634 化学と生物 Vol. 52, No. 10, 2014
反応に金属を要求する PLP 酵素
細菌から鳥類まで
アミノ酸は,タンパク質を構成する要素であるのみな らず,生体調節物質としての働きも担う極めて重要な化 合物である.また,タンパク質を構成する20種のL体 アミノ酸以外にも,D体アミノ酸や,非タンパク質性ア ミノ酸,特殊アミノ酸と言われるアミノ酸類もさまざま な生理活性をもつ.たとえば,哺乳類の中枢神経系には
D-セリンが存在し,グルタミン酸受容体の活性を調節し ていることが明らかになっている.これらのアミノ酸の 代謝にかかわる酵素の多くは,ピリドキサール5′-リン 酸(PLP)依存性であり,古細菌から哺乳類に至るま で,すべての生物に存在する.もちろん,ヒトにもこれ らPLP酵素は存在し,GOT(グルタミン酸-オキサロ酢 酸トランスアミナーゼ)
,GPT(グルタミン酸-ピルビン
酸トランスアミナーゼ)などは人間ドックでもお馴染み の検査項目である.PLP酵素は,その立体構造(Folding pattern)の相 違に基づき,5種類の異なるグループ(Fold-type I‒V)
が報告されている(1)
.たとえば,先述のGOT, GPTは
Fold-type Iに,細菌に広く分布するアラニンラセマー ゼはFold-type IIIに分類される.また,大腸菌などの細 菌に存在するD-セリンの脱アミノ化反応を触媒するD-セ リンデヒドラターゼ(DsdA)はFold-type II(図1
B)の酵素であり,セリン/スレオニンデヒドラターゼと呼 ばれるグループに属する(2)
.興味深いことに,異なる
Fold-typeに分類されるPLP酵素間に,立体構造の相同 性は全く認められない.すなわち,それぞれのFold- typeに属するPLP酵素は,異なる祖先タンパク質から独立に進化し,それぞれの機能を獲得してきたと考えら れる.
PLP酵素は,上述のように重要な機能をもつものが 多くあり,古くから盛んに研究されている一方で,近年 では新規PLP酵素の報告は少なくなっている.そのよ うな状況のなか,筆者らは非タンパク質性アミノ酸であ るD-スレオ-3-ヒドロキシアスパラギン酸(D-THA)を 基質としてスクリーニングを行い,グラム陰性土壌細菌 である sp. HT23より新規な酵素D-スレオ-3-ヒド ロキシアスパラギン酸デヒドラターゼを発見した(D- THA DH)(3)
.本酵素は
D-THAの脱アミノ化反応を触 媒し(図1A),その触媒反応の共通性から,Fold-type
IIである細菌由来D-セリンデヒドラターゼのホモログで あるだろうと推測された.ところが実際にアミノ酸配列 を決定してみると,細菌のアラニンラセマーゼと同じ Fold-type IIIのPLP酵素であることが明らかになった.決定した一次構造を元にデーターベース検索を行うと,
多数のグラム陰性細菌のputative alanine racemaseが ヒットしたが,機能が確認されているものはほとんどな く,真核生物である出芽酵母(4)(
)およびニワトリ(5)由来のD-セリンデヒドラターゼ
(DSD)と30%程度のアミノ酸配列相同性を示した.こ れら真核生物のDSDは,亜鉛依存性のPLP酵素であり,
細菌由来のDsdAとは一次構造も反応機構も異なる.ニ ワトリ酵素は立体構造解析も行われ(図1C)
,亜鉛が関
与する反応機構が推定されている(6).
D-THA DHが本 来含有している金属が何かは不明であるが,少なくとも今日の話題
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亜鉛を含むことを確認している(和田未発表データ)
.
D-THA DHは酵母の酵素と異なり,亜鉛以外の2価金属 でも活性を発揮するなど,興味深い特徴をもつが,基本 的な反応機構は酵母やニワトリ由来のDSDと類似して いると考えられた.しかし,本酵素はD-セリンを良い基 質とせず, sp. HT23中においてD-THAで誘導さ れることなどから,DSDではないと考えられる.また,
これらの酵素は同じく反応に2価金属を要求する細菌由 来のD-スレオニンアルドラーゼとも相同性を示した(7)
.
これらのFold-type IIIのDSD様PLP酵素は細菌から鳥 類まで分布しているが,古細菌,植物,昆虫,そしてな ぜか哺乳類には存在していない(8).一方,筆者らは
L-ス レオ体の3-ヒドロキシアスパラギン酸(L-THA)に作用 する酵素(L-THA DH)も細菌(9)と出芽酵母(10)に見い だしているが,こちらはDsdAと同様にセリン/スレオ ニンデヒドラターゼグループに属するFold-type IIの酵 素であった.まとめると,Fold-type IIIに属するPLP酵素には,以 前から知られていた細菌のアラニンラセマーゼや真核生 物のオルニチンデカルボキシラーゼに加えて,真核生物
のDSD,原核生物のD-THA DH,D-スレオニンアルド ラーゼが含まれることが明らかとなった.比較的新しく 見つかったこれらの酵素は,由来となる生物種は細菌,
真菌,鳥類とさまざまだが「D体のヒドロキシアミノ酸 に作用する」「反応に2価金属を要求する」という特徴 がある.データーベース上のアノテーションに“puta- tive alanine racemase”で は な く“metal-activated PLP enzyme”と表記している機能未知タンパク質も増えて きたようだ.PLP酵素は同じFold-typeでも,ラセマー ゼだったりトランスアミナーゼだったりと,触媒する反 応がさまざまであり,一次構造から機能を予測すること が難しい.今回紹介したD-THA DHもニワトリDSD も,スクリーニングや酵素精製といった古典的な方法で 取得されている.アミノ酸変換酵素は「やりつくされた 感」があるが,バイオインフォマティクス全盛の今日に おいても,旧来の方法論がまだまだ必要と感じた次第で ある.これらの酵素の反応機構などの詳細な解析は,
PLP酵素に関する理解を深めるだけでなく,D-アミノ酸 が関与する疾患の治療薬の開発などにもつながると思わ れる.今後の研究の発展に期待したい.
図1■デヒドラターゼ反応とそれらを触 媒する酵素の立体構造
(A)D-スレオ-3-ヒドロキシアスパラギン 酸デヒドラターゼ(D-THA DH)反応と
D-セリンデヒドラターゼ(DSD)反応.
ともにヒドロキシアミノ酸の脱アミノ化 反 応 を 触 媒 す る.(B) 大 腸 菌 由 来 の DsdAタンパク質(2),(C)ニワトリ由来 のDSDタンパク質(6)活性中心近傍にPLP 以外に亜鉛イオンが観察される.両者は 全く同一の反応を触媒するが,一次構造 の相同性も,立体構造の相同性もない.
今日の話題
636 化学と生物 Vol. 52, No. 10, 2014 1) 吉村 徹:生化学,80, 324 (2008).
2) D. V. Urusova : , 1824, 422
(2012).
3) T. Maeda, Y. Takeda, T. Murakami, A. Yokota & M.
Wada: , 148, 705 (2010).
4) T. Ito, H. Hemmi, K. Kataoka, Y. Mukai & T. Yoshimura:
, 409, 399 (2008).
5) H. Tanaka, A. Yamamoto, T. Ishida & K. Horiike:
, 143, 49 (2008).
6) H. Tanaka, M. Senda, N. Venugopalan, A. Yamamoto, T.
Senda, T. Ishida & K. Horiike: , 286, 27548 (2011).
7) J.-Q. Liu, T. Dairi, N. Itoh, M. Kataoka, S. Shimizu & H.
Yamada: , 273, 16678 (1998).
8) 田中裕之,山本 篤,石田哲夫,堀池喜八郎:蛋白質核 酸酵素,54, 1190 (2009).
9) T. Murakami, T. Maeda, A. Yokota & M. Wada:
, 145, 661 (2009).
10) M. Wada, S. Nakamori & H. Takagi:
, 225, 189 (2003).
(和田 大
*
1,安武義晃 *
2, *
1 北海道大学大学院農学研 究院,*
2 産業技術総合研究所生物プロセス研究部門)プロフィル
和 田 大(Masaru WADA)
<略歴>1991年京都大学農学部農芸化学 科卒業/1993年同大学大学院農学研究科 修士課程修了/同年サッポロビール株式会 社 醸 造 技 術 研 究 所/1995年 同 社 退 社/
1997年京都大学大学院農学研究科博士課 程中退/同年福井県立大学生物資源学部助 手/2000 年 The Scripps Research Insti- tute訪問研究員/2003年北海道大学大学 院 農 学 研 究 科 助 教 授/2007年 よ り 現 職
<研究テーマと抱負>微生物や酵素を用い た有用物質の生産.いままで誰も使ってい なかった餌(スクリーニング基質)で未知 の大物(新規な酵素)を釣り上げたい<趣 味>料理
安武 義晃(Yoshiaki YASUTAKE)
<略歴>1999年北海道大学理学部高分子 機能学科卒業/2004年同大学大学院理学 研究科生物科学専攻博士後期課程修了(博 士(理学))/2005年同大学産学官連携研 究員/同年産業技術総合研究所ゲノムファ クトリー研究部門/2010年同生物プロセ ス研究部門主任研究員<研究テーマと抱 負>タンパク質の高次構造・構造機能相 関・構造のダイナミクス・タンパク質の高 機能化,機能改変,および応用利用に向け た研究<趣味>ギター,ワイン,昆虫写真 Copyright © 2014 公益社団法人日本農芸化学会