保険学会関東部会
上智大学大学院 清水太郎 1.はじめに
他保険契約の告知義務は道徳的危険に対処するための制度。
改正前商法の告知事項:重要ナル事実又ハ事項
保険法の告知事項:危険に関する重要な事項のうち保険者になる者が告知を求めたもの →他保険契約の告知義務の再検討
2.改正前商法下の議論
有効であることを前提にし、改正前商法下の議論を概観。
(1) 裁判例
・火災保険の重複保険に関する【1】大判昭和10年12月2日判決全集2輯24号1268頁
「該保険契約ハ常ニ必シモ当然無効ニ帰スルモノニ非スシテ保険者タル被上告会社ニ於テ其ノ無効ヲ主張スルニ 付キ公正且妥当ナル事由ノ存スル場合ニ其ノ無効ヲ主張シ以テ之ヲ失効セシメ得ヘキ権利ヲ留保シタルニ止マリ シ保険契約者ノ同条違背行為ヲ黙認シ保険契約ノ存続ヲ欲スルトキハ之ヲ有効ノモノト為シ得サルニ非サル趣旨」
ただし、リーディングケースと認められるかは疑問。
・故意・重過失を字義どおりに解釈する裁判例
【2】東京地判昭和63年2月18日判時1295号132頁(海外旅行傷害保険:解除可)
【3】神戸地判平成元年9月27日判タ727号214頁(傷害保険:解除可)
【4】水戸地判平成10年5月14日判タ991号221頁(傷害保険:解除可)
【5】東京地判平成12年5月10日金商1099号42頁(傷害保険等:解除可)
・保険者に加重要件を課す裁判例
【6】東京地判昭和61年1月30日判時1181号146頁(車両保険:解除不可)
【7】東京地判平成3年7月25日判タ779号262頁(傷害保険:解除不可)
【8】東京高判平成4年12月25日判タ868号243頁(住宅総合保険:解除不可)
【9】東京高判平成5年9月28日判タ848号290頁(【7】の控訴審、解除可)
【10】広島地判平成8年12月25日判タ954号241頁(傷害保険:解除不可)
【11】神戸地判平成13年11月21日交通民集34巻6号1538頁(傷害保険等:解除可)
【12】東京地判平成15年5月12日判タ1126号240頁(傷害保険等:解除不可)
【13】名古屋地判平成15年6月4日交通民集36巻3号823頁(交通傷害保険等:解除不可)
【14】青森地八戸支判平成18年6月26日判タ1258号295頁(傷害保険等:解除不可)
【15】大阪地判平成18年9月29日交通民集39巻5号1369頁(傷害保険:解除不可)
【16】仙台高秋田支判平成4年8月31日判時1449号142頁(建物更生共済:解除可)
【17】大阪高判平成14年12月18日判時1826号143頁(傷害保険:一部解除可)
・保険契約者に加重要件を課す裁判例
【18】東京地判平成2年3月19日判タ744号198頁(海外旅行傷害保険:解除不可)
【19】東京高判平成3年11月27日判タ783号235頁(【18】の控訴審、解除可)
【20】東京地判平成13年5月16日判タ1093号205頁(海外旅行傷害保険:解除可)
【21】神戸地判平成13年10月12日LEX/DB文献番号28071366(【17】の原審、解除可)
【22】名古屋地判平成15年4月16日判タ1148号265頁(傷害保険:解除可)
【23】東京地判平成21年4月30日West Law Japan文献番号2009WLJPCA04308008(障害保険等:解除不可)
(2) 学説
裁判例が加重要件を課す理由:
他保険契約の告知義務が十分に理解されておらず、遵守を期待するのが難しい義務の違反と効果との均衡。
事後的な保険金不正請求対策。
・加重要件を課さない学説
・加重要件を保険者に課す学説 通説的見解なし。
・加重要件を保険契約者に課す学説
3.保険法下における他保険契約の告知義務 (1) 立案担当者の見解
当該他保険契約の存在が、締結しようとしている保険契約における危険に関する 重要な事項であるかどうかによって決定されるので、常に告知事項となるわけではない。
ただし、告知事項とされても、他保険契約の存在と保険事故は関係なく、保険者は免責されず。
保険事故への対応は重大事由解除。
(2) 学説
・肯定説(立案担当者と同旨の見解)
→保険事故発生前後に分けて考察。事故前は告知義務違反解除。事故後は重大事由解除。
・否定説
→因果関係不存在特則を回避するために事故前後に分けるのは技巧的。
他保険契約の告知義務
他保険契約の告知義務は、保険者が契約締結の可否を判断する情報を収集するための注意的事項。
事故発生前後を通じて重大事由解除。
(3) 検討
① 告知事項とすることの可否
・危険に関する重要な事項(事実)のうち保険者になる者が告知を求めたもの
=保険者が当該事項を知ったならば保険契約を締結しなかったか、同一の保険料では引き受けなかった事項 【24】大判明治40年10月4日民録13輯939頁
「他会社ニ保険契約ノ申込ヲ為シタル場合又ハ同一契約ノ申込ヲ為シテ承諾アリタル場合ハ…被保険者ノ 生命ニ付キ危険測定ニ関係ヲ有セサルカ故ニ同条ノ重要ナル事実中ニ包含セサルモノト解釈シタルモ亦相当」
【25】大判大正11年8月28日民集1巻501号
「被保険者ノ告知スヘキ重要ナル事実トハ生命ノ危険ヲ測定スルニ付影響アル素質ヲ有スル事実」
→判例は、一貫して告知義務をして保険危険事実を選択するための制度と解している。
・告知義務の根拠:危険測定説/善意契約説
・歴史的な確立過程では、善意契約性を強調。英国法でいうところの最高信義。
しかし、英国においても、かつてほど最高信義は重視されていない。
1906年海上保険法17条「海上保険契約は最大善意に基づく契約であり、
当事者の一方によって最大善意が遵守されない場合、その契約は他方当事者によって取消されうる。」
→契約当事者双方に告知義務が課されている。
・除斥期間との関係
・保険事故と関係ない事項を質問するのであれば、質問事項の妥当性が問題。
・生損保ともに、契約内容登録制度ある。
⇒日本の告知義務制度は、保険契約者・被保険者の危険の測定に必要な保険危険事実を収集するための制度。
② 保険金請求への対処 ・事故発生前後を分ける学説。
・道徳的危険に対処するために、重大事由解除のバスケット条項で対応。
立案担当者:著しい重複契約、短期集中加入/学説:左記に加え、信頼関係を破壊する要素 ・バスケット条項が問題となった裁判例
【26】東京簡判平成4年2月28日文研生命保険判例集7巻31頁(否定、64,000円)
【27】広島地判平成8年4月10日判タ931号273頁(肯定、47,500円+故意の事故招致)
【28】徳島地判平成8年7月17日生命保険判例集8巻532頁(肯定、47,000円+覚せい剤)
【29】大阪高判平成9年7月16日生命保険判例集9巻343頁(否定、40,000円超)
【30】東京地判平成11年3月6日判時1788号144頁(否定、死S20億円弱)
【31】大阪地判平成12年2月22日判時1728号124頁(肯定、10,000円)
【32】札幌高判平成13年1月30日生命保険判例集13巻58頁(肯定、84,000円)
【33】大分地判平成14年11月29日生命保険判例集14巻807号(肯定、55,000円+請求操作)
【34】福岡地判平成15年12月26日生命保険判例集15巻842頁(肯定、80,000円)
【35】東京地判平成16年6月25日生命保険判例集16巻438頁(肯定、103,00円)
【36】大分地判平成17年2月28日判タ1216号282頁(肯定、119,000円)
・他保険契約の告知義務が問題となった裁判例との対比(重複契約、短期集中加入)
【5】13件/入院237,600円/H3.6.27~H5.2.19/他に生保8社と15件、共済、簡保あり。
【10】5件/入院80,000円/H4.12.2~H5.1.13
【15】12件/入院116,200円、通院63,800円/H1.1.23~H12.6.1(自動継続含む)
【22】7件/通院52,000円/H13.7.2~11
【23】4件/入院65,000円、通院25,000円/H8.2.1~H10.1.26(自動継続含む)
→【23】は重大事由解除可。【10】も可となる。【5】【22】も可と考えられるが、【15】は疑問である。
上記以外は、バスケット条項による重大事由解除を否定されると考えられる。
③ 保険法下における他保険契約の告知義務
大審院判例、英国との対比、他の条文との関係、質問事項との関係から、他保険契約の存在は告知事項でない。
保険金請求は重大事由解除で対処するが、もともと道徳的危険に対処する制度なので、著しい重複保険の 短期集中加入に加え、信頼関係を破壊する要素を必要と解すべき。
重大事由解除をもって従来の他保険契約の告知義務の射程が全てカバーされるわけではないが、その場合、
道徳的危険が認められない事案なので、問題ない。
4.おわりに
保険法における告知事項→物理的危険に関する情報のみ。
他保険契約の状態における保険金請求→重大事由解除。
本報告は、「2014年度 全労済 給付奨学生」の研究成果の一部である。