【解説】
肥満や脂質代謝改善を目的として食品成分の機能性を調べる 研 究 に お い て 動 物 試 験 は 必 須 で あ る.最 近 の 多 く の 研 究 で は,肝 臓 で の 脂 質 代 謝 関 連 タ ン パ ク 質 のmRNA発 現 量 や 酵 素活性を測定し,代謝変動の機構を推定している.しかし,
これらのパラメータの変動は必ずしも実際の代謝と一致しな い.さらに,多くの動物試験において屠殺時に実施される絶 食や,食品成分摂取により摂食量が変化する場合に摂取エネ ルギー量を一致させるために施されるPair-feedingは,脂質 代謝に極めて重大な影響を与えるため,誤った結論を導く可 能性がある.少なくとも研究者はこれらの点に十分配慮し,
研究をすすめることが肝要である.
食品成分の機能性を調べる研究や栄養試験において,
動物試験は必須の項目である.動物試験は培養細胞を用 いた試験を含めた試験管内 ( ) 試験よりもヒト試 験に近いと位置づけられ,より信頼性の高い情報が得ら れると信じられている. 試験は単純系であるこ とから,ある成分に対する応答を調べるには便利であり
明確な差がでやすい.一方,ラットなどの実験動物は複 雑系であり,明快な結果が得られず正確な代謝メカニズ ムの解析が困難な場合もある.しかし,ヒトでの有効性 を考える場合は 試験では不十分で,ヒトとはか なり異なる部分があるにしても,実験動物を用いた試験 が必要となる.mRNA測定ができなかった時代には,
実際の代謝を測定する試みがよく行われた.たとえば,
放射性酢酸を実験動物に注入し,一定時間後に肝臓の脂 肪酸への放射能の取り込みを測定し,脂肪酸合成速度を 推定するといった方法である.しかし,このような実験 は放射性同位元素を用いることから一般的な研究室では 行うことができず,しかも明確な結果が得られない場合 もしばしばであった.このような放射性酢酸注入試験で は,動物体内の酢酸プールの大きさが異なる場合,合成 された脂肪酸の分解速度が異なる場合あるいは酢酸の脂 肪酸以外の化合物への合成が異なる場合など複雑に影響 する因子が多く,誤った結論を導く可能性が高いことか ら制約は多かった.その後,mRNA発現量測定が容易 になった頃からこの種の試験はあまり顧みられなくな り,多くの研究でmRNA発現量により代謝変動のメカ ニズムの推定が行われるようになった.しかし,研究者
動物試験における遺伝子解析や酵素活性測定 で脂質代謝制御は明らかにできるのか?
絶食やPair-feedingに伴うさらなる混乱
池田郁男
Can We Reveal Regulation of Lipid Metabolism by Gene Analy- ses and Measurement of Enzyme Activities in Experimental Ani- mals ? Fasting and Pair-feeding Can Cause Further Confusion Ikuo IKEDA, 東北大学大学院農学研究科
はmRNA発現量が実際の代謝とは必ずしも一致しない ことを知識として知っているはずである.ある酵素の mRNA発現量が高いからといって,合成されたタンパ ク質量が多いとは限らず,たとえ,タンパク質量が増え たからといって,そのタンパク質の働きが亢進している とは必ずしも言えない.酵素活性はアロステリック調節 やリン酸化,脱リン酸化によっても調節されているし,
基質量が少なければ活性が高くても生成物は少ないこと は基本的知識のはずである.それにもかかわらず,
mRNA発現の変動が代謝変動であると信じて疑わない ような学会発表や論文が多々見られる.考えられる代謝 変動とmRNAの変動が一致すると問題はないが,一致 しないとメカニズムの説明に苦慮することとなることは 誰しも経験する.
筆者はステロール代謝を専門としており,比較的近年 に食品成分の中性脂肪代謝に与える影響や抗肥満作用の 研究に参入した.これまでに,主に肝臓でのmRNA発 現量や酵素活性を測定し代謝変動の推定を行って,いく つかの論文を発表した.しかし,推定される代謝変動と は一致しないmRNA発現量や酵素活性の変化およびこ れらパラメータの再現性の低さにはいつも悩まされてき た.
本解説では,われわれが遭遇したmRNA発現量や酵 素活性と実際の代謝変動が一致しないと考えられる例や 屠殺時の絶食が多くのパラメータに大きな影響をもたら すことなどを紹介し,自戒を込めてmRNA発現量や酵 素活性の変化で代謝変動を考えることに警鐘を鳴らすと ともに,安易な動物試験は間違った結論を導く可能性が あることを指摘したい.
5-カンペステノンの内臓脂肪低下作用
1. カンペステノンは内臓脂肪および血清,肝臓中性脂 肪を激減させる
われわれは多くの機能性成分について研究を行ってき たが,比較的有効性の高かった成分に5-カンペステノン がある.植物ステロールの一種であるカンペステロール はステロイド骨格の3位に水酸基を有するが,この水酸 基がケト基となったものがカンペステノンである(図
1
).カンペステロールを含めて植物ステロールには,小 腸でのコレステロール吸収阻害作用があり,血清コレス テロール濃度低下作用を発揮することから,特定保健用 食品の認可を受けている商品がいくつかある.一方で,カンペステノンには,植物ステロールでは観察されない 内臓脂肪低減作用が報告された(1, 2).高脂肪食で肥満さ
せたラットにカンペステノンを摂食させると,対照群と 摂食量を同一に調整しても,成長の抑制や内臓脂肪量の 低下が起こった(3) (表
1
).また,血清および肝臓の中性 脂肪量が1/3以下に激減したことから,カンペステノン は中性脂肪を低減する強力な作用をもつと考えられた.2. カンペステノンはPPAR
α
アゴニストであり,肝臓β
酸化系酵素を増加するそこで,このラットの肝臓で脂肪酸の燃焼に関わるい くつかの
β
酸化系酵素の活性とmRNA発現量を調べ た(3).その結果,酵素活性およびmRNA発現量はすべ 表1■カンペステノン摂取に伴う各種パラメータの変化パラメータ 変化
体重 ↓
内臓脂肪 ↓
血清TAG ↓↓
肝臓TAG ↓↓
肝臓 β 酸化系酵素活性 ↑↑↑
肝臓 β 酸化系酵素mRNA ↑↑↑
肝臓脂肪酸生合成系酵素活性* ↓
肝臓脂肪酸生合成系酵素mRNA* ↓
灌流肝臓からのケトン体分泌 ↑
灌流肝臓からのTAG分泌 ↓
エネルギー消費量 ↑
炭水化物消費量 ↑
脂肪消費量 →
*リンゴ酸酵素のみは増加
測定したパラメータからは脂肪燃焼の亢進が見て取れたが,エネ ルギー代謝を測定すると,脂肪燃焼の亢進は見られず,炭水化物 の消費が亢進した.
図1■カンペステロールとカンペステノンの構造式
て数倍に跳ね上がった(表1).この結果から,カンペ ステノン摂取により肝臓で
β
酸化が著しく活性化され ていることが強く示唆された.肝臓のβ
酸化系酵素の 発現を制御しているのは,peroxisome proliferator-acti- vated receptor (PPAR)α
である.ルシフェラーゼアッ セイにより,カンペステノンはヒトPPARα
を活性化す ることが示され,PPARα
アゴニストとして作用するこ とが示唆された(3).さらに,カンペステノンを摂食させたラットの肝臓を 取り出し,外因性脂肪酸を灌流することで脂肪酸酸化の 程度を調べたところ,酸化の指標となるケトン体の肝臓 からの分泌が増加し,中性脂肪の分泌は低下した(4).こ の結果から,カンペステノン摂取により肝臓では
β
酸 化が亢進していることが強く示唆された.3. カンペステノンは肝臓脂肪酸生合成系酵素を抑制す る
一方,肝臓の脂肪酸生合成系酵素のほとんどにおい て,活性およびmRNA発現量がカンペステノン摂取で 低下した(3) (表1).脂肪酸生合成系酵素発現を制御して いる Sterol regulatory element binding protein-1
(SREBP-1) のmRNA発現量は,カンペステノン摂取群 で低かった.SREBP-1 mRNA発現抑制のメカニズムは 追跡していないが,われわれはいくつかの可能性を指摘 した(3, 5).
4. カンペステノンはエネルギー消費量を増加させる が,脂肪消費量は変化しない
このような数々の研究結果から,カンペステノンは PPAR
α
アゴニストとして作用し,肝臓での脂肪燃焼の 亢進と脂肪酸生合成の抑制が起こり,そのために肝臓中 性脂肪が減少し,肝臓から血中へ分泌される,中性脂肪 が豊富なリポタンパク質であるVLDLの分泌が減少す ることで,血清中性脂肪が低下するというメカニズムが 考えられた.また,VLDLは末梢へ中性脂肪を運搬する ことから,内臓脂肪減少に寄与している可能性も考えら れた.PPARα
を活性化するfibrate系の薬剤は,ラット やマウスの内臓脂肪低減に寄与するとする報告は多 い(6).また,PPARα
欠損マウスではwild typeマウス に比べて内臓脂肪が多いことも知られていることか ら(6),この考え方が大きく間違っているとは考えられな かった.生体ガス質量分析装置は実験動物の消費酸素量と発生 する二酸化炭素量を測定し,脂肪や炭水化物がどの程度 の割合で燃焼しているかを算定することができる.カン
ペステノン摂取により肝臓での
β
酸化が活性化してい れば脂肪の燃焼増加を検出できると考え,呼気ガス測定 を行った.その結果,食餌摂取量は同量であるにもかか わらず,エネルギー消費量はカンペステノン摂取で増加 していることが明らかとなり,このことが体重および内 臓脂肪低下の一因と考えられた(表1).ところが,消 費された成分を解析すると,意外なことに,消費が増加0 0 0 0 0 していたの0 0 0 0 0は炭水化物0 0 0 0 0であり0 0 0,脂肪消費量は全く変化し ていなかった.この結果は,カンペステノン摂取によるβ
酸化亢進の証拠を積み上げてきたわれわれの期待を大 きく裏切ることとなったが,一方で,研究はある一面の みを見ていたのでは,真実を見逃す可能性があることを 強く再認識させてくれた.中性脂肪の代謝ばかりを考え るのではなく,これと密接に関係する糖質代謝も考慮す べきであったことは明らかであった.カンペステノン摂取群では内臓脂肪や肝臓中性脂肪が かなり低下しているため,
β
酸化される脂肪酸量が相対 的に少なく,たとえβ
酸化系酵素が活性化していても,β
酸化量が少ない可能性がある.すなわち,β
酸化は酵 素活性ではなく,供給される基質量に依存していると考 えられた.いずれにしても,カンペステノン摂取で対照 群よりも炭水化物消費量が高く,エネルギー消費が増加 した原因は全く説明することはできなかった.動物飼育試験における絶食はどの程度影響があるの か?
1. 絶食の影響は過小評価されている
脂肪や炭水化物代謝に影響する食品成分や栄養素に関 する動物試験では,屠殺時に絶食が行われる場合があ る.絶食を行う理由は絶食時の血清脂質,血糖あるいは インスリン濃度を知りたいためである.内臓脂肪重量の 低減作用や各種血清パラメータに何らかの影響が認めら れる場合は,その原因を探るため肝臓や筋肉などの脂質 濃度や脂質および糖質代謝関連酵素の活性やmRNAが 測定されるが,絶食の影響はどの程度であろうか?
絶食は脂肪,炭水化物およびエネルギー代謝に大きく 影響することは研究者であれば誰でも知識としてもって いる.しかし,多くの研究者は自分が必要とする情報に 絶食がどの程度影響するのかを無視あるいは過小評価 し,安易に絶食を行っているように思われる.この種の 研究の学会発表や論文で,絶食時間や何時から何時まで 絶食したのかを述べない,あるいは,記述しない場合が 多々あることは,絶食を軽視している証拠であろう.
2. 絶食による代謝の変動
まずは,摂食および絶食時の代謝変動を簡単におさら いしたい.摂食に伴って血糖が上昇すると,インスリン 分泌が亢進しグルカゴン分泌は減少する.インスリンは 速やかに血糖を筋肉等の組織,臓器に取り込ませ,解糖 系からクエン酸回路によりエネルギーを生産する.な お,肝臓はインスリンに依存せず糖を取り込みエネル ギー源とする.また,余剰の糖は脂肪酸へ転換され,中 性脂肪として貯蔵へと回される.したがって,摂食時に は脂肪酸生合成は活性化される.一方,脂肪酸生合成活 性化に伴うmalonyl-CoAの増加により,カルニチンパ ルミトイルトランスフェラーゼ (CPT) が阻害されるた め
β
酸化は抑制され,糖のエネルギー源としての利用 が優先される.摂取した脂肪はカイロミクロンとしてリ ンパから血中へ流入し,主に脂肪組織へ取り込まれて貯蔵される.一方,絶食すると摂食時とは逆の応答が起こ る.すなわち,血糖が低下しインスリン分泌は抑制さ れ,反対にグルカゴン分泌が増加する.糖の各種臓器へ の取り込み量は減少し,糖の燃焼は低下する.脂肪組織 からは脂肪酸が動員され,肝臓に流入し
β
酸化が亢進 することで脂肪酸が主要なエネルギー源となる.ラットは一般的に夜間(暗期)に摂食し,照明点灯時 には満腹である.昼間(明期)にはあまり摂食しない.
これをエネルギー代謝測定装置で調べると図
2
のように なる.縦軸は呼吸商を示している.呼吸商は糖質が 100%燃焼しているときは,1.0, 脂肪が100%燃焼してい るときは0.7である.図2では,暗期に呼吸商が1に近い ことから,摂食に伴い糖の燃焼が大きな割合を占めるこ とがわかる.一方,早朝点灯前に呼吸商が落ち始めるこ とは,ラットが摂食を止め,しだいに脂肪燃焼が高まっ ていることを示す.昼間は呼吸商が低いことから,脂肪 の燃焼が高まっており,ラットはあまり食餌を摂ってい ないことが見て取れる.3. 研究者が屠殺時に行う絶食パターン
飼育最終日にラットはこのような日内変動の中でと殺 されることとなる.絶食しない場合は,午前9時前後か ら屠殺を開始する.この時点では通常満腹である.一 方,絶食する場合にはいろいろなパターンがある.絶食 のやり方は多くは経験的なもので,研究者ごとにそれぞ れ異なる絶食パターンがあるといっても過言ではない.
ここでは,飼育室の点灯‒消灯を8 〜 20時と仮定する.
図2■通常摂食状態での呼吸商 (RQ) の変化の一例(ラット)
図3■早朝から絶食したときの呼吸 商の変化(ラット)
われわれがよく用いるのは満腹と考えられる早朝(午前 7時)より絶食を開始し,午後13時から屠殺を開始する
(屠殺にかかる時間を考慮して,平均絶食時間7時間). また,前日の夜中0時(消灯時から食べ始めるので,こ の時点でも満腹と考えられる)から絶食を開始し,朝か ら屠殺する研究者もいる(平均10時間絶食).さらに,
前日消灯時から絶食して,一晩絶食するパターンがある
(平均14時間絶食).このパターンはよく行われ,ヒト の健康診断における一晩絶食を踏襲したものと思われ る.しかし,ヒトとラットでは摂食パターンが昼間と夜 間で逆であることを考えると大きな問題がある.ラット は昼間はあまり食べないため,消灯時に絶食すると翌朝 の屠殺まで最大で24時間絶食もありうる.したがって,
この絶食パターンは絶食時間が曖昧となる欠点がある.
ペレット食を摂取したラットを早朝満腹時から絶食し た場合の呼吸商を24時間追跡したのが図
3
である.呼吸 商は直線的に低下し,エネルギー源が速やかに糖から脂 肪へ移行し,脂肪燃焼が増加している様子が見て取れ る.呼吸商から計算した脂肪と糖の燃焼割合は,絶食開 始時で17%: 83%,7時間絶食で50%: 50%,10時間絶 食で70%: 30%,14時間絶食で80%: 20%程度であっ た.以下で述べる絶食試験とは絶食方法が異なるが,脂 肪と糖の燃焼割合の違いを参考にしながら読んで欲し い.4. ラットを絶食させると肝臓ではどの程度の影響を受 けるのか?
肝臓は脂肪代謝,糖代謝およびエネルギー代謝の中心 的臓器であることから,われわれは肝臓において絶食の 影響を調べてみた.食餌脂肪を10%含むAIN93G食で ラットを2週間飼育し,絶食せず屠殺した場合と,3の3 つのパターンで絶食し屠殺した場合の影響を調べた.
4.1 絶食により肝臓重量および中性脂肪量はかなり減少 する.
まず,絶食時間の延長により,肝臓重量および肝臓中 性脂肪量が直線的に減少した.0時間絶食に比べ14時間 絶食では,100 g体重当たりの肝臓重量および中性脂肪 量は2/3以下となり,7時間絶食でも10%以上の低下を みた.これはわれわれの予想を上回るものであり,絶食
−摂食で肝臓の重量や中性脂肪量は大きく変化すること が示された.一方で,内臓脂肪重量は減少傾向はあるも のの14時間絶食でも有意差はなかった.われわれは内 臓脂肪重量は絶食に伴い素早く減少すると予測していた ことから,肝臓とは逆の意味で意外であった.血中遊離 脂肪酸濃度は絶食で増加したことから,脂肪組織から脂
肪酸の動員は起こっていると考えられるが,内臓脂肪量 が大量であるため14時間絶食では統計的に有意には減 少しないと考えられた.上述のように肝臓中性脂肪量は 激減したが,内臓脂肪重量と比較すると量的には少量で あった.食品成分による脂質代謝改善作用の主要なター ゲットの一つに脂肪肝の抑制があるが,絶食はそのよう な研究の結果に大きな影響を及ぼすと考えられた.事 実,われわれはある食品成分の肝臓中性脂肪低下作用が 絶食せずに屠殺した場合は認められたが,7時間絶食し て屠殺すると認められなかった経験をもつ.これは絶食 に伴って,対照群の肝臓中性脂肪量が急速に低下したた めに起こったと考えられた.
4.2 絶食により
β
酸化系鍵酵素の活性は変化しない 次に,肝臓のβ
酸化系酵素の活性およびmRNA発現 量がどのように変化するかを検討した.図3で示したよ うに,絶食の継続に伴ってβ
酸化の亢進が起こること は間違いない.そこで,ミトコンドリアでのβ
酸化の 鍵酵素であるCPTおよびペルオキシソームの鍵酵素で あるアシルCoAオキシダーゼ (ACO) の活性(単位タ ンパク質当たりの活性)を測定したが,14時間絶食ま で酵素活性は全く変化しなかった.絶食により肝臓重量 がかなり小さくなっているため,総肝臓当たりでの活性 は絶食によりむしろ低下した計算となった.これらの結 果は,絶食により脂肪組織から動員され肝臓に流入する 脂肪酸を,CPTおよびACOは活性を増加させることな く(むしろ,総活性は低下しているにもかかわらず), 燃焼させる十分な能力をもつことを意味している.この ことは,先に述べたカンペステノンの結果とも関連する が,β
酸化は流入する基質量(すなわち脂肪酸量)依存 的に増減していることを強く示唆しており,酵素活性の 高低と実際の脂肪酸の燃焼は比例しないと考えられた.酵素活性は通常基質飽和で測定されることから最大活性 と考えられるが,実際の現場では
β
酸化系酵素は必ず しも最大活性で反応しているわけではないと考えられ る.一方,CPTmRNAの発現は絶食した3群で同程度に 高まり,酵素活性とmRNA発現量は比例しなかった.
しかし,ACOmRNAは酵素活性同様全く変化しなかっ た.
4.3 絶食により脂肪酸合成系酵素mRNAは劇的に低下 する
絶食に伴い脂肪酸生合成が低下することは間違いな い.肝臓の脂肪酸合成系酵素活性は絶食に応答し低下し た.これは脂肪酸生合成抑制と比例していると考えられ た.酵素活性よりも大きく変化したのはmRNA発現量
である.絶食時間の延長に伴いmRNA発現量は劇的に 低下した.特にfatty acid synthaseは10時間以上の絶 食で1/100以下となった.SREBP1cの発現量も低下し たが,これをはるかに上回る低下率であった.発現量の 低下だけではこのmRNAの変化は説明できず,mRNA 分解の亢進などが考えられたが,今のところ原因は明ら かではなく文献的にも情報は乏しい.このように,ラッ トが摂食を停止してから脂肪酸生合成系酵素の,とくに mRNAの発現量は速やかに低下し,fatty acid synthase では10時間以上絶食すると絶食していない場合に比較 し限りなくゼロに近くなる.10時間以上も絶食した ラットの脂肪酸生合成系酵素のmRNAの測定値はほと んど意味がないと断言できる.
先に述べたように,ラットは暗期と明期で摂食‒絶食 を繰り返している.脂肪酸生合成系酵素の活性および mRNA発現量もまたこのリズムで日内変動を繰り返し ていると考えられる.そうすると,どの時点で酵素活性 やmRNA発現量を調べれば,脂肪酸生合成を反映する 値が得られるのであろうか? おそらくは,脂肪酸生合 成が最も活発な摂食直後であろう.摂食直後に,ある食 品成分により脂肪酸生合成が抑制されていたとしても,
絶食してしまうとその違いは消失する可能性がある.わ れわれはある食品成分を摂食したラットを絶食せずに屠 殺すると,肝臓のfatty acid synthase活性が有意に低 かったが,7時間絶食するとその違いは消失した経験が ある.
これらのことから,肝臓脂肪酸生合成系酵素を調べた いのであれば,摂食直後に屠殺すべきである.しかし,
自由摂食しているラットを摂食直後に屠殺することは不 可能に近い.われわれにできることは,ラットが満腹で ある早朝に,できるだけ短時間で屠殺してしまうことで ある.屠殺前にラットが摂食を止めた時間は個々のラッ トに依存する.また,屠殺に時間をかければかけるほ ど,脂肪酸合成系酵素の活性とmRNAは減少する.肝 臓脂肪酸生合成系酵素は一般的に大きくばらつき,再現 性を得るのが難しい.これは,個々のラットの摂食タイ ミングのずれや屠殺時間の長さの違いの影響を大きく受 けるためと考えられる.
4.4 絶食によりコレステロール代謝系酵素のmRNAも 変化する
この絶食試験において,コレステロール代謝に関わる いくつかのタンパク質のmRNA発現量を調べたところ,
胆汁酸合成系の鍵酵素であるコレステロール7
α
-水酸化 酵素および ATP-binding cassette transporter G5 およびG8の発現が,ある絶食時間以降で有意に高まった.
これらは絶食の影響を受けるとは考えにくい酵素やタン パク質である.しかし,文献を調べてみると,これらタ ンパク質のmRNA発現はインスリンシグナルによる代 謝応答と関連して変化することが最近明らかにされてき
ている(7, 8).自分自身の研究が一見,脂肪や糖代謝とは
関係がない場合でも,実は思いもよらない影響を受ける 可能性がある.インスリンシグナルに関連するタンパク 質は多く,まだ未解明の部分があることを認識しておい たほうがよい.
4.5 絶食に伴うmRNAの変化を予測することは困難で ある
われわれが測定したいくつかのタンパク質mRNA発 現量の絶食に伴う変化のパターンを模式的に図
4
に示 す.すべての遺伝子で変化のパターンが異なると言って もよい.したがって,どのように変化するかの予測は困 難である.ラットがどのような種類の食餌を摂取してい ても,絶食に伴いmRNAが平行して変化してくれれば 比較は可能であるが,そのような変化をする保証はな い.絶食の影響が食品成分の影響を隠してしまう場合,あるいは逆に,ありもしない影響が表れる場合が出てく る可能性がある.
5. Pair-feedingには大きな問題がある
動物試験においては群間で摂食量が異なる場合が起こ りうる.特に,肥満抑制関連の研究では,摂食量すなわ ち摂取エネルギー量が少なければ体重や内臓脂肪量が低 いのは当然と受け取られる.また,摂食量が少ないと肝 臓や血清脂質が低い可能性があり,食事成分の影響かど うかの判断がつかない.そこで,毎日の摂食量をそろえ るPair-feedingがしばしば行われる.たとえば,対照群 に対して内臓脂肪低減作用が期待できる試験食群で摂食
図4■絶食に伴うmRNA発現量の変化のパターン
量が低い場合は,対照群の摂食量を下げ摂取エネルギー 量が同等になるように調整する.また,過食により肥満 するマウスでは,単に過食が原因なのか,食品成分の影 響なのかを調べるため,対照群と同量の摂食量となるよ うに摂食制限を行う場合がある.摂取量を減らされた群 では,当然のことながら摂取エネルギー量が不足するこ ととなる.多くの研究者はこの不足を軽く見過ぎていな いだろうか.たとえ,一日の摂食量の差がほんの少量程 度でも毎日積み重なってくると,量を制限された群では かなり飢えた状態となる.この群では食餌を与えると同 時に食べ始め,短時間のうちに食べ尽くすようになり,
食べ尽くした後は翌日餌を与えられるまで絶食状態とな る.われわれの経験であるが,ラットにある食品成分を 含有する試験食を与えたとき,摂食量のわずかな低下が 観察されたため,対照群の摂取量を下げて摂取量が同等 となるように調整した.その結果,午後に餌を与えた場 合,対照群では午前0時頃にはほとんどのラットで食べ 尽くしていることが判明した.一方,自由摂取している 群では,そのようなことは起こらず主に暗期に摂食し た.このような状態で早朝より屠殺を行った場合,対照 群はかなりの絶食状態であり,試験群は満腹状態である ことから,肝臓中性脂肪量や脂肪酸生合成系酵素の活性 およびmRNA量を直接比較できないことは明白である.
Pair-feedingは等エネルギー摂取条件下で,内臓脂肪の 蓄積や体重の増加に違いがあるのかを検証するには適す るが,血糖やインスリン濃度はもちろん,血清および肝 臓中性脂肪濃度および酵素活性やmRNA発現量の測定 には適さない.誤った結論を導く可能性が高い.
総括
本総説では,中性脂肪代謝やエネルギー代謝系の酵素 活性やmRNAを測定しても代謝を反映するとは限らな いこと,および,絶食やPair-feedingを施すとさらに混 乱した結果を招く可能性があることを述べてきた.それ では,どのような動物試験をすれば真実に近いデータを 得ることができるのであろうか? これはかなり難しい 課題である.まず,代謝を知りたければ代謝測定を行う しかない.しかし,代謝測定が極めて難しいことも多
く,酵素活性やmRNA発現量で考えざるをえない場合 もある.少なくとも,酵素活性やmRNA発現量だけで 代謝を考えることには大きな問題があることを研究者は 認識しておくべきである.
また,絶食については,酵素活性やmRNAのデータ を得ることが主目的の場合は,絶食せずに早朝よりでき るだけ短時間のうちに屠殺するのが基本であろう(絶食 すると活性化される因子を測定したい場合は別として). 絶食時の血清脂質,血糖およびインスリン濃度は得られ ないがやむをえない.それらのデータが欲しい場合は別 に飼育試験をするしかない.群間で摂食量が異なる場合 は自由摂食試験とPair-feeding試験を別々に行わざるを 得ない.Pair-feedingの場合の酵素活性やmRNAのデー タは参考程度と考えるべきである.このような試験をす ると,資金的にも時間的にも大きな負担がかかる.しか し,一度の飼育試験で何もかも測定しようと欲張ると,
真実を見誤るかもしれないことを肝に銘じておくべきで ある.
本解説の内容が動物試験を行う際の手助けになれば幸 いである.
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