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タンパク質の分子進化をスパコンで再現する

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Academic year: 2023

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ペンギンは南極に住み,シロクマは北極で暮らしている.ア フリカのサバンナにはライオンが君臨し,アジアの密林には トラが潜む.動植物の種の系統は地理的分布と密接にリンク しており,数十億年の地球史を経たものである.では,目には 見えない微生物について種の系統は地理的分布とリンクする だろうか.オランダの著名な植物・微生物学者Baas Becking の定理(1)としてEverything is Everywhere, but the Environment 

Selects. という有名な警句がある.その定理は,微生物は地

球上のあらゆる場所に普遍的に存在しているが,環境に適応 した種がそのなかから優占的に増殖するという意味である.

この教義によれば,微生物はコスモポリタンであり,一見,

地理的な分布と見えるものも単に優占種を選択した環境の違 いが反映されたものだということになる.このロジックから

「培養して分離した微生物の地理的由来を議論しても意味は な い」 と い う こ と に な り,さ ら に 極 論 と し て「微 生 物 な ん て,どこで採取しても同じ」とまで言われるゆえんである

Baas Beckingの教義と環境微生物

Baas Beckingの定理の出所は何だったのか.微生物

から植物分類学に及ぶ広い学識,米国ジャックレーブ海 洋研究所の所長として極限環境微生物の研究に深くかか わった職歴などから,この定理が地球規模での微生物生 態研究から導かれたと連想されている.しかしde Wit の科学史考証によると,この言葉は,盟友ベイエルリン ク(オランダ・デルフト大学)が記述したミルクを培地 とした集積培養の膨大なデータがあまりに冗長だったの で,友人のために端的な表現を提供したものらしい.そ れが原典オランダ語による  maar 

という記述であり,逆説の接続詞maar のもつニアンスをくめば「あらゆる微生物が居たとして も,条件によって増殖する菌が変わる」という意味だっ たのではないかとされている(2)

今日,さまざまな微生物のゲノムDNAが続々と解読 されてデータベースに公開されている.ゲノムレベルで 微生物種とその系統を俯瞰すれば,この古い教義に挑戦 できるのではないか.そのような新たな研究潮流が注目 されている.応用微生物学は,研究室の中だけの小さな 世界に終始しがちであるが,Baas Beckingが提唱した ような地球規模で微生物や植物の生態を考察するGaia

(ガイア)の枠組みで考えてみたい.

Molecular Evolution of [NiFeSe] Hydrogenase at the Molecular  and Geographic Levels: Computational Resurrection of Proteins  Evolution

Takashi TAMURA, 岡山大学大学院環境生命科学研究科

地球と分子のレベルで考える

[NiFeSe]ヒドロゲナーゼの分子進化

タンパク質の分子進化をスパコンで再現する

田村 隆

日本農芸化学会

● 化学 と 生物 

【解説】

(2)

NiFeSe]ヒドロゲナーゼの発見

呼吸とは,栄養分からかき集めた還元当量(電子)を,

呼吸鎖に流して小出しにエネルギーを捻出してATPを 産生しながら,最終的に電子を酸素に捨てるプロセスで ある.呼吸の多様性とは,本質的には「電子をどこに捨 てるか」という違いである.酸素呼吸を獲得しなかった 嫌気生物は,硫黄や窒素の酸化物や金属を電子の捨て場 として使っている.回収した還元当量から電子受容体ま での電位の落差が大きいほど多くのエネルギーが得られ るので,酸化ストレスのリスクを克服した好気生物が,

多くのエネルギーを獲得した結果,地球上で栄えたとも 言われている.

硫 酸 還 元 菌(Sulfate Reducing Bacteria,  以 降SRB)

は,硫酸を電子の捨て場所とする,とても古い細菌であ る.硫酸呼吸する生物はかなり古くから地球に棲息して いたらしい.オーストラリアの始生代地層に含まれる硫 黄の同位体比から34.6億年前には生物,つまり酵素反応 による硫酸還元が行われていた物証が残されている(3)

16S rDNAに基づく系統解析から 属の登場 は約2〜3億年前と算出されている(4)

.今日,SRBは,海

底の熱水噴出口付近や油田の中など海中,地中などあら ゆる自然環境や,風呂や台所の流しの黒いぬめりや大腸 がんや大腸炎の患者腸内からも分離されており,まさに

コスモポリタンな微生物群である.

多くのSRBがペリプラズム空間にヒドロゲナーゼと いう酵素をもつ.これは水素からプロトンへの酸化,ま たはプロトンから水素への還元を可逆的に触媒する.嫌 気的な環境であれば環境からの水素供給もあるので,水 素分子を還元当量の供給源として利用するうえで,この 酵素は有用である.しかしヒドロゲナーゼは本質的に酸 素感受性が高く,酸素存在下では不可逆的または可逆的 に失活する.人類社会がこの酵素を水素触媒として工学 的に利用するならば,ヒドロゲナーゼの酸素感受性は解 決すべき課題となる.

比較的高い酸素耐性をもつヒドロゲナーゼが意外なと ころから見つかっている.SRBの基準株の一つである は石油掘削機を損壊させる腐食バ クテリアであり,産油国である米国が中東の石油を買い 続けるのは,本菌によって石油掘削機のメンテナンスコ ストが高くつくことに起因するためといわれる.有害な 細菌であるという理由でゲノム解析に供せられた.その 結果, がもつ複数のヒドロゲナーゼ遺伝子 の一つがセレノシステイン(Sec)残基(図

1

)をもつ ことが判明した.[NiFeSe]ヒドロゲナーゼは,活性中 心のNi-Feを支える4つのCys残基の一つがSecで置換 されており,これは失活状態からの速やかな還元的回復 に寄与する.セレンを含有するヒドロゲナーゼは旧ソビ

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● 化学 と 生物 

タンパク質の分子進化を駆動する非同義置換(

δ

) タンパク質の分子進化は,遺伝子の突然変異とそ の遺伝子を持つ生物の淘汰または選択を経て起こる.

遺伝子上の塩基置換は,どの位置もほぼ同じ確率で発 生すると考えられており,遺伝子の変異がタンパク 質として発現したときに初めて中立,選択,淘汰の 運命の分かれ道に遭遇するのである.たとえば,ある タンパク質をコードするORF上においてLeu残基を コードするコドンCTGが,構造上または機能上どう してもLeuである必然性が高いコドンであったとき,

ここに発生する突然変異のなかで,ほかのアミノ酸に 置換するCAG(Gln),GTG(Val),ATG(Met)な どの突然変異は強い淘汰圧を受けることになるが,

同じLeuをコードするCTC,CTA,CTTに変異した 場合のみ生存が許されると仮定する.その結果,この 位置にはあらゆる同義なコドン,つまり同じアミノ酸 を指定するコドンが蓄積することになる.逆に環境 変化に適応して積極的にタンパク質の分子進化に寄 与してきたコドンには,高い頻度で別のアミノ酸残

基に置き換わる非同義置換のコドンが蓄積する.一 つのアミノ酸残基を指定するコドン数は異なるので,

それも考慮して変異が発生する頻度を補正してやれ ば,同義(Synonymous)置換が優位な領域(

δ

δ

)と非同義(Non-Synonymous)置換が高い頻度 で出現するコドン(

δ

δ

)をアライメントされた アミノ酸配列上にプロットすることができる.

アミノ酸配列が徐々に変遷すると,立体構造もま た微妙に変化すると考えられる.[NiFeSe]ヒドロゲ ナーゼの配列上の同義/非同義置換を解析すると,

キャビティ形成残基の周辺には,アミノ酸の非同義 置換(

δ

δ

)が高頻度で発生しており,高度に保 存された領域(

δ

δ

)が形成する二次構造の位置 関係を微妙に変化させて深いキャビティを形成する ことが示された(6).じつは非同義置換が高い頻度で出 現するコドンは全コドンの5%程度である.従来,保 存性の低いアミノ酸残基には,あまり注意が払われ てこなかったが,保存されていないアミノ酸残基こ そが,残り95%の領域の立体構造を規定してきた残 基群であり,分子進化の陰の駆動力だったと言える かもしれない.

コ ラ ム

(3)

エト時代のウラル地方の嫌気的マンガン鉱床湖水から分

離された からも同定され

ている.

セレンタンパク質の生合成

Sec残基は,オパールコドン(UGA)で指定され,Sec 専用のtRNASecによって翻訳される(5)(図1)

.tRNA

Sec は,まずL-Serでアミノアシル化され[1

,そのtRNA

上で水酸基がセレノール基に置換されてSec-tRNAが作 られる[2

.tRNA上でのSer→Secへの改変はセレノ

システイン合成酵素(SelA)が触媒する.Secを指定す

るオパールコドンと本当の終止コドンはどのように識別 されるのかという疑問は,大きな謎であったが,伸長因 子(SelB)がオパールコドン下流に形成される特異なス テムループ構造に結合して,その複合体がSec-tRNAを UGAに導く仕組みが発見された.伸長因子SelBが複合 体形成によりSecへの翻訳を指図している[3

.後述す

るように,これらのRNAやタンパク質の分子間相互作 用がSRBの種間系統を考察するうえで重要な手掛がり を提供する(6)

ゲノム情報に埋もれていた[NiFeSe]ヒドロゲナーゼ ヘテロダイマー酵素[NiFeSe]ヒドロゲナーゼにおい てSecをコードするUGAは大サブユニット遺伝子の終 止コドンから僅か数十塩基手前にある.UGAをSecと 翻訳する発想がなく,塩基配列を機械的にアノテーショ ンしていれば,見落とすかCys→オパールコドンにナン センス変異した「壊れたヒドロゲナーゼ遺伝子」とみな されるだろう.しかし意識してアライメントしたなら ば,[NiFeSe] Haseであることに気づくことができる.

筆者が検索した結果,既知の2つを含めて12種類もの

[NiFeSe]ヒドロゲナーゼ遺伝子をもつ多様なSRB株が 見つかった(図

2

これらの株が分離された場所を世界地図にスポットす るとたいへん面白い.SRBの基準株として広く利用さ れている  Hildenboroughはその名が示す英 国ヒルデンバラからの土壌分離株である.その近縁種で ある  Miyazakiは,日本の宮崎県の水田土壌 からの分離株であり,  G20は北 米西海岸のカリフォルニア州の土壌分離株である.日 本,英国,米国からの分離株に系統的に近いSRBが,

ヒトの病理検体より分離された  

3̲1̲6株と 株である.

セレン含有型ヒドロゲナーゼ遺伝子は,湖水や海など の水圏SRBのゲノムにもコードされている.

図1UGAコドンをSecに翻訳する仕組み

セレノシステイン(Sec)はオパールコドンUGAにコードされて おり,Sec-tRNAに搭載されて翻訳される.mRNAの二次構造と 伸長因子SelBによってORF中のUGAの位置に誘導される.

図2NiFeSe]ヒドロゲナーゼのC末端配列 の再認識

  Hildenborough と

DSM4028の[NiFeSe]Haseはセレンタンパク 質であることが実験的に示されている.それ 以外のホモログはオパールコドンをSec残基

(U)と翻訳することによって完全長配列を同 定することができる.

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● 化学 と 生物 

(4)

 WalvisBay株はリビア海底のH2Sガス噴

出口からの分離株であり, 株は

大西洋を越えた南米大陸の英領ガイアナ共和国の泥から

の分離株で, はメキシコ

湾の海底からの分離株である.これらとは系統的に大き く異なる3株  2ac9, 

 HRM2, 

は,ヨーロッパ大陸を挟んで北海またはアドリア 海より分離された株である.この3株は,浅瀬や湖水な ど,空気にも触れる微好気な環境に生きており,日中は 光が差し込むために酸素を発生する光合成生物群とも共 存しなければならない.この3株は系統樹的に見てもか なり早い段階でほかのSRBとは分岐したグループとみ なされている.

硫酸還元菌はパンゲア大陸に住んでいた

SRBは[NiFeSe]型とともに[NiFe]型ヒドロゲナー ゼをコードする遺伝子ももっている.100本近い配列を 集めて系統樹を描くと,[NiFeSe]型酵素は[NiFe]型 ヒドロゲナーゼから派生した1グループを形成した(図

3

[NiFeSe]型と[NiFe]型は,独立のヒドロゲナー ゼでありながら系統樹が互いに酷似しており,ほとんど パラレルに系統分岐を遂げていた.ヒドロゲナーゼの成 熟化過程には3つの鉄硫黄クラスターやNi‒Feリガンド を導入する翻訳後修飾,さらにTATシステムを介した ペリプラズム空間への移送など多段階の成熟化プロセス がかかわる.[NiFe]型と[NiFeSe]型の2つのパラロ グ遺伝子が同調して系統分岐しているのは,上記の成熟 化因子のいくつかを共有して使ったために,共進化の束 縛を受けてしまった可能性が考えられる(6)

遺伝子やタンパク質の配列情報から高精度なアライメ ントをとり,進化モデルを想定して系統関係を計算すれ ば,タンパク質の分子進化を表す系統樹を描くことがで きる.では,生体高分子の系統関係を,それをもつホス トの種の系統関係とみなすことができるだろうか.高等 生物であれば,それはある程度許される.しかし,バク テリアなどの微生物では,それは基本的に「不可」であ る.その理由として,バクテリアでは遺伝子の水平伝播 がある.種を越えて遺伝子がごっそり移動する現象は,

異種間の接合伝達,ファージが伝播して起こる形質導 入,溶菌した死細胞から溶出したDNAを異種細胞が取 り込む形質転換によって起こる.さらに微生物の系統解 析の難しさは,高等生物よりもはるかに長い時間を経て いるために,地球史のある時期において発生した天変地 異により,進化や変異がある短期間に集中するために系 統関係が大きく撹乱されてしまう点にある.パスツール 研究所のGribaldoは,バクテリアの系統解析における 上記のような難しさを指摘したうえで,それでも複数の マーカー遺伝子を組み合わせれば,バクテリアでもゲノ ム間の近縁性,系統関係を種の系統として近似すること が可能ではないかと提言しているが,複数のマーカーと は何かを具体的に提案するには至っていない(7)

硫酸還元菌の[NiFe] Hase,[NiFeSe] Haseの系統関 係から何らかの共進化の制約を受けている可能性がある と考察したが,同様に共進化の束縛を受けて系統分化し ていたのがSec翻訳装置SelA‒SelB‒SelCであった.こ れらの遺伝子の系統樹は相似形であり ,  ,  そ して[NiFeSe]ヒドロゲナーゼ遺伝子はパラレルに系統 分化を経てきたことが示された.ここで重要なことは,

これら遺伝子群はゲノムのさまざまな場所に広く散在し ており,クラスターとして集まっていないことである.

図3NiFeSe]ヒドロゲナーゼの系統樹と分 離源の地理的分布図

(A)[NiFeSe]ヒドロゲナーゼの系統グループ は[NiFe]ヒドロゲナーゼの系統樹の中に独立 したグループを形成する.系統樹の共通祖先 139から現存酵素群の間に存在すると予測され る中間祖先の塩基配列は,Ancescon(8)によっ て 計 算 さ れ た.(96〜136の 番 号 で 命 名)(B)

[NiFeSe]ヒドロゲナーゼをもつSRBの分離源を パンゲア大陸に帰属した.近縁関係にある種同 士は地理的に近く,大陸の分裂と移動によって 同心円状に拡散したと考えられる.

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(5)

よって水平伝播によって種を超えて伝播したものではな く,ゲノムの系統関係を示す複数のマーカー遺伝子群で あり,Gribaldoが求めていた複数のマーカー群として使 えることが示された.

系統的には近縁の種同士が,地球の半周分もの距離に 離れた分離源をもつことは興味深い.そこで,これらの 分離地点を2億年前の地球地図に当ててみると,近いも のは近くに集まり,パンゲア大陸に局在する3系統グルー プ(図3(A)1‒5, 6‒9, 10‒123群)になった.この旧 大陸は全球凍結を雪融けさせるほどの大規模な地殻運動 によって分断され,現在のヨーロッパを中心に大陸プ レートが同心円状に移動したと考えられる.そしてSRB の棲息地も大陸に付随して動いたのである(図3B)

SRBの地理的分布とは,微生物が分布したのではなく,

そのニッチが大陸とともに移動したと考えられる(6)

変遷するキャビティ構造のシミュレーシヨン 今日,分子進化の研究は,主としてアミノ酸配列など 一次構造が考察の対象となっているが,タンパク質は立 体構造で考えないと本質的な議論ができない.そこで

[NiFeSe] Haseの分子進化を立体構造として復元して環 境適応のメカニズムを考察した.系統樹の分岐位置にある 中間祖先タンパク質についても塩基配列をANCESCON(8) を用いて予測した.[NiFeSe] HaseをゲノムにもつSRB が地球上に分布する過程で,それぞれの棲息ニッチの環 境,特に嫌気/好気の致命的な環境変化にどのように適 応して分子進化したかを探るために酵素の立体構造の変 遷をたどった(6)

.系統樹で互いに近い配列同士は,立体

構造も類似性が高く,まさにアンフィンゼンの定理を反 映して,タンパク質の立体構造はアミノ酸配列が決定し ている(図

4

.キャビティを形成するアミノ酸残基や

図4立体構造で再現した[NiFeSe]ヒドロ ゲナーゼの分子進化

中間祖先酵素は図3に表記した命名番号に従 う.同一のキャビティは出現順に番号で表記 した.共通祖先139から出発して陸生SRBの 酵素は実線矢印,嫌気環境の海生SRBの酵素 は破線矢印,微好気環境の海生SRBは太い矢 印でたどることができる.

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その位置から同一キャビティには同じ番号を振ること で,キャビティの消長を比較できる.最初にセレンを獲 得した共通祖先酵素139は136を経て海生と陸生に大き く分岐した.陸生の系統は,腸内細菌SRBと土壌中 SRBに分岐した後,土壌中SRBのほうは   G20と のHildenborough株 とMiyazaki株 に 分岐している.腸内細菌の と

がもつ[NiFeSe] Haseは閉じたキャビティ構造をもつ.

健常な腸内は嫌気的環境ではあるが,大腸炎や大腸がん など疾病状態では,宿主(腸管)対腸内微生物が拮抗す る状況に陥り,結果として活性酸素種が発生して酸化ス トレスを生じる(9)

.そこでキャビティは閉塞しており突

発的に発生する酸化ストレスに備えた構造が示唆されて いる.地中からの分離株である  Hildenbor- ough 株,Miyazaki 株,  G20 の[NiFeSe]

 Haseは,中間祖先115や102から派生しており115で大 きく開口したキャビティ 5が,分断されて内部キャビ ティが形成されて,さらに表面から陥没して10と11が 形成している.海生SRBがもつような貫通したトンネ ル状のキャビティではないが,表面から孤立した内部 キャビティ構造が特徴である.このような孤立したキャ ビティはケージ効果をもつため水素ガス分圧が低い環境 でも基質を保持する効果が期待できる.

海生SRBは,キャビティが発達したタイプ(図3(A)

6, 7, 8, 9)と閉鎖した構造のままのタイプ(図3(A)10, 

11, 12)に大別され,前者は海底のH2S噴出口など嫌気

性が確保された環境から分離されたSRB,後者は酸素 存在量が大きい微好気環境からの分離株がもつ酵素とし て特徴づけられる.分子進化を辿る途中の中間祖先構造 がもつキャビティは,その前後で継承されており,連続 的なキャビティ構造の拡大または縮小をたどることがで きる.このような立体構造の変化も,アミノ酸残基の非 同義置換を反映したものである.このようにタンパク質 の分子進化は配列だけをいくら眺めても見えず,立体構 造を復元して初めて本質的な考察が可能になる.

環境ゲノム解析はBaas Beckingの定理を覆したか Baas Beckingの定理は,遺伝子の実体がDNAである と認知される以前の学説である.また,彼自身が集めた 生物的エビデンスとは藻類や原生動物などの形態観察で あった.当然ながら,遺伝子解析に基づく分子系統学か らの数々のチャレンジがなされてきた.そもそも,あら ゆる微生物が地球に均一に存在するのだろうか.微生物 の中で胞子やシストを形成して不適な環境に耐えられる

ものは比較的少数派であり,たとえ運良く生育可能な環 境に移動しても先住種との競合に勝てる保証はない.

Sulらは,太平洋と大西洋のそれぞれ北極から南極にか けて緯度の異なる277の地点からサンプルを収集して代 表的な17属に絞って多様な種を分離・同定した結果,

両極から赤道にかけて緯度が低くなるほど,属と種の多 様性が豊富になり,微生物は地球上に均一に存在してい ないと結論した(10)

.またLeasiらは,動物界紐形動物門

に置かれているヒモムシ 属個体群に ついて複数の遺伝子群(シトクローム酸化酵素I型,ミ トコンドリア16S rDNA, 18S rDNA, 28S rDNA)の分 子系統解析を行い,統計的にも有意な地理別クラスター が形成されていることを示した(11)

.では,生物種の分

布に地理的要因があるならば定理は覆るのかと言われる と,話はそう簡単ではない.Baas Beckingが言ったEn- vironment(環境)には地理的障壁も含めて拡大解釈で きるし,さらにEverythingには,難培養性生物も含め てこそEverythingなのであって,メタゲノム解析に よってこれらの痕跡DNAを検出すれば,DNAレベル ではEverywhereにあらゆる微生物が潜んでいるのでな いか.という問題が提起されている.

ところでメタゲノム解析で対象になるのは16S rDNA など特定のマーカー遺伝子ではない.Woeseが提唱し た16S rDNA系統解析は,形態や栄養要求性に惑わされ ず分子構造に基づく画期的な分類法であったが(12)

,全

く同一の配列をもちながら異種である場合や,同一種で ありながら2.5%もの塩基配列の差異が見られる場合も ある(13)

.Halaryらが開発したメタゲノム解析法では,

解読されたシーケンスをすべて相互にBLASTにかけて 相同性の高い遺伝子群クラスターを形成して,それらの 系統関係を描く(14)

.この方法では,遺伝子指標として

何を見ているのか不明なので,生物的意義を見失うリス クもあるが,恣意的誤謬なしにメタゲノムの内容を概観 することができる.Fondiらはこの方法で解析を行っ た.そしてメタゲノムレベルでは地理的な要因よりも,

海水,淡水,寄生ホスト,空中という大まかな環境要因 の差異のほうが大きく,地理的な違いはあまりない,つ まりBaas Beckingの定理を支持する側の結論に至って いる(15)

.分子系統学によってコーナーまで追い詰めら

れたこの古い教義も,Fondiらのメタゲノム解析に救わ れた形になった.しかし今後もこの定理を巡って地理ゲ ノミクスからの熱いチャレンジと議論が続いていくこと が期待される.

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文献

  1) L.G.M. Baas Becking: “Geobiologie of inleiding tot de mi- lieukunde,” 1934.

  2)  R. de Wit & T. Bouvier:  , 8, 755 (2006).

  3)  Y. N. Shen & R. Buick:  , 64, 243 (2004).

  4)  L. L. Barton & G. D. Fauque:  , 68,  41 (2009).

  5)  D.  L.  Hatfield  &  V.  N.  Gladyshev:  , 22,  3565 (2002).

  6)  T. Tamura, N. Tsunekawa, M. Nemoto, K. Inagaki, T. Hi- rano & F. Sato:  , 6, 19742 (2016).

  7)  S. Gribaldo & C. Brochier:  , 160, 513 (2009).

  8)  W. Cai, J. Pei & N. V. Grishin:  , 4, 33 (2004).

  9)  A.  Boleij  &  H.  Tjalsma:  ,  87, 701 (2012).

10)  W.  J.  Sul,  T.  A.  Oliver,  H.  W.  Ducklow,  L.  A.  Amaral- Zettler & M. L. Sogin:  , 110,  2342 (2013).

11)  F. Leasi, S. C. Andrade & J. Norenburg:  , 25,  1381 (2016).

12)  C. R. Woese:  , 51, 221 (1987).

13)  E. Stackebrandt & B. M. Goebel:  ,  44, 846 (1994).

14)  S. Halary, J. W. Leigh, B. Cheaib, P. Lopez & E. Bapteste: 

107, 127 (2010).

15)  M. Fondi, A. Karkman, M. V. Tamminen, E. Bosi, M. Vir- ta,  R.  Fani,  E.  Alm  &  J.  O.  McInerney: 

8, 1388 (2016).

プロフィール

田 村  隆(Takashi TAMURA)

<略歴>1988年岡山大学農学部農芸化学 科卒業/1993年京都大学大学院農学研究 科農芸化学専攻博士後期課程修了/同年岡 山 大 学 農 学 部 助 手/2000年 同 助 教 授/

2007年 同 准 教 授/2013年 同 教 授<研 究 テーマと抱負>計算化学と実験化学が融合 した新しい農芸化学研究<趣味>微生物と 人の歴史探索,外国語の習得,家事手伝い

<所属研究室ホームページ>http://www.

agr.okayama-u.ac.jp/ApplEnz/

Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.385

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