1
保険法下における「告知事項」の検証
高度障害保険金支払事由規定と告知義務規定との調整
長谷川 仁彦
課題
保険法における保険種類の分類が、損害保険契約、傷害疾病損害保険契約、生命保険契 約と傷害疾病定額保険契約に分類された1。それぞれの危険発生の可能性は異なる2ことから 現行の告知事項で足りるか専用告知書の創設を要するとも考えられ3、また、保険法制定以 降、法制審議会保険法部会の審議経過を踏まえて、保険約款の「責任開始期前発病不担保 条項」の規定の考え方が変更されてきているともいえる。特に、「責任開始期前発病不担保 条項」規定が告知と関連付けて適用されるよう変更されてきているため、告知の果たす役 割も変容されたとみるべきかを考察する。
1.訴訟動向について
1-1.給付事由を巡る訴訟の増加
近時の訴訟動向を見るに、傷害疾病定額保険の医療保険の販売が増加する中で、第三分野の給 付事由、入院の必要性等につき約款に定める給付事由に該当性を巡るものが増えてきている
(16%)。その中でも、告知義務違反による契約解除に関する訴訟は一定の割合を占め(13%)、
告知義務制度の理解の難しさを物語っている。
告知義務違反による解除を巡っての争点は、解除の要件の一つである主観的要件に関するもの が多いが4、一方で告知事項にその重要性を巡り争われたものも認められる(7日以上5の継続治 療、要経過観察6、告知書に掲載病名は例示列挙7等)。
1 保険法2条6号損害保険契約、7号傷害疾病損害保険契約、8号生命保険契約、9号傷害疾病定額保険契 約
2 保険法37条生命保険契約、保険事故(被保険者の死亡又は一定の時点における生存の発生の可能性、66 条「給付事由の発生の可能性」
3 近時、覚せい剤などの薬物常用が広く一般に使用されている旨を伝えられていることや高齢化社会の 問題である認知症者の告知義務について整備が要請される、また薬物の常用の中でも・中毒、覚醒剤・麻 薬について告知事項としていない告知書が多いが、個人情報、犯罪行為を告知することで現実的ではない、
これらによる保険事故は明らかに高いと思われるので告知を求めるのが妥当ではないかと思う。
4 ①岡山地倉敷支判平成17年1月27日判タ1200号264頁、②大阪高判平成11年11月11日判時1721号147頁、
③浦和地判平成8年10月25日判タ940号255頁、④東京地判平成3年4月17日判タ770号254頁など
5 秋田地判平成 4 年 6 月 30 日「7 日以上治療の趣旨は、実通院日数の意味であるか治療期間の意味である か…7 日以上連続して医師の治療」
6盛岡地判平成22.6.11(平20(ワ)第866号)判タ№142-211)「本件告知書には「指示・指導」の 例示や具体的な説明の記載がないことも相まって、忘却や時期の認識についての混乱が生じやすい事項と
2
(過去 10 年間の訴訟状況、生命保険判例集を集計)
1-2.支払事由を巡る課題について
従来、保険会社の危険選択は、生命保険における死亡保険を中心として危険選択する形で 構築されてきた。一方、傷害疾病保険の需要の高まりにともない死亡保険による危険選択の ノウハウを利用してきているのが実際である。また、その結果、死亡保険が行っている危険 選択が、入院・手術の可能性の高い重症者を排除することによって、間接的に傷害疾病保険 に対しての選択効果をもたらしたとの指摘もある8。
傷害疾病定額保険の販売状況は、1964 年生保業界統一商品として災害関係特約が販売され た。1970 年代に入り疾病特約の販売により疾病による入院に対する給付が行われ、その後、
特定の病気に備える保険としてがん保険や、三大疾病(がん、急性心筋梗塞、脳卒中)で所 定の状態になると給付対象となる商品が開発されてきている9。
医療保険分野の支払事由の原因は、喘息、筋肉骨格系、精神系統の疾患が50%、死亡保 険の支払事由の原因は、悪性新生物、高血圧や心臓病などの循環器系疾患が70%を占める 死亡保険と異なる傾向がみられる。かかる傾向を踏まえて、生命保険と医療保険それぞれの 専用告知書を創設する提言がなされている10。とりわけ、先述したとおり保険法の定義から専 いわざるを得ない。」
7 札幌高判昭和58年6月14日「鶏卵大に近い黒色の腫瘍は、告知事項の腫瘍に該当する。」
8 小林三世治(2007年)「保険医学からみた民間医療保険の課題」保険学雑誌596号14頁
9 2015年生命保険の動向(生命保険協会平成27年10月)保有契約件数医療保険3194万件21.1%、終身 保険3151万件20.8%、がん保険2197万件14.5%、定期保険特約1844万件12.2%、養老保険1284万件 8.5%、定期付終身1097万件、7.2%)
10 小林前掲27頁
訴訟事由 訴訟件数 占 率
(%)
自殺(未遂高度障害) 98 8.7 故意又は重過失(故殺) 87 7.7
告知義務 147 13.1
支払事由 179 16.0 不慮の事故の該否 118 10.5 集中加入モラル関係 86 7.6
受取人変更・保険金請求権の帰属 83 7.4
説明義務 43 3.8
失効・復活 50 4.5
その他 227 20.3
計 1118 99.6
3 用告知書の創設の要請が求められてくる。
専用告知事項に基づき個人の危険に関する情報提供を受け、個々人の健康状態に応じた保 険種類ごとの契約が可能となろう。とりわけ、傷害疾病定額保険契約の範疇の契約について は、例えば、高度障害保険金の支払事由の一部不担保とする、部位不担保の取扱い等々によ り、被保険者本人の状態に則した契約が締結でき、給付反対給付均等の原則の要請に応えら れる。
死亡危険に対する評点は、高度障害状態になる危険と保険料支払い免除となる危険も含んだ評 点となっている。 支払事由の訴訟における高度障害保険金に関する「責任開始期以降不担保条 項」につき近時の規定変更における課題を検証したい。
2.告知事項と責任開始期前発病不担保規定
告知義務制度は、保険契約締結時において、保険事故発生に影響を及ぼす重要な事項について 告知を求めて危険選択を行うことによって予定事故発生率を維持し、もって契約当事者間の衡平 を図る制度であり、責任開始期前発病不担保条項も、契約締結後に危険選択を行って、告知義務 制度によっては果たせない危険の選択を補完する制度であって、両制度は共に予定事故率を維持 する機能を有するものである(札幌高裁平成元年 2月20日判決)。
高度障害保険金(昭和56年身障者年に、従前、廃疾給付金としていたものを高度障害保険金と 呼称を変更。以降、「高度障害保険金」という。)は、昭和7年までは保険会社の剰余金分配方 法の一方法と考えられていたため、高度障害の保障範囲(1.両眼が失明したもの、2.そしゃく及 び言語の機能を廃したもの、3.両上肢を手関節以上で失ったもの、4.両下肢を足関節以上で失ったもの、
5.一上肢を手関節以上で失い、且つ、一下肢を足関節以上で失ったもの)は、極めて限定的であった。
その保険事故の偶然性を担保するための支払要件として「責任開始期以降に生じた傷害又は疾病 によって生じた」と規定し、その原因によって一定の障害状態となったときに保険金を支払うと するものである。限られた状態を保障対象としているため、責任開始期前発病不担保規定によっ て偶然性の担保、逆選択防止の対応ができ、これに関連する側面についてあえて告知義務を課す 必要性はなかった。
昭和51年7 月の約款改定により、高度障害状態の範囲が拡大(拡大された状態、中枢神経系・精神 または胸腹部臓器に著しい障害を残し、終身常に介護を要する状態、両上肢、両下肢につき「その用を全く 永久に失ったもの」、一上肢を手関節以上で失い、かつ、一下肢の用を全く永久に失ったとき、一上肢の用 を全く永久に失い、かつ、一下肢を足関節以上で失ったもの)されてきた11。責任開始期前発病不担保 条項のみでは、今後大量に発生すると予想される責任開始期前の疾病を原因として高度障害状態 に該当する不良契約に対応できないことから、これを契約解除という手段によって排除する必要 性が生じたため,高度障害状態の条項に関連して告知義務を課するに至った(札幌高判平成元年 2月20日・文研判例集第6巻5頁)。
かかる事情の下、高度障害危険発生に関する告知義務が課されたわけであるが、一方で、責任
11 平尾正治「第三種保険の沿革」生命保険協会報69巻1号4頁
4
開始期前発病不担保条項が機能することとなるので、契約締結後に危険選択を行って、告知義務 制度によっては果たせない危険の選択を補完する制度であって、両制度は共に予定事故率を維持 する機能を有するものであると説明されてきた。
そのためには、告知義務制度と責任開始期前発病不担保規定は、それぞれの機能を果たすこと を期待され、裁判例もこの考え方を支持し加入時の危険選択と事後的な危険選択12の両輪により 保険が担保する危険の範囲を選択できるとしている13。
筆者は、従前の責任開始期前発病不担保規定においては、疾病・傷害保険における予定事故率 の維持の制定趣旨及び逆選択加入に対する告知義務制度による排除の限界からすれば、本規定は むしろ主たる役割を果たすものであると考えてきた。それは、支払事由の一つとして責任開始期 以後の疾病を原因とした高度障害状態を担保するという規定は、告知義務制度の補完的規定とい うより別個独立した機能を有すると理解すべきものと考えてきた14。
2-1.責任開始期前発病不担保規定に対する適用と課題
責任開始期前発病不担保の有効性を認めつつ,発病を保険者側が認識していたか、容易に認識 しうるにもかかわらず保険契約者に対して責任開始期前発病不担保となることの留保をしない で保険契約を締結したような場合には,保険者は信義則上責任開始期前発病不担保条項を援用す ることができないというように,契約締結過程における信義則の観点から解決されるべき問題で あろうとする15。
裁判例では、大阪高裁平成 16 年 5 月 27 日判決の訴訟においては争点とはされなかったが、判 旨の中で「原告は生命保険契約について手違いがあってはならないと考え、また医師の診断を受
12告知義務制度を補完する役割を担うとする判決として次のものが挙げられる。高度障害保険金において は、この責任開始日前に生じた発病を不担保とする条項は有効であるとする最高裁の判断が既に示されて いる(最高判平成元年10月27日。なおその原審である札幌高裁平成元年2月20日判決は「告知義務制 度は、保険契約締結時において、保険事故発生に影響を及ぼす重要な事項について告知を求めて危険選択 を行うことによって予定事故発生率を維持し、よって契約当事者間の衡平を図る制度であり、契約前発病 不担保条項も、契約締結後に危険選択を行って、告知義務制度によっては果たせない危険の選択を補完し ようとする制度であって、両制度は共に予定事故率を維持する機能を有するものである。その除斥期間の 経過によって消滅するのは契約解除権だけであって、契約前不担保の条項は何等変容を受けるものではな いというべきである」。宇都宮地裁大田原支部平成10年6月30日「契約前発病不担保条項は、予定高度 障害発生率を維持すべく、契約締結後に危険選択を行い、告知義務制度によっては果たせない危険の選択 を補完する制度として定着しているものである。」)。
13 大阪高裁平成16年5月27日判決「高度障害保険は、保険事故の予定発生率を維持するという保険の性 質上、加入時の危険選択(告知義務制度)と事後的な危険選択(保険金の支払基準による振り分け)を行 うことにより保険が担保する危険の範囲を選択できるようにしている。」
14 拙著生保経営 73 巻 1 号 109 頁
15山下友信(2005年)『保険法』459頁、有斐閣
5
ける必要のある保険を敢えて選択し現実に医師の診断を受けて保険に加入した。」と述べ、保険 者が高度障害状態になる原因を知了していたものとみられるが、その事実から支払事由の要件で ある「責任開始期以降の発病」規定が適用されないとする見解もある(ただし、本件では、本件保 険契約に加入した「平成元年頃は、乙病院において両足の筋肉を柔らかくする薬を試すなどして、両足の 症状の治療を試みていた」にもかかわらず、Xは5年以内の治療の事実を一切告知しておらず、告知義務 違反が存在する)。
しかしながら、責任開始期前発病不担保条項は、保険事故の範囲を限定したものである。そし て、保険者及び契約者は、約款に拘束されるのであるから、契約時に約款上、責任開始期前発病 不担保条項が明示されている以上、当事者は、それを前提として契約を締結している。すでにあ る疾病に罹患していることを保険会社が知っていたとしても、それは、保険事故に含まれないこ とを前提に契約締結の諾否の査定を行ない、契約を締結したと考えるべきであるとして別制度で あると考えるのが通説・判例であるとみられてきた16。
告知義務制度の趣旨である情報の偏在の衡平性の維持からみて、保険契約者側が誠実にその告 知を履行しながら、責任開始期前不担保条項の適用によって、保険契約者の期待を裏切るような 結果が招来されることになるときは、信義則の観点から抑制的に考えるべき場合があろうと指摘 されてきた1718。また、死亡危険に対する評点は、高度障害状態になる危険と保険料支払免除と なる危険も含んだ評価を評点となっている19ことから、 保険約款に定める要件をもって保険事 故とするとことを大前提としても、例えば、保険会社が知了して保険契約を引き受けたとき、知 了している原因によって生じた高度障害状態は支払要件を満たさないこととなるが、高度障害事 故率が保険料率に組み入れられていることからして、保険契約者側の期待権を損ない、保険給付 の危殆化が懸念される20。
また、保険契約者または被保険者の主観的態様を問わず、責任開始期前発病を一律に不担保と する約款上の責任開始期前発病不担保制度については、やはり告知義務制度との関係で問題があ るとの指摘もある21。
これに対して、責任開始期前に発病していたとしても,それに対する自覚が保険契約者または
16中西正明(1995 年)「生命保険契約における高度障害条項」『西原寛一先生追悼論文集 企業と法』275 頁、有斐閣「告知義務制度の導入前と同じく、保険者は、契約締結当時に被保険者の疾病を知っていたと きでも、契約前発病不担保原則の適用を主張できると解するのが妥当」
17竹濵修「契前発病不担保条項」山下友信=米山高生(2010年)『保険法解説 生命保険・傷害疾病定額 保険』491頁〔〕有斐閣
18 坂本秀文:ジュリスト 755 号 120 頁「責任開始期前に生じていた疾病等について保険契約者又は被保険 者から告知があった場合、あるいは、保険者が契約前発病を知っていたか、過失によって知らなかった場 合には、その廃疾については、告知義務違反による解除権が阻却されるのみならず、責任開始期前発病不 担保条項によって不責任を主張することはできない。」
19危険選択につき、医学的要因については数字査定法に基づく評点で示すのが一般的のようである。
20 楯郁夫(平成9年3月27日号)「生命保険約款と高度障害給付条項」インシュアランス3744号
21 潘阿憲(2009年)「疾病保険における契約前発病不担保条項について」生命保険論集167号81頁
6
被保険者になかった場合に,契約者側の契約目的を危殆化することにならないか,また,告知義 務を適切に履行した保険契約者側にとってその契約目的の危殆化することにならないか,さらに,
責任開始期前発病の自覚がある場合を含めて,保険加入から相当期間経過後もしくは原因疾病発 病から相当期間経過後に責任開始期前発病不担保条項が援用されることは契約目的を危殆化す ることにならないか,との疑問が生じるとし、実際に学説のなかには,責任開始期前発病不担保 条項は告知義務規定を替脱するなどとして責任開始期前発病不担保条項の援用を認めないこと により告知義務規定に即した処理を図るべきことを主張する見解がみられる22。
2-2.実務対応
係る経緯の中で、保険法改正時の議論(法制審議会保険法部会第 7 回会議(平成 19 年 3 月 28 日)、
同 8 回(平成 19 年 4 月 18 日)、同 12 回(平成 19 年 6 月 27 日)、同 15 回(平成 19 年 8 月 29 日)、同 18 回(平成 19 年 10 月 31 日)、同 19 回(平成 19 年 11 月 14 日)、同 20 回(平成 19 年 11 月 28 日、・消費者 からは分かり難い制度であり、信義則上も問題がある、保険会社が告知を受けながらその病気について不 担保であることを明確にしないまま、保険を引き受けることに問題がある、・責任開始前発病不担保条項の 適正運用を信義則に委ねるのは不十分であり、法的規制をかけるべきである、・告知義務制度が果たされた 場合に責任開始前不担保条項適用することは片面的強行規定とした告知義務制度の骨抜きになる等、業界 側からは、・担保範囲の規定であり、不意打ち条項とは考えていない、・保険の仕組みをよく知らないこと を理由として担保範囲に関する規律を無効とすることを保険法に規定する適当ではない、・説明義務に関し ては、「ご契約のしおり」あるいは告知書の表紙の説明書き、あるいは契約時に証券とほぼ同時期に送付す る「保険金の支払いにあたって」等の手段で分かりやすく説明する努力をしている、・告知制度あるいは特 別条件付き契約の制度と担保範囲に関する責任開始期前発病不担保条項とは異なる制度であり、告知義務 を果たしたからといって、担保範囲に関する規律の適用がなくなるというような論理関係にない、・実務上、
責任開始前発病不担保条項そのものの適用については生命保険協会のガイドラインにあるように慎重に行 っている。)、保険法部会においては最終的には、保険の担保範囲という私的自治の問題であり、
法的規制をかけるべきではないとして、保険法では責任開始期前発病不担保に関する規制はされ なかった。これに対して、保険法部会第 22 回(平成 19 年 12 月 26 日)正しい告知をした者の期 待権侵害については、契約時の説明義務の問題であること、募集時の問題、支払段階の問題とし て保険監督上も留意していくこと、信義則違反による援用制限されないなどとする付帯意見が付 された。参議院法務委員会において付帯決議がされた23、保険契約者等の保護が決議された。こ
22 小林道生(2005年)「保険約款における給付記述条項の内容規制」損害保険研究第67巻第2号65頁
23 平成20年4月25日
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/0004169200804250 11.htm 一
保険契約が国民にとって公共性の高い重要な仕組みであることに鑑み、本法の立法趣旨や本法で新設され た制度の内容について、保険契約者等の保護の視点から国民への周知徹底を図ること。
二 本法が、保険契約、共済契約等の契約に関する規律を定める法であって、組織法や監督法の一元化 を図るものではないことを確認すること。 三 告知義務の質問応答義務への転換や告知妨害に関する規 定の新設により、告知義務違反を理由とする不当な保険金の不払いの防止が期待されていることを踏まえ、
7
れを受けて、業界団体は責任開始期前発病不担保条項に関し、その正しい実務運用のために詳細 なガイドラインを設けている。
生命保険協会における適切な支払管理態勢の確立および保険契約者等の保護に対する取り組 み(平成18年6月)を踏まえた現在の「保険金等の支払いを適切に行うための対応に関するガイ ドライン」(平成23年10月作成、生命保険協会ホームページ)によれば、次のような実務指針を 示している。
「ハ.契約(責任開始)前発病の考え方
責任開始前に医学的に原因となる疾病や傷害があれば、契約(責任開始)前事故・発病ルールにより高度 障害保険金・入院給付金等は支払対象にならないことになる。
しかしながら、高度障害保険金においては、被保険者が契約(責任開始)前の疾病について契約(責任開 始)前に受療歴、症状または人間ドック・定期健康診断における検査異常がなく、かつ被保険者または保 険契約者に被保険者の身体に生じた異常(症状)についての自覚又は認識がないことが明らかな場合等に は、高度障害保険金をお支払いする。
同様に入院給付金等についても、被保険者が契約(責任開始)前の疾病について契約(責任開始)前に受 療歴、症状または人間ドック・定期健康診断における検査異常がなく、かつ被保険者または保険契約者に 被保険者の身体に生じた異常(症状)についての自覚又は認識がないことが明らかな場合等にはお支払い する。なお、契約(責任開始)前事故・発病ルールの適用にあたっては、信義則の観点からも慎重に判断 することが望ましい。」として指針として運用した。
本ガイドラインによる取扱いは、慣行ないし自主的な運用に過ぎないとの指摘もある(東京地 判平成26年5月12日判決「ガイドラインであって、保険会社に対する拘束力を有するものとはされて いないと、ガイドラインに法的拘束力がない」と判示)。
2-3.約款対応
保険会社が、責任開始期前発病規定と告知義務規定との関係で問題が特に指摘されている ことは前述のとおり法制審議会保険法部会での議論されているとおり、告知を履行した保険 契約者への期待を保護するための趣旨にて、平成 22 年頃より順次生命保険協会ガイドライン を参考にしつつ保険約款に規定した(保険者により約款規定は異にしている)。それによれば、
被保険者が責任開始期前にすでに発病していた疾病を原因として責任開始期以降に高度障害
改正の趣旨に反しないよう、保険契約者等に分かりやすく、必要事項を明確にした告知書の作成など、告 知制度の一層の充実を図ること。 四 保険給付の履行期については、保険給付を行うために必要な調査 事項を例示するなどして確認を要する事項に関して調査が遅滞なく行われ、保険契約者等の保護に遺漏の ないよう、約款の作成、認可等に当たり十分に留意すること。五 重大事由による解除については、保険 者が解除権を濫用することのないよう、解除事由を明確にするなど約款の作成、認可等に当たり本法の趣 旨に沿い十分に留意すること。六 未成年者を被保険者とする死亡保険契約については、未成年者の保護 を図る観点から適切な保険契約の引受けがされるよう、特に配慮すること。七 雇用者が保険金受取人と なる団体生命保険契約については、被保険者となる被用者からの同意の取得に際しては当該被用者が、ま た保険給付の履行を行うに際してはその家族が、保険金受取人や保険金の額等の契約の内容を認識できる よう努めること。
8
状態に該当した場合であっても、①保険契約締結に際して、高度障害状態に関する告知ある いは保険者の入院給付金の支払情報に基づき保険契約の申込みを承諾したりしたとき、②保 険者が高度障害状態に関係する情報を知了しての保険契約を引き受けたものは、また、③保 険媒介人による不告知教唆などあるときも責任開始期前発病規定は適用されないとする。従 来、保険者が知っていたか、過失により知らなかったか否かを問わず、保険者は保険金の支 払いを拒絶できるとする24とする考え方とは異なり、責任開始期前発病規定は客観的要件とす る有力な立場から転換し主観的要件を踏まえた規定とした。
主観的要件の導入により、責任開始期前発病不担保条項も、契約締結後に危険選択を行って、
告知義務制度によっては果たせない危険の選択を補完する機能は制限されてきている25。 〔責任開始期以降の発病規定について〕
被保険者が責任開始期前にすでに発病していた疾病を原因として責任開始期以降に高度障害状態(表 1)に該当した場合でも、当会社が、保険契約の締結又は復活に際し、告知などにより知っていたその疾 病に関する事実(○○条(保険契約を解除できない場合)の保険媒介者のみが知っていた事実は含みま せん)を用いて承諾した場合は、責任開始期以降に発病した疾病を原因として高度障害状態に該当した ものとみなして、○○条の高度障害保険金の支払に関する規定を適用します。ただし、保険契約者また は被保険者がその疾病に関する事実の一部のみを告げたことにより、当会社が重大な過失なくその疾病 に関する事実を正確に知ることができなかった場合を除きます。
3.約款に定める責任開始期前不担保規定の適用
3-1.責任開始期発病不担保規定のみなし規定の課題 本件約款を整理すると次の通りとなる。
保険契約の締結、復活に際して、告知の有無などによって次の通り分類することができる。
24 甘利公人(2007年)「医療保険約款における法的問題」保険学雑誌596号58頁
25 大阪地判平成13年1月31日・平成09年(ワ)第8129号「原告は、被告は、昭和51年の約款改正に おいて、高度障害の幅を拡大すると同時に、高度障害についても告知義務規定を導入したものである以上、
契約前発病不担保条項は、契約前の疾病につき告知している場合には適用がないと解すべきであるし、直 接に告知していない場合でも、被告がこれを知り又は過失により知らないと認められる場合には、商法678 条1項ただし書の類推適用により、やはり適用されないものと解されるべきであると主張している。
9
①告知日前5年以内に被保険者に異常所見があるとき
質問事項の有無 告知の有無 結論
ア。質問事項あり 被保険者の告知あり 責任開始期以降の発病と擬制 イ。質問事項あり 被保険者の告知なし(不告知) 責任開始期前発病
ウ.質問事項あり 被保険者の告知なし
ただし、告知がなかったのは、
保険媒介者による告知妨害 不告知教唆、保険者の過失不 知
責任開始期以降の発病と擬制
エ.質問事項がなし 告知する事項でないとき 責任開始期前発病
オ.告知事項があり 過小告知(一部のみ)の告知 ・告知事項が高度障害状態の原 因と一連のものであるときは、
責任開始期以降の発病と擬制
・一部告知事項が高度障害状態 の原因とは関係が認められな いとき、責任開始期前発病とな る。
②告知日前5年超に被保険者に異常所見が認められたとき
質問事項の有無 告知の有無 結論
カ.原則質問事項なし 被保険者の告知なし(不告知) 責任開始期前発病
本分析によると、約款上①-エ、②-オが責任開始期前発病として給付事由が生じない。責任開始期前 発病規定について告知義務制度の補完機能する立場から肯定される規定となる。
①-ア.告知があり、保険契約の締結、復活に際して、告知事項に基づき保険契約の承諾をしたときは 責任開始期以降にその告知と一連の疾患によって高度障害状態となったときは有責となる。
告知などの情報に基づき、保険料増しの条件の下での保険契約を承諾したとき、告知などと因果活計 ある疾患によって高度障害状態となったときも高度障害保険金の支払い事由が生じることとなる。
要するに、告知があったときとか、保険者が知了しているときとか、過失による不知のときは 責任開始期以降発病とみなされる。
①-イ.は、告知義務違反による契約加入であり、不告知事実と一連の疾患によって高度障害 状態になったとき、その高度障害状態の時期いかんにかかわらず責任開始期前発病とする。
①-ウ.は、解除権行使ができない事由があるとき、告知妨害や不告知教唆により保険契約を 解除できないときも、責任開始期以降の発病によると擬制する。もっとも、告知妨害や不告知教 唆の行為がなければ高度障害状態に関する告知がなされたと場合に会社知了とするものである。
10
①-エ.は、告知の質問事項に該当しない事実があり、その事実によって高度障害状態に生じ たときは、責任開始期前発病となる。質問事項に該当しない事実は、告知義務違反を問えないよ うな軽微な事実といえる。
①-オ.は、過小告知(一部告知)が告知事項が高度障害状態の原因と一連のものであるとき は、責任開始期以降の発病と擬制されると解釈できる。一方、一尾の告知事項が高度障害状態の 原因とは関係がないと認められるときは、責任開始前発病を問うことができる。ここで問題とな るのは、この一部の告知内容が高度障害状態に関する事実ではあるものの、保険者が知了してい たと評価できる程度のものかということである。保険会社によっては約款において、「重大な過 失なく正確に知ることができなかった場合」には責任開始期以降発病と擬制しないこととしてい る。
②-カ.告知日5年超前の身体の異常については原則として告知を求めず、5年超前に何らか の指摘を受け、責任開始期以降に高度障害状態に該当したときでも責任開始期前発病とする。
3-2.告知事項と責任開始期前不担保規定の機能について
告知を考慮する現行実務において責任開始期前発病不担保規定が機能するのは、告知日前5年 以内告知を求めていない事項と5年を経過して告知義務の対象期間を経過しているものについ てのみ責任開始期前発病の機能を果たすことができる。
ところで「発病」については、次のとおり保険約款に規定している26。
高度障害保険金支払事由における保険約款に規定する「発病」の定義と告知事項について検証 する。
発病規定を見るに「(1)被保険者が医師の診療を受けたことがある場合」は、告知前にその病 気で1回でも受診事実があれば責任開始期前に発病規定に該当するという趣旨である。そうする と告知事項である「過去5年以内に、下記の病気で、医師の診察、検査、治療、投薬」に該当し、
「7日間以上の期間」にわたり、医師の診察、検査、治療、投薬を問うているものである。
1回の診察のみで終了するものは現実的には少ないと考えられる(例えば、未だ治療方法が開 発されていないとされる網膜色素変性症や糖尿病につき食事療法、運動療法にて改善できると認 識して自己判断するような場合) 。1回のみ診察で終了していると異常が認められない症例が 想定され、保険約款に定義する「発病」には、医学的検証を要するとしても該当しないと考えら れる。次に「被保険者が健康診断等において異常の指摘(経過観察の指摘を含みます)を受けた ことがある場合」について、告知事項は「2年以内」に限定しているが、2 年超において健康診 断等において異常の指摘(経過観察の指摘を含みます)されたものは、通常は、異常が指摘され れば継続した診察、検査、治療、投薬があるものと思われ、告知事項に該当すると考えられる。
つぎに、「被保険者が身体の異常を自覚していた場合または被保険者の身体の異常を認識して
26 吉田明「国民生活審議会消費者政策部会の約款適正化についての報告」を巡る問題、生保経営50巻1 号15頁「約款において契約時に被保険者が病症に対して自覚を持っていなかった場合には給付金を支払 う旨規定することを検討することを要する」
11
いた場合」は、よくある例としては、乳房の異常とかなどが想起されるが27、身体の異常を自覚 していた場合または被保険者の身体の異常を認識していたとき、治療しても効果が認められない とされる疾患を除いては、一般的には相当の期間放置することは考えられない。
3-3.現行責任開始期前発病不担保規定の機能
責任開始期前発病不担保規定が機能するのは、告知日前5年以内告知を求めていない事項と5年 を経過して告知義務の対象期間を経過しているものについてのみ責任開始期前発病の機能を果 たすことができる。その意味では、責任開始期発病不担保規定の位置づけを告知義務制度の補完 する機能を有するとする説明に附合する。
しかしながら、本約款規定は、告知制度を主とした約款規定であることから、責任開始期前発 病を問えないとし不任責とする保険会社と有責とする保険者は、ほぼ二分しているようである28。 これは、責任開始期前発病不担保規定は、担保範囲の問題とする29本来の意義に立脚した立場が ある一方、告知義務との関係では保険契約者側より契約解除の理解が得られにくい実態を踏まえ、
信義則に軸足を置いたガイドラインや保険約款に沿った実務があり、保険者の取扱いが二分して いると理解される。
4.責任開始期前発病不担保規定の課題解決のための一考察
4-1.保険約款の変更による機能の変容
責任開始期前発病規定について、契約締結時の選択として告知義務、契約締結後の危険選択の 排除としての機能を果たすとする給付事由確定説の立場からの説明は、保険約款の規定は変容し ているとみられ、告知義務制度を主とした選択説の立場に移行したとみるのが自然である。
先にみた限定的な原因について対応を考慮する、すなわち、消費者保護の立場から、責任開始 期前発病不担保条項の適用があることについて保険契約者に対し、契約締結時に説明を十分果た す手立ての導入も検討の余地もあろう。ただし、責任開始期前発病不担保条項適用のための要件 ではない30が、例えば、高度所外事由の一部不担保であることを契約締結の情報提供、説明義務 が果たされることになる。
27東京地裁平成 25 年 6 月 20 日判決、平成24年(ワ)第11 770号「がん保険の90日不担保条項につい て」
28 磯部実「責任開始前発症不担保条項の変容と保険医学的課題―有告知責任開始前発症条項との関係か ら」日本保険医学会誌111号205頁
29 法制審議会保険法部会資料(部会資料25-13)
30 平尾・前掲12 頁「1 念書・確認書の廃止 契約前から身体にしょうがのある場合の取り扱いについ て、約款に規定のない会社では、それまで被保険者から高度障害条項一部不適用念書、あるいは確認書の 提出を求めるのが普通である。・・・契約前障害の取扱いについて、事故説と状態説がある。」従来は、約 款規定が必ずしも状態説であることが明らかではなかったため、事故説を採用していた結果、念書などに より高度障害不適用念書を徴求していたものであると理解される。
12 4-2.限定的な疾患について
高度障害状態となる原因疾患は、悪性新生物、脳疾患、糖、眼と事故と自殺などが主である31。 この中で両眼失明の高度障害状態となった原因は、糖尿病27%、網膜色素変性症13.6%、
緑内障8.6%、視神経委縮7.9%、ベーチェット病7.9%、その他34.6%との報告が ある32。限定的疾患の代表的なものとして「網膜色素変性症」が考えられる。保険者が責任開始 期前発病を理由として「網膜色素変性症」に争われた事例が比較的多く認められる33。
この中で先天性疾患としての網膜色素変性症につき、告知対象期間外に医師から「網膜色素変 性症」との診断をうけても質問事項は存在しないので、「網膜色素変性症」により両眼の視力を 全く永久に失った状態に達したとき、保険者は主に夜盲、視野狭窄等の症状の発現を理由として
「責任開始期前発病」とする支払要件を欠くとして支払いを拒否することとなる。
先に申述したとおり、保険約款規定は告知義務を主とした責任開始期前発病規定が変容された ことからみれば、告知の時点で「網膜色素変性症」であるという情報を収集することができれば、
同疾患による「両眼の視力をまったく永久に失った」とする高度障害状態は契約締結時に不担保 とすることができる。
4-3.「がん」についての告知形式
参考となるのが、「がん」についての告知形式である。
「がん」についての告知事項を見てみると、
「過去 5 年以内に、下記(表)の病気で、医師の診察・検査・治療・投薬を受けたことがありま すか。」その「下記(表)の病気として『がん・しゅよう』につき、「ガン・肉腫・白血病・
しゅよう・ポリープ」と告知を求めている。さらに、告知事項の 7 項で「今までに、悪性新 生物(上皮内癌も含みます)と診断されたことがありますか。」
との告知を求め、危険選択を実施している。
がん保険、ないしがん給付事由、三大疾病保障保険は、がん(悪性新生物)については、「責 任開始時前を含めて初めてがん(悪性新生物)と診断確定されたとき」と規定し、客観的な要件 として「初めてがん(悪性新生物)と診断確定」ときとなる。本項の告知事項は、他の告知書の
「5 年以内に」限定から「今までに」とあるので、生まれてこの方に「がん」と診断確定が告知 対象となる3435。その疾病の重大性から「今まで」とすることに合理性はあろう。長期間にわた る質問なのであるから、告知質問に対して誤った認識をしないように、「これまで」「がん」「か かったこと」についても告知記入上の解説が重要になっている。例えば「がん」には、肉腫や白
31 小西克彦「高度障害保険金の支払の現状」保険医学会誌85巻106頁
32 小西前掲106頁
33網膜色素変性症に関して大阪地裁平成19年6月13日判決、福岡高裁平成19年12月21日判決、岐阜 地裁平成23年3月18日判決、東京地裁平成26年5月12日判決、東京高裁平成26年9月3日判決、ベ ーチェット病大阪地裁平成13年1月31日判決
34昭和55年の保険審議会答申に基づき、 昭和60年がん保険を除き「告知対象期間」が統一され、健康状 態と婦人疾患については5年、健康診断については2年間と統一された。
35健康状態につき告知対象期間を主観的要件および立証の容易性から5年間とした。
13 血病が含まれるといった解説である36。
傷害疾病定額保険の一つであるがん給付事由から除外する旨を保険約款で明らかにしている ことができ、その後の紛争の回避されているもと理解できる。
4-4.網膜色素変性症の告知事項について
「網膜」の疾患については、5 年以内に医師の診察・検査・治療・投薬を受けたことがあれば、
告知義務の対象となる。告知対象期間外の「網膜色素変性症」と診断確定されたものについては、
がんにおける告知と同様「今までに、網膜色素変性症と診断されたことがありますか」との告知 事項の創設することで、契約締結時において高度障害状態につき一部不担保の旨説明ができ、後 日の紛争回避につながり、かなりの訴訟を回避できる。
しかし、責任開始前に網膜色素変性症の代表的な症状は夜盲が生じたときは不担保規定が適用 されるとした(津地裁四日市支部平成 11 年 10 月 14 日判決「原告が昭和 33 ないし 36 年頃に自 覚した夜盲が他の疾患を原因とするものと認めるに足りる証拠はないことから,右自覚症状たる 夜盲は,網膜色素変性症の初発症状であると認められる。」、東京地裁平成 14 年 11 月 29 日判決
「網膜色素変性症の代表的な症状は夜盲であり、・・・初診時の症状からわずか 4 年の間に進行 したものとは考えられないとしていること、網膜色素変性症は、両眼の網膜委縮、特に視細胞萎 縮が緩慢に進行する遺伝性疾患であり、若年期に夜盲や視野異常で気づかれ、これらの症状や視 力障害がゆっくり進行し、数十年かけて高度な視野機能全体の傷害にいたるもので、網膜色素変 性症の進行性ないし視力の予後は、患者の年齢よりも、発病からの経過年数に強い関係が見られ ること・・・発病後 10 年以降に急激な視野狭窄をきたすとされていることなどからして原告の 主張は採用できない。」)。
これら網膜色素変性症の判例をみてみると概ね疾患の症状としての夜盲など特徴的な症状か ら発病時期を認定し、給付事由が生じていないとみている。
以上を考察するに、現在の高度障害の責任開始期以後発病規定は、告知義務による危険選択に よるので、医学的検証は要するとしても告知義務を主としたものとして構築する方向で検討する。
5.責任開始期以後発病の立証責任の転換
証明責任の分配は、権利根拠事実、権利滅却事実、権利障害事実による37。
本件責任開始期前発病不担保条項は、高度障害保険金請求権の発生という法律効果の要件を規定 したもので高度障害保険金を請求する側の者が立証責任を負う権利根拠規定とされている。また、
約款の規定が、高度障害状態が責任開始時前の傷害・疾病によることを保険者の責任除外事由と する構成を採っていないことからも、高度障害状態が責任開始期以後の傷害又は疾病によること は、請求者側が主張・立証責任を負うことになると解されることになる。(中西正明「生命保険
36 佐々木光信(2015年)『がんとがん保険』153頁、保険毎日新聞
37 松本博之、上野泰男(平成10年)「民事訴訟法」273頁弘文堂
14
契約における高度障害条項」『西原寛一先生追悼論文集 企業と法 下』311)38)。
高度障害保険金の請求者側での生活圏内で起こりうる出来事であり、請求者側の方が証拠に近い ことから、請求者側が立証責任を負うことになるとの指摘もある39。従前の高度障害保険金の支 払事由の規定(責任開始期以降に生じた原因又は発症した疾病を原因とした…)を前提にして法 律要件分類説の立場にある40とする立場から立証責任の分配をしている。
しかし、従前の責任開始期の責任開始期以降発病規定における立証責任の訴訟において、実務 上では、請求権者は診断書等によって契約締結後に疾病が発症したとものと一応の証拠を提出し た場合、裁判所は、保険会社側において当該疾病(またはその原因となる疾病)が責任開始期前 に発病したことを立証するように強く求めるのが通常である。また、保険会社としても保険契約 者側の理解に備え責任開始期前の被保険者の診断内容・治療などの事実を調査してその証拠を収 集し反証する。言い換えると、請求者は形式的に医師の診断書等により高度障害状態に該当した ことを立証すれば足りると考えざるを得ない。さらに告知義務違反による解除の場合と比較する と、一般的にはより古い事実の調査となるため負担は増している41が、整合的に説明すると告知 義務を主体に保険約款を変更した以上やむを得ないと解される42。
6.むすび
本来、「責任開始期以降の発症」規定は保険事故を構成するものであって保障範囲を確定する 意義が認められたものであるが、保険契約者側と保険者側との対立構造の解消に向け、実質的に は告知義務規律に添うかたちでの解決を図ったものと認められる43。
38同旨の判決として福島地裁郡山支部平成14年7月12日判決「発生した高度障害状態が責任開始期以降 の傷害または疾病を原因とするものであることが高度障害保険金請求権の成立要件であって、高度障害状 態が責任開始時以前の傷害または疾病を原因とすることの主張立証責任を保険者側に負わせたものではな いと解すべきである。」
39 出村卓也事例研レポ293号
40 大阪高判平成 16 年 5 月 27 日「本件条項記載の事実が存在する場合には保険金受給権が発生するものと 考えられるから、権利の発生を主張する請求者においてその証明を行うべきである。
41出村前掲293号
42 山下典孝(2005年)「簡易生命保険における重度障害状態による保険金給付に関する法的諸問題」は、
「立証の難易,証拠との距離等の当事者間の公平をも考慮してもなお,請求者側に立証責任があることを 肯定している。請求者側に立証責任を負わせることに合理性があると判断するためには,細かに検討を要 する」立命館法学(2,3)1236 頁
43 松田武司(2016年)「契約前発病不担保条項の本質および論理的帰結」生命保険論集189号201頁