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化学と生物 Vol. 54, No. 7, 2016
植物における非集中型の概日時計システム
植物の巧みな環境適応
四季の変化や折々の花々にふと心を留めるとき,それ らの植物がなぜ毎年同じ季節に花を咲かすことができる のか,不思議に思われたことはないだろうか.「花が咲 く」という言葉を植物学ではもう少し厳密に定義し,花 のつぼみ(花芽)ができ始めることを「花成」,花が開 くことを「開花」といって区別する.それまでは,新し い葉を生み出しながら成長を続けてきた茎の末端が成長 を止め,これまでとは全く違う組織である「花芽」を作 り始める時期を決めるのに,体内時計(概日時計)の働 きがかかわっている(1).
バクテリアから植物・ヒトを含めた動物に至るまで,
生物は概日時計システムを用いることで日ごとや季節ご との環境変化に順応している.また多くの多細胞生物種 において,概日時計システムは特定の器官のみに単一に 存在するのではなく,さまざまな器官や組織に複数存在 することが知られている.個体内に異なる性質をもった 概日時計が複数存在する場合,時間情報を組織もしくは 器官レベルで統合する必要がある.多細胞ネットワーク において,この統合の仕方は大きく3つに分類でき,
一つのコアが多数を制御する「集中型」,複数のコアが 階層構造をもってつながっている「非集中型」,それぞ れの細胞が階層構造をもたずにつながっている「分散 型」が知られている.
動物(哺乳類)の概日時計は,脳の視交差上核をコア とする集中型に近く,末梢組織の時計を同調させてい る.その一方で植物の概日時計は,細胞自律的に機能し 組織ごとに機能の違いをもたない分散型である,と長い 間考えられていた.私たちの研究グループは最近,独自 の単離技術により葉肉・表皮・葉脈(維管束)を高い精 度で単離することに成功した.単離組織を用いて組織レ ベルでの概日リズムを計測した結果,維管束と葉肉にお ける時計遺伝子の発現量・振幅などが大きく異なってお り,組織ごとに異なる時計システムが存在している可能 性が示唆された(2).このことは,植物の概日時計システ ムは,均一な概日時計で構成されている分散型ではな く,階層構造をもつ集中型もしくは非集中型のネット ワークであることを示唆している.そこで私たちは,植 物の概日時計システムのネットワーク構造を決定するた
めに,次のような研究を行った.
植物の概日時計システムが動物のような集中型である ならば,特定の組織に存在する概日時計が大部分の生理 応答を担っているはずである.そこで,私たちは時計遺 伝子の過剰発現が時計機能を阻害することを利用して,
モデル植物であるシロイヌナズナの時計機能を組織特異 的に阻害した系統を作出した.これらの系統では,野生 型背景に組織特異的プロモーター制御下で時計遺伝子 を過剰発現することで,組織特異的な機能阻害を 達成している.これらの系統での花成速度(開花までに かかる時間)を測定した結果,植物体全体で時計機能を 阻害した系統と,維管束で時計機能を阻害した系統にお いて,長日条件下で顕著な遅咲きが観察された.葉肉や 表皮・茎頂・胚軸・根で時計機能を阻害した系統での花 成表現型は野生型と同程度だった.すなわち,維管束の 時計機能が阻害された系統でのみ,遅咲きの花成表現型 が観察されたのである(図1A).一方で,短日条件下で はそうした有意な表現型の差は見られなかった.このこ とから,維管束の概日時計は日長条件に応答した花成,
すなわち光周性花成に関与していると考えられた.シロ イヌナズナの光周性花成に関しては遺伝子ネットワーク の解明が進んでおり,最も直接的に花成に作用する遺伝 子は葉の維管束で発現する であることがわかってい る.FTタンパク質は花成ホルモン(フロリゲン)とし て同定されている唯一のタンパク質である(3).そこで,
これらの系統で, 遺伝子の発現量を測定したとこ ろ,発現量と花成表現型はよく一致しており,遅咲きを 示すこれらの系統でのみ 遺伝子の発現量が低下して いた.このことから, の転写制御もしくはその上流 において,維管束の概日時計が重要な働きをもってお り,維管束の概日時計は想定していたよりも限定的な機 能をもっていることが明らかとなった.
花成以外の生理応答もまた維管束の概日時計によって 制御されているかどうかを調べることで,植物の概日時 計システムのネットワーク構造を推測することができ る.植物の概日時計によって制御される花成以外の生理 応答として,胚軸(芽生えの茎)の伸長制御が知られて いる.これらの系統における胚軸長を測定したところ,
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植物体全体で時計機能を阻害した系統と,表皮で時計機 能を阻害した系統でのみ顕著な胚軸伸長が観察された.
これに対し,花成に大きな影響を与えた維管束の時計機 能を阻害した系統は野生型と同様の胚軸長を示した(図 1B).このことより,花成の場合とは異なり表皮の概日 時計が胚軸伸長制御に重要であることが示された.
維管束の概日時計は日長を入力系として利用し花成制 御を行っていた.では,表皮の概日時計はどのような刺 激を入力系として利用しているのだろうか? そこで,
概日時計の入力系として知られている日長と温度(4)につ いて,さまざまな条件下での胚軸長を測定した.その結 果,表皮の概日時計によって制御されている胚軸伸長は 日長ではなく温度によって制御されていることが明らか となった.概日時計による胚軸伸長制御に関しては,
PIF4を介したシグナル伝達経路がすでに解明されてい る(5).表皮で概日時計機能を阻害した系統における およびその下流遺伝子群の発現量を測定したとこ ろ,暗期でのみこれらの遺伝子発現は上昇していた.す なわち,表皮の概日時計の に対する影響は夜間に 限定(ゲーティング)されており,このことは植物の生 長が夜間に起こることともよく一致している.
また,胚軸伸長だけではなく,子葉の面積について も,これらの系統において温度条件に応じた子葉面積の
減少が観察された(図1C).こうしたことから,表皮の 時計は温度依存的な細胞伸長制御にかかわっていること が示された(6).
植物の概日時計システムでは,日長刺激は維管束の概 日時計を介して花成を制御し,温度刺激は表皮の概日時 計を介して細胞伸長を制御していることが明らかになっ た.したがって,植物の概日時計システムは動物とは異 なり,組織特異的な複数の概日時計が階層構造をもって 緩 や か に つ な が っ て い る 非 集 中 型 で あ る と 言 え る
(図2).さらに,これらの組織特異的な概日時計が異な 図1■組織特異的に時計遺伝子を阻害した系統の 表現型
A: 長日条件(16時間明期・8時間暗期),22 Cで1 カ月間育てた後の花成の様子.B: 長日条件,22 C で7日間育てた後の胚軸伸長の様子.C: (12時間明 期・12時間暗期),31 Cで7日間育てた後の子葉の 展開の様子.
図2■植物の非集中型の概日時計システム
哺乳類の概日時計システムは脳(視交差上核)にある一つの中枢
(白丸)が末梢臓器の概日時計の制御を統括している集中型のネッ トワーク構造であるのに対して,植物の概日時計システムは各組 織に存在する複数の中枢(白や灰色の丸)がそれぞれ独自に機能 しており,それらは互いに緩くつながっている非集中型のネット ワーク構造である.
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る環境刺激を処理していることは,概日時計システムが 環境適応に及ぼす役割を考えるうえで非常に興味深い.
四季のある日本では,季節ごとの日の長さと平均気温の 組み合わせはそれぞれ異なる.このとき,日長と温度を 異なる概日時計が独立に感知し,異なる生理応答を制御 する仕組みは,植物にとって実に理にかなっているので はないだろうか.適した季節に花を咲かせ,適した時期 に生長する植物のしたたかさの一端は,組織特異的な概 日時計システムが担っているのかもしれない.今後さら に,シロイヌナズナをはじめさまざまな生物における組 織特異的な概日時計の機能やネットワークとしての仕組 み解明が期待される.
1) 荒木 崇ほか: 植物の生存戦略 ,朝日新聞社,2007.
2) M. Endo, H. Shimizu, M. A. Nohales, T. Araki & S. A.
Kay: , 515, 419 (2014).
3) J. S. Shim & T. Imaizumi: , 50, 157 (2015).
4) C. J. Doherty & S. A. Kay: , 44, 419 (2010).
5) P. Hornitschek, M. V. Kohnen, S. Lorrain, J. Rougemont, K. Ljung, I. López-Vidriero, J. M. Franco-Zorrilla, R. Sola- no, M. Trevisan, S. Pradervand : , 71, 699 (2012).
6) H. Shimizu, K. Katayama, T. Koto, K. Torii, T. Araki &
M. Endo: , 1, 15163 (2015).
(古藤知子,清水華子,遠藤 求,京都大学大学院生命 科学研究科分子代謝制御学)
プロフィール
古藤 知子(Tomoko KOTO)
<略歴>1978年京都教育大学理学科II類 卒業/京都市立学校教諭を経て現職(技術 補佐員)<興味をもっていること>生命・
宇宙の不思議<趣味>合唱・読書・スポー ツ(最近は専ら観戦です)
清水 華子(Hanako SHIMIZU)
<略歴>2001年名古屋大学農学部資源生 物環境学科卒業/2003年同大学生命農学 研究科修士課程修了,修士(農学)/2012 年より,京都大学生命科学研究科教務補佐 員<趣味>家庭菜園,読書
遠 藤 求(Motomu ENDO)
<略歴>2008〜2014年京都大学大学院生 命科学研究科助教/2011年JSTさきがけ 兼任,現在に至る/2015年京都大学大学 院生命科学研究科准教授,現在に至る<研 究テーマと抱負>組織特異性を切り口にし た環境応答とその制御<趣味>プログラミ ング
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.461
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