【解説】
新規な酵母プリオンタンパク質Mod5 の凝集が生存に有利に働くことを発見
鈴木元治郎,田中元雅
プリオンとはタンパク質による遺伝因子のことであり,凝集 したタンパク質が自らを鋳型として,可溶性のタンパク質を 凝集体へと構造変化させることによって,伝播・感染すると 考えられている.哺乳類では狂牛病やスクレイピーなどのプ リオン病がプリオンによって伝播すると考えられているが,
酵母においてもこれまでに複数のプリオン(酵母プリオン)
が見いだされてきた.哺乳類ではプリオン病の病因としての 負の面が強調されるプリオンであるが,近年,出芽酵母では プリオンとなる凝集体を形成する(プリオン化)タンパク質 が次々に発見されてきており,酵母プリオンは積極的に何ら かの生理的な役割を果たしているという考えが提唱されてい る.しかし,どのような細胞機能を果たしているか,また,
どのような機構で酵母がプリオン化をその細胞機能に利用し ているかは不明である.本解説では,酵母プリオンに関する 最新の知見とプリオンが果たす生理学的な役割について紹介 するとともに,筆者らが発見した新規酵母プリオンによる抗 真菌剤耐性獲得機構について紹介する.
はじめに
哺乳類において狂牛病などのプリオン病を引き起こす 原因として知られているプリオンによる細胞質遺伝現象 は(1)
,出芽酵母にも複数存在することが報告されてお
り,それらは哺乳類のプリオンと共通した性質を多くも つことから,プリオン病のモデルとして精力的に研究さ れている(2).プリオンは,アミロイドと呼ばれるタンパ
ク質の線維状凝集体が自己を鋳型として,凝集していな いタンパク質を凝集させることによって自己複製を行 い,伝播すると考えられている.これまでに同定された 酵母プリオンはすべて,アミロイドを形成しやすいとさ れているグルタミン・アスパラギンに富む配列(Q/N リッチ配列)をもつことが知られている.また多くの Q/Nリッチ配列をもつタンパク質が酵母プリオンであ る可能性が高いことも示唆されている(3).酵母では多く
のタンパク質がプリオン化すること,翻訳終結因子であ るSup35がプリオン化した [ +] 酵母の出現頻度が環 境ストレスによって上昇すること,自然界に存在する酵 母のなかにもプリオン化したものが存在することなどか ら,酵母プリオンは哺乳類プリオンのように病因として Novel Yeast Prion, Mod5, Promotes Cell Survival under Environ-mental Stress
Genjiro SUZUKI, Motomasa TANAKA, 理化学研究所脳科学総合 研究センター
振る舞う負の側面だけではなく,積極的に何らかの細胞 機能を果たす役割をもっていることが予想されている
が(4, 5)
,その詳細はいまだ不明である.筆者らは,出芽
酵母において,哺乳類プリオンタンパク質と同様にQ/
Nリッチ配列をもたないプリオン化タンパク質を探索 し,新たな酵母プリオン化タンパク質Mod5を同定し た(6)
.さらにMod5のプリオン化によって酵母がいくつ
かの抗真菌剤への耐性を獲得していること,Mod5の凝 集形成によって周辺の環境変化に迅速に応答しているこ とを見いだし,酵母プリオンが環境への適応という細胞 機能を果たしていることを示した.プリオンとは
プリオンとはタンパク質からなる遺伝因子のことであ り,ミスフォールドしたタンパク質が,その構造を伝え ることによって伝播すると考えられる.また,ほかの遺 伝因子と異なり,プリオンにはDNAやRNAといった 核酸は含まれていないと考えられている.プリオンは,
ウシで見られる狂牛病やヒトで見られるクロイツフェル ト・ヤコブ病などの伝達性海綿状脳症の原因となること が知られており,これらの病気はプリオン病と呼ばれて いる.哺乳類におけるプリオン病は,プリオンタンパク 質 (PrP) と呼ばれるタンパク質が構造異常を起こし,
その異常な構造が感染・伝播することによって引き起こ されると考えられている(7)
.一方,哺乳類以外の生物で
も,いくつかのタンパク質がプリオンのように振る舞う ことが明らかになってきている.アメフラシの細胞質性 ポリA付加エレメント結合タンパク質 (ApCPEB) や,ショウジョウバエのCPEBホモログであるOrb2は,プ リオンのように凝集型と非凝集型を使い分けることに よって長期記憶の形成に関与していることが示唆されて
いる(8, 9)
.また,タマホコリカビのヘテロカリオン形成
に関与していることが知られているHet-sタンパク質も プリオン化することがわかっており,プリオン化するこ とによって分子スイッチのような振る舞いをし,自家不 和合性に関与していると考えられている(10)
.
モデル生物として広く利用されている出芽酵母でも,
プリオンが存在することが知られており,酵母プリオン の研究は精力的に行われてきた.出芽酵母では,1994 年にWicknerによって [ ], [ +] といった遺伝 因子がプリオンであることが提唱された(2)
.その後,
[ ], [ +] はそれぞれUre2, Sup35というタンパ ク質が凝集したことによって引き起こされるプリオンで あることが明らかになった(11) (図
1
).モデル生物であ
る出芽酵母で発見された [ ], [ +] といった酵 母プリオンの研究は,プリオン研究の進展に大きく寄与 した.その後,[ +], [ +], [ +], [ +] などの新たな酵母プリオンが次々に発見され,酵母にお いてプリオンは一般的な現象であることが示唆されるよ うになってきた(11) (表
1
).これらのことから,哺乳類
において病因であったプリオンは,ほかの生物種では何 らかの生命機能を有している可能性が考えられる.これ までに同定された酵母プリオンはすべて,アミロイドを 形成しやすいとされているグルタミン・アスパラギンに 富む配列(Q/Nリッチ配列)を含んでおり,また多く のQ/Nリッチ配列をもつタンパク質が酵母プリオンで ある可能性が高いことが示唆されている(3).ApCPEB
やOrb2もQ/Nリッチ配列を含んでいることが知られて いるが,哺乳類PrPタンパク質やHet-sタンパク質はQ/Nリッチ配列を含んでおらず,これらのようなQ/N リッチ配列をもたない酵母プリオンが存在するかどうか はわかっていなかった.
野生型酵母
([ prion
−]酵母)
プリオン化酵母
([ PRION
+]酵母)
図1■プリオン化酵母と野生型酵母
プリオン化酵母では原因タンパク質がアミロイドと呼ばれる凝集 体を形成しており,その機能が低下している.Hsp104シャペロン の阻害剤であるグアニジン塩酸塩による処理によってほとんどの プリオン化酵母は野生型酵母へと復帰することが知られている.
たとえば野生型酵母である [ −] 酵母では翻訳終結因子である Sup35は正常な機能をもった非凝集状態で存在しているが,プリ オン化酵母である [ +] 酵母では凝集体を形成しており,その 機能は低下している.また,[ +] 酵母におけるSup35の凝集 体が娘細胞へと伝播することによってその形質が遺伝される.
[ +] 酵母はHsp104シャペロンの阻害剤であるグアニジン塩酸 塩処理や,Hsp104遺伝子の破壊によって [ −] 酵母へと変換さ れる.
表1■出芽酵母におけるプリオン
プリオン型 タンパク質 タンパク質の主な機能
[ ] Ure2 窒素代謝制御因子
[ +] Sup35 翻訳終結因子
[ +] Rnq1 機能不明
[ +] Swi1 クロマチン再構成因子
[ +] Cyc8 転写抑制因子
[ +] Mot3 核内転写因子
[ +] Mod5 tRNA修飾因子
酵母プリオンは生存に有利に働くか?
出芽酵母では,Ure2やSup35をはじめとすると多く のタンパク質がプリオンとなることが近年わかってき た(11) (表1)
.また,出芽酵母ではプリオンとなりやす
いとされるQ/Nリッチ配列をもつタンパク質が比較的 多く存在しており,そのようなタンパク質の多くがプリ オンとなるのではないかと考えられている(3).これらの
ことから,出芽酵母においてプリオンタンパク質の凝集 が酵母の生存に有利に働くのではないかという説が提唱 されている.一方で,出芽酵母におけるプリオンが哺乳 類のプリオン病と同様に生存に不利に働くという説も以 前から提唱されてきた.プリオンが生存に有利に働くの であれば,自然界に存在する多くの種類の野生株の酵母 においてもプリオン化した酵母が見いだせるはずであ る.しかし,自然界に存在する70の野生株の酵母にお いて [ +] や [ ] などのプリオン化酵母は見い だせなかった(12).一方で,Rnq1タンパク質の凝集によ
り引き起こされる [ +] に関しては,16%の野生株 の酵母が保有していた.また,Sup35のバリアントの多 くが,Sup35が凝集している [ +] 酵母において致死 になることなども報告されており,これらの結果は出芽 酵母においてもプリオンは病因として働いており,生存 に不利であるという考えを支持している(13).一方,
Lindquistら は700を 超 え る 野 生 株 の 酵 母 を 用 い て
[ +] 酵母の探索を行い,10の野生株が [ +] を有 していることを示した.また,野生株のおよそ3分の1 がHsp104シャペロンの阻害剤であるグアニジン塩酸塩 で処理することによって表現型が変化することも示し た(5)
.酵母プリオンはHsp104の活性に依存して伝播し
ていると考えられており,この結果は,かなりの割合の 野生株の酵母がプリオンを有していることを示唆してい る.また,[ +] 酵母の出現頻度がストレス環境下で 変化することも報告されており,これらの結果は,出芽 酵母においてプリオンタンパク質の凝集が生存に有利に 働くという説を支持している(4).しかし,本当にプリオ
ンタンパク質の凝集が本当に生存に有利に働くのか,ま た,どのような分子機構によってプリオンタンパク質の 凝集が細胞機能に関与しているか,など不明なことが多 くあった.そこで筆者らは,新規な酵母プリオンを同定 し,そのプリオンが果たしている細胞機能を明らかにす ることを試みた.Mod5はQ/Nリッチ配列をもたないがアミロイド様 の線維状凝集体を形成する
これまでに同定された酵母プリオンの多くは,PINと いう性質をもつことが知られている(14)
.PINとは,Psi
Inducible のことであり,酵母プリオンの一つである[ +] の出現を誘導する性質のことである.筆者らは この性質を利用したスクリーニングを行い,新規酵母プ リ オ ン の 候 補 と し てMod5を 同 定 し た(6)
.Mod5は
tRNAの37位のアデニンをイソペンテニル化する酵素で あり,酵母プリオンに特徴的なQ/Nリッチ配列をもた ない(15).そこでまず筆者らはMod5がほかのプリオン
タンパク質と同様にアミロイド様の線維状凝集体を形成 するかを調べた.大腸菌で発現・精製したMod5タンパ ク質を撹拌すると,凝集体を形成した.この凝集体を電 子顕微鏡で観察すると線維状の構造が認められた.ま た,凝集体はアミロイドに選択的に結合するチオフラビ ンTやコンゴレッドと結合した.さらにMod5タンパク 質の凝集体は自らの凝集を促進させることや,Sup35タ ンパク質の凝集を促進させるなどのアミロイドに特徴的 な性質をもつこともわかった.また,Mod5のアミロイ ド形成において,中心的な役割を果たすアミノ酸領域に は,Q/Nリッチ配列のないほかのアミロイド同様に,疎水性のアミノ酸が多く存在することが質量解析によっ て明らかになった.これらのことから,Mod5タンパク 質はQ/Nリッチ配列をもたないにもかかわらずアミロ イド様の線維状凝集体を形成することが明らかになった.
Mod5の凝集によってプリオン化酵母 [ +] が 出現する
試験管内で形成したMod5タンパク質の凝集体を酵母 に導入することによって酵母内にMod5の凝集体が形成 され,プリオン化するかを検討した(16)
.まず,Mod5の
凝集体を導入することによりMod5の機能が低下し,ピ リミジンアナログである5-フルオロウラシル (5FU) へ 感受性となる株を単離した(17).これらの株のうちいく
つかはグアニジン塩酸塩で処理すると5FUへの感受性 が失われることがわかった.グアニジン塩酸塩の処理に より表現型が回復することは酵母プリオンに特徴的な現 象であることから,これらの株ではMod5がプリオン化 している可能性が高いと考えられる.そこで,Mod5の プリオン化による遺伝因子を [ +] と名づけ,今回 単離したプリオン化した株を [ +] 酵母,プリオン 化していない野生型株を [ −] 酵母として解析を 行った(図2
A).
[ +] 酵母の細胞内においてMod5 タンパク質が凝集体を形成しているかを調べるために,Mod5タンパク質の細胞内局在をGFP融合タンパク質に よって調べると,[ −] 酵母では細胞内全体に拡散し ていたが,[ +] 酵母では細胞内に凝集体をもつも のの割合が著しく増加していることが明らかになった.
さらに,ウエスタンブロッティングにより [ +] 酵 母では界面活性剤であるSDSに耐性をもつ凝集体が
[ −] 酵母と比べて著しく増加していることも明らか となった.これらのことから [ +] 酵母の細胞内で はMod5タンパク質がアミロイド様の凝集体を形成して い る こ と が 示 さ れ た.さ ら に,[ +] 酵 母 の 遺伝子を破壊したところ,ほかの酵母プリオン と同様に [ +] 酵母は [ −] 酵母へと変化した.
また,[ +] は細胞質性遺伝因子であり,優性遺伝 す る こ と も 明 ら か に な っ た.こ れ ら の こ と か ら
[ +] はMod5の凝集化によって引き起こされた新 規な酵母プリオンであることが確かめられた.これまで に同定された酵母プリオンは,すべてQ/Nリッチ配列 を有するタンパク質が原因となっていたが,哺乳類PrP タンパク質やHet-sタンパク質のようにQ/Nリッチ配列 をもたないプリオンを出芽酵母で初めて同定した(6)
.
[ +]酵母はエルゴステロール量が増加し抗真 菌剤への耐性を獲得する
[ +] 酵母においてどのような細胞機能の変化が 起きているか,またその機能変化が酵母の生存に有利に 働いているかを調べた.まず,tRNAのイソプロピル化 を定量したところ,[ +] 酵母ではイソプロピル化 が減少していることが明らかとなり,Mod5の機能が低 下していることがわかった.正常型のMod5タンパク質 は イ ソ プ ロ ピ ル 化 の 際 に ジ メ チ ル ア リ ル 二 リ ン 酸
(DMAPP)を基質とすることが知られている.DMAPP は出芽酵母におけるエルゴステロール合成経路におい て,Erg20タンパク質の基質となることも知られてお り,Mod5とErg20はtRNA修飾経路とエルゴステロー ル合成経路においてDMAPPを取り合うと考えられて いる(18) (図2B)
.
[ +] 酵母ではMod5の機能が低 下していることから, [ +] 酵母のエルゴステロー ル量が変化しているかを確かめたところ,[ +] 酵 母ではエルゴステロール量が増加していた.エルゴステ ロールは真菌類において細胞膜を構成する物質の一つで あり,動物細胞におけるコレステロールと同様な働きを すると考えられている.また,動物細胞には存在せず真 菌類には存在することから多くの抗真菌剤のターゲット とされている.そこで,[ +] 酵母の抗真菌剤に対 する耐性を調べたところ,フルコナゾールやケトコナ ゾールなどの抗真菌剤に対する耐性が上昇していること がわかった.これらのことから,[ +] 酵母では Mod5がプリオン化することによって,エルゴステロー ル量が増加し,抗真菌剤への耐性といった酵母の生存に 有利に働く機能変化が生じていることが明らかになった(図2C)
.
野生型酵母
([mod−]酵母) [MOD+]酵母
[mod−]酵母 [MOD+]酵母
図2■Mod5の凝集による酵母プリオン [ +]
A. Mod5はQ/Nリッチドメインを有しない酵母プリオンタンパク 質 で あ り,Mod5の 凝 集 に よ っ て [ +] 酵 母 が 生 じ る.
[ +]酵母では,Mod5の機能が凝集により低下している.一 方 [ −] 酵 母 で はMod5の 機 能 は 正 常 で あ る.B. Mod5と Erg20は共通の基質としてジメチルアリル二リン酸を利用してい る.[ +] 酵母ではMod5の機能低下によってMod5による DMAPPの 消 費 量 が 低 下 す る.そ の た めErg20が 利 用 で き る DMAPPの量が増加し,エルゴステロールの合成量が増加してい ると考えられる.C. [ +] 酵母では,Mod5の機能が凝集の形 成により低下している.そのためMod5によるDMAPPの消費量 が低下し,エルゴステロールの合成量が増加し,さまざまな細胞 機能に変化を生じさせていると考えられる.
抗真菌剤の存在下では [ +] 酵母の出現頻度が 上昇する
酵母プリオンのなかにはストレス存在下でプリオン化 が誘導されるものが知られている.そこで筆者らは抗真 菌剤の存在によって [ +] 酵母の出現が誘導される か 検 討 し た.そ の 結 果,抗 真 菌 剤 の 存 在 下 で は
[ +] 酵母の出現頻度が顕著に上昇していることを 見いだした.次に,[ +] 酵母と [ −] 酵母を 1 : 1で混ぜ,抗真菌剤の存在下と非存在下においての各
酵母の増殖優位性を調べたところ,抗真菌剤の存在下で は [ +] 酵母の割合が増加し,およそ36時間後には ほとんどすべて [ +] 酵母となったのに対し,非存 在下では [ −] 酵母の割合が増加し,60時間後には ほとんどが [ −] 酵母となった.また,非存在下に おける [ −] 酵母の割合の増加は,[ +] 酵母と
[ −] 酵母の増殖速度の違いによることも明らかに なった.これらのことから,[ +] 酵母はストレス 非存在下では生存に不利となるが,抗真菌剤などのスト
図3■Mod5の凝集による環境変化
への迅速な応答
抗真菌剤非存在下では野生型酵母の ほうが増殖速度がわずかに速く,そ のために増殖の優位性をもっている ので,一定時間経過後にはほぼすべ ての酵母が野生型酵母となる.抗真 菌剤存在下では,プリオン化した酵 母が増殖の優位性をもち,一定時間 経過後にはほぼすべてが [ +] 酵 母になるが,ストレスから解放され ると,野生型酵母が優位性をもつよ うになる.このようにして,ゲノム の変異を伴わないプリオンタンパク 質の構造変化によって,刻々と変化 する周辺環境に迅速に適応している と考えられる.
図4■酵母細胞の環境変化への応答 A. プリオンタンパク質の構造変化に よる応答.[ −] 細胞ではMod5タ ンパク質は正常な構造をとっており 正常な機能をもっている.[ +] 細胞ではMod5タンパク質は凝集し ており,機能が低下している.その ためエルゴステロール量が増加し抗 真菌剤に耐性を示す.抗真菌剤存在 下では [ +] 細胞が生存に有利と なるが,非存在下では [ −] 細胞 が生存に有利となる.プリオン化酵 母と非プリオン化酵母は比較的高い 確率で可逆的と考えられており,プ リオン化による環境応答は迅速に行 われ,またゲノム変異というリスク を伴わない.B. ゲノム変異による応 答.プリオン化に比べるとゲノムの 変異の確率は低いと考えられており,
迅速に応答できない.また,ゲノム 変異によって周辺環境の変化へ応答 とすると,新たな環境変化に対して さらなるゲノム変異で応答すること となり,ゲノムに変異が蓄積してし まうと考えられる.
レス存在下で生存に有利になり,その出現が誘導される ことが明らかとなった(図
3
).つまり,酵母はMod5の
プリオン化と非プリオン化状態の可逆的な変換によって 周辺の環境ストレスに素早く適応していることが明らか となった.以上のように,出芽酵母においてMod5の凝 集は,通常の培養環境下では哺乳類プリオンと同様に生 存に不利に働いているが,ある環境ストレス下において は生存に有利に働いていることを発見した.酵母プリオ ンの非プリオン化状態への可逆的な変換にはHsp104な どのシャペロンタンパク質が重要な役割を果たしている ことが知られている.酵母は周辺環境の変化に応じて,さまざまなシャペロンタンパク質の活性が変化し,プリ オン化と非プリオン化の変換を効率良く行うことで,周 辺環境に素早く応答しているのではないかと考えられ る.
おわりに
筆者らは,プリオン化と非プリオン化を使い分けると いうゲノムの変異を伴わないエピジェネティックな応答 により,酵母が抗真菌剤などの環境ストレスに素早く適 応することを示した.プリオン化による表現型の変化 は,長い年月を要するゲノムの変異によるものに比べて 迅速であると考えられる.また,可逆的であるため,元 の表現型へ戻る際に変異が必要とされないと考えられる
(図
4
A).そのため,周辺の環境ストレスが変化した場
合,素早く非プリオン化の状態へと変化することで生存 に有利になると考えられる.一方,ゲノムの変異を伴う 環境応答が起きた場合,環境の変化に適応するには新た な変異が導入される必要がある.そのために,環境変化 に伴ってさまざまな変異が蓄積していき,種の変化(進 化)へとつながる可能性がある(図4B).ゲノムの変異
を伴わない環境応答を行う手段として,出芽酵母におい ては,プリオンタンパク質の構造(凝集状態の)変化を 利用しているのではないかと考えられる.筆者らは [ +] 酵母ではフルコナゾールなどの抗 真菌剤に耐性になることを示したが,Lindquistらが 行った野生株の酵母を利用した研究においても,グアニ ジン塩酸塩処理によって可逆的なフルコナゾール耐性酵 母株が同定されており,野生株の酵母においても薬剤の 耐性獲得にプリオンタンパク質の凝集が関与しているこ とを示唆している(5)
.微生物の薬剤への耐性獲得は,医
療・農業などにおいて大きな問題となっており,薬剤へ の耐性獲得にプリオンが関与していることを示したこと は産業的にも意義があると考えられる.また,プリオンという現象がプリオン病の原因という病原としての側面 と,周辺環境への応答という生存に不可欠な細胞機能を 制御する分子スイッチとしての側面があることを見いだ した.出芽酵母では,これまでに複数のプリオンが発見 されており,また酵母に存在する100を超えるタンパク 質がプリオン化する可能性が高いことを考えると(3)
,プ
リオンタンパク質のダイナミックな構造変化がエピジェ ネティックな因子として広く細胞機能の制御にかかわっ ている可能性は非常に大きいと考えられる.文献
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18) A. L. Benko : , 97, 61
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プロフィル
鈴木元治郎(Genjiro SUZUKI)
<略歴>2006年東京大学大学院新領域創 成科学研究科修了/同年より理化学研究所 田中研究ユニット研究員/2011年より現 所属<研究テーマと抱負>タンパク質の凝 集やプリオンが細胞にどのような影響を与 えるか<趣味>釣り
田中 元雅(Motomasa TANAKA)
<略歴>1999年京都大学大学院(博士課 程)修了/同年理化学研究所/2002年カ リフォルニア大学サンフランシスコ校/
2006年理化学研究所<研究テーマと抱 負>プリオンの形成・伝播機構,アミロイ ドの新規生理機能,精神・神経変性疾患の 病態解明<趣味>スポーツ観戦