- PHYBが暗期中断時にR光を感受し,花成を抑制する主 な光センサーであること,暗期中断時にはCsPHYBを 介してフロリゲン合成を抑制し,反対にアンチフロリゲ ン合成を促進していることが明らかになった(3).また,

LED光源などを用いた解析から暗期中断によるキクの 花芽分化抑制における分光感度が示されている(30, 31). 興味深いことに,暗期中断で最も効果の高い波長域が フィトクロム(Pr型)の光吸収ピークの660 nm付近よ りも短波長側(600〜640 nm)にシフトしていた.この 原因として,フィトクロムの活性型(Pfr型)と不活性 型(Pr型)との光平衡状態(Pfr/Pr+Pfr)とともに緑 色植物の葉に多量に存在するクロロフィルなどの化合物 とフィトクロムの光吸収スペクトルが重なることが影響 すると考えられる.

電照による開花抑制の鍵はアンチフロリゲン遺伝子 の発現調節

栽培ギクのモデルに位置づけているキクタニギクで は, ,  ,  ,  ,  の5 種類のFT/TFL1様遺伝子の存在が確認されている.こ れら因子のうち,キクの光照射による開花調節では花成 のアクセル役の とブレーキ役の の発現 調節が鍵となっている.このうち開花抑制の鍵である 遺伝子の発現調節の仕組みはたいへん興味深いも

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のであった.暗期のうちR光照射による の発現 誘導に効果的な時間帯を解析したところ,長日条件で育 成した植物も短日条件で育成した植物も同様に暗期開始 から一定時間後にR光を感知して の発現を誘導 できる時間帯(光感受相)が現れた(図4.この時間 帯は花成抑制に効果の高い光照射の時間帯と一致してい た.つまり,キクは明期の長さにかかわらず,暗期開始 から一定時間後から数時間, 遺伝子を誘導する ための光感受相をもっており,この光感受相に光を受け る長日条件や暗期中断条件でのみ 遺伝子が強く 誘導される積極的な花成抑制のしくみをもっていた.一 日のうち特定の時間だけ環境刺激の影響を受ける転写制 御機構をゲート効果といい,体内時計によって調節され ていると考えられている.

野生型のキクを24時間の明暗周期においた場合,明 期が暗期より短い日長条件で開花する典型的な短日性を 示す.ところが24時間以外の明暗周期におくと,明期 が暗期より長くても十分な長さの暗期があれば花芽分化 する.非24時間周期での と の発現解析 の結果,やはり,明期と暗期の長さの比でなく,絶対的

な暗期の長さを認識していることが示された.この結果 は,キクは暗期開始からスタートする体内時計で夜の長 さを計測し, と の発現を調節して開花 時期を決めていることを示唆した(3).つまり,キクの光 周性花成では,植物は暗期開始からの時間を体内時計で 計測し,特定の時間帯に赤色光が届いているかどうかを 葉で感知して日長を認識し,フロリゲンとアンチフロリ ゲンの合成量を調節して開花時期を決めていると考えら れた(図5.この日没(暗期開始)から一定時間後に 光感受相が現れるという発見は,実際栽培において電照 の時間帯を最適化するために重要な基盤となる.異なる 限界日長をもつ栽培ギクを供試して電照の時間帯と花成 抑制効果の関係を詳細に検討したところ,秋ギク品種で は,花成抑制効果の最も高い時間帯は明期の長さにかか わらず暗期開始から一定時間後(このケースでは9〜10 時間後)に現れ,秋ギク品種に比較して限界日長が長い

(限界暗期が短い)夏秋ギク品種では,暗期開始から電 照効果の高い時間帯までの経過時間が秋ギク品種に比較 して短い傾向が示された(32, 33).このことは品種間の限 界日長の違いに体内時計による暗期計測のずれが関与し 図4アンチフロリゲン( )遺伝子発現誘導の ゲート効果

遺伝子の発現は,体内時計によって調節された特 定の時間だけ光刺激の影響を受ける転写制御機構

(ゲート効果)をもち,暗期開始から一定時間後の赤色 光照射によって誘導される

図5日長条件によるキクの開花調節のしくみ 暗期開始から一定時間後に 遺伝子の光誘導相 が出現する.この誘導相に光を受ける長日(LD)

条件や暗期中断(NB)条件でのみ 遺伝子が 強く誘導される.

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ている可能性を示唆している.また,生産現場では,栽 培それぞれの品種の特性とこれら品種が栽培されている 時期の日没時間を基準に,日没からの経過時間を考慮し て電照の時間帯の最適化を図る必要性を示している.

高温開花遅延とフロリゲン

栽培ギクの開花における温度反応については,品種間 差が知られていた(34).日本で栽培される秋ギク型品種 の多くは高温で開花遅延するサーモネガティブタイプに 分類される.サーモネガティブタイプは,比較的高い温 度でも花芽分化するが,その発達は高温で抑制される.

暗期中断など光照射による開花抑制は質的に作用する が,高温は量的に作用する.最近,この現象の仕組みに ついても解析が進んだ(23, 35).キクタニギクを短日・高 温(30 C)栽培した場合,適温(20 C)で栽培した場合 と比較して分化した花芽の著しい発達抑制による開花遅 延が観察される.この時,高温条件下の葉での

(フロリゲン)の発現が適温条件下に比較して抑制され ること,同時に茎頂部での花芽分裂組織遺伝子の発現が 抑制されていることが見いだされた(23).また,栽培ギ クを用いた試験で高温開花遅延程度の大きい品種では小 さい品種に比較して 遺伝子の発現抑制程度が大き いことが示された(23).さらに,台木を高温開花遅延程 度の大きい品種,穂木を高温開花遅延程度の小さい品種 とする場合と,台木と穂木を逆にする場合を設けた接ぎ 木実験で台木の特性が高温開花性に寄与することが示さ れた.これらのことから,高温による葉での の発 現抑制によって下流の花芽分裂組織遺伝子の発現が抑制 され,小花の分化や発達が抑制されることがキクの高温 開花遅延の原因であると考えられた.また,日周期の温 度の影響を調査した結果, の発現および開花遅 延には明期の高温に比較して暗期の高温の影響が大き く,暗期のうちでも暗期の後半の影響が大きいことが示 された(35)

おわりに

先達や自身のこれまでの取り組みを振り返り実用技術 開発の難しさを痛感しているが,懲りずに役に立つ技術 の開発につながり基礎科学としても価値のある発見を目 指していきたいと考えている.GarnerとAllardによる 光周性花成の発見(1920年)は,農業分野の発展の基 礎となる重要な発見であっただけでなく,基礎科学とし て動物の季節性の繁殖行動などへ一般化され,社会の発

展に大きく貢献した.園芸分野での事例について振り返 ると,科学的根拠に基づいた実用技術の開発は「現象の 発見」だけでは困難であり,関連分野における「概念の 構築」と「社会的基盤の充実」が必要であるといえる.

日本での電照栽培の実用化の事例では,光周性花成の発 見以降,園芸品目の光周性に関する研究が行われ概念の 構築が進んだが,本格的な実用化に至ったのは1960年 代後半であり,光周性発見の報告から40年以上の時を 経てからであった.これだけの時間を必要とした制限要 因は,日長延長のための白熱電球の普及と電力供給網の 整備,ハウス栽培施設の普及,短日処理を行うためのプ ラスチックフィルムの農業分野への普及といった社会的 基盤の充実であった.フロリゲン/アンチフロリゲンの 分子実体が分子量約20 kDaの高分子であることが明ら かになり,多くの人々が夢見たであろう花咲ホルモン

(フロリゲン)をそのままのかたちで植物成長調節剤と して利用することは現実的でなくなった.多くの研究者 を魅了したフロリゲン/アンチフロリゲンの発見が実用 技術の開発に結びつくのは何年後でどんなかたちでくる のだろうか.フロリゲン受容体,活性化複合体の解析が 進展していることから,複合体の活性を制御する低分子 化合物の探索やデザインによって生産現場に貢献できる 開花調節剤の開発も夢ではないだろう.今後も多くの 方々と協力関係を構築し,科学的根拠に基づいた技術開 発に携わり関連分野に貢献していきたいと思う.

文献

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プロフィール

久 松  完(Tamotsu HISAMATSU)

<略歴>1992年香川大学大学院農学研究 科修士課程修了/同年農林水産省入省(所 属機関の組織改編による変更)/1999年博 士(農学)東京農工大学/2003年在外研 究員CSIRO・オーストラリア,現在に至 る<研究テーマと抱負>花き類の生育・開 花調節,科学的根拠に基づいた技術開発

<趣味>ぼーっとして過ごすこと

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.514

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