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高校入試模擬テスト 第1回 1 / 2

ナ ビ

スー パ ー

微妙

⑴1「利く」は、「気が利く」「鼻が利く」「機

転が利く」「ブレーキが利く」など、十分に機

能を発揮する、役立つという意味。「効く」は、

「薬が効く」「宣伝が効く」など、効果や働き

が現れることに使う。

「ち

じ 、( める

) 」と

書かないように注意しよ

う。

3種類、たぐいという意味。

⑵ア.同じような意味の漢字の組み合わせ。

イ.上の漢字が下の漢字を修飾している。

ウ.「火を着ける」のように、下から上に返っ

て読むと意味がわかる。

エ.「日が没する」のように、上の漢字が主語

で下の漢字が述語の形になっている。

⑷資料の「ヤバい」は、危ない、不都合であ

る、という元の意味から広がって、「おいしい」

「うれしい」「かわいい」などの意味でも使わ

れている。これは、文章で取り上げている「微

妙」に似た使われ方。つまり、「何となく言わ

んとするところ

は 伝わるし~伝わ

っている気持ちにはなれる」とい

う「

便 利 な 言 葉

」だというこ

んとするところは伝わるし、

少なくとも、伝わっている気持ちにはなれる

~疚 やましさとか痛みを感じずにすむ」という「便

利な言葉」であることを認めたうえで、筆者

が言いたいのは、最終段落の「やはりこれは

堕落 だろ う ( =本来ある

べ き 正 しい 姿 で はな

) 」 「 流 行 語 を 使 う な ら 大 安 売 り せ ず に ( =む

やみに使うのではなく

どうしても使わなけ ) 、

ればならない場合にかぎって口にするべきな

のだ」ということ。 二⑴最初に「有所恥」「有所鄙」

と、3

つの思うことを挙げ、その後、それぞれにつ

いて説明している。「有所恥」については「幼

而~吾恥之

( 吾之

を恥づ

、 ) 」

「 有 所 鄙

」 に つ い

ては「去其郷~吾鄙之

( 吾之を鄙

いやしとす

、 ) 」

については「与小人~吾殆之

( 吾之

あやふしとす

と ) 」

説 明 し て い る

。こ

のこ

と か ら

には、「殆ふしとする所が有る」とい

う内容が入る。よって、「有所恥」「有所鄙」

にならって「有所殆」とする。

「曽

無旧言」は、書き下し文によると、「曽 かつ

旧言無きは」と読む。「言」から「無」に二字

以上へだてて返るので、一・二点

( 二字

以上へ

だてて返る場合に使う

を入れる。「吾鄙之」 )

は「

吾 之 を 鄙 し と す

」と

読 む

。 「 之

」か

ら「

に一字返るので、レ点

( 直前の

一字に返る

を )

入れる。⑶古語の「故人」は、古くからの友人、昔の

友だち、旧友、亡くなった人という意味があ

る。ここでは、「古くからの友人」という意味

で用いられている。

【漢文・書き下し文の内容】

孔子が言うことには、「私は恥ずかしいと思

うことがある、卑しいと思うことがある、

危険だと思うことがある。そもそも 若いこ

ろに学問にはげむことができず、年老いた

ときに人に教えることが無いのは、私は恥

ずかしいことだと思う。自分の故郷をはな

れて、君主に仕えて栄達し、思いがけず古

くからの友人に出会ったときに、全然昔と

変わらない言葉で話すことをしないのは、

私は卑しいことだと思う。つまらない人物

と一緒にいて、賢人と親しくなることがで

きないのは、私は危険なことだと思う。」と。 ⑸ 。流行語が「何となく言わ

(2)

高校入試模擬テスト 第1回 2 / 2

ナ ビ

スー パ ー

三⑴文節とは、文を意味のわかる範囲で区切っ

た場合の最も小さい一区切りの言葉。切れ目

には、ネ・サなどを入れることができる。文

節の特徴として、次の二点を押さえておこう。

①一文節の中には自立語は一つしかない。

②文節の最初は必ず自立語が来る。

「伴奏も/指揮もネ/

ないけれどネ、まあネ/

なんとか

/な る だ ろ

う」と区切れる。

⑵サトルの兄は集団の

中に入ることが苦手なの

で、ホールの中で合唱を聴くことができなか

った。「私」は「この人

( =サ

トルの兄

) にな

かをしてあげたいという気持ちがわいてきて」

コトミとサトルに「歌うしかないなー!」と

呼びかけた。「やめれ、はずかしかけん!」と、

「すこし怒ったように言った」サトルの父親

の発言を「ここは無視させてもらう」ことに

した。「私」は、たとえ三人の歌声でも、目の

前で合唱を聴かせてあげたいと思ったのだ。

⑶最初の段落の「これまでの~お兄さんの人

生についてかんがえさせられた~おおぜいの

人が出会う様々なたのしみをこの人も受け取

ることができたのだろうか?しょうがない

の一言であきらめさせられてきたのではない

だろうか」に着目する。「私」は、サトルの兄

のために歌い、「体の奥から、音楽があふれて

くるのを感じた」。つまり、歌うことのたのし

さを全身で感じている。しかし、その喜びが

大きいほど、一方で、今自分が感じているよ

うな「おおぜいの人が出会う様々なたのしみ」

を、おそらくは受け取ることができなかった

サトル の 兄の これまでの

人 生を 改めて 思 い、

「今さらこんな風に胸が痛むなんて理不尽だ」

と感じるほど、胸がしめつけられている。

「 『 し

か た な か ね え

』 長

谷 川 コ ト ミ は 苦 笑 い

する」「しめつけられるように、苦しくて、涙

が出そうだった。私が息を詰まらせているこ

とに気づいて、長谷川コトミが手を握ってく

れた」などから、コトミは、急に歌うと言い

出した「私」の意図を理解して合唱に参加し、

「私」が息を詰まらせた気持ちに共感しなが

ら、「私」を支え、励まそうという思いで手を

握ってくれたと考えられる。

本来は危険や不都合な状況が予測される

さまなどを意味する「やばい」を「とても

素晴らしい」という意味で使うと回答した

割合が、~歳で

・5

代で・

1%に上ることが文化庁による平成年度

「国語に関する世論調査」で明らかになり

ました。

わたし

てきにはそう思います」という言葉遣

いをしたことがあると回答した割合は、

代で・0%と最も高くなっています。前

回の平成年度調査、前々回の年度から

年々上昇しています。

いいか悪いかの判断

が つかないときに

「微妙」という言い方をすることが「ある」

と回答した割合は代で

・0

% と 最 も 高

いです。過去の調査結果と比べると、「ある」

が「ない」を上回っていたのは、平成年

度で は 代以 下で し た が

、 平 成 年で は

代以下となっています。

ト リ ビ ア

コ ラ ム

私的 に は

(3)

高校入試模擬テスト 第2回 1 / 2

ナ ビ

スー パ ー

「熱

」「無」などの部首

( れっか

/れんが

) と

同じ。

⑶伝染病のため家族から隔離されている光 みつくに

を、兄は「ほぼ毎日」見舞い、「家の様子を事

細かに教え」た。それは、A

の直後

の段

落にあるように、「兄は病気に倒れた者の孤独

をよく知っている」からだ。兄も光國と同じ

病気で闘病した経験があるので、闘病中のひ

とりぼっちで寂しい気持ちがよく分かる。そ

の孤独感から弟を救うため、毎日顔を見に行

っていたのだ。

「ひ

どく申し訳なかった~ごめんなさい」と

いう言葉を、兄がくれた「犬人形」には言え

るのだが、兄に対しては直接言えなかった。

つまり、兄の前では直接口にできないが、「犬

人形」になら自分の気持ちを素直に伝えられ

たということ。本文2行目の「これまでにな

く素直に感心した」より抜き出す。

⑸⑶の解説を参照。そんな兄に感謝すると同

時に、「ひどく申し訳なかった~ごめんなさい」

と思っている。これらの

感謝や (

謝罪の

) 気持

ちを兄に伝えたいが、

直接口にできないので、「代わり

に」――

線部のように言ったとい

うこと。

⑹光國は、兄に強い対抗心を抱いていたこと、

兄に素直に謝れないことなどから、「負けず嫌

いで幼さが残る人物」だと言える。兄は、弟

の孤独を救おうと見舞いを続け、弟から「稽

古をしようよ」と言われると「にこりと笑っ」

て応じた。かつて、対抗心むき出しだった光

國に二度と稽古はしないと言ったものの、弟

の気持ちが変わったことを察し、それを理解

して受け入れた。最後の場面にも「優しく微

笑みながらうなずいて」という様子が描かれ

ている。これらから、兄は「温和で人間とし

ての器が大きい人物」だと言える。 二⑴

「 『 守

』 は

決 ま っ た 作 法 や 型 を 守 る 段 階

」 で

「決められていることを生真面目 に守るこの

段階」でもある。また、Aのある文の前

文に、「一般的には、すべての学習は真似から

始まります」とある。

「自

分の土台をつくる」ために「素直に手本

を真似る

「 ( =

初 期 の 段 階 で 我 慢 し て 手 本 の 真 似 を 徹 底 的 に 繰 り

返している」

と ) 」

「 そ の う ち に 手 本 と 同 じ よ う に や る こと の意義や手

から外れたときに生じるデメリットが理解で

きるようになります」と、傍線部①の次の文

の後半部に述べられている。

この状態

( =手本を

守る意味を理解し、自

分の 意思 で 手 本 を 守る 状態 ) で満足してしま

う人

」に

つ い て

、 「 そ れ 以 上 の 進 歩 は あ り ま せ

ん」とあり、「もったいないこと」と述べられ

ている。これと対照的に「作法や型を手に入

れて、そこからさらに出ようと意識して行動

した人だけが進歩を続けられる」とある。つ

まり、「作法や型を破る『破』の段階」に達す

ることができるということ。 本文をよく読んで、二人の人物像が読み取れ

る部分に線を引くとよい。会話文の中にも地の

文の中にも見つけられるだろう。小説を読むと

きは、登場人物の言動から、それぞれの人物の

人物像を読み取りながら、物語を読み進めてい

くことを習慣にしたい。 記述問題の満点解答ポイント

(4)

高校入試模擬テスト 第2回 2 / 2

ナ ビ

スー パ ー

創意工夫」とは、考えをめぐらせて、新し

い方法や手段を考え出すこと。また、その方

法や手段。

このような試行錯誤」は、第7~9段落に 「

述べられている「作法や型を破る『破』の段

階」の試行錯誤である。第7段落に書かれて

いる試みと、第8・9段落に書かれている試

みの二つに大きく分けることができる。解答

欄の前の「従来の作法や型から出ようと意識

してもっと効率的で合理的な方法を自分で探

す試み」は、「基本的には、作法や型を手に入

れて、そこからさらに出ようと意識して行動

した人だけが進歩を続けられる」「決められた

道から外れても~このときの行動はより効率

的で合理的な方法の創出につながる可能性も

大」などと一致しており、第7段落の試みを

まとめたもの。解答欄には二つ目の試みを答

えるので、第9段落の「時代の変化とともに、

周囲の条件の変化も必ず起こっている~こう

した場合は従来の作法や型をそのまま使うこ

とに無理が生じるわけですから、それに合わ

せて作法や型を変えていくのはむしろ当然」

を中心にまとめればよい。

イの

「初心に戻ってホテル経営を基礎から学

び直す」、ウの「板前の修業を中断し、アジア

やヨーロッパを放浪」、エの「伝統の味にこだ

わり続ける」は、「理解と経験に基づいてこれ

までとはまったく別のもの

を自分の力で」生み出し、

「優れた創造力の持ち主」と

される「離」に到達した人

とまではいえない。

⑺第7段落の5行目にある「あてずっぽう」

という言葉が、1行前の「しっかりとした 経験と根拠に基づく」と対照して用いられて

いること、初心者がやりがちな行動であるこ

となどを文脈から読み取っていれば、おおよ

その意味を推測できる。

⑻第1段落で「守・破・離」という教えがあ

ることを述べ、それぞれの段階で簡単に説明

している。その後、第2~5段落で「守

」 、 第

6~9段落で「破

」 、 第

10段落で「離

」に

つ い

て、内容を一つずつ詳しく説明している。

『光 みつくにでん』は、冲 うぶかたとうの時代小説です。一般

に時代劇「水戸黄門」として知られる水戸藩二

代藩主徳川光國の生涯を描いたものです。

皆さんは、時代劇「水戸黄門」を見たことが

ありますか。元になった講談

( 寄席

・演芸の一つ

)

「水戸黄門漫遊記」は、徳川光國が隠居して日

本各地を巡って行った世直しを描いた創作の物

語です。実際の光國は、領内を巡検している程

度で、日本各地を巡ったという記録は確認され

ていません。

光國は、伝記史料において名君と賞されてお

り、庶民の間でも知名度が高く、亡くなった時

には 江戸 の 町 に「天 が 下 二つ

の宝つきはてぬ

佐渡の金山

水戸の

黄門」という狂歌が広まった

そうです。

また、史実の光國は、家臣で儒学者の佐々 じっ

ちく(佐々宗淳)らを、「大日本史」編纂のために、

各地へ派遣しており、佐々と安 さかたんぱく(安積覚

兵衛)の二人が、助さん・格さんのモデルと見

られています。

ト リ ビ ア

コ ラ ム

『光圀伝』に限らず、ドラマや

映画の原作を読むと、

楽しさが増すと思います。

先に原作を読む派と、

先にドラマや映画を見る派に

好みが分かれるところですね。

(5)

高校入試模擬テスト 第3回 1 / 2

ナ ビ

スー パ ー

「テーブルの

うえにりん

ご がある」

と い うの は

「 言葉 に なる

」こ と だ

。「

テ ー ブ ル の う え に 赤 い り ん ご と 青 い り ん ごがあ る」

という場

合 も 同 様で あ る

。し

か し

、「

その赤 さ

、そ

の青 さが どのよ う な 赤さ で あ り

、ど

ん な 青 さ なの か

」 と問われ

て、

言 葉 に窮 するならば、

「 言葉 に ならない

」こ

と に な る

。 「 言 葉 に よ っ て そ れ を捉 えよ う と する試 み

」を

続け、

そ れ が「う

( =詩的

言語 ) 」にな

れ ば、

「 言葉 になる

こと に な る

。「

言葉 に な る

/ な ら な い」

の 境 界は、

「 目の前のりんご

を 言葉で表現で

きる かどう か と いうこ と

」で あ る

⑵直前では「何かが『ある』という事実は言

葉になり、それが『どのように』あるかとい

う有り様は言葉にならない」と述べている。

直後では「単にりんごが赤い/青いというこ

とも有り様を言い表わしている」し、「ある」

という事実も言葉で伝えることが難しくなる

場合があると述べている。よって、逆接の接

続詞が適する。

⑶傍線部②のある文の前の二文に「既成の単

語を適用するだけで済む

」の

日常生活に 「

おいて、実用的なコミュニケーションを行う

場合と述べ、その具体例

として、「果物屋さ

んの店先で、スター

キング で は な くゴ ールデンデ

リ シャ スを入手するとい

う場面

」 を

挙 げ て い

る。

⑷傍線部③の直後に「生命の必要を超える必

要を 人間がもった、という

ことに由来します」とある。

それは「共感の次元のこと」

で、

「 喜び

や辛 つらさを共にすることから始まり、

感情や見方を共有することの喜びを必要とし

たことによって

」 、人

間の言葉は、

格段に大き

と、

「 ( 個人の

) 感情 や見 方

」 を言 い 表 せ る 表 現 力 を も

つ豊かで複雑なものになり、動物の言葉とは

違ってきたのだ。

⑸エは、友達が「微妙」と言った出来事を、「分

かったつもりになっている」「微妙」という言

葉の意味にとらわれずに、自分が分析したと

いう例である。

「 微妙

」 とい

う言葉の意味を捉

え直すきっかけにもなる。

自分の感情が独特なもので、普通の表現で

はそれを伝えることができないと思い、なんと

かそれを伝えたいと思う気 もちから、表現の工夫

を試みる、ということはたしかにあります」「そ

の工夫を詩になぞらえるという事実は、この実

用的言語を超えた次元が芸術と親近性をもっ

ていることの証拠になります」とある。そして、

「たとえ話を使ったり、妙な造語をひねり出し

たりする哲学者」や、「既存の言葉の誘惑を振

り切って、《言葉になっていないものの存在を

認める》ことができたからこそ、その発見に到

りえた」科学者の例をあげている。この説明に

あてはまるものはウである。

「 共感の次元

」 を具

体的に述べた

「 喜び

や辛さを

共にすることから始まり、感情や見方を共有す

ることの喜び

」 をそ

のまま書くと長過ぎる。制限

字数 と 全体のバラ

ン ス を 考 えて、

「 共 感 す る 喜

び」程度に簡潔にまとめよう。 記述問題の満点解答ポイント

(6)

高校入試模擬テスト 第3回 2 / 2

ナ ビ

スー パ ー

二⑴A

「帳

尻」とは、収支の最終的計算。「帳

尻を合わせる」とは、収入と支出が合うよう

にする、最終的につじつまが合うようにする

という意味。ここは後者。具体的には「大学

に現役で合格し」たことなので、下一段活用

の動詞「合わせる」の連用形「合わせ」に過

去の助動詞「た」がついた形に書き直す。

「暇を持

て余す」とは、暇がありすぎて、

やることがなくて困るという意味。2~4行

目に「あと十時間以上~することは何もない

とある。「持て余す」は五段活活用の動詞。二

つの動作・状態が並行して行われていること

を表す接続助詞

「 ながら」

に接続するので、連

用形

「 持て余し

に書き直す。 」

⑵Ⅰ1~2行目に「やっぱり新幹線にすれ

ばよかっただろうか、と後悔がじわじわ湧

てきた」とある。その後「おふくろさん」に

「ちょっと、そこ邪魔、どいて」と言われ、「ご

ろごろという一言が耳に刺さ」り、

「 適当

にという一言が胸を締めつけた

そ 」 。

して

Ⅰと「心から思った

疑問形から断定になっ 」 。

ている。

Ⅱ「……と、うぬぼれていたのかもしれな

い」と続くことから、自分の存在が両親にと

って大きいもので、自分がいなくなることが

両親に大きな影響を与えるだろうと考えたと

推測できる。

ⅢⅢと「ふと思った」ことが、直後の「夜

行じゃなくて新幹線にしろと言った」理由に

思えている。

「 (自

分が両親に

とって)ろくな息子ではなか

った

」 こと

が、Ⅲのように

思う根拠になっている。 ⅣⅡの解説を参照。「おふくろは

玄関で涙ぐみながら『行ってらっしゃい』と

俺を見送るはず」と思っていた。

⑶カズユキが家にいると、「おふくろさん」が

バッグにポンカンを入れるところを見られる

可能性がある。おつかいを頼むなどしてカズ

ユキを外に出すのが、こっそりポンカンをバ

ッグに入れる確実な方法だったのだ。

実際にその日になってみると、することは

なにもない」「暇を思いきり持て余しながら」

などから、最後の一日は大事だと考えていた

が、実際に過ごしてみると特にすることもな

いことに、当惑、失望していることがわかる。

「おふくろさんが」言った「ほんなら、お母

ちゃん、ちょっとパートに出てくるけん」を

「とどめの一言

」と

ま で 感 じ て い る

。つ

ま り

特別な一日なのに両親に普段通りに扱われて

いることにがっかりしている。

落ち込んだまま家を出て、落ち込んだまま

駅に向かい、もしかしたら両親が駅に見送り

に来てくれるかもしれないという最後の希望」

がなくなり、最も落ち込んだ直後、ポンカン

とそこに書かれた両親のメッセージを見て、

カズユキの気持ちは劇的に変わる。

⑹最後の二段落の情景は、カズユキの感情の

流れ、盛り上がりを象徴している。そして、

果 汁 が 目 に 染 み て 目 が

うる

ん だ よ う な 表現 をし ている が、

本 当 は 両 親 の 思 い

が胸に染みて、感動

し た カ ズ ユ キ の 涙

だったと思わる。

(7)

高校入試模擬テスト 第4回 1 / 2

スー パ ー

ナ ビ

の前で

は、日本の玄関の戸が欧米と

同じように「ドアになった」こと、が書かれ

ている。

の後で

は、「欧米と同じよう

なドアでありながら、欧米と異なっている」

点があることを指摘している。よって、逆接

の接続詞「しかし」が適する。

「わ

たしたちは、靴

( 履き

) を脱ぐ

ことで、

外部から内部に入ったと無意識に感じている

~現在では公共的な建物や商業的な建物では、

室内でもほとんどが靴を脱がない~靴を脱が

ない室内空間は、いわばパブリックな場であ

るとわたしたちは認識している。住まいから

一歩外に出ると、パブリックな

空間である」「パブリックな空

間から帰ってくると、再び、靴

を脱ぐ」などに着目する。靴がこのような機

能・役割を果たしているため、「ある住まいか

ら他の住まいへ行くときも、途中のパブリッ

クな空間は靴を履いて歩いていく

」 。 こ

の 機 能 を筆 者 は

、「

( 港か ら港 へ ) パブ リッ ク な空 間

(=海)を渡っていく船」にたとえている。

「現在

では、花見は、段ボールの敷物という

のが少なくない。それでも段ボールの上では

履き物を脱いでいる」と続いている。その理

由として、「わたしたち

日本人にとっては、段

ボールも

畳に 代わ る もの とし て意 識され てい るの で あ る」

述べられている。

⑸第4段落に述べられているような「しきり

意識

」に

り、

場所や部屋を移る際に、履き物

を脱いだり履いたり、履き替えたりするものを

選ぶ。ウは中学校の校舎の中に入る際に、靴(土 足)から上履きに履き替える例。オは、傍線部

③の前に書かれている、「板の間よりも畳の間

の方が上位にあり清潔だ」という感覚に基づく、

「板の間ではスリッパのような上履きを使う

が畳の間ではそれを脱ぐといった習慣」の反対

で、畳の部屋からより下位にある廊下

( 板の

)

に出た際にスリッパを履いた例。ア・イ・エは、

「しきり意識」ではなく、実用性、

( 様式

)

統一性、機能性などから、その時の状況や目的

にあったものに替えた例。

⑹A

「 履き

物があれば自分の意思で室外を歩

き回れるが、履き物がなければA

ので

と前後が明確に対比されている。よって、

「 自 分の 意志 で 室 外 を 歩き 回 れ る

」 と 反対の意味

の表現か、あるいは同意の表現を打ち消した

ものが入ると推測がつく。

「下

駄を預ける」という表現に残された、

「私たちの履き物に対する古くからの感覚」

を述べた最後の二文より。

⑺第2~3段落のパブリックな空間

( 外 ) と私

的な空間

( 内 ) の区

別という観点から述べられ

ている部分と、第4~5段落の「清潔感や汚

れ、あるいは浄不浄感とかかわっている」と

論じ られ ている 部分 を 中心 にまと

める。

第4~5段落で論じられた、「清潔感や汚

れ、あるいは浄不浄感」にかかわった「上

下のしきり意識」が詳しく書かれているの

で、こちらの方だけを述べ、第2~3段落

のパブリックな空間と室内空間の区別につ

いては言及しない人もいる。しかし、全体

の構成について述べた⑺の解説からも明ら

かなように、こちらの部分も同じ様に重要

なので、必ずふれておくようにしよう。 記述問題の満点解答ポイント

(8)

高校入試模擬テスト 第4回 2 / 2

スー パ ー

ナ ビ

二⑴

体言止め」とは、短歌・俳句などで、最後

の句を体言

( 名詞 ) で終

わらせること。余 いん

感じさせる効果がある。

「わざわ

ざ意図したもの」とは、この句の最

初の「富士」と最後の

「 燕 つばめ

」 だけ

が漢字

で、他はすべてがひらがなという表記

の仕方について。特に、「初燕」の「初」

までひらがなにしたことに、「作者の表

記への著しいこだわり

」が

うか

えるとしている。

⑶後半の3段落を参照する。この歌をすべて

漢字表記にしてみると、「ずいぶん一

句の印象が違ってくる」ことに気づ

かされる。そして、「原句のほうがよ

り字づらを通して臨場感を伝えて」

くることがわかる。

⑷①

「初燕

( =その年初

めて見る燕

) 」

は春の季語。

②ア.天 あまのがわ

( 秋 )

イ.枯 かれ

( 冬 )

ウ.すみれ草

( 春 )

エ.五月雨

( 夏 )

三⑴

「そ

の肩」の主が誰と書かれていないので、

この歌は読む人の様々な想像をかきたてる。

本文は「想像が」が主語なので

( 読む

人の

) 様々

な想像が

( この

歌によって

「かきたてられる」 )

と、助動詞「られる」を用いて受け身にする。

⑵「近づきたい思いと、近づきがたい思いと、

その葛藤のなかで~結局~立ち止まってしま

った」とある。

⑶その人の影に自分の影が触れそうなくらい

まで歩み寄っていながら、実際には、影を触

れさせることさえできずに終わってしまった。

実際の距離

( =

物理的距離

) はかな

り接近して

いるが、どうしてもこれ以上近寄る気になれ

ない

( 一線

を越える勇気が持てない

) とい

う意

味では、心理的な距離は「気の遠くなるよう

な遠さ」にある。 ⑸影を通しての間接的な働きかけは、直接の

行為のような明快さや力強さは持たないが、

その分、心理的な陰影や、複雑、繊細な心情

を表現することもできる。この歌ではそれが

有効に働いていて、筆者は「そういう『影』

に思いを託したところが、まことに繊細で、

震えるような気持ちが伝わってくる」「『影』

の効いている一首だ」と高く評価している。

和歌・短歌・俳句・川柳の違いをみてみ

ましょう。

【和歌】

・五・七・五・七・七

・一首、二首と数える

・テーマは季節や恋愛などさまざま

・百人一首は和歌

【短歌】

・和歌の一種五・七・五・七・七

もともと和歌は、短歌・長唄・旋 どう

などの総称でした。しかし、平安時代

以降、和歌以外はほとんど作られなく

なったので、時代と共に和歌というと

短歌のことを指すようになりました。

【俳句】

・五・七・五

・季語を入れる

・テーマは季節や自然が一般的

【川柳】

・五・七・五

・季語を入れる必要はない

・テーマは自由

( サラリーマ

ン 川柳 な ど 誰に でもわか

り易いものが多い

)

そのときそのときの情景や感動を日本語

の持つ言葉の美しさを活かして、表現して

みませんか。きっと、俳句・短歌の魅力に

とりつかれることでしょう。

ト リ ビ ア

コ ラ ム

夕顔(夏) 藤(春)

(9)

高校入試模擬テスト 第5回 1 / 2

ナ ビ

スー パ ー

⑵aの「つい」は活用がなく、主に用言を修

飾する副詞。「~してしまう/~する」など述

部に決まった言い方を要求する「呼応

( 陳述・

叙述

) の副

」 。 b

の 「

早 い ( 連体

、cの「お ) 」

かしい

( 連体形

、 ) 」

d の

「 す ご い ( 終止

、 ) 」

eの「深く

( 連用

) 」は、も

のの性質や状態

を表す。語尾が「かろ/かっ・く/い/い/

けれ/○」と活用でき、言い切りの形

( 終止

)

が「~い」で終わるので形容詞。

⑶文節は、文を意味のわかる範囲で区切った

場合の最も小さい一区切りの言葉。切れ目に

は、ネ・サなどを入れることができる。文節

の特徴として、次の2点を押さえておこう。

①一文節の中には自立語は一つしかない。

②文節の最初は必ず自立語が来る。

「石けん

/作 る

/こ とに

/な っ て

いた」と区切れる。

単語は、文節をさらに細かく分けた一つ一つ

の言葉で、言葉の最小単位。

「石けん

( 名詞 ) ・を ( 助詞 ) /作る

( 動詞 ) こと ( 名詞 ) に ( 助詞 ) /なっ

( 動詞

・促音便

) て ( 助

) /い ( 補助動詞

) ・た ( 助動詞

) 」と

分けられ

る。

「石

けんにぐんと興味が広がる」につながっ

ていくので、化学式が書かれていることを、

肯定的に見ていると推測される。選択肢の中

で、肯定的な気持ちを表すのは、ウの「せい

せい」とオの「わくわく」。「せいせい」は、

気持ちが

晴 れる さ ま、すっき

り する さま で、

「興味が広がる」につながら

ない。

「期 待やう れ し さ

、楽

しさなどで胸が騒ぐさま」を

表す「わくわく」が適する。 ⑸

「父さんの影

響かも」を具

体的に述べた、「俺も

将来

、 ( 父さんのよ

うに

) 科学者に

なりたいって憧れたんだ」を中心にまとめる。

⑹傍線部③のように感じた理由は次の段落に

ある。マチは、科学部は運動部と違い、水曜

日と金曜日しか活動がないと琴 ことに言われて

( 科学

部の活動には運動部ほどの真剣さ、必死

さがないのではないかと感じ、

) ショ

ックだっ

た。そして、マチ自身も運動部に入る勇気が

出なくて、「中途半端な気持ちで科学部に入っ

てしまったと感じていた

」 。 し

か し

、 奏 人のよ かな

うに科学部の活動に真剣な人もいると知ると、

自分が運動部に対して負い目のようなものを

感じていること自体、失礼ではないかと思い、

「ひそかに、深く、反省」した。そして、マ

チにそれを気付かせたのは、マチの問いに応

じ、「だからかな。俺も将来、科学者になりた

いって憧れたんだ」と答えたときの、奏人の

「いきいきとして見えた」表情だった。

「今日からは、

家で石けんを見ても、ただ見

るだけじゃなくて、きっと材料や作り方が気に

なるはずだ」は、これからの科学部の活動を通

して、自分のものの見方や知識がもっと広がっ

ていくだろうという期待や見通しを発したも

ので、マチは「それが、とても楽しい」と感じ

ている。これは、Aの「水酸化ナトリウムを使

った化学式が黒板に書かれているのを見ると、

わくわくした」という知的な好奇心、探究心と

同質のもの。奏人のような、科学部の活動に真

剣な人がいることを知った今は、より強い、確

信めいた思いへと変わっている。だからこそ、

「科学部に入ってよかった」と、初めて思えた

のだ。

(10)

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ナ ビ

ス ー パ ー

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記述問題の満点解答ポイント

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動のには、

(

きたいた

、 )

(

てんで

、 )

ちたった (

)

などがあります。

ト リ ビ ア コ ラ ム

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(11)

高校入試模擬テスト 第6回 1 / 2

ナ ビ

スー パ ー

「生じる」

は 上一段活

用の 動 詞

。したがっ

「 生じ/生じ/生じる/生じる/生

じ れ

/生じ ろ ( 生じよ

) 」と活

用 する。未

然形と 連用 形が 同形だ が

、本文は

打ち消しの助動 詞「ない

」に接続

しているので、

未然

形。

⑵傍線部②の3~4行後の「本を読むおとな

の声~身をゆだねるとともに」と、

前の「おとなが本を読むのを~楽しむだけで

なく」がほぼ対応している。

「まだ

本の読めない幼児にとっては、ひとに

本を読んでもらうというのが、本との本来の

つきあいかた」とある。本はおとなに読んで

もらうのが当たり前だと思っていたのに、本

( 自分で ) 読めとすすめられた幼児の驚き

を、

を、筆者は「紙芝居を自分で読めと言われた

ときとおなじ困惑」と表現している。

文 脈 か ら、子 どもの 本 との 関わり方

には、

「読んでもらう段階」と「自分で読む段階」

があって、ここはその移行期間。前の段階に

は「失われた共同性」、あとの段階には「あら

たな共同性」が対応している。この段落の最

初に「ひとりで本を読むという行為において

は、直接の対人的な共同性は失われている」

とある。⑸おもにこの段落の後半部に書かれている。

「あらたな共同性」とは、子どもがひとりで本

にむかっているときに、子どもと「意味の世

界・作者・言語社会」それぞれとのあいだにな

りたつ、共同の場、共同関係である。それは「失

われた 共 同 性

=直接 の

対人的な共同性」に比べ

ると、当然「間接的」で

あり、また「格段に抽象

的なものになっている」。 ⑹第2段落で幼児期の直接的な共同性におけ

るお と な との も っと もゆた か な コミ ュ ニ ケ ー シ ョンが語られ

て いる

。 こ の 部 分 は

、 筆者 自身 の 体験か ら く る 確

信から、抒情 じょじょう

な描 写も見 ら れ る。し か し

、 筆

者はこの時期と「自分で読む段階」の「新た

な共同性」との、比較、対比はしても、その

優劣、正否、好悪は一切論じていない。成長

に従っての後者への移行を事実、あるいは必

然と して

、成長段

階に応じて

説 明して い る。

「ここでの

( あら

たな

) 共同

の関係が、本を読

むおとなとそれを聞く子どもの直接的な共同

関係にくらべれば、格段に抽象的なものにな

っていることはあらそえない事実なのだ」と

いう客観的で冷静な記述の後、最後に結論が

述べられている。 「あらたな共同性=そこに生じた共同の場」に

ついて語っている「子どもと意味の世界とのあい

だに成立しているといってもいいし、子どもと作

者のあいだ、あるいは、子どもと言語社会とのあ

いだになりたっているとも言ってもいいが」の部

分は繰り返しや重複が多い。最も大事な部分であ

る「意味の世界・作者・言語社会」に着眼し、繰

り返しを少なくして簡潔にまとめる。 記述問題の満点解答ポイント

(12)

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(13)

高校入試模擬テスト 第7回 1 / 2

ナ ビ

ス ー パ ー

くろは二三の誕生に先駆けて、父親の亮助 「

が浜の漁師からもらった犬だ。犬は安産のお

守りだからよう」「丈夫な二三が誕生したあと、

子犬はくろと命名された」「二三と同じ年の四

歳だが、くろはもはや成犬である。それでも

犬なりに、二三とは格別の間柄であることを

わきまえているらしい。まだこどもの二三に

は、ことのほか従順だった」とある。この「二

三とは格別な間柄」とは、くろが安産のお守

りとしてもらわれて来て、二三が無事誕生し、

丈夫に育ち、今もくろをかわいがっていると

いう間柄のことである。

⑶①の直後からの

10行は、二三とくろとの関

係、今までのいきさつを説明した部分。「柏

葉っぱを踏んだら、おかあちゃんに叱られる

でしょ」は、①で「立ち止まり、二三に振り

返った」くろに向かって二三が言った言葉。

この言葉にくろは「大きな犬が、子犬のよう

にクウンと鼻声で鳴いた」。つまりこの2行は、

くろが「まだこどもの二三には、ことのほか

従順だった」ことを示す具体的な描写で、説

明部の最後とうまくつながっている。

「 とはいえ、亮 が柏 をだれよりも喜ぶ

のは、甘い物好きだからである。が、たとえ

そうであっても跡取りがすこやかに育ってい

るのは、亮助とよしにはこのうえない喜びだ

った」とあるところから。

ろは ( く

) 二三

と同じ年の四歳」

「亮太はもう十二歳で、しっかり

と菜種作りの家業を手伝っていた」

「七歳のみさきが、台所の隅で糝 しん

を練っていた」「亮太の好物を

えるのは、よしとみさきの仕事だった」「お かあちゃんが蒸 かしてくれるのは、おにいちゃ

んとおとうちゃんが、畑から帰ってきてからだ

よ」「お昼過ぎには、柏餅ができるんだって」

などから。

⑹跡取りの亮太は、村の女房にうらやましが

られるほどの働き者で、今日も午前中は父と

いっしょに畑に出ている。母と姉のみさきは

台所で柏餅を作っていて、父と兄が畑から帰

ってから餅を蒸かすつもりでいる。いちばん

小さな二三だけは特に仕事もなく、朝からく

ろと遊び、畑のようすを見に行った。彼らが

畑から帰ってくれば、みなが楽しみにしてい

た柏餅をいっしょに食べ、くろも分け前をも

らえる。家業である菜種作りを中心によくま

とまっている、仲の良い家族の姿といえる。 ⑶ くろのことを書いた部分から二三の年齢

がわかり、みさきが二三の姉だという二人

の関係がわかる。 記述問題の満点解答ポイント

「習わし」という言葉が出てきました。「習

わし」は、「習慣」「風習」などとも言われま

す。みなさんは、どんな習わしを知っていま

すか

新年の一月七日にいただく「七草がゆ」や、

冬至にゆず湯につかるなど、先人たちから伝

わる「習わし」はどれも意味があり、家族や

仲間の幸せを願うものです。それらに込めら

れた先人の思いや

知恵を知ること、

そして、習わしを

後世に引継いでい

くことが大切ですね。

ト リ ビ ア コ ラ ム

仲間の幸せを願うものです。それらに込めら

くことが大切ですね。

(14)

高校入試模擬テスト 第7回 2 / 2

ナ ビ

ス ー パ ー

二⑴

~でいる 「

( ~て

いる

) 」

の「いる」は、「存

在する・滞在する・住む」という本来の動詞

としての意味を失い、上の動詞の動作・状態

が現在も続いているという補助的な意味を表

している補助動詞。よって、「運んで」と「い

る」の二つの文節は補助の関係。

⑵対 は、意味や内容が相対・類似した二つ

以上の語句を、対照的に並べて表現する表現

法。「山紫に水清し」「月に群 花に風」

など。第一連に対句は用いられていない。第

二連の反復は「針は銀色針は銀色」。第三連

の体言止めは「働き」。第四連の擬態語は「き

らりっと」。また、この連では「針は~光って

みせる」と、針が意志

を持って光ったよ

うな書き方をして

いるので擬人法で

もある。

久々に針を持ったとき」と「久々に針を運

んでいる」「

美しさが心にしみまし

た」と「針の光をたのしんでいる」「針はき

らりっと陽をうけて光ってみせる」が対

応している。

⑷生まれつき持っている性質や体質、資質。

⑸次の段落で、一目一目縫い進んでいく過程

は私たちの日々と同じだと言っている。一目

一目を小さく進みながら「一枚の着物」が出

来上がっていくように、平凡なかたちで過ぎ

ていく、「その日々の重なりが私たちの人生を

造ってゆく」と述べている。

三⑴古文で言葉の先頭にない「はひふへほ」

は、「わいうえお」に直す。

⑵ア.徂 おうの家に外国製の琴があるという

ことを聞いたのは心 しんえつ禅師 。そしてそれを借 りようとした。

イ.琴を借りることに成功して徂徠翁の家の

門を出たのは心越禅師。

ウ.徂徠翁が心越禅師のところへ、琴を砕い

て内側を見て構わないと言いにやらせた。

エ.ウで「言いにやらせた」徂徠翁のメッセ

ージに対する、心越禅師の返事。

⑶気性が強く、心越禅師に対して子どもをあ

しらうかのように応対した。しかし、禅師が

この琴を真似て作りたいのだということを察

すると、わざわざ人をやって、琴を壊して内

側を見ることを許した。

⑷儒学者で学問や真理を追究している徂徠翁

は、心越禅師の言葉

( 【

古文の内容】を参照

)

を聞いてはじめて、禅師が音楽の学を学ぼう

とする覚悟が並ではないことを知った。

【古文の内容】

心越禅師は音楽の学に詳しくて、徂徠翁

の家に外国製の琴があるということを聞

き、つてを頼って、徂徠翁に対面した。徂

徠翁は気性が強い人なので、(心越禅師に対

して)子ども

( をあしらうか)

のように応対

する。心越はこれを気にせず、とうとう琴

を借りることができて門を出た。翁はあと

から使いの人を走らせて言うには「禅師が、

本来、外国製の琴を私に借り求めたのは

( 琴

) 作るためである。

たとえ巧みな技がある

といっても、外から様子をさぐるのではど

うやって琴を真似て作る事をしようか。砕

いてよくその

( 内

側の

の跡を御覧なさ ) 斧

い。」と言いにやらせたところ、心越が答え

て言うには、「すでに借りたからには、も

ともと持ち主の許可を待たないでそうしよ

うと思っている。」と言った。徂徠翁ははじ

めて

( 心

越禅師の

) 覚

悟が並ではないことを

お感じになったということだ。 ⑸ ⑷

Referensi

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