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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015メタゲノム手法は微生物培養法を凌駕するのか?
未開拓遺伝子資源アクセスツールとしてのパフォーマンス比較
産業用酵素の供給源の多くは微生物であるので,目的 とする酵素を取得するためには,まずはその酵素の生産 菌を探し当てるのが酵素スクリーニングの定法である.
しかしながら,微生物生態学に分子生物学的手法が導入 されたことで,通常の実験室条件において分離・培養で きる微生物は,環境中に棲息しているもののうちのごく 僅か(1%以下)であるという事実が明らかになってき た.このことは,従来の微生物培養に依存した酵素スク リーニング法の限界点を指摘する一方で,それならばい まだ手つかずの膨大な難培養微生物資源をスクリーニン グの俎上に載せることができれば,新規酵素の宝の山に たどり着けるのではとの期待感が高まった.そしてこの 夢を実現するために鳴り物入りで登場したのがメタゲノ ム技術である.以降,新出のメタゲノム手法のほうが
「なんとなく」優れているようであるという共通の認識
(先入観?)はあるようだが,実際の成果はどうであろ うか? 技術の登場から十数年が経ち,確かにメタゲノ ム由来の酵素遺伝子の例は相当数蓄積されてきたが(1)
,
未開拓遺伝子資源取得という目的において,メタゲノム 手法は微生物培養法を凌駕していると言えるのか? 本 稿では,この問いにまつわる最近の知見とその意義につ いて紹介したい.さて,どちらが優れているかを判定するには,基本的 には,メタゲノム法・微生物培養法をともに用いて,同 一の環境試料から同一の酵素をスクリーニングし,最後 に取得した酵素の構造(配列)の新規性と,機能(活 性)の優秀性を評価すれば良い.ところが意外に思われ
るかもしれないが,これまでにこの条件をすべて満たす 報告は皆無であるばかりか,比較検証実験それ自体が希 有であった.わずかにある報告例はすべて「配列に基づ く」スクリーニングにより目的遺伝子を取得したもの,
つまり保存領域を基に設計したプライマーを用いた PCRにより酵素遺伝子の一部を取得し,その配列を比 較したものである.これらは遺伝子の全長を取得したわ けではないので酵素機能の優劣を判じるには至らない.
ただし,これらの成果の意義は,培養法とメタゲノム法 で取得される遺伝子の配列は異なるということを明確に 示したことにある.つまり,片方の手法を用いただけで は,環境中に存在する目的遺伝子を網羅的に取得するこ とは不可能であるという重要な情報を提供したのであ る.
どちらの手法が優れているか? 評価する基準はさま ざまにあると思うが,端的にはそれぞれの手法で取得し た酵素の優劣,たとえば速度定数や物理化学的な安定性 などを比べることであろう.このために筆者らは,酵素 遺伝子の全長を取得すべく「機能に基づく」酵素スク リーニングを実施した.標的とした酵素は,微生物によ る芳香環分解において鍵酵素となるエクストラジオール ジオキシゲナーゼ(extradiol dioxygenase; EDO)であ る.EDOは極めて安定な構造であるベンゼン環を開裂 する酵素で,反応生成物は黄色を呈するので,EDO酵 素の活性検出は目視でも容易である(図
1
).このため,
これまでに多くのEDO遺伝子が取得されており,系統 学的および酵素学的な評価を行うにも好適な研究材料で
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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015
ある(2)
.メタゲノム手法によるハイスループットな機能
スクリーニングの詳細は既報(3)に譲るが,環境試料か ら,活性を保有する43個のメタゲノム由来EDO酵素を 得た.また一方で,同一環境より集積培養法によりフェ ノール資化性細菌群を単離した.こちらは4種の培養菌 株よりゲノムDNAを抽出後,ショットガンクローニン グ法により4つのEDO遺伝子を得た(4).
まずは得られたEDO酵素配列の系統学的評価である.
一般的に,メタゲノム由来の酵素群は新規性が高いのが 特徴であるが,EDO酵素もその例に漏れなかった.得 られたEDOの半数以上が既存のサブファミリーには分 類されず,新規なサブファミリーを提唱するに至った.
その中で特に多数を占めたのが新規サブファミリー I.2.Gに属する酵素群であり,ゲノム解析の結果,この 遺伝子はプラスミドpSKYE1上に存在していることが 明らかになった.ここで興味深いことは,pSKYE1は芳 香環分解に関する一連の全遺伝子を含むいわゆる「分解 プラスミド」と呼ばれるものではなく,フェノール代謝 遺伝子群のごく一部しか保有していなかったことであっ た.つまり,このプラスミドpSKYE1の宿主はフェ ノール資化能を有しないので,I.2.G酵素群は,集積培 養法では取得できえないものである.このような酵素は 言わば「メタゲノム的」な産物と言えよう.
次に,培養微生物由来のEDO酵素の配列の特徴に移 る.こちらは予想どおり,これまでに培養に基づく方法 で高頻度に得られてきた,既存のサブファミリーに属す るものを多く含んでいた.ところが意外なことに,一つ の微生物株から,系統学的に全く別のグループ(タイプ II)に属するたいへん希少なEDO酵素がクローニング された.このEDO遺伝子の定量的PCR解析を行ったと ころ,サンプリングした環境中においては,ほかのサブ
ファミリー EDO酵素群に比べ,確かに存在率(コピー 数)が低いことが明らかになった.以下はメタゲノム手 法における基本的な原理であるが,対象遺伝子の取得効 率は単純にその存在率に比例するため,そもそも環境中 において極端にポピュレーションが低い遺伝子の検出・
取得は困難である.非優占遺伝子を取得するためには,
ある種の選択圧をかけてその比率を乱すことが有効であ り,その最も古典的でかつ有効な手段が集積培養法であ る.つまり,このタイプII EDO酵素は,メタゲノム手 法では原理的に非常に取得が困難であり,こちらは言わ ば「微生物培養的」な産物と言えよう.
次に肝心の酵素機能の評価である.類似した構造をも つEDO酵素は,その機能も類似する傾向にあるが(5)
,
培養法で取得したEDO酵素もやはり既存のEDO酵素と 類似する酵素特性を示した.一方でメタゲノム手法によ り得られたEDO酵素について速度論的解析を行った結 果,前述のI.2.G酵素群のうちの複数のEDOについて は,これまでに報告されているEDO酵素群の中でも最 も高い基質親和性を示したばかりか,高い熱安定性およ び反応阻害剤に対する高い抵抗性をも保持していた.こ のように,酵素機能の点において,メタゲノム由来の I.2.G酵素は既報のEDO酵素群を圧倒したと言える.こ の勝因の一つは,目的遺伝子の取得数の差(43メタゲ ノム . 4微生物培養)ではないだろうか.つまり,数 多の遺伝子が取得できれば,その中で一つくらいは何か 素晴らしいものが入っている可能性が高いということだ ろう.われわれは,メタゲノム手法で43ものEDO遺伝 子を取得したが,「DNA抽出‒ライブラリー作製‒酵素活 性測定」で完結する一連のスクリーニング作業は一度行 えばよい.その一方で,これと同じだけの遺伝子を43 の微生物株から取得するのは,その膨大な手間と時間を 図1■機能(酵素活性)に基づいた標的酵素(エクストラジオールジオキシゲナーゼ)のスクリーニングエクストラジオールジオキシゲナーゼ(EDO)は,カテコールの開裂を触媒する酵素である.生成物は黄色を呈するのでこの酵素反応は 目視でも容易に検出でき,ハイスループットなメタゲノムスクリーニングが可能である.一方で,フェノール資化性菌においては,炭素源 フェノールは初発酸素添加酵素によってカテコールに変換されたのちに,EDO酵素の働きでベンゼン環が開裂され,その後に続く酵素反 応系によってアセチルCoAまで代謝される.
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化学と生物 Vol. 53, No. 8, 2015考えると,あまり現実的な戦略ではない.つまり,ハイ スループット操作によって産み出されるスケールメリッ トこそがメタゲノム手法の強みである(図
2
).
さて,ここで標題の答えである.筆者らの実験結果を 総合すると,遺伝子資源の獲得という目的においては,
メタゲノム手法が培養法を凌駕しているようである.た だしこれは,スケールメリットの恩恵を受けられた場合 に限るという条件付きであろう.言い換えれば,未知遺 伝子資源探索において,メタゲノム手法が今後その優位 性を保つためには,いかに最適なハイスループットスク リーニングのシステムを構築するかにかかっている.そ して,そのための創意工夫の余地がまだ十分に残されて いる.
1) H. A. Iqbal, Z. Feng & S. F. Brady:
, 16, 109 (2012).
2) R. Vilchez-Vargas, H. Junca & D. H. Pieper:
, 12, 3089 (2010).
3) 末永 光,宮崎健太郎:化学と生物,48, 100(2010).
4) H. Suenaga, S. Mizuta, K. Miyazaki & K. Yaoi:
, 90, 367 (2014).
5) L. D. Eltis & J. T. Bolin: , 178, 5930 (1996).
(末永 光,産業技術総合研究所生物プロセス研究部門)
プロフィル
末 永 光(Hikaru SUENAGA)
<略歴>1997年九州大学農学部農芸化学 科卒業/2002年同大学大学院生物資源環 境科学研究科博士後期課程修了/同年産業 技術総合研究所研究員,現在に至る.この 間,1999 〜 2002年日本学術振興会特別研 究員(DC1),2010 〜2012年マックスプラ ンク海洋微生物学研究所客員研究員<研究 テーマと抱負>環境変動に対する微生物の 適応機構・原理の解明.それらの微生物が 示す多様性に学ぶ環境浄化技術の開発<趣 味>剣道,ワイン,温泉(九州の秘湯)
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.488 図2■遺伝子資源取得におけるメタゲノム手 法と微生物培養法の特徴(優位点)