外国にルーツをもつ児童の学級トラブルに 関する研究
趙 樹娟
*・田中 理絵
Study on Class Troubles of Children with Roots in Foreign Countries ZHAO Shujuan*, TANAKA Rie
(Received September 27, 2019)
1.研究背景
本論文の目的は、外国にルーツをもつ児童をめぐる学 校現場でのトラブルを、教員がどのように理解し、対処 を試みるのかについて分析・考察することである。
日本では、1990年代以降、ニューカマーの児童生徒の 教育問題について、そして近年ではその子ども世代をど のように教育するかという問題について、教育学、社会 学、心理学などの諸領域において研究が蓄積されてきた。
志水(2009:11)によると、日本のニューカマーの子ど もたちが抱える課題は、「言語」「適応」「学力」「進 路」「不就学」「アイデンティティ」の6つのテーマに 分けてみることができるという。
日本国憲法第26条では「すべて国民は、法律の定める ところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受け る権利を有する」ことと「すべて国民は、法律の定める ところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせ る義務を負う」ことが定められている。この場合の「国 民」とは日本国籍を有する者のことであり、つまり、義 務教育の対象者には外国人児童生徒は含まれないこと になる。実際、日本に滞在する外国人児童生徒には滞在 期間に義務教育学校への就学義務はないものの、ただし、
文部科学省の公式ホームページには次のような規定があ る(1)。
外国人については就学義務が課されていませんが、そ の保護する子を公立の義務教育諸学校に就学させるこ とを希望する場合には、これらの者を受け入れること としており、受け入れた後の取扱いについては、授業 料不徴収、教科書の無償料給与など、日本人児童生徒 と同様に取り扱うことになっています。このような外
国人生徒の我が国の学校への受入れに当たっては、日 本語指導や生活面・学習面での指導について特段の配 慮が必要です。
外国人児童生徒のための教育機関としては、独自のカ リキュラムをもって運営される外国人学校も存在するが、
しかしそうした学校は各種学校として認可されていない ため、たとえば、通学時に学割が使えず、授業料なども 消費税の免除を受けることができない。また、一般的に 外国人学校は授業料が高いため、不況になれば日本の 公立学校に転入しなければならないこともある(河原 2010:2)。
一方、外国人児童生徒が、日本の公立学校に(転)入 学する場合も多くの課題が生じている。たとえば、親の 就労や留学、あるいは日本人との再婚に伴う連れ子とし て日本に滞在する外国人児童生徒のなかには、文化的・
言語的背景が多様・複雑である者も多く、教育現場では その対応に苦慮することも多い。また、不安定な生活環 境のために学校に定着しないケースをどのように扱うか についても明確な方針があるわけでない。オチャンテは、
「親が解雇になると、別な仕事を探し、引っ越しをせざ るを得ない例もある。すると子どもたちも慣れていた環 境を離れ、新たな付き合いをゼロからスタートをしなけ ればならない。このことから学習の遅れが生じ、慣れな いことから、学校を頻繁に休んだり、不登校、不就学に なる危険性は少なくない」(オチャンテほか 2016:
33)ことを指摘するが、その場合、外国人児童生徒の教 育保障の問題は、誰からも取り上げられず、個々の家族 の「見えない」問題として処理される。
あるいは、棚田(2009)は「不登校や学級崩壊、校内
*山口大学大学院東アジア研究科
暴力、非行・逸脱行為などの現象は、教育病理として問 題化され対処可能とされることで、学校秩序の維持が図 られる。不登校や学力不振に陥ったり、問題行動を起こ す子どもたちは『適応』の名のもとに、現行の学校シス テムに同化されることを余儀なくされる」点に言及した が、外国人児童生徒についても「学校に適応できなかっ た」子ども(あるいは家庭)の問題として処理される場 合も考えられるだろう。このような「みんな一緒」とい う論理のもと、児童生徒の背景を考えず「平等主義」
がまかり通っていることに対して、「一斉共同体主義」
(恒吉 1996)、「奪文化化」(太田 2000)など様々 なタームで批判されてきた。
ところで、外国人児童生徒の対応にあたって、学校で 最初に注目するのは、その子どもが日本語をどの程度理 解・使用できるかという点である。外国人児童生徒に対 する日本語指導は学校教育の一部に属し、現在、その日 本語能力等に配慮した弾力的なカリキュラムの編成をね らいとする「特別な教育課程」の理解と実施が進められ ており、文部科学省では、日本語指導教員の定数措置と 研修実施、就学ガイドブックの作成・配布等を行なって いる(2)。
こうしたなかで、多文化教育の理論化や教育実践に関 する研究も散見されるようになってきた。しかし現実的 には、来日したての外国人児童生徒が少数しかいない学 校での日本語指導は、指導に関するノウハウの蓄積に乏 しく、あるいは担任教師によって対応がまちまちである など課題も多い。教師は、まず「児童生徒一人一人の実 態を把握し、発達段階に応じて指導計画を作成すること が重要な課題となる」(古川ほか 2016)ものの、外国 人児童生徒が滅多に在籍しない学校では、指導方法の 蓄積・記録に乏しく、実際のところ、担任教師の裁量に 任されている(つまり、責任を特定の教師に負わせてい る)現状が見られる。
以上のように、外国人児童生徒の学校生活に関する 研究は一定の蓄積が見られるが(磯部・松浦2008,清 水 2004)、これまでの研究は、まずは問題の所在に ついて広く社会に喚起することが重視されたことから、
「ニューカマーの進学問題」「外国人児童生徒の不登校 問題」というように「外国人児童生徒」は一枚岩に扱わ れ、注目度の高い教育問題に関する研究に集中してきた 傾向がある。もちろん、それらは非常に重要な課題であ るものの、それに比べて、日常的に生じるトラブルに注 目した研究が少ないように思う。外国人児童生徒が日本 の学校に入学・転入学する際、母国の言語・習慣・文化 との差によって誰でも戸惑いやトラブルを経験するはず である。それらが早々に解決・解消されず放置されたり、
トラブルが蓄積されることがあれば、より深刻な問題に
繋がっていくのではないだろうか。特に、日本のように、
所属集団と同一の基準をもつことが求められる社会では、
多数派とは明らかに異なる子どもはいじめの対象となり やすい。民族・外見・文化・言語が日本人同級生と異な る子どもたちは、日本の学校の生徒、教師集団、管理運 営のなかで、おのずといじめの対象になる(ギリスほか 2009:1)という指摘も想像に難くない。
こうした関心のもと、本論文では、外国人児童生徒を めぐる学校生活上のトラブルが、日本人の教師・児童生 徒にどのように理解・対処されていくのか、さらに外国 人児童生徒がそれをどのように感じるのかについて事例 分析をもとに検討することを目的とした。もちろん、学 校側は、外国人児童生徒が日本人と同じように勉強で きる環境を整えようと配慮している。しかし、トラブル が生じたとき、その原因を日本人同士のトラブルと同じ ように考えるのか、あるいはそれとは異なる方法で解消 を図ろうとするのかに関する実証研究は、管見の限りほ とんど見られない。今後、ますます外国人児童生徒の増 加が予測されるなかで、多くの教師にその教育・対応に あたる機会が増えることから、特に日本語でのコミュニ ケーションが難しい児童生徒に対する指導・対応の問題 は、すべての教育現場で直面する課題であろう。
2.研究概要
そこで本研究では、X県Z市におけるA小学校とB小 学校を調査対象校として選んだ。Z市の特徴として、外 国にルーツをもつ児童が少なく、指導に関するノウハウ が蓄積されていない学校が多いことがあげられる。その なかでも、A小学校は古い住宅街にあり、元々、地元の 日本人児童しかいなかった学校であり「近年、A小学校 に外国から直接入学した児童はいなかった」(A小学校 校長談)が、201X年2月に中国出身の女児1名が転入 することになり、筆者のうち趙が、授業通訳補助ボラン ティア(3)として中学年の学級に入ることとなった。通 訳補助とは、対象児童の隣り席で、学級担任による授業 内容や指示を児童に伝える業務である。それと並行して、
学校長と保護者の許可を得て、日常生活の様子をフィー ルドノーツに記録するとともに、学級担任(T1)と保 護者へインタビュー調査を行った。
B小学校は、近隣に国立大学があることから、留学生 の子どもたちが継続的に一定数在籍している。そのため、
Z市内でも日本語指導の拠点校のような役割を担って いるのだが、児童の出身国は、中国、インドネシア、バ ングラデシュ、フィリピン、ベトナム、ドイツなどアジ アを中心に多岐にわたり、その宗教・文化も様々である。
ただし、B小学校で日本語指導教室と専任の教員がおか れ、教育方法が確立されはじめたのは2010年以降であり、
2019年現在も、校長と教員たちが試行錯誤しながら教 育実践を行っている。日本語教室には、黒板、椅子、机、
教材など授業で必要な設備・教具が揃っているが、筆者 らが参与観察に入った年度は日本語指導が必要な児童は 7~9名(外国籍の児童は14~18名)であり、基本的 に個別指導が行われていた。このB小学校では、授業参 観によってフィールドノーツを作成し、教員の承諾を得 た後にICレコーダーを用いたインタビュー調査を行っ た。研究対象児童のプロフィールは以下の通りであるが、
ここでは、データの特性を損なわないように注意しつつ、
個人を特定できないよう一部の情報に手を加えている。
A小学校のWさんは、日本の小学校に転入した当初、
日本語をまったく理解できなかった。筆者である趙は出 身国が同じであり、また通訳者として一緒にいる時間が 長かったことから、トラブルをすぐに見つけられる立場 にあった。次節から、フィールドノーツの分析を行って いく。
3.研究事例1―「日本語が分からなかったから」―
A小学校での約1年間にわたるフィールドワークでは、
外国にルールをもつ児童の学級で起こるトラブルについ て多く記録することができた。日常的なトラブルとして は、母国と日本の学校文化・慣習との違いによるものが 多い。たとえば、中国では体育の時間に着替える習慣が ないため、Wさんは教室で男女一緒に体育着へ着替える ことに驚き、ひとりトイレで着替えていた。この行為は、
通訳者(趙)から文化の違いであることを知らされるま で、日本人教師・児童には困った行為と見なされていた。
ほかにも、掃除の仕方の違いや、給食に慣れていないこ とから生じるトラブルなどもみられたが、しかしこうし たトラブルは、時間が経つにつれてなんとなく解消され ていくのが通常である。ただし、人間関係上のトラブル に発展した場合には、対応をおろそかにしてはならない。
次の事例1は、教室で起きた「鉛筆泥棒事件」である。
このトラブルがどのように起きて、やがて大きな問題に 発展し、そしてどのように解決が図られたのかについて、
一連の流れを見ていこう。
〈事例1-1:鉛筆泥棒事件〉
これは、Wさんが日本人児童(Y君とFさん)に泥棒 扱いを受けた話である。趙が在籍学級に到着すると、W さんは「日本には、悪い人がいるのか」と尋ねてきた。
筆者は、不思議な質問だと思いながら、Wさんから話を 聞き出したところ、上記〈事例1〉のクラスメートとの トラブルの概要と、そしてこの話は趙にしか話していな いことが伝えられた。しかし通常、児童集団間でトラブ ルが生じた場合は、学級担任に伝えなければならない。
Wさんは言語の壁のせいで担任教師に伝えられなかった のだろうと判断し、「担任の先生に伝えましょう、どう 解決するのか先生の意見を聞きましょう」と促したもの の、しかし、Wさんはその申し出を断った。また、Wさ んが「ふたりは前よりひどいと思った」(波線部)と発 言していることからも、このトラブル以前にも、同様の 問題が何度かあったことが想像された。
そこで筆者らは、Wさんの個人情報を隠しながらこの 事件について元小学校長らへ相談したところ、Wさんが 学校生活にうまく適応できるためには担任教師にそのト ラブルを伝えるべきだが、その際、Wさんへの最大限の 配慮が必要であるとアドバイスをうけた。そこで、小学 校の中休み時間に、児童たちに話を聞かれない場所に担 任教師を呼び、Wさんに関する別の児童間トラブルにつ いて伝えた。以下は、その際の会話記録である。
〈事例1-2:A小学校・Wさん担任(T1)への、児童間 トラブルの報告(日本語)〉
上記の記録は、Wさんの学級でのトラブルについて 担任教師へ相談した後に整理したものである。このほか にも、体育の着替えの際にクラスメートがWさんの邪魔 をするために故意に荷物を置いた棚に行かせないように したこと、集団遊びでは鬼の役ばかりさせることを相談 した。筆者(趙)は、通訳者として担任教師と一緒に解 決方法を探したかったのだが、次第に、学級担任に責め られている気持ちにさせられた。というのも、「すべて は、Wさんが日本語がわからないのが原因」、「趙さん が、Wさんとクラスメートとの関係を上手く扱えないせ い」といった内容の言葉を向けられたからである。この ように、担任教師が注目する問題は、起こった児童間の トラブル自体ではなく、Wさんの日本語能力の問題や通 訳者の関わり方の問題、さらにはWさんの家庭の問題に なっていった。
その日の放課後、日本人児童の多くが帰った後、教室 にはWさんと日本人児童5、6人しかいない場面で、学 級担任は、Wさんとトラブルになっている児童の1人
(Oさん)に対して、みんなの前で今回のトラブルにつ
いて尋ねてしまった。最初、当該児童のOさんは「は い」と認めたが、担任から同じことを何回も聞かれるな かで「いいえ」と返事を変えたため、トラブルはなかっ たことになってしまった。翌日、筆者以外の通訳補助者 Cさん(中国出身)が学校に来ると、担任教師は、Wさ んと通訳者(Cさん)を離れた教室に呼んで、通訳者を 介して、Wさんが他の児童に泥棒扱いさせたことの経 緯を再び話すよう促した。その後、Wさんの周りの席の 児童6人を教室の外に呼んで事情を聴取し、結論とし て「Wさんが、ひとの鉛筆を自分の筆箱に間違って入れ てしまったではないだろうか」と通訳者Cに話している。
念のため、通訳者CはWさんに確認したが、Wさんは
「事例1-1」のエピソードと同じ経由を説明して、「私 の鉛筆はすべて模様だらけなので、(Y君の鉛筆のよう な)そんな地味なのではない。それに、そのとき、私は 黒板の前で宿題を出していました。席にいなかったで す」と説明を繰り返した。
通常、児童間トラブルで、被害児童と加害児童とを同 席させて、しかも関係者以外の児童もいるなかで、事情 聴取をするような対応は不適切であると見なされる。で はなぜ、外国人児童にはそうした対応が取られなかっ たのだろうか。その後、筆者らで学校長と「鉛筆泥棒 事件」について話しあいの機会をもち、また通訳者Cも
「Wさんのことをこのままにしておいてはいけない」と 強い要望を担任教師に伝えていたこともあり、小学校側 は、日本人児童間のトラブルと同じようにいじめに関す る会議を開き、対応チームをつくることとなった。
ただし、結論は以下の通りである。「問題とされた日 本人児童たちは明るい性格であり、『そんなことを起こ しそうにない』子どもであって、今回の件は、Wさんの 日本語がまだ上達していないことから誤解が生じた可能 性がある。そこで、Wさんが自分の気持ちをみんなに伝 えることができるように、日本語と中国語の会話カード を通訳者に作成して貰うことで解決を図る」というもの であった。担任教師も学校側も、Wさんをめぐるトラブ ルの原因は、Wさんが日本語を理解できないことにあり、
Wさんの両親が毎日遅くまで働いているため勉強をみて あげていないからだと考えることに落ち着いた。しかし、
本当に日本語が話せないせいだったのだろうか。日本語 を話せば、今回のようなトラブルは起こらなかったのか。
また、トラブルを起こした加害児童たちには指導をしな くても構わなかったのかという疑問が残ったままとなっ た。
4.対照事例2――「日本語がわからなくても」
B小学校でのフィールドワークは週2回であり、筆者 らが別々のクラスに分かれて調査を実施しても、外国に
ルーツをもつ児童のいるすべてのクラスを見ることはで きず、A小学校での児童間トラブルの対照事例を直接記 録することはできなかった。そこで、担任と日本語教室 の教員にインタビュー調査をすることで事例収集を行う こととした。ただし、インタビューは、外国籍児童に対 する教師の指導法に関する質問が中心であり、「児童間 トラブルについて」直接尋ねたわけではない。
今回取り上げるのは、ベトナム出身のL君である。彼 は来日して4ヶ月目の男児(高学年)であり、まだ日本 語で思い通りにコミュニケーションを取ることはできな い。担任教師は初任者(女性)であり、外国にルーツを もつ児童だけでなく、教員・担任としての業務そのもの が初めてであった。担任教師が語った児童間トラブルは、
日本人児童と外国籍児童のパーソナル・スペースの距離 の違いに起因するものである。具体的には、「国柄が違 うことから」L君は日本人に比べてパーソナル・スペー スが狭く、仲良しの日本人児童に対して(日本人児童同 士のそれよりも)くっつき過ぎる。しかし、日本語での コミュニケーションが成立しにくいため、周囲もそれを 指摘できずにおり、次第に煙たがられていくというトラ ブルが起こった。
これに気づいた担任教師は、児童たちのなかに入っ て、「Lさんは(みんなと)仲良くしたいんよ。気持ち はみんなと一緒やん?」と間を取りもった。また、別の 日にも、日本人児童が「Lさんが(自分を、名前とは違 う呼び方で)こう呼んできた」と担任教師に苦情を伝え てきた。そこで、担任教師はLさんを呼んで、「(苦情 を言った日本人児童を指して)この子の名前は?」と尋 ねたところ、日本人児童の訴えの通り、間違った名前で 呼んだ。そこで、その場で日本人児童に「(Lさんは)
まだ、覚えてないだけ。(間違われたら)ちゃんと教え られたらいいやん?」と諭すことで対応した。ところが 再び、「Lさんがまた変な言い方してきた」「変な新名 つけてきた」という訴えが起きる。そこで再度、担任が 関係者の聞き取りをしていくうちに、言い出したのは別 の日本人児童であって、つまり、Lさんはただみんなが 言っていることを真似しただけだったこと、しかし次第 にLさんが言いだした張本人のように話が大きくなって いったことが判明した。
先のWさんの事例と異なり、Lさんの担任教師は、児 童の訴えに対して、Lさんだけを指導するのではなく、
双方から事情を聞き取り、Lさんのもつ文化的背景など を考慮しながら解決方法を指示していた。
ところで、日本語教室は外国籍の児童にとって、安 心してトラブルを訴えることのできる場でもある。下記
〈事例2〉は、日本語教室での個別授業が終わり、原学 級に戻ろうという時に、Lさんが日本語教室の先生に相
談した内容である。
〈事例2:外国籍の子どもの訴え〉
Lさんは、同級生から暴力を振るわれる経験を日本語 教室の先生に相談することで問題解決を試みているが、
「ず~とやられてる…僕が(の)ミステイクだったかも しれない(けど)今日は違う」という会話からは、これ まで何度も暴力を振るわれたが、それが自分の勘違いで ないことを確認できるまで我慢してきたことがうかがえ る。外国籍の子どもによく見られるが、不快な体験・経 験に出会うと、まずは勘違いかもしれないと考え、そう でないとわかっても教員に訴えることにしばしば躊躇す る。
そこで、日本語教室の先生は、Lさんと一緒に学級に 戻って担任教師に相談し、自ら「昼休み、ちょっとその 3人に聞きに来ますので」と担任に頼んだ。聞き取りの 際も、日本人児童3人は日本語で流暢に説明したが、ベ トナム人のLさんは「違う、違う、僕はそうじゃない、
僕はそうじゃない」と訴え続けるしかなく、何が違うの かを上手に伝えられないため、場は混乱していった。そ こで、日本語教室の教員が「何が起こったのか、(私 に)やってみて?」と、日本人児童にされたことの再現 を促す。
担任教師は、Lさんの日本語能力を考慮しながら、
「やってみて」と再現させることで、本人の感じた叩か れたときの力の強さから、日本人児童に悪気があったか どうかの判断をする。外国籍の子どもにとっては、多く の児童がいる原教室よりも、日本語教室であればゆっく り自分のペースでトラブルを相談することができる。日 本語で「言いたくても言えない」状態で説明することが 難しい段階では、児童にその場面を再現させることで経 緯を把握できるのであり、生徒指導上の判断もしやすく なる。この事例では、結局、日本人男児3人はLさんに 謝罪し、その後、児童間トラブルはなくなった。
5.まとめと今後の課題
本研究では、外国にルーツももつ児童Wさん・Lさん の日本人児童との日常的なトラブル事例を通して、外国 にルーツをもつ児童および学校教員がどのように対応し、
解決を図ろうとするのかについて見てきた。外国籍児童 であろうが日本人児童であろうが、学校内で児童間トラ ブルが生じた場合、教員は、一方の言い分だけでなく、
双方から聞き取る責任がある。本論文の事例と分析から、
以下のような3つの重要なポイントが指摘できるだろう。
まず第1に、学校現場で生じる外国籍児童のトラブル も、日本人児童同士のトラブルと同様に、早期に適切に 解決・解消されなければならない。
WさんとLさんの事例は、大筋でみれば同じタイプの トラブルである。来日したてで、まだ日本語でうまくコ ミュニケーションがとれない状況での日本人クラスメー トとのトラブルについて、ゆっくり相談できる第三者に 話し、事態の善し悪しを確かめることを試みた後、解決 された(されようとした)ケースである。しかしながら、
2人への対応方法は異なった。Wさんのケースでは、学 校はWさんの言い分を重視せず、児童間トラブルの原因 はWさんの日本語能力の不足にあり、それゆえ日本語と
中国語の対応カードを作ることで問題解決を図ろうとし た。これは問題のすり替えともいえ、表面的には暫く問 題は起きなかったが、根本的解決を図られたわけではな かった。Wさんがどんなに頑張っても、日本語を使える ようになるまでには時間がかかる。しかしこの方法では、
その間に出てくる問題はすべて日本語が不自由なせいに されてしまう。それに対して、B小学校のLさんの担任 教師および日本語教室の教員は、Lさんの日本語が不自 由なことを考慮して、双方の言い分を客観的に判断した うえで、問題の対応に当たっていた。
第2に、担任教師の知らないところで、外国にルーツ をもつ児童は継続的に学級トラブルを経験しやすい点で ある。宗教や民族性、文化的背景が異なるため、日本人 児童と外国にルーツをもつ児童との間には勘違いが生じ ることもある。Wさんが感じたトラブルはいくつもあっ たが、それが徐々にエスカレートしていったことが「前 よりひどい」という言葉からうかがえた。また、Lさん の「ず~とやられてる」も同様である。言葉と慣習が異 なる学校でトラブルが蓄積したりエスカレートすること は、外国にルーツをもつ児童にとって、学校生活が苦し くなることを意味する。その結果、いじめや不登校、不 就学など、より大きな問題に発展するかもしれない。
第3に、特に来日したての児童にはより目配りが必要 であり、担任教師以外の相談窓口を用意することの必要 性である。Wさんが、日本人児童とのトラブルについて
「担任教師には言わないで」と頼んできたように、外国 にルーツをもつ児童たちはトラブルが大ごとになること を危惧する。特に、日本人児童のいる教室では担任教師 に声をかけにくく、またそもそも言語の壁もある。その 点、日本語教室教師や通訳者は日本語の指導だけでなく、
上下関係が明確な担任教師に比べて距離が近く、学校生 活で寄り添う役割を担っている。複数の相談相手が校内 にいることは、外国にルーツをもつ児童生徒にとっては 安心に繋がる。
先にも述べたように、今後、外国にルーツをもつ児童 生徒の増加が予測されるなかで、教師は、日本人児童 生徒と外国にルーツをもつ児童生徒との間のトラブルを いかに予防すれば良いのか、また、トラブルが起きた場 合にはどのように指導・対処すべきなのかに直面する機 会も増えるだろう。今回は、日本語未習得児童に関する 日常的トラブルへの対応についてみてきたが、日本語を ある程度理解・使用できる外国にルールをもつ児童生 徒のトラブルの解決についても検討が必要であろう。ま た、「いじめ」「不登校」といった事例の検討と並行し て、日常的に学校生活の中で生じやすいトラブルに関す る研究蓄積も必要であろうし、教師キャリアとトラブル 対処方法の関連に関する検討ものぞまれる。
〈注〉
(1)文部科学省(2019)「帰国・外国人児童生徒教育 等に関する施策概要」より
(2)内閣府「外国人等特に配慮が必要な子ども・若者 の支援」『平成24年版子ども・若者白書』155頁
(3)調査期間201X年2月から7月までは毎週火曜日 の8時15分から3時15分までと水曜日の8時15分か ら12時15分まで通訳補助を行い、2学期(201X年 9月~12月)は、毎週火曜日8時15分から12時15分 まで勤務した。通訳補助者はZ市教育委員会による 派遣であり、A小学校には2名派遣され、日本語が 全く出来ない中国人児童の転入に対応した。
(4)文中のデータには、客観性を損ねないと判断でき る限りにおいて、個人情報への配慮を目的とした加 工が施されている。なお、口述中の括弧内はすべて 筆者による加筆。
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・オチャンテ 村井 ロサ メルセデス,2016「公立の小- 中学校の不登校-不適応における生徒指導の課題ー外 国人児童生徒の困難な体験からの考察ー」『奈良学園 大学紀要』第5巻,27-35頁
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・坪谷美欧子・小林宏美,2013『人権と多文化共生の高 校―外国につながる生徒たちと鶴見総合高校の実践』
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・津守真,1998『子どもの世界をどうみるか-行為とそ の意味』日本放送出版協会,100頁
・恒吉僚子,1996「多文化共存時代の日本の学校文化」
堀尾輝久ら編著『〈講座学校第6巻〉学校文化という 磁場』柏書房,215-240頁
・文部科学省(2019)「帰国・外国人児童生徒教育等に 関する施策概要」
( h t t p : / / w w w. m e x t . g o. j p / a _ m e n u / s h o t o u / clarinet/003/001.htm 最終閲覧2019.9.27)
・法務省(2017)「平成28年末現在における在留外国人 数について(確定値)」
(http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/
nyuukokukanri04_00065.html 最終閲覧2019.9.27)