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個人企業の事業承継に関する実証分析
上智大学経済学部経済学科 福島光二
要旨
本稿では, 個人経営企業の事業承継・休廃業の意思決定に影響を与える要因が何かを探る ために, 製造業,卸売業・小売業,宿泊業・飲食サービス業, 及びサービス業の4産業を対 象に, プーリング回帰モデル, 固定効果モデル, 変量効果モデルの3つのモデルを推定し疑 似パネルデータ分析を行った。さらに, サービス業と卸売業・小売業については最小2乗法 による重回帰分析を行った。
分析の結果, サービス業において赤字企業率の上昇及び平均事業継続年数の増加が企業 の休廃業希望率を高めていること, 及び家族以外の雇用者の存在が休廃業希望率を低めて いることがわかった。卸売業・小売業においては特定の要因が休廃業希望率の上昇に影響 を与えていないことがわかった。
キーワード : 個人企業, 事業承継, 疑似パネルデータ分析, プーリング回帰モデル, 固定効 果モデル, 変量効果モデル
Ⅰ. はじめに
①研究の背景・目的
日本の企業 412 万社のうち 99.7%は零細企業を含む中小企業で占められており, 日本経 済はこれらによって支えられている。近年, この経営者の高齢化が進んでおり, 第一次ベビ ーブーム期(1947年~1951年)に生まれた世代, いわゆる「団塊」の世代から「団塊ジュニ ア」, 「ゆとり」世代へと世代交代が行われている。日本人の個人資産の合計2600兆円の うち1000兆円以上がこの先20年で次の世代へと引き継がれていくと予想されており, 「大 相続時代」が到来したと各メディアで言われている。
企業の経営権や事業そのもの, また株式や不動産などの財産権が次の世代へと受け継が れていくプロセスは一般に「事業承継」と呼ばれており, 個人資産の相続と同じくその需要 は高まっている。しかし, 事業承継に際しては後継者の選任・育成といった経営者の引き 継ぎそのものの問題, 後継者の経営環境整備の問題, 相続税の負担の問題などクリアしな ければならない複雑な問題が多く存在する。これらの問題を理由に円滑に事業承継が進め られず, 休業・廃業を選択する企業経営者も少なくない。
したがって, 円滑に事業承継を進めていくためには, 経営者が「事業承継をする」または
「事業承継をしない(=休業・廃業する)」という意思決定はどのような要因に影響されるの かを探る必要があり, 本稿はこれを目的とする。
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②事業承継の現状
日本の中小企業を対象にその動向や生産性, 経営課題などを分析したものは中小企業庁 により「中小企業白書」として毎年公表されている。その2014年度版によれば, 50歳代を 過ぎると事業承継を 10 年以内の経営課題として捉える者が急増していることがわかる(図 表 1 参照)。規模の小さな企業ほど親族への承継を検討する者が多いが, 長期的には親族外 の第三者承継が増加している。その背景には少子化や職業選択の多様化により事業を引き 継ぐ意欲を持った後継者を親族内で確保することが難しくなってきていることがあるとさ れており, また高齢経営者には事業承継をまだまだ先のことと考えている者が多く, その ための準備も十分に行っていない者が多く存在しているとされている。
図表1 : 経営者の年齢別の事業承継の予定時期
出所: 中小企業庁「中小企業白書」(2014)
このことは総務省統計局が行っている「個人企業経済調査」においても確認できる。そ の2015年版によれば, 後継者がいる事業所の割合を事業主の年齢階級別にみると, 50歳代 から70歳代にかけてどの産業も10%程度ずつの上昇に留まっており, 80歳以上でも比較的 割合の高い製造業, 宿泊業・飲食サービス業においても50%程度となっている (図表2参照)。
一方, 廃業者数は1982年以降20万人を超える数で推移していることが「中小企業白書」
2014年度版において確認でき, 今後さらに経営者の高齢化が進む中で, 廃業者数が大幅に 減少することは想定しづらいということが述べられている。廃業した企業の組織形態では 個人事業者が約9割を占めており, また廃業者の年齢構成では60歳代以上が約9割を占め ていることもわかる。廃業を決断した理由としては「経営者の高齢化, 健康(体力・気力)
の問題」が最も多く48.3%で, 「事業の先行きに対する不安」が12.5%で続いている(図表3 参照)。
3 図表2 : 産業・年代別後継者の有無
出所: 総務省統計局「個人企業経済調査」(2015)
図表3 : 廃業を決断した理由
出所: 中小企業庁「中小企業白書」(2014)
③本稿の構成
本稿の構成は次の通りである。Ⅱでは中小企業の事業承継に関する意思決定要因として どのようなものがあるかを先行研究により把握する。Ⅲでは本稿で用いるデータセット, 及 び分析する推定モデルの概要を説明する。Ⅳではデータを基に実証分析をし, 結果の紹介と 考察を行う。最後にⅤにおいて本稿の分析による結論と今後の課題について述べる。
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Ⅱ. 先行研究
①経営者に関する研究
日本企業の経営者について調査・分析しているものでは帝国データバンクが実施してい る「全国社長分析」が有名である。その2016年版では, 社長の平均年齢が2015 年は 59.2 歳と過去最高を更新し, 社長の高齢化は着実に進展していると述べている。また2014年版 では, 休廃業・解散した企業の代表者は 60 代が最多で70 代がそれに続くことから, 社長
の年齢が 60 代後半に差し掛かったタイミングでの事業承継か, あるいはその前後で休廃
業・解散を選択する企業が多いことを明らかにしている。
②事業承継に関する研究
中小企業の事業承継について分析した研究には安田・許(2005)がある。これを先行研究と した研究には岡本(2006), 平田(2008)が挙げられる。まず安田・許(2005)は, 事業承継にお いてどのような企業が子息等に承継され, どのような企業が第三者に承継されるのか, ま た, 承継後のパフォーマンスを良好に保つのは如何なる承継者なのか等を分析している。結 果, 承継される企業の属性によって子息等承継となるのか第三者承継となるのかが異なる こと, また子息等承継と第三者承継では承継後の企業のパフォーマンスに与える要因が異 なること, 承継前の準備期間の存在が承継後の企業のパフォーマンスにプラスの影響を与 えること等を明らかにしている。
岡本(2006)は自営業における事業承継の進捗に対して影響を与える要因を探るため, 事
業承継期待関数の推計を実施し, それを踏まえて事業承継関数の推計を行っている。その結 果,経営者の高齢化や跡取り候補の存在等が事業承継願望を高め, 同居家族従業者数のほか,
金融機関借入額などの説明変数が実際の事業承継の進捗に対してプラスの影響をもたらす ことを確認している。一方,売上高や採算状況,また顧客間定度など, 企業の本質を反映す るはずの説明変数に有意な効果が見られなかったとしている。
平田(2008)は個人企業における事業の承継・休廃業に関わる意思決定に影響を与える要因
を, 本稿でも使用するデータによって分析している。具体的には,承継・休廃業の意思決定 を左右すると考えられる人的要因(経営者の高齢化や後継者の有無)と財務的要因(収益性) の影響力を計量的に求めている。分析の結果,事業の承継・休廃業の意思決定には人的要 因よりも財務的要因が大きな影響を与えるが,後継者の有無について財務的要因は影響し ないことを明らかにしている。さらに,製造業では他産業に比べ休廃業を希望する可能性 が高いことを確認している。
Ⅲ. データと分析手法
①使用データ
本稿で使用するデータセットは, 総務省統計局が毎年実施している「個人企業経済調査」
から入手した。本調査は一定の方法により抽出した個人企業全国 4,000 事業所を対象に,
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産業別に業況判断や営業収支, 事業主の年齢,後継者の有無,事業経営上の問題点などを集 計しているものである。ここでいう「産業」とは日本標準産業分類に基づく「製造業」,「卸 売業・小売業」,「宿泊業・飲食サービス業」, 及び「サービス業」の4つである。本稿では この産業(4分類)及び経営者の年齢(5分類)を組み合わせて1つの個体識別番号(ID)とし, 本 調査の平成20年度から平成27年度までの8年分をつなぎ合わせ疑似パネルデータ(繰り返 し横断面データ)を作成し, 分析に用いた。なお, 経営者の年齢は本来7分類あったが, 30歳 未満, 30~39歳の2年代はデータの欠損が多く, テーマである「事業承継」は殆ど行われな い年代である。このため分析の対象外とした。
一般に分析に用いられるデータはその集計方法から4つに分類される。1つ目は時系列デ
ータ(time series data)で, これはある一個体を複数時点調査したものである。2つ目は横断
面データ(cross-section data)で, これは複数の個体をある一時点調査したものである。3つ
目はパネルデータ(panel data)で, これは複数の同一個体を複数時点調査したものであり, 時系列データと横断面データを合わせたものになる。4 つ目は繰り返し横断面データ (repeated cross-section data), またはプーリングデータ(pooling data)であり, 同一でない 複数の個体を複数時点調査したものである。本調査では調査対象の個体(4,000事業所)は調 査年毎に入れ替わって抽出されているため, 本稿で作成した疑似パネルデータはこれに該 当する。
②分析方法
本稿では一般的なパネルデータ分析の手法に則り, 「プーリング回帰モデル」, 「固定効 果モデル」, 「変量効果モデル」の3つのモデルを推定し, 「F検定」, 「Hausman検定」,
「Breusch and Pagan検定」の3つの検定を実施することでどのモデルが最適かを調べた。
各モデルの概要及び相互の関係は以下の通りである(松浦(2010)から一部抜粋)。
a)プーリング回帰モデル
パネルデータを用いつつも, 個体特性𝑍𝑍𝑖𝑖を特に考慮しない最小2乗法による回帰モデルの ことをいう。個体特性とはそのサンプル個体固有の効果であり, 時間を通して変化せず, 回 帰モデルにおいて説明変数とは独立して被説明変数に影響を与える要素とされている。プ ーリング回帰モデルのモデル式(a)は以下の通りである。
𝑌𝑌𝑖𝑖𝑖𝑖=α+β𝑋𝑋𝑖𝑖𝑖𝑖+𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖・・・(a) (α: 定数項, β: 係数, 𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖: 誤差項)
b)固定効果モデル
個体特性𝑍𝑍𝑖𝑖はその個体のみが有する固有の要因に基づいて決まると捉え, 個体特性𝑍𝑍𝑖𝑖を 確定的とするモデルである。モデル式(b)は以下の通りである。
𝑌𝑌𝑖𝑖𝑖𝑖=α+β𝑋𝑋𝑖𝑖𝑖𝑖+𝑍𝑍𝑖𝑖+𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖・・・(b) (α: 定数項, β: 係数, 𝑍𝑍𝑖𝑖: 個体特性, 𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖: 誤差項)
6 c)変量効果モデル
個体特性𝑍𝑍𝑖𝑖は確率変数として確率分布に従うと捉える, つまり, 個体特性𝑍𝑍𝑖𝑖を確率的とす るモデルである。モデル式(c)は以下の通りである。
𝑌𝑌𝑖𝑖𝑖𝑖=α+β𝑋𝑋𝑖𝑖𝑖𝑖+𝑍𝑍𝑖𝑖+𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖・・・(c) (α: 定数項, β: 係数, 𝑍𝑍𝑖𝑖: 個体特性, 𝑢𝑢𝑖𝑖𝑖𝑖: 誤差項)
プーリング回帰モデル(a)と固定効果モデル(b)のどちらを採択するべきかは「F 検定」に よって決めることができる。F検定は「個体ごとのダミー変数の係数がすべて0である」と いう仮説を検証する。その仮説が妥当性を持つ確率が一定値を上回れば「プーリング回帰 モデルが望ましい」, 下回れば「プーリング回帰モデルは望ましくない=固定効果モデルが 望ましい」と判断することができる。
プーリング回帰モデル(a)と変量効果モデル(c)のどちらを採択するべきかは「Breusch
and Pagan検定」によって決めることができる。Breusch and Pagan検定は「変量効果モ
デルよりもプーリング回帰モデルが望ましい」という仮説を検証する。その仮説が妥当性 を持つ確率が著しく小さければ「変量効果モデルが望ましい」, 小さくなければ「プーリン グ回帰モデルが望ましい」と判断することができる。
固定効果モデル(b)と変量効果モデル(c)のどちらを採択するべきかは「Hausman 検定」
によって決めることができる。Hausman検定は「固定効果モデルよりも変量効果モデルが 望ましい」という仮説を検証する。その仮説が妥当性を持つ確率が一定値(10%または 5%) を上回れば「変量効果モデルが望ましい」, 下回れば「変量効果モデルは望ましくない=固 定効果モデルが望ましい」と判断することができる。
これら3つのモデルと3つの検定の関係を図示すると図表4のようになる。
図表4 : 各モデルと検定の関係
③変数について
被説明変数(Y)には「休廃業希望企業率」を作成, 設定した。これは「休業したい」また は「廃業したい」と回答した企業数を, 明確に事業展開を回答した企業数で除し, 対数変換 したものとした。平田(2005)では分母を全企業数としていたが, データを見ると「特に考え
F検定
プーリング回帰モデル
固定効果モデル 変量効果モデル
Hausman検定
Breusch and Pagan検定
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たことがない」と回答した企業が大半であることから, 本稿ではより精度を上げるためにそ の企業数を外した。各産業の調査期間における休廃業希望率の推移を示したものが図表 5 である。
図表5 : 産業別休廃業希望率の推移
説明変数(Xit)には休廃業の希望に影響を与えうる各変数を作成, 設定した。各変数の算出 方法及び予想される符号は図表 6 の通りである。その変数の係数の符号がプラスであると 休廃業の希望率が高くなるように影響し, マイナスであると低くなるように影響するとい うことである。「平均事業継続年数」以外の変数は対数変換したものを用いている。各産業 の平均事業継続年数の推移を示したものが図表 7 である。どの産業も緩やかに継続年数が 増加しており, 経営者の高齢化が進んでいることが窺える。
図表6 : 各説明変数の概要
変数 算出方法 予想符号
資金繰り悪化企業率 (経営課題に「資金繰りの悪化」と回答した企業数)/ (全回答数) (+)
赤字企業率 (営業利益がマイナスの企業数) /(全回答数) (+)
事業所所有率 (営業用土地・建物を所有している企業数)/ (全回答数) (-) 後継者不在率 (経営課題に「後継者がいない」と回答した企業数)/(全回答数) (+) 人材難率 (経営課題に「従業員の確保難・人材不足」と回答した企業数)/ (全回答数) (+) 雇用者存在率 (家族従業者以外に雇用者がいる企業数)/ (全回答数) (-) 平均事業継続年数 (各調査年-各事業開始時期)*(該当企業数)/ (全回答数) (+)(-) 競争激化率 (経営課題に「大手企業・同業者との競争の激化」と回答した企業数)/(全回答数) (+) 事業所都市存在率 (事業所が都市部に所在している企業数)/ (全回答数) (+)(-) チェーン店加盟率 (チェーン組織へ加盟していると回答した企業数)/ (全回答数) (-)
8 図表7 : 産業別平均事業継続年数の推移
Ⅳ. 実証分析
分析① : 4産業すべてを対象とした分析
まず, 「製造業」,「卸売業・小売業」,「宿泊業・飲食サービス業」, 及び「サービス業」
の 4 産業すべてを対象として疑似パネルデータ分析を行った。被説明変数には前述の通り
「休廃業希望率」を用い, 説明変数には「赤字企業率」及び「平均事業継続年数」を用いた。
変数選択の理由として, まず「赤字企業率」は「中小企業白書」(2014)において事業承継 が円滑に進まなかった理由として企業の業績低迷予測が第一に挙げられているからである。
「赤字だから店をたたむ」という因果関係は企業にとって自然なことである。次に「平均 事業継続年数」は事業承継にプラスにもマイナスにも影響を及ぼしうるからである。つま り, 「事業継続年数が長い」ということから「経営者が高齢だから店をたたむ」という解釈 をすることができるし, 「先代を引き継いだ経験がある可能性が高く, 後代にも店を引き継 ぎ易い」という解釈をすることもできるからである。経営者の高齢化は「中小企業白書」
(2014)においても経営者が廃業を決断した理由として最も回答が多いものだった。分析結果
は図表8のようになった。
プーリング回帰モデルにおいては赤字企業率が正に 1%有意, 平均事業継続年数が正に 5%有意となった。しかし, 変量効果モデルにおいては平均事業継続年数が有意ではなく, 固 定効果モデルにおいてはどちらの説明変数も有意に出なかった。検定では変量効果モデル が採択された。
9 図表8 : 分析①の結果
・分析①の考察
プーリング回帰モデルに限っていえば赤字企業率の上昇及び平均事業継続年数の増加が 企業の休廃業希望率を高めていることがわかる。しかし, 検定により採択された変量効果モ デルが有意ではなかったため, モデルの変更もしくは分析データの変更が必要になる。
そこで分析対象を「サービス業」, 及び「卸売業・小売業」に絞ることにする。「製造業」,
「宿泊業・飲食サービス業」を外した理由は, 安田(2007)において製造業と非製造業では事 業の承継・休廃業の意思決定に違いが表れること, また, 岡本(2006)の分析結果において宿 泊業(その他の産業)は他産業に比べて標準誤差(データのばらつき)が大きく, 精度の高い分 析結果が得られにくいことが示唆されるためである。この 2 産業は工場やホテルといった 巨額の固定資産を事業に使用していることも残りの 2 産業と一線を画している理由になる であろう。
分析② : 2産業を個別に対象とした分析
次に, 分析①の結果からサービス業と卸売業・小売業を対象に個別に再び疑似パネルデー タ分析を行った。分析①と同様に被説明変数には「休廃業希望率」を用い, 説明変数には「赤 字企業率」及び「平均事業継続年数」を用いた。分析結果は図表9のようになった。
サービス業においてはプーリング回帰モデルで赤字企業率が正に 5%有意, 平均事業継続 年数が正に1%有意となった。変量効果モデルでも同様の結果が得られた。固定効果モデル では赤字企業率が正に5%有意になったものの, 平均事業継続年数は有意に出なかった。検 定ではプーリング回帰モデルが採択された。
一方, 卸売業・小売業においてはプーリング回帰モデルと変量効果モデルの赤字企業率が それぞれ正に 10%有意になった以外は有意に出なかった。検定ではこちらもプーリング回 帰モデルが採択された。
全 産 業
係数 t-value 係数 t-value 係数 z-value
赤 字 企 業 率 0.526 [5.28]*** 0.291 [1.09] 0.465 [2.96]***
平 均 事 業 継 続 年 数 0.007 [2.08]** 0.018 [1.26] 0.008 [1.42]
_cons -3.198 [-10.14]*** -2.931 [-3.29]*** -3.073 [-6.11]***
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
固定効果モデルは有意に出ず F検定よりプーリング>固定 Hausman検定より変量>固定
Breusch and Pagan検定より変量>プーリング 以上より、変量効果モデルが正しい
プ ー リ ン グ 固 定 変 量
10 図表9 : 分析②の結果
・分析②の考察
分析①と同様, サービス業ではプーリング回帰モデルにおいて赤字企業率の上昇及び平 均事業継続年数の増加が企業の休廃業希望率を高めていることがわかる。一方, 卸売業・小 売業では赤字企業率の上昇及び平均事業継続年数の増加は企業の休廃業希望率にはサービ ス業ほど影響を与えていないことがわかる。
また, サービス業と卸売業・小売業双方ともプーリング回帰モデルが採択された。つまり, この 2 産業において休廃業希望率の決定要因として個体特性は機能しないことが示唆され た。よって, 個体特性を考慮しない通常の最小2乗法による回帰分析を行うことが, この2 産業の休廃業希望率の決定要因を探る手掛かりとなる。
分析③ : 要因ごとに分類した重回帰分析
最後に, 分析②の結果から, サービス業と卸売業・小売業を対象にそれぞれ通常の最小 2 乗法による回帰分析を行った。分析①②と同様に被説明変数には「休廃業希望率」を用い た。説明変数は平田(2008)に倣い, 休廃業希望率に影響を与えうる各変数を<財務要因>,
<人的要因>, <産業要因>の3つに分類したものを用いた。分析結果は図表10のように なった。
表を見ると, サービス業においては, 財務要因では赤字企業率が正に 5%有意, 事業所所 有率が正に1%有意になり, 資金繰り悪化企業率は有意ではなかった。人的要因では雇用者 存在率が負に10%有意, 平均事業継続年数が正に1%有意になり, 後継者不在率及び人材難
サ ー ビ ス 業
係数 t-value 係数 t-value 係数 z-value
赤 字 企 業 率 1.045 [2.39]** 1.123 [2.59]** 1.043 [2.46]**
平 均 事 業 継 続 年 数 0.026 [5.05]*** -0.005 [-0.14] 0.025 [4.14]***
_cons -5.232 [-5.10]*** -4.363 [-3.08]*** -5.213 [-5.20]***
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 F検定よりプーリング>固定
Hausman検定より変量>固定 以上より
Breusch and Pagan検定より変量<プーリング プーリング回帰モデルが正しい 卸 売 業 ・ 小 売 業
係数 t-value 係数 t-value 係数 z-value
赤 字 企 業 率 1.064 [1.84]* 0.653 [0.96] 1.057 [1.87]*
平 均 事 業 継 続 年 数 0.001 [0.19] 0.037 [1.10] 0.002 [0.24]
_cons -4.899 [-2.71]** -5.016 [-2.85]*** -4.901 [-2.79]***
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 F検定よりプーリング>固定
Hausman検定より変量>固定 以上より
Breusch and Pagan検定より変量<プーリング プーリング回帰モデルが正しい プ ー リ ン グ 固 定 変 量
プ ー リ ン グ 固 定 変 量
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率は有意ではなかった。産業要因では競争激化率が負に1%有意, チェーン店加盟率が正に
5%有意になり, 事業所都市存在率は有意ではなかった。
一方, 卸売業・小売業において有意となったのは資金繰り悪化企業率(負に 10%)のみで, ほかの変数はすべて有意ではなかった。
図表10 : 分析③の結果
・分析③の考察
分析①②の結果と同じく, サービス業においては赤字企業率の上昇及び平均事業継続年 数の増加が企業の休廃業希望率を高めていることがわかる。加えて, 雇用者存在率の上昇が 希望率を低めていることがわかる。つまり, 財務的要因から「企業が赤字であると 休廃業 希望率が高くなる」ことが確認され, また人的要因から「企業の平均事業年数が増加すると 経営者が高齢になり休廃業希望率が高くなる」こと, 及び「家族以外に雇用者がいると後継 者候補が増え, 休廃業希望率が低くなる」ことが確認された。しかし, 産業要因は競争激化 率及びチェーン店加盟率が有意となったものの, 本来予想していた符号とは逆になった。つ まり, 競争が激化すると事業承継しやすくなり, またチェーン組織に加盟していると事業 承継しにくくなるという矛盾が発生した。したがって, 産業要因についてはまた別の方法で 分析をする必要があると考えられる。
また, 卸売業・小売業においては大半の変数が有意には出ず, 負に10%有意となった資金 繰り悪化企業率も予想していた符号とは逆になった。したがって, 本稿の推定モデルからは ある特定の要因が経営者の休廃業の希望に大きく影響しているとは言えず, さまざまな要 因が有機的につながって影響しているのではと考えられる。
サ ー ビ ス 業 卸 売 業 ・ 小 売 業
< 財 務 要 因 > 係数 t-value < 財 務 要 因 > 係数 t-value 資 金 繰 り 悪 化 企 業 率 -0.120 [-1.01] 資 金 繰 り 悪 化 企 業 率 -0.235 [-1.85]*
赤 字 企 業 率 1.063 [2.31]** 赤 字 企 業 率 0.919 [1.63]
事 業 所 所 有 率 1.060 [4.20]*** 事 業 所 所 有 率 -0.442 [-1.39]
_cons -4.346 [-3.94]*** _cons -5.281 [-3.00]***
< 人 的 要 因 > 係数 t-value < 人 的 要 因 > 係数 t-value 後 継 者 不 在 率 0.719 [1.10] 後 継 者 不 在 率 0.869 [1.42]
人 材 難 率 0.104 [1.25] 人 材 難 率 0.130 [1.21]
雇 用 者 存 在 率 -0.482 [-1.89]* 雇 用 者 存 在 率 -0.759 [-1.70]
平 均 事 業 継 続 年 数 0.037 [3.58]*** 平 均 事 業 継 続 年 数 0.011 [0.77]
_cons -3.492 [-7.49]*** _cons -2.604 [-3.46]***
< 産 業 要 因 > 係数 t-value < 産 業 要 因 > 係数 t-value 競 争 激 化 率 -0.752 [-3.44]*** 競 争 激 化 率 -0.101 [-0.32]
事 業 所 都 市 存 在 率 1.320 [0.71] 事 業 所 都 市 存 在 率 -1.024 [-0.62]
チ ェ ー ン 店 加 盟 率 0.248 [2.18]** チ ェ ー ン 店 加 盟 率 -0.027 [-0.24]
_cons -2.277 [-3.78]*** _cons -1.909 [-2.47]**
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01 * p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
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Ⅴ. おわりに
①結論
本稿では, 個人経営企業の事業承継・休廃業の意思決定に影響を与える要因が何かを探る ために, 製造業,卸売業・小売業,宿泊業・飲食サービス業, 及びサービス業の4産業を対 象に, 疑似パネルデータ分析等を行った。まず4産業すべてをまとめて分析対象とし, プー リング回帰モデル, 固定効果モデル, 変量効果モデルの3つのモデルを推定し, 疑似パネル データ分析を行った。結果, 先行研究で指摘されていたように製造業と非製造業を分けて分 析をする必要があることが確認された。
次に, サービス業と卸売業・小売業を抜き出して同様の疑似パネルデータ分析を行った。
結果, 本稿で使用したデータにおいてはどちらの産業においても個体特性を考慮するべき でなく, プーリング回帰モデルを推定することが望ましいとわかった。
さらに, サービス業と卸売業・小売業については事業承継・休廃業の意思決定に影響を与 える各変数を財務要因, 人的要因, 産業要因の3つに分類し, それぞれ最小2乗法による重 回帰分析を行った。結果, サービス業において赤字企業率の上昇及び平均事業継続年数の増 加(経営者の高齢化)が企業の休廃業希望率を高めていること, 及び家族以外の雇用者(後継 者候補)の存在が休廃業希望率を低めていることがわかった。一方, 卸売業・小売業におい ては特定の要因が休廃業希望率の上昇に影響を与えていないことがわかった。
②今後の課題
非上場企業である個人企業は上場企業と違い, 財務諸表や有価証券報告書の提出等の財 務情報の開示は義務付けられていない。個人情報保護の観点から言えば当然ではあるが, こ れは研究する側からすれば客観性のあるデータが非常に入手しにくいことを意味する。本 稿で使用したデータも「アンケート調査」の「集計データ」を「疑似パネルデータ」に加 工したものであったため, 客観性に欠けていた。「資金繰り悪化企業率」や「後継者不在率」
等の休廃業の意思決定に影響を与えやすいと思われた変数が有意ではなく, 符号条件も合 致していなかった原因は, 少なからずここにあると考えられる。
よって, 個人情報を保護しつつも個人企業に関する客観的なデータがより多く公表され るような制度づくりが望まれる。相続税やM&A, 金融機関との取引関係などのデータを分 析に盛り込むことができるようになれば, 「事業承継」についての意思決定要因を明らかに する研究は進むのではないだろうか。
13 参考文献
・松浦寿幸 (2010)「Stataによるパネルデータ分析入門」東京図書
・北村行伸 (2005)「パネルデータ分析」一橋大学経済研究叢書53
・商工組合中央金庫 (2016)「中小企業の経済学」千倉書房
・高橋伸夫 (2011)「日本企業の意思決定原理」東京大学出版会
・松木謙一郎 (2007)「中小企業のための事業承継の進め方」日本経済新聞出版社
・今川嘉文 (2009)「事業承継法の理論と実際」信山社
・安田武彦・許伸江 (2005)「事業承継と承継後の中小企業のパフォーマンス」独立行政法 人経済産業研究所
・岡本弥 (2006)「事業承継に関する実証分析」京都大学
・平田博紀 (2008)「個人企業の事業承継に与える財務要因の影響に関する計量分析」横浜 市立大学院
・宮本佐知子 (2011)「大相続時代:金融機関に求められるアプローチ」 野村資本市場研究 所
http://www.nicmr.com/nicmr/report/repo/2011/2011aut07.pdf
・総務省統計局 (2008~2015)「個人企業経済調査」
http://www.stat.go.jp/data/kojinke/
・中小企業庁 (2014~2016)「中小企業白書」
http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/
・帝国データバンク (2016)「全国社長分析」
https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p160104.pdf