はじめに
葉緑体はエネルギーや物質生産の場であり,効率良く 光合成を行うためにタンパク質の構成要素である窒素が 多く分配されている.植物は成長に伴い,葉緑体で使わ れていた窒素を老化葉から新葉や種子へ順次転流させリ サイクルしている.また葉緑体タンパク質は光合成を十 分に行うことができないストレス環境下では糖に代わる 呼吸基質として細胞機能の維持に使われる.これらの過 程では細胞内でタンパク質がアミノ酸レベルにまで分解 されて利用される.オートファジーは真核生物に広く保 存された大規模な細胞内タンパク質分解システムであ り,植物でも分子レベルでの解析が進められている.葉 緑体についてはオートファジーによる「丸ごと」あるい は「部分的」な分解経路が存在する.葉緑体のオート ファジーは栄養のリサイクルに加えて,オルガネラの品 質管理や環境応答など,さまざまな面で重要な役割を果 たしていることが明らかになりつつある.
栄養リサイクルのプロセスとしての葉の老化 植物は独立栄養生物であり,土壌から吸収した14種 の無機栄養素を同化・利用し光合成を行うことで成長す る.なかでもアミノ酸や核酸の構成成分である窒素は,
植物の成育の律速要因となる最も重要な栄養素である.
ふつう土壌中には植物が利用可能な窒素は限られてお り,農作物を栽培する際には窒素は施肥によって補われ る.
葉緑体は植物などの光合成生物を特徴づけるオルガネ ラである.光合成に加えて,葉緑体は無機栄養素の同化 やアミノ酸,脂肪酸,色素,ホルモンなどさまざまな物 質合成の場であり,代謝の中心に位置していると言え る.コムギやエンドウでは葉の全窒素の約80%が葉緑 体に分配され,主に光合成タンパク質として機能してい る(1).窒素が植物の成育を支配している主な理由がここ にある.なかでも光合成の律速因子の一つとなるCO2
固定酵素RuBisCOは圧倒的に量が多く,葉の全窒素の 約10 〜 30%を占める「地球上で最も多いタンパク質」
として知られる(2).RuBisCOの次に多いのは光化学系 IIの集光性クロロフィルタンパク質複合体(LHCII)で あり約7%を占める.
動物とは対照的に移動の自由がない植物にとって,獲 得した栄養素の効率的な利用や体内でのリサイクルは常 に変動する環境下での生存や適応に重要となる.個体の 成長に伴い,窒素は老化葉から新葉や種子へ転流される が,このとき葉緑体は主要な転流窒素源となる.した がって葉緑体が細胞内でどのようなメカニズムで分解や リサイクルをされているかを明らかにすることは,農作 物の生産性や栄養品質の向上を考えていくうえでは非常 に重要となる.
セミナー室
広がるオートファジーの世界-4植物の栄養リサイクルと葉緑体のオートファジー
石田宏幸
東北大学大学院農学研究科
葉の老化はプログラム細胞死の一種である.しかし形 態形成や病原体に対する免疫応答としてのプログラム細 胞死と大きく異なる点は,葉の老化の主な役割が,細胞 が死ぬこと自体ではなく,細胞内の生体高分子を分解し てそれらを構成していた栄養素を回収する点にある.
RuBisCOはクロロフィル分解に先立って葉の老化初期 から盛んに分解され主要な転流窒素源となる.その分解 は葉の光合成速度の低下と一致している.つまり葉の
「機能的な」老化は「可視的な」(黄色くなる,紅葉す る)老化よりも早く起こっている.葉の老化の進行とと もに葉緑体のサイズは縮小していき,細胞あたりの葉緑 体数も減少する(3).
タンパク質分解の場となるオルガネラ
光合成が行われる葉肉細胞では,液胞が細胞体積の 80 〜 90%以上を占め,さまざまな加水分解酵素を含ん でいる(4).細胞分画を行うと,RuBisCO分解活性をも つプロテアーゼのほぼすべてが液胞に局在する.また,
いくつかの液胞システインプロテアーゼは葉の老化とと もに誘導される.老化葉では葉緑体が液胞膜の陥入に よって液胞内に取り込まれるような像が観察されること から,1980年代始めのパイオニア研究で葉緑体タンパ ク質の分解は,葉緑体全体が液胞内に取り込まれ分解さ れることで,すなわち葉緑体オートファジーによって,
起こると提唱された(5).
しかし葉の老化過程でRuBisCOタンパク質の減少は 細胞あたりの葉緑体数の減少よりも先立って起こる(6). 同様に主要な葉緑体タンパク質の減少はパラレルには起 こらず,たとえばRuBisCOの減少はLHCIIよりも速い.
RuBisCOとLHCIIはともに葉の展開期に合成され,そ の後はほとんど代謝回転しない(7).これらの知見は RuBisCO分解にはオートファジーによる葉緑体の丸ご と分解のほかに別の経路やメカニズムが働いていること を示唆している.よって,これまでRuBisCO分解の研 究ではオートファジーよりも葉緑体プロテアーゼに焦点 があてられてきた(8).葉緑体には数多くのプロテアーゼ やペプチダーゼが存在しオルガネラの発達や維持に重要 な役割を果たしている.なかでも原核型のATP依存性 プロテアーゼであるClp, FtsH, およびLonは葉緑体にも 局在し,タンパク質のオリゴペプチドやアミノ酸レベル までの分解に主要な役割を果たしている(9).これらのプ ロテアーゼは老化葉で起こるタンパク質のバルク分解に も寄与していると考えられるが,まだ確かな証拠は得ら れていない.
植物のオートファジー
オートファジーは栄養飢餓などのストレス条件下で細 胞質基質を消化オルガネラ(液胞やリソソーム)に輸送 して分解する細胞内システムの総称であり,真核生物に 普遍的に存在する.オートファジーにはマクロオート ファジー,ミクロオートファジー,シャペロン介在性 オートファジーと呼ばれる主に3つのタイプが存在する が,植物ではこれまでにマクロオートファジーとミクロ オートファジーが確認されている.マクロオートファ ジーでは,オルガネラを含めた細胞質成分が二重膜構造 体,オートファゴソームに取り囲まれ隔離される.単に オートファジーといった場合は,マクロオートファジー のことを表すことが多い.オートファゴソームの外膜は 液胞膜と融合し,液胞内部に放出された内膜とその内容 物(合わせてオートファジックボディーと呼ばれる)が 種々の加水分解酵素によって分解される.栄養飢餓時の オートファジーでは,細胞質基質は基本的には非選択的 にオートファゴソームに取り込まれる.また,たとえば ミトコンドリアやペルオキシゾームなど特定のオルガネ ラに対する選択的なオートファジーも知られており,そ れらはマイトファジーやペキソファジーと呼ばれる.酵 母の分子遺伝学によって,これまでに多数のオートファ ジーの進行に必須な遺伝子, (
)群が同定されている.一方,ミクロオートファ ジーでは液胞膜が陥入することで直接的に基質を取り込 み,液胞ルーメン内に放出,分解する.これら2つの オートファジーは形態学的には区別されるが,それらの 進行過程で必要な遺伝子群は大部分重複している.オー トファジーについては日本人研究者の活躍が特に目覚ま しく,優れた和文成書もたくさんある(たとえば文献 10).本セミナー室の他稿と合わせて参照されたい.
近年のゲノム解析の進展により,酵母で発見された 遺伝子群のホモログがモデル植物シロイヌナズナ にも存在すること,そしてそれらの遺伝子群は植物にお いても酵母と同様に機能していることが明らかにされ た(11).オートファゴソームの可視化マーカーである GFP-ATG8を用いて植物オートファジーの での 可視化系が構築され,同時に 遺伝子を欠損しオー トファジー不能となる植物( 変異体)の表現型が詳 細に調べられた.これら分子レベルでの解析の結果,植 物オートファジーが栄養飢餓や環境ストレスに対する応 答,病原体の感染に対する防御機構など植物がもつさま ざまな機能において重要な役割を果たしていることが明 らかになった.なお植物オートファジーについては本セ
ミナー企画・吉本の稿(Vol. 52, No. 8, pp. 535‒540)で さらに詳しく紹介されている.
RCB:オートファジーによる葉緑体の部分分解経 路
葉緑体オートファジーには2つの経路が知られてお り,そのうちの一つはRuBisCO-containing boby (RCB)
と呼ばれる小胞を介した部分分解の経路である(図
1
). RCBはコムギ老化葉の免疫電子顕微鏡観察により発見 された(12).老化葉ではRuBisCOは葉緑体のストロマに 加えて,細胞質やまれに液胞に存在する直径0.5 〜1μ
m の小胞にも局在した.この小胞はRuBisCOを含む構造 体(RuBisCO-containing body ; RCB)と名づけられた.RCBにはRuBisCOのほかに同じくストロマに局在する 葉緑体型グルタミン合成酵素(GS2)も含まれるが,チ ラコイド膜構造やLHCII,ATP合成酵素,チトクロム などの膜タンパク質は含まれない.RCB内部の電子染 色の強度は葉緑体ストロマのそれと見分けがつかないこ とから,RCBにはストロマ成分が非選択的に取り込ま れていると予想される.また形態観察から,RCBは葉 緑体包膜に由来する二重膜をもち,さらに細胞質では オートファゴソーム様の構造体に囲まれていた.その 後,RCBは若いタバコ葉や塩ストレス下にあるイネ葉 でも確認された.
RCBとオートファジーの関連性がシロイヌナズナで 調べられた(13).RCBは葉緑体ストロマに移行するトラ ンジットペプチドがN末端に付加されたGFPやRFP,
またRuBisCOスモールサブユニットとGFPやRFPの融 合タンパク質(内在するRuBisCOラージサブユニット とRuBisCOホロ酵素を形成)によって生きた細胞内で 可視化することができる.これらの葉を液胞の分解活性 を抑制する効果をもつコンカナマイシンAの存在下で 暗所でインキュベートすると,GFP(あるいはRFP)
蛍光をもちクロロフィルの自家蛍光をもたない小胞すな わちRCBが液胞内に多数蓄積する(図
2
).この液胞内 のRCBは オ ー ト フ ァ ゴ ソ ー ム マ ー カ ー で あ るGFP- ATG8でも可視化される.そして 変異体では液胞内 のRCBの蓄積は全く見られなくなる.これらの結果か らRCBは葉緑体のストロマ成分を特異的に含むオート図1■葉 緑 体 オ ー ト フ ァ ジ ー の モデル
RuBisCO-containing body (RCB)
図2■シロイヌナズナの液胞に蓄積したRCBの可視化
(A)ストロマ移行GFPを発現する葉をコンカナマイシンA処理 後,葉肉細胞を共焦点レーザー顕微鏡で観察した.写真はGFP蛍 光を緑,クロロフィル自家蛍光を赤で示した際のマージ画像で,
両蛍光をもつ葉緑体は黄色で示される(注:冊子版では白黒で表 示).一方,RCBはGFP蛍光のみを示し,葉緑体とは明確に区別 される.(B)コンカナマイシンA処理した葉を,抗RuBisCO抗 体を用いた免疫電子顕微鏡で観察した.RuBisCOの局在を示す金 コロイド粒子(黒いドット)が,液胞内の小胞上に見られる.
RuBisCO-containing body (RCB)
ファジックボディーの1タイプであると結論された.
RCBとストロミュール
RCBがどのように形成されるかについてはわかって いない.酵母では核膜や小胞体などはオートファジーに より部分的に分解されるが,ミトコンドリアやペルオキ シゾームなどのオルガネラは基本的には丸ごと分解され る.RCB形成に何らかの役割をもつと考えられるのが ストロミュール(stromule : stroma-filled tubule)であ る.ストロミュールは葉緑体表面から伸長する包膜で囲 まれた直径1
μ
m以下の細い管状の構造体であり,その 内部はストロマ成分が自由に移動できる.ストロミュー ルはとてもダイナミックで,常に分岐や伸長を行い,と きには葉緑体同士を連結したり,原形質連絡を通じて隣 の細胞まで入り込んだりもする(14).またストロミュー ルがときおり断片化してその先端から小胞を放出する様 子も観察されている.通常ストロミュールは根や花弁な どに存在するクロロフィルを含まないプラスチド(色素 体)で多く見られ,葉肉細胞の葉緑体では少ない.しか し興味あることにオートファジー欠損変異体では葉肉細 胞で多数のストロミュールが観察されるようになる.こ れらの結果はRCBがストロミュールから形成されてい ること示唆する.このようなストロミュール-リッチな 表現型を示す変異体はほかに報告がない(15).またスト ロミュールを完全に欠失する変異体もこれまでに単離さ れておらず,ストロミュールの形成機構について今後さ らなる解析が望まれる.クロロファジー:オートファジーによる葉緑体の
「丸ごと」分解経路
クロロフィルが盛んに分解され葉が黄色くなる老化後 期では,細胞あたりの葉緑体数も顕著に減少する.電顕 観察の結果から老化葉では葉緑体本体のオートファジー が起こっていることが示唆されている.この葉緑体本体 のオートファジーについてはオルガネラ特異的なオート ファジーであるマイトファジーやペキソファジーに倣い
「クロロファジー」と呼ぶことにする(図1).
シロイヌナズナでは,個体や群落の中で相互被陰され た葉は光合成に不利となり,速やかに老化する.この現 象を模して一部の葉を個体から切り離さずに個別に黒い 布などで人為的に暗処理する方法が「老化のモデル実験 系」として用いられる(16).この系を用いて野生体と 変異体の葉の老化過程における葉緑体の挙動が調べられ た(17).野生体の個別暗処理葉では葉緑体のサイズと細
胞あたりの数が数日以内に減少する.一方, 変異体 では見た目の老化は野生体と同様に起こるものの,葉緑 体のサイズや数の減少は野生体に比べて顕著に抑制され る.野生体の個別暗処理葉では,RCBに加えてクロロ フィル自家蛍光をもつ比較的小さな葉緑体も液胞内に検 出されるが, 変異体ではRCBや葉緑体の液胞への移 行は見られない.すなわち老化葉におけるクロロファ ジーが確認された.RCB形成によってストロマと包膜 が消費されるため,葉緑体サイズは減少していく.その 結果として縮小した葉緑体がクロロファジーの対象にな るものと考えられる(図1).
葉緑体オートファジーの選択性 1. RCBと非選択的オートファジー
RCBは葉緑体のストロマ(可溶性基質)のみを含む 特異なオートファジックボディーである.ストロマ成分 についてはRuBisCOやGS2だけでなく遺伝子組換えに より導入されたストロマ移行GFPやRFPを含むことか ら,基本的には非選択であると考えられる.その点では 当初のRCBという名称はあまり適切ではないが,今後 もそのまま使うことにする.RCBの誘導は,葉緑体以 外の細胞質成分に対する非選択的オートファジーとは細 胞の栄養状態によって少し異なる制御を受けている(18). 一般に植物の非選択的オートファジーは窒素欠乏と糖欠 乏のどちらの条件でも顕著に誘導される.しかし,シロ イヌナズナではRCBは葉の窒素栄養よりも炭水化物の 過不足によって強く制御される.切離葉の実験系では,
RCB形成は葉に外から代謝糖を加えたり,光照射によ り光合成を行わせると強く抑制されるが,無機窒素源を 外から加えても抑制されない.一方,RCB以外の細胞 質成分を含むオートファジックボディーの形成は,代謝 糖と無機窒素どちらの添加でも抑制されるが,光照射に よっては抑制されない.
2. RCBとクロロファジー
植物が葉緑体のオートファジー経路としてRCBとク ロロファジーの2つを使う点は特に興味深い.これらの コンビネーションは細胞の中で特に大きなオルガネラを リサイクルという観点から効率良く分解するのに重要な のかもしれない.植物で見られるオートファゴソームや オートファジックボディーの大きさは直径約1
μ
m程度 であり,RCBもまたこの程度の大きさである.葉肉細 胞の成熟葉緑体は5 〜10μ
m程度もあり,それはオート ファジーの基質としては大きすぎるのかもしれない.なお老化葉のクロロファジーで液胞内に見られる葉緑体の 大きさは2 〜4
μ
mと,成熟葉緑体よりはかなり小さい.また根など白色組織に存在するプラスチド(色素体)は 成熟葉緑体より小さく,大体2 〜 4
μ
mである.しかし プラスチドに対しても栄養飢餓条件ではRCB様の小胞 形成を伴う部分的なオートファジーが優先的に働くこと から,2つの経路が存在する意義は単にオートファゴ ソームのサイズ限界だけではないと考えられる.3. 基質認識にかかわるオートファジーアダプター 選択的オートファジーではオートファジーアダプター/
カーゴレセプターが基質認識にかかわる因子として重要 な役割を担っている(19).これらの因子としては酵母で 特定の液胞タンパク質の生合成を担うCvt (cytoplasm- to-vacuole targeting)経路におけるAtg19,哺乳類で凝 集化したユビキチン化タンパク質の分解にかかわるp62 やNbr1 (neighbor of Brca1 gene 1),マイトファジーに おける酵母Atg32やその哺乳類のホモログNixなどがあ る.これらの因子はAtg8-family interacting motif (AIM)
(哺乳類ではLC3-interacting region in mammals ; LIR)
を介してAtg8(哺乳類ではLC3)と直接相互作用し基 質をオートファゴソームにリクルートする.植物でも AIM (LIR)を保持するオートファジーアダプターの存 在が知られており(20, 21),現在それらとRCBやクロロ ファジーとの関係が調べられている.
葉緑体オートファジーの生理的役割
1. 葉の老化過程におけるRuBisCO分解と窒素転流 クロロファジーに加えてRCBを介したストロマ成分 特異的な部分分解経路の発見により,老化時の葉緑体タ ンパク質の主要な分解経路としてオートファジーが再注 目された.最近,シロイヌナズナの 変異体を用いた 安定同位体トレーサー実験により,オートファジーが種 子への窒素転流に主要な役割を果たしていることが明ら かにされた(22).また,RuBisCO-GFP融合タンパク質を 用いたプロセシングアッセイにより個別暗処理葉で起こ るRuBisCOの分解に対するオートファジーの寄与率は 少なくとも40%程度であると見積もられた(23).しかし 変異体ではRuBisCO分解は野生体と見かけ上同様に 起こることから,オートファジーとそれ以外の分解シス テムとの関係についても今後明らかにされる必要がある.
2. 日周サイクルにおけるエネルギー代謝
オートファジーは夜間など炭水化物が枯渇する条件下
でのエネルギー供給にも重要な役割を果たしていると考 えられる.多くの植物は光合成産物の一部を昼間にデン プンとして葉緑体に蓄え,それを夜間には糖に分解し代 謝や成長に必要なエネルギーを得ている(24).RCBの形成 は葉におけるデンプンや糖の蓄積と密接な関係があるこ とを述べた.日周(明暗)サイクルにおいては,RCB 形成は光合成の盛んな明期よりも,デンプンが枯渇する 暗期の終わり頃に盛んとなる(18).
異なる日長条件で 変異体の成育を野生体と比較す ると,夜が長い短日条件ほど顕著な成長遅延を示す.一 方,連続明期の条件下や,短日条件でも外部から糖が供 給される条件では, 変異体と野生体の成育に差はな い.またデンプン合成酵素の欠損変異によりデンプンが 蓄積されないスターチレス変異体とオートファジーの二 重変異体は,短日条件ではほとんど成長できない.短日 条件の夜間にはスターチレス変異体では遊離アミノ酸が 増加するが,スターチレス・オートファジー二重変異体 では遊離アミノ酸の中でも代替呼吸基質として重要な分 岐鎖アミノ酸や芳香族アミノ酸の増加が抑制される.
よって,オートファジーは,RCBを主とするタンパク 質分解から糖に代わる呼吸基質としてアミノ酸を供給す ることで,夜間のエネルギー供給の一端を担っていると 考えられる(25).
3. オルガネラやタンパク質の品質管理
クロロファジーは葉の老化以外の局面でも,ある遺伝 変異によって葉緑体の正常な機能が損なわれた際などに 観察される.葉緑体内包膜にあるタンパク質輸送装置
(Tic complex)を構成するタンパク質を欠損するシロ イヌナズナ変異体( )では,葉緑体へのタンパク 質輸送が正常に起こらず異常となった葉緑体がオルガネ ラの品質管理のために液胞に運ばれて分解される(26). 葉緑体包膜にあるマルトーストランスポーターを欠損す るシロイヌナズナ変異体( )では,葉緑体に多量 のデンプンとその分解産物であるマルトースが蓄積し,
葉は老化する前の段階から薄い緑色を示す. の葉 の液胞には葉緑体の残骸が観察されることから,機能不 全となった葉緑体に対してこちらも品質管理を目的にク ロロファジーが働いているものと考えられる(27).
葉緑体は植物細胞において活性酸素の主要な発生部位 であり,光や酸化的なストレス条件下ではそれが助長さ れる(28).活性酸素は,極めて反応性が高くさまざまな 生体高分子を損傷させることから,細胞死の原因とな る.RuBisCOやGS2は活性酸素によって直接ペプチド 鎖が切断され,特異な分解断片を生じる(29).シロイヌ
ナズナの 変異体ではRuBisCOやGS2の分解断片が蓄 積していたことから,RCBがこれら傷ついたストロマ タンパク質の優先的な除去にも関与している可能性が論 じられている(30).
おわりに
植物葉の一生を出葉から光合成が最大となるまでの
「展開期」と,その後の枯死に至るまでの「老化期」に 分けた場合,一般に老化期のほうがずっと長い.葉緑体 は,葉の展開期には細胞の分裂や伸長に伴い盛んに分裂 し数を増していくが,老化期には分裂は止まり数が増え ることはない.よって植物にとって,生命線である「正 常な」葉緑体を分解することは,栄養飢餓の状況にあっ てもかなり慎重な作業であると言える.RCBタイプの オートファジーでは,葉緑体本体を維持しつつ,栄養素 やエネルギーを自身の細胞や他器官での要求量に応じて 供給することができる(図
3
).また残された葉緑体本 体はストレス条件下での生存に必要な代謝に貢献でき る.このような葉緑体オートファジーの様式は,植物が 日々刻々と変化する環境に柔軟に対応して生きていくた めの大事な戦略の一つなのかもしれない.文献
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プロフィル
石田 宏幸(Hiroyuki ISHIDA)
<略歴>1994年東北大学農学部農芸化学 科卒業/1999年同大学大学院農学研究科 修了/同年同大学農学研究科助手/2005 年米国コーネル大学分子生物学・遺伝学部 門客員研究員/2009年東北大学大学院農 学研究科准教授,現在に至る<研究テーマ と抱負>植物における栄養リサイクル機構 の理解と応用<趣味>釣り,アクアリウム 図3■RCBオートファジーと植物の環境ストレス応答