総合研究所・都市減災研究センター(UDM)研究報告書(平成23年度)
テーマ4 小課題番号4.2-6
尿素を燃料とする水素エネルギーシステム
キーワード:燃料電池,アンモニア,尿素,バイオリアクタ
雑賀 高* 浜野 友紀**
1.はじめに
水素(H2)を用いた燃料電池システムは,単位質量 あたりのエネルギー密度が高く,使用時に温室効果 ガスを排出しないことなどから,実用化に向けた取 り組みが行われている.しかし取扱いの難しさやイ ンフラの問題などから,実用レベルまでには至って いないのが現状である.そこで水素キャリアとして アンモニア(NH3)を用いた 方法が研究されている (1).
しかし,空気中のアンモニア濃度が 25ppm を超える と人体に対して危険性が出てくるなど,強い毒性を 持った物質である.そこで,前報(2)(3)(4)までに水 素キャリアとしてアンモニアを使用する際のデメリ ットを克服するため,アンモニアを含む化合物であ る尿素に着目し,尿素を用いる水素エネルギーシス テムを提案した.本報では尿素をアンモニアに分解 する酵素を用いた加水分解反応について,生体触媒 を用いたアンモニア選択発生バイオリアクターを提 案し,逆浸透膜を用いた酵素の固定化によりシステ ムの有用性を示した.
2. 尿素 を用いたエネルギーシステ ム
尿 素 は(NH2)2CO の 化 学 式 で 表 さ れ る . 物 性 比 較 を Table.1(4)に 示 す . 尿 素 は 熱に よ り ア ンモ ニ ア に分 解 することができるが,ディ ーゼルエンジンの排気ガ ス後処理システムである尿素SCRシステムでは,尿 素の加水分解に180℃以上の高温を要する.そこで,
より低エネルギーで尿素を アンモニアに分解する方 法として,酵素を用いた加 水分解反応を検討した.
ウレアーゼによる尿素の加 水分解反応は以下の式に 従って進行する.
Table.1 Properties comparison of H2, NH3 andUrea
Properties Liquid Solid
H2 NH3 Urea
H2 concentration (mass%) 100 17.8 6.7 Molecular weight(g/mol) 2 17 66.06 Density at20℃(kg/m3) 70.90 680 1335 Energy density(kJ/g) 118.59 18.63 9.07 Energy Density(kJ/L) 8408 12668 12106 Melting heat(kJ/mol)
at25℃,100kPa - 34.18 -15.4
(NH
2)
2CO+H
2O
→ 2NH3+CO
2(1)
尿 素 を 用 い た 水 素 エ ネ ル ギ ー シ ス テ ム の シ ステム概要をFig.1
に示す.尿素からアンモニ アを生成するプロセスと、アンモニアから水素 を生成するプロセスの二段階となっており,尿 素を水に溶解させる際の潜熱と,アンモニアを 気 化 さ せ る 際 の 潜 熱 に よ る 冷 却 シ ス テ ム を 組 み 込 ん だ 発 電 給 湯 冷 却 コ ー ジ ェ ネ レ ー シ ョ ン システムとなっている.Evaporator Heat Exchanger NH3Dissociator (Cat.vol. 0.29L, 550C) NH3
H2,N2,NH3 H2,N2,NH3
Solid Urea Tank
Air Conditioner (heat transfer) Heat Exchanger (20C ⇒4.7C⇒20C) Water Tank
(20C) Urea Water Urea
NH3 Separator NH3 Distiller
NH3, Water Water NH3
Fuel cell (1.5kW) H2 ,N2 Water
NH3
Urea Hydrolysis Tank (20~40C ) Urea
Water Cool Hot
Cool Storage Hot Gas NH3 Micro
pump
20⇒470C 0⇒20C
550⇒100C 100⇒80C
470⇒550C NH3
Battery (Start up & Buffer)
Electric energy Liquid
NH3Tank ① ② ③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
⑨ ⑩
⑪
⑫
Fig.1 Concept of urea energy s ystem and Flow design
3. 酵素 固定化実験
3.1 NH3選択 発生バイオリアクター
ウレアーゼのような生体触媒を使用する反応器系 はバイオリアクターと呼ば れ,様々な分野で開発が 行われている.化学触媒を 用いるのに対し,生体触 媒は生成物の絶対質量は少 ないものの,常温・常圧 での反応が可能である点や ,特定の物質を特定の物 質に変換可能である点(基 質特異性)が大きな特徴 となっている(5) .尿素を選 択的にアンモ ニアに分解 するウレアーゼを使用する にあたり,1 回の反応に 酵素を1回投入する回分式ではなく,現状では高コ ストである酵素を繰り返し 使用することが求められ る.酵素を固定化する方法 は様々であるが,容易か つ安価に行える方法として ,限外ろ過膜で仕切られ た空間内に触媒を閉じ込め る包括法の一種である膜 型がある.今回は東レ社製酢酸セルロース RO膜を * :工学院大学GE部機械創造工学科,**:工学院大学大学院機械工学専攻修士課程
総合研究所・都市減災研究センター(UDM)研究報告書(平成23年度)
テーマ4 小課題番号4.2-6 使用し,逆浸透膜でパウダ ータイプのウレアーゼを
包含する方法を用いた.
3.2 実 験方法
酵素の活性因子として,反応器内の温度,pH,水 溶 液 濃 度 が 重 要 で あ る が , 前 報(3)(4)ま で に ウ レ ア ー ゼの最適活性条件を温度40 ℃,尿素水溶液濃度10 mass%と 結 論 付 け た . 水 溶 液 中 の ウ レ ア ー ゼ に よ り 発生したアンモニアは,ア ンモニア蒸気圧によって ガス化するが,一部は水溶 液中に残留する.残留し たアンモニアは水溶液pHを上昇させる要因となり,
水溶液pH 9以上の環境において,80%程度の失活が あ る と の報 告(6)か ら,1 回の 測 定 にお け る発 生 上 限
量を2000ppmと設定した.実験手順は次の通りであ
る.試薬特級尿素(固形タ イプ)を精製水に常温で
混合して10 mass%の尿素 水溶液400 gを作成する.
酢酸セルロースRO膜で包 含したウレアーゼ1 g(分 解量115,000 Unit相当,1 Unit = 1μmol/minの分解 量)を反応器内に設置し, 尿素水溶液を反応器に投 入後,ウォーターバスによ って 40 ℃に保温する.
加水分解により発生するア ンモニアを,堀場製作所 製フーリエ変換赤外分光光 度計を用いて測定する.
また,測定後尿素水溶液の pH を,セントラル科学
製pH測定装置UC-23を用 いて測定する.この一連
の操作をアンモニアの発生 が確認されなくなるまで 行う.
4.実験 結果
1回目の測定における活性 を 1とした残存酵素活 性率の比較結果を Fig.2 に 示す.測定を開始して 3 日目まではアンモニアの発 生量は顕著で,酵素が十 分に活性を保っていること が確認できる.その後は 測定を重ねるごとに減少傾 向を示している.測定開 始から 10 日目まではアン モニアの発生が確認され たが,16日目に行った測定ではアンモニアの発生量
は0 ppmとなった .また各 測定時における,測定後
の反応器内水溶液のpHをFig.3に示す.アンモニア 蒸気圧により発生するアン モニアガスと,水溶液に 残留するアンモニアが飽和するポイントがpH 9.3付 近であることが分かる.残存酵素活性率が100 %で ある 3 日目までの水溶液 pHと,残存酵素活性率が
20%に低下し た10日目の水 溶液 pHが近似している
ことから,膜内にはウレア ーゼが残存し,逆浸透膜 を介してウレアーゼによる 尿素の加水分解反応が行 わ れ てい る こと が 分か った. こ れに よ り,RO 膜 を
用いた酵素の固定化が可能であることを実証した.
Fig.2 Comparisons of residual activities by stabilized urease
Fig.3 Postmeasurement Urea water solution pH
5.結言
逆浸透膜を用いた膜型に よる固定法を用いて,ウ レアーゼを固定できること を実証した.また酵素の 繰り返し使用が求められる バイオリアクターにおい て,ウレアーゼが繰り返し 使用できることを確認し,
繰り返し使用できる条件を 明らかにした.これによ り,尿素を選択的にアンモ ニアに分解する酵素を用 いた,バイオリアクターの有用性を示した.
参考文献
(1)T. Saika, T. Nohara, et al, JSME International Journal, Series B, Vol. 46, No. 1, pp. 78-83, 2006.
(2)T. Hamano, T. Nohara, T. Saika, 第55回日本エネ ルギー学会関西支部研究発表会, 58-59, 2010.
(3) T. Nohara, M. Iwami T. Saika, 第18回日本エネル ギー学会, 4-3-2, pp. 248-249., 2009.
(4) T. Nohara, M. Iwami T. Saika, 第19回日本エネル ギー学会, 4-9-3, pp.278-279., 2010.
(5) 独 立 行 政 法 人 工 業 所 有 権 情 報 ・ 研 修 館 平 成 16 年度 特許流通支援チ ャート 化学 23 バイオ リアクター技術, 2005.
(6)TOYOBO ENZYMES, URH-201 Enzymes Diagnostic Reagent Grade, P1-3, 2008.