化学と生物 Vol. 50, No. 10, 2012
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植物工場の今
鈴木克己
農業・食品産業技術総合研究機構野菜茶業研究所
植物工場というと若い方は「何?」と,年配の方は「ま た?」と思うのではないか.養液栽培に注目が集まったのが 第1次ブーム(つくば科学博に伴って展示されたトマトの樹 に象徴される),企業が完全密閉型の施設で商業栽培用の生 産を始めたのが第2次ブーム,今回は第3次ブームと言われ ている.今回は,日本の工業,農業,商業の良さを合わせた
「農商工連携」で新産業創出を目標に進んでいる点が過去と 異なる.経済産業省と農林水産省がタッグを組んで,さまざ まな事業を推進している.特に過去3年間に,全国に特色あ る植物工場拠点が両省の予算で整備され,植物工場フォーラ ムや,植物工場に関する展示会なども開催され,機運が盛り 上がっている.
これまで植物工場というと,密閉された建物内において,
作物を生産するシステムを指していた.今回の事業では,そ れを閉鎖環境で太陽光を用いずに栽培する「完全人工光型植 物工場」と呼ぶ.一方,温室などで太陽光の利用を基本と し,人工光による補光や夏季の高温抑制技術などを用いて栽 培する形態を「太陽光利用型植物工場」と呼ぶことになっ た.どちらも高度な環境制御を行うことにより,野菜などの 周年・計画生産が可能な施設であり,それぞれのメリットを 生かし,デメリットを克服する研究が行われている.
完全人工光型植物工場
完全人工光植物工場は,密閉式の空間,光合成が十分行え るだけの光量をもつランプ,温度を自在に制御できるエアコ ン,気流をコントロールする装置,養水分を供給するシステ ム,CO2供給装置,それぞれを制御するコンピューター,作 物を支持する棚などで構成される.完全人工光植物工場内で は,光,温度,湿度,気流,CO2濃度,水,栄養など植物の 生長に必要な要素すべてを完全に制御することが可能となっ ている(図
1
).実験植物を栽培するため,小型のグロースチャンバーなど を利用してきた方も多いと思う.イメージ的にはそれが大型 になったものであるが,生育適温から外れた低温に設定でき るような機能(実験には必要かもしれないが)は必要ない.
植物工場では,庫内の気流が群落内を流れるようなファンの 設定,ムラのない照射が可能なランプの配置,湿度,温度,
CO2濃度などが最適化できる空調とそれらの記録など,作物 の生産が最適にできることが重要である.グロースチャン バーの場合,気流が下からの吹き上げで内部の温度や気流が 一定でない,十分な光量がない,あるいはランプに近すぎ日 焼けするなど,作物生産にとって不適な条件で使用されるこ ともある.密閉した庫内で植物を育てると,簡単にCO2濃 度が低下し,CO2飢餓となり,十分な光合成ができず植物は 生育しない.昔の小型のグロースチャンバーで,CO2制御装 置が付いておらず外気が導入できないタイプのものは注意す る必要がある.現在,オフィスなどでも利用できる簡易な CO2濃度測定装置が市販されているので,モニターし,実際 使用しているグロースチャンバー内の状態を把握することが 重要である.
完全人工光型植物工場は栽培ベッドの多層化,オートメー ション化が進んでいる.千葉大学や大阪府立大学の植物工場 拠点では最新式のシステムを見ることができる.従来から言 われてきたことであるが,ビジネスとして成り立たせるため には,建設コスト,ランニングコストなどが一番の問題であ り,これらのコストを下げて,通常の露地野菜にはない無農 薬などの付加価値を付け販売する必要がある.生産コストに 関しては,ヒートポンプや,LED,制御するパソコンのよ うに,一昔前に比べ格段に価格は低下し性能は向上したた め,かなり削減できるようになった.付加価値については,
波長の異なるLED光照射によるアスコルビン酸やアントシ アニンなどの機能性成分増量の栽培技術が開発され,向上が 見られている.
バイオサイエンススコープ
図1■大阪府立大学の完全人工光型植物工場でのレタス栽培の 様子
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完全人工光型植物工場の一システムとして千葉大学の古在 らが開発した閉鎖型苗育苗システムがある.プレハブの中 に,家庭用エアコン,高出力蛍光灯,多段ベッドが配置さ れ,CO2濃度,養水分,温度,照明時間が設定できる.各段 に小型ファンを備えていて,密植した苗の間を気流が均一に 流れるような工夫をしてある.本装置は,会社から市販され ており,各地の苗生産施設や業者で活用され,高品質の苗の 周年供給に役立っている(1, 2).
商業的な展開として,街中植物工場と称して,店内で植物 工場をディスプレイし,そこで栽培したレタスをサンド ウィッチにして食べることができる店舗がすでにオープンし ている.また,中近東の砂漠の国々などをターゲットに,コ ンテナに太陽光パネルを備え,どこでも新鮮なレタスを生産 できるシステムの開発などが行われている.
完全人工光型植物工場では,薬用植物の増産,閉鎖系とい う特徴を生かした遺伝子組換え植物の利用による医薬品原材 料・ワクチン・機能性食品などの高付加価値物質を高効率に 生産するための基盤技術の研究が行われている.たとえば,
産業技術総合研究所北海道センターでは,イヌ歯周病に対す る治療薬のイヌインターフェロン-
α
を生産する遺伝子組換 えイチゴの作出に成功し,現在臨床試験に向けて開発を進め ている.こうした組換え植物の栽培施設として花粉や種子の 外部への拡散を遮断できる本方式は,好適な生産施設として 注目されている(3).植物工場を活用したヒトの医薬品の製造 についての研究は進められているが,今後,産業化のために は,国民の理解を得ながら,産官学が協力し,制度などを作 成していく必要がある.太陽光利用型植物工場
「太陽光利用型植物工場」とはわが国独自の用語であり,
いろいろな機器を整備する施設園芸も,「植物工場」をキー ワードとして,推進するため使用されるようになった.欧米 の最新式のものでは,補光装置による光のコントロール,コ ンピューターによる複合環境制御,トリジェネシステム(天 然ガスを利用し,発電により電気,過程で生じる熱,排気さ れるCO2の3要素を無駄なく利用するシステム),循環式養 液栽培装置などを備え,野菜や花,鉢物などを周年生産でき る(図
2
).鉢物生産では,ベルトコンベア,画像処理ロ ボットも備え,まさに工場のようである.これが彼らの概念 ではgreenhouseであり,日本語訳の温室とはニュアンスが 異なり,栽培する作物の収量,働く人の作業効率,投入する エネルギー効率,コスト効率などが最大になるように生産が 行われる.一方,わが国の施設園芸は,冬に温めるだけのものが多 く,いまだにかまぼこ形のパイプハウスに暖房機だけを入れ た温室が大半を占めている.わが国は南北に長く,高冷地 も,温暖な地域もある.そのため,各種野菜類は,産地をリ レーすることで生産されており,若干の端境期はあるもの
の,周年にわたり供給可能な状態になっている.物流システ ムが整っているため,北海道や沖縄の離島でも野菜が不足し て買えなくなることはない.しかし,施設園芸は,これまで の家族的経営から法人や企業的経営へと発展しており,雇用 の活用,契約栽培,安定出荷などのさまざまな背景から,同 一箇所の施設における周年生産が望まれている.こうした ニーズに応え,作物生産を計画的,経済的に行うことができ る施設として,「高度な環境制御を行うことにより,野菜な どの周年・計画生産が可能な施設園芸農業の一形態であり,
温室などで太陽光の利用を基本とし,人工光による補光や夏 季の高温抑制技術などを用いて栽培する太陽光利用型植物工 場」が期待されている.従来の温室との境目がはっきりしな いこともあり,全国で何棟稼働しているかといったデータを 示すことは難しいが,施設園芸の発展や,企業の参入もあ り,太陽光利用型植物工場と呼べるような大型施設が増加中 である.
太陽光利用型植物工場は,軒高5 m程度の十分な空間,高 い耐久性をもつフッ素系フィルムなどによる被覆,太陽光を よく通す構造,自動開閉式で防虫網を備えた天窓と側窓,自 動カーテン,循環扇,細霧冷房(すぐに蒸発する細かい水粒 子を噴霧し,気化熱により気温を低下させ,湿度をコント ロールする装置),養液栽培装置,CO2発生装置,ヒートポ ンプ(エアコン),暖房機などを設備として有している.補 光装置については,光質や日長反応による生育制御のために 利用されているが,光合成促進のための利用はコスト的に難 しいのが現状である.
それぞれの機器を動かして内部の環境を作物の生育に適し た環境にするためには,各種センサーと,コンピューター,
スイッチなどから構成される複合環境制御装置が必須であ る.日本にも複合環境制御装置を作るメーカーがあるが,世 界中のgreenhouseで利用されているのは,植物生理に基づ き高度な環境を合理的に作り出す海外企業の装置である.こ れらの企業には,それぞれの温室から発信される環境制御の データ,作物の生育や収量のデータが蓄積されていき,さら 図2■補光ランプを備えたオランダのガーベラ栽培温室
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に改良が進んでいく.日本の施設園芸のデータに関しても,国内企業よりも,こうした海外企業で解析が進んでいると考 えられる.このような状況に対抗するため,近畿大学の星ら を中心としたグループは,ユビキタス環境制御装置 (UECS)
を開発した(4).それぞれの機器に小型コンピューターをとり つけ,自律分散的に稼働し,インターネットの規格で通信,
制御を行う画期的なシステムであり,今後の発展が期待され ている.現在2, 3社の企業から製品が販売されているが,誰 でも簡単に利用できる総合環境制御ソフトの開発などが遅れ ており,早急の対応が望まれている.
太陽光利用型植物工場で生産される作物は,現在のとこ ろ,トマトやイチゴ,花きといった比較的単価の高い作物が
中心である(図
3
).それら作物の収量を上げるためには,光合成能力を最大限に発揮させることが重要である.植物の 成長や光合成にかかわる,光,温度,湿度,CO2,気流,養 水分を最適にコントロールすることで,同化産物を生産し,
養水分を利用させ,代謝させ,転流させ,生育・肥大させ,
成長させると同時に,果実など収穫物を得る.植物の環境応 答を理解する植物生理学・生態学が必要となる.個体内の植 物生理ももちろん重要であるが,施設内での生産を最大限に 考える場合,個体より群落としての反応がより重要となる.
わが国では,作物学の分野では群落についてのいろいろな解 析が進んでいるが,施設園芸ではいろいろな栽培方式や仕立 て方法が多様なことなどが原因となって,群落としての植物 生理や生態の理解は,研究者や生産者にも不十分な点があ る.個々の施設内に,どのように作物を配置し,どのような 管理を行い,生育に合わせて環境をどうすれば最高の生産性 を示すのか明らかにする必要がある.このためにも,温室内 の植物の状態をモニタリングすることが重要である.愛媛大 の高山らのグループはクロロフィル蛍光,熱赤外画像,デジ タルカラー画像などを利用し植物群落の状態を計測する研究 を進めている(5).現在,農林水産省および経済産業省により 整備された植物工場拠点では,さまざまなデータが蓄積され つつあり,日本の環境に適した生産方法の開発が期待されて いる.
1) 古在豊樹,大山克己:農業および園芸,83, 286 (2008).
2) 古在豊樹,大山克己:農業および園芸,83, 375 (2008).
3) 松村 健:科学と工業,84, 113 (2010).
4) 星 岳彦:農業機械學會,69, 8 (2007).
5) K. Omasa & K. Takayama : , 44, 1290
(2003).
図3■ハイワイヤー誘引でのトマト栽培