<夏休みサイエンススクール>
親子で自由研究:「DNAを取り出そう!」
例年千葉県教育委員会の主導で開催している「夏 休みサイエンススクール」が今年も7月22日に開か れました。これは、千葉県教育委員会と県内各地の 研究機関が共同し、小学校高学年を対象として夏休 みに開く科学教室であり、当研究所には28組65名 の小学5・6年生と親御さんが参加されました。
DNAとはどういうものかについてクイズを交えな がらの説明後、植物やヒトの細胞を観察し、さらに トラフグの白子からDNAを取り出す実験を行っても らいました。いつもながら、エタノールを加えた際
に白い糸状のDNAの沈殿がふわーっと生じてくる 様子を親子そろって真剣に観察している様子が印象 的でした。
DNAを抽出してその沈殿を観察するという簡単な 実験ですが、実験を通じて、一人でも多くの児童・
生徒の皆さんが、DNAひいては科学のいろいろな 側面に関心を持ってもらえるようにするため、今後 もこのような活動を継続していく予定です。
<かずさの森のDNA教室>
PCR法を体験しよう!
7月29日に、今年の第一回目の「かずさの森の DNA教室」を開催しました。これは、木更津市、
君津市、富津市、袖ケ浦市の地元4市との交流を図 ることを目的として、夏休み期間中に中学生・高校 生を対象として毎年開催している実験講座であり、
この日は9名の中・高校生が参加しました。
今年は、実験用に販売されているキットを使い、
実際の犯罪捜査で使われているPCR法を体験しても らいました。様々な道具を使い、結構難しい操作を 含む実験でしたが、最後に結果を示すDNAのバン ドがはっきりと出ると、参加者は驚きをもって熱心 に見入っていました。
かずさ
DNA
研究所ニュースレター1
かずさの森から世界へ
<トピックス>
この号では、夏休み中の恒例の行事である「夏休みサイエンススクール」と「かずさの森のDNA教室」 (下 記)、研究施設・機器の紹介コーナーでは、第二世代のDNAシーケンサーの紹介記事 (2ページ) を掲載し、
さらに、質量分析装置を用いた植物体内の化合物の解析に関する「研究最前線」 (3ページ) と関連するキー ワード (4ページ) 、および短足犬についての最近の話題 (4ページ) を掲載しております。
研究所からのお知らせ
2009年8月5日 第20号
今号でも引き続きかずさDNA研究所で研究に使用 している研究施設や機器について紹介します。
次世代DNAシーケンサー
1970年代後半にDNAの塩基の並び方を決める方 法 (DNAシーケンシング) が最初に報告されてから わずか20年強の間に、その技術はヒトの全DNAの もつ約30億の塩基の並び方を明らかにできるレベル にまで到達しました。さらに21世紀に入っても技術 革新のスピードは衰えず、DNAシーケンシング技術 が新たな発展の時期を迎えています。
前回のニュースレターで紹介しましたように、従 来のDNAシーケンシング法は配列決定の最後の部 分を電気泳動に依存しており、それが解析速度の律 速段階となっていました。現在次々と登場している 次世代DNAシーケンサーと呼ばれる機器では、こ の解析速度の律速段階であった電気泳動の過程をイ メージング解析によって処理することにより、極め て多くの検体を同時並列処理できる計測方法に置き 換えています。それによって単位時間当たりの塩基 配列決定数の大幅な増加とDNAシーケンシングの 費用の劇的な低減が達成されました。
こうした近年の技術的進歩を踏まえ、かずさDNA 研究所でも次世代DNAシーケンサーの導入を決定 しました。今回導入した装置は、次世代DNAシー ケンサーの中では最も長い歴史を持つ、ロッシュ・
ダイアグノスティックス社のゲノムシーケンサーFLX システムです (図2) 。この装置の特徴は、現在市販 されている次世代DNAシーケンサーの中で、単一の 試料から一度に読み取れる塩基配列が最も長い点で す。このことは、同じ配列が繰り返して現れる高等 生物、特にヒトの疾患関連遺伝子などの解析には大
変に有利な点であり、半日程度の読み取り作業で、
約5億塩基程度の配列を読み取ることができます。
この装置はかずさDNA研究所の様々な研究活動へ の利用が計画されており、この導入によって研究開 発の著しいスピードアップと効率化が実現できると 期待されています。
次世代DNAシーケンサーの開発競争は、数年後に は更に大きな転換期を迎えるだろうと予想されてお り、数年前に終わった国際共同プロジェクトによる ヒトゲノムの解析が総額30−40億ドルの費用と数年 の月日を費やしたのに比べ、わずか1000ドルの費 用でしかも数日で行なうことができるようになるだ ろうと言われています。私たちはこうした世界的な 技術革新の動向を冷静に分析し、流行に左右される ことなく、必要とされる最先端のDNA解析技術を 今後もかずさ地区に導入していきます。それによっ て、単にDNA研究の進展だけに留まらず、健康問 題、環境問題、食糧問題など、我々人類が直面して いる様々な問題の解決に貢献できるに違いないと考 えています。
かずさ
DNA
研究所ニュースレター2
最新研究施設・機器の紹介 (4)
図2:次世代DNAシーケンサーの試料装着部。中央の
○内の一辺10センチほどの板状のプラスチックには直径
29マイクロメートルの微小な穴が160万個開けられてお り、その一つ一つにビーズに結合した試料DNAの断片 が入っている。DNAの合成反応はこの微小な穴の中で 行なわれ(図1)、その結果得られる膨大な量のシグナ ルがCCDカメラ(黄矢印)で収集される。図1:次世代DNAシーケンサーの塩基配列決定反応。球 状のビーズ (直径20マイクロメートル) に付着させた DNA断片からDNA合成を行ない、新しく合成された塩 基のシグナルを検出することで塩基配列を決める。
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生物が作る化合物を調べ上げ る技術の開発
ゲノムバイテク研究室 研究員 櫻井 望
私たちの生活は、生物が作り出す多様な物質に支 えられています。食料をはじめ、衣料品や建築資 材、医薬品の原料やエネルギー資源に至るまで、身 の周りの多くのものが生物由来です。それでは、地 球上の生物は一体どれだけ多様な化合物を作り出し ているのでしょうか?
実は、生物の物質生産能力は、未だに不明なこと が多いのです。例えば植物では、これまでに5万種 類ほどの化合物が見つかっていますが、未知の物質 を含めると、植物界全体で20万種類も存在すると推 定されています。また、よく知られた化合物でも、
生体内での生産の仕組みが分からないものもありま す。タイヤなどの主原料として大量に生産されてい る天然ゴムは、パラゴムノキの中のどの細胞でどの ような過程を経て作られるのかなどの詳細は未だに 分かっていません。
ではなぜ、生物の物質生産には不明な点が多いの でしょうか?生物の作り出すいろいろな化合物 (代 謝物と言います) は酵素反応によりさまざまに形を 変え、場合によっては水に不溶になって沈殿して蓄 積したり、互いに結合して巨大化したりして変遷し ていきます。またその分子の大きさの範囲も幅広 く、特定の生物に含まれるすべての化合物を知るた めには、それらの生成に与る各種の酵素の性質を調 べることを含め、いろいろな工夫を凝らして解析を 重ねる必要があり、多数の未知の化合物を含むすべ ての化合物を解析することは困難なのです。
生物の作る化合物は、炭素、水素、酸素、窒素な どの元素が結びついて出来ています。各元素は固有 の質量 (重さ) を持っているので、化合物の質量は、
それを構成している元素の質量の合計になります (図1) 。化合物の質量は、「質量分析装置」という 質量を精密に測定する機器で測定できるため、質量 の違いから化合物を見分けることが可能です。近 年、質量分析装置の精度が向上したため、測定した
精密な質量から、その化合物に含まれる元素の種類 と数を推測できるようになってきました。従来この ような解析は複雑な手作業が要求され、膨大な時間 と労力が必要でしたが、私たちは独自のコンピュー ター解析技術を開発し、30分程度で数千の化合物を 推定することが可能になりました。
こうして、生体内での物質生産の全体像を把握で きるようになれば、新規の化合物の性質を調べてそ の利用方法を考案したり、生体内での成分バランス を制御して工業原材料を効率よく生産する研究を進 めたりすることができます。このような考えからか ずさDNA研究所では、生物試料中に含まれるなる べく多くの化合物を一斉に検出するための技術開発 を行っているのです。
さらに、比較の対象とするすべての試料に共通し て含まれる成分や、ある種の試料だけに特異的に含 まれる成分などを見つけ出すことのできるソフトも 開発しましたので、生物種や生体組織に特有な化合 物生産の全体像を知ることが可能になってきまし た。現在は、化合物の多様性に富む植物や微生物を 中心に解析を行ない、解析結果のデータベース化を 進めています。このデータベースは、生物のもつ多 様性の有効利用を促進するための「宝物の地図」と 言えるでしょう。
化合物生産の全体像が分かってくることで、様々 な分野への応用が期待されます。エコや省エネが叫 ばれる昨今では、太陽エネルギーを直接利用できる 植物を使った物質生産性の向上が急務です。医薬品 開発では、出発材料となる化合物を未知の天然成分 に求める動きも高まっています。これまで希少とさ れていた漢方薬成分なども、意外に身近な植物から 大量に得られるかもしれません。また、化合物の一 斉検出技術は、例えば食品分野では、調理や加工に よる成分変化や、摂取された成分の体内での変換や 薬効の研究などにも応用できるでしょう。
かずさ
DNA
研究所ニュースレター3
研究最前線
かずさ
DNA
研究所ニュースレター4
財団法人 かずさDNA研究所
〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-6-7 TEL : 0438-52-3956 FAX : 0438-52-3901
http://www.kazusa.or.jp/
時事トピックス
<今月の花>
サネカズラ-雄花 (
Kadsura japonica
マツブサ科 2008年8月21日撮影)花言葉:好機をつかむ・再会
今月のキーワード (「研究最前線」にでてきた言葉の解説)
生物由来の化合物:生物の体内では膨大な数の遺伝子の働きで生命活動が営まれており、その結果として細胞 内には大きさや性質の異なるさまざまな化合物が作られています。化合物の中にはトリカブトのアコニチンのよ うに強い毒性をもつものもありますが、医療上や食品として有用なものも多くあることが知られています。そこ で、ニュースレター17号などで紹介した「質量分析装置」を用いて質量を精密に測定することによって網羅的に 化合物を同定し、新規の有用な化合物の探索を行っているのです。
化合物生産の全体像:生物に含まれる化合物は生体内で合成、分解、結合、開裂などのさまざまな代謝活動に より変化していきます。特定の化合物が特定の生物体内でどのような経路で作られているのかが明らかになれ ば、医療上や食品として有用な化合物をより安価にかつ大量に作る方法が拓けます。そのようなことを目指し て、生物体に含まれる化合物の変化 (代謝) の全体像が追跡されています。
漢方薬:古来多くの国々で経験的に動植物のもつ薬効が見いだされ、疾病や怪我などの治療に用いられてきま した。わが国でも古くからいろいろな動植物が医療で利用されてきましたが、中でも中国からもたらされた体系 的な知識は「漢方」として尊重されてきました。さまざまな漢方薬のもつ薬効成分が次第に明らかにされてきて いますが、生体内では化合物は互いに助け合ったり打ち消し合ったりして作用していますので、それらの過程を 詳細に明らかにすることが今後の課題です。
*短足は遺伝子のせい?〜ただしイヌの場合
ダックスフントはなぜあんなに足が短いのでしょ うか?その答えを見つけるために英米の研究チー ムは、短足犬種95匹を含む835匹の犬を対象に遺 伝子の分析を行い、短足の犬では、FGF4という細 胞増殖因子の遺伝子の変異したものが余分に加 わって働いているという共通点を見つけました。
この余分な遺伝子は、ほとんどの遺伝子にあるイ ントロンと呼ばれるタンパク質にはならない部分 をもっておらず、エクソンのみからできていまし た。DNAの中にイントロンがないのは、いったん mRNAになったものがもう一度DNAへと 「逆転写」
されてゲノムDNAの中に潜り込んだからと考えら れます。このようにゲノムDNAの中を動き回る遺 伝子は 「トランスポゾン」 と呼ばれています。
普通の長さの足をもつイヌでは元々あるFGF4遺 伝子だけが働いているのですが、短足のイヌでは それに加えて変異したFGF4遺伝子も働くことによ り、骨が伸張する前に骨化が進んでしまい、その 結果短足になってしまうと考えられています。
調べてみるとこの変異した遺伝子は、欧州から中 東にいるハイイロオオカミにもあることがわかり ました。このことは、オオカミでも組み合わせに よっては短足のものが誕生する可能性を示していま すが、野生の状態では短足のものは生き残ること はできません。しかしその遺伝子自体は淘汰され ることなく、子孫に伝えられてきたのです。
わたしたちの祖先は飼いならしたオオカミの中か ら偶然でてきた足の短いイヌを選別し、交配を重 ねることにより 「人為的」 に短足の犬を誕生させた ことになります。