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化学と生物 Vol. 53, No. 4, 2015
キチナーゼの性質からみた食虫植物の消化機構
ウツボカズラの消化酵素の役割を考える
世界中に食虫植物は550種以上存在していると言われ ているが,食虫植物は補虫機構によって2種に大別する ことができる.すなわち,能動的に補虫器官が動いて補 虫するタイプと,補虫器官が動かずに補虫するタイプに 分別することができる(1).前者は,ハエ取り紙のように 粘着性の液体を分泌し,捕えた虫を巻き込むモウセンゴ ケ( 属)や二枚貝状の捕虫器で虫を挟み込むハ エトリグサ( 属)などがある.後者の部類とし ては,粘性物を茎や葉から分泌する 属や
属,筒状の補虫器をもつヘイシソウ(
属),あるいは壺状の補虫器をもつウツボカズラ(
属)や 属などがある(2).
なかでも,インドのアッサム地方から東南アジアの熱 帯で見られる 属は120種以上の種が確認されて おり,壺状の葉の中に消化液を満たした補虫器をもって いる.葉から伸びたつるの先端にある捕虫器原基が徐々 に膨れていき(図
1
A),壺状の捕虫器になる(図1B). 壺の蓋が開く頃が一番大きい状態であり(図1B),やが て蓋もしぼんで枯れ果てていく(図1C). 属 については,補虫器官の形態と材質,消化液中のタンパ ク質や二次代謝物に関してさまざまな研究が報告されている(3〜5).本稿では,消化酵素にかかわる最近の知見を
述べてみたい.
一般的に,食虫植物は土壌の栄養が不十分なところで 生育していることが多く,主に窒素源の不足を補虫する ことで補うと考えられている.しかし,食した後は「消 化」活動が必要であり,いくら捕食しても効率よく消化 ができなければエネルギーを補充することはできない.
ウツボカズラの昆虫消化機構は19世紀後半から注目さ れており,消化液に含まれる “Ferment” (Enzymeの 古い呼び名)がタンパク質を分解すると報告されてい る(6).近年のプロテオーム分析によって,
の生育初期の消化液中のタンパク質が同定された が,プロテアーゼであるネペンテンシンIとII,
β
-1,3-グ ルカナーゼ,甘味タンパク質であるタウマチンと類似し たタンパク質,およびキチナーゼ(NaCHIT1)といっ たタンパク質が存在することがわかった(7).上述の酵素 やタンパク質はいわゆるPR(Pathogen related)タンパク質として植物感染防御の際に生産されるタンパク質 が含まれている.補虫器の発達とともに上記のタンパク 質が蓄積されてくるので,ウツボカズラはこれらのタン パク質を補虫した獲物の消化に利用していることが考え られる.昆虫の外骨格や羽根などには -アセチル基を 含む多糖類であるキチンで構成されており,分泌された キチナーゼは昆虫消化のために何らかの役割をもってい るはずである.消化液中に含まれるキチナーゼの作用機 構を明らかにするために,筆者らは2種類のキチナーゼ の性質を詳細に解析した.
植物が生産するキチナーゼはアミノ酸配列や触媒ドメ インの構造によって少なくとも5種類に分類されてい る(8).NaCHIT1は分子量29,000ほどのタンパク質であ
図1■ウツボカズラの補虫器
(A)補虫器原器.(B)成熟した補虫器.(C)末期の補虫器.
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り,クラスIVに分類されている.筆者らはNaCHIT1の 基質特異性を調べるために,多糖類基質であるコロイダ ルキチン,
β
-キチン,水溶性のキチン誘導体であるグラ イコールキチン,およびオリゴ糖基質であるキチンオリ ゴ糖[(GlcNAc)3‒6]と -ニトロフェニルキトビオシドを 用いて分解活性を調べた(9).すると,NaCHIT1はβ
-キチ ンとコロイダルキチンを分解せず,(GlcNAc)4‒6を効率 よく加水分解することがわかった.また,NaCHIT1に よる(GlcNAc)4‒6に対する加水分解活性を速度論的に解 析してみると,重合度が低下するほど基質阻害の程度が 強くなる現象が見られた.グライコールキチンに対する 活性は若干検出(0.1 U/mg)されたが, の消化 液が示したグライコールキチン分解活性と比較して微弱 な活性であった.このことから,多糖類のキチンを加水 分解する別のキチナーゼが存在するではないかと筆者ら は考えていた.HatanoとHamadaによってさらに消化液 のプロテオーム解析が進められた結果,新たにクラスIII に属するキチナーゼ(NaCHIT3, 分子量25,000)が存在 することがわかった(10).先述の基質に対するNaCHIT3 の活性を調べてみると,コロイダルキチン(0.6 U/mg), グライコールキチン(2.2 U/mg),および(GlcNAc)5‒6を加水分解することが明らかになった(11).またNaCHIT1 とNaCHIT3による加水分解活性のpH依存性を調べて みると,NaCHIT1によるキチンオリゴ糖分解活性の至
適pHは5.5であった.一方,NaCHIT3の場合,キチン オリゴ糖分解活性の至適pHは3.9であり,コロイダルキ チン分解活性の至適pHは3.9〜6.9であった.
ところで,補虫器の蓋が開き始めた頃のウツボカズラ の消化液のpHは4付近であるが,ハエやキチンを添加 するとpHが5.5付近まで増加することが報告されてい
る(10, 12).このpHの変動と両酵素の基質特異性から,
NaCHIT1とNaCHIT3の役割を次のように考えること ができないだろうか? すなわち,ウツボカズラによる 昆虫の補食初期段階では,主にNaCHIT3が餌由来キチ ンに作用して,ある程度の重合度まで分解する.次に消 化 液 中 のpHが 上 昇 す る と,NaCHIT3だ け で は な く NaCHIT1も基質分解に参加して中鎖あるいは短鎖のキ チンを効率よく加水分解するという機構である(図
2
). また,補虫器内に含まれる溶液にキチンを添加する と,120 kDaの未知タンパク質とペルオキシダーゼの分 泌が誘導されることが確認されている(10).これらのタ ンパク質は,キチンそのもの,もしくは,先述のキチン 分解機構によって産生されたキチンオリゴ糖によって誘 導されることが考えられた(図2).そして,捕虫器内 に分泌されたペルオキシダーゼにより活性酸素が発生 し,その活性酸素により捕食された昆虫のタンパク質が 酸化されることによって,ネペンテンシンなどによるタ ンパク質分解が促進されることも考えられる.図2■ウツボカズラが生産するキチナー ゼによるキチン分解モデル
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ウツボカズラが補虫した獲物は自身が分泌する酵素だ けではなく,生育後期の消化液内で繁殖した微生物が増 殖して補虫した獲物を消化すると考えられてきた.2011 年に の補虫器官内の消化液のメタゲ ノム解析が行われたが,主に 属,
属および好酸性のバクテリアが存在することが報告 された(13).これらの菌から好酸性のリパーゼもクロー ニングされたが,昆虫分解にリパーゼがどのように寄与 しているのかは明らかにされていない.
ウツボカズラとその消化液内の上記微生物の共生関係 は補虫器官の進化を探るうえで興味深い関係である.今 後,共生菌を含むウツボカズラの消化液内のさまざまな 酵素の性質決定を進めていけば,食虫植物の補虫器官の さまざまな成長過程における昆虫消化機構の詳細を明ら かにすることができると考えている.
1) A. Slack: “Carnivorous plants,” MIT Press, 2000.
2) 近藤勝彦,近藤誠宏 カラー版 食虫植物図鑑 ,家の光
協会,2006.
3) 安 忠一,福崎英一郎,小林昭雄:植物の生長調節,37, 139 (2002).
4) A. Mithöfer: , 72, 1678 (2011).
5) 濱田達朗:生物工学会誌,90, 659 (2012).
6) S. H. Vines: , 11, 124 (1876).
7) N. Hatano & T. Hamada: , 7, 809 (2008).
8) T. Taira: , 57, 167 (2010).
9) K. Ishisaki, Y. Honda, H. Taniguchi, N. Hatano & T.
Hamada: , 22, 345 (2012).
10) N. Hatano & T. Hamada: , 75, 4844 (2012).
11) K. Ishisaki, S. Arai, T. Hamada & Y. Honda:
, 361, 170 (2012).
12) C. I. An, E. Fukusaki & A. Kobayashi: , 212, 547 (2001).
13) T. Morohoshi, M. Oikawa, S. Sato, N. Kikuchi, N. Kato &
T. Ikeda: , 112, 315 (2011).
(本多裕司
*
1,石﨑佳奈*
1, 2,濱田達朗*
3,*
1 石川県立 大学生物資源環境学部,*
2 石川県農林総合研究セン ター,*
3 石川県立大学生物資源工学研究所)プロフィル
本多 裕司(Yuji HONDA)
<略歴>1995年近畿大学農学部食品栄養 学科卒業/1997年同大学大学院農学研究 科農芸化学専攻博士前期課程修了/2000 年大阪府立大学大学院生命科学研究科応用 生命化学専攻博士後期課程修了,博士(農 学) 取 得/2000年 食 品 総 合 研 究 所(現,
農研機構・食品総合研究所)にて,(旧)生 研機構,科学技術振興事業団および日本学 術振興会の特別研究員/2006年石川県立 大学生物資源環境学部食品科学科助手/
2008年同准教授,現在に至る<研究テー マと抱負>合成基質やタンパク質工学を用 いた糖質関連酵素の機能解析をやってきま した.最近は澱粉やグルテンフリー米粉パ ンに関する研究をしています.これからも 酵素と糖に関する研究を継続していきたい
<趣味>幼稚園児の息子と「北陸阿呆列 車」をすること.同じ学科の小栁喬先生と
「全国阿房列車」を妄想すること<所属研 究室ホームページ>http://www.ishikawa- pu.ac.jp/undergraduate/food̲field/food3/
石﨑 佳奈(Kana ISHISAKI)
<略歴>2010年石川県立大学生物資源環 境学部卒業/2012年同大学大学院生物資 源環境学研究科博士前期課程修了/同年石 川県農林総合研究センター農業試験場資源 加工研究部流通加工グループ技師,現在に 至る<研究テーマと抱負>石川県農林水産 物の機能性成分検索,新規加工法開発に取 り組んでいます<趣味>合唱
濱田 達朗(Tatsuro HAMADA)
<略歴>1993年九州大学理学部生物学科 卒業/1995年同大学大学院理学研究科修 士課程修了/1998年同大学大学院理学研 究科博士後期課程修了,博士(理学)取 得/1995年日本学術振興会特別研究員/
1998年石川県農業短期大学農業資源研究 所助手/2005年石川県立大学生物資源工 学研究所助手/2006年同助教/2008年同 准教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
食虫植物の捕虫機構の解明.植物における 分泌性プロテアーゼの生理機能の解明<趣 味>写真撮影,家庭菜園,城めぐり<所属 研究室ホームページ>http://www.ishika wa-pu.ac.jp/research/research̲institute/
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