【解説】
おたまじゃくしがカエルになるとき,体の体積の半分を占め る尾を消失する.両生類は,ひれをもち魚のような形をした 幼生から,四つ足がはえた成体へと大規模な体の作り変えを するが,その最も顕著な例は尾の消失に見ることができる.
尾 の 消 失 は 発 生 プ ロ グ ラ ミ ン グ さ れ た 細 胞 死(ア ポ ト ー シ ス)によって起こるが,そのメカニズムは,古くから甲状腺 ホルモンによる細胞自律的な死によると説明されてきた.筆 者らは,変態期の幼生細胞に特異的に発現する2つの新規の 抗原タンパク質を同定し,成体型免疫細胞が尾を異物として 認識し,死に至らせるという考えを支持する結果を得た.こ れ に よ り,従 来 知 ら れ て き た 甲 状 腺 ホ ル モ ン 作 用 だ け で な く,新たな作用機構として,免疫が自己組織と非自己組織を 識別し,脊椎動物の器官形成に働く可能性を示す.
両生類の変態の研究の歴史
両生類の変態の研究の歴史は古く,今から100年程前 の1916年 誌に最初の報告がある.外科的手術に よって,おたまじゃくしから甲状腺を取り除くと,変態
が阻止される(1)
.ヒトだと首の部分に,おたまじゃくし
では頸部(頭と胴体の間)に甲状腺という器官があり,変態期になるとそこから甲状腺ホルモンが分泌される.
アレンの行った実験では,外科的に甲状腺を除去し損 なったおたまじゃくしは通常どおり変態するという,今 で言うシャムオペレーション(sham operation ; 実験対 照群として行う偽手術)と比較して除去個体の結果が述 べられている.1963年にウェーバーによって,切り離 したおたまじゃくしの尻尾をシャーレの中で培養し,甲 状腺ホルモンを添加すると,尾はまるで自然変態のよう に1週間ほどで縮むことが示された(2)
.実際のオタマ
ジャクシの尾は根本からちぎれるのではなく,脱皮のよ うに細胞がはがれ落ちていくのでもなく,1週間程度か けて徐々に短くなっていく(3) (図1
).尾の
の培 養実験から,甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンが変 態を直接誘導する,ということが定説となった.実際 に,おたまじゃくしの生体内の甲状腺ホルモンの濃度が 測定されたのは,その後になってからである(4).ホルモ
ンの血中レベルは変態期に一過的に上昇し,変態が完了 すると下がり,再び上昇することはない(図2
).ホル
モンの作用を解析するためは,その受容体がいつ・どこおたまじゃくしの尾の消失
免疫学的な観点から見る動物の体づくり
井筒ゆみ
Elimination of Amphibian Tadpole Tail : Immune System In- volved in Vertebrate Morphogenesis
Yumi IZUTSU, 新潟大学理学部生物学科
で発現するかが鍵となる.1980年代の後半,内分泌学 は分子生物学と融合し飛躍的に変態研究を進歩させた.
甲状腺ホルモンの受容体には,アルファ型とベーター型 の2種類があり (thyroid hormone receptor alpha, beta ; TR
α
, TRβ
), 最初にニワトリ(5) とヒト(6) で単離され,1986年に同時に 誌に報告されている.甲状腺ホ ルモンの受容体は種を超えて高い保存性があることが判 明し,4年後に両生類からも相同遺伝子が同定され た(7)
.ホルモン受容体のドミナントネガティブ変異体
(TR
α
の変異体でC-terminusに欠損があり,ホルモンと 直接結合できない)が遺伝子組換え技術によって作製さ れ,それを過剰に発現させることによってホルモンの働 きを特異的に抑制する実験が行われた(8).トランスジェ
ニックツメガエルに遺伝子を導入した実験や(9),エレク
トロポレーションによって筋肉細胞だけを標的とするこ とによって(10),幼生型細胞の死のメカニズムについて,
ホルモン依存的に細胞自立的に消滅する細胞死と,隣の 死んだ細胞に影響され殺される細胞死の両面について議 論されるようになった.しかし,ホルモン以外の要因に ついて論じられることはなかった.
図1■おたまじゃくしの変態の様子
ツメガエルの自然変態は,卵(ステージ1)から成体(ステージ 66)になるまで約58日かかる.体の作り換えが最も盛んに行われ るのは,ステージ58から65の間で,変態最盛期と呼ばれる.四肢 ができてカエルになるが,その間,尾は1週間程度で退縮する.
図2■ツメガエルの変態期におけるオウロタンパク質の発現と成体型免疫系の出限と尾の退縮のタイミング
ツメガエルの発生は大きく分けて,初期胚および幼生期 (st. 0‒53), 変態初期 (st. 54‒57), 変態後期 (st. 58‒65), 成体 (st. 66以降)の4つに 区別される.甲状腺ホルモン(トリヨードサイロニン (T3) とサイロキシン (T4) があり,T3はT4に比べて即効性で作用効果が大きい)の 血中濃度は変態期に起こる形態変化に伴って上昇する.尾の退縮は,st. 62から開始され,このときオウロタンパク質の発現は尾に限られ,
さらに発現量はピークに達する.尾の領域にのみT細胞が集積し,T細胞は成体型の免疫細胞のマーカーである MHC class II を発現して いる.
変態期に幼生型から成体型細胞へと入れ換わるが尾 は幼生型のまま消失する
両生類の幼生の表皮は,半透明で内部が透けて見え,
水棲動物に特有の表皮細胞として知られるスケイン細胞
(skein cell) と,互いにタイトジャンクションで横方向 に堅く結合し,最外層のバリアとして機能する一層の上 層細胞(apical cell ; アピカル細胞)の2種類で構成され
ている(11) (図
3
A).成体になると,スケイン細胞もア
ピカル細胞も消滅し,変態期に分化してくる基底細胞(basal stem cell) から,階層性をもって成体型の表皮が 形成される.最外層が角質化し,毛こそ生えてないが哺 乳類様の皮膚と基本的に同等の構造をもつ(図3B)
.こ
の成体型への分化変換は胴体部で起こるのに対し,尾部 では起こらない.なぜなら,尾部皮膚には成体型表皮細 胞を作りだす基底細胞がない(12) (極めて少ない).この
ように,皮膚は体表を覆うひとつながりの器官である が,領域によって異なるという部域特異性が見られる.変態中のカエルになりつつあるおたまじゃくしの皮膚 は,すでに成体化した背中と,幼生型のままの尾の細胞 領域との境目がはっきりしている(図
4
).たとえると,
4つ足動物の下半身に魚がついたキメラ;人魚姫のよう だ.
免疫系も変態期に幼生型から成体型へと入れ換わる 変態期には,体を構成する細胞のみならず,免疫系も 幼生型から成体型へと入れ換わる(図2および図
5
参 照).このことは,変態後に胸腺細胞が完全に入れ換わ
ることを示した3倍体のツメガエルを用いた実験や(13),
変態期に胸腺での大量のアポトーシスが観察されるこ と(14, 15),リンパ器官での細胞数の激減が起こること
(16)などの報告から示唆されている.それらに加えて機能的 な変化も知られている.幼生の免疫系は,十分機能的で 図3■皮膚の幼生型から成体型への 入れ換わり
(A) 幼生の表皮は,スケイン細胞
(skein cell) とアピカル細胞 (apical cell) の2種類で構成されているが,
変態期になると胴体部分には,基底 膜上に基底細胞 (basal stem cell) が 分化してきて,階層性をもった成体 型の表皮が形成される.尾部には基 底細胞が存在しないため,成体型へ は変換せず死に至る.(B) カエルの 皮膚は,最外層が角質化し基本的に 哺乳類様の皮膚と同じ構造をしてい る.
図4■ツメガエルの変態の様子
写真は (学名ゼノパス トロピカリス;和名ネッ タイツメガエルあるいはニシツメガエル)という とは近 縁属のツメガエル.オタマジャクシの皮膚は半透明で,神経や血 管などが透けて見える(左から二番目個体).変態が始まると,
徐々に背中に模様ができてきて透明感はなくなり,4つ足がはえ て成体へと体を作り変える.一方,尾は半透明のまま変化せず 徐々に退縮していく.皮膚の成体化は,体の両端(尾と口の周り)
では起こらないため半透明のままで,成体型に換わった皮膚がカ エル型にくり抜かれているように見える(右から二番目個体).
あり,変態期においても異系統の成体の皮膚は認識・拒 絶できる.しかしながら,異系統と同系統とのF1由来 の MHC (major histocompatibility complex ; 主要組織 適合性複合体)ハプロタイプが異なっている成体の皮膚 移植片は拒絶できない.一方,成体はどちらの移植片も 確実に拒絶することができる(17, 18)
.したがって,両生
類の変態期に,比較的寛容な幼生型免疫細胞から,哺乳 類とほぼ同等に自己非自己を厳しく識別できる成体型免 疫細胞に入れ換わると考えられる(19).
Jストレインを用いた幼生と成体の皮膚移植実験 Jストレインは,30代以上かけ合わせて得られた完全 にMHCが同一な近交系で,世界で唯一の純系両生類で ある.北海道大学の片桐千明,栃内 新両博士によって 日本で樹立されたために(20, 21)
,JapanのJをとってその
名が付けられている.ツメガエルは卵生のため,発生過 程はごく初期から可視化できる.しかも,マウスと同じ 4つ足動物で,基本的な仕組みは哺乳類と似ているとこ ろが多い.したがって,この系統化されたツメガエル は,互いに交換移植を可能とし,免疫系の発生を明らか にするうえでも数々の有用な実験系をわれわれに提供し てきた.Jストレインツメガエルを使って,筆者は大学院生の
ときに,おたまじゃくしの尾の皮膚を1.5 mm角に切り 取り,変態したての同系統のカエルに移植するという実 験を行った(22)
.成体同士の交換移植は生着するが,幼
生の尾の皮膚は,同じ遺伝的背景をもつにもかかわらず 成体から拒絶されることがわかった(図5A).面白いこ
とに,変態初期の幼生の皮膚は尾部でも胴体でも同様に 成体から拒絶されるが,一方,変態末期の幼生から切り 出した胴体部分の皮膚は生着するようになる.しかし,同じ時期の尾部皮膚は拒絶され続けた.この結果は,変 態直後の成体は,変態中の胴体の部分を自己組織として 受理するが,消失していく幼生の尾の皮膚は 異物とし て拒絶する という可能性を示している.
この幼生皮膚の拒絶反応には,二次応答が起こる.二 次応答とは,再び同じ移植を同じホスト(この場合若い 成体カエル)に繰り返すと,体のなかに抗体が産生され ることにより,より早く(激しく)拒絶が起こる現象を 言い,免疫応答の一つの特徴である.これらのことか ら,成体による幼生皮膚の拒絶は免疫応答によるもので あると結論した(図5A)
.なお,なぜカエルにとって自
己抗原でもある幼生皮膚に対して,カエルの免疫系は寛 容に陥らないのか,それに関しては現在もよくわかって いない.しかしながら事実,成体と幼生間では免疫的な 拒絶反応が起こり,抗体も産生される.哺乳類の実験系 では,自己抗原に対するT細胞の除去には,①自己抗 原とT細胞の強い相互作用がある場合,②抗原が胸腺 上皮細胞に提示されていること,などが条件として挙げ られるが,尾のような組織に特異的に発現する自己抗原 に対して,反応性のあるT細胞は負の選択から免れる のかもしれない.これらのメカニズムの解明に関しては 今後の課題である.以上の実験結果から,「おたまじゃくしの尾は変態期 に成体の免疫細胞に拒絶されて消失するのではないか」
という仮説を得た(図5B)
.従来ウイルスなどの外来の
敵に対して生体防御として働く免疫が,動物の体づくり にも関与しているのではないか,という考えだ.このよ うな考えは,哺乳類を含めて本研究以外知られていな い.Jストレインを用いた皮膚移植実験の際,ごく初期か ら変態末期までの各発生段階の幼生から同じ面積の皮膚 を切り取って,同じ年の成体に移植したが,変態が進ん だ幼生から得た皮膚移植片は,変態前の個体から得た移 植片より早く拒絶される(22)
.つまり,変態が進むほど
幼生皮膚は成体からより強く拒絶される.当時は原因不 明だったが,後に,成体免疫系から異物として認識され る抗原タンパク質の発現が,変態期にピークに達するこ 図5■純系Jストレインを用いた皮膚移植実験と免疫モデル(A) J系統ツメガエルは成体同士の交換移植を拒絶せず生着する.
ところが,幼生の皮膚移植片は同系統の成体から拒絶される,変 態末期の幼生から得た胴体部分の皮膚移植片は,成体型組織へ変 換しつつあるので生着するが,尾の皮膚は拒絶される.(B) 上記 の結果から,免疫モデルを提唱した.幼生型免疫細胞は変態期に 新たに分化した成体型組織に対して免疫寛容に陥っているが,成 体型免疫細胞は幼生型組織のままである尾を異物として認識・排 除する.
とで説明できた(23)
.
ツ メ ガ エ ル 成 体T細 胞 は 幼 生 尾 部 組 織 をMHC class IIを介して異物認識する
皮膚移植実験から,成体T細胞によって異物として 認識される幼生特異的な抗原の存在が示唆された.成体 免疫系から異物として認識される抗原分子の単離の前 に,果たして本当にツメガエルのT細胞から尾が認識 されうるのか調べる必要がある.リンパ球は異物に出 会ったときに, で増殖反応を示す.混合リンパ 球反応は異物認識反応を調べる方法として確立されてお り,カエルの細胞を使った実験も行われている(24)
.通
常リンパ球同士を混合し,片方のリンパ球の増殖を止 め,もう片方のチミジンの取り込みや,そのアナログで あるBrdUの取り込みによって増殖している細胞の割合 を調べる.筆者らは,リンパ球 組織へと方法を改変 して,成体T細胞が幼生尾部組織を異物と認識するか 調べた.筆者らは,切り取ったJストレインの尾の組織 を培養し,そこへ同系統の成体の脾臓から得た末梢リン パ球集団を加え,5日間培養した後,BrdUの取り込み を免疫組織化学的に調べた(25) (図6
).幼生のリンパ球
は,同系統の幼生の皮膚に対しても同系統の成体の皮膚 に対しても反応しない.成体は,同系統の幼生の皮膚を 予想どおり認識した.尾が縮み始めた変態末期の幼生のリンパ球も,同系統の幼生皮膚を認識した.これらのこ とから,成体型免疫T細胞は,幼生皮膚組織を異物と して認識するということ,さらに重要なことは,変態末 期には,すでに幼生尾を異物認識するリンパ球が体のな かに出現することがわかった.
T細胞の の異物認識は,教科書的にはT細胞 のレセプター (T cell receptor ; TCR) と MHC class II を介して行われる.上記の反応系に,ツメガエルMHC class IIの抗体を投与すると,反応が完全に阻止される ことが示された(26)
.さらに,用いた成体脾臓細胞集団
から抗原提示細胞をあらかじめ除去してやると,自ら MHC class IIを発現しているアピカル細胞は直接T細 胞から認識されるが,発現が見られないスケイン細胞は 認識されなくなった.これらのことから,2つの経路が あるが,2種類すべての幼生表皮細胞が成体T細胞から MHC class IIを介して認識されることが示された(図7
).
2つの新規の抗原タンパク質オウロボロスの単離と 同定
おたまじゃくしの尾の細胞で作られ,成体の免疫T 細胞から攻撃されるときの目印となる2つの抗原タンパ ク 質 と,そ れ ら を コ ー ド す る 遺 伝 子 を 単 離 同 定 し た(23, 27) (図
8
).方法は皮膚移植実験を元としている.
繰り返し幼生皮膚を移植すると,より強い免疫応答,す なわち二次応答が起こることはすでに述べた.これは成
図6■純系Jストレインを用いた成体脾臓T細胞の幼生皮膚組 織に対する増殖反応
10匹から50匹分の脾臓をプールしてT細胞を単離し,96-wellのU 底プレート中で幼生の尾の組織と共培養を行った.4日目にBrdU を添加し,5日目にリンパ球細胞のみ回収し,BrdUに対する抗体 を用いて増殖細胞を検出した.脾臓T細胞は幼生の尾の組織に対 して増殖反応を示さないが,成体および変態末期の脾臓T細胞は 高いBrdUの取り込みを示した.この結果から,成体T細胞は幼 生尾部組織を異物として認識し,さらに,その細胞は変態末期に すでに体のなかに分化してきていることが示唆された.
図7■成体T細胞による幼生表皮細胞に対する2つの認識経路 アピカル細胞とスケイン細胞の2種類の幼生表皮細は,それぞれ
で成体T細胞の増殖反応を誘導し,それらの反応は,ツメ ガエル MHC class II の抗体で完全にブロックされた.したがっ て,両者はMHCを介して認識されることが示唆された.マクロ ファージ (macrophage)やB細胞などの抗原提示細胞 (antigen presenting cell ; APC) を取り除くと,自ら MHC class II を発現 しているアピカル細胞に対するT細胞の増殖反応は見られるが,
スケイン細胞に対する反応は見られなくなる.このことから,ス ケイン細胞に発現している抗原タンパク質(オウロタンパク質)
は,ペプチドとしてAPCの MHC class II 上に提示されて認識さ れることが示された.
体の体のなかに抗‒幼生皮膚抗体が作られていることを 意味する.カエルから抗血清を採取し,幼生皮膚ライ セートにのみ検出される59 kDaと53 kDaの電気泳動的
に異なる2つのタンパク質を同定した.タンパク質の部 分アミノ酸配列よりcDNA配列を同定した結果,新規 の2つの遺伝子が単離された.それらはケラチンファミ リーであったが,ツメガエルにはそれとは別に通常の皮 膚を構成する幼生型と成体型のケラチンが既に報告され ている(28)
.われわれが単離したのは,それらとは異な
るサブグループに含まれる特殊なケラチンであった(23).
尾を自ら壊すときの目印(抗原)となることから,己の 尾を食らう空想上の生き物という意味のギリシャ語の(オウロボロス,または日本語でウロボロス)
からとって,それぞれ , と命名した.
オウロボロス遺伝子の過剰発現および抑制実験 精子核移植の方法(29) によってトランスジェニックツ メガエルを作製し,過剰発現と抑制実験による 遺 伝子の機能解析を行った(23)
.用いた方法は,
遺伝 子を GFP (green fluorescent protein ; 緑色蛍光タンパ ク質)と融合させ,ツメガエル由来のヒートショックプ ロモーターでドライブさせた.この方法により,37度 に部分的に組織を暖めることで,発生の始めからではな く,狙った 時期 と 場所 に遺伝子を発現させるこ とが可能となる.図9
に示すように,まだ尾の縮む前の 幼生の尾の一部に, と をヒートショック処 理によって過剰発現させると,発現部位は4日間のうち に崩壊した.崩壊した尾には,成体型T細胞の集積も 図8■オウロボロス遺伝子の同定成体免疫細胞が抗原として認識するタンパク質を探索するために,
幼生の皮膚を同系統の成体に繰り返し移植することで成体を免疫 し,抗‒幼生抗体を得た.皮膚ライセートに対してウエスタンブ ロットを行ったところ,59 kDa, 53 kDa の2種類の幼生特異的な タンパク質が検出された.二次元電気泳動のブロットを,トリプ シンで消化し,アミノ酸シークエンスにより部分配列を得た.
PCR法でDNA配列を増幅後,プローブとして用い,オタマジャ クシ由来のcDNAライブラリーをスクリーニングし,2種類の新 規のタンパク質をコードする遺伝子を同定した.それらの遺伝子 に,己の尾を食らう空想上の生き物であるギリシャ語のオウロボ ロス ( ) から, , と命名した.
図9■トランスジェニックツメガエルを 用いた実験から考えられる尾の退縮機構
(上段)GFPと融合させたOuro1とOuro2 を発現するトランスジェニックツメガエ ルを作製し,尾が縮む前に尾の一部で両 方を過剰発現させると(緑色),早まった 尾の崩壊が起こり,そこにT細胞の集積 が見られた.(中段)アンチセンスを発現 させることによって,どちらか一方の 遺伝子の発現を抑制すると(緑色), 変態が完了しても尾の皮膚が残ったまま のカエルとなった.この結果は過剰発現 実験と矛盾しない.(下段)実際の生体内 でのOuro1とOuro2は,変態期にいった ん全身で弱く発現し始め(黄色),発現量 は徐々に尾で増加する一方,胴体では抑 制される.尾が退縮する段階になると尾 に限局,発現量もピークにし,そこには 免疫T 細胞が集積する(赤色).
見られた.
次に,遺伝子の配列を逆向きにつなげて過剰発現させ るというアンチセンス法でノックダウン実験を行った.
アンチセンスの作用原理は,人工的に逆向きに組み込ん だDNA配列から,内在性のRNAと相補的に結合する RNA(アンチセンスRNA)が作られてしまい,RNA が通常ではありえない2本鎖となり,結果としてタンパ ク質の合成を阻害する,というものである.なお,アン チセンスによる抑制は,線虫など比較的単純な生物で用 いられているが,脊椎動物で成功した例は,本研究が初 めてとなった.内在性の 遺伝子の発現が一過的で あったことと,ヒートショックプロモーターを用いた発 現誘導系で時期・場所特異的にアンチセンスを発現させ たことが,功を奏したのではないかと考えている.上記 のトランスジェニックツメガエルを用いた実験で,
もしくは 片方だけの過剰発現では,尾は崩 壊しない.つまり,尾の崩壊には,両方の遺伝子の発現 が必要であることが示唆されたが,それと矛盾すること なく, もしくは どちらか片方だけのノック ダウンによって尾の一部が残った.これらのことは,成 体型の免疫抗原タンパク質をコードする2種類の内在性 のオウロボロス遺伝子が,2つがそろわないと尾が消失 しないことを強く示唆するものである.
今後の課題と期待
われわれの研究から,単におたまじゃくしの尾の消失 にかかわるメカニズムの一つが明らかになっただけな く,これまで「体を守る」生体防御システムとして理解 されてきた免疫の器官発生において「体を作る」という 新たな機能が示唆された.今後,オウロ遺伝子を中心と した分子ネットワークを探索することによって,いらな くなった胎児(幼生)型の組織を免疫系が排除する機構 が解明できるかもしれない.さらに,両生類以外の動物 にも同じような機構が見つかれば,より多くの生命現象 を説明できるかもしれないと期待している.
ランセット ( ) という医学系科学雑誌に,
ヒトの例だが興味深い報告が掲載されている(30)
.妊娠
中に胎内にいた子ども由来の細胞が,母親の体内に残っ てしまうと,その母親が自己免疫疾患になる確率が増え る,というものだ.この論文では,子ども由来の 残っ た細胞 であることの証明のために,男の子を妊娠した 経験のある母親を調査し,本来母体には存在しないY 染色体に特異的な配列を定量的PCR法で検出している.驚くべきは出産後,何十年も母親の胎内に子ども由来の
細胞が残り続けてしまうことがあるという.子ども由来 の細胞がいつまでも体内に存在すると危険な状態に陥る ことがあるという一つの証拠だ.このマイクロキメリズ ム (microchimerism) と呼ばれる現象は,妊娠などを きっかけとして遺伝的に異なる細胞が体内に存在し続け る現象で,50%ほどの母親に見られる(31)
.胎児由来の
細胞の半分は父親由来の,つまり異なった遺伝情報をも つ細胞である.それゆえにキメラと呼ばれる.さらに,Nelsonらの報告では,自己免疫疾患を患う母親と胎児 の細胞は,組織適合性(ヒトHLA class II)の型が一致 している場合が多いことを指摘している(30) (一方,
class Iについては不一致)
.おたまじゃくしとカエルの
組織適合性(ツメガエルMHC class II)は同一で,し かも,初期胚では発現しておらず,変態期から発現し始 める(32) (図2).成体型T細胞から異物として認識され
るオウロ抗原タンパク質の発現は,幼生の尾に限ら れ(23, 27), MHC class II を介して呈示される(26).変態末
期に一過的にしか上昇しかしないホルモンに対して,長 期間維持する記憶応答をもつ免疫システムを利用して幼 生細胞を完全に排除することは,生命の維持を保証する ために必要なことなのかもしれない.文献
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林 謙一郎(Ken-ichiro HAYASHI)
<略歴>1992年大阪府立大学大学院農学 研究科修了後,化学会社の研究員を経て,
1996年農学博士/1996年より岡山理科大 学 理 学 部 助 手 /2007年 よ り 同 准 教 授 / 2012年 よ り 同 教 授,現 在 に 至 る<研 究 テーマと抱負>化学と生物の両面から,植 物ホルモンを含めて植物の成長制御にかか わる制御機構の解明をしたい<趣味>ガー デニング,家庭菜園
深 見 健(Ken FUKAMI) <略 歴> 1998年茨城大学大学院農学研究科修士課 程修了/ 1998年サンエイ糖化株式会社入 社<研究テーマと抱負>機能性糖質素材の 開発.当社は食品および医薬用の結晶ブド ウ糖を製造している糖化メーカーです.こ の商品に並ぶ,世の中で役立つような素材 を開発したいと,夢を抱きながら,日々業 務に取り組んでおります<趣味>スキー,
温泉,食べ歩き
伏信 進矢(Shinya FUSHINOBU) <略 歴>1996年東京大学大学院農学生命科学 研究科応用生命工学専攻修士課程修了/
1997年同博士課程中退後,同研究科助手,
同研究科助教を経て,現在,同准教授/
1999年農博(東京大学)<研究テーマと 抱負>酵素の構造と機能の研究
松 本 和 也(Kazuya MATSUMOTO)
<略歴>1997年大阪大学大学院理学研究 科有機化学専攻修士課程修了/1997年三 井東圧化学株式会社入社(現三井化学)/
2005年 米 国Massachusetts Institute of Technology (S. Zhang Lab.) 客 員 研 究 員/2008年三井化学株式会社触媒科学研 究 所 /2012年 学 位 取 得(農 博,九 州 大 学),現在に至る<研究テーマと抱負>酵 素応用プロセス,バイオナノテクノロジー
<趣味>合気道
三 坂 巧(Takumi MISAKA) <略 歴>1993年東京大学農学部農芸化学科卒
業/1998年同大学大学院農学生命科学研 究科博士課程修了,博士(農学)/同年日清 食品株式会社/2000年東京大学農学研究 員 /2001年 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員
(PD)/2003年岡崎国立共同研究機構生理 学研究所助手/2005年東京大学大学院農 学生命科学研究科講師/2008年同准教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>食品が生 体に与える機能についての解析<趣味>ス ポーツ観戦
安 岡 顕 人(Akihito YASUOKA)<略 歴>1991年東北大学理学部生物学科卒 業/東京大学大学院農学生命科学研究科リ サーチフェロー,アメリカ合衆国国立環境 衛生研究所ビジティングフェロー,前橋工 科大学准教授,現在に至る<研究テーマと 抱負>食品非栄養成分による遺伝子制御,
味覚シグナルによる栄養状態の制御<趣 味>MTB,スキー