• Tidak ada hasil yang ditemukan

花の老化メカニズムと日持ち延長技術 - J-Stage

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2023

Membagikan "花の老化メカニズムと日持ち延長技術 - J-Stage"

Copied!
7
0
0

Teks penuh

(1)

はじめに

花は儚い(はかない)ものの象徴にもなっているが,

仕方なくしおれているのではなく,自ら進んでしおれて いく.そもそも花は種子を作るための器官である.ヒト が見て美しいと思う花の多くは,昆虫を引き寄せて受粉 を成功させるために,多種多様に進化したものである.

受粉が成功した後,あるいは受粉しなくても咲いてから 一定の時間が経つと,植物は積極的に花弁を老化させる と考えられている.また,花の寿命は植物によってさま ざまだ.アサガオのように数時間でしおれてしまう花も あれば,ランの中には2カ月以上咲き続ける花もある.

花の寿命は,植物が子孫を残すための生殖戦略と密接に 関連しているだろう.それでは植物はどのようにして花 の寿命(老化)を調節しているのであろうか.

産業的な観点からも,花の日持ち性は重要である.消 費者や流通関係者に切り花に求めることは何かとたずね ると,常に上位にくるのが「日持ちのよさ」である.

カーネーションなど一部の切り花では,老化を遅らせる 薬剤が開発され,すでに広く使われている.しかし,日 持ちを延ばす有効な手段がない切り花も多い.筆者ら は,花の日持ちを延ばす技術の開発を目指し,花弁の老 化機構の解明に取り組んでいる.ここでは,園芸学的な 視点から,花弁の老化制御に関するこれまでの知見を概 説するとともに,筆者らがアサガオを用いて行った,花

弁の老化を制御する遺伝子の特定について紹介する.

プログラム細胞死としての花弁老化

花弁の老化は,細胞が自発的に死ぬ過程であり,プロ グラム細胞死の一種と考えられている(1).タンパク質の 合成阻害剤であるシクロヘキシミドを処理すると,多く の植物で花弁の老化が遅れる.このことは,花弁を老化 させるためには,新たにタンパク質を合成する必要があ ることを示しており,花弁は単に劣化しているのではな く,遺伝的なプログラムに基づいて積極的に老化してい ると言える.ちなみに,シクロヘキシミドは毒性が強い ため,切り花の日持ち延長剤として実用的に使うことは できない.また,老化が進んだ花弁細胞では,カーネー ションやペチュニア,アサガオなど多くの植物におい て,DNAの断片化や核の凝縮など,プログラム細胞死 に特徴的な現象が観察される(2)

花弁細胞の老化時には,古くからアサガオなどの植物 でオートファジー様の現象が観察されている(2).オート ファジーは,細胞内構成成分の大規模な分解機構であ り,プログラム細胞死との関連が指摘されている.アサ

ガオ(3, 4)やペチュニア(5, 6)ではオートファジー関連遺伝

子(autophagy related genes;  )の発現量が花弁 の老化時に増加する.また,ペチュニアでは,

遺伝子の発現上昇が,受粉によって誘導されるエチレン

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

セミナー室

次世代のFlower Industry発展へのチャレンジ!―知っているようで知らない花の研究―-1

花の老化メカニズムと日持ち延長技術

花の寿命を延ばす

渋谷健市

農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)野菜花き研究部門

(2)

を介して引き起こされることが示唆されている(5).オー トファジーを正確にモニタリングすることは難しいが,

花弁の老化時にはオートファジーが誘導されていると考 えられる.花弁老化時のオートファジーは,死んでいく 花弁細胞から種子などの発達中の組織に栄養素を転流さ せる機構として働いているのかもしれない.

エチレンによる花弁老化の制御

カーネーションやスイートピー,ラン類,ペチュニア など一部の植物では,植物ホルモンのエチレンによって 花弁の老化が促進される(7).これらの花では,開花後一 定の時間が経つと,花弁からのエチレン生成量が急激に 増加し,花弁の老化が引き起こされる.また,外生のエ チレンを処理すると老化が促進される.これらの植物で は,エチレンの生合成や受容を薬剤で阻害することで,

花弁の老化を遅らせることができる.市場に流通してい るカーネーションやスイートピーなどの切り花では,生 産者が収穫直後にエチレン阻害剤を処理してから出荷し ている.

ペチュニアやラン類などのエチレン反応性の高い花で は,受粉するとエチレン生成が誘導され,花弁の老化が 促進される(8).エチレン情報伝達に関与する 遺伝 子の発現を抑制してエチレン感受性を低下させた組換え ペチュニアでは,受粉しても花弁の老化が促進されな い(9)(図1.これらのことから,受粉による老化促進に 図1エチレンによるペチュニア花弁の老化制御

受 粉 後2日 目 の 野 生 型 ペ チ ュ ニ ア(左) と,受 粉 後8日 目 の 発現抑制換え体(右)の花.エチレンの感受性が低下し 発現抑制体では,受粉により子房が成長した後も花弁 のしおれが認められない.したがって,ペチュニア花弁の老化は エチレンによって制御されていると考えられる.文献9より引用.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

連載開始にあたって:次世代のFlower Industry発展へのチャレンジ! 

―知っているようで知らない花の研究―

花は,私たちの生活を彩るための重要なツールであり,

また,作物が実をつけるために重要な器官でもあります.

観賞用の花として,キク,バラ,カーネーションやアサガ オなどの多様な花が利用されており,花の色,形や香りに も多数のバリエーションが存在しています.これらの多種 多様な花を,人類は古くから生活の中に飾ることで利用し てきました.例えば,世界各地で死者に花を手向け墓地を 花で飾る慣習がありますが,1万年以上も前の墓地に花が 飾られていた例も報告されています.また,野生の花を単 に飾るだけではなく,新しい花を作り出す試みも古くから 行われており,日本国内ではキクやアサガオで,主に江戸 時代に新しい花の色,形,模様を求めて育種が行われまし た.新しい花の形質を目的とした育種は,現代でもさまざ まな花で行われており,毎年新しい品種が作り出されてい ます.現在,アサガオについては,国内の初等教育におい て生育を観察する植物として身近な存在になっています.

また,花屋で直接花を見ながら購入する以外にも,電話や インターネットを通じた,いつでも,どこからでも花が入 手可能なサービスが充実しています.このように,いにし えから現代に至るまで,花は私たちに身近で生活に欠かせ ない存在となっています.

一方,私たちが日々観賞している花は,さまざまな研究

に支えられています.私は花の研究を始めてからまだ10年 ほどですが,花の研究に携わるまで知らなかった研究がた くさんありました.花の色,形,模様や香りを交配育種,

放射線育種,または最新のバイオテクノロジーを利用して 改変することで新しい花を作り出す研究.母の日やお彼岸 などの,『もの日』を狙って花を咲かせる開花を制御する研 究(最近は,フラワーバレンタインも提唱されています). 十分な商品価値を担保するための効果的な栽培に関する研 究(花の形,色,大きさをある程度均一に育成するには栽 培条件が重要です).収穫から消費者の手に渡るまで新鮮 な状態を維持するための流通に関する研究や,花を長持ち させる研究等々,私たちが普段目にする花には「知ってい るようで知らない研究」が数多く存在しています.本セミ ナー室では,今後の花の産業や文化,教育などに貢献する いくつかの魅力的な研究を紹介したいと思います.

本セミナー室が,多くの学生や研究者の知的好奇心の刺 激になることを期待しています.また,花に興味がない 方々も,本セミナーを通して花の研究や花そのものに興味 をもっていただき,花屋やホームセンターなどで花を手に する機会につながれば幸いです.

(佐々木克友,農研機構野菜花き研究部門)

(3)

は,エチレンが主要な役割を果たしていると考えられ る.

エチレン生合成系と受容・情報伝達系

植物においてエチレンは,メチオニン, -アデノシ  ルメチオニン,1-アミノシクロプロパン-1-カルボン  酸(ACC)を経て合成される.ACCの合成はACC合  成酵素(ACS)により,また,ACCはACC酸化酵素

(ACO)によって触媒され,エチレンが生成される(10). エチレンによる老化制御を受けている花では,花弁の老 化時に と 遺伝子の発現が上昇し,自己触媒的 なエチレン生成の上昇が起きる.花弁老化時の と 遺伝子の発現制御機構に関しては不明な点が多い が,近年,これらの遺伝子の発現誘導に,homeodo- main‒leucine zipper(HD-Zip)(11)や,basic helix‒loop‒

helix(bHLH)(12)などの転写因子の関与が示唆されてい る.生成されたエチレンは,エチレン受容体によって感 受され,CTRやEIN2などの情報伝達因子を経て,転写 調節因子であるEIN3に伝達される.EIN3は下流の遺伝 子の発現を誘導し,さまざまなエチレン反応が引き起こ される(13)

エチレン阻害剤による花弁の老化抑制

エチレンの生合成または作用(受容)を阻害する薬剤 がいくつか知られている.ACS阻害剤としてアミノエ トキシビニルグリシン(AVG)とアミノオキシ酢酸

(AOA) が,ACOの 阻 害 剤 と し て ア ミ ノ イ ソ 酪 酸

(AIB)などがある.また,エチレンの作用阻害剤とし て,チオ硫酸銀陰イオン性錯体(STS)と2,5-ノルボル ナジエン(NBD),1-メチルシクロプロペン(1-MCP)

などがある.これらの阻害剤は,効果に差はあるが,

カーネーションなどの切り花の老化遅延に効果があるこ とが知られている(14).ただし,生理学的な実験に用い る際は,阻害剤の特異性や植物体内での移行様式などに 注意が必要である.

エチレン阻害剤のなかでもSTSは,カーネーション やスイートピーをはじめとしたエチレン感受性の高い切 り花の老化抑制に優れた効果があり,安価であることか ら,実際の流通過程で広く使われている.銀がエチレン の作用を抑制することは古くから知られていたが,銀イ オンは植物体内を移動しにくいため,切り花に処理した 場合,花弁の老化を抑制する効果は低かった.Veen  and van de Geijn(15)は銀を陰イオン性の錯体にすると植

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

咲いた花はいずれ枯れる.しかし,仕方なく枯れ るのではなく,自ら進んで枯れていく.花(花弁)の 老化は遺伝的なプログラムにしたがって細胞が死ん でいく過程である.花の老化が単なる劣化現象では なく,遺伝的にプログラムされたものだとすれば,そ の仕組みがわかれば花の寿命を延ばすことができる のではないか.植物種ごとの最適な寿命は,花を維 持するコストと送受粉の効率によって決まると考え られており,花の寿命を延ばすことが植物にとって 必ずしも有利になるわけではない.しかし,観賞用 の花だったら,多くの人は,できるだけ美しい姿を長 く保って欲しいと思うのではないだろうか.

花の老化を引き起こす物質として,植物ホルモン のエチレンがよく知られている.市場に流通してい るカーネーションなどの切り花では,このエチレンの 作用を抑える薬剤が処理されている.しかし,すべて の花にエチレン阻害剤が有効というわけではない.

ユリやチューリップなど,エチレン阻害剤を処理して も老化を遅らせることができない花も多い.筆者ら は一日花であるアサガオを実験材料として,エチレン と は 異 な る 仕 組 み で 花 の 老 化 を 調 節 す る 遺 伝 子

「 ( )」 を 特 定 し た.「ephem-

eral」は英語で「はかない」を意味する. 遺伝 子の働きを抑えたアサガオでは,花の寿命が約2倍に 延びた.この組換えアサガオの花は,約24時間咲き 続けるため,2日目の朝には,前日に咲いた花(左,

赤色)と,当日に咲いた花(右,紫色)を同時に観 察することができた(図).筆者らは,このアサガオ での知見を基に,花の老化を抑える新たな薬剤の開 発を目指している.もちろん,アサガオやサクラの ように,はかなさに風情を感じる花もある.私たち の研究をきっかけに,花の寿命について,ひととき 思いを巡らせてもらえれば幸いである.

コ ラ ム

(4)

物体内を移行しやすくなることを見いだし,STSが切 り花の日持ち延長剤として広く普及する道を開いた.今 日,スイートピーやデルフィニウムなどの本来日持ちの 悪い花が,切り花として流通しているのは,この薬剤が 開発されたためともいえる.また,1-MCPも商品化さ れ一部の切り花の品質保持剤として使用されている.

エチレン関連遺伝子の組換えによる花弁の老化抑制 1990年代に,当時のFlorigene社は 遺伝子の発 現をアンチセンス法により抑制し,花からのエチレン生 成を低下させた組換えカーネーションを作出した(16). このカーネーションでは花弁の老化が著しく遅れた.そ の後,トレニアやペチュニアなどでもエチレン生合成系 遺伝子の抑制で,花弁の老化を遅延できることが示され た(14).しかし,これらの組換え体では外生のエチレン にさらされると老化が誘導されてしまうため,実用的な 面からは,エチレンの生合成ではなく,エチレンの感受 性を低下させることが好ましいと考えられた.エチレン 受容体が単離・同定され,シロイヌナズナの変異エチレ ン受容体遺伝子 の導入が,トマトやペチュニアな どの異種植物でもエチレン感受性を低下させるのに有効 であることが報告された(17).この手法を用いて,カー ネーションやペチュニア,カンパニュラ,カランコエな どで,花の老化が遅延した組換え体が作出されてい る(14).なお,植物体全身でエチレン感受性を低下させ た組換え植物では,ストレスや病害に弱くなったり,発 根が悪くなったりするなどの悪影響が見られることか ら, の発現制御に,花器官特異的に発現するペ チュニアのFBP1プロモーターなどが利用が試みられ た.これにより,花以外の器官での悪影響が抑えられる ことが報告されているが,これまでのところ,これらの 花の日持ちに関する遺伝子組換え植物が商品化に至った 例はない(14)

エチレンに非依存的な花弁の老化制御

花弁の老化にエチレンが関与しない,あるいは,関与 が小さいとみなされる植物も多くある.ユリやチュー リップ,キク,アイリス,グラジオラスなどの花では,

エチレンの生合成や受容を阻害しても老化を遅らせるこ とができない.また,外生的にエチレンを処理しても老 化が促進されない.これらの植物では,エチレンによる 調節とは別に,花の加齢(開花後の時間経過)に伴って 花弁の老化を制御する仕組みがあると考えられてい

(1, 2).これまでに,アイリスやヘメロカリスなどをモ

デル植物として,エチレンに依存しない花の老化を制御 する因子の探索が行われてきた.花弁の老化時に発現量 が変動する遺伝子は多数明らかになっているが,花弁の 老化を制御する鍵となる遺伝子の特定には至っていな かった(1).これらの植物では,遺伝子組換えが容易でな いことが,遺伝子の機能の解析を難しくしていた.そこ で,筆者らは,アサガオを用いて,花の加齢に伴う花弁 老化を制御する遺伝子の特定を試みた.

アサガオの花弁老化を制御する遺伝子の特定 アサガオの花は,通常,早朝に開花し,半日程度でし おれてしまう.アサガオのなかでも 紫 という品種で は,花弁の老化時にエチレン生成の上昇が認められず,

エチレン阻害剤を処理しても老化が抑制されない.した がって,アサガオ 紫 の花弁の老化はエチレンに非依 存的に制御されているとみなされている(18).また,ア サガオは形質転換が可能であり,EST(expressed se- quence tag)など遺伝子配列の情報が比較的よく整備さ れていたことも実験材料として用いた理由である.現在 では全ゲノム情報が解読されている(19)

まず,花弁の老化に伴って発現量が増加する遺伝子 を,DNAマイクロアレイを用いて選抜した.花弁の老 化時には多くの遺伝子の発現量が増加していたが,なか でも,転写因子タンパク質をコードする遺伝子に注目し た.転写因子は,通常,ほかの複数の遺伝子の発現を調 節することから,老化のスイッチの役割を果たす転写因 子があると推測されるからである.葉の老化では,数種 類のNAC転写因子が細胞死の制御に関与していること が報告されている(20).NAC転写因子は大きな遺伝子 ファミリーを形成している植物特異的な転写因子群であ る.アサガオの花弁でも,複数のNAC転写因子遺伝子 の発現が,老化時に上昇していた.これらの転写因子を 含め,アサガオの花弁の老化時に発現量が増加する遺伝 子を候補として解析を進めた.

選抜した候補遺伝子が,花弁の老化制御に関与してい るか解析するために,候補遺伝子の発現を抑制した組換 えアサガオ作出した.その結果,候補遺伝子の一つで,

後に ( )と命名した遺伝子の発

現を抑制した組換え体では,花弁の老化が著しく遅延し た(21). は,アミノ酸配列と核局在性から,NAC 転写因子をコードしていると推定される遺伝子である.

遺伝子の発現量は,可視的な花弁の老化が始まる 前から上昇し始め,花弁の老化が進むにつれて増加し

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(5)

た.また, 遺伝子は老化花弁で発現するが,葉な どのほかの組織ではほとんど発現していなかった.アサ ガオ 紫 は,通常,栽培室内で育てると,花が開いて から13時間ほどでしおれ始めるが, 発現抑制体 では,しおれ始めるまでの時間が約2倍の24時間に延び た(図2.また, 発現抑制体の花は,約24時間 咲き続けるため,2日目の朝には,前日に咲いた花と,

当日に咲いた花を同時に観察することができた.これら の結果から,EPH1転写因子がアサガオの花弁の老化を 制御していることが明らかになった.アサガオの花弁で は,花の加齢に伴って 遺伝子の発現が上昇し,

老化を誘導していると考えられる.ちなみに,遺伝子の 名前の「ephemeral」は,英語で「はかない」を意味す る.

発現抑制体の花弁では,プログラム細胞死の指 標の一つであるDNA断片化の進行が,野生型と比べ遅 れていた.また,死んだ細胞を染色するエバンスブルー 試薬により,細胞死の進行が遅延していることが確認さ れた. 発現抑制体の花弁では,タンパク質の分解 にかかわるシステインプロテアーゼ遺伝子( ), 液胞内のタンパク質を活性化する液胞プロセシング酵素 遺伝子( ),オートファジーにかかわる 遺伝 子など,細胞死に関連すると推測される遺伝子の発現が 抑制されていた.

さらに, 遺伝子が内生エチレンによる発現制御 を受けているか調べるために,エチレン感受性を低下さ せた 発現抑制体において, 遺伝子の発現 様式を解析した.その結果, 遺伝子は,

発現抑制体においても野生型と同様に花弁の老化時に発 現量が増加した.また,エチレン作用阻害剤である 1-MCPを処理した花弁でも 遺伝子の発現が上昇 した.これらの結果から, 遺伝子の発現は内生の エチレンに非依存的に制御されていることが示唆され た.アサガオ 紫 では,花の加齢に伴って 遺 伝子の発現が上昇し,直接的あるいは間接的に細胞死関 連遺伝子群( ,  ,  遺伝子など)の発現 を誘導する.その結果,花弁における細胞死が進行し,

老化に至ると考えられた(21)

NAC転写因子による花弁老化の制御機構

アサガオ以外の植物で,NAC転写因子が花弁の老化 を制御していることが証明された例は知る限りないが,

ペチュニアなどいくつかの植物種で,NAC転写因子遺 伝子の発現が花弁の老化時に上昇することが報告されて いる(2).ペチュニアはエチレン依存的な花弁老化を示す 植物であることから,NAC転写因子がエチレンに依存 的な花弁老化の制御にも関与している可能性がある.興 味深いことに,アサガオ 紫 では,内生エチレンは花 弁の老化制御に関与していないと考えられるが,開花直 後の花に外生のエチレンを処理すると, 遺伝子の 発現が誘導され,花弁の老化が促進される.一方,

遺伝子の発現を抑制したエチレン低感受性アサ ガオでは,外生エチレンを処理しても 遺伝子の 発現は誘導されない(21).これらの結果は, 遺伝 子が,EIN2を介するエチレン情報伝達系によって誘導 されうることを示しており,EPH1転写因子がエチレン によって促進される花弁老化にも関与している可能性を 示唆している.アサガオの花では,エチレンを介した老 化制御経路も備えているが,自然に起こる花弁の老化で は機能していないと推測される.

アサガオにおける知見を基に,一般的な花弁の老化制 御機構について,次のような作業仮説を考えている.エ チレンに非依存的な花弁老化では,EPH1のような NAC転写因子がエチレンシグナルに関係なく加齢に伴 い(age-dependentに)誘導され,細胞死関連遺伝子の 発現を誘導する.一方,エチレン依存的老化では,受粉 やストレスなどによって誘導された内生エチレンが,

NAC転写因子遺伝子の発現上昇のタイミングを早め,

花弁の老化が促進される(図3.エチレンに非依存的 な花弁老化示す植物では,age-dependentな制御経路が 主に働いており,エチレン依存的な経路は通常の老化で は機能していないか,存在しない.一方,エチレン依存 的な花弁老化を示す植物では,age-dependentおよびエ 図2EPH1転写因子によるアサガオ花弁 の老化制御

遺伝子の発現を抑制した組換えアサ ガオでは,花弁がしおれ始めるまでの時間 が野生型に比べ約2倍に延びる.アサガオ 花弁の老化時には, 遺伝子の発現が エチレン非依存的に誘導されると考えられ ている.文献21を改変.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(6)

チレン依存的な制御経路の両方が機能しており,エチレ ンが誘導されなくても老化は進行するが,内生エチレン が誘導されると老化が促進される.実際,薬剤処理や遺 伝子組換えでエチレンの作用を阻害しても,花弁は最終 的には老化する.しかし,この仮説を検証するために は,まだ多くの実験的データが不足している.特に,ア サガオ以外の植物種でのNAC転写因子の機能解析とエ チレンによるNAC転写因子遺伝子の制御機構に関する 解析が必要である.

おわりに

カーネーションやスイートピーなど,花の老化にエチ レンが関与する切り花では,銀イオンを主成分とするエ チレン阻害剤(STS)が日持ち延長剤として広く使用さ れている.これは,花の老化におけるエチレンの役割 や,銀イオンの植物体内の移行性に関する研究成果のた まものである.また,エチレン生合成系や情報伝達系が

明らかにされていることから,技術的には遺伝子組換え で老化を遅らせることも可能である.一方,エチレンに 非依存的な老化を示す花では,老化を遅らせる効果的な 方法は開発されていない.近年,アサガオにおける研究 からNAC転写因子の一つであるEPH1が,花弁の老化 を制御する鍵因子であることが示された. 遺伝子 と同様の役割をもつNAC遺伝子はほかの植物種にも存 在すると考えられるが,アサガオで明らかになった花弁 の老化制御機構が,植物種を超えて普遍性のあるものな のか,今後の解析が待たれる.

花の寿命(老化)の調節は,植物の生殖戦略と密接に 関連していると考えられる.おそらく植物は花を獲得す るのと同時に,花弁の老化を制御する仕組みを進化させ ていったのだろう.EPH1はNAC転写因子に属するが,

NAC転写因子は大きな遺伝子ファミリーを形成してい る植物特異的な転写因子群であり,発生や細胞分化,ス トレス応答など植物の幅広い生理現象に関与している.

近年,植物が陸上に進出するための通水組織の進化にも NAC転写因子が重要な役割を果たしたことが明らかに されている(22).NAC転写因子による花弁老化の調節が,

植物の生殖戦略,そして進化とどう関係するのか,生態 学的な観点からも興味がもたれる.

実用的な花の日持ち延長技術の開発という面では,

EPH1転写因子がかかわる老化制御経路を阻害する薬剤 を開発したいと考えている.有効な薬剤ができれば,ユ リやチューリップなどエチレン阻害剤が効かない切り花 の日持ちをよくすることができる可能性がある.また,

ハイビスカスのように日持ちが短いために切り花として 流通させることが困難であった花を,新たに流通させる ことができるようになるかもしれない.

文献

  1)  W. G. van Doorn & E. J. Woltering:  , 59, 453  (2008).

  2)  K. Shibuya, T. Yamada & K. Ichimura:  , 67,  5909 (2016).

  3)  K.  Shibuya,  T.  Yamada,  T.  Suzuki,  K.  Shimizu  &  K. 

Ichimura:  , 149, 816 (2009).

  4)  T.  Yamada,  K.  Ichimura,  M.  Kanekatsu  &  W.  G.  van  Doorn:  , 50, 610 (2009).

  5)  K. Shibuya, T. Niki & K. Ichimura:  , 64, 1111  (2013).

  6)  S. R. Broderick, S. Wijeratne, A. J. Wijeratn, L. J. Chapin,  T. Meulia & M. L. Jones:  , 14, 307 (2014).

  7)  E. J. Woltering & W. G. van Doorn:  , 39, 1605  (1988).

  8)  W. G. van Doorn:  , 48, 1615 (1997).

  9)  K. Shibuya, K. G. Barry, J. A. Ciardi, H. M. Loucas, B. A. 

Underwood, S. Nourizadeh, J. R. Ecker, H. J. Klee & D. 

図3NAC転写因子を介した花弁老化制御メカニズムの仮説モ

デル

花の加齢に伴い のようなNAC転写因子遺伝子の発現がエ チレン非依存的に誘導され,細胞死が引き起こされる.もし内生 のエチレンが受粉やそのほかの要因によって誘導されると,NAC 転写因子遺伝子の発現上昇のタイミングが早められ,花弁老化が 促進される.エチレンに非依存的な花弁老化を示す植物では,エ チレン依存的な制御経路が機能していないか,存在しないものと 推測される.詳しくは本文参照のこと.

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

(7)

G. Clark:  , 136, 2900 (2004).

10)  H.  Kende:  , 

44, 283 (1993).

11)  X. X. Chang, L. Donnelly, D. Y. Sun, J. P. Rao, M. S. Reid 

& C. Z. Jiang:  , 9, e88320 (2014).

12)  J. Yin, X. Chang, T. Kasuga, M. Bui, M. S. Reid & C. Z. 

Jiang:  , 2, 15059 (2015).

13)  Z.  Lin,  S.  Zhong  &  D.  Grierson:  , 60,  3311  (2009).

14)  V. Scariot, R. Paradiso, H. Rogers & S. de Pascale: 

97, 83 (2014).

15)  H. Veen & S. C. van de Geijn:  , 140, 93 (1978).

16)  K. W. Savin, S. C. Baudinette, M. W. Graham, M. Z. Mi- chael, G. D. Nugent, C. Y. Lu, S. F. Chandler & E. C. Cor- nish:  , 30, 970 (1995).

17)  J. Q. Wilkinson, M. B. Lanahan, D. G. Clark, A. B. Bleeck- er, C. Chang, E. M. Meyerowitz & H. J. Klee: 

15, 444 (1997).

18)  K. Shibuya:  , 81, 140 (2012).

19)  A.  Hoshino,  V.  Jayakumar,  E.  Nitasaka,  A.  Toyoda,  H. 

Noguchi, T. Itoh, T. Shin-I, Y. Minakuchi, Y. Koda, A. J. 

Nagano  :  , 7, 13295 (2016).

20)  D.  Podzimska-Sroka,  C.  OʼShea,  P.  L.  Gregersen  &  K. 

Skriver:  , 4, 414 (2015).

21)  K. Shibuya, K. Shimizu, T. Niki & K. Ichimura:  ,  79, 1044 (2014).

22)  B. Xu, M. Ohtani, M. Yamaguchi, K. Toyooka, M. Waka- zaki, M. Sato, M. Kubo, Y. Nakano, R. Sano, Y. Hiwatashi 

:  , 343, 1505 (2014).

プロフィール

渋谷 健市(Kenichi SHIBUYA)

<略歴>1996年東北大学農学部生物生産 科学科卒業/2001年同大学大学院農学研 究科博士課程修了/同年よりフロリダ大学 博士研究員/2005年日本学術振興会特別 研究員(農業生物資源研究所)/2007年農 業・食品産業技術総合研究機構(農研機 構)花き研究所研究員/組織改変により 2016年農研機構野菜花き研究部門上級研 究員,現在に至る<研究テーマと抱負>花 の老化メカニズムを理解すること.将来的 には花の日持ちをよくする薬剤の開発をし たい<趣味>かつては旅行,ハイキング,

現在は子どもたちと遊ぶこと 佐々木 克友(Katsutomo SASAKI)

<略歴>1999年北海道大学農学部生物機 能化学科卒業/2004年同大学大学院農学 研究科博士課程修了,博士(農学)/同年農 業生物資源研究所特別研究員/2007年農 研機構花き研究所特別研究員/2008年学 術振興会特別研究員(PD)/2009年農研機 構花き研究所テニュアトラック制任期付研 究員/2012年農研機構花き研究所主任研 究員/2016年農研機構野菜花き研究部門 主任研究員,現在に至る<研究テーマと抱 負>キクにおけるゲノム編集の簡易化.さ まざまな花に見られる花の構造,花弁の形 や模様の多様性に興味があります<趣味>

多肉植物収集,読書

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.699

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

Referensi

Dokumen terkait

主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。 旧約聖書 箴言1:7 いつまで浅はかな者は浅はかであることに愛着をもち 不遜な者は不遜であることを好み 愚か者は知ることをいと うのか。立ち帰って、わたしの懲らしめを受け入れるなら 見よ、わたしの霊をあなたたちに注ぎ わたしの言葉を 示そう。しかし、わたしが呼びかけても拒み 手を伸べても意に介せず