二
〇 一 三 年 九 月
「 今 月 の 言 葉
」 と
「 今 月 の 聖 語
」 に つ い て の 紹 介 今 月 の 言 葉 た だ 誹
そしら れ る だ け の 人 、 ま た た だ 褒
ほめ ら れ る だ け の 人 は 、 過 去 に も い な か っ た し 、 未 来 に も い な い で あ ろ う
、 現 在 に も い な い
。
『 法 句
ほ っ く
経
きょう』
私た ちは 様々 な人 との 関係 の中 で生 きて いま す。 どん な人 とも 仲良 く付 き合 って いく こと がで きれ ば いい ので すが
、時 には
「仲 良く なれ ない なぁ
」
「苦 手だ なぁ
」と 感じ る人 もい る かも しれ ませ ん。 とこ ろが
、そ の「 いや な 人」 が 他の 人に とっ ては
「い い人
」だ と 言わ れて いた
、と いう 経験 をし た人 はい ませ んか
。つ ま り
、い や な人 と い うの は、 自 分
・
・
に・ とっ て
・
・
・
い やな 人の こと であ って
、誰 に と って もい やな 人で はな いと いう こ とな ので す。 同様 に、 いい 人も 自分 にと って いい 人を いう ので あ って
、誰 にと って もい い人 だと は 限り ませ ん。 自分 の 都合 に よっ て 人を いい 人
、い や な人 と 勝手 に 判断 し てし まい が ちな 私 達。 今 月の 言 葉は
、
「た だ非 難さ れる よう ない やな 人 も、 ただ ほめ たた え ら れる だけ のい い人 もい ない
。人 を勝 手に 判 断し ては なら ない
」と 語り かけ てい るよ うに 思 われ ま す。 人 を一 面的 にし か見 るこ との でき ない 自 分の あり 方を 今一 度見 つめ 直し て みた いも ので す。
今 月 の 聖 語
一 人 で あ っ て 一 人 で は な い の で す
高 史
コ
サ
明
ミョン「大 人に なる って どう いう こと でし ょう か」 おも いや りを もつ こと がで きる
。気 遣い がで きる
。二 十 歳に な る。・・・
。 色々 な 答 えが 返っ てき そう です が、
「自 立」 もそ の内 の 一つ に数 えら れる でし ょう
。 自立 の意 味を 調べ てみ ると
、「 他の 援 助や 支配 を 受け ず、 自分 の力 で判 断し たり 身 を立 てた り す るこ と」
(『 広辞 苑』
)と あり ま す。 中高 生に なり
、主 体的 に 判断 して 生き よう とす るこ とは 大切 です
。が
、誰 の援 助も なく 一人 で生 きら れる と思 い込 み、 周り と無 関 係な 態度 をと るの は自 立で はな く「 孤立
」な ので す。 かと いっ て、
「他 人ま かせ
」に 生 きる こ とは
、自 立 とは 程遠 いこ とで す。 手 段と して しか 相手 を 見ず
、一 方的 で自 己中 心的 な立 場 だと 言 えま す
。 一方
、「 お 世話 さま
」と か
「お かげ さ ま
」と い う言 葉が あり ます が、 それ らは
「 人は お互 いに 世 話に なら ずに は生 きて いけ ない
」と い う含 みが ある よう に 思わ れま す
。お 世 話に なる が、 お 世話 も する とい う双 方向 的な 大人 の関 係 の中 で
、発 せ られ る言 葉だ とい える でし ょう
。 自立 であ って
、孤 立 では ない
。お 世話 さま であ って
、他 人ま かせ で はな い
。そ れ が、
「 一人 であ って
、一 人で はな い」 の意 味な の では ない でし ょう か。