序論
植物細胞の細胞膜は,細胞壁で囲まれている.細胞壁 は植物細胞の形を決めたり,植物体を支持する機能をも つだけでなく,細胞の生理機能の維持に重要な役割を果 たす物質輸送の場としても活躍している.また,植物が 感じるさまざまな環境変化により,植物細胞はさまざま な生理応答を示すが,その環境変化シグナルを最初に受 容する場は細胞壁である.
細胞壁の構成成分は主にセルロースをはじめとする多 糖であるが,アポプラスト内には実は多くの酵素や構造 タンパク質,ペプチドホルモンなどのシグナル分子が混 在している.アポプラストと接する細胞膜にも種々の受 容タンパク質やセルロース合成装置などが配置されてお り,細胞壁がシグナル伝達の場として重要な意味をもっ ていることが推測できる.
植物が外界から受け取る情報は,自身の生育に必要な 刺激になる場合もあるが,逆に生育に不都合なストレス となる場合もある.以下では,主に植物が受けるストレ ス刺激に焦点を当て,それに対抗する植物側の防御機構 について概説したい.植物が受容するストレス刺激への 応答シグナルは,生物によって誘起される場合と非生物 に由来する場合があるが,本稿では各々のストレスに対 する植物のシグナル受容・伝達機構やそれにかかわる分 子について解説する.
生物的ストレスに対する細胞壁を介した防御応答 1. 病原微生物によるストレス
病原微生物には,菌類,細菌・放線菌,ファイトプラ ズマなどが含まれる.わが国で最も発生数の多い植物病 害の原因は菌類である.次いで多く見られる原因として 線虫,ウイルス,細菌・放線菌が挙げられるが,これら はほぼ同数となっており,菌類と細菌・放線菌だけで実 に8割以上の発生数となるほど農業被害への影響は大き い(1).それゆえに,病原菌の植物への感染機構や,対す る宿主植物の防御応答機構への関心は高く,分子レベル での解明も進んでいる.
病原菌は,植物への感染時には必ず何らかの方法で植 物の細胞壁を突破しなくてはならない.たとえば,病原 菌は植物体表面で発芽管よりオキシダーゼ,クチナー ゼ,リパーゼなどを分泌してクチクラ層内のクチンや ワックスを分解する.また,付着器より形成された侵入 糸よりセルラーゼ,キシラナーゼ,ペクチナーゼ(特に ポリガラクツロナーゼ,polygalacturonase; PG)など の,種 々 の 細 胞 壁 分 解 酵 素(cell wall degrading en- zymes; CWDEs)を分泌することで細胞壁を貫通してい く(図1).
Necrotrophicな病原菌はCWDEsに加え,植物細胞の 壊死を誘導する低分子のファイトトキシンやタンパク質 を分泌する.一方,biotrophicな病原菌はエフェクター
セミナー室
植物細胞壁の情報処理システム-6外界との接点としての細胞壁
光増可奈子 *1,川崎 努 *
2,澤 進一郎 *
1
*1熊本大学大学院自然科学研究科,*2近畿大学大学院農学研究科
を注入することで巧妙に植物細胞を栄養供給の場として 改変する.
このように,病原菌は細胞壁を突破してアポプラスト に侵入するが,植物細胞も病原菌の侵入に抵抗する手段 をあらかじめ準備している.たとえば,病原菌の侵入部 位特異的にパピラと呼ばれる構造が形成される(2).パピ ラの構成成分は植物種によってさまざまであるが,一般 的にカロース,リグニンなどのフェノール性化合物,活 性酸素種(ROS),ペルオキシダーゼ,細胞壁タンパク 質,ペクチンやキシログルカンなどが含まれている.植 物はアポプラスト領域でこの構造物によって侵入部位を 取り囲み,それ以上の菌糸の侵入を阻んでいる(2)(図 1).
パピラ形成,およびパピラに含まれる感染阻害物質や ファイトアレキシンの蓄積のような防御応答は,細胞 壁/アポプラスト領域に存在する植物免疫にかかわる分 子によって生成される病原体関連分子パターン(patho- gen-associated molecular pattern; PAMP, あるいは微生 物関連分子パターン,microbe-associated molecular pat- tern; MAMP)によって誘導される(3)(図2).たとえ ば,菌類の細胞壁成分であるキチンやグルカンの断片,
CWDEs, 脂質類,細菌の鞭毛タンパク質やリポ多糖な どがPAMPとして知られている(3〜5).植物細胞壁/ア ポプラスト内に放出されたPAMPは,細胞膜に存在す るパターン認識受容体(pattern recognition receptor;
PRR)によって認識され,PAMP誘導免疫(PAMP-trig- gered immunity; PTI)を誘導する(3).各種のPAMPに 対するPRRsが同定されているが,PRRには,細胞内に キナーゼドメインをもった受容体型キナーゼ(receptor- like kinase; RLK)と,細胞内ドメインをもたない受容 体型タンパク質(receptor-like protein; RLP)が存在す る(3).RLPは細胞内に明確なドメインをもたないことか
クチクラ層 細胞壁/アポプラスト
細胞膜
病原菌 オキシダーゼ, クチナーゼ,
リパーゼの分泌 CWDEsの分泌
パピラの形成
パピラには, カロース, リグニン等のフェノー ル性化合物, 活性酸素種 (ROS), ペル オキシダーゼ, 細胞壁タンパク質, ペクチ ンやキシログルカン等が含まれている.
図1■病原微生物の植物への感染および パピラの形成による防御
病原微生物はクチクラ層を突破し,侵入 糸より分泌される種々の細胞壁分解酵素
(cell wall degrading enzymes; CWDEs)
で細胞壁を分解しながら侵入する.植物 細胞は病原微生物の侵入を感知すると,カ ロースなどを生成・蓄積させることでパ ピラを形成する.パピラは菌の侵入糸や 後に形成される吸器の周囲を取り囲み,そ れ以上感染が進行しないように防御する.
細胞壁/アポプラスト細胞膜
キナーゼドメイン LySMドメイン
DAMP PAMP
病原細菌 病原菌
エフェクター
ETS ETS
FLS2 BAK1 flg22
OsCERK1 キチン
CEBiP
PGIP PG
WAK1 OG
Ecp6 HG
WIR誘導 ROS蓄積,NOの 産 生, カ ロ ー ス の 蓄積,MAPKを介 した防御遺伝子の 発現等の誘導.
PTI誘導 受 容 体 様 細 胞 質 キ ナ ー ゼ の リ ン 酸 化,
MAPK経 路 の 活 性 化,WRKY型転写 因子の活性化を経た 防 御 関 連 遺 伝 子 の 発現の誘導.
PTI誘導 受容体様細胞質キ ナーゼのリン酸化,
MAPK経路の活性 化を経たエリシター 応答性の遺伝子発 現,ROS生 成 の 誘導.
ETI誘導 過敏感細胞死を 伴う強い免疫反 応の誘導.
ETI誘導 過敏感細胞死を 伴う強い免疫反 応の誘導.
ロイシンリッチリピート
(LRR)
OG OG
図2■病原微生物による植物防御応答の誘導
病原微生物由来のpathogen-associated molecular pattern(PAMP)
が受容体に認識されPAMP-triggered immunity(PTI)が誘導さ れる.キチンの認識についてはイネの場合を例示している.病原 微生物は同時に,種々のエフェクターを宿主細胞内に注入して PTIを抑制する(effector-triggered susceptibility; ETS).病原細 菌のエフェクターは細胞内に直接注入されるが,病原糸状菌のエ フェクターは植物細胞外に分泌され,エンドサイトーシスの誘導 により植物細胞内に輸送されると考えられている(3, 12, 13).Lysine- motif(LysM)ドメインを有したEcp6は,アポプラストでCEBiP とキチンオリゴ糖との結合を拮抗阻害する(4, 7, 12, 13).ETSに対し,
植物はさらにエフェクターやその複合体を認識してeffector-trig- gered immunity(ETI)を誘導する.また,宿主が傷害を受けた 際に放出するdamage-associated molecular pattern(DAMP)を 認識することでwound-induced resistance(WIR)も誘導される.
シロイヌナズナでは,polygalacturonase(PG)が植物細胞壁中の homogalacturonan(HG)を分解した結果としてoligogalacturo- nide(OG) が 放 出 さ れ る.OGはWAK1に よ っ て 認 識 さ れ,
NADPH酸化酵素であるRbohDの活性化によるROSの蓄積,NO 産生,カロースの蓄積,MAPKを介した防御遺伝子の発現などを 誘導する(5).
クチクラ層 細胞壁/アポプラスト
細胞膜
病原菌 オキシダーゼ, クチナーゼ,
リパーゼの分泌 CWDEsの分泌
パピラの形成
パピラには, カロース, リグニン等のフェノー ル性化合物, 活性酸素種 (ROS), ペル オキシダーゼ, 細胞壁タンパク質, ペクチ ンやキシログルカン等が含まれている.
細胞壁/アポプラスト細胞膜
キナーゼドメイン LySMドメイン
DAMP PAMP
病原細菌 病原菌
エフェクター
ETS ETS
FLS2 BAK1 flg22
OsCERK1 キチン
CEBiP
PGIP PG
WAK1 OG
Ecp6 HG
WIR誘導 ROS蓄積,NOの 産 生, カ ロ ー ス の 蓄積,MAPKを介 した防御遺伝子の 発現等の誘導.
PTI誘導 受 容 体 様 細 胞 質 キ ナ ー ゼ の リ ン 酸 化,
MAPK経 路 の 活 性 化,WRKY型転写 因子の活性化を経た 防 御 関 連 遺 伝 子 の 発現の誘導.
PTI誘導 受容体様細胞質キ ナーゼのリン酸化,
MAPK経路の活性 化を経たエリシター 応答性の遺伝子発 現,ROS生 成 の 誘導.
ETI誘導 過敏感細胞死を 伴う強い免疫反 応の誘導.
ETI誘導 過敏感細胞死を 伴う強い免疫反 応の誘導.
ロイシンリッチリピート
(LRR)
OG OG
ら,そのシグナル伝達にはほかの因子を要すると考えら れる.PRRsの細胞外ドメインは認識するリガンドに よ っ てLeucine-Rich Repeat(LRR) を も つ も の,Ly- sine-motif(LysM)ドメインをもつもの,そのほかの構 造をもつものが知られている(4, 6)(図2).
PRRによるPAMPの認識とPTI誘導へのシグナル伝 達機構に関しては,シロイヌナズナFLS2受容体と細菌 鞭毛タンパク質フラジェリン由来のペプチドである flg22と の 関 係 が よ く 知 ら れ て い る(図2).flg22は,
FLS2と共役受容体のBAK1によって認識されて複合体 を形成し下流の受容体様細胞質キナーゼ(receptor-like cyto plasmic kinase; RLCK)のリン酸化,MAPK経路 の活性化,エリシター応答性のWRKY型転写因子の活 性化を経て防御関連遺伝子の発現を誘導する(3, 6〜8).
一方,菌類の細胞壁の主成分であるキチンは,植物由 来のキチナーゼによって断片化されキチンオリゴ糖とな り,植物細胞にPAMPとして認識される(図2).キチ ンオリゴ糖の受容体としてLysM-RLKであるCERK1, およびLysM-RLPであるCEBiPが同定されている.イ ネではキチンと結合したCEBiPがOsCERK1と複合体を 形成してシグナルを伝達する.シロイヌナズナでは,
AtCERK1がホモダイマーを形成し,キチンを認識す る.リガンド認識によるRLCKのリン酸化,MAPK経 路の活性化を経たエリシター応答性の遺伝子発現への関 与やROS生成に関与していることが示されている(6, 9).
防御応答を誘導する際には,病原体由来のPAMPだ けでなく,植物由来の物質が傷害を受けて生成した傷害 関連分子パターン(damage-associated molecular pat- tern; DAMP)もエリシター活性を示す.病原菌由来の PGが植物細胞壁中のホモガラクツロナン(homogalactu- ronan; HG)を分解した結果として放出されるオリゴガ ラクツロニド(oligogalacturonide; OG)はDAMPとし て機能する(5)(図2).OGのシグナルによってファイト アレキシン,グルカナーゼ,およびキチナーゼの蓄積,
カロースの蓄積,ROSやNOの産生,MAPKを介した 防御遺伝子の発現などが誘導される(5).OGとの結合能 から,細胞壁結合型キナーゼ1(WAK1)がこのリガン ドの受容体であることが示唆されている(5).OGの生成 は,植物組織が傷害を受けHGが分解されていることを 示す.このことから,OGは植物細胞にとって,細胞壁 の状態をモニターする指標としての役割を果たしてい る.植物組織が傷害を受けてOGが生成された結果とし て,植物はPG阻害タンパク質(PG-inhibiting proteins;
PGIP)を産生する.PGIPがPG活性を阻害することは,
HGの分解を抑制するとともに,エリシター活性をもつ
OGがエリシター活性をもたないOGへ分解されること を抑制し,エリシター活性をもつOGが蓄積されること にもつながっている(5, 10).ところで,カロースの蓄積に ついては病原菌の感染を直接防ぐのではなく,サリチル 酸(SA)シグナル伝達系を負に制御している可能性を 示唆する結果も報告されており(11),傷害や感染の防御 に対して間接的に機能している可能性も考えられてい る.
このように,病原微生物と植物の間には,細胞壁/ア ポプラストを舞台とした感染と防御の攻防が展開されて いる.一方,病原微生物はさらに植物の防御応答を撹乱 するためにエフェクターと呼ばれる因子を進化させてい る.エフェクターは植物細胞に作用してPTIを抑制し,
感受性(effector-triggered susceptibility; ETS)を誘発 させる(図2).病原細菌のエフェクターは細胞内に直 接注入されるが,病原糸状菌のエフェクターは植物細胞 外に分泌され,エンドサイトーシスの誘導により植物細 胞内に輸送されると考えられている(3, 12, 13).また,エ フェクターの中には,元よりアポプラストで活性を示す ことが重要な植物由来のグルカナーゼ,キチナーゼ,プ ロテアーゼなどに対する阻害タンパク質や,LysMモ チーフを有してCEBiPとキチンオリゴ糖との結合を拮 抗阻害するエフェクター Ecp6なども知られている
(4, 7, 12, 13).一方,植物側はさらなる対抗策としてエフェ
クター,もしくはエフェクターとその標的タンパク質の 複合体を認識し,過敏感細胞死を伴う強い抵抗性を誘導
防御応答の強さ
PAMP 強
弱
PTI ETS ETI ETS ETI
エフェクターの 進化
エフェクターの 進化 エフェクターや,
エフェクター- 標的タンパク質 複合体を異物と して認識
エフェクターや,
エフェクター- 標的タンパク質 複合体を異物と して認識
過敏感細胞死の誘導
感染の成立
図3■病原微生物と植物との間の感染と防御機構の共進化のジ グザグモデル
まず宿主植物がpathogen-associated molecular pattern(PAMP)
を認識して,PAMP-triggered immunity(PTI)が誘導されるが,
病原微生物はエフェクターを進化させ,感染できるようになる
(effector-triggered susceptibility; ETS).次に宿主植物はエフェ クターそのものやエフェクター‒標的タンパク質複合体を認識して 抵抗性を示す(effector-triggered immunity; ETI).防御応答の強 さが強くなるほど過敏感細胞死を伴う強い免疫反応が起こる.こ れを繰り返しながら,病原微生物と宿主植物は共進化していく.
するエフェクター誘導免疫(effector-triggered immuni- ty; ETI)を獲得してきたと考えられている(3)(図2). ETIでは,植物の抵抗性(resistance; R)遺伝子産物が エフェクターを直接もしくは間接的に認識する.Rタン パク質は主に,ヌクレオチド結合(nucleotide-binding;
NB)部位とLRRドメインを含む,細胞内レセプター NB-LRRである(3).この病原微生物と植物との間の感染 機構と防御機構の共進化はジグザグモデルによって説明
される(3, 4) (図3).
2. 病害虫によるストレス
農業害虫とは,主に農作物となる植物に病害を及ぼす 昆虫,ダニ,線虫などの無脊椎動物のことを指す.農作 物への被害は食害,根こぶ・シストの形成,組織の壊死 などである.また,これらの生物により媒介される病害 微生物,ウイルス,ウイロイド感染による害などがあ る.
昆虫によって誘導される植物の病害は,植物体上の歩 行・探索時,産卵時,食害時における物理的な組織の破 壊のほかに,卵管からの分泌物によって誘導される組織 の壊死などが挙げられる(14).線虫は宿主植物への侵入 時に直接的な組織破壊を伴うとともに,侵入後特定の寄 生細胞の形態を強制的に再分化させ,根こぶやシストを 形成する(15).また,組織の枯死,壊死,壊疽が誘起さ れることもある.媒介によって感染した微生物などによ る病害も誘導される.
植物の昆虫による食害への防御手段としては,クチク ラ層,棘,トライコームなどの物理的障壁が挙げられ る.次に,昆虫に対して毒性を示す二次代謝物を準備し ている場合もある(16).一方,誘導性の防御機構も存在 する.植物が害虫による食害を認識し,防御物質の生合 成や防御関連遺伝子の発現を誘導した結果,害虫の消化 を阻害するプロテアーゼインヒビターや害虫の捕食者や 寄生者を呼び寄せる揮発性の有機化合物(volatile or- ganic compounds; VOCs)を放出する場合もある(16). 線虫の植物への感染時には,生成したROSにより感染 特異的タンパク質の発現が誘導される.マツノザイセン チュウの感受性品種では,この応答が急速に誘導される 過敏感反応が現れ,植物自身が枯死してしまう.ジャガ イモシストセンチュウは,栄養を吸収するために宿主の 根細胞から,多核でセンチュウの食細胞になるシンシチ ウムの形成を誘導し,シストを形成する.ジャガイモシ ストセンチュウが抵抗性品種に感染した場合は,過敏感 反応によりシンシチウムが細胞死を起こし,センチュウ の成長が抑制される.
植物が食害を受けると,細胞壁の破壊によって生成し たDAMPがPRRsによって認識され,抵抗性(wound-in- duced resistance; WIR)を誘導する(14).また,食害部 位における食植者関連分子パターン(herbivore-associat- ed molecular pattern; HAMP)の作用により,免疫応 答(herbivore-triggered immunity; HTI) が 誘 導 さ れ る(14).チョウ目昆虫の多くが唾腺で産生し分泌する脂 肪 酸‒ア ミ ノ 酸 縮 合 体(fatty acid‒amino acid conju- gates; FACs)やグルコースオキシダーゼ(glucose oxi- dase; GOX)は,植物に対しHAMPとして種々の防御 応答を誘導するエリシター活性を示す.傷害や食害を受 けた植物ではジャスモン酸(JA),エチレン(ET), SAを介したシグナル応答が起こることが知られている が,野生タバコにおいてFACsはJAとET産生を誘導 し,GOXはその活性によって生じる過酸化水素がSAの 産生を誘導する(17).一方,両者ともエフェクターとし て,傷害誘導性のスレオニンデアミナーゼ遺伝子や防御 遺伝子の発現,ニコチン蓄積を抑制するという作用も示 すことが報告されている(18).昆虫もPGを分泌するが,
これも病原菌のPGと同様の作用を及ぼすと考えられ
細胞壁/アポプラスト
細胞膜
HAMP受容体
WIR誘導 (図2参照)
WAK1 OG
ETI誘導 (図2参照)
HAMP DAMP
昆虫が分泌するFACsやGOXなど HG
PGPGIP
エフェクター と し て 機 能 H A M P
として機能
HTI誘導 WIRによる防御 応答の強化.
OG OG
図4■病害虫の食害による植物防御応答の誘導
病害虫の食害により植物体より放出されたdamage-associated mo- lecular pattern(DAMP)によりwound-induced resistance(WIR)
が誘導される.また,病害虫由来のherbivore-associated molecular pattern(HAMP)によりherbivore-triggered immunity(HTI)が 誘導されるが,HAMP受容体については詳しくはわかっていな い(14).昆虫が分泌するfatty acid‒amino acid conjugates(FACs)
やglucose oxidase(GOX)は,植物に対しHAMPとして種々の 防御応答を誘導するエリシター活性を示す一方,エフェクターと しても機能する(17, 18).昆虫が分泌するエフェクターによって植物 体はeffector-triggered immunity(ETI)を誘導する一方,WIR とHTIは抑制されると考えられる(14).昆虫もpolygalacturonase
(PG)を分泌し,病原菌のPGと同様に機能すると考えられる(5).
細胞壁/アポプラスト
細胞膜
HAMP受容体
WIR誘導 (図2参照)
WAK1 OG
ETI誘導 (図2参照)
HAMP DAMP
昆虫が分泌するFACsやGOXなど HG
PGPGIP
エフェクター と し て 機 能 H A M P
として機能
HTI誘導 WIRによる防御 応答の強化.
OG OG
る(5).しかし,食植性昆虫が分泌するエフェクターに よって植物体はETIを誘導する一方,WIRとHTIは抑 制されてしまうと考えられる(14)(図4).食植性昆虫の 内部共生生物が昆虫に対する防御応答の抑制にかかわっ ている場合もある(19, 20).たとえば,コロラドハムシ幼 虫の口内分泌物中に含まれている内部共生細菌に由来す るフラジェリンが,防御応答を攪乱することで昆虫への 防御応答を抑制することが報告されている(20).
線虫は植物への感染時に口針を用いて直接植物体に傷 害を与える一方,エフェクターとしてβ-1,4-エンドグル カナーゼ,ペクテートリアーゼ,PG, キシラナーゼ,ア ラビノガラクタン エンド-1,4-β-ガラクトシダーゼ,アラ ビ ナ ー ゼ な ど のCWDEsを 分 泌 し て い る.こ れ ら の CWDEsはすべてその相同性の高さから,細菌や菌類か らの遺伝子の水平伝播によって獲得されたと考えられて いる(21).また,細胞壁分解活性をもたないが,細胞壁 に作用して感染を容易にする働きをもつエフェクターと して,エクスパンシン(EXP),セルロース結合タンパ ク質,ペプチダーゼ,プロテアーゼなども分泌してい る(15)(図5).線虫感染はカロース蓄積,ROS産生,細
胞壁の肥厚というよく知られた一連の防御応答を誘導す るが,これまでのところ明確にPTI誘導活性をもつ線虫 由来PAMPの報告はない(15).さらに線虫は,植物ホル モンであるCLEペプチドをエフェクターとして分泌し,
植物の細胞分裂や分化を制御し,餌場となる食細胞を維 持している.植物のCLEペプチドは細胞膜に存在する 受 容 体 様 キ ナ ー ゼ(leucine-rich repeat receptor pro- tein kinase; LRR-RPK)によって認識されるが,ダイズ シストセンチュウのCLEペプチドも宿主細胞の細胞質 からアポプラストに輸送され,植物のCLE受容体によ り受容されることが示唆されている(22)(図4).
非生物的ストレスに対する細胞壁を介した防御応答 非生物的ストレスとは,物理的・化学的要因によるス トレスのことである.植物体が傷害により物理的損傷を 受けると,DAMPが放出され,そのシグナルを受容体 が認識することでWIRが誘導される.また,植物細胞 への機械的なストレス刺激は細胞膜上のメカノレセプ ター(MCA)によって受容される.MCAはCa2+透過 性のチャネルとして機能する.刺激を受容すると,細胞 内にCa2+が流入し細胞内Ca2+濃度が上昇する.イネや シロイヌナズナにおいて,機械的刺激や浸透圧ストレス を与えると,MCAに依存した細胞内Ca2+濃度の上昇,
およびNADPH酸化酵素であるRbohによるROSの生成 が誘導される.RbohはN末端領域のEFハンドモチー フへのCa2+の結合とリン酸化によって活性化される(23). そこで,非生物的ストレスの受容と応答の機構につい
細胞壁/アポプラスト
細胞膜
植物寄生性線虫
シンシチウム形成
CLEペプチド その他のエフェクター
LRR-RPK
(CLV2/CRNなど)
図5■線虫の植物への感染機構
線虫は感染時に種々のエフェクタータンパク質を口針より分泌する.
種々の細胞壁分解酵素(cell wall degrading enzymes; CWDEs)エ クスパンシン(EXP),セルロース結合タンパク質,ペプチダー ゼ,プロテアーゼ,CLEペプチドなどを分泌している.シストセ ンチュウのCLEペプチドはいったん細胞質内に放出された後,ア ポプラスト領域に輸送されることで膜受容体leucine-rich repeat receptor protein kinase(LRR-RPK)に認識され,シンシチウム 形成に伴う植物の細胞分裂や分化を制御していると考えられてい る(22).線虫感染はカロース蓄積,ROS産生,細胞壁の肥厚などの 防御応答を誘導するが,線虫由来のPAMPについてはまだよくわ かっていない(15).
細胞壁/アポプラスト細胞膜
MCA
DAMP受容体 DAMP Ca2+
P Rboh O2 .O2-
H2O2
機械的刺激,
浸透圧ストレス等 傷害
WIR誘導 (図2参照)
図6■非生物的ストレスによる植物の防御応答の分子機構 傷害によって放出されたDAMPは下流においてWIRを誘導する.
機械的刺激や浸透圧ストレスなどの情報がMCAに伝達されると,
細胞外のカルシウムイオンがMCAを介して細胞内に流入する.
カルシウムイオンはRbohに結合することでRbohのリン酸化によ る活性化を促し,ROSの生成が誘導されると考えられている(23).
細胞壁/アポプラスト
細胞膜
植物寄生性線虫
シンシチウム形成
CLEペプチド その他のエフェクター
LRR-RPK
(CLV2/CRNなど)
細胞壁/アポプラスト細胞膜
MCA
DAMP受容体 DAMP Ca2+
P Rboh O2 .O2-
H2O2
機械的刺激,
浸透圧ストレス等 傷害
WIR誘導 (図2参照)
て,図6に示すようなモデルが考えられている.
非生物的ストレス(傷害)および生物的ストレス(食 害)への応答の分子機構には共通している部分もある が,ストレス特異的な機構もある.チョウ目の幼虫に食 害されたシロイヌナズナでは,機械的に傷害を与えただ けの植物よりもいくつかのストレス応答性遺伝子発現の 誘導が少なかったことが報告されている.これは,機械 的な障害と昆虫の食害による組織の損傷が植物体に誘起 する防御応答は同程度であるが,昆虫の口内分泌物中の 成分が防御応答を抑制し,相殺する機能をもつためと考 えられている(17).
化学的要因によるストレスは塩濃度,温度,乾燥,紫 外線,浸透圧など環境要因によるストレスであることが 多い.環境ストレスにさらされた植物体では,細胞壁構 成成分が変化することが知られている(24).たとえば,
乾燥,浸透圧,低温ストレスなどによって細胞壁中のペ クチンやヘミセルロース量の増減や,それらの化学組成 の変化が観察されている.また,低温,乾燥,光,紫外 線ストレスによって,リグニン前駆体の蓄積やリグニン 前駆体合成酵素の活性亢進によるリグニン量の増加が誘 導される.しかし,環境ストレスによるこのような細胞 壁組成変化のストレス耐性への寄与や,リグニン増加を 誘導するメカニズムの詳細はほとんどわかっていない.
また,環境ストレスは,細胞壁修飾タンパク質を介して 細胞壁性質を変化させる.たとえば,湛水回避,避陰反 応,乾燥や低温処理などで誘導される細胞壁進展性の変 化に,エクスパンシン,エンド型キシログルカン転移酵 素/加水分解酵素(XTH),エンドグルカナーゼファミ リー(EGase),ペクチンメチルトランスフェラーゼ
(PME)が関与している(25).
まとめ
外界からのシグナルに最初に接する器官である細胞壁 の役割に焦点を当て,生物的ストレスと非生物的ストレ スにまたがるシグナル伝達機構を概説した.各種生物由 来リガンドや機械刺激や温度などの物理・化学的刺激が 各レセプターによって受容されることで,シグナルが細 胞膜を通過し細胞内の情報伝達系が動き出す.
基本的な分子機構は真核生物で共通する部分も多いと 考えられる.しかし,各生物界に特徴づける構成成分や 機構が必ず存在し,植物界でも多くの知見が蓄積されつ つある.植物の外界シグナルへの応答機構の研究は農作 物のストレス防御能の亢進,ひいては食糧・資源増産の 道へと直結するため,非常に重要な分野である.ここに
紹介した知見の拡充が人間社会へ及ぼす利益は大きい.
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プロフィル
光増 可奈子(Kanako MITSUMASU)
<略歴>1998年九州大学農学部農芸化学 科 卒 業/2006年 名 古 屋 大 学 博 士(農 学)
取得/同年農業生物資源研究所研究員/
2009年熊本大学大学院自然科学研究科研 究員,現在に至る<研究テーマと抱負>生 物の環境シグナルの認識と応答機構の解明
<趣味>観劇
川崎 努(Tsutomu KAWASAKI)
<略 歴>1988年 九 州 大 学 農 学 部 卒 業/
1990年同大学大学院農学研究科修士課程 修了/同年(株)三井業際植物バイオ研究 所/1996年農学博士/同年奈良先端科学 技術大学院大学バイオサイエンス研究科助 手/2002年同大学院大学准教授/2010年近 畿大学大学院農学研究科教授,現在に至る
<研究テーマと抱負>植物免疫学<趣味>
釣り<所属研究室ホームページ>http://
kawasakirice.web.fc2.com/index.html
澤 進一郎(Shinichiro SAWA)
<略歴>1994年名古屋大学分子生物学科 卒業/1996年同大学大学院理学研究科修 士課程修了/1999年京都大学大学院理学 研究科植物学教室修了(理学博士)/同年 東京都立大学大学院理学研究科助手/2002 年東京大学大学院理学系研究科助手/2006 年同大学大学院理学系研究科助教授,准教 授/2010年熊本大学大学院自然科学研究 科教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
植物分子発生学・生物間相互作用<趣味>
旅行<所属研究室ホームページ>http://
www.sci.kumamoto-u.ac.jp/˜sawa/
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.535