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植物は毒針で昆虫を撃退する? - J-Stage

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はじめに

植物は一見植物の生長や生存に何の関係もなさそうな 形質をしばしば有している.しかし,ここ数十年間の研 究によりそれらの植物の形質の多くが植物のほかの生 物,特に昆虫の食害に対する防御形質であることが判明 してきた.たとえば植物の種々の二次代謝物質やタンパ ク質・酵素,刺,毛などの形質が植物を食害する昆虫な どの植食動物に対する防御機構としての役割をもつこと が明らかになってきた(1, 2).筆者はこれまで植物の植物 に対する防御機構の研究をしてきたなかでも,パパイ ヤ・イチジク・クワの傷口から分泌される白い液体であ る乳液やウリ科植物の分泌性の師管液がプロテアーゼ

(パパイヤ・イチジク乳液)(3),糖類似アルカロイド(ク ワ乳液)(4),キチン結合性タンパク質MLX56(クワ乳 液)(5)やBPLP(トウガン師管液)(6)などの顕著な耐虫性 をもつ物質を含みこれらの植物の耐虫性に大きく寄与し ていることを明らかにし,本誌などでも紹介してき

(7〜9).では,このほかにも植物には機能が不明な特徴

的な形質はないであろうか.実は,パイナップル,キウ イフルーツ,サトイモ科植物など多くの植物の組織中に はシュウ酸カルシウムからなる顕著な針状結晶を多量に 含むことが知られてきた(10, 11).最近,これらの植物組 織中に含まれるシュウ酸カルシウムからなる結晶体が昆 虫に対する顕著な防御活性・耐虫性を示す効果とメカニ

ズムがわれわれやほかの研究者の研究から明らかになっ てきたので,本稿ではそのことを紹介したい.

シュウ酸カルシウム針状結晶の存在

極めて多くの植物が組織中にシュウ酸カルシウムから なる針状結晶(Raphide)を含む.サトイモ科,パイ ナップル科,ユリ科,サルトリイバラ科,バショウ科,

ゴクラクチョウ科,キジカクシ科リュウゼツラン亜科

(リュウゼツラン科)ツルボ亜科(ヒヤシンス科),ネギ 科,ミズアオイ科,ヤマノイモ科,タコノキ科,ミクリ 科,ホシクサ科,ヤシ科,ラン科などの単子葉植物に比 較的一般的に見られ,また双子葉植物でもブドウ科,ア カバナ科,マタタビ科,アカネ科などでシュウ酸カルシ ウム針状結晶が見られる(11〜15)

シュウ酸カルシウム針状結晶は典型的には長さが 0.1 mm程度で両端が極めてとがった結晶(図1)である が,植物の種類によって長さや先端の経常が微妙に異な る.キウイフルーツでは両端は直径が1 µmより小さく 非常にとがった単純な円筒形(断面が円形)の形態をし

ているが(14, 16),ブドウ科,サトイモ科植物などでは断

面がH型をしていて縦に長い溝が入った形状をしてい るものもある(12, 15, 17, 18).また,サトイモ科の植物の結 晶では先端がもりのように何回もギザギザした形状をし

ている(17, 18).植物体に含まれるシュウ酸カルシウムの

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セミナー室

昆虫の科学-7

植物は毒針で昆虫を撃退する?

シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの劇的な相乗的殺虫効果

今野浩太郎

農業・食品産業技術総合研究機構生物機能利用研究部門昆虫制御研究領域昆虫植物相互作用ユニット

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結晶のすべてが針状にとがっているわけではない.たと えばウマゴヤシ(マメ科)やベゴニア(シュウカイドウ 科) は 単 純 な プ リ ズ ム 型 の 結 晶(prismatic crystal)

(11, 12, 19),ペペロミア(コショウ科),イチビ(アオイ

科)などは金平糖型のdruse(集晶)という結晶体を含ん

でいる(11, 12).シュウ酸カルシウム針状結晶は異形細胞

(idioblast)の液胞に多量に束になって蓄えられてい

(10, 12, 15, 20).そしてサトイモ科植物では異形細胞が動

物の食害などにより破壊されると,細胞の内圧でシュウ 酸カルシウム針状結晶は勢いよく細胞外に射出され る(21).細胞に含まれるシュウ酸カルシウムの結晶体の 形成もこの異形細胞で行われる(10).シュウ酸カルシウ ム針状結晶が植物中でどのように形成されるかは興味深 い問題であるが,人工的に針状結晶を作る方法は現時点 では知られておらず,また市販されているシュウ酸カル シウムも不定形結晶である.シュウ酸カルシウム針状結 晶は主にシュウ酸カルシウムの1水和物からできてい

(10, 22).この1水和物は実験条件下で多少角張った結晶

体を形成するが針状結晶のように長い鋭利な結晶を作る 手法はない.最近,バナナのシュウ酸カルシウム針状結 晶にはタンパク質の長い分子からなる芯があるという報 告があり,タンパク質の芯の周りにシュウ酸カルシウム

が沈着するという仮説が提案されている(22).実際,こ の論文の筆者は,タンパク質の芯の一部からなるポリペ プチドにシュウ酸カルシウムを人工的に沈着させ長い棒 状の結晶体を作ることに成功しているが,この場合でも 両端の鋭利な針状構造を作ることには成功していな い(22).また,ブドウにおいても針状結晶の形成に未知 の高分子の関与を示唆する報告もある(23).このように シュウ酸カルシウムの針状結晶の形成過程はたいへん興 味深い問題ではあるがいまだ解明の途上である.

シュウ酸カルシウム針状結晶の生理効果・防御効果 に関するこれまでの知見

シュウ酸カルシウム針状結晶は非常に目立つ顕著な構 造体であるため,その植物にとっての役割に関しては古 くから興味を呼んできた(10).針状結晶が針のようにと がっているため,これが草食動物に対する防御機構でな いかという説が古くから提唱されてきた.百年以上も前 にドイツのErnst Stahlはシュウ酸カルシウム針状結晶 を含む植物をすりつぶしたものをナメクジに食べさせた ところ,ナメクジはこれを食べなかった一方,このすり つぶし物をシュウ酸カルシウム針状結晶を溶かすべく酸 処理をしたものはナメクジが食べることができたため,

シュウ酸カルシウム針状結晶が植物をナメクジの食害か ら防ぐ効果があると結論した(24)(水にほとんど不溶の シュウ酸カルシウム結晶は強酸には溶解する).シュウ 酸カルシウム針状結晶が植物の耐虫性を担うという仮説 は,その後以下の事実などによっても支持された.たと えば,蛾の幼虫,ガゼル,カタツムリがシュウ酸カルシ ウム針状結晶を含む北米産のアマリリス科の植物である

(desert lily)を食害するとき にこの3種の動物ともに葉のシュウ酸カルシウム針状結 晶を含まない部分のみを選択的に食べるという事実(25) や,シュウ酸カルシウムの針状結晶を含むサトイモ科植 物の多くが植物組織を人間が食べたときに強い「えぐ み」あるいは「痛み」を感じたり,炎症反応が起こった りして食べることが困難であるという事実である(17, 21). 実際,筆者もマムシグサやコンニャクの葉をかじった経 験があるが,葉をかじってすりつぶし唇に付けた数秒後 にえぐみどころではなく,まるでアシナガバチに刺され たときに感じるのと同じような激しい痛みを感じ,これ らの植物を食べるのは困難で危険だと実感したことがあ る.実際,タロイモなどのサトイモ科植物から回収した シュウ酸カルシウム針状結晶をヒトや動物の皮膚に塗布 したり,食べたりすることでそれぞれ炎症反応やえぐみ を再現することができることから(17, 21),シュウ酸カル 図1キウイフルーツの果実に含まれるシュウ酸カルシウム針

状結晶

A.  シ ュ ウ 酸 カ ル シ ウ ム の 走 査 電 顕 像.針 状 結 晶 は 約100 µm

(0.1 mm)とかなり長く光学顕微鏡でも低倍率で簡単に見える.B. 

シュウ酸カルシウム針状結晶先端部の拡大像.先端部は極めて鋭 利で1 µmより小さい(大腸菌の大きさより小さい)

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シウム針状結晶がえぐみや炎症反応に関与していること が示された.

これまでの観察の問題点および矛盾点

シュウ酸カルシウム針状結晶は植物を植食動物の食害 から守る防御効果を担っている可能性が高いことは以上 のような状況証拠に基づき以前から考えられていたが,

シュウ酸カルシウム針状結晶が昆虫に対して耐虫防御効 果をもつという直接的かつ具体的な実験証拠はこれまで ほとんどなかった.ここで言う具体的な実験証拠とは,

十分に精製したシュウ酸カルシウム針状結晶を添加した 餌と添加しない餌を作り昆虫に摂食させ針を添加した餌 で昆虫の成長が減少し死亡率が上がるというものであ る.このような実験を行うことは簡単だと思えるが,な ぜか実験的証拠が報告されたことはなかった.さらに,

これまでのシュウ酸カルシウム針状結晶のえぐみなどの 生理活性の実験結果に一見矛盾するようなデータもあっ た.たとえば,タロイモの針状結晶を用いたえぐみの研 究でも,種々のタロイモ栽培系統におけるえぐみの強弱 は各系統のタロイモに含まれる針状結晶の量と必ずしも 比例しないことが示されていた(17).あるタロイモ系統 では針状結晶が多量に含まれているのにえぐみが全くな いというのである(17).実際,キウイフルーツやパイ ナップルなどの果物はシュウ酸カルシウム針状結晶を多 量に含んでいるが,食べても痛み・えぐみなど全く感じ ずに美味しく食べることができる.針状結晶がえぐみの 原因であるというのに,えぐみの強さと針状結晶量が全 く比例しないのである.これは明らかな矛盾である.

シュウ酸カルシウム針状結晶が耐虫性に果たす役割は今 一つあやふやなままであった.

シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアー ゼプロテアーゼの相乗的耐虫効果̶針効果仮説の検証 シュウ酸カルシウム針状結晶生理活性と量の関係が必 ずしも相関しないことの説明として,針状結晶が毒針と して機能しているという仮説も以前からあった(17, 18, 21). すなわち,針状結晶が毒・痛み物質・えぐみ物質・摂食 阻害効果をもつ物質の動物体内への通過を容易にするこ とで効果を示しているのではないかという仮説である.

しかし,この仮説の妥当性を直接的かつ本格的に検証す る実験は長い間なかったのである.

筆者は以前のパパイア・イチジク乳液が担う耐虫性研 究においてpapain(パパイア乳液)やficin(イチジク 乳液)やBromelain(パイナップルの茎や果実)などの

システインプロテアーゼが殺虫効果を示し,プロテアー ゼ(タンパク質分解酵素)が植物の防御物質・耐虫物質 であることを初めて明らかにした(3).システインプロテ アーゼは乳液以外でも植物組織に多量に存在しているこ とがある.たとえばパイナップル果実のBromelain(26)や キウイフルーツのactinidin(またはactinidain)(27)がそ の例である.Bromelainはパイナップル果実の総タンパ ク質の大部分を占めているほど多量に含まれている(26). ところが興味深いことに,パイナップル果実もキウイフ ルーツもシュウ酸カルシウムを多量に含んでいることが 知られている植物である(12, 14).これは単なる偶然であ ろうか.それともシュウ酸カルシウム針状結晶とシステ インプロテアーゼには機能的関連性があるのだろうか.

2つの物質の共存は植物の耐虫性に関係があるのだろう か.このことを確かめるために昆虫に植物から精製した シュウ酸カルシウム針状結晶を単独で加えた餌,システ インプロテアーゼを単独で加えた餌,これらを両方加え た餌を作り食べさせ成長や死亡率を比較した(16).シュ ウ酸カルシウム針状結晶は大量入手可能でかつ組織が柔 らかくて粉砕抽出が容易なキウイフルーツ果実を材料と してすりつぶして抽出し,塩化セシウムの重液(比重約 1.8程度)中で遠心し果肉(比重1.4)と針状結晶(比重 2以上)を分離し針状結晶を回収することで1 gのキウ イフルーツから1 mg程度のシュウ酸カルシウム針状結 晶を回収した(16).これを走査型電顕で観察した像が図1 である.長さが100 µm程度と比較的長いが先端は1 µm 以下と非常にとがっていて,ブドウ科植物やサトイモ科 植物由来の針状結晶に見られる溝のないシンプルな形状 をしていた(図1).シュウ酸カルシウム針状結晶とシ ステインプロテアーゼの耐虫効果に関するバイオアッセ イは,ヤママユガ科の蛾であるエリサンの幼虫を用いた

(図2.エリサン幼虫は本来の食草(ヒマ・シンジュ)

でない餌でも積極的に食べ植物や耐虫物質に応じた生理 反応を示すため,植物の耐虫性の検出に優れた昆虫でこ れまでも種々の新規の耐虫性の検出に用いられてき

(3〜6).食草ヒマの葉片(3 cm×3 cm)にシステインプ

ロテアーゼ(試薬のBromelain)を単独で0.22 mg/cm2 の濃度(この濃度を×1濃度と呼ぶ)で塗ったものを摂 食させた場合,この濃度ではエリサンは死ぬことなく順 調に成長した(図2D).この2倍の濃度でシステインプ ロテアーゼを塗った場合も同様であった.一方で,シュ ウ酸カルシウム針状結晶を42 µg/cm2の濃度(この濃度 を×1濃度と呼ぶ)で塗布したヒマの葉を摂食させたエ リサンも順調に成長した(図2B).この2倍の濃度で シュウ酸カルシウムを塗布した葉を摂食させたものも僅

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かに成長が遅くなるものの顕著な成長阻害や毒性は観察 されなかった.ところが,×1濃度のシュウ酸カルシウ ム針状結晶と×1濃度のシステインプロテアーゼの両方 を塗ったものを摂食させたものは最初は勢いよく葉を食 べ始めるものの食べさせてから2時間も経たないうちに 身もだえするような行動を取り始め1日後にはほとんど の個体が全く成長することなしに黒変して死亡してい た(16)(図2E).システインプロテアーゼ×2量や針状結 晶×2量よりそれぞれが×1量のほうが毒性が顕著に強 かったわけである.このことよりシュウ酸カルシウム針 状結晶とシステインプロテアーゼが両方存在したときの 顕著な殺虫活性は両者の相加的効果ではなく,相乗的効 果であることが判明した(16).では,システインプロテ アーゼとの相乗的耐虫効果にとって物質としてのシュウ 酸カルシウムが大切なのかそれとも針状の形状が大切な のだろうか.そこで,試薬として市販されているシュウ 酸カルシウム不定形結晶を用いてシステインプロテアー ゼと同時に塗布してエリサン幼虫摂食させた結果,相乗 的耐虫効果は全く観察されず順調に成長し強い致死効果 も観察されなかった(16)(図2F).この結果からシュウ酸 カルシウム針状結晶の針状の形が相乗的耐虫効果で重要 であるということがわかった(16).キウイフルーツの針 状結晶を除いた抽出液とキウイフルーツのシュウ酸カル シウム針状結晶の間でも相乗的耐虫効果が確認され,さ らにキウイフルーツには相乗的耐虫活性を示すのに十分 なプロテアーゼ活性があることから,実際にキウイフ

ルーツでシュウ酸カルシウムとプロテアーゼによる相乗 的耐虫機構が機能していることが示された(16).また相 乗的耐虫効果は別の見方をすると,シュウ酸カルシウム 針状結晶がシステインプロテアーゼの耐虫性・殺虫性効 果を顕著に強化していると理解することもできる.実 際,システインプロテアーゼは極めて高濃度でシュウ酸 カルシウム針状結晶なしでも致死効果を示す.しかし,

シュウ酸カルシウム針状結晶の存在下では致死濃度が 1/16〜1/32になる.すなわちシュウ酸カルシウムはシ ステインプロテアーゼの耐虫性効果を16〜32倍強める 効果があったのだ.

シュウ酸カルシウム針状結晶と耐虫性物質の相乗的耐 虫効果のメカニズムとしての針効果̶一般性と展望 シュウ酸カルシウム針状結晶とプロテアーゼなどほか の耐虫性物質の相乗的耐虫効果のメカニズムとして,わ れわれは以下に述べる「針効果」(needle effect)とい うメカニズムを仮説として想定している(16)(図3.毒 物質・耐虫性物質・種々の生理活性物質は存在している だけでは効果がなく,それぞれのターゲット分子や部位 に到達して反応して初めて効果をもつことは自明のこと である.しかし,タンパク質や多くの水溶性分子などに とって,細胞膜・細胞壁・オルガネラ膜,上皮組織,皮 膚などの障壁を通過したその内側に存在するターゲット に到達するのは必ずしも容易でないだろう.しかし針状 結晶など針状の物質が存在すればその障壁に穴を開け,

図2シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果

ヒマ(エリサンの本来の食草)の葉片(3×3 cm)にシュウ酸カルシウムやシステインプロテアーゼを塗布しエリサン孵化幼虫に1日間摂 食させた後の写真.シュウ酸カルシウムに関して,A, D:無塗布,B, E:キウイフルーツ由来シュウ酸カルシウム結晶を42 µg/cm2の濃度 で塗布,C, F:シュウ酸カルシウム無定型結晶を42 µg/cm2の濃度で塗布.システインプロテアーゼに関して,A, B, C:無塗布,D, E, F:

ブロメラインを0.22 mg/cm2の濃度で塗布.E区(シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼ共存区)でのみ顕著な相乗的耐 虫効果(強い致死性耐虫活性)が観察された.相乗的耐虫効果を示すためにはシュウ酸カルシウムが「針状結晶」であることが決定的に重 要であり無定型結晶では効果がない.

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障壁を透過できない毒物質がターゲットに到達すること をはるかに容易にするだろう.システインプロテアーゼ は針状結晶の存在により16〜32倍効果が強まるのであ れば,針状結晶は婦システインプロテアーゼの通過をや はり16〜32倍増加させているのかもしれない.あるい は,いわゆる毒針のように針の表面に保持された物質が 針とともに障壁内に効率的に持ち込まれるかもしれな い.具体的に耐虫性物質や生理活性物質が針状結晶に よってどのような障壁をどのように通過しているか,本 当に針状結晶によって物質通過が容易になっているかと いうことに関しては具体的な研究結果はなく今後の研究 が必要である.しかし,針効果,シュウ酸カルシウム針 状結晶とシステインプロテアーゼとの相乗的耐虫効果以 外の組み合わせや現象で一般的である蓋然性は高いと考 えられる.たとえば,ヤマノイモなどの一部の植物で シュウ酸カルシウム針状結晶と共存することがあるキチ ナーゼなどのタンパク質も針状結晶と共存した場合に耐 虫性効果を示すという予備的な実験結果をわれわれは得 ている.このようにシュウ酸カルシウム針状結晶と相乗 的耐虫効果を示す物質はシステインプロテアーゼ以外に も数多くあるかもしれない.また,サトイモ科植物で見 られる痛みや顕著な炎症反応(17, 21)もキウイフルーツや リュウゼツランほかで見られるアレルギー反応(14, 28)な どにも関係ある可能性が高い.なぜなら,炎症反応やア レルギー反応は反応を誘起する生理活性物質が体内に 入って初めて反応を起こす可能性が高いからである.

「針効果」が実在した場合,この効果にとり重要なのは 一定の硬さの物質が針状の形状をしていることであり,

必ずしもシュウ酸カルシウムでできている必要はないこ

ととなる.たとえば,イネ科植物で種子を取り巻く穎

(もみがら)の表面にケイ酸の針状結晶があり,この種 子を食べさせたネズミの唇(針状結晶との接触部位)

に,特に発がん誘因物質が共存した場合に腫瘍を引き起 こすという報告があり(29),またアスベストなどの針状 結晶にも発がん性がある(30, 31).このようなケイ酸針状 結晶が示す発がん性は一般的には針による細胞刺激効果 が原因であると言われているが,ケイ酸針状結晶が発が ん性の根本原因とであるDNAに対する変異をなぜ起こ すかは明らかになっていない(30, 31).細胞核に到達する までの障壁を通過できないDNA変異原生をもつ未知の 発がん性物質(高分子や親水性分子)の透過を,針状結 晶が「針効果」で容易にしてDNAへの到達効率・DNA 変異効率を増加させることで発がん効果の増加に関与し ている可能性(16)はないであろうか.いずれにしても

「針効果」に関しては今後の研究が必要であろう.針状 結晶がほかの耐虫性物質・生理活性物質の効果を増強す る働きがあるとしたらその効果を害虫防除技術などに用 いることも可能と考えられる.またドラッグデリバリー の方法としてシュウ酸カルシウム針状結晶は用いられな いだろうか.現在のところこれら応用に一番ネックにな ると思うのは大量の針状結晶の確保であると考えられる が,ほかの大量に得られる針状物質で代替できれば,あ るいはシュウ酸カルシウム針状結晶を人工的に大量に合 成する方法が得られれば利用の道も開けてくる可能性が あるであろう.このように針状結晶に関しては研究する 余地が多いと思われる.最近になり,シュウ酸カルシウ ム結晶(プリズム型結晶)を含むウマゴヤシでシュウ酸 カルシウム結晶が少ない系統では耐虫性が減る(昆虫に 図3針状結晶とほかの生理活性物質の相乗的生 理効果・針効果のモデル図

A.  生理活性物質単独の場合.生理活性物質が組 織・細胞の外部から与えられ,生理活性物質の標 的(ターゲット)分子などが組織・細胞の内部の 存在しかつ生理活性物質が組織膜・細胞膜などを 通過できない場合,生理活性物質は標的に到達で きず生理効果は見られない.B. 針状結晶単独の場 合.針状結晶は細胞・組織膜に穴を開け通過する.

細胞・組織膜に穴は開くものの,生理活性物質は 標的に全く到達せず生理活性は見られない.C. 生 理活性物質と針状結晶が共存する場合.生理活性 物質は針状結晶が開けた組織・細胞膜上の穴を通 じて効率的に組織・細胞内に侵入し標的に到達す るため,生理活性物質特有の強い生理活性が観察 される.

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とって好適になること)という報告(32)やシュウ酸カル シウムの合成を促進したシロイヌナズナの変異体を作成 することで本来シュウ酸カルシウム結晶体をもたないシ ロイヌナズナにシュウ酸カルシウムの結晶体を作らせる ことに成功したという報告(33)があり,植物のシュウ酸 カルシウム結晶の研究が遺伝子レベルの研究としても始 められている.しかし総体的に,シュウ酸カルシウム針 状結晶の生物活性に関して系統立った研究は少なくこれ からの研究分野であると思われる.昆虫学の観点から は,シュウ酸カルシウム針状結晶含む植物に特化して食 べている昆虫がどのような方法でシュウ酸カルシウム針 状結晶による植物の防御を回避しているかというテーマ もまだ手がつけられていない興味深いテーマである.今 後の研究が期待される.

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プロフィール

今野 浩太郎(Kotaro KONNO)

<略歴>1987年東京大学工学部計数工学 科卒業/1989年同大学農学部農業生物学 科卒業/1994年同大学理学系研究科生物 化学専攻博士課程単位取得退学/同年農林 水産省蚕糸・昆虫農業技術研究所/2001 年農業生物資源研究所/2002年博士(農 学)東京大学/2016年国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構,現在に 至る<研究テーマと抱負>植物-昆虫間相 互作用(植物防御機構と昆虫適応機構およ び食物網構造)の化学生態学的,分子生理 学的,および数理生態学的研究<趣味>植 物栽培(花・野菜・果樹)および昆虫飼育

(特に蝶蛾幼虫),自然生態系観察,天文気 象,比較言語・文化学,食べること

Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.847

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

Referensi

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