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植物がかおりで危険を感じ取るしくみ - J-Stage

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138 化学と生物 Vol. 53, No. 3, 2015

植物がかおりで危険を感じ取るしくみ

隣接する食害植物からのかおり化合物を取り込み , 配糖体化することで来るべき害虫に備える

植物の かおり は何のために存在しているのだろう か? ヒトは花のかおりや森のかおりを感じることで何 となく豊かな気持ちになる.動物や昆虫の場合は,これ らのかおりを利用して餌を探し出したり,食べられない 危険なものを避けたりする情報としての機能が重要だろ う.植物からの視点で見ると,植物は花のかおりで送粉 昆虫の訪花を促し,果実のかおりで種子散布者を呼び寄 せることでほかの生き物たちと巧みに共存している(1, 2). また植物が植食性昆虫による食害を受けた際には,植食 性昆虫の種に特異的なかおりを放出し始めることが知ら れており,このかおりはSOSシグナルとして捕食性天 敵を誘引し,結果的に食害を低減する場合が多く報告さ れている(3).

植物はかおりを出すばかりではなく,隣接する被害植 物由来のかおりを受容してさまざまな防衛を開始するこ とが2000年頃より確かな事実となってきた.被食害植 物由来のかおりを未被害植物が受容する生態的意義とし て,被食害植物が出すSOSシグナルを未被害植物が危 険信号として利用している場合が考えられる(3).つま り,植食性昆虫に攻撃された植物から放出されるかおり は,食害虫を餌とする天敵生物に利用されるだけでな く,周囲に生育している未被害の植物が食害虫の接近を 知る手掛かりとしても用いられる.食害を受けている植 物からのかおりを受容した植物は将来予測される植食性 昆虫の攻撃に対してあらかじめ防衛を準備し,効率良く 防衛するようになる(3).このような現象は植物間コミュ ニケーションと呼ばれているが,嗅覚受容器官をもたな い植物がどのようにしてかおりの化学構造特異的な反応 を示すことができるのかは,生態学的にも植物生理学的 にも非常に興味深い問題である.最近の研究から,その 一端が明らかになってきた.それは,植物がかおり化合 物を受容した後,配糖体へと変換することで防衛能力を 高めるシステムである(4) (図1).

この研究ではトマト株とトマト害虫のハスモンヨトウ 幼虫を用いて,食害を受けたトマトから出るかおりが未 被害のトマトにどのような影響をもたらすのかを調べて いる.筆者らは,かおりを受け取ったトマト葉の代謝物 一斉解析を行うことで,かおりを受け取った植物がどの

ような代謝変化を起こしているのかを調べた.その結 果,かおりを受け取った際に蓄積する特徴的な化合物を 見いだし,マススペクトロメトリーおよびNMRによる 構造解析によって,その化合物が配糖体の一種,( )-3- へキセニルビシアノシドであることを明らかにした.配 糖体の構造を見ると,アグリコン(糖と結合している部 分)の構造がハスモンヨトウ食害を受けたトマトから出 るかおり化合物の一つ(( )-3-ヘキセノール)と一致し ていたため,被害植物が出すかおり化合物そのものが未 被害植物に受け渡されて配糖体へと変換されるのではな いかと考えた.この仮説を検証するために安定同位体で 標識した( )-3-ヘキセノールを化学合成し,未被害植 物に曝露したところ,曝露植物には同位体標識された

( )-3-へキセニルビシアノシドのみが蓄積した.また,

ハスモンヨトウ食害を受けたトマトから出るかおりを受 け取ったトマトでは,内在の( )-3-ヘキセノール生合 成活性が高まっていなかった.これらの結果から,かお りを受け取ったトマトでは,いわゆる「かおりレセプ ターを介した情報伝達により活性化される代謝変動」で はなく「かおりそのものが取り込まれて引き起こされる 代謝変化」という新しいコンセプトの応答が起こってい ることが明らかになった.

それでは,受け取ったかおりを配糖体化する応答には どのような意味があるのだろうか? かおりを受け取っ たトマト葉ではハスモンヨトウ幼虫の生存率および体重 増加が低下したことから,配糖体にはハスモンヨトウの 生育を抑える機能があると考えられた.そこでトマト葉 から精製した配糖体を混合した人工飼料をハスモンヨト ウ幼虫に与えたところ,ハスモンヨトウ幼虫の生存率・

体重増加ともに抑制されたことから,やはりこの配糖体 にはハスモンヨトウ幼虫の生育を抑える機能があるよう だ.

これらの結果を統合すると,次のようなストーリーが 浮かんでくる.周りのトマト株がハスモンヨトウ幼虫の 攻撃を受けている場合,そのハスモンヨトウは近いうち に隣接するトマト株に移動してくるだろう.害虫の接近 を直接的に妨げることができない植物は,現在被害を受 けているトマトから放出されている( )-3-ヘキセノー

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ルを取り込み,来るべきハスモンヨトウ幼虫に対する防 衛物質へと変換・蓄積することで,その攻撃に備えてい るのではないだろうか(図1).

本稿で紹介した( )-3-ヘキセノールの配糖体への変 換は,トマトだけではなくさまざまな植物種にその能力 がある(4).また,モデル植物シロイヌナズナが( )-3-ヘ キセノール以外のいくつかの揮発性アルコールを配糖体 化できることも見いだされている(5).これらの結果は,

植物によるかおり化合物の配糖体化が,防衛応答に限ら ず,何かしらの生物学的な意味をもつ代謝であり,生態 系では多様な植物が多様なかおりを利用して生育環境の 情報を得ている可能性を暗に示しているようだ.さまざ まな生き物が入り乱れる生態系のなかで,どのようなと きにどのようなかおり情報を植物間で受け渡しているの かを明らかにしていくことは生態系の新しい描像をもた らすだろう.この課題解明の足掛かりの一つとして,植 物がかおり化合物を変換する経路,すなわち配糖体化酵 素遺伝子とその多様性を明らかにしていくことは欠くこ とができない.近年になって続々と明らかになりつつあ るかおり化合物の配糖体化酵素(6, 7)の研究から,なぜ植 物にとって配糖体化が必要なのか,どのような生理・生 態学的役割を担っているのかについて,今後も研究を展 開したい.

  1)  E. Pichersky & J. Gershenzon:  , 5,  237 (2002).

  2)  A. Rodríguz, B. Alquézar & L. Peña:  , 197, 36  (2013).

  3)  G.  Arimura,  K.  Matsui  &  J.  Takabayashi: 

, 50, 911 (2009).

  4)  K. Sugimoto, K. Matsui, Y. Iijima, Y. Akakabe, S. Mura- moto, R. Ozawa, M. Uefune, R. Sasaki, K. Md. Alamgir, S. 

Akitake  :  , 111,  7144 

(2014).

  5)  K. Sugimoto, K. Matsui & J. Takabayashi: 

, in press. doi: 10.4161/19420889.2014.992731.

  6)  T. Louveau, C. Leitao, S. Green, C. Hamiaux, B. van der  Rest,  O.  Dechy-Cabaret,  R.  G.  Atkinson  &  C.  Chervin: 

, 278, 390 (2011).

  7)  Y.-K. Yauk, C. Ged, M. Y. Wang, A. J. Matich, L. Tessa- rotto, J. M. Cooney, C. Chervin & R. G. Atkinson: 

, 80, 317 (2014).

(杉本貢一*1,2,松井健二*3,高林純示*1,*1 京都大学生 態学研究センター,*2 ミシガン州立大学,*3 山口大学 医学系研究科)

プロフィル

杉本 貢一(Koichi SUGIMOTO)

<略歴>2008年東京薬科大学大学院生命 科学研究科博士課程修了/同年山口大学医 学系研究科・博士研究員/2012年京都大 学生態学研究センター・学術振興会特別研 究員/2013年ミシガン州立大学・学術振 興会特別研究員,現在に至る<研究テーマ と抱負>トマト野生種と植食性昆虫を用い て,植物がもつ誘導防衛メカニズムの多様 性を研究.目に見えづらい生物間の相互作 用をクリアな形で表現したい<趣味>アジ アンな料理(生きていくために仕方なく)

松井 健二(Kenji MATSUI)

<略歴>1986年京都大学大学院農学研究 科農芸化学専攻博士前期課程修了/1987 年山口大学農学部農芸化学科助手から助教 授,教授.名称変更により現在は同大学大 学院医学系研究科(農学系)教授<研究 テーマと抱負>植物がなぜかおりを放出す るのか,かおりの進化学<趣味>走ること

揮発性化合物 HO

H O

HH

H H

H H H

H HOHO HO HO HO

O

O O

配糖体

HO

図1■植物間の情報伝達

食害虫からの攻撃を受けた植物はさまざま な揮発性化合物を放散し始める.そのなか の1成分である( )-3-ヘキセノールは,周 囲の未被害植物に受け取られ,配糖体へと 変換される.この配糖体はその後にやって くる食害虫に対する防衛物質の一つとして 働く.

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140 化学と生物 Vol. 53, No. 3, 2015 高林 純示(Junji TAKABAYASHI)

<略歴>1986年京都大学大学院農学研究 科博士課程修了/1987年同大学助手(農 学部付属農薬研究施設)/1995年同大学助 教 授(農 学 研 究 科)/2001年 同 大 学 教 授

(生態学研究センター),現在に至る<研究 テーマと抱負>植物の揮発性情報物質が駆 動する生態系生物間相互作用ネットワーク

<趣味>読書,空手,囲碁鑑賞,居酒屋め ぐり

Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会

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