化学と生物 Vol. 50, No. 11, 2012 783
今日の話題
酸化コレステロールと脂質代謝の変動
動物性加工食品の偏食には注意を
1990年の中頃に酸化コレステロールの研究を始めた ころは,酸化コレステロールって何? 酸化LDLの間 違いでは? などと日本ではあまり認知されていなかっ たが,1980年代にはすでに米国を中心に動脈硬化研究 では注目されている酸化脂質であった.また,脂質代謝 を調節する内因性酸化コレステロールとバインディング プロテインとの関係についての研究も始まっており,学 会では,食品に酸化コレステロールがあるのか? ある いは,食事由来の酸化コレステロールと生体内で産生す る酸化コレステロールの分子種の違いについて全く理解 されていないような質問をいただいたこともあった.し かし,現在ではわが国でも医療の現場,特に循環器系分 野では,粥状動脈硬化巣に7-ketocholesterolが多く検出 されることや,血中に7
β
-hydroxycholesterolがよく検 出されるため,それぞれの化合物が疾病との関係あるい は疾病発症のマーカーになるのではないかと注目される 酸化脂質になっている.酸化コレステロールは,生体内では代謝中間体とし て,あるいは,フリーラジカルのアタックにより生成す るが,そのレベルは非常に低いものであって,生体内に
存在する酸化コレステロールの起源は,食事由来のもの が大半であると考えられる.とくに,7-ketocholesterol は図
1
に示すような行程で加工食品でも生体内でも生成 し,比較的安定なエンドプロダクトとして検出される.食事より摂取した酸化コレステロールが生体に与える 作用については,成分が多岐にわたることや,摂取レベ ルによって応答が異なることから未解明な部分が多い.
しかし,吸収された酸化コレステロールは内因性酸化物 と同様に動脈硬化などをはじめとする種々の疾患の発症 因子になることが,多くの研究で指摘されている(1)
.日
常的によく摂取される動物性の加工食品には酸化コレス テロールが種々のレベルで存在しており,かなり高いレ ベルの酸化コレステロールを含む食品も見受けられる.わが国の食生活は多様化しており,1日に摂取する食事 に占める加工食品の割合は急速に増大しているため,酸 化コレステロールの摂取量も高くなっていると予想され る.食 品 に 存 在 す る 主 要 な 酸 化 コ レ ス テ ロ ー ル は 7
α
-hydroxycholesterol, 7β
-hydroxycholesterol, 5α
-epo- xycholesterol, 5β
-epoxycholesterol, cholestanetriol, 7-ketocholesterol, 25-hydroxycholesterolの7種類程度で図1■コレステロールの酸化行程
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ある.これらのなかには毒性が強いために,生体の諸機 能に重篤な障害を与えることが懸念されているものがあ る.
加工食品中に存在する酸化コレステロールのレベルは さまざまである.その原因は,原材料のコレステロール レベル,加工条件,ならびに,加工前後の貯蔵条件など が大きく影響している.現在までに酸化コレステロール が検出された食品は,卵製品,乳製品,肉製品,水産 物,育児用ペースト製品など多岐にわたっている.
小腸での酸化コレステロール吸収に関する情報は少な く,それぞれの知見は実験条件,対象がヒトあるいは実 験動物であるのか,実験動物種の違い,酸化コレステ ロールが混合物であるか純品であるのかといったさまざ まなファクターがあり,一致した知見は得られていな い.しかし,いずれのデータからも,多価不飽和脂肪酸 の過酸化物や酸化物などと比べて高いレベルで小腸から 吸収されることが明らかとなっている.筆者らの研究で は,小腸を介して吸収された酸化コレステロールの割合 は約35%であった(2)
.主要な酸化コレステロール種の
リンパへの吸収率を個別に調べたところ,7β
-hydroxy- cholesterolが最も高く,cholestanetriolあるいは7-keto- cholesterolが最も低かった.また,NPC1L1を標的とす るエゼチミブと酸化コレステロールを同時摂取させた場 合には酸化コレステロールの吸収率は大幅に低くなるので,酸 化 コ レ ス テ ロ ー ル は コ レ ス テ ロ ー ル 同 様 に NPC1L1を介して吸収されていることが明らかであ る(3)
.酸化コレステロールの吸収後の代謝経路に関して
はまだあいまいな部分が多くよくわかっていない.筆者 らの研究では胆汁酸の基質にはなっていないことが明ら かであった(未発表).動物に継続投与した場合には血
液中に酸化コレステロールが検出されることから,食事 由来の酸化コレステロールはコレステロールと同様にリ ポタンパク質に組み込まれて末梢組織に移行することが 十分に考えられる.食事由来酸化コレステロールの脂質代謝撹乱作用につ いては不明な部分が多い.実験動物(ラット)に酸化コ レステロールを継続投与した場合,肝臓のコレステロー ル合成律速酵素 (HMG-CoA reductase) 活性は低下し,
肝臓のコレステロール濃度が低くなる(4)
.また,このよ
うな影響に関連して,肝機能障害や成長阻害を誘導する ことも知られているが,かなり高濃度で酸化コレステ ロールをラットに投与しても重篤なネクローシスは認め られなかったので急性毒性は示さないものと考えられ る.さらに,コレステロールの異化律速酵素であるCY- P7A1活性は酸化コレステロールの摂取で低下し,糞中 に排泄される酸性ステロイドレベルも酸化コレステロー ルを摂取した場合には低くなる(5).このような作用によ
り,胆汁酸の供給が不足し,小腸での脂肪吸収に影響が図2■加工食品に検出された6-keto- cholestanol
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生じる可能性も予想される.上記の作用とは異なって,
リノール酸不飽和化律速酵素 (Δ6 desaturase) 活性は,
一般にコレステロールの摂取によって低下するが,酸化 コレステロールを摂取した場合には活性が上昇する(6)
.
Δ6 Desaturase はリノール酸からアラキドン酸に代謝さ れるn-6系多価不飽和脂肪酸代謝行程の律速酵素であ る.そのため,このような酸化コレステロールの特異的 な作用によって,組織脂質の脂肪酸組成も変動し,リ ノール酸に対するその代謝産物の比率は酸化コレステ ロールの摂取によって高くなる.また,生体膜のアラキ ドン酸レベルが高くなるので,その代謝産物であるプロ スタグランジンやロイコトリエン類の産生にもアンバラ ンスが生じ,動脈硬化やさまざまな炎症反応が生じるこ とも予想される.食事由来酸化コレステロールによるリ ノール酸不飽和化律速酵素活性の亢進作用は,ミクロ ソームの膜流動性変動あるいは酵素発現系への作用が原 因であろうと考えられる.最近では,多くの加工食品に6-ketocholestanolが検出 されており(図
2
),また,生体内でも検出されている.
どのような酸化行程で生成するのかは明らかになってい ないが,高濃度にラットの胃内に投与すると,7-keto- cholesterolとは異なって,腸管内での滞留時間が長い割 に吸収率も高く,脂質代謝を変動させることがわかって きた(未発表)ので,さらに検証を進めてみたいと考え ている.このほかにも,種々の植物ステロール酸化物も 同定されており,その吸収は酸化コレステロールと比較 すると低いものの,生体への影響,とくに,小腸での栄 養素吸収や腸内細菌に与える有害な作用が懸念されてい
る.
現在の食事形態は大きく変貌し,手軽に摂取できると いう理由で,ファーストフードあるいは加工食品を頻食 しているのがわが国の食生活の実情である.すなわち,
日常的に,無視できないレベルの酸化コレステロールを 摂取していることになる.全体の脂質摂取量に占める酸 化コレステロールの摂取量は微量に過ぎないのかもしれ ないが,その微量成分の継続的摂取が生体防御機能を衰 えさせるとともに,生体の諸機能を刻々と撹乱している 可能性が高い.しかし,偏食することなくバランス良く 和食を中心とした食生活を継続するならば,植物性食品 成分である食物繊維やポリフェノール類が酸化コレステ ロールの吸収を干渉するので,酸化コレステロールの有 害性に対してはあまり心配することはないように思われ る.そのためにも,酸化コレステロールに対する正しい 知識を浸透させ,今一度,優れたわが国の食事形態を取 り戻すように食教育を行っていく必要があると思われ る.
1) I. Staprans, X. M. Pan, J. H. Rapp & K. R. Feingold : , 18, 977 (1998).
2) K. Osada, E. Sasaki & M. Sugano : , 29, 555 (1994).
3) 熊田紀子,山中智史,照沼彰一郎,長田恭一:脂質生化 学研究,52, 119 (2010).
4) T. Sasaki, Y. Fujikane, Y. Ogino, K. Osada & M.
Sugano : , 59, 503 (2010).
5) Y. Ogino, K. Osada, S. Nakamura, Y. Ohta, T. Kanda &
M. Sugano : , 42, 151 (2007).
6) K. Osada, T. Kodama, K. Yamada, S. Nakamura & M.
Sugano : , 33, 757 (1988).
(長田恭一,明治大学農学部農芸化学科)
長田 恭一(Kyoichi Osada) <略歴>
1990年北海道大学大学院水産学研究科修 士課程水産食品学専攻修了/1994年九州 大学大学院農学研究科博士課程食糧化学工 学 専 攻 修 了 /1994年 弘 前 大 学 農 学 部 助 手/1997年弘前大学農学部助教授/2007 年明治大学農学部准教授,現在に至る.
(1997 〜 1998年トロント大学 Banting &
Best 研究所,南カルフォルニア大学留学)
<研究テーマと抱負>酸化ステロ-ルの有 害作用とその防止策に関する研究,ポリ
フェノール化合物の機能性に関する研究
<趣味>食品市場めぐり,娘と野球観戦,
旅行
川 出 洋(Hiroshi Kawaide) <略歴>
1988年山形大学農学部農芸化学学科卒 業/1990年東京農工大学大学院農学研究 科修士課程修了/同年東京田辺製薬研究所 研究員/1992年同社退職/同年岩手大学 大学院連合農学研究科博士課程入学/1995 年同修了/同年理化学研究所国際フロン
ティア研究員/1998年同基礎科学特別研 究員/2001年東京農工大学農学部助手,
助教,講師を経て2011年同准教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>応用・実用化 研究の基幹となる基礎研究を大切にしたい
<趣味>生き物飼育,車運転
河 野 憲 二(Kenji Kohno) Vol. 50, No.
9, p. 659参照